死体探偵   作:チャーシューメン

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 ほんわか卓の影響を否定しきれない。

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 ※置いてあるのは同じです。


パーフェクト・コガサ

 

「わちき、カンペキ!」

 炉の光に幾分焼けた笑顔で言うのである。

 その姿がなんだか可愛らしくて、私も笑みを零してしまった。

「なんだい、その女児向けアニメのサブヒロインが言いそうな決め台詞は」

「いやぁ、今日もいい仕事が出来たから、つい嬉しくて」

「そりゃ、お疲れさん」

 多々良小傘にタオルを渡してやると、彼女はそれでごしごしと顔を拭いた。顔に付いた煤と汗で、白いタオルはすぐに真っ黒になってしまった。

 なんでも、鍛冶は神聖な仕事なので、仕事の際は必ず白装束を纏う事にしているらしい。鍛冶用の白装束には汗の染みが大きく浮き出ている。私はそれを汚らしいとは思わなかった。むしろ美しいとさえ思った。それは勲章なのである。一つの仕事に全力で取り組んだという証だ。

 火の入った工房は暑いので、私達は外へ出て、木陰に腰を下ろした。

「それで? ブツの完成度はどんなだい」

「そりゃあもう、カンペキだよ」

 得意満面、小傘はそれを取り出して、掲げて見せた。あれだけ傷ついていたロッドが、新品と見紛うばかりの真新しい輝きを取り戻していた。

 小傘の手からロッドを受け取り、感触を確かめてみる。ロッドは手に吸い付くようで、先の先まで自分の手と変わらぬ鋭敏さを感じた。

 惚れ惚れするほどの出来である。私は頷いた。これは確かに、完璧と言っても過言ではない。

「流石だな。里の鍛冶屋ではこうはいかない」

 私が手放しで褒めると、小傘はふふんと鼻を鳴らした。

「もっと褒めてくれてもいいのよ?」

「完璧だよ」

「もっと、も〜っと褒めてくれてもいいのよ?」

「これ以上思いつかないよ」

 まったく、小傘は調子に乗り易い。まあ、それが小傘の良いところでもあるのだが。

「それにしても、今回はかなり傷んでいたね」

 小傘は白装束の胸元を大きく開いて風を入れていた。女同士とはいえ、少しはしたない。どこに人の目があるか分からないというのに。

「今回も同じ相手なんでしょう」

 ロッドの傷つき具合でどんな相手と戦ったのか分かるらしい。道具に関する事で、小傘に隠し事は出来ない。

「前のロッドを真っ二つにした奴って、どんな奴なの?」

「うむ……」

 脳裏に浮かぶのは、青いレインコートの妖の姿。揺れ動く指先から放たれる、高圧圧縮された水のレーザー。

 今、私が生きているのは、小傘の鍛えたロッドのおかげだ。

「大した相手じゃあないよ」

 私がそう言うと、小傘は訝しげにふうんと唸った。

 奴との戦いに、小傘を巻き込みたくなかった。

「それより、もう一つ頼みがあるんだ」小傘の追求を逃れる為に、強引に話題を変えた。「修復して貰いたいものがある」

 私は懐から取り出した巾着袋を小傘に渡した。小傘は中の物を取り出してまじまじと見やると、ほう、と声を上げた。

「六角十手か。これは業物だね。よく使い込んである。でも……」

 小傘は言い淀んだ。傘の付喪神である小傘には、無残な姿の道具が尚更哀れに思えたのだろう。

 十手はその棒身の半ばの部分から、ぽっきりと折れてしまっていた。

「それは里の自警団長を務めていた男の十手だ」

 私は小傘に今回の事件のあらましを説明した。

 と言っても、事は単純である。自警団長が里の外に出たまま姿をくらまし、死体探偵に捜索依頼が来た。果たして彼は見つかったのだが、既にその命は尽き果てていた。傍らに折れた十手を残して。

 団長は自警団の武装化を良しとせず、あくまで人間相手の捕物を主眼にした装備しか持たなかった。捕物に際して持つ装備は先祖伝来の十手だけ。必要以上の武力は敵対心と不信感しか生まない、妖怪退治はその道の者……即ち博麗の巫女に任せる。我々は里の治安を守れればそれで良い、それが団長の口癖だった。

 だが今回は、彼の信念が裏目に出た。有象無象の妖怪に襲われた時、非力な人間が十手だけで立ち向える訳が無かったのだ。

「妖怪に襲われたの?」

「今、青娥に調べてもらっているが、遺体はかなり食害されていた。間違いないだろう」

 死体探偵である私は、団長から依頼を受ける事も少なくなかった。彼は私が妖怪だと気付いていたようだが、それを追求する事はなかった。妖怪だろうがなんだろうが、里に危害を加えなければ何でもいい。彼は妖怪との付き合い方を十二分に心得た、まさしく幻想郷の守り人であった。

「惜しい人を亡くした、そう思う」

「そっか……」

 小傘は十手を蒼い空に掲げた。

 使い込まれた鈍色の十手には、沢山の傷が付いている。それが陰影となり、複雑な紋様を拵えていた。それは、深い皺の走った団長の仏頂面を思い起こさせた。

「形見として遺族に渡したいんだ。だけど悲劇の象徴みたいにはしたくない。小傘、修復してくれるか」

 私の問いには答えず、小傘はしばらく、十手を空に掲げ続けていた。気のせいか、その手つきは何か重いものを支えているかのように見えた。

「団長さんには息子さんっているのかな」

 不意に、小傘が問うた。

「確か、年頃の一人息子がいたはずだ」

「ふうん」

 小傘は十手を下して、私をまっすぐに見据えた。

「いいよ。受ける」

「すまんな」

「その前に一つ、私からの依頼を受けて」

「君からの?」

 予想外の依頼に、私は少し困惑した。

 小傘は淡々と頷いた。

「団長さんの息子さんが、団長さんの跡を継ぐ気があるのかどうか、調べて来て欲しいの」

「息子の? なんでまた」

 小傘はにっこりと笑った。

「わちき、半端な仕事はしたくないからさ」

 私は首を捻りながらも、変装して里へ向かった。

 団長の家は里の中心近くにあった。稗田家と繋がりがあるらしく、里の一等地に居を構えているのだが、立地に反してその家屋は質素な平屋である。職人気質の団長は派手を嫌い、倹約を好んでいた。

 家を訪ねると、生憎と息子は留守であった。

 もしやと思い、私は自警団の詰所に向かった。

 里に点在する詰所を当たり、三ヶ所目で果たして息子を見つけた。

 団長の息子はまだ十代前半と言ったところで、その顔には多分に幼さを残している。それが青年団の青い法被に身を包み、頭に捻じり鉢巻きして、詰所の前で木刀を素振りしていた。

 彼は私を見つけると、木刀を置いて駆け寄って来た。

「親父は見つかりましたか」

 緊張した顔に、僅かに希望を残して訊く。死体探偵に依頼した以上、覚悟はしている筈だが、それでもまだ心の何処かで生きている事を願っているのだ。

「もう少しかかる」

 見つけてはいるが、まだ見せられる状態ではなかった。

「そう、ですか」

 彼はがっかりしたような、安堵したような、複雑な表情を浮かべた。

「自警団に入ったのか」

「はい。親父の跡を継ぐつもりです」

「剣を習っているんだな。君の親父さんは十手術の達人だったが」

 彼の顔に陰が差した。

 私は、溜息を吐いた。

「復讐のためか」

 彼は力強く頷いた。

「親父が帰らなかったら、俺は妖怪共を許すつもりはありません」

 あどけない顔に殺気を漲らせて、彼は言った。

 私はかけるべき言葉を持たなかった。

 私はとぼとぼと掘っ立て小屋に戻り、青娥とともにエンバーミングを行った。作業自体は青娥の悪魔的手腕により、夜が明ける頃には終わった。

「ナズちゃん」

 青娥は少し憂いを帯びた目で言う。

「どうするつもり?」

 私は押し黙った。

 有象無象の妖怪共に復讐など、無謀もいいところだ。それは雨や風を相手に刀を振るのと変わりはしない。返り討ちに遭うのが落ちである。

 だが、私の中の教義は、彼を押し留める言葉をもたらしてはくれなかった。

 復讐など無意味だ。

 そう言葉にするのは簡単である。

 だが、修行を積んだ僧侶でさえ、八苦を完全に滅する事は出来ない。愛や憎しみを理や言葉だけで打ち消す事など、夢のまた夢である。私は無力だった。

 翌早朝、十手を受け取りに、私は小傘の元を訪ねた。

 小傘は白装束姿で、工房に併設された小屋の畳の上に座して待っていた。

「出来てるよ」

「流石だな。仕事が早くて助かる」

「その前に。わちきの依頼の結果を教えて欲しいな」

「……彼は跡を継ぐそうだ」

 小傘は優しく微笑むと、白い和紙を乗せた台を背後から取り出して、私の前に置いた。和紙の上には、修復された十手が乗っていた。

「なんだ、これは」

「修復は完璧に終わったよ」

「しかし、これは」

 確かに、十手は修復されていた。だが、接合箇所が盛り上がり、色も変わっている。これでは修復の跡がありありと分かってしまう。付いていた傷もそのままだ。まるで素人修理ではないか。

「強度には問題はないよ。これは使える道具だよ」

「これでは駄目だ、小傘。こんなものを見せれば」

「息子さんが復讐に逸るって?」

 ……分かっていて、やったのか。

 小傘は首を振った。

「ナズーリンがそれを止めたいと思うのは分かるし、わちきにはそれが悪い事かどうか分からないよ。でもね、ナズーリン。人は死んだら砂になる。人の歴史を残してあげるのは、道具の役目なんだよ」

 小傘は自らの本体である、茄子色の傘を抱きしめた。

「わちき、覚えてる。わちきを作ってくれた職人さんの顔も、わちきを使ってくれた人達の事も、捨てた人達の事も。それは、私の傷。道具の傷は歴史だよ。歴史は伝えてあげなくちゃ。その歴史を刻むも消すも、使う人間の手に委ねるべきだと思う。だから」

 小傘は少しだけ寂しそうに笑った。

「これは、これでいいんだよ」

 歴史を伝える、か。

 長く生きすぎた私には、ピンとこない概念だ。

 だが、小傘のいう通りかもしれない。

 私は復讐という不毛な行為を止める事に囚われすぎて、逆に遺族への誠実を欠いていたのではないか。

「礼を言う」

 和紙の上の十手を受け取り、立ち上がった。

 私は私の出来る事をするだけだ。

 遺体を入れた桐の棺を引きずって、私は団長の家に赴いた。

 覚悟していたのか、妻も息子も、涙を流さなかった。青娥が整えた団長の穏やかな死に顔を見て、ただ肩を震わせ、ありがとう、と言った。

 私は団長の息子に十手袋を渡した。

「これは、親父の……」

「勝手だが、修復させてもらった」

 十手に残る痛々しい修復の跡を見て、彼の顔にまた深い陰が差した。

「君が親父さんの跡を継ぐ気なら、それを使うといい」

「こんなものでは、妖怪は倒せませんよ」

 彼はそう吐き捨てた。

「そうだな」私は頷いて、しかし言った。「だが、見えるか? その十手に刻まれた傷が。それが親父さんの歴史だ」

「歴史……?」

「傷が沢山付いているだろう。捕物だけでなく、過去に妖怪と戦う事だってあったはずだ。あの人はその十手で戦ってきたんだ。今まで、ずっとな。その意味を、よく考えてみてくれ」

 彼は目を閉じ、ぶるぶると震えた。

 漢の涙を見るのは失礼だ。私は彼に背を向け、里を後にした。

「ばあ!」

 里の門を出た途端、小傘が飛び出して来たので、私の心臓は危うく鼓動を止めるところだった。

 小傘は子供のようにケタケタと笑っていた。小傘は人の心を食べる妖怪で、人を驚かせるのが趣味と実益を兼ねる、妖怪としての活動なのだ。

「えへへ、驚いた?」

「遺憾ながらな」

 林の小径を並んで歩く。

 こんな子供だましの古典的な手にしてやられるなんて、ちょっと悔しい。それが私の足を速めた。

「怒ってる?」

 ぽつりと、小傘が言った。

 私は立ち止まって、首を振った。

「彼が復讐を捨てられるかどうか、それは分からん。だけど、あれで良かったんだろう。人の行く末を操ろうなどと、おこがましいことだったと思う」

「ナズーリンは、優しいだけだよ」

 果たしてそうだろうか。私は執着を捨てきれない、欲深い鼠だ。今も復讐をやめさせたいと、そう思うことを捨てられない。それを止める権利など、誰にも無いというのに。

「きっと、そう」

 朝の陽差しを浴びて、きらきら輝きながら小傘はつぶやいていた。

「なあ小傘、教えてくれ。道具の傷が歴史なら、なんで私のロッドは新品同様に直してくれるんだ?」

 私が疑問に思っていた事を問うと、小傘はクスクスと笑った。

「それは簡単だよ。ナズーリンは今、歴史を創っているんだからね。刻むのも捨てるのも新しく始めるのも、使う人間の自由」

 人間の自由ね。私は妖怪なんだがな。

「わちきはナズーリンといると、いつもおなかいっぱいだよ」

 それは皮肉なのだろうか。私が小傘の子供だましに引っかかるような単純な奴だ、という。

 だが。

 私は笑った。

「君にはいつも驚かされているからな」

 小傘の完璧な仕事振りに驚嘆しているのは、事実なのだから。

 ……そう。

 そうだ。

 小傘の作品は完璧なのだから。

 私達の思いは十手を通じ、きっと彼へと伝わるに違いない。

 私はそう信じることにした。

 


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