新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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『兵器』の定義

「あぁ~疲れた……」

 

 そんな溜め息とも似つかない声を漏らしながら、俺は袋を携えて廊下を歩いている。

 

 曙の『艦娘(仮)』宣言からその暴走、雪風の足蹴を喰らった後、俺は一人いそいそと散らかった執務室の掃除をすること少し。部屋の片づけは大方終わり、後は肩に担いでいるゴミ袋を廃棄場に放り込めば掃除完了だ。

 

 まぁその後(雪風の)飯を作りにいくんだがな。帰ってきて早々この扱いとは泣けるねぇ。今の姿を見てここの最高権力者だ、なんて微塵も思われないよな。

 

 しかし、真名を聞いただけで殴りかかられるとは思わなかったな。まぁ、いきなり聞いた俺も悪かったんだろうし、真名は艦娘になる前の名前だ。それを教えたり聞いたりすることには何か大きな意味があるのかもな。

 

 まぁ、それもおいおい聞いていこう。

 

 

「お、いたいた~」

 

 そんなことを考えていると、後ろから声をかけられた。声の方を見ると、ダルそうに手を振る北上が近づいてくる。なんだ、北上から声をかけてくるとは珍しいな。

 

「なんか用か?」

 

「なんの用って、もしかして忘れちゃったの? 提督、前に約束してたじゃーん」

 

 俺の問いに北上はそう言いながらわざとらしく頬を膨らませる。はて、北上と約束した覚えはないぞ? 他に約束事言えば……。

 

 

「この前の演習だよー。1番になったら間宮アイス券くれるって話だったでしょ?」

 

 あぁ、あの襲撃された日に艦娘たちの控え室で言ってたことか。あれ、敵襲でうやむやになったと思ったんだが、正式な結果が出せたんだ。たぶん、大淀辺りの采配かね。

 

「ほらっ、これ証拠ー」

 

 そう言いながら1枚の紙を取り出す北上。その紙にはこの前の演習の結果が書かれており、北上は軽巡洋艦のグループで各項目の評価では常に上位に食い込み、総合評価は堂々の1位だった。正式な書類を表す印が押されているから、本物だろうな。

 

「ほぉー、ほとんど上位かぁ。スゲェな」

 

「へへ~ん、スーパー北上様を舐めないでよねぇー?」

 

 成績表に目を通しながら感嘆すると、北上は満足そうに胸を張る。本人は軽い口調だが、演習での無駄のない動きからまぐれ当たり(自称)で敵機の爆弾を狙撃するその腕前は確かなものだ。うちの主力と言っても過言ではないだろうな。

 

「渡したいのは山々なんだが、あれ執務室にあるんだよなぁ」

 

「えぇ~なんでよー。あの時の采配が出来たのなら北上様と廊下で出くわすかも、って分かるでしょー?」

 

「いや、無理言うなよ」

 

 ジト目を向ける俺を他所に、北上は頬を膨らませながら俺の足を小突いてくる。あの、俺ここの最高権力者なんだけど。なんで部下である北上に足蹴されているんでしょうね。

 

 しかし、雪風を待たせている食堂と執務室だと食堂の方が近いから1回戻るのが面ど……ん? ならこうすればいいじゃん。

 

 

「北上、今回は俺の飯で我慢してくれないか?」

 

「提督のご飯ー?」

 

 俺の提案に、北上は間の抜けた声を上げながら首をかしげる。反応的に悪くはない、か。このまま押し通せるか?

 

「百歩譲って俺が券を持ち合わせてなかったのが悪いとしよう。確か、あの券って間宮に渡すんだろ? ここから執務室に戻って券を取ってきて食堂に行くのと、このまま食堂に行って飯を食うのと、どっちがいい?」

 

 うちの執務室は誰の采配か分からないがこの建物の末端にあり、ドックや食堂などの艦娘が集う場所からは離れている。ここから食堂と執務室のどちらが近いと言われれば確実に食堂と言える。わざわざ遠い執務室に戻ってまた食堂に行くのははっきり言って手間だ。それなら後日渡した方がまだいい。

 

 だが、ここから食堂に真っ直ぐ行けば執務室に行くと言う手間が省け、更に雪風の飯と一緒に作ればいいと言う一石二鳥状態。ほぼ俺が得をしているのだが、北上も補給ばかりで食事に飽き飽きしてるだろうから悪くはないはずだ。それに、今後のために味を知ってもらうのもいい。

 

 まぁ、アイスが俺の飯に変わるからそれが彼女にとってメリットかデメリットかは分からないが。

 

「んー別にいいけどー何作るのぉ?」

 

 ぁー……そう言えば何作るか考えてなかったな。パッと思い付いたのがカレーなんだが、流石にそればかりだと雪風も飽きてくるよな。かといって他に作れるものは……。

 

「んー……カレーは雪風がなんて言うか……」

 

「あ、ならパスで」

 

 あ、やっぱりカレーはいやか。だよな~何度も食ってるもんな~…………へ?

 

 

 突然言い渡された拒否にすぐに北上を見る。当の北上は興味を失ったように頭を掻きながらさっさとあっちへ行こうとするので、思わずその腕を掴んだ。

 

「ちょ、何でパスするんだよ!! 悪くは無いだろ?」

 

「まぁ~悪くはないけどさぁ……」

 

 引き留めた北上にそう問いかけながら詰め寄る。北上はそう呟きながら面倒くさそうに頭を掻く。悪くないなら何で断るんだよ!! 理由を教えろ!!

 

 

 

 しかし、その言葉は北上の感情のない表情を向けられて即座に引っ込んだ。

 

「『死神』と一緒なんて御免だね」

 

 

 無表情のままに吐き出された言葉。その返答として一番適切なものが瞬時に浮かばない。故に、俺は何も言えなかった。

 

 当の北上はすました顔で俺と反対側の方を向き、何も言わずに歩き出した。しかしすぐにその足は止まり、そして何処か不満げな顔をこちらに向けてきた。

 

 

「……離してくれない?」

 

 北上はそう言いながら腕を―――――俺に掴まれた腕を見せる。

 

 

 北上の腕を掴む手の甲には筋や血管が浮き出ている。恐らく、彼女に少なくない痛みを与えているだろう。しかし、当の本人はそんなものなどみじんも感じていない。いや、感じていないフリをしているのかもしれない。

 

 いつまでも黙っている俺を見ながら、北上は掴まれた手を振りほどこうと力を入れる。それに呼応するように俺の手にも力が加わる。そのため、俺の手が彼女の腕を離れることは無い。

 

 暫し、互いの離す離されまいの駆け引きが続くも、それはため息を零した北上によって終止符を打つこととなった。

 

 

「……何? 何が言いたいのさ?」

 

 やれやれと肩をすくめながらそう問いかけてくる北上。その声色に敵意は無く、まるで駄々をこねる子供をあやす母親の様な温かさがあった。その温かみに触れ、今まで動かなかった俺の口が動いた。

 

 

 

 

「何で、『雪風』って呼ばない?」

 

「『死神』だから」

 

 恐る恐ると言った俺の問いに、北上は即答する。無表情のまま、俺の目をまっすぐ見据えて。一遍も迷いもなく、確信をもって、そう言ってのけた。

 

 

 

 

 それが、何故かむしゃくしゃした。

 

 

「……何でだよ? お前ら、初代の所業を、クソみたいな状況下を乗り越えてきた……仲間だろ?」

 

「残念、あたしは『死神』を仲間なんて思ってないよ」

 

「何でだよ!!」

 

 思わず怒鳴った。北上の襟を掴んで、壁に無理やり押し付ける。今まで飄々としていた北上の顔が歪む。しかし、それも一瞬で無表情に戻った。

 

「何で仲間じゃないんだよ!! アイツはあの時の襲撃で艦載機の群れを海上にくぎ付けにした!! たった一人(・・・・・)でだ!! アイツがいなかったら更に被害が出ていたかもしれねぇ!! あの時近くにいたお前も無事じゃ済まなかったかもしれねぇんだぞ!! アイツはお前を、俺たちを、お前たちの鎮守府を救った!! なのに……なのにお前はなんてこと言いやがる!!」

 

 雪風はあの襲撃の際、大破した長門を始め戦闘続行が不可能になった艦娘たちの殿として海上に残り、空を飛び交う無数の艦載機を海上にくぎ付けにした。勿論全ての艦載機をくぎ付けにしたわけではないし、少なくはない人数の艦娘がその凶刃に倒れたのは事実だ。

 

 しかし、仮に雪風があの場に残らずに長門と共に撤退していたら―――――それは海上の艦載機も演習場に向かっており、今以上の被害を被ったのは想像するに易い。恐らく、何人かの死者を出していたかもしれない。それが、彼女が海上で奮戦したことによって死者が出ることは無かった。

 

 もっと言えば、あの時あんなところで呑気に見物していた目の前の艦娘も艦載機の凶刃に倒れていたのかもしれない。勿論、あんな状況下で人間のくせに走り回っていた俺も含めてだ。直接的ではないにしろ、雪風のお蔭で俺たちは傷つくことは無かった。

 

 

 

 なのに、何で北上(おまえ)はそんな言葉を吐けるんだよ。

 

 

「……じゃあ、仮にあの時あたしが負傷したとして。『死神』は泣いたと思う?」

 

 いきなり怒鳴った俺を冷めた目(・・・・)で見つめてきた北上は、ため息と共に呟くような声でそんなことを問いかけてくる。その問いに、俺は更に頭に血が上るのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んなこと当た――――」

 

 

「ありえない!!」

 

 俺の言葉は、北上の怒号にかき消された。突然のことに固まる俺を他所に、北上は怒鳴ったことで乱れた呼吸を整えている。俯きながら肩で息をする北上の表情は見えない。しかしさっきまでの飄々とした雰囲気は消え去り、代わりに煮えたぎるマグマのような熱気を感じた。

 

 

 

 己の考えが正しい――――とでも言うような、そんな熱気だ。

 

「……提督の言う通り、あたしはここに配属されてから――――初代の頃からずっと『死神』と一緒だよ。一緒に出撃や演習、遠征も行った。罵声を浴びせ掛けられたり、殴られたりした時もあった。つい先日やってきたばかりの提督と比べ物にならないほど、あたしは『死神』と時間を共にしてきた。だからこそ、断言できる。『死神』は泣かないって」

 

 北上はそこで言葉を切ると、ゆっくりと顔を上げて俺を見据えてくる。その顔はいつもの飄々とした雰囲気であったが、言い知れぬ違和感があったのは言うまでもない。

 

「『死神』はどんな時でも泣かないよ。単艦で敵の砲撃に晒されても、それによって中破や大破しても、轟沈しかけても、帰還してから初代提督に叱責されても、理不尽な理由で殴られても、存在そのものを否定されるほどの罵詈雑言を浴びせ掛けられても、罰として営倉に引っ張っていかれても、他の艦娘が同じような目に遭っても、そして……」

 

 その言葉と共に俺の袖を掴み、あらん限りの力で握りしめる北上。その表情は袖を掴むと同時に下を向き、次に聞こえたのは腹の底から絞り出すような声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自分のせいで他の艦娘が沈んでも、さ」

 

 

 

 それを発した時、北上の身体が一瞬震えた。その理由は分からない。しかし、俺の袖を掴む手に加わる力が、それが悲壮感から来るものではない、と言うことを物語っていた。

 

「……提督はさぁ? 仲間が沈んだのに……それを悲しまない奴を『仲間』って呼べる?」

 

 最後の追い打ちとばかりに投げかけられた問いに、俺は答えることが出来なかった。俺の返答を待っていたのか、北上は自らを落ち着ける様に肩で大きく息をした。

 

 

「……だから、断言できるんだよ」

 

 それだけ言った北上は掴んでいた袖を離すとすぐさま俺から離れる。その顔は、違和感を感じないいつもののんびりとした表情が浮かんでいた。

 

 

 

 その表情を見て、俺は背筋に寒気が走るのを感じた。

 

 

 

「と、言うわけで。ご褒美はまた今度貰いに行くねぇ~」

 

 何も言わない俺を尻目に、北上はそう言ってクルリとあちらを向いて歩き出した。今度は途中で止まることなく、彼女との距離がどんどん広がっていく。どんどん小さくなっていく後ろ姿を、俺はただ黙って見つめるしかなかった。

 

 

「あぁ、そうそう」

 

 思いついたようにそう声を漏らした北上はクルリとこちらを振り返る。その姿を穴が開くほど見つめる俺に、北上は特に気にする様子もなく口を開いた。

 

 

「多分、この鎮守府内で一番『兵器』なのは『死神(アイツ)』だから、提督も気を付けてねぇ~」

 

 それだけ言うと北上は前に向き直って歩き出し、こちらを一切見ることなく廊下の向こうに消えて行った。その後も、俺は廊下の向こうを見つめることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「しれぇ!!」

 

 不意に後ろから声を掛けられる。振り返ると、腰に手を当てて仁王立ちする雪風が。その表情はご立腹と言いたげだ。

 

「遅いですよしれぇ!! いつまで待たせるんですか!! ほらほら、早くしないと他の人たちが来ちゃいますよ!!」

 

 そう言って雪風は俺の腕に絡みつき、グイグイと引っ張ってくる。しかし彼女は引っ張るのを止め、腕に絡みついた状態で俺を見上げてくる。

 

「しれぇ? どうしました?」

 

 不思議そうに首をかしげる雪風。いつもなら大人しく引っ張られる俺が、地面にくっついているかのように動かないからだ。

 

 

「雪風」

 

「なんでしょ?」

 

 不思議そうに見つめてくる雪風に、俺は問いかけていた。雪風は俺の言葉に絡みついていた腕から離れ、俺の正面に立ちながらそう答える。その姿を前にして、俺は喉の手前まで込み上げてきた言葉を吐きだす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、何でもない。大丈夫だ」

 

「そーですか? なら早く行きましょう!!」

 

 俺の言葉に雪風は再度首をかしげるも、すぐさまいつもの笑顔に戻って俺の腕を引っ張り始める。今度は抵抗することなく俺の身体は引っ張られるので、彼女がこちらを振り向くことは無かった。

 

 その後ろ姿を見つめながら、俺はつい先ほど喉まで出掛かった言葉を思い浮かべる。

 

 

 雪風と初めて出会った時、彼女は他の艦娘たちと違って俺に敵意を向けてくることはなく、むしろ友好的に接してきた。北上と同じ、初代提督の時代から居るのにも関わらずだ。それは、俺が上官である『提督』だからそう接してきたのだろう。

 

 また、襲撃の際、自らの危険を顧みずに艦載機を相手取り、無傷で生還。更には敵機の爆弾を誘爆させると言う離れ業で何機かを撃墜した。それほどまでに『人間』離れした戦闘力だ。

 

 そして、砲門を向けてきた潮に向けた低い声と物言い。あれは潮を『敵』と認識していたのだろう。一歩間違えれば、雪風が潮を砲撃していたのかもしれない。いや、確実に砲撃していただろう。

 

 

 最後に北上が語った、どんな状況でも雪風は泣かないと言うこと。榛名や吹雪、曙、そして自らを『兵器』と豪語する金剛でさえも涙を流した。なのに、雪風は涙を流したことが無い。それが彼女の称した、一番『兵器』に近い存在、と言う言葉を嫌でも引き立ててきた。

 

 

 今まで上げたそれらは俺の中で一つの問いかけを生み出し、それは危うく喉元まで出掛かった。引っ込められた理由は簡単、その返答が怖かったからだ。

 

 

 

 

 

 「お前は『兵器』なのか?」――――なんて、そんな問いかけだったのだから。


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