コードギアス―抵抗のセイラン―   作:竜華零

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 もうちょっとだけ続くと、言ったでしょう?


――After two years――

 皇帝シャルルが没した太平洋の戦いから、2年が経過した。

 世界征服を企む悪逆非道な侵略者が倒れ、世界は何か変わっただろうか。

 答えは一つ、何も変わってなどいなかった。

 

 

 神聖ブリタニア皇帝ナナリー・ヴィ・ブリタニアの劇的な方針転換により、ブリタニアは各エリアの放棄を宣言、その中にはコーネリア・ヴィ・ブリタニアの統治するエリア11も含まれていた。

 これによりブリタニアの版図は新大陸にまで縮小し、各地で亡びた国が復興することになった。

 日本、ロシア、エジプト、南アフリカ……次々と独立を回復する諸国。

 だがブリタニアが内向きになったことで、それまで抑えられていた問題が噴出した。

 

 

 民族紛争である。

 日本はそれ程でも無かったが、ブリタニアから解放された国の多くは共通の敵を失い、数ヵ月後には内戦に突入していった。

 新帝ナナリーは過去のブリタニアにも責任があるとして、中華連邦やEUなどと協力しつつ各国に支援と仲介の手を差し伸べている。

 それでも、問題の完全な解決には10年単位の時間が必要だった。

 

 

 そこには戦争があり、紛争があり、差別があり、暴力があり、飢餓があり、貧困があった。

 太平洋上の戦いやそれ以前の戦いなど何の意味も無かったかのように、英雄達の命を賭した戦いも英霊達の死にも意味は無かったとでも言うように、8年前から今までの犠牲など何の関係も無いかのように、世界は何も変わらなかった。

 変わらないように、見えていた。

 

 

 だが、変わっている部分もあった。

 誰の目にも見えない、誰にも感じ取れない程の小さな変化だが、確かに。

 ――――世界は、変わっていたのだ。

 世界を変えようと言う、そう言う想いによって。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 皇暦2021年・春、西アジア。

 ユーラシア大陸西部の内陸部のどこか、山岳地帯と荒野地帯の間に小さな町がある。

 小さいが東西の交通の要衝にある町で、町と呼ぶには小さいが村と呼ぶには大きい、そんな町だ。

 

 

 だがその町は今、大火に襲われていた。

 家々に火が放たれ、町のいたる所で悲鳴と怒声が響いている。

 煌々と燃える炎が、荒野の夜を明るく染めている。

 理由は明白である、町中を闊歩する数機のナイトメアだ。

 

 

『異教徒を殺せ! 教えを守らぬ者共に死を!』

『教えを守らぬ者に死を!』

『『『教えを守らぬ者に死を!』』』

 

 

 型は旧式のグラスゴー、エリア解放と同時に撤退したブリタニア軍から横流しされたナイトメアが武装勢力に渡り国際問題化していたが、彼らもその口のようだった。

 5、6機のナイトメア、軽装備の警察や自警団しかいない町程度ではひとたまりも無かった。

 瞬く間に防備を破られ、機銃や爆弾で町を焼き払われる。

 

 

 彼らは「ヒルザバート殉教旅団」を名乗り、土着宗教の教えを守ることを町側に求めていた。

 戒律が厳しいことで有名な彼らは、国法よりも教えを優先することを強要したが町側に拒否され、ために制裁を加えているのだった。

 つまる所、虐殺である。

 略奪で無い所が肝要で、強盗も強姦もしない代わりに皆殺しと言うどうしようも無い集団だった。

 

 

『教えを守らぬ不信者共に死を、教えを守らぬ……む?』

 

 

 その時、1機のグラスゴーが動きを止めた。

 機体のファクトスフィアを輝かせて周囲を窺う、直後、そのグラスゴーは手にしていた機銃を横薙ぎに振るった。

 3階建ての建物を吹き飛ばし、煙を風に吹かれるままに放置する。

 するとどうだろう、崩れた建物の中に身を丸めている人影を見つけた。

 

 

「ひ、ひっ……!」

「お、おかぁさ……」

 

 

 母親らしき女性と、小さな女の子だった。

 服装は至って普通、ブラウスやワンピースだ。

 だがグラスゴーの操縦者にとっては許されざる服装だった、彼らの教えでは女性は肌を僅かでも見せてはならないとされているからだ。

 異教徒は人間では無い、人間を堕落させる悪魔の遣いなのだ。

 

 

『異教徒め……!』

 

 

 だから彼は僅かも迷わず、機銃をその2人へと向けた。

 母親が悲鳴を上げて娘を抱き締めても、操縦者はまるで意に介さない。

 むしろ悪魔の遣いが自分を惑わそうとしていると信じ、操縦桿を握る手を使命感で強くした。

 そしてやはり迷わず、機銃の引き金を引いた。

 

 

「……ッ!」

 

 

 母親が娘を抱き締めて目を閉じる、次に来るだろう死の衝撃に備えたのだ。

 事実、銃弾が幾度も金属を打つ甲高い音が立て続けに響いた。

 ……甲高い?

 不審に思い、母親は目を開けた。

 

 

「……え?」

 

 

 ――――そこに、蒼い天使がいた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 夜炎に映える濃紺の装甲、頭部に見える飾りの一本角、両腕のナックルガード。

 両手に長さの異なる長短の二剣――極東の島国に置いて「刀」と呼ばれている――を持ち、その背には無骨な濃紺の翼を背負っていた。

 グラスゴーに似ているが、グラスゴーでは無いナイトメアがそこにいた。

 

 

『き、貴様! 異教徒……ッ!?』

 

 

 最後まで言えなかった、何故なら言葉を発し始めた次の瞬間には蒼のナイトメアが目前にいたからだ。

 さらに次の瞬間には手足を斬り飛ばされ、小爆発を繰り返しながら倒れた。

 殺されかけた母と娘は、呆然とそれを見上げることしか出来ない。

 

 

 その時、蒼のナイトメアのコックピットが開いた。

 空気を抜くような音と共に背中の一部がせり上がり、蓋が開くようにスライドした。

 中から出てきたのは、母娘が想像していたものとはまるで違う存在だった。

 

 

「……遅くなってごめんなさい、怪我はありませんか?」

 

 

 聞こえてくるのは流暢なアラビア語だ、だが言葉を発したのはアラブ人では無い。

 肩のあたりで揺れる黒髪、意思の強そうな黒瞳、濃紺のパイロットスーツで覆った細い肢体。

 しなやかさと強さを感じさせるその少女は、明らかにアジア系だった。

 だが何故だろう、母娘はその少女に神々しさにも似た何かを感じた。

 自分達には無い何かを持っていると、そんなことを本能的に思ったのである。

 

 

『姉さん!』

「何、ロロ? 残敵の掃討と消火、救助作業は?」

『そこは問題ないよ、皆も頑張ってるし……でも』

 

 

 一方の少女は、至って普通に通信に応じていた。

 まるで家族からの電話に応じるかのような気軽さで通信に応じた彼女は、今度はブリタニア語を操っていた。

 しかし柔らかな表情も、通信先から来た言葉で引き攣ったような表情に変わった。

 

 

『アイツが来た!』

「げ」

 

 

 そして不意に風が吹いた、自然の風ではあり得ない煽るような風だった。

 原因は明らかだった、少女は風から身を守るようにしながら天を仰いだ。

 そこに、白騎士がいた。

 

 

 薄緑の翼を広げて空に浮かぶそのナイトメアには、以前には無かった物がある。

 左肩にぺイントされたオリーブ冠を巻いた地球儀のマークは、そのナイトメアがここ2年で新たに発足した国際組織の所属であることを示している。

 すなわち各国拠出の軍隊により構成される、国際平和維持軍(ピー・ケー・エフ)――――。

 

 

「――――青鸞!」

 

 

 少女と同じようにコックピットを開いて外に出たのは、やや色素の薄い茶髪の少年――いや、青年だった。

 ちなみに隣に深紫の重装甲KMFが浮いていて、開いたコックピットからピンクの髪の少女がヒラヒラと親しげに手を振って来ているのだが……まぁ、それはこの際無視するとしよう。

 とにもかくにも青年の存在を視界に納めて少女、青鸞は笑みを浮かべた。

 

 

「キミ達の行動は昨年合意されたトーキョー憲章に違反している! それに各国正規軍・平和維持軍に所属しないナイトメアの所持は違法だ、速やかに武装解除して投降してほしい。身の安全は僕が保障する!」

「いやもう本当、毎度毎度言うことに変化が無いと言うか……!」

 

 

 ここまで来ると本当に笑いしか出てこない、だから青鸞は行動した。

 ジャンプするようにシートに飛び乗り、コックピットを閉じてしまう。

 呆然としていた母娘に風を一陣送って、空へと飛翔する。

 

 

 白騎士と向かい合う頃には、彼女の周囲には見たことも無いような無数の航空戦仕様のナイトメアが集結していた。

 その中には見覚えのある金色のヴィンセントもあって、そして眼下の町の火はとっくに消されていた。

 人間業では無い素早い鎮火だ、だが青鸞達には不可能な速度では無い。

 彼女達の機体の左肩に刻まれた飛び立つ大鳥のような紋章が、その証明だった。

 

 

「さぁ、皆……逃げるよ!」

『うん、姉さん!』

『『『イエス・ユア・ホーリネス!』』』

 

 

 蒼の天使が白騎士と一合斬り結んだ直後、青鸞に従うナイトメア達が白いチャフスモークを展開した。

 白騎士に従っていた部隊はそれで混乱する程ヤワでは無かったが、何故か敵を全てロストしてしまった。

 まるで神隠しにであったかのように全てが消えてしまう、物理現象を無視したあり得ない事態だ。

 だが枢木青鸞のグループと関わると、こういうことは良くあることだった。

 

 

『……また逃げられた』

「そうだね」

 

 

 スモークが晴れた後、そこには誰もいなかった。

 眼下には鎮火した町、可及的速やかに治安を回復して負傷者を救助しなければばらない。

 まぁ、そもそも彼らはそのために来たのだが。

 

 

「でも、いつか捕まえて見せるよ……それがルールだから」

『……そう、好きにすれば良い』

「ああ、好きにするさ。それが僕のすべきこと……いや」

 

 

 コックピットの中で微笑んで、青年……スザクは、妹の消えた夜空を見上げていた。

 その瞳は、どこか優しさを孕んでいた。

 この世界のどこかで、饗団と言う家の母となった妹。

 目を閉じれば、饗団の子供達と笑う少女の声が聞こえてくるような気がした。

 

 

「それが、僕のやりたいことだからね」

 

 

 枢木スザクと枢木青鸞、同じ家に生まれながらまるで逆の人生を歩む兄妹。

 2人の間には多くの人間がいて、多くの運命があって、そして多くの関係があった。

 だが生涯、この2人の関係は「敵」と呼べるものであった。

 常に反対の陣営にいて、交わることも無く、互いを鏡にし続けた。

 

 

 しかしそれでも、確かなものもあった。

 それは、2人の関係はある一時から憎悪の一色で染められてしまったが、最後までそれだけだったかと言えば、一考の余地があっただろうと言うことだ。

 そしてそれは、今後数十年間続くことになる。

 

 

 ――――2人の兄妹の宿命は、まだ始まったばかりだった。




 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 そんなわけで、2年後の世界の一幕を描きました。
 世界はまるで何も変わっていませんが、それでも少しだけ良くなりました。
 良くなろうとしている、と言った方が正しいのかもしれませんね。

 何の救いにもなっていませんけど、そう言うことの積み重ねが大事なのでは無いかな、と、そんなメッセージを込めてみました。
 そしてスザクと青鸞の諍いで始まったこの物語は、やっぱりスザクと青鸞の今で締めるのが一番良いかな、と思いました。
 プロローグとエピローグ、さて、どこかに変化があったでしょうか。

 もし変化があったのなら、それがこの物語の全てです。
 ほんのそれだけのために、現実時間で8ヶ月を頑張りました……なんて。
 そんなことを、思ったりして。

 さて、次の更新からは噂の(?)R3編です。
 本編とはまるで何も関係ない中編、と言うより独自設定の短編集ですので、気楽に楽しんで頂ければな、と思います。
 それでは、またお会いしましょう。

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