コードギアス―抵抗のセイラン―   作:竜華零

53 / 65
オリキャラ間のカップリングがあります、ご注意ください。
では、どうぞ。


TURN22:「決戦 前夜」

 カゴシマ基地を攻略した時、実の所、青鸞はここが独立派の恒久的な拠点になるとは思っていなかった。

 まして、諸外国の勢力も入り乱れる反ブリタニアの拠点になるとは想像もしなかった。

 だが今、カゴシマ基地は国際反ブリタニア勢力の最後の正規拠点になりつつある。

 

 

『我々は今、反ブリタニアと言う一点で同盟の契りを交わしている』

 

 

 カゴシマ租界の旧市庁舎、ブリタニアが欧州調の迎賓館を改装して使用していたその大ホールに、ルルーシュ=ゼロの独特の声が響く。

 彼はいつものように仮面を被り、紫と黒の貴族趣味な衣装を纏い、ワイングラスを持っていた。

 ワイングラスの中で、赤い液体が揺れる。

 

 

『しかしそれは非常に危うい繋がりだと私は考える、友であり敵でもあると言う関係は、すぐ側にまで迫ったブリタニアとの戦いにおいては致命的な隙になりかねない』

 

 

 ブリタニアとの戦い。

 すでにブリタニアはEUと中華連邦の領土の大半を飲み込み、七つの海はブリタニア皇帝の支配下に落ちつつある。

 敵はもはや、世界全てと言っても過言では無い。

 世界地図とブリタニア帝国の版図が重なる日も、そう遠くは無いはずだった。

 

 

『我々は団結しなければならない。個々ではもはやブリタニアには敵わないと言うことを謙虚に認め、一致団結し、ブリタニアの覇権主義を打倒しなければならない』

 

 

 日本には三本の矢と呼ばれる逸話がある、正確には別の名が正しいのだが、世間一般に伝わるのは「三本の矢」だろう。

 一本の矢では折れぬが、三本の矢を折ることは容易では無い。

 要するに団結を促す言葉だ、団結した勢力を打ち破ることは簡単では無い。

 ……最も、団結を維持することも同様に困難なことなのだが。

 

 

『ブリタニアとの戦いを明日にも控えた今宵は、互いのことを知り、絆を深める良い機会だ。ブリタニアとの決戦ではもちろん、その後も互いを友として、いや同じ戦場で血を流した兄弟国として、善隣友好の道を歩んでいけることを祈って……』

 

 

 そこで、視点をルルーシュ=ゼロから広げてみよう。

 ホールの中央に立つ彼の周囲には、反ブリタニアを掲げる全ての人間がいた。

 ルルーシュ=ゼロが率いる黒の騎士団、枢木青鸞を象徴に据える旧日本解放戦線、天子を戴く中華連邦軍本隊、アイヤバ・ナヤルを司令官とするインドの潜水艦隊、そしてルルーシュ=ゼロが秘密裏に呼び寄せた東南アジアの小規模武装勢力……。

 

 

 反ブリタニアの枢軸と言えば聞こえは良いが、強大なブリタニア軍に比べて見劣りすることは事実だった。

 だがそれでも、今や世界にブリタニア軍と正面から戦える戦力は彼らしかいなかった。

 彼らが持つのは、それでも人々が「よもや」と思える程の力なのだから。

 

 

『……乾杯!』

「「「乾杯っ!」」」

 

 

 最初で最後の、宴が始まった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 物資に限りがある中、宴と言っても出来ることは少ない。

 場所こそ旧ブリタニア軍の施設で何とかなっているが、格好だけと言う面がどうにも拭えない。

 立食形式と言う形で誤魔化してはいるが、料理はとても参加者全員の腹を満たすには足りず、配られたワインやドリンクは最初の一杯以外は水だ。

 

 

 だが、それでも構わなかった。

 必要なのは「同じ釜の飯を食う」と言う行為そのものであって、内容は求められていない。

 むしろ物資不足の現状では精一杯だろう、兵や民を飢えさせないことを優先するなら特に。

 本当の「仲間」と食べるご飯なら、何であれ美味しい。

 つまりは、そう言うことだった。

 

 

「こ、この度は、このような席にお、お招き頂き、御礼を申し上げます」

「こちらこそ、今後とも末永い友誼を」

「は、はい、す、末永い、平和の園を」

 

 

 つっかえつっかえ、まさにそんな表現がぴったりな声が、小さな唇から紡がれる。

 それに笑みを浮かべて、青鸞は僅かに頭を下げて礼とした。

 身に着けているのは濃紺の振袖だ、窮状にある組織や民を意識して中振袖の三つ紋。

 枢木の家紋のみを染め抜いた簡素な振袖だが、生地は良く青鸞の黒髪に映えていた。

 

 

 彼女は今、ルルーシュ=ゼロにエスコートされて各国各勢力の代表と挨拶を交わしている所だった。

 最初はもちろん、中華連邦の皇帝である天子とその司令官、星刻だ。

 最大戦力を抱えるのが中華連邦である以上、最初に言葉を交わす相手は中華連邦以外にあり得ない。

 ルルーシュ=ゼロと星刻が儀礼的に握手をしている横で、青鸞は天子と言葉を重ねていた。

 天子は翡翠色のイブニングドレスに身を包んでいた、薄く白い肩が儚げで美しい。

 

 

「こ、この国難に際し、立場や生まれを近しくするわた、私達が、手を取り合って」

「……ええと、普通に話して頂いて結構ですよ?」

「す、すみません……」

 

 

 慣れない社交場で義務を果たそうと、あわあわする天子は可愛らしかった。

 だから青鸞は笑みを見せて、天子の手をとった。

 作法には反するが、相手の過ごしやすさを考慮するのも日本式だ。

 手を取られた天子は、微笑を浮かべて指を握ってくる。

 

 

「あの、枢木さまは」

「青鸞で構いませんよ、天子様」

「あ、はい……青鸞さまは、自分で戦場に出ることに出来る方なんですよね?」

「ええ、まぁ……でも、戦場に出れたからと言って」

 

 

 ふ、と微笑を浮かべて。

 

 

「……守れないことの方が、多いですよ」

「それでも、尊敬します。私は、何も出来ないから……」

「そんなことは、無いですよ」

 

 

 戦場に出て守れるもの、守れないもの。

 戦場に出ないことで守れるもの、守れないもの。

 先程天子は「立場や生まれを近しくする」と言ったが、そんなことは無い。

 そこに、差など本当は無いのだ。

 

 

「中華連邦の皆さんは天子様を戦場に出さずに済むよう、必死に戦っているのでしょう」

 

 

 天子の手を取って星刻を見れば、彼は小さく頷いてきた。

 皆、天子のことが好きだから。

 天子が「天子様」だからでは無い、同じ艦に乗り、砲弾の雨に耐え、自分に回された物資を兵のために使い、傷つき倒れた兵士の姿から目を逸らさずに手を取って涙する。

 そんな天子だから、中華連邦の兵士達は天子を守るために戦うのだろう。

 

 

「だから、そんなことを言わないで」

「……はい」

 

 

 はにかむように笑った天子には、可憐という言葉が良く似合った。

 本当に、中華連邦の人々が守りたいと思う理由が良くわかる。

 時間が来たのだろう、星刻に促された彼女は青鸞の手をぎゅっと握ると。

 

 

「あ、あの、もし良かったら、その……私と、お友達に」

「……はい。よろしくお願いします、天子様」

「あ、ありがとう、青鸞」

 

 

 少し驚いた後に笑って頷いた青鸞に、天子も輝くような笑顔を見せてくれた。

 お友達、それはとても美しい響きだった。

 青鸞はふと、自分を「初めてのお友達」と呼んでくれた少女のことを思い出した。

 幼い頃を共に過ごし、今でも自分を助けてくれている親友のことを。

 

 

『青鸞嬢、インドの代表者が待っている』

「……そうですね」

 

 

 中華連邦の人々の中に消える天子の後ろ姿を見送りながら、青鸞は頷いた。

 ルルーシュ=ゼロの手を取り、指先を引かれるように次へ。

 

 

「これはゼロ、そしてクルルギのお嬢さん、久しぶりだね」

「――――今宵はお招きくださり、どうもありがとう」

 

 

 インドのナヤルとシュリー、資本家と聖職者の組み合わせ。

 これまた心強い味方との再会に、青鸞は心からの微笑を浮かべた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 宴と言えば、余興がつきものである。

 それも出征前の宴となれば、余興の一つも無ければテンションを維持できないだろう。

 そしてそれは、大体にしてホストする側が用意するものだ。

 

 

「ほぉぃっ!」

 

 

 軍服を脱ぎ、前掛け姿の仙波がホールの中央で仙波が蕎麦を打っている。

 藤堂や青鸞などの日本解放戦線組は知っていたが、仙波は蕎麦が打てる。

 何でも実家が蕎麦屋だったとか何だとかで、これが結構な腕前だったりする。

 物資不足の中、ナリタでも何度か子供達に振舞っていた。

 

 

 そして仙波が打った蕎麦は、千葉が茹でて次々と赤いお椀の中に放り込んでいく。

 いわゆるわんこ蕎麦と言う物で、有体に言えば大食い対決のようなものだ。

 とは言え量には限りがあるので、日本・中華連邦・インドの代表者がそれぞれ挑戦している。

 ちなみに日本の代表者は、玉城である。

 

 

「玉城ー、しっかりしなよー!」

「おぅっ、任しときなぁ! おおっと」

 

 

 わんこ蕎麦はお椀をしまわない限り半永久的に追加を入れられる、なので玉城は追加の蕎麦を慌ててかき込んだ。

 そしてそれを食べきると、朝比奈が次の追加分を入れている間に隣を見た。

 そこには中華連邦の軍人、洪古(ホン・グ)と言う大柄な男がいた。

 

 

 彼は玉城の倍、お椀を積み上げていた。

 そんな玉城の視線に気付いたのだろう、彼は横目で玉城の方を見た。

 そして玉城のお椀の数が自分に及ばないと見ると、どこか馬鹿にしたように「ふっ」と笑った。

 玉城は、カチンと来た。

 

 

「上等だぁゴルァッ! 蕎麦に関しちゃ日本人の方が上だってことを教えてやるぁっ!」

「はっ、ソバを大陸からの伝来品とも知らない日本人が生意気を言う」

「上等だぁっ!」

 

 

 勢いを増すわんこ蕎麦対決、日中の代表者の後ろにどんどんとお椀が積み上がっていく。

 70を超えたあたりで流石に苦しくなってきたのか、玉城も洪古も一旦箸を止めた。

 ちょうどその時、インドの代表者がお椀を置いた。

 玉城も洪古も内心で笑みを浮かべると共に安堵した、これでビリは無いと思ったからだ。

 彼ら2人はまぁせめて慰めてやろうと、どや顔でインドの代表の方を向いた。

 

 

「まぁ、あんま落ち込むなよ。インドにゃ蕎麦なんてねーだろうしな」

「左様、やはり文化圏の違いという物は大きいであろう」

「――――そうですね、私もまだまだ修行が足りません」

 

 

 インドの代表者は女だった、その向こうで「あははー」と苦笑するナヤルの姿が見える。

 金髪褐色、閉ざされた瞳に額の包帯。

 シュリー・シヴァースラの後ろには、玉城と洪古の2人の合計を足してなお足りぬ程のお椀が積み上げられていた。

 玉城と洪古は、言葉を失った。

 

 

「――――物珍しさから、ついつい食べ過ぎてしまいました」

 

 

 耳に残る奇妙な言葉遣いでそう言って、口元をナプキンで上品に拭いつつ、シュリーは笑った。

 

 

「皆、盛り上がってるなぁ……」

 

 

 わんこ蕎麦対決の輪の外側、ホールの壁際でそんなことを呟くのは林道寺だ。

 警備要員なのだろう、宴の席にも関わらず背中に十文字槍を背負っている。

 とは言え、具体的にやることがあるわけでは無い。

 彼は賑やかな会場を何となく見つつ、巡回も兼ねて歩き続けて……。

 

 

「おっと」

 

 

 その時、何かを踏みそうになって足を止めた。

 何かと思えば、それは槍だった。

 反射的に背中を確認する、自分の分はそこにあった。

 ならば誰のだろうか、刃が潰れている所を見ると儀礼的な槍らしいが。

 とにかくも、彼がしゃがみ込んで拾おうとした時。

 

 

「「あ……」」

 

 

 声と共に、手が重なった。

 槍の手で重なった手を負えば、中華風の赤いぶかぶかした衣装が目に入った。

 アジア系の美女がそこにいた、肩口で束ねた長い黒髪の近衛兵だ。

 張凛華、天子の護衛役としてここに来た中華連邦人だった。

 

 

 運命の出会いを果たしている者がいる一方で、いつも通りの者達もいる。

 例えば護衛小隊の面々、寡黙な榛名大和は額に鈍い汗をかいていた。

 何故かと言うと、彼もまた第一種礼装扱いの軍装を纏っているのだが、その腕に妹である雅が自分の腕を絡めているからだった。

 イブニングドレスに覆われた柔らかなそれが、むに、と大和の腕に押し当てられて形を歪めていた。

 

 

「どうかなさいました、お兄様?」

「い、いや……何も」

 

 

 耳元で囁く声が妙に熱っぽく、危ない、妹が非常に危なかった。

 特に主人には無い豊かな膨らみを押し付けてくるあたり、狙っているとしか思えない。

 鈍い汗を流しつつ大和が妹から目を逸らすと、別の人間と目が合った。

 インド人だろう、褐色の肌にがっしりとした身体つきの男だった。

 

 

 彼の名前はクリシュナ・シン、インド軍のKMFパイロットだ。

 なお、大宦官との戦いでスパイとして活躍したカンティ・シンの義兄であり、今も義妹であるカンティと宴に参加している様子だった。

 そして大和と同じようにモデル体系の義妹に腕を組まれて、いや気のせいでなければ足先を絡められているように見えるが、とにかく。

 

 

((……大変そうだなぁ))

 

 

 人種が違っても、似たような状況に置かれれば通じ合うらしかった。

 まぁ、それは別に人種によって変わるものでも無いのだろうが。

 

 

「もう、隊長……食べすぎじゃありませんか?」

「良いじゃねぇか別に、今の内にたらふく食っておいて損はねぇだろうよ」

 

 

 こちらは2人とも軍装、山本と上原である。

 ナリタから延々と戦い続けて、各地を転戦し、それでも生き残ってきた2人である。

 いつ死んでもおかしくないと言う意味では皆がそうだが、この2人もまた、いつ戦死してもおかしくない2人だった。

 

 

 だから、実はいろいろと考えていた上原だった。

 だが隊長であり士官学校の先輩でもある山本が料理に夢中で、自分の方など全く見てくれない。

 それに対して声に不満を乗せてみてもなしのつぶてだ、彼女は諦めたように溜息を吐いた。

 実は千葉に無理を言って化粧道具も借りて頑張ってみたのだが、どうも徒労に終わりそうで……。

 

 

「ほれ」

「え?」

「いや、お前も食ってみろよ。薄味だがなかなかイけるぞ」

 

 

 目を丸くして、差し出されたフォークとフォークに刺さった魚のムニエルを見る上原。

 しばらく逡巡していたが、山本に促されて、大人しく口を開けた。

 むぐ、と料理を押し込められる。

 味は、ほとんどしなかった。

 

 

「美味いだろ?」

「え、ええ……まぁ」

「そうだろそうだろ、美味いだろ?」

「はぁ……」

 

 

 まぁ、こうも快活な笑顔を見せられてしまうと、文句の一つも言えなくなってしまう。

 こう言うのも良いか、上原はそう思って笑顔を浮かべた。

 と、そんな時に。

 

 

「あ、今夜お前の部屋行くから」

「あ、はい……………………はいっ!?」

 

 

 それぞれの夜が、更けていく。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ふぅ……と息を吐きながら、青鸞はホールの外に出た。

 すでに公的な挨拶の時間も終わり、参加者がそれぞれ自由に過ごし始めたと言うのもあるが、少し外の空気を吸いたかったからと言うのもある。

 後は、普段から気にしている相手の姿が見えないので、探しに……という感じだ。

 

 

「あれ……?」

 

 

 何気なく人気の無い通路を――最低限の照明しかついていない、薄暗い――歩いていると、意外な組み合わせの2人組を見つけた。

 背中しか見えなかったが、それが誰かなどと見間違えることは無い。

 せっかくなので、声をかけようとした所で。

 

 

「草壁君は、本当に青鸞お嬢様のことを大切に想っているのだな」

 

 

 何だか聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がして、青鸞は柱の陰に隠れた。

 柱の陰からこそっと顔を半分覗かせて、通路の長椅子に並んで座る草壁と三木の様子を窺う。

 薄暗くて2人の表情は見えないが、2人の間に2つのお猪口と熱燗の瓶が1本あるのは見えた。

 日本酒など、どこから持ち込んだのだろう。

 

 

 ……それにしても、大切に想われている、と言うのは新鮮だった。

 普段から叱られてばかりで、しかも最近では信頼を裏切るような真似ばかりしてしまっている。

 声をかけられることもめっきり減ったし、てっきり愛想を尽かされたものとばかり思っていた。

 だが思えばナリタ時代からの付き合い、愛弟子として愛着の一つも。

 

 

「はぁ? 馬鹿も休み休み言って頂きたいですな、三木大佐。私があんな小娘を大切に想う? はっ、臍で茶が沸かせてしまいそうですな」

 

 

 泣きたくなってきた。

 でも、心のどこかで「ですよねー」と思う自分もいた。

 そして同時に、想像以上に気分が落ち込んでいる自分にも。

 

 

「第一、私は最初からあんな小娘を使うことに反対していたではありませんか。独り善がりで思い上がりが甚だしく、鼻高々な天狗で世間も知らず、腕も足りなければ頭も足りず、自慢できる物と言えば家の名前と顔ぐらいのもの。後、ついでに言うなら身体のメリハリが足りん、女としても未熟で泣けてくるわ」

 

 

 そ……と、何となく自分の胸元を撫でてみた。

 たぶんそう言うことでは無いのだろうが、何となく溜息を吐きたくなった。

 実際、未成熟だ。

 そして今後、もう成長の見込みも無い……コード的に。

 

 

「て、手厳しいな、草壁君は」

 

 

 何故か青鸞のいる方向をチラチラ見ながら、三木がやや引いていた。

 こちらを見ているのは、おそらく気のせいだろうと青鸞は思った。

 正直もう逃げたいのだが、下手に動くとバレてしまいそうで動けなかった。

 

 

「あの小娘と来たら、ナイトメアの操縦はそこそこ出来るが、それ以外のことはまるでなっておらん。そもそも指揮官に向いておらんのですよ、ああ言う手合いはすぐに死にます。上に歯向かい下に甘い顔をしておりますし、いざと言う時に泣き喚く顔をしておりますし、打たれ弱く目が離せない、と言うか実際に目を離した隙に攫われたり逃げ出したり……」

(すみません、もう本当、何かすみません……)

 

 

 本気で泣きたかった、三木など引くのを通り過ぎて顔を引き攣らせている。

 柱に額を擦り付けてプルプルと震えていた青鸞だが、不意に後ろから肩を叩かれて、「ひゃわっ」と変な声を上げてしまった。

 振り向けば、そこには精悍な顔立ちをした青年がいた。

 三木の副官、前園である。

 

 

「あの、こんな所で何を……」

「え? あ、あ~、いや、その……はっ」

 

 

 背後に殺気を感じて、青鸞は着物の下で滝の汗を流していた。

 

 

「こぉむぅすぅめぇ~~……」

「ご、ごめんなさぁ――いっ!」

 

 

 振り向く勇気は持てずに、青鸞はそのまま一目散に駆け出した。

 振袖を左右に振りながらの女の子走り、着物のせいか速度は無いが、しかし誰も追いかけなかった。

 

 

「全く、小娘めが……!」

「ははは、まぁまぁ」

 

 

 苦笑する三木の横、草壁が「ふんっ」と鼻を鳴らす。

 全くもって厳しいが、三木は少し違う感想を抱いているのだった。

 何だかんだ言いながら、草壁は青鸞のことを良く見ている。

 何しろ、草壁が他の人間をあそこまで批評することは無いのだから。

 

 

『草壁中佐っ!』

 

 

 そして、あんな声で草壁を呼ぶ少女も。

 だから草壁も、全く無視をしたり見捨てたりも出来ないのだろう。

 こう見えて、意外と面倒見の良い性格なのだ。

 

 

「あの小娘は全く、盗み聞きなどと日本人のすることか。後で呼び出して6時間は説教を……」

「……せ、せめて3時間にしてはどうかな?」

 

 

 ……少々、捻くれているようだったが。

 これもまた、一つの情の形だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 一方でルルーシュ=ゼロもまた、ホールを抜け出していた。

 ただ彼の場合、誰かを探すと言うよりは……こんな時でも、準備や根回しに余念が無いと言った所だろうか。

 実際、人気の無い部屋に入って秘密で通信を行っているのだから。

 

 

『ではルルーシュ、私はジェレミアとヴィレッタと共に現地の測量を済ませておく。だが本当に父上達はあのルートで来るのだろうな?』

「その点に関しては信じて貰って結構ですよ、姉上。あの男は必ずあの島に向かう、だから」

『……良いだろう。では』

「ええ」

 

 

 通信の相手は、コーネリアだ。

 彼女はカゴシマ基地にはいない、むしろキュウシュウから遠く離れた海の上にいる。

 ルルーシュ=ゼロが来るブリタニア皇帝の親征軍との戦場に設定した地で、勝利のための布石を打っている所なのだ。

 

 

 最終的な、勝利のために。

 お互いの、契約のために。

 まぁ、ルルーシュ=ゼロとコーネリアの契約の完遂のためには、いずれにしてもブリタニア皇帝を打倒しなければならないのだが。

 

 

「相も変わらず、裏であれこれ手を回すのが好きな男だな」

「黙れ魔女」

 

 

 いつもの返しをしてから、ルルーシュは後ろを振り向いた。

 するとそこには想像の通りの少女がたっていた、緑の髪の魔女C.C.である。

 彼女はいつものように感情の無い目でルルーシュを見つめていた、その視線をルルーシュも受け止める。

 しばし、沈黙があった。

 

 

 ……聞きたいことは、山のようにあった。

 

 

 例えば、皇帝と母親のこと。

 例えば、どうして自分と契約したのか。

 例えば、そもそもC.C.の契約、願いとは何か。

 例えば、例えば、例えば……挙げ連ねれば、キリが無い。

 

 

「一つだけ礼を言っておきたいことがある、C.C.」

 

 

 そう言うと、C.C.は少しだけ驚いたような表情を浮かべた。

 その顔が見れただけでも、今までを過ごしてきた甲斐があった。

 何故かルルーシュはそんなことを思った、嘘吐きで非協力的で裏切り者で秘密主義的な魔女を相手に、そんな温かさを含んだ感情を抱くとは自分でも不思議だった。

 

 

「お前はどう言う風の吹き回しかはわからないが、青鸞にコードのことを教えた。おそらくはそのことが、V.V.のコード侵食から青鸞を守る一助になったのだろう。そのことについては、礼を言っておこう」

 

 

 本当に、どう言う風の吹き回しだったのだろう。

 C.C.は当初から青鸞のことを気にしていた、コードを発現してからは特にそうだ。

 今にして思えば、いつか青鸞を殺そうとしたのはコード発現の予兆を感じ取ってのことだったのかもしれない。

 

 

 やり方は最悪だったが、青鸞を救おうとしての行動だったのかもしれない。

 不死という地獄に落ちる前に、何とかしようとしたのかもしれない。

 優しい、などと言う生半可なことでは無いのだろう。

 ただそれでも、ルルーシュは一度だけ礼を言った。

 青鸞を、大切な幼馴染を救ってくれて、ありがとうと。

 

 

「……底抜けにお人好しな坊やだな、お前は」

 

 

 それに対して、C.C.は僅かに微笑んで見せた。

 数百年を独りきりで生き続け、時として誰かの傍で何かを願い続けてきた魔女の微笑み。

 それは、魔女と言うにはどこか穏やかに過ぎるものだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「あ、こんな所にいた」

 

 

 不意に聞こえた声に、旧市庁舎の書庫の奥からぼんやりと外を見ていた少年は振り向いた。

 エネルギー消費を押さえるためだろう、宴が催されている大ホール以外は照明が薄い。

 いくつもの本棚に囲まれた書庫も今は薄暗く、窓から漏れる月明かりだけが光源だった。

 

 

 少年……ロロが振り向いた先にいたのは、本棚に手をかけるようにして立つ姉だった。

 つまり、青鸞だ。

 大ホールにいるはずの彼女は、ロロを見つけると優しく微笑んだ。

 何だか気恥ずかしくなって、ロロはまた窓の外へと視線を戻した。

 クスリと笑んで、青鸞はゆっくりとした足取りでロロの隣に立った。

 

 

「……良くわかったね、僕がどこにいるか」

「お姉ちゃんだからね」

「……本当は?」

「姿が見えないから、心配になって見に来た。でも割と探した、ちゃんとわかりやすい所にいなさい」

「ごめんごめん」

 

 

 クスクスと笑った後、ロロは元通りの静かな表情に戻った。

 その隣で、青鸞もまた静かに窓の外に視線を向ける。

 何があるわけでも無かったが、そうした。

 ただ傍にいる、それだけのことでロロは幸福を感じている自分に気付く事が出来た。

 

 

 考えていたことがある。

 それは姉が、饗団の子供達を自分の「弟や妹」だと言ったこと。

 正直、そんな風に感じたことは無かった。

 たまたま同じ組織に育てられただけの関係で、それ以上でもそれ以下でも無い。

 饗団の子、ただそれだけ。

 

 

「あ……」

「え? 何、姉さ」

「こっち、隠れて!」

 

 

 急に姉に手を引かれて、ロロは青鸞と共に本棚の影に隠れた。

 何だろうと思っていると、書庫に誰かが入って来たのだと気付いた。

 そしてそれは、ロロも知っている人間だった。

 

 

「どうした、千葉。こんな時に話など……」

「す、すみません……あの、時間は取らせませんから」

「いや、まぁ、別に構わないが」

 

 

 藤堂と、千葉だった。

 黒の騎士団、そして旧日本解放戦線における武官の代表とも言える2人だ。

 2人とも第一種礼装の軍服姿で、千葉は両手で帽子を握り締めているようだった。

 何だか様子がおかしいが、いったい何なのだろう。

 と言うか、隠れる必要性があるのだろうか。

 

 

「ねぇ、姉さ」

「しっ、静かに……!」

 

 

 上から頭を押さえつけられて、ぐ、と中腰になるロロ。

 背中で姉を支えているような状態だ、正直に言えば少し重い。

 

 

「あ、その……いよいよ、ですね」

「……そうだな、近く決戦だ。正直、戦況は厳しいものになるだろうが」

「そう、です……ね」

「ああ、はたして何人が生き残れるか……」

 

 

 そこだけはロロにもわかる、実際、ブリタニアとの戦力差は如何ともし難い。

 もちろんロロは命に代えても姉だけは守るつもりだったが、それと戦況は別問題だった。

 ロロがそんなことを考えていると、どうやら千葉は何かを決意したらしかった。

 

 

 しかし随分と言いにくいことを言おうとしているらしく、口を何度も開けては逡巡する、と言うことを繰り返していた。

 対する藤堂は首を傾げつつも、根気良く千葉の言葉を待っていた。

 そして何故か、青鸞が自分の衣服の背中を強く握り締めてきた。

 

 

「藤堂……藤堂教官、私」

「あ、ああ」

 

 

 千葉が顔を赤くしていて、それに伴い自分にくっついている青鸞の体温が上がったような気がした。

 本当に何なのだろう、ロロにはわからなかった。

 ただ、何だろう、楽しいと感じた。

 

 

「私、千葉凪沙は……藤堂教官、いえ、藤堂鏡志朗を」

 

 

 ハラハラしている様子の姉と一緒に隠れて、誰かの秘密を覗く感覚。

 それは本当に楽しくて、そして。

 

 

「……1人の男性として、愛しています!」

 

 

 そしてもし饗団の「弟妹」達も一緒にいれば、もっと楽しいのだろうか。

 ふと、そんなことを考えた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 何だか、今日は誰かの秘密を良く覗き見する日だった。

 そんなことを思いながら、青鸞はほぅ、と息を吐いた。

 先に入ったお風呂のせいでは無いだろうが、身体がポカポカと火照っていて暑い。

 

 

 草壁から逃げ、ロロと一緒に藤堂と千葉の睦言の現場から()()うの(てい)でさらに逃げ出したのはすでに3時間以上前の話だ。

 もう宴も終わり、旧市庁舎も今では静まり返っている。

 中華連邦やインドの要人達も、それぞれ自分達の母艦へと戻っていた。

 

 

『……青鸞?』

 

 

 聞こえた声に、青鸞は腰掛けていたベッドの上でビクリと両肩を竦ませた。

 そんな彼女に首を傾げ、仮面を外しながら入室してきたのはルルーシュだ。

 それもそのはずで、ここは青鸞のために用意された寝室では無く、ルルーシュの寝室であったためだ。

 だからルルーシュは、自分の寝室にいる青鸞に意外を感じたのである。

 

 

 何やら慌てている様子の青鸞を見ると、どうもいつもと様子が違うように見えた。

 髪は香油でも塗ったかのように艶やかさを増していたし、肌はいつも以上にキメ細やかで、身に纏っている衣服も以前に見た着物とはまた違うようだった。

 白百合の花弁が薄く染め抜かれた、白絹の小袖長襦袢。

 ……ああ、とルルーシュは頷いた。

 

 

「ああ、なるほど。そう言うことか」

「う、うん。いやでも、そんな声に出して言われるとちょっと」

「そうか、まぁ、そうだろうな」

 

 

 何とは無しに頷いて、ルルーシュは室内へと歩を進めた。

 緊張して身を固くしたらしい青鸞に微笑を見せて、彼は言った。

 

 

「扇のことだろう?」

「…………アー、ウン、ソウダネ」

 

 

 何故か声まで固くなってしまった、ルルーシュは内心で首を傾げた。

 だが青鸞も、扇……より言えば、ディートハルトの行動に許可を与えた扇のことは気にはなっていたのだ。

 宴の席にはいなかったし、そう言えばカゴシマ基地に戻った時にもいなかった。

 

 

「扇は今、キョウトに行っている」

「キョウト?」

「ああ。我々が戻る直前に、キョウトが……皇神楽耶が連れていったらしい」

「神楽耶……」

 

 

 ぽつり、と、その名前を呟く。

 今回の青鸞に対する騎士団内の動きに対してキョウトがどういう行動に出たか、何となくはわかる。

 特に神楽耶が自ら足を運んだと言うことは、今回の件についてキョウトが激怒していることを表している。

 

 

 今、キョウトからの支援を切られるわけにはいかない。

 だからルルーシュとしては、扇の身柄引き渡しについて了承の意を見せなければならなかった。

 ただこのタイミングで扇を更迭することも出来ないので、表向きはキョウトとの協議としている。

 元々、扇は前線指揮官タイプでは無い。

 だから突然の出張にも、騎士団内部から異論や疑念の声は出てこなかったのだ。

 

 

「扇さん、どうなるの?」

「少なくとも、黒の騎士団にはいられないだろう。とは言え闇に葬られる程でも無いから、謹慎の後、また別の形で復権することになるだろうな。どんな道を選ぶかは、扇自身だが……」

 

 

 軽く頭を振って、ルルーシュは述懐するように言った。

 

 

「……扇は、テロリストには向いていなかった。それだけのことだ」

 

 

 人が良すぎる、ルルーシュはそう締めくくった。

 そしてその意見に、青鸞は頷きはしても否定はしなかった。

 扇要と言う男は、およそテロとか戦争とか、そんな血生臭い世界に適応できる性格をしていなかった。

 心根が優しく、だからこそ優柔不断で、戦いや抵抗を延々と続けることに疑問を持ってしまった。

 扇要は、そう言う男だったのだ。

 

 

(……神楽耶)

 

 

 そして、皇神楽耶。

 青鸞の幼馴染、彼女がいなければ青鸞の抵抗はもっと以前に終わっていたかもしれない。

 だが彼女は、青鸞が戻る前にキョウトへと帰ってしまった。

 これをどう受け取るべきなのか、青鸞には聊か自信が無かった。

 

 

「まぁ、心配することは無い。お前のことは俺が守ってみせる、俺が……」

 

 

 ふと何かに気付いたように、青鸞は顔を上げた。

 ルルーシュは壁際のサイドボードに仮面を置き、自らが作り出した仮面と向かい合うように、青鸞に背を向けていた。

 サイドボードに両手をついているその様は、どこか項垂れているようにも見える。

 

 

「…………お前、だけは」

 

 

 危うい、と、思った。

 ナナリーを、最愛の妹を失ったルルーシュは、時折こう言う雰囲気を纏う。

 何かを守り抜きたい、でも自分にそれが出来るのか、はたして選んだ道は、策は正しいのか。

 1人きりで抱え込んで、独り、重圧に泣いているような雰囲気。

 

 

 そんな姿を見る度に、青鸞は胸が締め付けられてしまう。

 そして、卑怯な自分が顔を覗かせることも自覚する。

 だって、そうでは無いか。

 何故なら自分は、自分がそう言う時にすることは、出来ることは。

 

 

「……ルルーシュくん」

 

 

 囁くように名前を呼んで、青鸞はベッドの端から立ち上がった。

 小袖の襦袢の裾がシーツと擦れる音が僅かに聞こえて、ルルーシュが僅かに肩を揺らした。

 次いで、そっと……柔らかな温もりが、ルルーシュの背にふわりと触れた。

 

 

「ボクね……ずっと、考えていたことがあるんだ」

「……何だ」

「……ボクは、誰なんだろう?」

 

 

 一瞬、言葉の意味がわからなかった。

 だがその後に続けられた言葉に、ルルーシュは目を見開いた。

 

 

「ボクは、誰なんだろう。キョウトの枢木青鸞なのか、ナイトオブラウンズのセイラン・ブルーバードなのか、それとも……ギアス饗団のA.A.なのかな?」

 

 

 ――――解離性同一性障害、所謂「多重人格」だ。

 ただ通常の解離性同一性障害は外的なストレスから逃れるために自己を解離、つまり記憶や感情が切り離されて人格へと成長するのに対し、青鸞の障害はより深刻なものだった。

 何故ならそれは、コードとギアス、人智を超えた2つの力によって無理矢理起こったことだからだ。

 

 

 皇帝の記憶操作のギアスによって生まれた、セイラン・ブルーバードの人格。

 これはロロと言う偽物の弟への愛情や、ラウンズの元同僚を前にした時などに強くなる。

 そして饗団でのコード覚醒に伴い生まれた、A.A.の人格。

 これはギアス饗団のメンバーといる時に強くなる、コードの数千年の記録に押されてだ。

 ゆらゆらと揺らぐそれは、枢木青鸞と言う主人格を常に苛んでいる。

 

 

「青鸞、お前は」

「本当に?」

 

 

 ルルーシュの言葉を遮って、彼の背中から身を離す青鸞。

 何かを解くような音が、続いて聞こえた。

 それに合わせるように振り向いたルルーシュは、しかし言葉を紡げずに息を呑んだ。

 

 

「本当に、そう思うなら……ボクに」

 

 

 緩められ、少女の足元へ落ちたのは淡い色合いの帯だった。

 帯を説かれた白百合の襦袢は、押さえられることも無く、花開くように表を解く。

 白百合の下には、透けるような白い肌のみがあった。

 すでに幾度も見たそれは、ほんのりと朱色に染まっている。

 そしてそれ以上に、青鸞の頬が赤く、恥らうように朱に染まっていることに気付く。

 

 

 ルルーシュは、言葉を続けることが出来なかった。

 こちらを迎えようとするかのように両側に小さく開かれた手、その先にある柔肌から目を逸らすことが出来なかった。

 そしてそれ以上に、少女に不安に揺れる潤んだ瞳から視線を外すことが出来なかった。

 

 

「……私に、「ボク」を教えてください」

 

 

 はしたない娘と、思ってくれても良いから。

 そう呟いた青鸞に、ルルーシュは首を横に振った。

 そして彼は、何かを堪え切れなくなったかのように少女の細い身体を抱き締めた。

 抱き締め、そして少女の唇に己のそれをぶつけた。

 

 

 口吸い(キス)と言うには聊か雑なそれは、お互いの歯がぶつかる音で始まった。

 繊細な少年らしくも無く荒々しいそれに、青鸞の閉じた目の端から涙の雫が散った。

 するりと床へと落ちる襦袢、脱ぎ捨てられる漆黒の衣装、重ねられる肌、熱。

 その場で、床で、そして白く滑らかなシーツの上で、2人は。

 忘却の時間を、得ることが出来た。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ……青鸞が人目を憚るように、こそこそと自分にあてがわれた寝室に戻ってきたのは朝日が昇る直前、早朝だった。

 本当ならそうも素早く動けなかったかもしれないが、不死の身体はこう言う時に便利だった。

 だから使っていないベッドの端に腰掛けて、雅が起こしに来るのを待つことが出来た。

 

 

 そして、そっと胸元を撫でた。

 どこか満足そうで、愛しい何かを思い出すような表情。

 目を閉じて思い出すのは初めて受け入れた時の記憶、枢木青鸞としての記憶だ。

 自分の身に感じた重さと熱さ……そして心配そうに、それでいて何かを堪えるように歪む愛しい少年の顔……。

 

 

『青鸞さま、雅です』

「あ、ああ、うん。お、起きてるよ?」

『まぁ、珍しいですね。私が来るよりも早く……』

 

 

 雅がやってきて、青鸞は居住まいを正した。

 

 

「おはようございます、青鸞さま。昨夜は良くお休みなれましたか?」

「う、うん! もう、もの凄く良く眠れたよ!」

「は、はぁ……」

 

 

 完璧だ、青鸞はそう思った。

 何しろ彼女の身体は不死・停滞の塊のようなものだ、いつかルルーシュに述べたように、全てが昨夜以前と同じ状態に戻っている。

 故に後は精神的な動揺さえ気取られなければ、誰に知られることも無く過ごすことが出来る。

 そう思い、青鸞は内心でほっと胸を撫で下ろした。

 

 

「……左様でございます、か」

 

 

 しかし当の雅はと言うと、青鸞を鏡台の前に座らせながらそっとベッドのシーツを確認した。

 横目に見たそれが、一晩眠っていたにしては妙に綺麗に整えられている。

 そして彼女は、自分が櫛を通している青鸞の髪に自分の知らない香油の香りを感じた。

 ……ふむ、と頷くと、雅は青鸞の耳元に唇を寄せて。

 

 

「……昨夜は」

「え、あ、うん」

「……お楽しみでしたね?」

 

 

 数秒、時間が止まった。

 ただ止まったのは青鸞の時間だけで、雅はその後も変わらず青鸞の髪に櫛を通し続けていた。

 と、停止から櫛を通してちょうど三度目で。

 

 

「いやっ、なななな、何を言ってるのかなぁ雅は! ボ、ボクはずっとここで、ね、寝てたから」

「今朝はお召し物を着たまま、起床なされたんですね」

「え、あ、あー……そう! み、雅が来る前に起きてたから!」

「……青鸞さま」

 

 

 ふぅ、と溜息を吐きながら、雅は言った。

 

 

口吸い痕(キスマーク)と言うのは、髪や衣服で隠れる場所にしないと……」

「えっ!?」

 

 

 そんなはずは、と首の後ろあたりを押さえる。

 ぱちんっ、と乾いた音が響いたのだが、その音と同時に青鸞ははっとした。

 雅がクスクスと笑う声が聞こえてきて、かぁ、と頬が熱を持つのを感じた。

 そんな痕が残っているはずが無いのに、つい反応してしまった。

 

 

「み……雅っ!」

「うふふ、申し訳ありません。青鸞さまが、いつになく可愛らしいものですから」

「む、むむむ……!」

 

 

 恥ずかしい、とにかく恥ずかしかった。

 キョウトの娘が嫁入り前に、と言う貞操観念以前に、とにかく恥ずかしかった。

 だから青鸞は後ろを振り向くと、びっくりした表情を浮かべる雅に飛び掛った。

 

 

「きゃあっ!? せ、青鸞さま、お戯れを……!」

「み、雅だって、昨日は何かやけに大和さんにくっついてたし! 実はお楽しみだったんじゃ無いの!?」

「あっ、おやめになってくださいまし青鸞さま。そこはっ」

「ふふふ、よいではないか、よいではない……か……」

 

 

 まぁ、飛び掛ったとは言っても、抱きついて雅の着物の袷を緩めただけだ。

 それくらいならスキンシップと言うか、悪ふざけの範囲内で終わると思った。

 だが何故か、雅の着物の首元を緩めた青鸞は、急に動きを止めた。

 

 

 そして、雅の着物を直して……青鸞は何事も無かったかのように鏡台の前に座り直した。

 雅もまた、何事も無かったかのように青鸞の髪に櫛を通し始めた。

 先程とは違う意味で顔を赤くした青鸞は、視線を左右に動かしつつ。

 

 

「……お楽しみ、だったんだ……」

「ええ、まぁ♪」

 

 

 今気付いたのだが、鏡台の鏡に映る雅の顔は、やけにツヤツヤしているように見えた。

 いや、まぁ、兄と妹だろうとか何だとかいろいろあるが、近親婚が無いでも無いキョウトの家ではままあることだが、いやそれにしても。

 ……ああ言う痕のつけ方は、無いのではないだろうか。

 

 

 こうなってくると、青鸞としては何も言えなかった。

 雅は完全に青鸞が「お楽しみ」だったと思っている様子なのだが、しかし実の所、内容にかなりの違いがあるのでは無いかと青鸞は思っていた。

 そして青鸞は知らない、今この時、ルルーシュがC.C.により「ヘタレ童○」と連呼されて屈辱に耐えているだなどと。

 

 

「まぁ、首輪のような物ですわね」

「言わないでよ! 我慢してたのに!」

「申し訳ありません、うふふ……」

「はぁ、もう……ふふ、ふふふ」

 

 

 正直どうかと思うが、青鸞は笑った。

 雅も笑う、クスクスと押し殺した少女達の笑い声が寝室に響く。

 それは酷く平和な時間で、だからこそ。

 青鸞は、自分が「自分」を取り戻したことに気付いた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――ブリタニア海軍太平洋艦隊と言えば、世界最強の艦隊と名高い艦隊である。

 航空母艦2隻、巡洋戦艦4隻、駆逐艦14隻、揚陸艦8隻、医療艦5隻、潜水艦7隻、航空機約130機、陸戦用ナイトメア約300機が基本構成であり、必要に応じて増強される。

 そして今回は、ブリタニア皇帝直属の艦隊が加わっている。

 

 

 ブリタニア皇帝の直属艦隊は全てがログレス(重アヴァロン)級・カールレオン(軽アヴァロン)級の航空戦艦であり、全部で12隻、艦載されている航空戦用ナイトメアは200機を超える。

 まさに絶大な戦力であり、少なくとも他国の艦隊にこの艦隊は破れないと言われている。

 そしてその自らの艦隊の威容を、皇帝シャルルは自らの座乗艦『グレート・ブリタニア』の艦橋から見下ろしていた。

 

 

「おはようございます、陛下。昨夜は良くお眠りになられましたか」

「うむ……ビスマルク、何か変事はあるか」

「いえ、全て順調です。我が艦隊はすでにイズ海域に達しており、すでにエリア11域内に入っております。気候のせいか、やや朝靄がかかっているようですが……」

 

 

 ナイトオブワンにして腹心、ビスマルク・ヴァルトシュタインが階下からそう告げる。

 数段上の玉座に座した皇帝は、寝起きとは思えぬ程に苛烈な瞳で艦橋を見渡した。

 艦橋スタッフが朝の挨拶として「オールハイルブリタニア」と叫ぶのを興味も無さそうに受けて、それから外を確認する。

 

 

 電子窓を通じて、艦橋周囲に広がる海の様子は良く見える。

 そこには確かに白い朝靄がかかっていて、味方の艦隊の姿を視認するのがやっとだった。

 外の様子を首を左右に振ってゆっくりと確認した後、皇帝は唇の両端を上げた。

 そして、皇帝は不意に哄笑を始めた。

 

 

「へ、陛下?」

 

 

 さしものビスマルクも面食らった様子で、驚きに目を見開きながら皇帝を見上げている。

 大きく口を開いて哄笑していた皇帝は、始めた時と同じくらい不意に哄笑を止めた。

 しかし口元に浮かべた笑みはそのままに、大きく息を吸い込むと。

 

 

「全軍、第一種戦闘配備をせよ……!」

「陛下、いったい!?」

「ビスマルク、お前には見えぬのか。我らの敵は……ほれ、すでにすぐそこにまで来ておるではないか」

 

 

 皇帝の言葉にはっとしたビスマルクは、皇帝に背を向けて正面モニターを見た。

 オペレーターに気候データを入力させ、画面上から朝靄を消させた。

 予測値を頼りに計測と計算が成され、熱源を元に正しい映像を出現させる、するとそこには。

 

 

「挑んで来るが良い、ゼロよ。勝利か敗北か(オール・オア・ナッシング)、元来、世界とはそう言うものなのだからな……!」

 

 

 朝靄の晴れたその先、水平線の向こう側から上ったばかりの太陽の光に照らされる物があった。

 角のある、あるいは丸みを帯びたそれらは太陽光に鈍く煌き、ブリタニア海軍太平洋艦隊の行く手を阻むかのようにそこにいた。

 そしてその中心にいるのは、太陽にさえ染められぬ漆黒の軍勢。

 すなわち。

 

 

「黒の騎士団……!」

「ふ、ふふふ、ふふははははは、はーっはははははははははははははははははははははははっ!!」

 

 

 皇歴2019年、伊豆諸島沖。

 世界の覇権を巡る争いが、今まさに始められようとしていた。




採用キャラクター:
ATSWさま(小説家になろう):クリシュナ・シン
ありがとうございます。

 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 今話はオリキャラ同士のカップリングも絡めてみました、ほとんどは今までの話の中で絡むことの多かったキャラクター達ですね。
 今後もそう言う場面はあるかと思います、最終決戦ですから。
 でも最終決戦だけに、誰も死なない、と言う風に持っていくべきか、と言う悩みが無いでも無いわけで……うーん。

 そして私は、ルルーシュくんを卒業させないことにしました(え)。

 今話はアレです、古い言い方をするなら、ABCにおけるBです。
 ルルーシュ、キミは私の期待通りの男ですよ……と言っても、まだ高校生ですものね。
 本来なら、最後まで行ってしまうのはダメダメですものね。
 頑張って20歳まで生きて、それからですよ。
 どんまい、ルルーシュ(酷い)


『敵は、強大なブリタニア本国軍。

 規模は膨大、質は精強、おまけにボクらの後ろにはシュナイゼルとユーフェミア。

 正直、勝てる見込みはほとんど無い。

 だけど、ボク達は戦いをやめない。

 侵略者に対して膝を屈するくらいなら、最初から抵抗なんてしなかったから……!』


 ――――TURN23:「皇帝 を 討て!」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。