問題児たちとともに箱庭へ召喚された黄金のサーヴァント。そこで手に入れた目的の為、英雄王は邁進する。

 


 本作は短編となっています。

 このクロスオーバーを思い立ったはいいものの、序盤以降の展開が全く思いつかないため、ならいっそ短編にして序盤だけ投稿してしまえ、と考えて生まれました。

 読み切り漫画のような感じで読んでいただければ。

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 短編となっています。
 読み切り漫画か打ち切り漫画だと思ってお読みください。


英雄王箱庭白書

 冬木教会。

 冬木市の片隅にぽつんと立つその教会のとある一室、、簡易なソファとテーブルが設えられただけの薄暗い部屋で一人の男が寝息を立てていた。

 ラフな黒い上着とズボンを身にまとい、光が無くとも自ら輝くような金髪が特徴的だった。ソファに無造作に横たわり目を閉じる男の周囲では何本もの酒瓶が空になっている。まだ日も沈まぬ時間帯だというのに酒盛りに興じていたらしい。

 男の寝息しか聞こえない静寂の中、ノックもなく唐突に部屋の扉が開いた。

 入ってきたのは神父服に身を包んだ、彫りの深い顔立ちの男だ。中に芯が入っているのではと思わせるほどピンと伸びた背筋は、ただでさえ長身の体をより大きく見せるだろう。

 男は部屋に入るなり眠りこける金髪の男と空になった酒瓶を見て小さくため息をついた。

「ギルガメッシュめ、全く……。今更飲むなとは言わんがせめて空瓶を片付けるくらいはして欲しいものだ」

 愚痴をこぼしながら、見事に飲み干された己の酒瓶を片付けようと歩き出す。ギルガメッシュと呼ばれた男が空けた酒はすべて神父服の男、言峰綺礼のものだ。そしてこの部屋も言峰が私室として使っている場所である。どういうわけかギルガメッシュは時折、こうして言峰の私室に勝手に入り込み、私物の酒を勝手に飲んでいくのだ。

 己の酒など比べようもない名酒とて、奴ならば持っていように――――そう心中で嘆息しながら空瓶を片付けていると、散乱する瓶の中に混じって、一枚の手紙が置かれていることに気付いた。

 特に装飾もない、無地の質素な手紙だ。手に取って裏を確認すると、簡単な封蝋の下に『ギルガメッシュ殿へ』と書かれていた。

 言峰は眉根を寄せた。ギルガメッシュという未だに隣で寝こけている男宛ての手紙が直接部屋に届けられている。

 それに誰も気づかなかった? 確かに礼拝堂までならばだれでも自由に出入りできるがそこより奥は立ち入り禁止だ。冬木教会はただの教会ではない。見られればまずいものも存在している。その為誰も奥までは入ってこれないように常に注意を払っているのだ。

 それを潜り抜けてこの手紙は入り込んだ。誰が? 何故? どうやって? 

 中身を検めてみるべきなのかもしれないが、手紙から感じる雰囲気が言峰を躊躇わせた。

 魔力的なものは感じられない。だが言峰の目にも解る超絶した神秘を感じる。それこそ幾星霜の時間を重ねた幻想種とも遜色が無い程の。少なくとも一介の魔術師にどうこう出来るものだとは思えない。

 差出人不明、投函方法不明、加えて最早危険物だとしか思えない程の神秘を内包した手紙。はっきり言って言峰は持て余していた。処分してしまいたいとすら思うが、それすらも危険だろう。何が飛び出すかわからないびっくり箱のようなものだ。

 外から解析することも出来そうにない。まさか放置するわけにもいかない。一体どうしたものか――――

「何を見ている、言峰」

 唐突に声をかけられた。先ほどまで眠っていたはずの男、ギルガメッシュが血をこぼしたように紅い双眸を開いて言峰を見ている。

「……ギルガメッシュ、お前宛ての手紙だ。心当たりは無いか?」

 言峰は一瞬迷ったが、率直に尋ねることにした。もとよりはっきり名前が記されている以上、隠し通せるものでもない。実際言峰はこの手紙の扱いに本気で困っていた。いっそ受取人の裁量に委ねてみるのも手だろう。

 ギルガメッシュは寝起きとは思えないすっきりした視線で手紙を眺める。

「……ふむ、知らんな」

 感情の読み取れない顔で手紙を矯めつ眇めつ検分する。するといきなり躊躇なく封蝋に指をかけた。

「待て、ギルガメッシュ。その手紙は不穏すぎる。一度開けたら何が起きるか知れたものではない」

 とっさに制止する。先ほどはびっくり箱などと表現したが、実際はどんな火薬がどれだけ詰まっているかわからない爆弾同然だ。開けた途端正体不明の術式や、それこそ千年級の幻想種が飛び出してきてもおかしくない。手紙の異様さに気付いていない訳も無いだろうに、この男はさも当然のように開こうとした。

 だがそんな言峰の諫言を、ギルガメッシュは一蹴した。

「たわけ。貴様、王を名指しして送られてきた書状を看過せよと申すか?」

 王たる己の威名を畏れ多くも刻んだ書状に目を通さないなど許さないということなのだろう。口出しを阻む視線で言峰を見据える。

 それはここ数年大過無く過ごしてきた故に久しくみていなかった、ギルガメッシュの『王』の顔だった。初めて出会った頃、闘争と謀略の最中にあって尚揺るがず放たれていた王威。

 約十年前、第四次聖杯戦争と呼ばれる戦いがあった。

 それはその名の通り、あらゆる願いを叶える万能の杯とされた聖杯を巡る戦い。ギルガメッシュはその為に呼び出されたサーヴァントだ。

 サーヴァントとは過去に実在した偉人、神話の住人などの存在を呼び出し、使い魔となした存在だ。現代において英雄と呼ばれる存在は、死後その偉業や信仰によって英霊という一段階上の存在に昇華される。ギルガメッシュもその一人。古代ウルクの時代において生まれた文明都市を統べた王。半神半人の魔人、英雄王ギルガメッシュその人である。

 聖杯は英霊をサーヴァントという形で呼び出すのだ。そして聖杯に選ばれたマスターは聖杯の力を借りて召喚されたサーヴァントと契約し聖杯を手に入れるため戦いに身を投じる。こうして生まれる七組のマスターとサーヴァントによる聖杯の奪い合いが聖杯戦争の概要だ。

 第四次聖杯戦争において、言峰とギルガメッシュは最後まで勝ち残った。決着の直前に肝心の聖杯が破壊されてしまったため手に入りこそしなかったが、事実上彼らこそが勝者だといえる。

 今のギルガメッシュの顔はまさにその時のものだ。圧倒的上位から、揺るがぬ処断を下す王の顔。

 これは何を言っても聞くまい、と言峰は諦めた。このギルガメッシュが王としての決定を余人の口出しで曲げるはずがない。それは今までの付き合いで嫌というほど分かっていた。

「解った。だがせめて外で開けろ。なにか起きた時少しでも対応できるようにな」

 実際のところどこで開いても対応できる気はしなかったが、少なくともこの小さな部屋よりはましなはずだ。

「ふん、小心な男め。まあ良かろう」

 そう言うと、ギルガメッシュはようやくソファから起き上がった。そのままさっさと部屋を出て行ってしまう。

 あの手紙の開封を止められない以上、厄介ごとが起きるのは最早確定事項だ。あれほどの神秘に他の魔術関係者が気付かないなどあり得ないだろう。だが今は先に、手紙による直接的な被害の心配をしなければならない。

 そこはギルガメッシュに頼るしかないのだが……そう考えながら、言峰も後に続いた。

 

 

 

 

 

 教会からさほど離れていない、小高い丘の上だった。まばらに雲が浮かぶ空は赤く染まり、既に夕刻であることを知らせてくる。

「このあたりで良かろう。では開くぞ」

 いよいよ手紙の封蝋に指をかける。そのすぐ後ろで言峰は身構えながら手紙を注視していた。己にどこまでのことが出来るかわからないが、せめていつでも動けるように、と。

 恐れや躊躇いなど一切見せず一息に手紙を開いた。何が起きる――――と表情を険しくする言峰が見たのは、一枚の紙だった。

 

『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。その才能を試すことを望むならば、己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、我らの”箱庭”に来られたし』

 

 その文面を見て取った一瞬後、眩い光が周囲を照らした。光はすぐに消えたが、言峰の視力が戻るころには、ギルガメッシュの姿はどこにもなかった。

「…………ギルガメッシュ?」

 返ってくる言葉はない。周囲を見渡してもどこにもいない。一瞬光に目がくらんでいた間に、ギルガメッシュの痕跡はどこにもなくなってしまっていた。

 

 

 

 

 

 光による一瞬の視界喪失。その次にギルガメッシュが感じたのは、地面の存在しない浮遊感、そして全身を殴りつけるように激しい風。ギルガメッシュがいたのは上空四千メートル。遥か遠くまで眼下に見下ろせる絶景の空だった。目に映るのは巨大な天蓋に覆われた縮尺が分からなくなるほど巨大な都市。大滝が流れ落ちる世界の果てを思わせる断崖絶壁。どこまでも続いていくような広大な大地。その光景は正に――――完全無欠に異世界だった。

 

 

 

 

 

 上空四千メートルにいる以上、当然のように重力に引かれ落下する。ギルガメッシュは舌打ちしながら体勢を整えると、何もない空間が黄金色に歪んだ。一石を投じた水面のように波紋を波打たせながら現れたのは、黄金とエメラルドで造られた小型の船だった。足元にせり出すように出現したその船に着地する。

 その隣を三人の少年少女と猫が落下していったが、ギルガメッシュは気にかけるそぶりもなく周囲を見回す。地上は未だ遠く、高度数千メートルの空に吹く風が金髪を揺らした。高度を下げながらいるはずの人物を探し、そして眼下の森にそれらしい存在を見つけると、その近くへ一気に高度を下げた。

 さほど大きくは無い湖のほとりに下りると、黄金の船が粒子となって消えていく。目当ての人物のもとへ足を向けた時、後ろから声がかかった。

「おい、あんたの名前はなんていうんだ? 随分面白い方法で着地してたが」

 軽薄な笑みを浮かべてそう質問してきたのは、癖の強い金髪にヘッドホンをした学ラン姿の少年だった。どうやら先ほど落ちて行ったうちの一人らしい。他の二人もやや後ろで視線を向けている。

 肩越しに振り返ったギルガメッシュと目が合うと、十六夜は笑みを消した。何故なら、十六夜を見据えるギルガメッシュの視線は氷点下の殺意に凍えていたからだ。

「王の歩みを呼び止め、あまつさえ厚顔にも名を問うその不遜……本来ならば斬首に処すところだが、喜べ雑種。今は先に処断するべき輩がいる」

「あん?」

 怪訝な声を上げる十六夜を無視して近くの茂みへ歩み寄る。先ほど上空から発見した人物へ向けて声をかけた。

「そこな畜生」

 すると、ややあって茂みから一人の女性が現れた。

 蠱惑的ともいえるミニスカートにガーターソックス。青みがかった黒髪にうさ耳をはやした奇異な少女だった。何とも言えない表情を浮かべながら恐る恐るといった調子で姿を見せる。

 実はうさ耳の少女――――黒ウサギも見つかっていることには気付いていた。何せ上空にいたギルガメッシュと目が合っているのだ。いきなりあんな派手な船が現れて見逃すはずがない。

 その為すぐにお腹を括って出て来たのだが、内心全力でビビッていた。ギルガメッシュの表情は明らかに怒っている。あんな召喚をされれば当然と言えるが、あんな高度から落ちてくるとは黒ウサギも予想外だったのだ。まずは弁解しなければ……と、考えていると。

「一度だけ(おれ)の問いに答えることを許す。(おれ)をここへ召喚したのは貴様か?」

 先に向こうから質問された。黒ウサギはなんとか怒りを鎮めなければと考えながら言葉を返した。

「は、はい。その通りデス。しかしあれはですね…………ッッ!!」

 言い終わる前に、黒ウサギは半ば反射的に横へ跳んだ。つい先ほどまで己の頭部があった場所を一本の大槍が豪速で通過していく。槍はそのまま後方の地面に着弾するや派手に爆音と土煙を撒き散らし木々を吹き飛ばしてしまう。その光景に頃ウサギは冷や汗をかく。

「あんな書簡一つで(おれ)を呼びつけたばかりか、羽虫を扱うように宙へ放り出すとは…………不敬ここに極まったぞ、雑種。せめてその塵芥のごとき命を散らして贖うがいい!」

 無慈悲に死刑宣告を叩き付けるギルガメッシュ。その表情は激怒一色に染まっている。

 万象の王たる己を『来られたし』などという手紙一枚で呼びつけるだけでも度し難いというのに、挙句遥か上空から地面へ放り落としたのだ。決して泰然自若とは言い難いギルガメッシュに怒りを抑えろという方が無理な注文である。

 その周囲の空間が波打つように歪む。先ほど黄金の船が現れた時と同じ現象だ。今度は一つではない。その数、十。それぞれから豪奢な装飾が施された剣、槍、斧と様々な武器が切っ先を覗かせる。

 黒ウサギはその全てが高い霊格を宿した神格武具であることを悟ると顔を驚愕に染める。単独であれほどの神格武具を所有するとなると生半可な実力者ではない。たった今外界から召喚されたばかりであるはずの彼がいかにして手に入れたというのか。否、そもそも何もない空間から直接武器を出現させているあの恩恵はなんだ?

 黒ウサギには知る由もないが、これこそが英雄王ギルガメッシュの力。『宝具』と呼ばれるサーヴァントの切り札。英霊が生前成した偉業や武勲を象徴するものだ。

 それは己の半身に等しい武装、あるいは英雄を英雄たらしめる逸話そのものである。

 ギルガメッシュの宝具、『王の財宝(ゲートオブバビロン)』は彼が生前唯一の王として地上全ての宝を集め、それを収めた宝物庫。そしてそこに空間を繋げるための鍵剣だ。

 それこそ底が見えないほどの財を蓄えた宝物庫から取り出した武器の全てを黒ウサギに向ける。先ほど飛来した槍同様、あの全てが自分目がけて飛んでくるのだと察した黒ウサギが回避に移ろうとした時、両者の間に割って入る影があった。

「ちょっと待てよ。いきなり紐なしバンジーさせられて頭に来てんのはおれも同じだが、問答無用で殺しにかかるのはどうなんだ? 話しぶりからしてあんたもあのへんな手紙で呼ばれたんだろ。ならこいつには聞きたいこともあるんじゃねえのか?」

 ギルガメッシュを制止したのは金髪ヘッドホンの少年、逆廻十六夜だった。黒ウサギを助ける形になったものの、実際のところは善意というより自分を呼んだ召喚者に聞きたいことがあったからという打算の方が強い。

「必ずしもそやつから聞かねばならぬ訳でもない。(おれ)が温情を賜してやる程の理由にはならんな。…………そして小僧、貴様の不敬はこれで二度目だ。三度目は無いぞ」

 十六夜の言葉をどこまでも冷酷に切り捨てる。そして王が自ら下す処断を邪魔した十六夜を看過するほど、ギルガメッシュは寛容ではなかった。

 これはお前の分だとばかりに数を増やす黄金の波紋と宝物たち。その総数は既に二十を超えている。

 一斉に打ち出された凶器を見て取った二人は同時に横へ跳んで回避する。助けるまでもなく対処している黒ウサギに安堵しながら、十六夜はギルガメッシュを睨み据えた。

 まるで後光のように輝く黄金の波紋は矢継ぎ早に数を増していく。休みなく打ち出される宝具の数はあっという間に数えることも億劫なほどになった。

 それを時にギリギリでかわし、時に剣の腹を殴って弾きながら十六夜は思考を走らせる。

 剣弾の群れ、その速度自体は速くはない。十六夜ならば視認してから十分に回避が間に合うがいかんせん数が多すぎる。加えてあの男は十六夜が躱せないよう隙間を埋めるように宝具を放ってくる。故に手技足技も織り交ぜながら回避しなければならない。

 ただ躱し続けることは出来るが、それではいつまでも終わらない。いや、いずれは奴の武器も底をつくのかもしれないが、それがいつになるかなど解りようもない。それに奴は不可思議な力で空間から直接武器を取り出している。同じように撃ち出した武器を回収できるとすればそれこそ無限に武器を射出できることになる。

 大きく横に跳んで背後に回り込むか。そうも考えたが、周囲には先ほど一緒に召喚されてきた二人、春日部耀と久遠飛鳥がいる。下手に戦いの範囲を広げれば巻き添えにしてしまう可能性があった。

 ダメージ覚悟で突っ込む? いくらなんでも危険すぎる。飛んでくる武器が全て鈍器だったなら突貫をかけてもよかったが、刃物を相手に実行しては高確率で致命傷を受けるだろう。

 このままでは千日手に陥りかねない。悩みながらも武器を弾き、躱し続ける。周囲の木々は弾け飛び、地面は抉れ、最早目も当てられない惨状となっていた。

 いつしかギルガメッシュはすべての宝具を十六夜一人に向けていた。あの人間離れしたスピードを見て、そうしなければ抑えられないと判断したためだ。

 しぶとく躱し続ける十六夜に眉を顰めながらさらに宝具を打ち出し続ける。その最中、十六夜は何かに気付いたようにバックステップで跳ぶ。そこに突き刺さっていた宝剣の一本を引き抜くと、それを力任せに振り回した。

 十六夜に剣術の心得はない。それは素人目に見ても拙い剣捌きだったがパワーとスピードがあまりにも出鱈目だった。周囲に余波を振りまきながら飛んでくる剣群を悉く弾き飛ばす。

 これならいける。そう判断し振り回すスピードをそのままにギルガメッシュへ踏み込んだ。己が宝物を無遠慮にわしづかみ振り回すその行為にギルガメッシュの怒りが更に燃え上がる。

「重ね重ねの蛮行を………!」

 だが剣群を弾く術を得た十六夜は止まらない。ついにギルガメッシュの眼前まで肉薄した十六夜はその場に剣を放り捨てた。そのまま剣で斬りつければ殺してしまいかねない。これで終わりだと勝利を確信し、剛力を込めて拳を振りかぶった。

 その、瞬間。

 十六夜の周囲に、黄金の波紋が現れた。

「――――………ッ!」

 切っ先をこちらへ向ける宝剣宝槍の群れ。十六夜は一瞬で自分の思い違いを理解する。目の前の男が今まで自分の周囲にしか武器を展開しなかったが故に、離れたところにあの射出口ともいうべき波紋を出現させられないと思い込んだ。それは致命的なミスだった。

 既に攻撃のモーションに入ってしまっている。取り囲むように出現した宝具を回避するには間に合わない。もうこのまま振りぬくしか無い、と十六夜は覚悟した。

 無数の宝具が十六夜の総身を蹂躙するのが早いか、星を揺るがす拳がギルガメッシュを打ち据えるのが早いか。

 ついに決着が着こうというその刹那、

 

「お願いですからもうやめて下さいお二方ああああああああああああ!!」

 

 悲鳴のような絶叫とともに迸った雷撃が、二人の視界を眩ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒ウサギが放った雷撃は二人を器用に避けて宝具だけを弾き飛ばした。息を荒げる黒ウサギに二人は手を止める。

「お二方………といいますか、金髪赤目の貴方様。無礼極まる召喚方法であったことは謝罪致します。どうか………黒ウサギの話を聞いて頂けませんか?」

 正確にはあんな召喚を行ったのは黒ウサギの意思ではない。彼女とていきなり上空四千メートルに現れるとは思っていなかったのだ。

 だがそれでも、彼らの召喚を依頼したのが自分である以上ギルガメッシュの激昂について責任はある。知らぬふりは出来ない。まず何よりもこの二人の諍い―――否、殺し合いを止めなければという責任感が黒ウサギを支配していた。

 やや震えながら頭を下げる黒ウサギ。召喚されてからの短い間だけでこの男の危険性は十分解っている。ギルガメッシュから視線を外せばいつ先ほどのように凶刃が飛んでくるかわからないが、自分の持てるすべての誠意を見せなければ恐らく話を聞いてすらもらえない。それは彼女にできる全霊の懇願だった。

「………………」

 無言で黒ウサギを見下ろすギルガメッシュの表情からはその考えが読み取れない。にもかかわらずまったく揺らぐことのない殺気で場の空気はより張りつめていく。

 十六夜は二人を交互に見ると腕を組んだ。どうやら事態を傍観するつもりらしい。

「………良かろう。不敬に対する弁明を許す」

 ややあってギルガメッシュは口を開いた。その間は決して長くなかったはずだが、いつ殺されるかと戦々恐々としていた黒ウサギにとっては気が遠くなるような時間だった。

 ハッと顔を上げる黒ウサギ。話を聞いてくれるのかと顔を綻ばせかけたが、ギルガメッシュが言葉を続けた。

「命まで乗せての申し開きとあらば耳を貸さぬ訳にもいくまい。だが………」

 目を細め酷薄な表情を作りながら、ギルガメッシュは突き刺すように黒ウサギに告げる。

「それが我が傾聴に値せぬ戯言であったなら、即座にその首が落ちるものと心得よ」

 どこまでも無情なその宣告を受けて、黒ウサギは事態が全く好転していないことを理解した。

 黒ウサギの話が意にそぐわぬものであれば、彼は一切の容赦なく先ほどの続きを始めるだろう。

 周囲に目をやると、遠方まで滅茶苦茶に引き千切られた木々。とうに原型を留めない、残酷なまでに抉られた地面。二人の短い戦闘でもたらされた破壊跡が広がっている。

 自分の言葉によっては、即座にこれの続きが始まる。今度は止められるかわからない。

 その責任の重さに唇を噛みながら、意を決して黒ウサギは話を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒ウサギが語ったところをまとめると以下のようになる。

 

 この箱庭世界は外界、即ち彼らが召喚されてきた世界での様々な神仏が群雄割拠する神造異世界である。

 箱庭に住む者はほぼすべてが『コミュニティ』と呼ばれる集団を形成し、そこに所属する。

 箱庭には『ギフトゲーム』と呼ばれる代表的文化体系が存在し、金銭と同等の取引手段として扱われる。

 自分たちのコミュニティは三年前、とある存在に壊滅させられ、その際コミュニティの存在を証明する『名』と『旗印』を奪われた。

 今回の召喚は、コミュニティを再建するために助力を願ってのことである。

 

 長い語りを終える。黒ウサギは本来重要な説明を伏せたままなし崩し的にコミュニティに加入してもらおうという魂胆だったが、この期に及んでそれを実行できるほど太い神経をしていなかった。というか確実に殺される。

 そしてもう一度ギルガメッシュに向かって深く頭を下げた。

「一方的、かつ無礼な召喚方法。貴方様のお怒りは至極尤もでございます。この召喚を要請したのは他ならぬこの黒ウサギです。出来る限りの償いを致しますので、どうか怒りをお鎮め頂けませんでしょうか………!」

 二度目の懇願。黒ウサギにとって己の召喚が原因で助力を願った二人が殺しあうなど見過ごせた話ではない。

 せめて十六夜だけでも―――と頭を下げる黒ウサギに、ギルガメッシュは何も言わない。

 視線を外し、何やら考え込んでいるようだ。様子の変わったギルガメッシュに皆訝しげな目を向ける。

 先ほどまでの殺気もやや鳴りを潜め、思考に耽るギルガメッシュだったが、少ししてようやく口を開いた。

「畜生の娘。一つ答えよ」

「はっ、はい!」

 急に呼ばれて声が裏返る黒ウサギ。一体何を聞かれるのかと身構える。

「我が庭の神め等がいると言ったな。ならば、メソポタミアの神々もいるという事か?」

 唐突とも思えるその疑問に、黒ウサギはやや面喰ってしまう。

「メソポタミア神群、でございますか? は、はい。あの箱庭都市の上層にコミュニティを構えておりますが………」

 生い茂る森林の向こう、天幕で塞がれた巨大な都市を指さして説明する。

 メソポタミア神群は、紀元前四千年頃に発生したとされ、古代のシュメール人たちを始めとした複数の民族から数千年に亘って信仰され続けた神話体系だ。

 何故いきなりその名前を、と首を傾げていると。

「………くっ」

 ギルガメッシュが声を漏らし、そして。

「くくっ………ふははっ、はぁっはははははははははははははははははははははははは!!」

いきなり哄笑を上げる。顔を手で押さえ、大きく口を開けながら。

 まるで身の内から湧き上がる感情の奔流が口からあふれ出るかのように。

 突然の事に目を白黒させる黒ウサギをよそに笑い続けるギルガメッシュに他の三人も訝しげな眼を向ける。歓喜なのか、あるいは別の何かなのか、そこに込められた感情は推し量れない。

「くっく………、そうか………いるのか………」

 やがて笑いが治まってくると、急にその場で踵を返した。

「えっ、あの………」

 今度は唐突にこちらへ背を向けて歩き出すギルガメッシュに思わず声をかけると、ギルガメッシュは振り向きもせずに声を発した。

「畜生の娘よ。今の話に免じて先の不敬は流してやろう」

 その言葉に黒ウサギは安堵よりも先に戸惑いを覚えてしまった。先ほどまであれほどの殺意を放っていたというのに、まるでそれが嘘だったかのようにあっさりと許されてしまった。

 だがそれ以上の説明をする気は無いようで、完全に置いてけぼりの黒ウサギを無視して今度は十六夜へ声をかけた。

「貴様もだ、雑種の小僧。(おれ)には真っ先に処断せねばならぬ敵が出来た。二度に亘って王の温情に与れることを光栄に思うがいい」

 そして、もう興味も無いとばかりに歩き出す。先ほど黒ウサギが指さした箱庭都市へ向けて。

 ――――――それが、ギルガメッシュが召喚されてからの短くも濃密な顛末。

 展開についていけない四人は、どこまでも傲岸に現れ、振る舞い、そして去っていく背中を見送るだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 箱庭都市を目指して森林を行くギルガメッシュは、いまだこみ上げてきそうな笑いをかみ殺す。その表情は凶悪の一言に尽きた。

 口元は嗜虐的に歪み、双眸は先ほど十六夜たちに向けたそれとは比較にならない程の殺意で爛々と輝いていた。

「我が庭から姿を消して幾星霜………よもやこんなところにいたとはな。機会が巡ってきたのは実に僥倖だ」

 かつてのウルクに座したメソポタミアの神々がこの世界にはいる。

 ならば奴もいるはずだ。ギルガメッシュがあらん限りの憎悪を向けてもなお足りぬ忌々しい仇敵が。

 あの兎の娘の召喚によって今再び誅を下す機会を得たのだ。ならば無礼の一度くらい、水に流してやってもいいだろう。

 かつて一人だけ、英雄王と肩を並べた友がいた。神から離れ行く王を、人との間に繋ぎとめる鎖として生まれながら、王に寄り添い生きることを選んだ気高き泥人形。

 王を諌めるのではなく並び立つこと。縛るのではなく手を取り合うこと。

 天地で唯一英雄王の友となり得た彼は、造物主たる神の意志に背いた事で神罰によって打ち殺された。

 

”何故だ、何故お前が死なねばならん!? 滅ぶのならば我であろう!? 全て我の我がままではないか!!”

 

 目を閉じれば今でも脳裏に響く、あの日の己の慟哭。宝物庫の財の全てと比してもなお眩く尊い、唯一の宝を失った記憶。

 篠突く雨の中悲嘆に暮れながら、断じて許さぬと誓ったかの怨敵。

 歩を進める先、天幕に覆われた都市を睨みながらギルガメッシュはその名を口にした。

 

「今度こそ、この(おれ)自らの手で誅戮してくれるぞ………………イシュタル」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここから綴られるのは、問題児たちが『名無し』に堕ちたコミュニティにかつての栄華を取り戻す物語ではない。

 果たして因果か偶然か、神々の箱庭へ足を踏み入れた人類最古の英雄王が、その王道を亡き友へ奉じる物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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