死体探偵   作:チャーシューメン

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 ※置いてあるのは同じです。



グッド・バイ

 嫌な所で嫌な奴と出会ってしまった。私はこいつが苦手なんだ。こいつらの縦長の瞳に見つめられると、背筋がゾッとする。こればかりはいくら修行を積んだって克服のしようがない。只の鼠だった頃の私の本能がそうさせているのだ。言うなれば、遺伝子に刻まれた呪いである。まったく、世の中はままならない……。

 私は奴に悟られぬようにロッドを持ち直した。このロッドは仕込みがある。柄のある部分を叩くと、先端から退魔針が飛び出すという仕掛けだ。飛び出す針は、あの博麗の巫女が使っている針と同じ。どんな悪魔だってイチコロってものだ。窮鼠猫を噛む、私なら龍にだって噛み付いてみせるさ。

 夕闇の中、奴は私の挙動を不思議そうに眺めて、首を傾げた。

「なんだい、やるつもりかい? あたいにはその気は無いんだがね、ナズーリン」

 嘘をつけ。現に奴、火焔猫燐の瞳は縦長の野獣の目になっている。見た目は只の赤毛三つ編み少女だが、舐めちゃいけない。こいつの正体は化け猫、鼠の妖怪である私の天敵なのだ。そりゃあ背筋も凍えるってもの。

「私だってやる気は無いさ。だが、どうやら目的は一緒らしいからな。奪い合いになるのは避けられないだろう、燐」

 燐は火車と呼ばれる妖怪である。火車は死体を地底へと持ち去り、灼熱地獄の燃料にすると言う。燐ご自慢の猫車に被せられた布には、既に嫌な膨らみが見える。

 私の目的も、彼だった。

 燐は目を細めて笑った。

「ははぁん。あんたかい。最近、巷で有名な死体探偵ってのは。なるほどねぇ」

「別に死体だけを探しているわけじゃあないんだがな」

 宝石、財宝、掃除に説法、人生相談から恋人探しまで、なんでもござれの探し屋「星鼠亭」。然れども、何の因果か死体探しばかりを依頼され、誰が呼んだか、死体探偵。今宵も半ばやけくそ気味に、迷える死体を探しておったという次第で御座います。

 主の寅丸星が世話になっている、命蓮寺の家計の足しになればと……あと、晩酌をちょっと豪勢にする為に始めた、この仕事。あんまり割に合わないなぁと最近思い始めている。

「その死体には待ってる人がいるんだ。善良な市民の為に、私に譲っちゃ貰えないか」

 ……それと、私の晩酌の為に。おっといけない、命蓮寺の為に。

「ウム……。そう言われちゃあ、善良妖怪のあたいとしちゃあ、返す言葉に困っちまうねぇ……」

 燐は顎に手を当てて考える素振りをする。何が善良か、この泥棒猫めが。

「そうだ、こうしよう」

 そしてポンと手を打った。一挙手一投足が大袈裟な奴だ。

「この仏さんは、あんたに渡そう。あんたはその待ち人とやらに、仏さんを渡すがいいさ」

「何だい、馬鹿に気前がいいじゃないか」

「だけど条件を一つ。後で仏さんを埋めた場所、教えてくれないかい? あたいはそこから戴くとするさ。悪かない条件だろう? あんたは金が入る、あたいは仏さんが手に入る、おまけに待ち人は死体処理の手間が省けるってもんだ。これぞ三方一両得ってもんさね、どうだい?」

 燐はニコニコ人懐っこく笑いながら言う。

 なるほど、口が上手い奴である。確かに損は無い。待ち人の感情も満足させる事が出来るし、私の晩酌も豪勢になる……いやいや、命蓮寺の家計も助かる。私にとっては魅力的なプランだ。

 しかし、私は騙されない。

 火車に持ち去られた死体は、怨霊になると言う。成仏できる死体をわざわざ怨霊にするなんざ、仏門に関わる者のする事じゃあない。正義の味方のナズーリン様には、到底飲めない条件だ。

 だが、ここで燐と争うのも避けたい所である。戦って死体が傷ついても嫌だし、何よりその……ちょっと怖いし。

「なるほどな。良いだろう」

 私はうんうんと頷いて見せた。

「交渉成立だね。よし、仏さんを渡そう。あんたとはこれからも、いいお付き合いをさせて貰いたいねぇ」

 燐は揉み手しながら言う。調子の良い奴である。

 私は猫車に近づいて、被せられていた布を取った。

 ……少し腐乱してはいるが、綺麗な死体だ。ここが魔法の森の中である事が幸運だったろう。魔法の森は年がら年中、魔法茸の胞子が舞っていて、妖怪でも辟易するような場所なのである。死体を食害される事は少ないのだ。生えかけた茸を取り除けば、十分に遺族と対面させられるだろう。

 大方、森に住む魔女に恋でもして魔法の森に入り込み、そのまま迷って餓死したのだろう。馬鹿な話だ。しかし、恋に命を捧げるその生き方は嫌いじゃあない。一念に全てを懸けるその行為は、一切の執着を捨てよと教える仏道に反してはいるが、しかし何処か似通ってもいる。そこには邪念や雑念など無いだろうから。叶わぬ恋に挑むその時、彼の心は真理に近づいたに違いない。

 私は持ってきた白布で丁寧に彼を包むと、抱き抱えて猫車から下ろした。

「移動はどうするんだい? 何なら、乗せてってやるが」

 なんだかんだで人の良い燐が、私を気遣って声をかける。人間性は嫌いじゃあないんだがな……。

「それには及ばないよ。鼠達に運ばせる。しかし、君がいると怖がって姿を見せないんだ、すまんが席を外してくれないか」

「ああ、いいともさ。また会いに行くよ」

「すまんな」

「気にしてないよ」

 燐は猫車を押して去っていった。それを見送ると、私は部下の鼠達を呼び集め、死体を無縁塚の私の家まで運ばせた。

 翌朝、死体にこびり付いた茸を払い、少々の死化粧を施す。死んでいる人間、しかも男に化粧なんてナンセンスだが、これをやるのとやらないのでは、遺族の感情が違ってくる。せめて安らかに死んだ、そう思わせてやらなければ、誰も救われない。私も。

 化粧が終わると、用意していた棺桶に死体を入れ、妖怪だとバレないよう少し変装をしてから、里の依頼人の所まで引きずって行った。里中では、私を見かけると人が避けた。ずきりと胸が痛むが、その時私は、死を運んでいたのだから仕方ない。

 依頼人の老夫婦は、私の報らせにがくりと膝を落とし、咽び泣いた。いつもの光景、何度見ても慣れない。苦い思いが臍を噛ませる。死神とはこういう気分なのだろうか。彼女達も大変だなぁ、いつもそんな事を考えている。

 老夫婦は息子の綺麗な死に顔を見ると、私に対して礼を言った。それが、せめてもの救いだった。

 仕事を終え、重い足取りで依頼人の家を出ると、里の外で燐が待ち構えていた。

「お疲れさん。で? で? 何処に埋めたんだい? あたいに教えとくれよぉ〜」

 ニコニコと無邪気に問いかける。なんて空気の読めない猫だろう。私は少し笑ってしまった。私はそれに救われたのだ。まったく、忌々しい化け猫の癖に、嫌いになれない奴である。

「命蓮寺の墓地に埋めるってさ。私が勧めておいた」

「ええっ? そんなぁ! 話が違うじゃあないか!」

「違うもんか、埋める場所を教えるまでが約束だったろう。行って掘り起こしてくりゃいいじゃないか」

「むむむ、無理だよぉ。あの怪力尼さん、聖白蓮に殺されちまうよぉ!」

 お下げがあばれヌンチャクのようにぶるんぶるん音を立てるほど、燐は首を振る。

「聖は殺生はしないぞ。ただ説教されるだけだろう、死ぬ程な」

「どっちにしたって死ぬじゃないか!」

 ウワァン、あぁんまりだぁ~!

 燐が子どものように声を上げて泣きじゃくるので、辟易した私は、そっと耳元で囁いてやった。

「無縁仏を見つけたら、今度から都合してやるから」

 それを聞くと燐はすぐさま泣き止み、私に抱きついてきた。

「イヤッホゥ! ナズちゃん大好き!」

「や、やめろ! 抱きつくな、ムシャぶりつくな、腰を振るなーっ!」

 変態猫に鉄拳制裁を加えて、私は青い空を見上げた。

 帰るべき場所に帰れた彼は、成仏出来たのだろうか。その手伝いが出来たのなら、私も甲斐があったというものだ。

 しかし。今日はふと、こうも思ってしまったのだ。死してなお楽しく。迷う余地があるのなら、あるいはこの火車に連れられて、地獄巡りも悪くはないのかもしれない、と。

 そうだ、久し振りに今日の晩酌、肴はチーズにしよう。私は上機嫌で家路へと就いた。

 





 ゆかりさんに朗読してもらってみました。sm36764833。

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