新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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『艦娘(仮)』の出来ること

「解体……申請書……?」

 

 無意識のうちにそう零した俺は机に置かれたそれを手に取り、穴が開くほど見つめた。何度も何度も読み直しても、書かれている文字が変わることはない。俺の目が狂ったのか? いや、むしろそれならどんなに良かったことか。

 

 『解体』―――――それは軍規を犯した艦娘に言い渡される極刑、『艦娘』と言う存在の剥奪だ。無論、兵士の自決のように命を差し出すモノではなく、ただ単に艤装の所有権を破棄することを指すのだが。

 

 しかし、艦娘にとって艤装は海上へ出るための装備であると同時に自己の存在を示すモノだ。故に、所有権を破棄した場合は妖精と意思疎通や砲門の具現化などの『艦娘』としての能力を、そして『艦娘』であったことの記憶を全て失ってしまうのだ。それはつまり、艦娘としての『死』を意味している。因みに破棄された艤装は次の適合者が現れるまで厳重に保管されることとなるらしいから、艤装自体が失われるわけではないらしい。

 

 傍から見れば『兵器』として海上に出る必要がなくなり、一般人として世間に戻れることだから喜ばしいことと思うだろう。しかし、実際は軍の機密漏えいを防ぐために解体された者は一生軍の管理下に置かれることとなる。勿論、管理下に置かれるだけで何不自由なく暮らせると言うわけではなく、多くは鎮守府に派遣されて艦娘や提督たちの食事や身の回りの世話をすることとなると言われている。中には黒い噂もあるが、当の本人たちも分からないために確かめようがない。

 

 まぁ端的に言うと、『艦娘』として召集されたら最後、艦娘だろうが()艦娘だろうが軍と切り離されることはなく、その一生を軍のために捧げることを強いられるわけだ。

 

 その事実を、提督の俺ですら習った。当事者である曙がこれを知らない筈はない。しかも、大本営に対して決別した彼女たちが、唯一の武器である『艦娘』の能力を失ってまで軍の管理下に収まるわけがない。

 

 金剛の差し金……いや、艤装の所有権を破棄する時点で記憶を失うからそれはない。じゃあ何だ? 艦娘として生きるのに嫌気がさしたのか? まさか俺がいない間に他の奴らに嫌がらせでもされたのか?

 

「クソ提督?」

 

 頭の中でことの原因を考えていると、曙の不安そうな声が聞こえる。ふと視線を上げると、こちらを覗き込む曙と目が合う。その瞬間、バッと目を逸らされたのは言うまでもない。

 

 逸らされた視線は忙しなく動き、何かを我慢するようにキュッと下唇を噛み締めている。その表情のまま、曙は片腕を忙しなくさすっていて、その腕や肩、身体全体が小刻みに震えていた。

 

 あの攻撃的な視線と歯に衣着せぬ物言いからは想像も出来ないほど挙動不審な曙。ここまで委縮しているのは営倉以来か。取り敢えず、何故解体を申し出た理由を聞かないとな。

 

 

「……何でこれを?」

 

「それは……」

 

 なるべく警戒されないように、苦笑いを浮かべて曙に問いかける。それに曙は逸らしていた視線を上げ、俺を見据える。そして、自嘲染みた笑みを浮かべてそう零し、視線を下げる。

 

 

 

 と同時に、片腕を上げて俺に向けてきた。

 

「ッ!?」

 

 すぐさまで机の裏に身を隠し、条件反射で頭と耳を覆った。固く目を瞑って迫りくる爆風を……って、この反応も板についてきたな。案の定、爆風も轟音も来ない。曙にしてやられたか。

 

「い、いきなり砲門を向けてくるなよ」

 

 そう愚痴をこぼしながら机の裏から這い出して曙を見て、思わず眉を潜めた。

 

 

「……何してるんだ?」

 

 そう声を零す俺の目の前には俯きながら俺に腕を向ける曙、その腕に艦娘の代名詞とも言える砲門が無いのだ。俺の問いに、曙は何も答えずただ腕を向けるだけであった。

 

 

「……ないの」

 

 不意に、曙が口を開いた。あまりに小さな声で、初めの方が良く聞こえなかった。

 

「曙?」

 

「出せないの」

 

 再び問いかけた時、今度ははっきりとそう言いながら曙は顔を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「砲門が……出せないの」

 

 笑みを浮かべてそう言い切った曙。それと同時にその目から一筋の涙がこぼれた。その言葉の意味をすぐには理解できなかったが、理解した意味の重みを知るのにそう時間はかからなかった。

 

 

 砲門を出せない―――それはつまり『艦娘としての能力を失った』と言うことだ。

 

 

「……出せないのか? 砲門が……艤装は!! 他の艤装は大丈夫なのか!?」 

 

 食いつく勢いで発してしまった俺の言葉に曙は何も言わず、上げていた腕が糸が切れる様にダラリと垂れた。それは、『肯定』を表しているように見えた。

 

「……無理なのか?」

 

「他の艤装は大丈夫よ」

 

 曙の言葉に、俺は安堵の息を漏らした。艤装を付けられると言うことは艦娘そのものの能力を失ったわけではない。ただ、攻撃手段である砲門の具現化が出来なくなっただけ。

 

 では、何故砲門を出せなくなったのか。思い当たる節と言えばあの件――――――潮を砲撃して営倉に叩き込んだ件か。

 

「俺のせい……か」

 

 潮を砲撃した時、俺は曙を守るためとは言え自身を助けてくれた艦娘を営倉に叩き込んだ。勿論、命令違反と仲間への砲撃っていう罪状はあったが、俺や彼女たちの命と天秤にかけたらどっちが重いかなんて決まっている。それを分かっていながら、それを自身の浅はかな考えで捻じ曲げた。

 

 曙はあの状況下で被害を最小限に抑えた。それは褒められるべきことだが、俺はそれを評価することなく切り捨てた。営倉で色々と言ったが、結局は自身の行動を正当化するだけの言い訳。そこに、曙の気持ちを汲み取ってやることが出来なった。それが彼女のトラウマになる可能性も加味せずに。

 

 提督である俺が、唯一の戦力である艦娘の砲門(きば)を抜いてしまったのだ。まとめ上げる、なんて言った矢先にこれだよ。提督失格だな。

 

 

 

「それはないわ」

 

 不意に飛んできた言葉に、俺は思わず頭を上げた。そこには、涙の痕を残しつつも真顔でこちらを見つめる曙の姿。彼女はその顔で俺を一瞥し、一つ溜め息を零して肩をすくめた。

 

「あの時、あんたが叩き込んでくれたおかげで今は他の子とも普通に喋れるし、目の敵にされるようなことはないわ。上司としては私情挟みまくりのクソ采配だけど、少なくともあたしは周りから浮くことはなかった。結果が目論見通りになったからそれでいいじゃない。あと、仮にそうなら今ここで大人しくしていると思う?」

 

「……確かに、お前なら問答無用で殴りかかってきそうだ」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべた曙のたしなめるような言い草に、場違いだとは思いつつも俺は軽口を返す。それは、思わず出そうになった安堵の息を隠すためだ。

 

 人間とは現金なもので、責任を被ることを恐れ、逃げようとし、逃げ切ったり、第一にそれがないと分かると、真っ先に安心してしまう生き物だ。俺も例外に漏れず、俺が原因と言うことを真っ向から否定してくれて安心してしまった。それを隠そうとするのも、俺が汚い人間なのだと言う証拠だろうな。

 

 そんな俺の軽口を受けた曙は意地悪っぽい笑みを浮かべたまま「お望み通りにしてあげようか?」なんて言って指を鳴らし始める。自分から振っておいて、なんてことは流石に言えなかった。

 

 話を戻そう。営倉に叩き込まれたことが原因ではない、他にあるとすれば……。

 

 

 

「潮か?」

 

「……さぁね」

 

 俺の問いに、曙は笑みを崩さないまま顔を逸らしてそう答える。しかし、『潮』と言う言葉を聞いたとき、その顔に一瞬深いシワが刻まれるのを見逃さなかった。

 

「大丈夫、あの子の吹き飛んだ手も綺麗に治ったわ。とはいっても、新しい手に慣れるまで出撃に出ずにリハビリに専念してるみたいだけどね」

 

 俺から視線を外し何処か遠くを、正確には遠くでリハビリに励む妹を見るような目をする曙。リハビリについて断言していないのを見るに、あれ以降顔を合わせてないのだろう。

 

 まぁ……当たり前か。リハビリが必要なほどの重傷を、自らが負わせてしまったのだから。

 

「あんたを助けるため……じゃなくて、あたしの危険を回避するためって言う理由はどうあれ、あたしは潮を――――自分の姉妹を撃った。それは、どれだけ理屈や屁理屈を並べようと決して覆ることは無い。勿論、あんたを助けることや危険を回避するためにあの子を撃ったことが間違いなんて思ってないわ。でも、『正しいことをした』と言う理由で頭が正当化しても、『姉妹を殺しかけた』と言う理由で心が正当化しないの……何でかしらね?」

 

 そう語る曙の肩は小刻みに震えている。その一言一言を吐き出す際に、どんな心情であるのかは分からない。しかし、それは彼女の苦渋に満ちた表情が物語っているような気がした。

 

 頭が正当化しても、心が正当化しない、か。今考えると、艦娘としての素質は妖精と言葉を交わすことが、つまり妖精と心を通わせることが出来ること、そして訓練を受けることで艦娘としての意識が開花する、これもつまりは艦と心を通わすことだ。

 

 それって、艦娘の素質は能力とか思想とかじゃなくて『心』が一番重要であることを示しているのかもしれない。故に、姉妹を殺しかけたって言う罪悪感が『心』に響き、砲門が具現化できなくなった。

 

 

 ……何だよ。艦娘って、人間(おれら)よりもよっぽど『心』を持っているじゃねぇか。

 

 

「……話が逸れたわ」

 

 呟くように零した曙は机の上に置かれている解体申請書を掴み、俺に見せびらかす様にヒラヒラさせる。

 

「私たち、艦娘は深海棲艦から海を奪還し最終的には全て駆逐することが役目。そのためには、奴らを砲撃する砲門が必要不可欠。でも、あたしはそれを出せなくなった、『艦娘』としての存在意義を失ったの。砲撃も出来ない艦娘なんかただの穀潰し、うちの場合はその重さもデカいわ。なら使えない艦娘は解体する、これが相応の対応でしょ?」

 

 そこで曙は言葉を切り、真っ直ぐ俺を見つめてくる。その目は、俺の腹の中まで見透かされているようだった。

 

「もちろん、解体された後に何が待っているのか理解しているわ。何処かの鎮守府で家政婦みたいなことをしているのかもしれないし、大本営で秘書艦みたいなことをしているのかもしれない。最悪の場合も覚悟の上よ。まぁ、あんたが艦娘(あたしたち)をどう思っているかなんて分からないわ。でも、艦娘(じぶん)のことは一番分かっている。使えない道具はさっさと処理するのが一番だってこともね。それが何よりも正しいことだって、思っていたわ」

 

 曙の言葉に、俺は言い返す言葉が思い浮かばなかった。砲撃の出来ない艦娘、それは艦娘としての意味を失った存在。そんな彼女に、このまま艦娘として鎮守府で過ごしていくのを強要できるのか?

 

 周りからはどんな目で見られると思う? 周りは轟沈と隣り合わせの戦場で戦っているのに、彼女はのほほんと鎮守府で暮らしている。その罪悪感と艦娘であるがゆえに仲間と同じ土俵で戦えない劣等感に押しつぶされてしまうのではないか?

 

 それなら、このまま解体して軍の管理下の中で暮らしていく方が幸せなのかもしれない。周りは同じような境遇ばかりだし、何より記憶が消されることで罪悪感から逃れられる。そう考えると、解体が一番いいのかもしれない。

 

 

 ……いや、待て。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思っていた(・・・・・)?」

 

 曙の言葉の中で引っかかった一言。それを口にした時、曙の顔が不敵な笑み(・・・・・)に変わる。

 

「ええ、そう思っていた(・・・・・)わ。あの時――――営倉に叩き込まれる前までは、ね」

 

 その言葉に意味を、俺は一切理解できなかった。そんな顔をしていたのか、曙は呆れた顔で肩をすくめる。

 

「あの時、あんたは敵の攻撃で傷だらけだったあたしを治療したわよね。入渠すればすぐに治るからそんなもの必要ないって言ったのに。その時、あんたなんて言ったか覚えている?」

 

 突然の曙の問いに、俺は暫し考え込んだ。

 

 

「……入渠するまで痛むから?」

 

「……そこは当てるところじゃないの?」

 

 絞り出した答えに曙は低い声でそう言いながら睨み付けてくる。いや、何かすいません。

 

 

「あの時、あんたは『そのドックに入れてやれないから、代わりに出来ることとして治療してるんだよ』って言ったのよ。思い出した?」

 

 曙の言葉に俺はあの時のことを思い出す。確か曙を営倉送りにしてしまった手前入渠させられなかったから、せめて傷の痛みを少しでも抑えるために治療しに行ったんだっけ。案の上、曙は応急処置で使った布を剥いでいたからちょうどいいみたいなことを思ってたな。

 

「そして、営倉にカレーを持ってきた雪風が言っていた『あんたがカレーを作った』ってのも。あれってつまり、あの子にカレーを食べさせていたのよね? 傷ついた艦娘の治療にお腹を空かせた艦娘にご飯を作るとか、提督とは思えない行動よね」

 

「仕方ないだろ、あの時はあれしか出来なかったんだし……」

 

「そう、それよそれ」

 

 曙の小馬鹿にするような言葉に、俺は思わず口をとがらせてそう返す。その言葉に曙は俺を指さしながらそう言ってくる。

 

「『あれしか出来なかった』――――それってつまり、出来ることをしたってことよね? それがたまたまご飯を作ったり治療をすることだったってだけで、他にもたくさんあるんでしょ? そして、それはあんたじゃなくて他の人でも出来ること。つまり、砲門を出せない艦娘(・・・・・・・・)でも出来るわよね?」

 

 その言葉に俺は思わず曙の顔を見る。そこには、金剛に決断を迫られて困惑した顔でも、潮を砲撃してしまった時の助けを乞う顔でも、営倉で理不尽を押し付けられた理由を問う顔でもない。

 

 

 

「だから、あんたに……いえ、提督(・・)に質問させていただきます」

 

 そう言った曙はピシッと姿勢を正し、申請書を持つ手を後ろにして片手を額の前に持って行って敬礼のポーズをとる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今、自分に出来ることは何なのでしょうか? お手数ですが教えていただきたいです」

 

 そう宣言する曙の顔には、一片の曇りもない。表情から迷いを感じさせない、己の行動が正しいと確信している、立派な軍人の顔だった。

 

 

「自分は、『敵を倒す』と言う艦娘の役割以外のことは何も分かりません。しかしそれが出来なくなった今、自分は仲間や鎮守府のために出来ることを少しでもやりたいのです。そんな望みを持つ、敵を倒せない自分でも出来ることがあるのでしょうか? あるのであれば、僭越ながら教えていただきたいです。仮にないのであれば、ここで解体の旨を。貴方は提督、我らの提督です。この艦娘――――いえ、『艦娘だった』自分に何が出来るのか、教えていただきたいのです」

 

 そう言いながら、彼女は後ろに隠していた解体申請書を前に掲げ、その両端を掴む。その行動が、曙の力強い言葉が、決意の炎に燃える目が。そのすべてが、彼女の覚悟を表していた。

 

 ここで解体を申し付ければ、彼女は進んで解体されるだろう。恐らく、笑顔を浮かべて解体される。それで終わりだ。尾を引くものもない。しかし、曙はここまで覚悟を見せてくれた。それに応えない、と言う選択肢を選べるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

「結構しんどいが、それでもいいのなら」

 

「望むところよ」

 

 俺の言葉に、すぐさま曙の声と紙が引き裂かれる音が同時に響いた。幾重にも響く紙を引き裂く音。やがてそれは鳴り止み、曙の足元には無数の紙きれがヒラヒラと舞い落ちた。そこに外から風が舞い込み、紙切れは舞い上がる。

 

 舞い上がった紙から曙へと視線を戻す。決意に満ちた顔を向けてくる曙は、次にかけられるであろう言葉を今か今かと待ち構えているようであった。それを察して、俺は初めて指示を出す――――

 

 

 

 

 

 

 

「前に、まずは破り捨てた紙を片付けないとな」

 

「締まり悪いわぁ……」

 

 俺の言葉に、そう愚痴をこぼしながら執務室を箒で掃く曙。いや、破り捨てたのお前だから。それが風に乗って執務室中に散らばったわけだし。

 

「と言うか、曙ってどういう立ち位置なんだ? 『艦娘』なのか?」

 

「あぁ……どうなんだろ。解体されてないから一応『艦娘』なのかしら? でも、砲撃も出来ないから『艦娘』とは言い難いし……面倒くさいから『艦娘(仮)』でいいんじゃない?」

 

 いや、そっちの方がよっぽど面倒くさいわ。なんだよ『艦娘(仮)』って。正規版とは違います、ってか? いや、待てよ? 『艦娘』ではないのなら、『曙』って名前ではなくなるんだよな? だったら、他の名前を考えた方がいいよな。

 

 

 

「曙、お前の真名ってなんだ?」

 

「へ?」

 

 俺の問いに、曙はそんな声を上げながら固まってしまった。

 

「いや、艦娘って真名っていう名前があるんだろ? 『艦娘(仮)』なんだし、艦名以外で呼んだ方が区別がつくかなって思ったんだけど……」

 

 そう言葉をつづけるも、曙は一切反応せずに固まったまま微動だにしない。あれ、どうしたの? てか、心なしか身体中が赤くなっていくような……。

 

 

「い、いきなり何言ってんのよォォォォ!!!!」

 

「うおっ!?」

 

 突然叫び声を上げた曙は顔を真っ赤にしながら手にした箒を俺目掛けて振り下ろしてくる。それを間一髪のところで避ける。目標を逃した箒は床に叩き付けられた。凄まじい音と共にバキッと言う音が。それに背筋に寒気が走る。

 

「ストップ!! 曙さんストップ!! い、一旦落ち着こうぜ?」

 

「うっさい!! このクソ提督がァァァ!!!!」

 

 俺の言葉に耳を貸さない曙は先が折れた箒、要するにただの棒を振り回して俺に迫ってくる。いや、いくら女の子でもそんな物騒なもん振り回されちゃ逃げるしかないでしょ!! 誰か、助け―――。

 

 

 

「しーれーぇ!!」

 

 そう叫ぼうとしたら、元気な声と共に突然ドアから雪風が飛び込んでくる。突然のことに俺と曙は固まり、飛び込んできた雪風はすぐさま起き上がると俺に近寄ってきて袖を掴んできた。

 

「やっと見つけましたよぉ。しれぇ、金剛さんに報告しに行ってからいつまで経っても帰ってこないんですもん。雪風、待ちきれなくなって探したんですよぉ? さぁ、早く食堂に行きましょう!!」

 

 袖を引っ張りながらそう言ってくる雪風。いや、どんだけ食い意地張ってるんですかねこの子。そんなことを考えていると、雪風は俺や曙、そして暴れたせいで荒れ放題の執務室を見回して首を傾げた。

 

「と言うか、お二人は何をしてるんですか?」

 

「え、いや、その」

 

「くくく、クソ提督ぅ!! おおおおお、覚えてらっしゃい!!!!」

 

 俺が言い淀んでいると、顔を真っ赤にした曙がそう叫びながら逃げる様に執務室を出て行った。ご丁寧に箒の残骸を残してだ。おい、片付けていけよ。

 

「しれぇ?」

 

「何でもない、ちょっと話をしていただけだ」

 

 更に問いかけてくる雪風にそう言って、俺は放置された箒の残骸を回収する。こりゃ、新しく買わないとな。

 

 

「痛ぇ!?」

 

 そんなことを考えていると、不意に足を蹴りつけられた。割と強めに蹴られて痛むも、すぐさま蹴りの犯人の方を振り向いて睨み付ける。

 

 

「雪風!! いきなり何するんだ!!」

 

「さて、何のことですかぁ? 雪風は知りませんよぉ?」

 

 俺の言葉に雪風は頭の後ろで腕を組みながらそんなことを言ってきやがる。何だ? 反抗期かこの野郎?

 

「では、雪風は先に食堂に行って席を取ってきます。しれぇも早く来てくださいねぇ」

 

 そう言って、雪風は風の様に執務室から出て行ってしまった。いや、片付けるの手伝ってくださいよ。何で逃げるんですか? 

 

 そんなことを零しながら、一人残された俺は寂しく執務室を片付けるのであった。


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