死体探偵   作:チャーシューメン

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 単なる説明回です。

 そそわはこちら→http://coolier.dip.jp/sosowa/ssw_l/212/1467557939
 ※置いてあるのは同じです。



リバー

 

 今月はかなりの売り上げがあった。思えば私、馬車馬のように働いているからな。いやこの場合、鼠車鼠か? 関係ないけど、灰被り姫の馬は魔法で変えた鼠なんだっけか、たしか。

 その割に朱墨の減りが早いのが悲しい。使い過ぎだぞ、聖。マイクロファイバーのスポンジとかスチームクリーナーだとか、いろいろ買いすぎだよ。外の技術に慣れておけとは言ったが、これ完全に趣味になってるじゃないか。まったく。

 今日は星鼠亭の中で卓袱台に向かい帳簿を付けている。この前は付けかけのまま仕事に行ってしまったからな。外はからりと晴れて散歩日和だというのに、くさくさした話さ。

 私は外の世界でもそれで喰っていた事があるが、探偵業ってのは割と地味で、娯楽小説に出てくるようなスリルとサスペンスに満ち溢れた冒険譚や、密室殺人の解決依頼など現実には無い(と言うか、そういうのに来られても困る)。実際に来るのは浮気調査の依頼だとか人探しの依頼ばかりだ。それはこの幻想郷でもあまり変わる事は無い。まあ、人探しは人探しでも、私がこの幻想郷で探しているのはおおむね死んだ人間なのだが……。

 私などは個人経営だから、帳簿付けなどの雑務も自分でこなさなければならない。まったく、面倒だ。売り上げに直結しない作業ってのは、どうも気が乗らないんだ。そろそろ誰かバイトでも雇おうかな。絵面的に一輪あたりなら帳簿付けも似合いそうだけれど、いつものおっちょこちょいを金勘定でやられちゃ困るしなぁ。

「仏教徒って帳簿なんてつけるもんなの?」

「へぇ。じゃ、妖怪の賢者様は付けないのかい」

「付けないわよ」指先で頭をトントンと叩き、八雲紫が気取って言った。「全部ここに入ってるもの」

 格好つけちゃいるが、それって要するにどんぶり勘定って事じゃあないか。

「賢者だって名乗るんなら、こんな所でマンガ読みながらケツ掻いてるんじゃないよ、まったく」

 八雲紫が、あの幻想郷の全妖怪に恐れられる妖怪の賢者が、星鼠亭の些末な畳の上でだらしなく寝転んで少女マンガを読み耽り、あまつさえ私の今日のオヤツであるチーズせんべいをバリボリ齧っていやがるのである。何してんだ、こいつ。紫色のドレスがめくれ上がって、派手な下着が丸出しじゃないか。

 あの血に飢えた陰陽玉を彼女に渡してからこっち、妙に懐かれて困っている。

「まずいんじゃないのか? そんなところ、君の式に見られたら。威厳もへったくれもないぞ」

「あー、藍に見つかったら面倒だわね。いつもうるさいのよ、ごろごろするなとか、掃除の邪魔だとか、ジャージはやめろとか……人を粗大ゴミみたいにさあ」

「休日のパパかよ」

 あるいは、これが彼女の素なのかも知れないが。

 真っ赤な帳簿を閉じて、私は投書箱の中身を開いた。二通程入っている。

 一通は主の星からだ。無地の封筒に「ナズーリンさん、いつもありがとう」とだけ書かれた白い便箋。私を驚かせようとしているらしいが、毎度同じやり口ではなぁ。今度は小判を入れておけと言っておいたのに、入っていなかった。がっかりだよ。

 もう一通は上白沢慧音からだった。

 先日の誘拐事件への協力について、達筆でつらつらと感謝の言葉を書いている。封筒の中には少額だが現金も入っていた。慧音には秘密にしていたはずなのだが、私の関与を誰かがしゃべったのだろうか。

 ふと顔を上げると、紫がひらひらと手を振っている。

「君か」

 私は溜め息を吐いた。

「これ以上。私を過労死させる気かい」

 つまり紫は、私にこれからも慧音を守れと言っているのだ。彼女との繋がりを強くする事で私を、そして命蓮寺を巻き込もうという魂胆だろう。

 にこりと笑って、紫は言う。

「上白沢女史は、今の里には必要な人材ですからね」

 君自身がそれをすればいいじゃないか。

 その文句は口の中でだけ言った。

 恐らく、紫にはそれが出来ないのであろう。それは勿論、賢者達とのパワーバランスのせいだ。

 たとえ紫が反対したとしても、賢者達が上白沢慧音の排除を強硬に主張すれば、その流れを覆す事は難しいのだろう。紫が強権を振りかざせば反発心を呼び、立場が悪くなる。紫が表立って行動するには、何らかの大義が必要なのだ。

 紫は自由に動かせる手駒を欲している。だからこそ、私のような独立した存在を抱え込もうとしている。だからこそ、紫は私と契約し、私を死体探偵に仕立て上げたのだ。

 これまでに得た情報から、私は賢者達に関するある一つの推論を導き出している。

 恐らく、賢者達と呼ばれる組織は、幻想郷における全体意思決定機関なのだ。その意思決定プロセスは権力者達による合議制なのであろう。

 賢者達……その名の意味するところは、賢人会議である。

 妖怪とは本質的に身勝手で傲慢な存在だ。そんな妖怪達が多種多様に集う幻想郷、それを存続させる為には、そのような機関が必ず必要になる。賢者達とはそうして生み出された組織であり、そして恐らく、その試みは現在進行形で失敗している。それは賢者達という存在が公の権力装置になっていない事から見ても明らかだ。

 この幻想郷における妖怪同士の覇権争いは、私が想像していたものよりも激しいようだ。マミゾウの話では、人間の里の支配を巡り、妖怪達は互いに牽制しあっていると言う。過去には権力争いに敗れた妖怪達が地底に封印された事もある。

 外の世界では淘汰され、存在するだけで精一杯だった妖怪という存在。だが、この幻想郷では人間の姿をとり、人間のように我執に溺れ、あさましく争う。この郷では人間と妖怪が溶け合っている。そこに区別など無いかのように。

 幻想郷はまるで魔女の釜だ。

「私は正義の味方だ。やらなければならない事はする。それだけさ」

 宙に言葉を浮かべる。独り言だった。

 その時、ちりん、と呼び鈴が鳴った。

「出てきなさいよ」

 売り台の向こうで知った声が響く。私はペンデュラムを服の中に隠し、対応に立ち上がった。

 声の主は博麗霊夢、今代の博麗の巫女であった。

「あんた、この間の誘拐事件の時、動いてたんだってね」

 整ったその刀剣のような面を意地悪く捻じ曲げて、霊夢が食いかかるように言う。勿論、霊夢は私がこの仕事をしている事を知っている。開業する時に申告しておいたのだ。黙ってるとうるさいからな、この無法巫女は。

「依頼があったのは事実だ」

 言葉を選んで、私は言った。

「私、なんも聞いてなかったんですけど?」

「君に届け出なければならない義務は無いだろう。君は自警団団員でもなければ、警察官でもないのだからな」

「納得行かないわ。何故、博麗の巫女たる私よりも、死体探偵のあんたに依頼が行ったのかしら。神隠しなのよ? なんで探偵なんかに」

 流石、勘だけは鋭い霊夢である。

 もちろん、言い含め方も考えてあった。

「何言ってんだ。私も含めて、里の連中の殆どがその話を知ってたよ。知らなかったのは君だけさ。どうせ神社でグースカ昼寝三昧だったんだろ?」

「う、うぐ……」

「私はちゃんと営業をかけているからな。情報の早さの違いさ。君もさぼってないで里の見回りくらいしたらどうだい」

「うるさいわね! とにかく、あんたは怪しいのよ! 退治されたくなかったら、それなりの態度を示しなさい!」

 巫女お得意の逆切れである。

「だからこうして、正々堂々と店を構えてやってるんじゃないか」

「口の減らない小鼠ね!」

 霊夢はイライラと貧乏揺すりをしている。まったく、堪え性のない巫女だこと。

 こういう輩は下手に出てやり過ごすに限る。

「君に逆らう気なんざこれっぽっちもないさ。現に、今回の件の報告書を君宛に送ってある」

「え、本当?」

「手紙、見てないのかい。その様子じゃ、情報通の黒白魔女に言われて、慌てて飛び出して来たってところか」

「う……む……」

「慌て者だな。博麗の巫女なら、もう少しどっしり構えてもらわんと困る」

「問答無用!」

 突然、霊夢は持っていたお祓い棒を振り上げると、私の頭に向かって振り下ろした。見えてはいたが、私は避けなかった。

 ごちん。

 衝撃で目から火花が散り、痛みで思わず頭を抱えた。この巫女、手加減ってもんを知らんのか。

「次に怪しい動きしたら、退治してやるからね。覚えておきなさい」

 暴力を振るって満足したのか、妙にすっきりとした顔でそう言うと、霊夢は去って行った。

 やれやれ。早苗と言い、霊夢といい、巫女は問題児ばかりで困る。若いってのは、ああいうのを言うんだろうな。

「相変わらずね、霊夢は」

 振り返ると、紫が笑っている。手にしていた少女マンガを置くと、大きく伸びをしてから立ち上がった。

「ねえ。ちょっと出掛けない?」

「出掛ける?」

「そう。デートしましょ、デ・エ・ト」

 投げキッスをしながら、腹の立つどや顔をキメる紫。

 この後は新聞のチェックとレポートの作成をするつもりだったんだがな……。

 まあ、いい。

「君が勝手に喰ったチーズせんべいの代わりを買いに行くってんなら、付き合おうかな」

「なんのことかしら」

 とぼけてやがる。信じられん、この女。

 外には秋の日差しが溢れ、抜けるような青空に千切れた白雲がぼんやりと浮かんでいる。

 いい日だ。

 何もかも投げ出して、草原に寝転んで一日中口笛でも吹いていたい気分だ。

「何処へ行くんだ?」

「さあ? 風の向くまま、気の向くまま……」

 桃色の日傘を差して、ふわりと歩きながら、紫は独り言のように言う。

 道行く人々は皆忙しく動いていて、ぼんやりと歩く私達とは時間の流れ方が違って見える。人に近しく暮らしていると言えども、私は妖怪であり、その溝は決して埋まる事は無いのかもしれない。

 通りの端に、托鉢をしている僧を見かけた。あれは新しく命蓮寺に入信した修行僧だ。私達の布教活動は着実に信徒を増やしている。星や聖達の努力の成果だ。

 だが、たとえ同じ光を信じようとも、それは分かり合えた事にはならないのかもしれない。この時間の溝が埋まらない限り。

 だとしたら。人の作った人の為の道を、我ら妖怪は真に理解し得るのだろうか。

 だとしたら。仏道とは、果たして妖怪を救う道たり得るのだろうか。

 ……今日はどうかしている。私は頭を振って、嫌な考えを締め出した。

 活気あふれる目抜き通りを抜けて。

 稗田の屋敷の前を通り。

 寺子屋に立ち寄って、慧音から送られた金をそっと募金箱に戻し。

 里外れの自警団屯所を冷やかして。

 私達は大きな川へとやって来た。

 この川は人里に注ぐ川の中では最も大きく、その水源は霧の湖を超え、妖怪の山に由来している。

 よく整備された堤防を登り、私達はその上を歩いた。

「先の湖の氾濫では、この堤防がなければ危なかったな」

「これはね、土蜘蛛達が作ったのよ。彼等が地底に封印される前にね」

 土蜘蛛……黒谷ヤマメ達か。なるほど、建築に長けた彼女達の作った堤防なら、ちょっとやそっとでは壊れないだろう。

「聞かないのね、ナズーリン」

 不意に、紫が言った。

 賢者達の事だろう。

「フェアじゃないからな。仕事の対価としてなら、話は別だが」

「まったく、意地っ張りな小鼠だこと」

「それに尋ねたとしても、君は答えまい」

 くすくすと紫は笑った。私はそれを肯定の意と受け取った。

 川面はきらきらと光り輝き、穏やかに揺れる波音は激務で疲労した体に心地よい。むせかえる草いきれが、里で暮らしていると忘れかけてしまう、私達が自然より生まれた事実を思い出させてくれる。

 遠くに掛かった橋の上には、往来に行き来する人々の影が見える。川に小舟を浮かべて釣りをする者や、洗濯をする者もいる。

「美しいわね」

 八雲紫が目を細めている。

「幻想郷は君が作った。君にどんな魂胆があろうと、この平穏は誇るべき事だと私は思う」

「けれど、平穏には犠牲が必要なのよ」

 広げた扇子の向こうに表情を隠して、紫はぽつりとつぶやいた。

「今なら、引き返せるかもしれないわよ」

「……かもな」

 確かに、紫の言う通りかもしれない。

 かつてそうしたように。聖を見捨て、また外界に戻り、ひっそりと暮らしてゆくことも可能だろう。

「だがその選択肢は、私には。私たちには在り得ないんだ」

 きっぱりとそう言い放つと、紫は立ち止まった。

「……答えてあげてもいいわよ。貴女の疑問に、でも」

 そう言って取り出した物を見て、私は目を剥いた。

 あの悍ましき、血に飢えた陰陽玉である。

「これが一体何であるか、貴女はもう、見当がついているんでしょう?」

 紫は親指を噛んで血を流すと、その雫を陰陽玉に垂らした。

「やめろ!」

 私は鋭く叫んだが、遅かった。

 じゅるじゅると音を立てて血を吸った陰陽玉は、虹色の光を放ち始め、私達はその虹に包まれた。

 美しく光輝いていた風景が歪んで行く。

 青く澄みわたる空は赤く染まり、千切れる白い雲は暗雲となって渦を巻く。空を覆う黒い風は、渡り鳥の群れだ。

 河原で遊ぶ人々は影に変わり、同時に其処彼処から人の形をした得体の知れないもの達が這い出して来る。

 上流から津波のように押し寄せるのは、血だ。川が瞬く間に赤く染まり、辺りは生臭い血の臭いで一杯になった。

 私は襲い来る悪寒に身を震わせた。

「貴女が怖れる事は無いわ」紫は眉を寄せて笑った。「これは、私の罪だもの」

 やがて、顔を黒く塗り潰された得体の知れない連中が現れた。白刃を振りかざしつつ、大きな神輿を担いで上流へと歩いて行く。神が乗るべき神輿のその中に、赤い衣を纏った人影が見えた。

 その神輿に刻まれた紋章は。

「関係無い」

 私は陰陽玉ごと、紫の手を掴んだ。

 虹色の光が消えると、悍ましい風景は吹き飛ぶようにして消えた。無縁塚のそれと違い、陰陽玉が生み出した幻影には力が無いようだ。

「君が過去にどんな罪を犯していようと、これからどんな罪を犯そうと、私には関係無い。私は正義の味方だ。自分が正しいと信じる事をする。君の弱さなど、私にはいらん」

 陰陽玉に付いた血を手で拭うと、私は紫の手を放した。

 紫は唖然としていたが、やがて声を上げて笑った。

「振られちゃったわね」

 何故だか少し、嬉しそうに。

「仏教の教義には、罪を犯そうとしている人を止めるってのは無いのかしらね?」

「今の私に、仏道を語る資格は無い」

「頑固な鼠ねぇ」

 ひとしきり笑った後、紫は急に真面目な顔になって言った。

「奪われたもう一つの陰陽玉の奪還、依頼するわ」

 殺された自警団団長の持っていた陰陽玉の事だ。やはりあれは、八雲紫が団長に与えたのか。賢者達を牽制する為に。

 先程の幻影は、八雲紫の罪であると同時に、賢者達の罪でもあるのだ。

 私は首を振った。

「契約は必要無い。元よりそのつもりだ」

 契約をすれば、八雲紫の立場は悪くなる。

 紫を私の後ろ盾にするためには、彼女と馴れ合う訳にはいかない。

「君はこの川の流れのように、鷹揚に構えておいてくれればいい。私は私の仕事をする」

「そう……」

 ゆったりと流れる川の水面を見やり、紫は息を吐いた。

「無縁塚の捜索も、もちろん継続しなさい」

「いちいち釘を刺さんでもいい。その契約だけが、君と私を繋ぐ糸だ」

「死体、探偵……」紫は歌うように、のびやかに楽し気に。「私の掌中の鳥は、羽ばたいて行ってしまったようね」

「鼠に翼は無い。流されただけだ、奴等の作った濁流に。だが、知っているか。鼠は泳ぎも得意なのさ」

「……もう貴女を小鼠なんて呼べないわね」

 紫は陰陽玉を私へと放り投げてきた。

「奪還には、力が必要になるでしょう。その陰陽玉の力を使いなさい」

 受け取った私は、迷わず陰陽玉を投げ返した。

「いらん。これは敵にとって毒だが、君にとっても毒だろう。封印すべきものだ」

「本当、貴女、頑固ね。でもそういうの、嫌いじゃないわ」

 涼やかな笑みを浮かべると、紫の背後の空間が裂けた。その向こう側に得体の知れない目玉達が蠢いている。空間の断裂、隙間。八雲紫の得意技である。

「また、会いに来るわ。成果を期待します」

 紫は傘を折りたたんで一礼すると、開いた隙間の中に足を入れた。

 そうさせじと、私は素早く紫の腕を掴んだ。

「何よ、折角私が格好良く退場しようとしてたのに」

 困惑して、紫が言う。

「言いたいことだけ言って逃げるつもりか? 君が喰ったチーズせんべい、弁償してもらうからな」

「ええ~……それ、今じゃないとダメ?」

「ダメだ。弁償するまで絶対逃がさんぞ」

「貴女、割と根に持つタイプなのね……」

 当たり前だろ。食い物の恨みは恐ろしいんだぞ。

 

 


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