花盛りの鎮守府へようこそ   作:ココアライオン

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鬼さん此方、手の鳴る方へ

 遠征から帰投してきた暁達を埠頭で出迎えた後、執務室に戻って来た頃には午後15時を少し回っていた。仕事も一区切りついていたこともあり、龍田は温かい緑茶を淹れる。コーヒーを淹れようとしたのだが、生憎と切らしていた。湯吞みと茶托を揃えて、執務机に腰掛ける少年提督に手渡した。相変わらず、子供らしくない落ちついた笑みを浮かべる彼は礼を述べて、軽く頭を下げてくれる。もっとどっしりと構えていても良いのにと思うものの、偉そうに振舞う彼の姿は想像しにくいものだった。彼は、その外見には似つかわしくない不思議な貫禄や存在感を纏っているものの、それは彼の泰然さや自然体である事を表しているのであって、威厳や威圧といった要素には結びついていない。彼は、どの艦娘に対しても態度を変えない。特別扱いをしない。それは、深海棲艦達に対しても同じだった。

 

 彼が腰掛けた重厚な執務机の両脇を固めるような配置で、秘書艦用の執務机が備えられている。今日はその一方で龍田が秘書艦としての仕事をこなしている。そして、もう一方で“秘書艦見習い”として、ある深海棲艦が一人腰掛けていた。南方棲鬼だ。何とも居心地が悪そうな貌をしている彼女は現在、戦艦ル級に良く似た、黒いボディスーツを身に付けている。そんな彼女にも、龍田は湯吞みと茶托を手渡す。南方棲鬼は龍田を上目遣いで見てからを静々と受け取り、黙ったままで礼をして見せた。龍田はまた微笑みを返してから執務机へと腰掛けて、自分も茶を啜った。南方棲鬼も、無言のままで湯吞みを傾け、ちびちびと茶を飲んでいる。

 

「あぁ、そうだ。間宮さんのところで羊羹を頂いているのですが、如何です?」

 

 言いながら、彼が龍田と南方棲鬼を順に見て、微笑んだ。ピクッと肩を動かした南方棲鬼は、一度彼の方を見たものの、すぐにまた俯いた。分かり易い反応だった。「良いですねぇ」と、龍田がくすくすと笑い、羊羹を用意しようと立ち上がろうとした。だが、それよりも先に少年提督が席を立ち、羊羹を小皿に分けて竹楊枝を用意してくれた。南方棲鬼の無表情が綻びかけている。海で遭遇する彼女は、強大な力を持つ深海棲艦であり、脅威を振り撒く存在だった。ただ、こうして見ると可愛らしいものだ。眼を輝かせながら唾を飲み込み、彼から羊羹の乗った小皿を受け取る表情などには、なかなか敵意を抱きにくい。

 

 ちなみに、今の彼女は解体施術を受けている為に、見た目相応の女性程度の肉体能力しか無い。艦娘としての力を発揮できる龍田の脅威とは為り得ない。大人と子供以上の力の差がある。もしも南方棲鬼が少年提督へ危害を加えようとしても、そんなものは龍田一人で容易く鎮圧出来る。まぁ、幸せそうに羊羹を味わっている南方棲鬼の様子を見るに、そんな心配も無いだろう。

 

「美味しいですか?」

 

 執務机に腰掛けた彼は、南方棲鬼へと優しく微笑んだ。今まさに、切り分けた羊羹を竹楊枝で口へと運ぼうとしていた南方棲鬼は、食べるのを一旦止めて彼をチラリと見遣った。ちょっとだけ恥ずかしそうというか、バツが悪そうな貌だった。だが、すぐに視線を逸らしながらも、コクリと小さく頷いてみせる。そんな素直な反応に、彼もまた笑みを深めて、ゆったりとした仕種で茶を啜った。

 

 

 

 この鎮守府の傍には、大規模な深海棲艦の研究施設が設立されている。特殊な資質を持った少年提督に目を付けた本営が、彼の力を用いて、捕えてきた深海棲艦達への更なる究明を目指す為だった。彼は本営に利用され続けて来た。だが、ある時を境に、彼の境遇は大きく変わる事になる。

 

 以前、この鎮守府は、南方棲鬼とレ級の強襲を受けた。鎮守府の埠頭を中心に被害を受け、少年提督は右眼と右腕を負傷した。この騒動の後。少年提督は、深海棲艦の右眼と右腕を移植されることになった。人間を艦娘と同程度の存在へと昇華させる施術など、人体実験的な試みは以前から行われていたものの、高度な金属儀礼術を用いた本格的な異種移植施術は、彼が始めての検体だった。彼はこの時、本営にある取引を持ちかけた。

 

 己の持つ特殊な資質と肉体を検体として差し出す代わりに、捕らえてある深海棲艦達を自身の管理下に置く事を要求したのだ。そうしてこの要求は通り、“姫”や“鬼”を始めとした、施設に収容されている深海棲艦達が、彼の配下に置かれることとなった。タ、ル、ヲ級をはじめ、港湾棲姫、北方棲姫、戦艦棲姫、戦艦水鬼など、強大な力を持った人型の上位個体達を管理下に置いた彼は、彼女達へと教育を施す許可も本営から得ていた。実務に必要となる事務能力や知識だけでなく、社会的な一般常識、語学などの教育には、足柄や那智をはじめとした艦娘達が、施設に日々出向いて行ってくれている。

 

 深海棲艦達もまた、少年提督の理想や理念に共感していたし、自分達へと歩み寄ろうとする彼を敬慕し、仰慕していた。彼女達は彼と供に在るべく、真摯さや忠義を持って、艦娘達から学ぶべきことを日々粛々と学んでいる。“秘書艦見習い”というポストも、その一環で考え出されたものだった。ただ、“秘書艦見習い”として、深海棲艦達を施設から連日招いているワケでは無い。軍部の実務に携わる職務の為、此処でも本営からの許可が必要だった。強大な深海棲艦達の頻繁な秘書艦化は、少年提督の反逆意志を疑われかねない。その為、一週間に数回程度である。彼もこのあたりは慎重だ。とは言え、余りにも大胆な選択と方策である事に変わりは無い。その特殊な来歴から、捕獲された深海棲艦達と接触する機会が多く、彼女達の心を開いていた彼だからこそ出来る選択だった。

 

 異種移植により深海棲艦の細胞を受け入れた彼は、その特殊な資質と精緻・精巧な施術、そして、強靭な精神力を持って、自身の肉体の深海棲艦化をコントロールしている。彼は、本営の命令によって人間では無くなった。衰微も疲労も無く、病や老いすらも知らない頑強な肉体を構築し、一種の不老不死のモデルを己の肉体として造り上げた。それは間違いなく、未踏の偉業であった。

 

 本営上層部の者達は、彼の偉業を模倣する術を知りたいのだ。彼の持つ生体データと、有機の肉体に無機の強さを鋳込む為の、彼の儀礼術と鍛冶術の神秘を請うている。“不老不死”という、魅惑的な権力維持の手段に目が眩んでいる。しかし、彼が教授する施術式の精密さや規模を、実践出来る者が居ないのが現状だ。仮に、彼自身が他の誰かに異種移植手術を行ったとしても、肉体の深海棲艦化を自力でコントロールするなど、常人の精神力ではとうてい耐えられないという結論も出ている。それでも、本営は諦めていない。諦めきれないのだ。突破者である彼が居る限り、その足跡を辿ることが出来るのだと信じている。本営の上層部は、深海棲艦達を配下に置いている彼の動向を警戒しつつ、上手く利用しているつもりなのだろう。或いは、彼を毛嫌いする者達も居るに違い無い。しかし間違い無いのは、最早誰も彼も、彼を無視出来ないということである。一方で、彼自身は今も穏やかな表情で、手元の書類へと視線を滑らせつつ茶を啜っている。暢気にも見えるが、彼は彼で熟慮と思索を巡らせているのは間違い無い。忙しいことだ。龍田が軽く息をつこうとした時だ。

 

 彼の懐から電子音が響いた。彼は携帯端末を取り出し、ディスプレイを見てから椅子から立ちあがる。龍田からも、ディスプレイには『大本営』の文字がチラリと見えた。彼は龍田と南方棲鬼を順番に見て、「少し席を外しますね。失礼します」と軽く頭を下げた。休憩中の二人に気を遣ったか、或いは、聞かせたくない類いの話でもするのだろうか。それは龍田には分からない。彼は携帯端末を手に、執務室を後にする。執務室に残されたのは、龍田と南方棲鬼だけになった。

 

 執務室は、静寂に包まれた。龍田は何も言わないし、南方棲鬼も特に何を言うでもない。それでも、険悪な雰囲気では無かった。もう既にお互いが敵意を向けて居ないからだろう。彼が居る時の穏やかさは壊れない。龍田は茶を啜っていると、視線に気付いた。南方棲鬼が、龍田の方を見ていた。睨んでいるワケでは無いものの、何処か真剣な様子だった。「どうしたのかしらぁ?」と。龍田は椅子に座ったままで、南方棲鬼へと向き直る。

 

「……お前達は、私の事が憎くは無いのか?」

 

 南方棲鬼は流暢な言葉遣いで言いながら、一瞬だけ龍田から視線を逸らした。

 

「そうねぇ……」

 

 龍田は視線を上げつつ、顎に手を当てて見せた。龍田を見つめてくる南方棲鬼の眼には、微かな疑念が窺える。戸惑いという程大きな不安では無いようだが、釈然としないような、納得いっていないような、そんな表情だ。今更ではあるものの、南方棲鬼が龍田にこんな質問をぶつけてくる心情も理解できなくも無かった。何せ、少年提督の右腕をへし折って捻じ切り、彼の右眼を抉り出して喰らったのは、他ならないこの南方棲鬼である。それでも尚、少年提督は南方棲鬼を憎むでも恨むでもない。それどころか、他の深海棲艦達と同じく、こうして秘書艦見習いとしての教育の場を提供してくれるだけでなく、今では龍田と茶を啜っているのだ。龍田は少しだけ笑う。

 

「今は、特に何も思わないわねぇ」

 

 南方棲鬼は、その暗紅の瞳を細めて龍田を見詰めて来た。

 

「それは勿論、最初は戸惑ったし、貴女の事を憎いと思ったわ。それでも、提督が貴女達を受け入れているのだもの」

 

 龍田は肩を竦める。

 

「配下にある私達が貴女達を敵視しても無益だし、何も始まらないわよねぇ? 貴女達は賢いわ。それ位は理解出来るでしょう?」

 

「……理屈では理解は出来る」

 

「それで十分。貴女を最初に教育したのは、武蔵さんだったかしら?」

 

「あぁ、世話になった」

 

「武蔵さんは、貴女を危険視していたわ。必ず牙を剥いてくるだろうとね」

 

「それも理解は出来る。我等を警戒するのは当然だろう」

 

「でも、貴女はそうしなかった。それは何故?」

 

 龍田の質問に、南方棲鬼はまた視線を逸らした。

 言葉を選んでいるのか。逡巡しているようでもある。

 しかし、「アイツの事が知りたかった」と、すぐに南方棲鬼は視線を上げる。

 その南方棲鬼の瞳には、強い輝きが宿っていた。

 

「我等を恐れず、手を差し伸べて来るアイツの理想の果てに何が在るのか。興味が在る」

 

「そうねぇ。私もよ」

 

 龍田は艶然として微笑んで見せて、南方棲鬼を見詰め返した。

 

「私達は、まだまだ貴女の御仲間達と殺しあう事になるわ」

 

「機が熟すまでは必要な事だ。同胞はお前達を殺し、殺されもする。堂々巡りだ」

 

「その連鎖を断ち切る為に、彼は貴女達の力を借りたいのよ」

 

「我等を『特使艦隊』として運用し、“撃滅”では無く、力による“受容”を目指すという話であろう。理解している」

 

「まぁ、結果として齎されるものが、共存か不可侵かは分からないけれど……」

 

「或いは、そのどちらでも無いかもしれん」

 

「確かにそうねぇ」

 

「どんな結果であろうと、其れは茫洋極まる未来の一部に過ぎない。私は、その先を見てみたい」

 

「彼と一緒に?」

 

「ああ。そうだ」

 

「貴女、提督のこと大好きなのねぇ」

 

「っ!!?」

 

 驚いたような貌になった南方棲鬼は、龍田に何かを言おうとしたが、すぐに眼を泳がせて視線を逸らした。恥ずかしそうに俯いて、小皿に残っていた羊羹を乱暴に口に放り込む。不機嫌そうに咀嚼する姿は、やはり可愛らしいものだった。敵意と殺意の塊であった彼女と少年提督の間に、今までにどんな遣り取りが在ったかは、龍田も具体的には知らない。それでも、打算も野心も無く、躊躇も迷いも無く、利己心どころか自尊すら感じさせない彼の言葉や姿勢は、艦娘だけでなく深海棲艦達にも間違いなく響いている。

 

「ふふふ、ごめんなさい。つい」

 

 龍田はくすくすと笑い、眉間に皺を寄せている南方棲鬼に謝ってから、軽く息をついた。

 

「私達も同じよ。彼の傍に居たいわ」

 

「……そうか」

 

 龍田に短く応えた南方棲鬼は、龍田を見詰めたあと、手元の湯吞みに視線を落とした時だ。彼が執務室の扉を開けて戻って来た。彼は一人では無かった。

 

「Foooooo!!↑ 煎り豆! 煎り豆!! バッチェ準備してますよぉ~!!」

 

 野獣だった。いつもの海パンとTシャツ姿では無く、虎柄のパンツ一丁だった。靴もいつものスニーカーでは無く、編み上げのブーツである。凄い違和感のある組み合わせだ。頭には角の被り物をしていた。あれで鬼の恰好のつもりなのだろうか。手には大きめの枡に、豆を山盛りに持っている。もの凄く楽しそうだ。その野獣に付き従っているのは、「あの、ホントすみません……、すぐ連れて帰りますんで……」と、申し訳なそうに龍田や南方棲鬼、それから少年提督にペコペコと頭を下げている鈴谷だ。しかし、テンションを上げている野獣は、そんな鈴谷の様子など意に介さない。それがどうしたと言った感じで龍田と南方棲鬼を順番に見て、ニッと笑いながらサムズアップして見せた。南方棲鬼は、何だか奇妙な動物でも見る様な貌で野獣を見ている。少年提督は、可笑しそうに小さく笑っていた。

 

「この辺にぃ、美味い節分屋の屋台、来てるらしいっすよ! じゃけん、みんなで豆撒きしましょうね~!(イベント開催)」

 

 機嫌の良さそうな野獣は、ノリノリである。

 

「そんな屋台来てないから! まだ仕事も終わって無いし!」

 

 必死な様子の鈴谷がストップを掛けているところ見るに、どうやら野獣は執務をほっぽり出して遊びに来たのだろう。本気で豆撒きを楽しむスタイルだ。「そんなモン、後からでも出来るし間に合うから。ちょっと豆撒くだけだし、へーきへーき」と、野獣は鈴谷にヒラヒラと手を振って見せる。そんな賑やかな様子を見て、龍田はそう言えばと思う。今日は節分か。そして、ふと気付く。

 

「どうして鬼の恰好をしている野獣提督が、豆を持ってるのかしらぁ?」

 

 龍田の疑問は、別に無視しようと思えば無視できる瑣末なものだ。まぁ、雰囲気と言うかオプションと言ってしまえばそれまでだろう。細かい事だ。だが野獣は、龍田に意味深に唇の端を持ち上げて見せる。ちょっと嫌な予感がした。

 

「ちょっと趣向を変えて、今年の豆撒きは鬼が豆をぶつけてくるって設定で行くから!(反転逆撃)」

 

「えぇ……、もうそれ節分じゃないよ」

 

 鈴谷が突っ込むものの、少年提督は「面白そうですね」と、ちょっとノリ気だ。龍田は、節分というものをイマイチ理解していない様子の南方棲鬼に、その概要を掻い摘んで説明した。「ふむ……」と、難しい貌をしていた南方棲鬼は、自分なりに意義や意味を解釈している様子だった。そんな傍らで、野獣は持っていた枡から豆を一粒摘んで見せる。その小粒な豆が、薄っすらと淡い燐光を纏っている事に龍田は気付いた。鈴谷もギクッと肩を震わせて身を引いた。

 

「実はこの豆、超高密度な儀礼済みなんだよね? 一粒でも艦娘にぶつけると、どうなると思う?(悪巧み顔)」

 

「うわっ、めっちゃイヤな予感がするぅ……」

 

 野獣の顔と、野獣が手に持つ枡を見比べた鈴谷が、怯える様に貌を引き攣らせて二歩ほど後ずさった。純粋な興味からだろう、興味深そうな貌をした少年提督が「どういう効果が在るんでしょうか?」と聞いた。野獣がフッ……、とニヒルな笑みを浮かべた。

 

「ちょっと気持ち良くなっちゃうだけだよ?(含みのある言い方)」

 

「リラクゼーション効果が在るんですか、凄いですね」

 

 天然気味な少年提督が感心する横で、鈴谷が戦慄した貌をしている。龍田は南方棲鬼の手を引いて、野獣からそっと距離を取る。正解だった。「ダルォ?(御満悦)」と、楽しげに笑った野獣が、枡から豆を掴んだからだ。今度は一粒じゃない。一掴みである。

 

「じゃあ手始めに、鈴谷にぶつけてみましょうね~(先制攻撃)」

 

 野獣は言いながら、鈴谷に向き直った。

 

「へぇええっ!!? 怖い怖い怖いっ!! やめてやめてーーっ;;……!!」

 

 鈴谷は、腕で身体を庇うようにして悲鳴を上げる。

 

「ビビり過ぎなんだよなぁ……(呆れ) ちょっと絶頂するだけだから安心!」

 

「やっぱそんなんじゃん!!? 一粒で効果在るんでしょ!!?」

 

「おっ、そうだな(他人事)」

 

「そんなのいっぺんにぶつけられたら体こわれちゃ^^^ーーー↑う;;!!!」

 

「そんじゃいくよ~?(問答無用)」

 

 野獣が豆を振り被る。

 

「ごめんごめん待って待ってお願い!! 何でも言う事聞くから待って!!! あっあっ!! ぁぁぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 怯えた悲鳴を上げながら、ぎゅっと眼を瞑った鈴谷が頭を抱えて蹲った。

 

「うそだよ(ウィットに富んだジョーク)」

 

「へぅぇ……;;?」

 

 野獣は豆を枡に直して、蹲る鈴谷に肩を竦めて見せる。半泣きで顔を上げた鈴谷も、今までの一連の流れが冗談であると理解できたらしい。涙目でポカンとした貌になった鈴谷は固まっていたが、すぐに立ち上がった。

 

「もうっ! もうっ!! マジでやめてよそういうの!!!」

 

「ごめんごめん(半笑い) でもさぁ、やっぱり季節の行事やし。絶頂撒きしたいだろ?」

 

「ぜっ、絶頂撒き!? 豆を撒こうよ!? そんなの撒かなくて良いから(良心)!」

 

 

 言い合う鈴谷と野獣の二人を、穏やかな表情で見守っていた少年提督が、龍田と南方棲鬼へと向き直り、歩み寄って来た。彼は腕時計を確認してから顔を上げる。龍田と南方棲鬼を順番に見て、「僕達も、やってみませんか?」と、控えめに微笑んだ。穏やかに誘う彼の声音は、酷く啓示的に響いて聞こえた。不思議な重みと言うか、暖かさが滲んでいる。

 

「ふふ、それも楽しそうですねぇ。時間にも余裕がありますし。天龍ちゃんにも声を掛けて良いかしらぁ? 今日は非番だったはずだから」

 

 龍田は言いながら頷いて、彼に微笑みを返す。一方で南方棲鬼の方は、あまり乗り気では無いようだ。難しい貌をして、彼から視線を逸らしている。彼も龍田も、そんな南方棲鬼を無理に参加させようとは思わない。

 

「勿論、南方ちゃんが遠慮するなら、私は構わないわぁ。こうやってのんびりするのも悪く無いもの」

 

 龍田が言うと、南方棲鬼は緩く息を吐き出してから、彼を見詰めた。真剣な眼差しだった。

 

「……いや。参加させて貰おう。これも学習だ」

 

「はい。……有り難う御座います」

 

「何故、礼を言うのだ?」

 

「いえ、貴女が前向きに僕達の事を理解してくれようとしている事が、とても嬉しくて」

 

 彼は声を僅かに弾ませて、少年然として笑った。拘束具めいた眼帯の所為で、顔の右上半分は隠れているものの、十分に魅力的だった。邪気とも無縁だが、無垢と言うには憂いが滲んだ微笑である。彼は卑怯だ。完全な不意打ちだった。龍田だって激しくドキッとした。南方棲鬼が頬を染めて怯んだ。すぐにそっぽを向いて、不機嫌そうに鼻を鳴らして見せる。龍田がくすくすと笑うと、南方棲鬼にジロッと睨まれた。肩を竦めて誤魔化す。

 

 鬼は外。福は内。

 

 果たして、南方棲鬼は、これからの歴史において“鬼”か、それとも“福”か。龍田には判断しかねる。ただ、少年提督にとっては関係の無いことなのであろう。“鬼”も“福”も無い。彼は、そのどちらも外へと追いやらない。鬼を狩り立てることもをしない。福を選り好みしない。それを表裏一体と見る。『鬼も内。福も内』。それは青臭い理想論だ。しかし彼はその理想論を、徹底的な現実主義を持って追っている。己に出来ることを、安らぎや妥協とは無縁に、無私に実践する。

 

 先程、南方棲鬼は言っていた。『少年提督の事が知りたい』と。それが不可能である事は、龍田が一番よく理解しているつもりだ。彼はかつて“彼であった部分”を捨てて、艱難辛苦の今の生を手に入れた。“かつての彼が失われた瞬間”は、龍田だけが立ち会った事がある。本当の彼と呼べる部分は、既に消失している。持って生まれた人格を捧げた彼は、比類の無い献身と懺悔で、艦娘だけで無く深海棲艦達の未来まで探ろうとしている。そんな彼を、人類は“鬼”と見るか、“福”と見るか。つらつらと龍田がそんな事を考えていると、先程の此方の遣り取りを聞いていたのだろう。野獣が傍にやって来た。

 

 

「おーし!! 南方棲鬼も参戦とか、燃えますねぇ!!(俄然やる気)」

 

「ねぇ、野獣。あのホントさ、普通にやってね?」 鈴谷が心配そうに言う。

 

「……普通って何だよ?(哲学)」

 

「そんな難しい話はしてないからね! 儀礼済みの煎り豆とか使わないでって言ってんの!」

 

「安心しろって! 使う相手はちゃんと選ぶからさ!(屑)」

 

「駄目だってばぁ!! もぉーー!!><」

 

「じゃあ俺、先駆けしてくるから……(陰惨たる新風)」

 

 相変わらず、野獣の身のこなしというか体捌きは達人染みていた。反応しづらく、捕え難い歩方と体重移動で、すっと鈴谷達から距離を離して、音も無く執務室の扉から出て行った。電光石火ともまた違う、相手の意識外を縫うような動きだ。

 

「あーー!! 駄目駄目駄目!! 豆の効果が強過ぎるッピ!!」

 

 焦っておかしな口調になった鈴谷は、龍田や南方棲鬼、それから少年提督に礼をしてから、慌てて野獣を追いかけて執務室を飛び出していった。すると、「おい野獣!!」と、廊下の方で大声がした。少し距離がある。それでも、良く届くこの声は。長門か。どうやら廊下で鬼の恰好をした野獣と遭遇したらしい。不幸過ぎるエンカウントだ。また長門の怒声が響く。

 

 

 

 

 貴様!! 執務室を空にして何を遊んでいる!!?

 

 良いだろお前、今日は節分だぞお前!!(無価値な言い分)

 

 関係在るか!! それに何だその格好は!!? ふざけてるのか!!?

 

 豆撒きだよ、見て分かんないの? そんなんじゃ甘いよ?

 

 行為を聞いているんじゃない!! 意図を聞いているんだ!!

 

 皆の無病息災を祈ってるに決まってるダルォ!!

 

 戯けた格好で何を抜かすか!! さっさと仕事に戻れ!!

 

 福はぁ^~~内ぃ^~~!!(豆をぶつける音)

 

 (≧Д≦)ンァアアアアアアアアアアアアアア!!!!(イキスギ)

 

 あぁぁあああ!!(><;)間に合わなかったぁ^~~!!!(無念)

 

 

 長門の嬌声と何かが倒れるような音と一緒に、最後だけ鈴谷の声が響いて来た。あらあら~……みたいな顔で、龍田は執務室の空きっぱなし扉の方を見詰める。南方棲鬼だって、ドン引きするような貌だった。彼だけが、微笑んで頷いていた。「先輩は、本当に誰とでも仲が良いですね」と。尊敬を滲ませて呟く彼の行く末が少々不安になった龍田だが、どうツッコむべきかイマイチ分からない。取り合えず、「ホントですねぇ(思考放棄)」と返しておいた。南方棲鬼が信じられないものを見る貌で、少年提督と龍田を見比べているが、それには気付かないフリをした。

 

 

 

 















今回も最後まで読んで下さり、有難う御座います!
節分に関係のある話をと思っていましたが、間に合いませんでした……(土下座)
第3話では、オチまで上手く持って行けなかった事もあり、不完全燃焼気味となってしまい申し訳ありませんです……。
更新ペースにつきましては、今迄のボツ集と言いますか、書き散らかしていたものを手直ししつつ、書きたいものを書かせて頂いております。今は短い間隔で投稿させて頂いておりますが、また直ぐに不定期更新になる事も御容赦頂きたく思います……。

ちなみにMTGは、緑タイタンのヴァラクートに焼き殺されて引退しちゃいました……(苦い記憶)
カウゴーも連帯責任だぞ!(半泣き)


私の身体の事まで気に掛けて頂き、恐縮です。寒い日が続いておりますが、皆様も風邪など召されませんよう、体調にお気を付け下さいませ。

いつも読んで下さるだけでなく、暖かい御言葉や高い評価まで添えて下さり、本当に有難う御座います!

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