新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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『提督』としての采配

「キャ!?」

 

 大淀の悲痛の叫びは、無数の爆発によって掻き消され、同時に突風が襲ってくる。それに押された大淀はよろめきながら後ろに倒れた。

 

「大淀!」

 

 すぐさま倒れた大淀に駆け寄り助け起こす。痛みに顔をしかめているものの、動けないほどではないようだ。手を貸して大淀を立ち上がらせ、俺は見張り台から身を乗り出して眼下を見る。

 

 

 そこには、恐怖の色を浮かべて逃げ惑う駆逐艦、軽巡洋艦たちの頭上を無数の黒くいびつな形をした飛行物体――――深海艦載機がハエの様に飛び回っていた。

 

 見渡す限り、艦載機以外に敵の姿は確認できない。おそらく襲ってきたのは艦載機のみか。だが、海上に浮かぶ駆逐艦や演習の的と違って、空を自由に飛び回る艦載機を狙撃するのは難しい。駆逐艦や軽巡洋艦には不得手な相手だ。

 

 しかも、今眼下の艦娘たちは実弾ではなくペイント弾しか撃つことが出来ない。飛び回る艦載機の機体が赤や黄色に染まっているのを見る限り、ペイント弾では艦載機を打ち落とせず、彼女たちは逃げ回ることしか出来ないみたいだ。大淀が総員避難を呼びかけたのも頷ける。

 

 しかし、深海艦載機は眼下を逃げ惑う艦娘たちをあざ笑うかのように機銃の一斉掃射を浴びせ掛ける。それに被弾して倒れる者、何とか掻い潜り被弾した艦娘を担いで引きずりながら逃げる者、被弾した者を目の前にして腰が抜けている者、歯を食いしばりながら砲門を艦載機に向けて砲撃する者など、時間稼ぎのために砲撃をしながら逃げ回る者の姿が見えた。

 

 そんな三者三様の反応を見せる艦娘たちに、今までいたずらに弾をばら撒いていた艦載機は一人一人を集中的に狙うことに切り替え、狙った艦娘を確実に無力化させていく。まるで、蟻を踏み潰す子供の様に、だ。艦載機に集中的に狙われた艦娘は呻き声を上げながら地面に這いつくばる。その身体からは少なからず赤い液体が流れ出していた。

 

 ……考えろ、今ここで最優先にすべきことは何だ? 

 

 まず、負傷した艦娘の保護だろ? そして艦娘たちの早期避難か。そのためには敵艦載機の目を艦娘から遠ざけねぇと……。

 

 同じような艦載機がいれば多少目を引きつけられるか? 今、ここに艦載機を発艦できるヤツは龍驤や隼鷹ぐらいしか知らねぇし……鎮守府内にいる空母たちから艦載機を発艦させればいけるか? 

 

 時間がかかるがこれしかない。

 

「大淀!! 今すぐ鎮守府にいる艦娘に応援要請を!! 特に空母だ、奴らの艦載機をすぐさまここに向かわせろ!!」

 

 横にいる大淀に怒号を飛ばすと、彼女は一瞬呆けた顔になるもすぐさま顔を引き締め耳に手を当てる。たぶん、無線機か何かで応援要請をしているのだろう。

 

 これで逃げ惑う艦娘たちの援護は出来る。あとは応援が来るまで眼下で反抗している奴らに持ちこたえてもらうしかないか。早くしなければ。

 

 ……ん? まてよ。襲ってきたのが艦載機なら、発艦した空母が近くにいるはずだ。これだけの艦載機だ、今ここにいるのが全てと考えにくい。艦載機を全て叩き落すよりも母艦である空母を叩いた方が後顧の憂いを絶てる。

 

「何処かに敵空母が潜んでいるはずだ!! 別動隊を組織し、鎮守府近海付近の哨戒にあたらせろ!!」

 

「すでに要請しました!! 提督も早く避難の方を!!」

 

 俺の言葉に大淀は力強く答え、同時に俺の腕を掴んでくる。一瞬その言葉の意味が分からなかったが、血相を変えて「早く!!」と叫ぶ大淀の顔を見てようやく理解できた。

 

 眼下の艦娘たちを見て分かる様に、彼女たちは被弾してもそこまで大きな外傷を負うこともなく、仮に大破などの大怪我をしようともドックに入れば時間はかかるも確実に治る。しかし、人間の俺は一発でも被弾すれば死ぬかもしれないし、ドックに放り込まれても彼女たちの様に治らない。

 

 この中で、一番死のリスクが高いのは提督である俺だ。

 

 本来、指揮を取る奴は身の安全が確保されたところで的確な指示を飛ばすものである。卒業直後のひよっこで的確な指示を飛ばす自信がないが、曲がりなりにも提督と言う立場だ。真っ先に避難するのが道理だ。

 

 でもな――――。

 

 

 

「悪い、敵前逃亡は性に合わないんでな」

 

 俺はそう言うと腕を掴む大淀の手を振り払う。再び腕を掴もうとする大淀の手を逃れ、俺は階段へと走り出した。

 

「ちょ!?」

 

「小言は後で聞くから許してくれ!! んで、大淀は応援の指揮と避難してくる艦娘の誘導を頼む!!」

 

 それだけ言い残し、俺は見張り台を飛び出して演習場へと走り出した。

 

 

◇◇◇

 

 

 

 見張り台を飛び出して演習場へと走る道中、避難してくる艦娘たちの一団と遭遇する。声をかける間もなくその横を走り去ったが、パッと見ただけでほとんどの艦娘が負傷していた。それだけ、演習場での戦闘が激しかったのだろう。

 

 艦娘ですら逃げる場所に向かっているんだ、傍から見たらただの自殺行為だよな。まぁ、俺みたいなのが一人消えたところで何の支障もないだろうよ。

 

 そんな感想を抱きながら走り続け、遂に演習所へとたどり着く。

 

 目の前には、爆撃や掃射によって破壊されたテントや物資が詰まった木箱が散乱しており、今だに火を燻らせる残骸や硝煙で見えないが、何処からともなく被弾した艦娘たちの呻き声が聞こえてくる。否が応にも漂ってくる硝煙の匂いと、そこに微かに混ざる鉄の匂い。それが、ここが戦場であることを物語っていた。

 

「てめぇ!? 何でこんなところにいやがる!!」

 

 そんな光景に言葉を失っていると、横から怒号が飛んできた。振り向くと、ボロボロの服を纏って鬼のような形相を浮かべた天龍が刀を携えて近づいてきていた。艦載機の掃射で被弾したのか、その肩と足は真っ赤に染まり足は引きずっている。

 

「天龍!! 無事だったか」

 

「んなことはどうでもいい!! 何でこんなところに居やがんだよ!! 死にてぇのか!!」

 

 近づいてきた天龍に肩を貸そうと駆け寄ったら、胸倉を掴まれて顔をズイッと近づけられる。顔を近づけられる際に肩の傷口が見え、割と激しい出血をしているのを確認できた。

 

「天龍、その傷じゃ満足に動けねぇだろ。動けるやつ連れて早く避難しろ」

 

「はぁ!? てめぇが言えることかよ!!」

 

 天龍にそう言ったら、当然のツッコミが返ってきた。まぁ、この中で一番死ぬリスクが大きい俺がそんなこと言っても説得力皆無だわな。

 

「てめぇが深海棲艦(やつら)に歯が立つかよ!! 人間風情が調子に乗ってんじゃねぇ!! 深海棲艦を殺るの『兵器』である俺の役目だ!! 人間(てめぇ)は動けるやつ集めて動けないやつに肩貸して避難してろ!!」

 

「なら、避難途中に敵に襲われたら誰がそいつらを守る? 人間(おれ)じゃあ歯が立たねぇから無理だぞ?」

 

 俺の言葉に天龍は顔を歪ませながら言いよどんだ。たった今、自分が言い放ったことをそのまま返されたんだ。こんな顔になるのも無理はない。

 

「なら、俺一人だけ逃げろってか? 艦娘の一人や二人運べる奴がいるのに一人も被弾した奴を助けずに逃げろって言うのかよ? それこそ助かるもんも助からねぇよ!!」

 

「だったら何で来やがった!! 足手まといにしかならねぇだろ!!」

 

 更なる追い打ちにかけると天龍は胸倉をつかむ力を強めながらそう吐き捨ててきた。確かに、俺が今ここで出来ることなんて何もないに等しい。だが、そんな俺でも出来ることはある。

 

 

「もうすぐ、うちの空母が出した艦載機が到着する。そうすれば、敵はそっちに気を取られてこっちの攻撃が緩くなるはずだ。その隙を狙って随時、避難だ。だから、それまで何とか耐えてくれ」

 

 俺がそう言うと、天龍は呆けた顔になる。言葉の意味が理解できない、とでも言いたげだ。俺の胸倉を掴む力が段々抜けていき、俺はそれを見計らって奴の手から逃れる。俺が自分の手から逃れたことでようやく気付いた天龍は、呆けた顔を俺に向け、次の瞬間噴き出した。

 

「っ……つまり、お前はそれだけを言うためにここに来たってことか?」

 

「ああ、その通りだ」

 

 そう言った瞬間、天龍は先ほどよりも盛大に噴き出し、腹を抱えて笑い始めた。んだよ、俺に艦娘たちと連絡を取る手段がねぇからこうして現場まで走って来たのに。それを笑うとはどういうことだ。

 

「何笑ってんだ。窮地にいる今なら士気うなぎ上り間違いなしの情報だぞ?」

 

「……っ、は……そ、それ、さっき大淀が無線で言ってたぞ?」

 

 え、マジで? 伝わってたの?

 

「大淀が全艦娘共有の無線で応援要請を飛ばしていたからな。残念だが、今ここにいる艦娘は全員知ってるだろうよ」

 

 嘘だろ……俺がここに来た意味よ。って、それなら俺ただの足手まといじゃん!! どうしよ、自ら死地に飛び込んじまったよ!!

 

「っ!? 退いてろ!!」

 

 不意に天龍が鋭い声を上げて俺を横に蹴飛ばし、それと同時に天龍自身も真横に飛ぶ。次の瞬間、機銃の発砲音が聞こえ、今まで俺たちが立っていた場所に無数の弾痕が穿たれる。

 

 敵艦載機に見つかっちまった!!

 

「天龍!! 大丈―――」

 

「頭下げてろ!!」

 

 俺の言葉は天竜の怒号で掻き消され、視界も天龍に頭を踏み付けられたことで塞がれてしまう。しかし、頭にのせられた彼女の足はすぐに離れ、同時に地面を蹴る音が聞こえた。

 

 顔を上げると、天龍が傍にあったテントの残骸を踏み台に大きく跳躍し刀を振り上げていた。その先に方向転換を行う艦載機の姿がある。

 

「おらァ!!」

 

 腹の底から吠える様に声を出し、天龍は艦載機目掛けて刀を振り下ろす。刀を振り下ろされた艦載機は綺麗に真っ二つに割れ、次の瞬間爆発を起こした。

 

「天龍!!」

 

 空中で爆風を諸に喰らった天龍は勢いよく吹き飛ばされる。空中を飛ぶ彼女を追いかけ、何とか地面に叩き付けられる瞬間に飛び出してその身体を抱きとめた。

 

「天龍!! 大丈夫か!!」

 

「っ……し、心配ねぇよ……」

 

 俺の言葉に天龍は強がってみせるがその言葉とは裏腹に両腕は爆風による火傷が痛々しく刻まれ、肩口の傷は先ほどよりも出血量が増したように見える。このまま放置すれば命の危険に関わるのは明白であった。

 

 抱き留めた天龍を地面に横たえた俺はすぐさま服の裾を破り、肩と足の傷口よりも心臓に近いところに固く結びつけて止血を行う。辺りを見回した際に水が漏れていたタンクを見つけ、それを持ってきて火傷の箇所にゆっくりとかける。大方かけ終わったら、服から破った布きれに水を含ませて患部に優しく巻き付ける。

 

「随分……手慣れてやがる……」

 

「喧嘩の絶えない学校時代だったから、応急処置はお手の物だ。だが、本当に応急処置だから早くちゃんとした治療をしてもらえよ」

 

 取り敢えず応急処置は済んだ。あとは、コイツを鎮守府まで運ばなくちゃいけねぇんだが……。

 

「天龍ちゃん!!」

 

 そんなことを思案していたら後ろから天龍の名前を呼ぶ声が聞こえ、振り向くと複数の駆逐艦を連れた龍田がこちらに走ってきているのが見えた。それと同時に、頭上からブーンと言う羽音が聞こえ始めた。

 

 

 ようやく艦載機が到着したようだ。これで、動きやすくなったな。

 

「提督、何でこんなところに……」

 

「話は後だ。龍田、天龍を任せてもいいか? 俺は他に動けるやつを集めて避難を呼びかけてくる」

 

 俺の言葉に龍田は一瞬驚いた顔をするも、すぐさま顔を引き締めて力強く頷いてくれた。それを見た周りの駆逐艦は天龍に駆け寄り、肩を回して何とか立ち上がらせる。任せても大丈夫そうだな。

 

「すまん、よろしく頼んだぞ」

 

「ま、まてよ……」

 

 そう言って駆け出そうとした時、天龍が声をかけてきた。振り返ると黒っぽい何かを投げ渡される。小さい割にズッシリと重いそれから、微かに人の声のようなものが聞こえてくる。

 

 

「俺の……無線機だ。そいつを使えば……指示が出せる……」

 

 天龍がか細い声でそう言うと、周りの艦娘たちは驚いたような顔になる。天龍が俺に無線を渡したのがそんなに驚くことなのか。

 

「いいのか?」

 

「むしろ……てめぇが欲しいだろ? 俺が持っててもしょうがねぇし……役立ててくれ。だからよ……」

 

 そう声を漏らした天龍は痛々しいやけどが刻まれた腕をあげ、握りしめた拳を向けてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頼むぜ……『提督』……よ……」

 

「天龍!!」

 

 それだけ零すと、天龍の腕が糸が切れた人形のようにダランと垂れる。それに思わず駆け寄ろうとしたら、龍田に遮られた。俺を止めた龍田は天龍に近付いて様子を確かめ、やがて安心した様に一息ついてこちらを振り返った。

 

「気を失っただけみたいですから、安心してください」

 

「そ、そうか……」

 

 龍田の言葉に安堵の息を漏らす。いかにもな発言だったからまさか、って身構えた俺が馬鹿だったよ。艦娘の生命力を舐めてたわ。

 

「では、提督。よろしくお願いしますね」

 

 龍田はそれだけ言うと、天龍を抱えた艦娘たちを引き連れ足早に去っていった。さて、こっちもやることやらねぇとな。そう頭を切り替えながら、天龍から預かった無線機を耳に付ける。

 

『敵艦載機が予想以上に多く、海上に回せる数が足りません!! 更に増援をお願いします!!』

 

『無茶言わないで。主力が出撃していてただでさえ数が足りないのよ? こっちの守りも考えると、これ以上数を割けれないわ。それに避難している子がいる以上下手に攻撃も出来ない。だから、早く避難を終わらせてちょうだい』

 

 無線では悲痛な声の大淀と淡々とした口調の艦娘が言い争いをしているのが聞こえる。主力が出払っていて艦載機の数が足りないのか。まぁ、取り残された艦娘たちが居る以上、普通に戦えば誤って被弾するかもしれないから攻勢に出れない状況ってか。とにかく、艦娘が避難出来てないから自由に動けずに戦況が膠着しているわけか。

 

 なら、することは一つ。

 

「あーあ、言い争いに割り込んですまん。提督の明原だ」

 

 無線に割り込んで声を出すと、二つの息を呑む声が聞こえた。たぶん、大淀と先ほどの艦娘だろうな。

 

「返答を待ってる暇はねぇから手短に言うわ。艦娘の避難は俺が引き受ける。今、この無線を聞いていて演習場にいる奴は自分の居場所を伝えろ。そして、動けるやつはその情報を元に探し出してくれ。見つけ次第、または避難が完了したら無線で報告、大淀は避難してきた奴の確認を頼む。全員避難が完了したら改めて教えてくれ」

 

『情報量が多すぎるわ。発見、避難完了の報告は大淀か私への個人無線に回しなさい。その情報が入り次第、逐一報告すれば情報を整理しやすいでしょ。提督たちは場所の情報だけ頭に叩き込んでちょうだい』

 

 俺の言葉に、名前の知らない艦娘が助言を加えてくれる。確かに、場所の情報と発見、避難完了の報告を同じ回線でやったらパンクしそうだ。それなら、彼女が提案した案に沿った方が情報の錯綜は防げるな。

 

「よし、その案で頼む」

 

『……貴方を信じていいのね?』

 

 無線の先から、先ほどよりも温度の低い声が聞こえる。まぁ、いきなり無線に割り込んできた奴が勝手に指示を出しまくったら不審に思うか。しかも、彼女たちが嫌っている提督その人なら尚更だな。

 

「信じるか信じないかはこの際どうでもいい。今はこの状況を打破するのが先決だと思うが?」

 

『……そうね、この采配は良い判断ね』

 

 俺の言葉に、名も知らない艦娘はそうこぼした。先ほどの低い声より幾分か高い、そして安堵の息のような、そんな声色だった。

 

「と、いうわけだ。皆、頼むぞ」

 

『了解しました。提督もご武運を』

 

『それなりに期待してるわ』

 

 2つの返答を受け、俺は傷ついている艦娘たちを探すために硝煙が立ち込める演習場へと走り出した。


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