新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~ 作:ぬえぬえ
「ん……」
目に強い光が照らす不愉快さを覚え、私はゆっくりと目を開いた。
強い光の中にボンヤリと見えたのは少し染みが付いた布で覆われた四角いモノ――――2段ベッドの上段にあるマットレスだ。未だ冴えてない頭を振って、窓から降り注ぐ朝日に目を向ける。
まだ太陽が山裾にある。夜が明けて間もないのか、小鳥のさえずりもそこまで聞こえてこない。それ以外に音は無く、まだみんな寝静まった時間帯だ。なんでこんな時間に起きちゃったのかな。
そんなことを思いながら、私――――伊168、イムヤは上体を起こし、両手をゆっくり上げて伸びをする。ボサボサの赤髪が顔にかかるが、未だにぼーっとしている頭には括ろうと言う選択肢は浮かんでこなかった。
ようやく血が巡ってきたことで徐々に覚醒していく脳に、真っ先に浮かんだのは昨日の一幕だ。
昨日、資材確保のために幾度となく駆り出されたオリョクル――――オリョールクルージングの合間、食堂で『補給』を受けた時に出会った新しい提督。大本営から新たに提督が着任したのは聞いていたが、実際に会って話すのは初めてだ。しかも、開口一番に言われたのが『あの日』のことだったから、思わず睨み付けたんだっけ。
あの日―――鎮守府に敵艦載機が襲撃して甚大な被害を被った時、私たちは鎮守府近海の哨戒任務に就いていた。
私たち潜水艦は、常に水中に留まる且つそのまま移動できることで敵の索敵に引っかかりにくい、戦闘時に水中に潜ることで戦艦や空母の攻撃を受けない、『補給』や入渠時の燃料や弾薬の消費が著しく少ない等の特性を持つ艦娘。故に、私たちはその特性を生かした偵察や奇襲、製油所地帯沿岸やバシー島沖、東部オリョール海などの資材が手に入る海域での資材確保が主な役割だ。特にうちの鎮守府は資材が食料になるためにその重要性は高く、1日に幾度となく駆り出されている。
ともかく、これだけのことを私と伊19、伊8、伊58―――イク、ハチ、ゴーヤの4人でほぼ毎日回してきたのだ。それがどれほどの負担になるのかは、簡単に想像できるわよね。まぁ、
そんな激務の中の哨戒任務―――これは私たちに金剛さんが配慮してくれたモノで、午前中に哨戒任務があってそれが終わればその日の任務は終了、つまり午後は非番となる。これは鎮守府に所属する艦娘たちの中で唯一の非番を与えられたことになり、少なからず反感を買うかと思っていたのだがその声は聞いたことはなかった。
まあ、どうせ陰で言われていたんだろうけどさ……。
そんな貴重な休みがもらえる日。その日に、私たちは近海に侵入した敵空母を見落とすと言う失態をやらかし、それが甚大な被害を引き起こしたのだ。いや、正確には様々な要因が重なってこれほどの被害を出したって言えるかな。
連日のオリョクルで疲労が溜まっていた、普段目撃されるはずのない敵空母がその日に限って鎮守府近海に入り込んでいた、練度向上のために主力艦隊が遠洋海域に出撃していた、合同演習の開催によって鎮守府にいる実質的な戦力が低下していた等々、ここまでの被害が出た要因はいくらでも挙げられる。
それがただの
それに、他の
反論する余地もない。だって、それが『正解』なのだから。
別にこのことを直接言われたわけではない。あの日以降、出会った子たちからは「お疲れさま」や「大変だったね」等の労いの言葉が殆どで、非難を受けたことは一度も無い。でも、昨日出撃の回数を減らそうとゴーヤが金剛さんに直談判したのを聞き入られなかったのを見るに、陰で色々と言われていることは間違いない。金剛さんは気を使って教えてくれなかったのかもしれないけど、隠さなくちゃいけないほどたくさん言われているのかなって思っちゃった。捻くれているのは自負してる。
そんな心境の中で、司令官が言い渡してきた『罰』
『明日の朝、食堂に集合』なんて良く分かんない内容ではあるけど、彼は『私たちに責任がある』とハッキリ言った、いや言ってくれた。責任があるって言う現実を突き付けられたことは辛かったけど、それが分かっている上で周りから何も言われない方が余計辛かったから、逆に有り難かった。
それにこうも言った。『初代がお前らに課したことは、絶対にしない』と。
その言葉が真実かどうかは分からない。もしかしたら人目もつかない食堂で伽を要求されるかもしれない、それよりももっと酷いことをやらされるかもしれない。でもあの時、司令官は私の目を真っ直ぐ見てそう言ってきた。その真っ直ぐさに気圧され、承諾してしまったのだ。
今思っても、大分軽率だったと思う。食堂に集合する理由も濁されて教えてもらってないし、何より初めて出会ったのに開口一番でトラウマを抉ってくる男だ。艦隊の指揮を執る提督としては些か配慮に欠けてるし、話によるとあんまり優秀な人じゃないみたいだし。
でも、あの時向けられた目は嘘をついているようには見えなかった。それにあんなに真っ直ぐ目を見て話してくれる人はそういない。だから、深く考えずに承諾してしまったのかもしれない。
それに他の子達と違ってまだ眼中にないと言うか、思うところも無いし気を遣うこともないから楽ではあるか。特に他の潜水艦たちには……――――。
その瞬間、言い知れぬ違和感を覚えた。
先ほど、鳥のさえずり以外の音は無いと言った。しかし、ここには私の他にイク、ハチ、ゴーヤの3人が居る。つまり鳥のさえずりと共に3人の寝息、もしくはそれに近い音がする筈だ。
もう一度耳を澄ましてみるも、やはり鳥のさえずり以外に音は無い。すぐさまベットから飛び出し、3人が寝ている筈であろうベットを確認する。
しかし、どのベットももぬけの殻であった。
それを見た瞬間、心臓が一際大きくドクンと音を立てる。同時に、あらん限りの力で拳を握りしめ、折れんばかりの力で歯を食いしばっていた。
「クソッ!!」
そう吐き捨てた私は自分のベットに潜りこみ、いつもの水着を引っ張り出して手早く着替える。それが終わると髪を纏めるリボンを手にして部屋を飛び出した。
誰も居ない薄暗く静かな廊下を全力で走る。同時にボサボサの髪を無理やりまとめてリボンで括った。微かに痛みを感じ、ブツブツと言う音が聞こえたが気にしない。
明け方であるため周りは寝ている中でドタドタと大きな音を出して走るのは迷惑であることは分かっている。しかし、それに気を使っている余裕はない。今は、目的の場所に一秒でも早くたどり着くことしか考えられなかった。
しずかな廊下を全力疾走で駆け抜けていると、目的の場所へと続く扉が見える。それを捉えた私は更にスピードを上げて扉に向かい、そのスピードのまま扉に手を掛けた。
ダァン!! と言う大きな音がその場所――――食堂に響き渡る。
扉の先にいた3人は揃ってこちらを振り向き、そしてその顔に影を落とした。
1人は不服そうに、1人は申し訳なさそうに、1人は焦りながら他の2人を交互に目を向けている。反応は三者三様であったが、強いて言えば誰も私に目を向けようともしない。
それが、無性に腹立たしかった。
「イムヤ?」
そんな3人の中の2人を交互に見ていた1人―――――――ハチが苦笑いを浮かべてそう声をかけてくる。しかし、私はそれに応えることなくズンズンと歩を進め、申し訳なさそうに立っている1人――――――イクの目の前に立ち塞がった。
「何で起こしてくれなかったの?」
怒気を孕んでいるのが自分でも分かった。顔に感じる熱の量、荒くなる息、固く握りしめた拳の震え。全てが全て、私の怒りをこれでもかと表していた。なのに、目の前のイクはこちらを一瞥もせず、何も言葉を発せず、ただ力なく笑みを零した。
その瞬間、私の手は彼女のスク水の襟を握りしめていた。
「
イクを引き寄せて怒鳴ろうとした時、横から冷たい声が聞こえる。イクからその声の方に目を向けると、先ほど不服そうな顔をしていた一人―――――ゴーヤが冷ややかな視線を向けてきていた。
「もう一度言う、『寝坊した』奴が取る態度でちか? あと、先に行ったのはゴーヤの判断でち。イクやハチを責めるのは筋違いでちよ」
淡々とした口調で言葉を零すゴーヤ。『寝坊した』……ですって? 『寝坊させた』の間違いじゃないの?
同じ部屋に居て、あんたたちは寝ていた私を置いて先に食堂に行った。一言も断りすら入れず、起こそうともせずに黙って行ったのだ。なのに『寝坊した』なんて……あんたたちが『寝坊』させたのと同じじゃないの。
「何で起こさなかったの?」
そんな不満を胸に募らせ、イクの襟から手を離した私は鋭い視線をゴーヤに向ける。一瞬だけ目が合ったが、すぐさまゴーヤが視線を逸らして小馬鹿にするような笑みを浮かべて肩をすくめた。
「そりゃあ、気持ち良さそうに寝息を立てていたからでち」
「理由になってない!!」
ゴーヤの発言に思わず怒鳴り声を上げる。しかし、ゴーヤはどこ吹く風と言った感じで聞き耳を持っていない。その態度にますます頭に血が昇った。
「私は潜水艦隊の旗艦、あんたたちのリーダーなのよ!! 私の指示の元に動く、何かあれば相談するのが普通でしょうが!? 何でそれが出来ないの!?」
「じゃあ、今日の件はゴーヤたちの誰かに相談して決めたことでちか?」
喉を潰さんばかりに絞り出した私の言葉に、ゴーヤは呟くような大きさの声でそう言って私に鋭い視線を向けてくる。その言葉とその視線に思わず言い淀んででしまったが、頭の中ではそれに対する反論が浮かんでいた。
確かに今日の件は私が返事をした。その場にいたイクやハチに相談もせず、だ。しかし、あれは『命令』、私たちは従う義務がある。他の艦娘からの『お願い』ならまだしも、上司である司令官からの『命令』を受けないわけにはいかない。
それも、私は旗艦、そしてゴーヤたちは旗艦下にある部下だ。上司である司令官からの命令を受け、それを部下であるゴーヤに伝えて実行させる。何処に矛盾があるの?
「今日の件は『命令』よ。拒否権なんてないし、私たちはそれに従う義務がある。相談するまでもないわ。それに、それは私を『寝坊させる』理由にはならない」
「話をしようとしたゴーヤが馬鹿だったでち」
私の言葉を遮る様にそう吐き捨てたゴーヤは私に向けていた身体を横に逸らし、わざとらしくため息を溢す。その後ろ姿を見て、私は腹の底で煮えたぎる怒りを抑え込むのに必死だった。
ゴーヤはうちの艦隊でも問題児だ。常に私の指示を聞かず、独断で行動することが多い。昨日は特に酷く、オリョクルから帰投すると有無の言わせず金剛さんの元に向かい、オリョクルの負担軽減を訴えた。そしてそれが叶わぬと、今度はオリョクルで敵に無理な特攻をしかけ、自身を大破に追い込む被害を出したのだ。
ハッキリ言って、ゴーヤが私に周りと相談云々を言う資格は無い。旗艦である私の指示に従わず、それを問いただしても自分に都合が悪くなると今の様に話を中断させるのだからなお性質が悪い。旗艦と言う立場でなければ、取っ組み合いの喧嘩をしているところだ。
それほどまで、自分勝手で自己中心的な考えで、不満アリアリの態度を示すもそれを口に出すことはない。旗艦の立場から言わせてもらうと、本当に扱いにくいったらありゃしない。そんな艦娘だ。それはつまり、私を旗艦にしたくない、認めたくないってことよね?
「……じゃあ何? あんたは私を旗艦から引きずり下ろしたいわけね」
そんな感情と葛藤していると、ポツリと私の口からそんな言葉が漏れた。その瞬間、視界の端で振り返るゴーヤが見えた
「そうなんでしょ? あたしが旗艦にいるのが不満なんでしょ? だから問題を起こして私を引きずり降ろそうって魂胆なんでしょ? 引きずり降ろしてその座に居座る、もしくは自分の都合のいいのに挿げ替えるってことね。なるほど、それならあんたの思い通りになるし、私なんかよりももっと都合のいいリーダーになるってわけか」
「止めるでち」
私の言葉を遮る様に、今まで聞いたことのない低いゴーヤの声。その温度は冷ややかで、それは私の言葉を断ち切らせようとしている意図を感じた。しかし、それで立ち止まるほど私の感情は穏やかではなかった。
「元々、私を旗艦なんて認めてないんでしょ? そうよね、そりゃそうだわ。だって、私はあんたたちの苦しみを味わってないんだもん。この艦隊の中で一人だけそれを経験してないんだもん。そりゃ、その時からずっと旗艦を務める私を恨まないわけないもんね。むしろ、私の
「止めるでち!!」
私に言葉をかき消す様な怒号を発したゴーヤはいつの間に私の前に居て、スク水の襟を掴んで締め上げてきた。喉を締め付けられ顔をしかめると同時にゴーヤは限界まで目を見開き、血が出るのではないかと思うほど唇を噛み締めた――――憤怒の表情をした顔をズイッと近づけてくる。それを見て、私は思わず目を見開いた。
限界まで見開かれたゴーヤに瞳が、何故か潤んでいたからだ。
「お前は―――」
「何してる?」
不意に飛んできた声。それに私とゴーヤは同時に声の方を向いた。
そこには、昨日初めて出会い、トラウマを抉り、そして今日ここに来るように命令した司令官が居た。
しかしその風貌は異様で、白い軍服の上着を脱いで腰の辺りに巻き付け、シャツの襟を肘の上あたりまで捲り上げている。そして何より、自身の視界を塞ぐほどに積み上がった段ボールを抱えていたのだ。
「何でもないでち」
そんな異様な風貌の司令官にゴーヤはそれだけ言うと振り払う様に私の襟を離して彼に近付き、積み上がった段ボールの1つを抱える。そのままこちらを一瞥することなく小走りで食堂の奥にある厨房へと走っていった。
「イクも行くのー」
「ハチも」
その姿を一言も発せずに見つめていると、そんな声と共にいつの間にか横に居たイクやハチが司令官に近付き、同じように段ボールを抱えて厨房へと走っていった。その姿を見つめていると、ふとこちらを一瞥したイクと目が合う。
イクは私と目が合うとあの笑みを溢し、すぐさま踵を返して逃げる様に厨房へと消えて行った。
「どうした?」
再び聞こえた司令官の声、彼はいつの間にか近づいて段ボールを抱えてこちらを覗き込んでいた。その真っ直ぐな視線に、私は思わず視線を逸らした。
彼はこの問題に関係ない。これは私たちの問題だ、ここで彼を巻き込んで下手に話を拗れさせるのは後々面倒になる。ゴーヤやイクたちも、そう読んだに違いない。なら、私もそれに続くしかないわ。
「ごめんなさい、集合時間に間に合わなくて……」
ゴーヤにハメられたとしても、私が寝坊で遅れてきたのは事実。そして話を逸らすことも出来る。自分から傷を抉るようなものだけど、命令違反は命令違反だ。罰を受ける義務はある。故に自分から謝った。
「そこまで遅くないから気にしねぇよ。それに、俺も『朝、集合』とは言ったけど具体的な時間を言い忘れてたし、それで何時に集まればいいか分からないって言われたしな。ここはお互い様ってことで、な?」
私の言葉に苦笑いを浮かべ司令官は頭を下げた。その言葉に、私は思わず彼を凝視してしまった。
今まで何かしらにつけて罵声や暴力を浴びせられていた。それが、気にしていないと言ってからむしろ自分が悪かったと頭を下げられたのだ。同じ立場の人間から受けたモノとの天と地ほどの違いに、反応出来なかった。
「大丈夫か?」
再び覗き込みながら、今度は心配そうな表情を浮かべている。その表情もまた、今まで向けられたことのないモノだった。
「あ、え、う――」
「ならいいけど……とりあえずこれ運んでくれ」
その言葉に数秒遅れて言葉にならない声を上げる。それを受けた司令官は心配そうな表情のままそう言い、抱えていた段ボールの1つを渡してくる。
それを受け取った瞬間、ズシリした重みが身体にかかり、同時に鼻をくすぐる土の香り。匂いや味がしない資材ばかりの生活ではまず感じられないそれに、思わず眉を潜めた。
抱えた段ボールの蓋を顎で開けて中を確認する。そこには土にまみれた握り拳大のゴツゴツした黄土色の塊がギッシリ詰まっていた。
その物体は何なのか……いや、知っている。知識としても頭にあるし、何よりだいぶ昔―――艦艇になる前の頃からよく知っていたからだ。
「これ、ジャガイモ?」
「そう、こっちはタマネギだ」
ポツリと呟いた言葉に司令官は自慢げにそう言って自分が抱えている段ボールの中身を見せる。そこには、ジャガイモ同様土にまみれた赤茶色の球根の形をしたモノ、タマネギがギッシリ詰まっていた。
でも、何で野菜がここにあるの? 私たち艦娘は資材があればそんなもの必要ないし、人間である司令官だけのものと考えても手に余るだろう。
明らかに、一人ではない大多数を対象とした量だ。しかし、司令官以外にこれを必要とするモノが思い浮かばなかった。
「これだけの量、司令官が食べるの?」
「いや無理言うなよ。一応俺の分も入ってはいるが、ほとんどはお前たちの分だ」
今、何て言った? 『お前たち』の分? それってつまり……。
「そうだ。これは、お前たちの『食事』だよ」