花盛りの鎮守府へようこそ   作:ココアライオン

15 / 40
駄弁りながらの影踏み

 

 

 

 甘味処である間宮の二人掛けのテーブル席に腰掛けていた熊野は、携帯端末を片手に頬杖をつく姿勢で、緩く息を吐いた。周りを見ても、まだ混雑という程の人の入りでは無い。ホッと出来るタイミングである。一緒に間宮の甘味を食べようと、鈴谷と約束してある時間までは少し時間が在った。鈴谷を待つ間、艦娘囀線のタイムラインへと目を通していた。

 

 

 

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 そういえば近いうちにぃ、ウチにテレビの取材が来るらしいっすよ?

 ドキュメンタリー的な番組を撮りたいらしいから、はいヨロシクゥ!

 

 

≪天龍@tenryu1. ●●●●●≫

 いや、よろしくじゃねーよ。俺達は何かさせられんのか?

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 特には無いみたいなんですけど、

 演習の様子とか鎮守府祭でのお前らの活躍がピックアップされる感じですかね

 途中で、艦娘達へのインタビューなんかを挟んでいくみたいだゾ

 

 

≪加賀@kaga1.●●●●●≫

 至って健全な内容そうで何よりです

 

 

≪飛龍@hiryuu1.●●●●●≫

 ホントですねぇ……

 

 

≪赤城@akagi1.●●●●●≫

 インタビューなんて聞くと、何だか緊張しちゃいますね

 

 

≪蒼龍@souryuu1.●●●●●≫

 取り敢えず真面目なこと言わなきゃ、ってなりますよね~

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 でもこれだけじゃ、何か足んねぇよなぁ?

 

 

≪陸奥@nagato2.●●●●●≫

 足りないって何よ? 十分でしょ

 

 

≪長門@nagato1. ●●●●●≫

 余計な事はしなくていいぞ、野獣

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 こういう真面目な内容も良いけどさぁ、

 視聴者達との距離感を縮めるにはインタビューなんかじゃ足りないんだよね?

 もっとエンターテイメント性の在る要素をテンコ盛りに、しよう!

 

 

≪陽炎@kagerou1.●●●●●≫

 もうそれドキュメンタリー番組としての全体像が切り捨てられませんかね……。

 

 

≪吹雪@fubuki1.●●●●●≫

 あの……、例えばですけど、どんな内容が盛り込まれるんですか?

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 雪風VS陸奥 

 サシでポーカー、7戦勝負とかどうっスか?

 

 

≪陸奥@nagato2.●●●●●≫

 どうっスかじゃないわよ!! それ前もやったじゃない!!

 

 

≪長門@nagato1. ●●●●●≫

 申し訳ないが、約束された悲劇はNG

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 あぁん!? 前に鳳翔の店でやったのは5戦だルォォ!?

 

 

≪陸奥@nagato2.●●●●●≫

 やることは変わらないでしょ!!

 ロイヤルストレートフラッシュを5連続で浴びた私の気持ちが分かる!?

 処理されて終わりよ!! 0‐5が0‐7になるだけだわ!!

 

 

≪山城@husou2.●●●●●≫

 確かにあれは勝負じゃなくて、雪風ちゃんの作業ゲーでしたよね……

 何て言うか、ゲームが始まらなかった的な……

 

≪扶桑@husou1.●●●●●≫

 いやな……事件だったわね……山城……

 

 

≪大鳳@taihou1.●●●●●≫

 えぇ、今思い出してみても、体調が崩れそうな程に見事なガン処理でした……

 

 

≪球磨@kuma1.●●●●●≫

 まぁ、雪風が相手じゃ仕方無いクマ

 此処の鎮守府に来る前から、あの手のゲームで雪風に勝った艦娘はいないクマ

 

 

≪多摩@kuma2.●●●●●≫

 雪風自体が伝説級に強いから、他に内容を考えた方が良いニャ

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 じゃあ、『長門とビスマルクの、突撃☆心霊スポット☆100連発!!』は?

 

 

≪長門@nagato1.●●●●●≫

 じゃあって何だ!? 絶対に行かんぞ!!!

 

 

≪ビスマルク@bismark1.●●●●●≫

 同上!!!!

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 えっ!!? 全裸逆立ちで!!? エレベスト登頂を!!?

 

 

≪長門@nagato1.●●●●●≫

 出来るか馬鹿タレ!!!

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 大丈夫だって、何ならグラーフとかにも同行して貰うからさ

 

 

≪グラーフ・ツェッペリン@Graf Zeppelin1.●●●●●≫

 冗談はよしてくれ

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 文句ばっかじゃねぇか、この鎮守府ィ!!

 しょうがねぇなぁ~……、じゃあコレ↓!

 

『海外艦娘達がイク!! 

 日本の名便所100選!! 全部イクまで帰れませんスペシャル!!』

 

 

≪ローマ@V.Vento4.●●●●●≫

 どういう事なの……

 

 

≪リットリオ@V.Vento2.●●●●●≫

 勘弁してください

 

 

≪プリンツ・オイゲン@Admiral Hipper3.●●●●●≫

 あの、名便所とかいう単語、調べても出てこないですけお

 

 

≪アイオワ@Iowa1.●●●●●≫

 名勝とか名湯とかじゃないのは何故なノ……?

 why……?

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 へーきへーき!! 

 俺も一緒に、日本の名酒100選を飲み歩く旅に出るんだからさ!

 

 

≪加賀@kaga1.●●●●●≫

 どさくさに紛れて職務放棄とは、見下げた根性ですね

 飲酒ばかりしてないで、勤務態度を改めるべきでは?

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 夏場は小まめな水分補給が大事だって、小学生でも知ってるぞお前

 熱中症対策、しよう!!

 

 

≪天龍@tenryu1. ●●●●●≫

 水分を補給しろよ

 アルコール補給してどうすんだよ

 下から全部出ちまうだろうが

 

 

≪金剛@kongou1. ●●●●●≫

 そもそも、木枯らしがピューピュー吹いてるこの時期にそんな対策いりマス?

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 まぁ、俺は王下七武海みたいなところもあるし、自由な振る舞いも多少はね?

 

 

≪嵐@kagerou16.●●●●●≫

 海賊じゃないっすか……

 

 

≪萩風@kagerou17.●●●●●≫

 そんな制度があるの初めて聞きましたけど……

 

 

≪朝風@kamikaze2.●●●●●≫

 これマジ? 野獣みたいなのが他に6人も居るとか最悪じゃん

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 @kamikaze2.●●●●● 

 おはよう!! でこっぱち風!! 

 今日もテッカテカのピッカピカじゃ^~~ん!! 

 うぉ眩しっ!! うぉ眩しっ!!!

 

 

≪朝風@kamikaze2.●●●●●≫

 @Beast of Heartbeat 誰がでこっぱち風ですって!?

 張り倒すわよ!! て言うかもう夕方だし!!

 

 

≪ポーラ@Zara3.●●●●●≫

 @Beast of Heartbeat あの! 野獣提督! 

 その名酒巡りの旅に、ポーラもお伴して良いですか!?

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 @Zara3 いいよ!! 来いよ!!

 

 

≪ポーラ@Zara3.●●●●●≫

 ぅわ~い、やったぁ~~(*^-^*)

 

 

≪ザラ@Zara1.●●●●●≫

 @Zara3 絶対ダメです

 

 

≪ポーラ@Zara3.●●●●●≫

 へぇえ~、そんなぁ~……(´;ω; `)

 

 

≪隼鷹@hiyou2.●●●●●≫

 @Beast of Heartbeat 話は聞かせて貰ったよ!!

 

 

≪千歳@titose1.●●●●●≫

 @Beast of Heartbeat 私達の出番、というワケですね?

 

 

≪那智@myoukou2.●●●●●≫

 @Beast of Heartbeat 任せてもらおう!

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 @hiyou2.●●●●●、@titose1.●●●●●、@myoukou2.●●●●●、  

 お前ら三人なんかと一緒に行ったら、酒蔵荒らしみたいになっちゃうだろ!!

 

 

≪霞@asasio10. ●●●●●≫

 どうでもいいけど、勝手に鎮守府を留守にするのはダメでしょ

 

 

≪曙@ayanami8.●●●●●≫

 もう余計なことしなくていいじゃん

 

 

≪満潮@asasio3.●●●●●≫

 視聴者達との距離感を縮めるつもりなら

 私達が内輪だけで盛り上がっても意味ないしね

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 そうですねぇ……。確かに交流があってこそだし、

 色んな事にチャレンジして、冒険を楽しんで共有する……

 そんな王道を征くにはやっぱり、鉄●DA●H系の114514時間テレビですか

 

 

≪瑞鶴@syoukaku 2.●●●●●≫

 長過ぎィ!!!

 

 

≪翔鶴@syoukaku 1.●●●●●≫

 放送が終わるまで13年ほど掛かるんですがそれは……

 

 

≪不知火@kagerou2.●●●●●≫

 電波ジャックか何かですか?

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 至って健全だルルォ!!

 ちゃんと114514時間マラソンもあるんだからさ!

 

 

≪陽炎@kagerou1.●●●●●≫

 足腰こわれる

 

 

≪大井@kuma4.●●●●●≫

 相変わらず、非常識で馬鹿なことばっかり考えますね

 

 

≪北上@kuma3.●●●●●≫

 いやー、まぁ放送時間は非現実的だけど、

 この鎮守府の皆が色々とチャレンジするのは、見てて面白そー

 

 

≪木曾@kuma5.●●●●●≫

 要するに24時間テレビ的な感じで、挑戦と成功を視聴者と一緒に体験する訳か

 

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

 そうだよ

 良いアイデアが在る奴はドンドン書き込んでいって、どうぞ

 

 

 

 

 そんなタイムラインを眺めつつ、熊野は可笑しそうに小さく笑みを零した。今日は艦娘達の書き込みが多い。出撃や演習も、今日は一段落しているからだろう。賑やかで馬鹿馬鹿しく、他愛も内容も無くて、どうしようもなく愛おしい書き込みが、この鎮守府の日常を縷々と綴っている。その中心に居るのは、少年提督や野獣だったり、時には少女提督だったりもする。だが、やはり野獣が場を盛り上げることが多い。

 

 熊野の知っている野獣という男は、基本的に不真面目だ。長門や陸奥、加賀や鈴谷が秘書艦の時には、すぐにサボって姿をくらませたり、何処からともなく缶ビールを取り出して執務の最中に飲み始めたりする。他にも挙げれば枚挙に暇が無いような男なのだが、すべき事はそれなりに片付けてみせるあたりは有能なのだろう。仕事が遅いという訳では無く、態度と言うか、手の抜き方に問題があるタイプと言うべきか。

 

 ただ、時雨や赤城が秘書艦の時は、少々違う。これについては、熊野も薄々気付いていた。あの二人が秘書艦の日は、野獣は特に派手な行動を起こしたりしない。割と大人しいのだ。勝手に姿を消して長時間サボったりもしない。何かをやらかすにしたって、執務を終わらせてからだ。今日だって、そうに違いない。野獣の今日の秘書艦は時雨の筈だ。タイムラインを騒がせている野獣は、もう仕事を終えて何処かで自分の時間でも過ごしているのか。熊野は軽く息をついてから、携帯端末から視線を上げて瞑目する。

 

 

 熊野は、時雨や赤城が、野獣と共にどんな過去を共有しているのかは知らない。或いは、秘密とでも言うべき何かを共有しているのかもしれない。だが、だからと言って野獣が時雨や赤城を特別扱いしているかといえば、そういう風にも見えない。ある種の態度の違いがあったとして、それは接し方の種類や、互いの距離感とでも言うのか。そういう微妙な差異の中で時折、ふとした時に野獣が見せる、面倒見の良さや不器用な気遣いこそ、あの男の本質なのだと熊野は考えている。奇天烈で荒唐無稽な言動に隠して紛らわすしかない、野獣という人間が持つ苦悩、決意、後悔、信念が其処にあるのだろう。艦船としての前世を持つ熊野も、何となくだが感じる。人間味の妙とは、そういう部分にこそ宿るのだろうと。そして、熊野と仲の良い鈴谷もまた、野獣のそういう部分に惹かれたに違いない。沈思に眼を閉じたまま、熊野はもう一度息を吐き出す。そして携帯端末に視線を戻そうとした時だった。

 

 

「ちゅわぁぁぁぁあんん!!! 疲れたもぉぉぉん!!!」

 

 騒がしい声が、間宮の入り口の方から聞こえた。思わず振り返る。

 

「隣の席、良いっすかぁ~? Oh^~?」

 

 海パンにTシャツ姿の野獣が、携帯端末を片手で操作しながら此方に歩いて来る。上品な和風喫茶店といった風である間宮の店には、酷く似つかわしくない。ただ、さっきまで色々と考え事をしていた所為か。そんな気の抜けるような恰好と空気を纏う野獣に、熊野は少しだけ笑ってしまった。取り合えず、「えぇ、どうぞ」と野獣に応えると、野獣は「ありがとナス!」と、似合っていないウィンクをして見せた。

 

 熊野が座る二人掛けテーブルの隣。其処にある四人掛けのテーブルに、野獣が腰かける。野獣は一人では無かった。野獣の今日の秘書艦である時雨と、少し前に野獣に召還された山風、そして、秘書艦見習いとしてのレ級だった。レ級はごつい鞄を手に持っている。あのサイズからして分厚い本が数冊入っているんだろう。

 

「失礼するね」 時雨は、落ち着いた笑みで、熊野に会釈してくれる。

 

「……お邪魔、……します」 山風もそれに倣い、ぺこりと頭を下げてくれた。

 

「こんばんは~!(レ)」 レ級は快活そうで楽しそうな、嫌味の無い笑みだ。

 

 熊野も、微笑みと共に三人に会釈を返したタイミングだった。

 

「ごめん熊野~、待たせちゃった?」

 

 明るい声がした。熊野は声のした方へと視線を向ける。今度は鈴谷だ。此方に早足で歩み寄ってくる最中だった。熊野は腕時計で時間をチラリと確認すると、約束の時間にもまだ少し余裕がある。鈴谷も遅刻では無いので、単純に熊野が早く着いただけの事だ。

 

「ふふふ、ほんの少しだけ」

 

 傍まで来た鈴谷に、熊野は笑みを浮かべつつ、冗談めかしてちょっと意地悪に言う。それは鈴谷も気付いている。鈴谷も微苦笑を浮かべて、ごめんごめんと言いながら、野獣達が腰かけたテーブルへと向き直った。

 

「野獣達も来てたんだ、って言うか……、ふ~ん? 何か珍しい組み合わせじゃない?」

 

 そう言いながら、熊野の正面の席に腰かけた鈴谷に、野獣が肩を竦めて見せる。

 

「時雨と山風は今日の秘書艦だし、レ級は今日の見習いだから。仕事終わりにこの面子でお茶するけど、どこもおかしくはない(ブ)」

 

「あぁ、そうだったんだ」

 

 鈴谷は半目で野獣を見てから、冗談ぽく笑った。

 

「この三人が秘書艦なら、仕事も早く終わる筈だね~」

 

「そうだよ(肯定)。御陰で時間に余裕も出来て、良いゾ~コレ!」

 

 野獣も唇の端を持ち上げた。

 

「やっぱり、仕事の出来る秘書艦達を……、最高やな!(惜しみない賞賛)」

 

「わふ~(>ω<)! どうじゃ!!(レ)」

 

 野獣の正面に腰掛けていたレ級は、自分たちが褒められている事に気付いたようだ。隣に座っていた山風の肩に腕を回して、得意げな貌で胸を張って見せた。突然、肩に腕を回された山風も驚いたようだが、屈託のない笑みを浮かべて顔を見合わせて来るレ級につられて、控えめながらも笑みを零している。野獣の隣に腰掛けていた時雨も、そんな二人を見ながら、優しげに微笑んでいた。

 

 

 時雨は野獣の初期艦娘であり、秘書艦としての仕事ぶりも優秀であることは熊野も知っている。そしてレ級も山風も、その時雨に引けを取っていない。あらゆる学問・分野において、かつてからレ級は膨大な学習をはじめており、提督達が扱う術式の新理論の構築などの業績を残している。非常に優れた才知を持っているレ級は、秘書艦としての実務を覚えるのも非常に早かった。ちょっと引っ込み思案で大人しい山風も、吸収の早い努力型だった。時雨や野獣の下、今では黙々と何でもソツなくこなすほどになっている。優秀さとは習慣であるという言葉もあるそうだが、山風はそれを地で行くタイプだ。

 

 

 確かに、この三人に脇を固めて貰えば、仕事も捗ることだろう。おまけに、野獣自身もサボらないのなら尚更。出来た時間の余裕で、こうして間宮へと皆で繰り出して来たということか。取り敢えず、皆で間宮に注文を取って貰ってから、そういえば……と、熊野は先ほどまで眺めていたタイムラインを思い出す。

 

 

「あの、野獣提督? 艦娘囀線での件なのですけれど、本当にテレビ局の方々が取材に来られますの?」

 

 熊野は聞いてみた。

 

「そーそー。鈴谷達もマジで何かやるの?」

 

 鈴谷も携帯端末を取り出して、タイムラインを確認している。茶を啜っていた野獣は、熊野に頷いて見せてから鈴谷を一瞥し、湯呑をテーブルに置いて肩を竦めた。

 

「無理にとは言わないけど、多少(のアピール)はね?」

 

「じゃあさ、こういう悪ふざけ的な企画は、まぁ流石に無いって事だよね?」

 

 携帯端末に表示されているタイムラインから視線を上げて、再び鈴谷は半目で野獣を見遣る。野獣は、「そうですねぇ……(熟慮先輩)」似合わない思案顔になって、顎に手を当てた。そんな野獣の隣に座っていた時雨が、「いや、其処は考えるところじゃないよ……」と、控えめに突っ込みを入れているが、聞こえているのかいないのか。野獣が力強く頷いて、鈴谷を見た。

 

「本気でやろうと思えば(麒麟児の風格)」

 

「そんな本気は出さなくて良いから……(良心)」

 

 鈴谷が疲れたように言ってすぐ、間宮と伊良子が人数分の甘味を持ってきてくれた。熊野達は歓声を上げて、礼を述べつつそれらを受け取る。羊羹に、和風ケーキ、パフェなど。どれも彩りも豊かで、見た目も本当に美しい。山風とレ級は眼を輝かせているし、普段は落ち着いている時雨だって、ちょっとソワソワしている様に見える。「うわ、すごいよぉ」と、大盛のパフェを頼んだ鈴谷も少々興奮気味だ。熊野も同じく、大盛のパフェだ。ちなみに、野獣は羊羹を頼んでいた。二種類の羊羹が上品に小皿に盛られている。時雨、山風、レ級の三人は抹茶のケーキである。

 

 皆で手を合わせる。間宮と伊良子に感謝を述べて、一口。自然と溜息が漏れる。生きててよかった。控えめな甘さと、暖かいお茶の程よい渋さが絶妙だ。何かを考えるのが面倒くさくなる。頭の中に文字を思い浮かべるのが酷く億劫だ。上品な風味と幸福感に満たされて、脱力してしまう。至福の時とは、こういう時間の事を言うのだろう。大盛のパフェを頼んでいるにも関わらず、もう既に半分ほど食べてしまった熊野と鈴谷は、眼を見合わせた。

 

「ねぇ、熊野……、コレさぁ、あと3回くらいお代わりできそうじゃない?」

 

 鈴谷は、難しい貌をしていた。「そうですわねぇ……」と、熊野も神妙に頷く。

 

「ふとるぞー(レ)」

 

 何故か小声で、レ級が熊野と鈴谷に声を掛けてくれた。おかげで踏み留まれた。熊野は一度、静かに深呼吸をする。熊野の正面に腰掛ける鈴谷も、同じように深呼吸をしていた。

 

 そうだ。冷静になろう。いかに艦娘とはいえ、艤装以外は肉の体だ。肉体だ。肉。……肉。お肉がついてしまう。外傷や内臓機能などは、治癒・修繕の施術式によって回復も可能だ。“バケツ”などと呼ばれる、高速修復材だってある。だが、余分なお肉はなぜか落とせない。こうした体型の変質は、外的な損傷ではないからだろうと言われているが、これは痛い。

 

 野獣達のテーブルでも、壁に張り出されてあるメニューを見ていた時雨が、何だか悲し気な様子で俯いた。山風も伏し目がちになって、お茶を啜っている。皆の願いは一つだ。お代わりがしたい。でも。一度お代わりをしてしまえば、きっと止まれない。突き抜けしまうだろう。間宮の和風スイーツが、美味すぎるが故の苦悩だった。

 

「かわいそうになぁ……(レ)、いろいろ辛いか……(レ)」

 

 レ級は言いながら、周りの面子を見回した。先ほどの小声も、レ級なりに空気を読んだのだろう。熊野がそんな風に思っていたが、気のせいだった。レ級は挙手して、「いやぁ、スミマセーン(レ)」店の奥に声を掛けて、自分だけお代わりを頼み始めたのだ。何て奴だと思っていると、「お前らは別に体重なんて気にしなくてもへーきへーき!」と、今度は野獣が軽く笑った。

 

「どうせ、全部おっぱいに栄養が行くんだからさ! なぁ鈴谷ぁ?」

 

「だからさぁ……、そういうデリカシーの無い絡み方止めない?」 

 

 憮然とした貌の鈴谷が、野獣を横目で睨んだ。その鈴谷の胸元を、熊野は凝視する。

 

「……でも鈴谷? 確かに、前よりも大きくなってませんこと?」

 

 熊野は低い声で聞いた。「えっ」と、鈴谷が此方に向き直る。時雨も、鈴谷の胸元を凝視していた。妙な緊張感の中、レ級は新しく持ってきて貰ったケーキを、フォークで切り分けている。そして、「一緒に食べような? な?(レ)」と、隣の山風に“アーン”して食べさせていた。山風の方も、最初はおずおずと言った様子だった。だが、すぐにケーキの美味しさに負けて、レ級と一緒に、幸せそうに味わっている。熊野達とは対照的に、ほのぼのとした空気だ。野獣は特に何も言わずに羊羹を一口食べてから、ほんの少しだけ唇の端を持ちあげた。

 

「艦娘達の肉体データは、俺達にも逐一報告されてるから間違いないゾ(チクリ魔先輩)」

 

 無駄に良い声で言いながら野獣は、熊野に頷いて見せる。「羨ましいな……」と零した時雨は自分の胸の辺りに両手を添えつつ、切なげに呟いた。熊野も、何故か溜息が漏れた。鈴谷は、「えぇ……、急になんなのこの空気……」と困惑した様子で熊野と時雨を見比べている。野獣が、芝居がかった辛そうな貌になった。

 

「どう……? 鈴谷のおっぱいの所為で、せっかくの楽しい雰囲気が駄目になっちゃったけど……」

 

「私の所為なの!?」

 

「そうだよ(悲し気な頷き)」

 

「違うよ! そんな話題振って来た野獣の所為でしょ!?」

 

「じゃあ、どんな話題なら良いのだよ?(ハ●太郎)」

 

「いや、どんなって……」

 

 鈴谷が答えに窮した時だ。さっきまで山風と一緒にケーキを食べていたレ級が、すごい大声と笑顔で「肉の棒!!!!(レ)」と挙手した。熊野と時雨が吹き出して、意味を理解するのに少し時間が掛かったのであろう山風が、時間差で俯いて顔を真っ赤にした。店の奥の方で、調理器具を落としたような派手な音と、皿が割れるような音が聞こえて来た。間宮と伊良子も、いきなりの事に驚いたのだろう。だが、レ級はまだ止まらない。真っ赤になった面々を順番に見てから、白いギザっ歯を見せて快活に笑う。

 

「夏コミに、スティックナンバー♂見に行こうな!!(レ) いざ征かん!!(レ)」

 

「おぉ^~、良いねぇ^~(賛美)」などと、力強く頷いたのは野獣だけだ。

 

「申し訳ないけど、間宮さんのお店で猥談に発展するようなのは流石にNG」

 

 即座にブロックに入る、真顔の鈴谷による迫真のインタラプトが光る。

 

「しょうがねぇな~……(悟空)」

 

 野獣は茶を一口啜ってから、やれやれと言った風に肩を竦めた。そして姿勢を正し、居住まいを正す。

 

「じゃあ今日は、“税金が正しく使われているのかどうか”について、皆で話合いたいと思います……(変態糞真面目)」

 

「扱うテーマが肥大し過ぎィ!!」 鈴谷が叫んだ。

 

「また急ハンドルですの? 壊れますわねぇ……(アンニュイ)」

 

 辟易した貌になった熊野も、疲れたように言う。

 

「この場で話をしたところで、消化しきれないよね」 

 

 苦笑を漏らす時雨に頷いてから、鈴谷も「そうだよ(便乗)」と、疲れたように息を吐く。

 

「皆で美味しいもの食べようって言う時にさぁ……、何でそんなでっかいテーマ持ち込む必要なんか在るの?(セイロン島)」

 

「やっぱり、鈴谷の胸くらい大きい方が良いダルォ?(優しさ)」

 

「社会問題と一緒に並べるほど大きくないよ!」

 

 自分の胸の辺りを両手で隠すようにして、鈴谷が野獣に叫んだ時だ。

 

「やじゅう提督は、その……、胸の大きいひとが……好きなの?」

 

 上目遣いになった山風が、思わずと言った様子で、ぽしょぽしょと言葉を紡いだ。そして、すぐに野獣から視線を逸らし、また俯く。時雨が山風を見た後に、野獣を見た。鈴谷と野獣は顔を見合わせる。野獣が、どんな女性を好むのか。これについては、熊野は知らない。というか、この鎮守府の艦娘達の殆どが知らないのではないか。反応からしても、初期艦である時雨も知っていないようである。数秒の間の、不思議な沈黙だった。

 

 

 そんな奇妙な間だったが、楽し気なレ級は「ぬっふっふ(^ω^)かわいい!(レ)」と、赤面して俯く山風の頬に、頬ずりしている。山風は、特にそれを嫌がる風でもなく、むにむにと唇を動かしていた。熊野は、野獣と山風を交互に見る。現世に召ばれてすぐの頃の山風を知っている熊野は、何だか微笑ましい気持ちになった。

 

 最初の頃の山風は、大人しく引っ込み思案で、自分には構わないで欲しいと言う雰囲気を濃く纏っている艦娘だった。他者と距離を取り、余り近寄らせようとしないところがあった。そんな山風を秘書艦として起用する機会を多く取った野獣は、常に山風の他に、もう一人か二人、秘書艦補佐を置いた。時雨や熊野、鈴谷、その他の艦娘達と交流する機会を増やしたのだ。

 

 野獣は、山風を弄り回したり、無遠慮な振る舞いで振り回すようなこともなかった。相変わらずバカな事を言ったりやらかしたりはしたものの、それは飽くまで、他の艦娘と山風が接点を作る為だったのだろうと熊野は考えている。山風が秘書艦、熊野が秘書艦補佐の時も、野獣が普段通りに馬鹿をやってくれた御陰で、空気が張りつめる事も無く、気まずい沈黙をつくる事も無かった。他者をよく見ている野獣らしい、独特の空気の作り方だった。無防備さや隙を見せる事によって、良い意味で相手の警戒を解くのが上手いのだ。

 

 無論、山風が少しずつ心を開いていって、今のように笑顔を見せるようになったのは、山風自身が、他の艦娘達に歩み寄る姿勢を持ったからだ。少女提督の下に居る、海風や江風達をはじめ、優しい姉妹艦たちの存在も大きかった筈だ。ただ、野獣の奇天烈な言動が、そういった他の艦娘達と山風のコミュニケーションの潤滑油として機能していたのは間違いない。もしも野獣が、隙も余裕も無いような軍人然とした堅苦しい振る舞いだったならば、山風がこの鎮守府に打ち解けるには、もっと時間が掛かっていたに違いない。大人びている山風の事だ。野獣の不器用な気遣いにも気付いているだろうし、感謝もしている事だろう。

 

 

「そうですねぇ~……(思案顔先輩)」

 

 野獣は椅子に座り直しつつ腕を組んだ。

 

「僕はやっぱり、王道を征く、“女性の魅力は、おっぱいじゃない”派ですか」

 

 芝居がかった穏やかな貌で頷いてみせる野獣を見て、レ級が「シシシシシ!」と、面白がるように笑った。時雨もクスリと笑みを零す。

 

「山風ちゃんの前だからって、今更そんな思い出したみたいに真面目くさった事言ってもさぁ、説得力無いよ?」

 

 さっきまで野獣の冗談に振り回されていた鈴谷は、不満そうな貌で湯呑の茶を啜って椅子に凭れる。ただ、俯いていた顔を上げた山風の方は、野獣の答えには、それなりに満足しているようだった。ほっとしたように「そう、なんだ……」と呟いた山風は、綻びそうになる貌を誤魔化すみたいに茶を啜った。

 

「そんなフェミニストな野獣提督は、どんな女性に惹かれるのか聞いてみたいですわ」

 

 熊野は冗談めかして聞いてみた。野獣は、唇の端を持ち上げた。肩の力が抜けたような、自然体な笑みだった。

 

「一緒に居ても、いつもの自分で居られるのがいっちばーん(SRTY)ですよね……」

 

「それは、今のように?」 悪戯っぽく、熊野は重ねて聞いてみた。

 

「おっ、そうだな!(いつもの笑み)」

 

 低く喉を鳴らすように笑う野獣は、恥ずかしがるでも無く、恰好をつけるでも無い。やはり自然体で答えた。余りにも迷いの無いその回答に、不覚にも熊野は少し動揺した。

 

 普段から謎の多い男だし、野獣自身も自分の事を多く語らない。バカ騒ぎや無茶苦茶な言動が、そういう孤高さを覆い隠しているような男だと思う。だが、こういう時に場を白けさせないのは、その声音や表情に、不思議な深みがあるからだろう。これが俗に言う、大人の魅力とでも言うヤツなのかは、熊野には判断できない。ただ、鈴谷と時雨も何だか赤い貌で黙り込んでいるし、山風も顔を上げて野獣を凝視している。

 

「イケメンww? イケメ~ンwww?(レ)」

 

 シシシシシ! と、肩を揺らして笑っていたレ級は、茶化すように言う。

 

「そうだよ(肯定)! 俺みたいなイケメンはモテまくって、いや~キツイっす(素)」

 

 野獣は今までの雰囲気をパッと切り替えて、また芝居がかったアンニュイな表情を浮かべて見せた。

 

「気づいたら、もうバツ364364! 笑っちゃうぜ!!(女の敵)」

 

「いや、笑えないよ……、ろくでなし日本代表じゃん……」

 

 鈴谷が不味そうな貌で言う。それに続いて、「酷いですねキミ!(レ)、それって屑じゃな~い?(レ)」と、こんなバカバカしい会話を楽しむように、レ級は可笑しそうに笑った。時雨と山風も、ふふっ……と、口元を抑えるようにして笑みを零している。熊野も、微苦笑と共に息を一つ吐いた。

 

 今の野獣の態度はまるで、歳の離れた妹達の機嫌を取っているみたいな感じだ。少なくとも、熊野にはそう見える。時雨や赤城、それに山風や鈴谷の感情がどうであれ、男と女の関係になんてなりそうも無い。今までがそうだったように。

 

 まぁ、熊野自身も野獣という男を良く知っている訳では無い。熊野が知っている野獣とは、とにかく滅茶苦茶で、突拍子も無く、馬鹿馬鹿しくて、その癖、面倒見が良くて、周りが見えている。身のこなしと言うか、所作の一つ一つに、何処か武人然とした重みがあったりする。優秀な提督であり、上司だ。同時に、家族と呼べうる距離感だとも思う。熊野が感じている親近感の正体も、きっと家族愛と呼ぶべき感情だろう。それら全ての要素は、飽くまで表層的なものだ。それで良いとも思う。野獣は、今も笑っている。余計な力みのない、いつもの笑みだ。それが腹案によって造られた笑顔には、熊野にはとても見えない。

 

 いや。見えないものが見えるようになっても、野獣は野獣だ。それは変わらない。間宮で過ごすこの暖かな時間は、確かに在るのだ。熊野は、鈴谷や時雨、それに山風やレ級の楽しそうな会話を横目で見つつ、茶を啜った。美味だったものの、先ほどよりも渋みが強くなった気がした。

 

 

 















今回も読んで下さり、有難うございました!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。