射干玉の闇に灯るは幽けき淡い也   作:真神 唯人

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「受胎」までのカウントダウン、始まる。


終焉を告ぐる、静寂

何が起こっているのか、理解が追いつかない。

なのに、これは夢じゃない。痛みもちゃんとある。

 

 

眼を閉じても、耳を塞いでも、止められない。

やめてくれ。見たくない。聞きたくない。

怖さのあまり、足が、震えた。

 

 

「常識」が、駆逐されていく。

「日常」が、壊されていく。

「二人の人間」によって。

 

 

  なんで、俺は生きている?。

  なあ、「先生」、何で「俺を生かすんだ?」。

  今、知りたいのになんで、教えてくれないんだ。

  「含み」を持たす言い方、しないでくれよ。

 

 

  知っても分からない?。そりゃそうだろう!!。

  どこをどう咀嚼したら「理解」できるんだよ、こんな事!!。

 

 

それでも、このわけのわからない感情を納得させたくて

どうしたって、聞かずにはいられなかった。なのに。

「先生」は、屋上に来いとだけ言い残して。

 

 

 

  何なんだ。俺はあんたの、そういうとこが嫌いだよ。

 

 

 

「ここ」に来てから、目の前に見えること、耳に届く言葉。

そのどれもが、全てが、間違うことなく。

 

 

俺の身に起きている、現在進行系の「現実」だった。

 

 

***

 

「先生」が入院しているという『新宿衛生病院』。

 

見舞いに行く為に来たのに、色々あって遅れて着いた俺は。

その状況を見て、愕然となった。

中はまるで、必要なものだけ持って、雲隠れしたかのような有様で。

 

 『(おかしいだろ、コレはさすがに)』

 

まず「誰もいない」。医師や患者、受付さえも。

次いで、書類やらカルテらしきものが散らばり、荒れていた。

寒々しささえ感じる異常な状況に、自然と背中に寒気が走る。

 

 『(何だよこれ...。)?!。橘!』

 「アラトくん?」

 

 

見回す視線の先に、先に見舞いに来ていた級友を見つけた。

状況を聞くも、彼女もよく分からないらしい。

もう一人の級友は、既に病院内を探索中らしかった。

 

  は?。俺も行ってこいって?。

  おまえ何気に人使い、荒いよな橘。いや、いいけど。

  あ?コレ?。いいぜ、やるよ。ヒマ潰しになると思う。

  ...オカルト本だけどな。平気か?。

 

持ってた本(貰いものだが)を彼女に渡した。

ぱらりと捲るや「やだ!」と、のたまったのは最初だけ。

そのうち興味を持ったのか、内容を話し出す。

俺は読むヒマもなかったので、「へえ」と聞きに入った。

 

 

内容はここに来る前に会った「記者」が言ってた「...なんてな」話。

その詳細だったが、聞けば聞くほどこの状況に現実味が増す。

けれど、肝心な事はこのテの雑誌にありがちな終わり方で。

 

 

  「で、以下次号!って感じなんだろ?」

  『新田!!』

 

 

向こう側から、すたすたと歩いてきたもう一人の級友が言う。

ご丁寧に、この病院に纏わる「噂」つきで続きを語りながら。

 

新田の話を聞いて...橘が、来るんじゃなかったと呟き

俺もさすがに内心、同意した。(嫌な感じがする)。

 

結局、男二人で「先生」を探すことになり、俺は地下へ向かった。

それを死ぬほど悔やむことになるなんて、想像もつかぬまま。

 

 

***

 

病院の地下は、更に凄まじいことになっていて。

壁に飛び散った血飛沫や、リノリウムの床に大量の血痕は

先に見た、公園の比じゃなかった。

 

  

  『何だ、このホラー映画的な状況...』

 

 

俺は正直、途中放棄して引き返したくなった。

 

  

    

   

     

     

    

      

 

 

 

  『こんなとこに、先生がいるわけないじゃんか...』

 

 

 

 

だけど、そうもいかない。

 

 

怖々と、試しに入ったのは手術室。

なんかの儀式のあとみたいな、そんな様子にゾッとして

さっと辺りを見回して、すぐにそこから出て行った。

そうして一通り入ったあとに残るは、一部屋だけ。

 

その無機質な扉の前まで近づいた時だった。

いままでにないくらい、背筋が寒くなって足が止まる。

 

  

   ...?。何だろ、この『既視感』

  『(俺は、ここを知ってる...?)』

 

  あけるな ひきかえせ あけろ あけないとすすまない

  やめろ いやだ よせ とまれ いくな....ッ!!!!

 

 

 

ガンガン鳴り響く警鐘を気のせいにして、扉の前に立つ。

あとは、ここだけだから。それでさっさと戻ってしまいたかった。

無機質な音をたてて、扉が動く。

 

 

開いた扉の向こうに見えたのは、椅子に座る「誰か」。

明滅する小さな光と、たくさんのコードに繋がれた「何か」。

キイ、という音と共に、椅子が回転してこっちを向く。

 

 

特徴のある髪型。鋭い眼。全てを軽蔑しきった顔。

どっかで見たような見覚えのある男が、じ、と俺を見た。

そしていきなり、ごちゃごちゃと語りだす。

 

 

  

  

  

  ...この男、確か 通信会社サイバースの「氷川」だ。

  行方不明とか、色々言われてるけど。なんでこんなところに?。

 

 

 

 

人の世を嘆くように言いながら、その表情はどこか悦に入っている。

救いをもたらすのは自分だと暗に言いたげな顔で、俺を見る。

そして「氷川」の後ろに「黒い影」が生じ、形をとった。

 

 

 

その異形な存在に、頭がついていかず体が強張る。

 

 

  『(なんだよ、コレ。あ...悪魔?。夢見てんじゃないよな??)』。

   俺に死ねと?。冗談じゃない。逃げるにきまってんだろ!。

 

 

 

無駄だと低く笑う声とともに、悪魔が俺に近づき、そして。

 

 

 

   「やめなさいっ!!」

 

 

 

 

その手が俺に伸びてきて、首に届くまでの僅かな間に。

後ろの扉が開いて、聞き覚えのある声がすぐ傍に聞こえた。

同時に、目の前に迫っていた悪魔はかき消える。

 

 

 

   

   『....先生....?』

    ...あんた何で、「ここ」にいる?。

 

 

 

男は、「氷川」は、僅かに片眉を動かし、「例外は無い」と言い放ち。

女は、「先生」は、「ならば、協力しない」と言い返した。

 

 

   ...何なんだ、あんたら。巫女とか、計画とか。

 

 

 

結局、短いやり取りのあと。

男は、「氷川」は、興味を無くして椅子を動かし背を向けた。

この『幸福な終わり』を一人静かに、迎えたい。と。

 

 

そして、俺達が外に出たあと。

 

 

「その時」を待ちわびる男によって。

目の前の扉は、ニ度と開かなくなった。

 

 

 

 

 

 




2000字超え...っ!。

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