死体探偵   作:チャーシューメン

4 / 43

 今回は本当に嫌な話です。
 読む際はご注意ください。



 そそわはこちら→http://coolier.dip.jp/sosowa/ssw_l/210/1455176174
 ※置いてあるのは同じです。




ザッツ・ザ・ウェイ・イット・ゴーズ・ダウン

 

「ぎゃおー、口裂け女だぞぅ!」

「いやいやいや。口裂け女はぎゃおーとか言わないから」

「じゃあ、はにゃーん、とかか?」

「はにゃーん」

「ふみゅうぅ、とかか?」

「……か、可愛いから許す!」

 秦こころと封獣ぬえが喧しく騒いでいる。秋晴れの空の下、命蓮寺の中庭に座り、二ッ岩マミゾウはそれを横目で眺めていた。どうやら、こころが新しく得た力の使い方を練習しているようだ。

 最近幻想郷にも広まった、外の世界の都市伝説。その伝説に成りきる事で自らの力を増す……それが幻想郷の妖怪達の間で、ちょっとしたブームになっているのだ。こころが選んだ都市伝説は口裂け女、ちょっと懐かしい。因みにマミゾウは宇宙人の都市伝説を選んだ。

「いいか、見てな。口裂け女ってのはこうするんだ」

 意気揚々とぬえ。

 服をずらして肩を晒し、スカートの裾を捲り上げ、扇情的な上目遣いをして、甘ったるい声を吐く。

「アタシ、キレイ?」

 マミゾウはずっこけてしまった。それは風俗嬢じゃ。

「いや、普通」

 こころは無表情に言い切った。

「なんだとこの能面女! 全国三千万のぬえちゃんファンに謝れコノヤロウ!」

 真っ赤になって半ベソかきながらぬえが怒っている。どうやら相当恥ずかしかったようだ。なら、やらなきゃいいのに。幾つになっても、ぬえは幼い。こころと遊んでいるくらいが丁度いい。

 首を回して本堂を見やる。

 中では住職の聖を付き添いに、妖怪鼠のナズーリンが座禅を組んでいる。

 普段はあまり見掛けぬ子鼠なのだが、今日は珍しく姿を見せ、これまた珍しく仏道修行などしている。格は高いらしいが所詮は鼠だ、などと見下していたマミゾウであったが、その座禅姿たるや、目を見張るものがあった。流石は毘沙門天の補佐役を嘯くだけある。その姿を見ているだけで、気付かぬ内に日が暮れてしまいそうになって、マミゾウは慌てては目をぬえ達に戻した。

「ふむ、こうか……アタシ、キレイ?」

「いやごめん、あたしが悪かった。スカートは捲らなくていいよ……」

「よーし、みんなに聞いて回ろう!」

 こころ達はとてとてと駆け出し、屋根の修理をしていた村紗と一輪にまずは声を掛けた。

「アタシ、キレイ~?」

 ぐいい、と指で口を広げながら言うのである。

「うんうん、キレイキレイ」

 明らかに悪戯だと思ったのか、村紗はろくに見もせず生返事だ。

「馬鹿村紗。そう言うと自分も口裂けにされちゃうんだよ」

 一輪に言われて、こころの方が驚いたようだ。

「そ、そうだったのか……それなら、村紗の口を裂くしか……!」

 ギラリと光る包丁を取り出して、ぷるぷると震えるこころ。慌ててぬえと一輪が止めに入り、事無きを得た村紗がホッと胸をなで下ろしていた。

 ぬえ達は正門のほうに行って、今度は山彦妖怪の幽谷響子に声を掛けたらしい。

「アタシ、キレイ~?」

 案の定、ここの空気まで震えるほどの、ものすんごい大きな声で返されて、二人はふらふらとした足取りでマミゾウの方にやって来た。懲りぬ奴らである。

「アタシ、キレイ~?」

「はいはい、ポマードポマード」

「何その呪文」

「こう言うと、口裂け女は退散するんじゃ。のう、ぬえ?」

「そう言えばそうだっけね」

「退治方法まで伝わってるなんて! 意外と弱いな、口裂け女」

 その時、修行を終えたらしい例の子鼠、ナズーリンが通りかかった。

「おい、そこのお前! アタシ、キレイ~?」

 こころは同じ調子で問いかけをしたが、ナズーリンはこの世のものとも思えないような冷酷な目でそれを一瞥すると、何も言わずに立ち去ってしまった。

「なんだ? ナズーリンの奴、なんかあったのか?」

 ぬえが首を捻った。

「分からない。でもあいつ、いつもああだ」

 こころが口を尖らせている。

「こころお前、なんかやったんじゃないの?」

「何もしてない」

「あれぇ、いつも割とノリはいい奴なんだけどなぁ?」

「あいつ……嫌い」

 こころは無表情だが、困惑するぬえのスカートの裾をぎゅっと掴んでいた。

「こころよ、あの子鼠はいつもああいう態度なのかの?」

 マミゾウが問うと、こころはこくりと頷いた。

 マミゾウの記憶の中では、寅丸星の腰巾着というイメージしか無かったナズーリンであるが。

 興味を覚えたマミゾウは静かに立ち上がり、件の子鼠の後を追った。

 

 

「流石ですね、ナズーリン。禅行も非の打ち所がありません」

 聖はそう言って持ち上げるが、そんな事は無い。私は煩悩に囚われている。逆に言えば、煩悩に囚われているから禅が必要になるのである。

 この煩悩に打ち克つ為に聖に付き合ってもらったのだが、あまり効果は無かったようだ。気は重いまま変わる事は無い。しかし今はそれでも構わない、そう思う事にする。悩み苦しむ事もまた生きるという行為に他ならないだろうから。

 そうだ。気は重いまま。変わる事など無い。あってはならないとも思う。

 これから、嫌な仕事が待っている。

「聖、今日は一日、ありがとう。助かったよ」

「ナズーリン……」

「少し、やらなければならない事がある。もう行く事にするよ」

 聖の口から弱気を肯定する言葉が出る前に、私はさっさと寺を離れた。

 壺を取りに戻った無縁塚の私の家、その前に、見覚えのある影が立っていた。

「やあ、鼠の大将」

 佐渡の化け狸、二ッ岩マミゾウである。

 私の彼女に対する印象は、有り体に言って「曲者」だった。

 マミゾウはいかにも年長者らしい、慈悲と余裕に満ち溢れた優しい笑みを浮かべている。が、眼鏡の奥に光る光は、油断なく私を品定めしていた。

「珍しいじゃないか。何か用かい、狸の大将」

 しかし、歳を経た大妖怪に警戒されるというのも、悪い気持ちはしない。警戒は反感に繋がるが、敬意にも変わりうるからだ。

 表面上は取り繕いながら、マミゾウは眼鏡を直す振りをして視線を隠した。

「いや、何。珍しくおぬしの修行姿を見掛けたもんだからの。興味が湧いてな」

「なんだい、仏教徒になろうってのかい」

「いや、そういうわけではないんだがの」

「要領を得ないな。まあ、いい。入りたまえ」

 我が家のガタつく扉を開け、私はマミゾウを招き入れた。魂胆が見えないが、構いはしない。丁度、話し相手が欲しい気分だった事もあり、私は囲炉裏に火を焚べ、茶を淹れてやる事にした。

「酒の方が良かったかな」

「いんや、まだ昼過ぎじゃ。茶のがいい。それに酒なら、自前のがあるわい」

 大きな尻尾を丸めて座布団に胡座をかいたマミゾウは、自慢の瓢箪を叩いて見せた。人好きのするその屈託の無い笑みは、彼女の武器なのだろう。狸は人を騙くらかすと言うから。

 粗末な鉄瓶からしゅんしゅんと水煙が立ち始め、私の肌を濡らす。

「意外と質素なんじゃな」

「何処かで景気の良い噂でも聞いていたのかい」

「お主のシノギは今や有名だからのう」

 死体探偵。

 その名が重くのしかかる。

「大体、命蓮寺に寄付しているからな。まあ、晩酌は豪勢になったが」

 ニヤリと笑うと、マミゾウも膝を打って笑った。

「他人の死体で豪勢な飯を食うとは、業の深い鼠じゃのう」

 マミゾウの言葉には激烈な毒が含まれていた。だが私は、さらりと流した。

 マミゾウは音に聞こえし大妖怪。争っても勝てる見込みなど無い。

 湯が煮えた。

 私が茶を淹れてやると、マミゾウはうまそうにそれを飲んだ。

「中々香り高い」

「茶葉は」ただの自虐だとは自覚している。「仕事先での貰い物さ」

「それも役得と言うところか」

 挑発するように、にやにやとマミゾウが笑う。

「そうだな。まったく、役得だよ」

 マミゾウの魂胆は分からないが、やりたい事は理解出来た。

 だが、彼女には分かるまい。

 彼女が私を責める事で、私の心は救われているのだという事など。

 その後もマミゾウは世間話に毒を織り交ぜ、面白おかしく喋くりながら私を、死体探偵を嘲った。

 曰く、

「他人の不幸で蔵を建てる」

 だの、

「他人の生き血を啜る」

 だのである。

 尤もな意見なので、私はいちいちそれに頷いて見せた。マミゾウはにこにこしながら毒入りの鋭い言葉の剃刀で私を切り刻み続けた。他人が見れば、痴呆の二人が笑顔で殴り合っているように見えた事だろう。

「おっと、これから仕事があるんだった」

 茶葉が出涸らしになる頃、私は席を立った。

「すまないな、狸の大将。折角来てくれて悪いのだが、この辺でお開きにさせて貰いたい」

「ああ、構わんて」

 マミゾウは席を立つ素振りを見せなかった。

 仕方なく、私は変装して里に行く準備をした後、奥から例の壺を取り出して来て、持ち運びやすいよう風呂敷で包んだ。

「依頼の品かえ?」

「まあ、そんなところだ」

 私が頷くと、マミゾウはまたもヘラヘラと笑いながら、言った。

「そんなもんに高い金を出すなんざ、人間ってのは訳が分からんのう」

 私は手を止め、彼女を睨み付けた。

「次に同じ台詞を吐いてみろ。その舌をもぎ取ってやるぞ、化け狸」

「なんじゃと?」

「私への批判は構わん、甘んじて受け入れよう。だがこれに対しては許さん。鼠を甘く見ると死ぬぞ。私の鼠は龍にだって噛み付く、狸一匹など造作も無い」

 マミゾウは唖然として私を見ていたが、目を伏せると懐から手ぬぐいを取り出し、私へと差し出した。

 知らず、私の両目からは涙が零れていた。

「すまん」

 暫くして、私の身体の震えが止まった頃、マミゾウは静かにそう言った。そうして、彼女は囲炉裏の火を焚べ直した。

「見苦しいだろう、情けないだろう、みっともないだろう。毘沙門天の遣いなどと見栄を張っても、結局、私はただの妖獣さ。主のように悟る事など出来はしない。煩悩の焔に身を焼かれ続けている、今も」

 私は冷え切った茶を喉に流し込んで、息をついた。

「誰の差し金かは知らんが、これで満足かい、狸の大将」

 マミゾウは首を振った。

「お主が虎の威光を笠に着て尊大に振舞っているのなら、少し意地悪をしてやろう。そう思っただけじゃ」

「威光か」

 あの天道を追ったところで、その身を焦がすだけだ。

 しゅんしゅんと、鉄瓶が蒸気をあげる。静かな部屋で、その音だけが響き渡る。それは心地良くて、温かである。このまま時間が止まってしまえばいい、そう思えるほどに。

「お主は面霊気が、秦こころが嫌いなのかえ」

「こころ?」

 突然の飛躍に私は眉を潜めたが、すぐに理解した。

「そういう事か。あんたは彼女の保護者役だったな」

 面霊気に冷たく当たる私に、マミゾウは意趣返しをしたかったのだろう。他人が言えた事ではないかもしれないが、お節介な狸である。まるで子ども同士の喧嘩にしゃしゃり出る母親だ。

 私は何となく、壺を手元に引き寄せてしまった。

「こころに当たるお主と、今のお主が重ならなくてのう。彼女が何かして、それをお主が気に入らないのだとしても、少し大目に見てやってはくれんか。こころは最近になってようやく自我や感情を学び始めた、いわば子どものような妖怪じゃて。大人の我々が寛容にならなければいかんのではないか」

 私は少し、笑ってしまった。

 外の世界から鳴り物入りでやって来た大妖怪、佐渡の二ッ岩も、情には勝てんという事だ。むしろ情に脆いとさえ言っていい。いや、だからこそ彼女は大妖怪と慕われるのだろう。その情義に命を懸けたいと思う者も、一人や二人ではあるまい。

 だがマミゾウは根本的な勘違いをしている。

 出涸らしに湯を注ぎ、私は茶、と言うより、色の付いた白湯を啜った。

「こころか。あれは良い奴だな。あいつを見ていると、何というか、微笑ましいよ。あんたが庇いたくなる気持ちもよく分かる」

 私がそう言うと、マミゾウは一層、眉を潜めた。

「ならば、何故」

「マミゾウ。あんたの言う通りだ。私は大人だ、示し続けてやらねばならない。いつか、因果は応報するという事を」

 湯呑みから湯気が立つ。

 マミゾウの眼鏡が曇って、その視線が隠れてしまった。

 彼女が伸ばした手が、壺に触れた。

「これは、何じゃ」

 私は首を振った。

「忠告する。見ない方が良い」

 それでもマミゾウは聞かず、風呂敷包みを破り棄て、壺の蓋を開けた。

 中を覗いたマミゾウは最初、あっ、と疑問の声を上げた。しかしすぐにその正体に思い当たったのか、顔付きが険しくなった。

「これは、まさか……」

 そう言って、下唇を噛む。

 私は彼女の手から蓋を奪い取り、壺を封印して胸に抱いた。

「マミゾウ。あの寺は良いところだよな。聖の理想はこの身を委ねるに足るし、星のご本尊振りも惚れ惚れする程見事だ。一輪も村紗も面倒見がよくて人好きのする性格をしているし、ぬえや響子なんて見ているだけで楽しくなる。あの寺のみんなは優しいから、何時までもその優しさに浸っていたくなってしまうよ」嗚呼、麗しの我等が命蓮寺よ。「だけど、優しいだけじゃ正義にはなれない」

「ナズーリン」

「私はな、マミゾウ。正義の味方なんだ。正義ってのは冷酷だ。悪に仏罰など下さんし、善に助力する事も無い。打ち拉がれた者に差し伸べる手など持ち合わせん」

「……ナズーリン」

「それでも私は、正義の味方だ。だから示し続けなければならん。この世界はままならぬ。例え思慮無き力でも、振るえば必ず、誰かが傷付くという事を」

「ナズーリン、分かった」マミゾウは右手を挙げて、顔を背けた。「分かった。もう、いい……」

 マミゾウは自慢の瓢箪を取り出すと、口を付けた。酒に縋っても、その顔は晴れない。晴れようが無い。

 私は奥に行って、新しい風呂敷を取りだした。壺を包んで戻ると、囲炉裏の火もろともマミゾウの姿は消えていた。

 ありがとう。

 そう言いそびれたのを、少し、悔いる。

 一人だったら、この壺の重さを支えきれなかったかも知れない。

 壺を抱え、紅葉を踏みしめ。私は里へと、依頼人の元へと向かった。

 依頼人は商屋の娘だ。まだ年端も行かぬ。

 私が壺を差し出すと、娘は大粒の涙を零した。

 ごめんね。

 ごめんね。

 耳にこびり付く幼いその声。彼女は何度も謝っていた。壺の中の、生まれ落ちる事すら叶わなかった息子へ。

 通りかかった商屋の旦那、つまり娘の義父は、私を見掛けると怯えて姿を隠した。以前に私が馬乗りになって奴の顔をしこたま殴りつけてやったのを覚えていたらしい。だが、顔の腫れは引いていた。きっとすぐに忘れてしまうのだろう。男とはそういうもの。割を喰うのはいつだって女なのだ。正義の味方のはずの私に出来ることなど、何も無い。

 それでも、義父は人格者である。平素通りの正気ならば、こんなことを仕出かしたりはしなかったろう。

 誰が悪い訳じゃない。

 しかし、面霊気の引き起こした、人々の感情の暴走――あの熱狂は、未だ記憶に新しい。

 心が定まらず、私は幻想郷中をふらふらと歩き回った。無縁塚の掘っ建て小屋に戻った時、既に細い月が中天にかかる深夜になっていた。

 無性に喉が渇いた私は、酒のあてにチーズを求めたが、こんな日に限って切らしてしまっていた。仕方無しに、徳利とお猪口だけの晩酌とする。

 口を付けると、苦味が口一杯に広がって……私はお猪口を思い切り壁に叩きつけた。陶器の砕ける鋭い音が、こころの悲鳴に重なって、堪えきれず、私は身体を震わせてしまった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。