コードギアス―抵抗のセイラン―   作:竜華零

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TURN15:「少年 と 少女」

 ――――コルカタのとあるコーヒー店。

 クローズの看板が下げられているが、店内には未だ明かりが灯っていた。

 使用されているテーブルは一つ、座る人間は3人。

 微妙な緊張感が漂うそこは、どこか別世界のような雰囲気を漂わせていた。

 

 

「もしかしたら知っているかもしれないけれど、それでも一応は自己紹介しようか。僕の名前はV.V.、ギアスの研究機関「ギアス饗団」の饗主(トップ)だよ。好きな物は……世界平和かな?」

「疑問系で言うな」

 

 

 ポツリとツッコミを入れたのはコーヒー店の店主ヴェンツェル、何やらバームクーヘンとオレンジを生地に練り込んだシフォンケーキを切り分けている、お茶請けにでもするつもりだろうか。

 そんな2人を、青鸞は警戒しつつ見ていた。

 V.V.、ギアス饗団、穏やかでいられない単語がいくつも飛び出して来ているからだ。

 

 

 そして青鸞には、わかるのだ。

 目の前に座っているこの小さな少年が、自分と同じ存在だということに。

 C.C.に感じる感覚と同種の、しかしどこか違うと思わせる気配を持つ少年。

 ――――V.V.。

 

 

「さぁ」

「……?」

 

 

 掌で何かを促されて、青鸞はやや首を傾げた。

 その様子が何かの琴線に触れたのか、V.V.が苦笑を浮かべる。

 それが妙に年上じみて見えて、少しだけ居心地の悪さを感じた。

 

 

「キミの番だよ、自己紹介してくれないかな」

 

 

 そう言われて、青鸞は僅かに逡巡した。

 相手は笑顔を浮かべてこちらの言葉を待っているが、しかしだからと言って応じてやる義理は無い。

 無いのだが、しかし無視もどうか。

 

 

「……枢木、青鸞」

「そう、クルルギだね」

 

 

 嬉しそうに頷くV.V.に片眉を顰める、オウム返しのように名前を確認されたように思うのだが、それにしてはアクセントが妙な気がした。

 枢木、ではなく、クルルギ。

 人種や言語の差では無い、と思う。

 

 

「そしてキミは、数百年間失われたクルルギのコードを持つ者だ。そうだろう?」

「クルルギのコード……?」

「それ、さ」

 

 

 つい、と指差されたのは左胸だ。

 薄い赤のマークが刻まれたそこには、確かに「コード」がある。

 未だ何なのかもわからない、「何か」が。

 

 

「僕達は同類だよ、枢木青鸞。C.C.もだけどね、でも彼女のコードは血筋に寄らない「旅するコード」だ。その意味では、僕のコードの方こそキミに近いと言える。数百年以上も受け継がれてきたブリタニアのコード、その保持者としての僕にね」

 

 

 クルルギのコード。

 旅するコード。

 ブリタニアのコード。

 

 

 コードには複数あり、大別すると血筋によるものとそれ以外に分けられる、らしい。

 ただこれはV.V.の口ぶりから読み取れるだけで、実際にどうなのかはわからない。

 しかし、ここでふと青鸞は疑問を覚えた。

 

 

「……ブリタニアの、コード?」

「ああ、うん。ブリタニア朝もクルルギの家も、「王」の家系だからね。まぁキミについては、いろいろあるけど……それも、ちゃんと説明するよ。何しろキミは」

 

 

 にこり、と微笑して、コードを得た少年がコードを刻まれた少女を見つめる。

 

 

「キミは奇跡の存在なんだよ、枢木青鸞」

 

 

 目を猫のように細めて、テーブルに膝をつき、両手の指を絡めながら、V.V.は青鸞を見つめる。

 ただ何故だろう、視線も表情もとても優しいのに、怖いと感じてしまうのは。

 ぞわりとした、まるで巨大な蛇の舌先で頬を舐められているかのような、怖気。

 

 

「僕はね、枢木青鸞」

 

 

 青鸞の感じる怖気を知ってか知らずか、心なしV.V.は身を乗り出して。

 

 

「キミを、饗団に勧誘しに来たんだよ」

 

 

 そう、言った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「勧誘……?」

 

 

 言葉の意味はわかっても真意はわからない、そんな声音と顔を見せる青鸞に対し、V.V.は頷いて見せた。

 しかしその笑顔の頷きから得られるのは安心ではなく、不信だった。

 

 

「そもそもね、キミは僕達のことを誤解しているんだよ、枢木青鸞」

 

 

 誤解? と首を傾げる青鸞に、V.V.はもう一度頷いて見せた。

 

 

「おそらくキミはこう考えているんじゃないかな? 僕と言う存在を饗主と仰ぐギアス饗団は、オカルトに没頭する気の触れた狂信者が集まる危険な集団だ、と」

「……否定はしないけど」

 

 

 実際、コードだのギアスだのと言うものを見れば、どう贔屓目に見ても宗教的な印象を受けてしまう。

 超常の力であるギアス、持ち主に不死性を与えるコード。

 どちらも、人の手でどうこうできるものとは思えない。

 

 

 それに青鸞にコードについていろいろと教えてくれるC.C.に至っては、己を「魔女」呼ばわりしている。

 だから、青鸞がそう思うのも無理からぬことだろう。

 ましてそのC.C.やロロが稀に漏らす――弟であるロロを暗殺者として育てたり、ナナリー救出の際には饗団関係者と思しき相手がナナリー達を襲ったり――ギアス饗団の姿は、「オカルトにどっぷり浸かったキ○○イ」としか思えなかった。

 

 

「饗団はね、あくまで研究機関なんだ。ギアス、そしてその果てにあるコード、その秘密を解き明かすための学術機関。軍事組織でも無ければ悪の秘密結社でも無い、ただ純粋に、コードの解析とギアスの分析を行うだけの集団なんだ」

 

 

 それもまぁ、聞いてはいる。

 本来のギアス饗団は研究機関で、表世界の情勢に直接関わることは無いと。

 だが、ならばどうして。

 

 

「でも……いや、ならどうして、ブリタニアの味方としか思えない行動を取っているの?」

「それはまぁ、実は饗団の活動とは関係が無いんだ。どちらかと言うと僕の個人的な事情、つまり公私混同の結果だね」

「公私混同?」

 

 

 公私混同とはどういうことだろう、現状ではわかりようが無かった。

 V.V.の個人的な事情で、饗団をブリタニアに協力させていると言うことだろうか?

 もしそうであるならば、饗主の影響力と言うものは意外と強いものなのかもしれない。

 

 

 そしてもし、饗主の意思で饗団そのものを動かせるのならば……いや。

 今はそこに思考を集中させるべきでは無い、青鸞はそう判断する。

 V.V.自身に攻撃力は無いとしても、どうも仲間らしいヴェンツェルは違う。

 刀はソファの方に立てかけたままだ、つまり丸腰、油断は出来ない。

 当のヴェンツェルは、何やら自作のケーキレシピをメモに書き出していたが。

 

 

「もちろん、かつては宗教的性格を持っていたことは否定しないよ。世界各地で「何か」を崇めていた人達。それが今の饗団の母体であることは事実だし、否定しようの無いことだ。でもね枢木青鸞、キミはまるで僕の話が自分とは関係ない、みたいな顔をしているけれど」

 

 

 ギアス饗団は、コードとギアスの研究のために活動する機関。

 そしてかつては宗教的な性格を持っていた組織で、現在はトップの意向でブリタニアと協力関係にある。

 それは青鸞とは直接的には関係の無い話だ、だが実は青鸞も無関係の話では無い。

 

 

 そしてそれこそが、V.V.が青鸞を「勧誘」する最大の理由でもある。

 すなわち、彼女の身に不完全ながら発現しているコード。

 つまり。

 

 

「クルルギの家は、饗団の母体の一つなんだよ?」

 

 

 わかってる? と言いたげに首を傾げるV.V.に、青鸞は表情を変えなかった。

 つまりそれは、十分に驚いていると言うことだ。

 しかし同時に、無知を悟られまいとする防衛本能でもある。

 枢木の家について、自分があまり物を知らないことを悟られないための。

 

 

「知らなかった?」

「…………」

「うふふ、でも別に恥じなくても良いよ。クルルギの家は数百年前に断絶しているから、知らないのも無理は無いからね」

「断絶……?」

 

 

 断絶、と言う言い方が気になった。

 言うまでもなく枢木家は現存している、今でもキョウトの一員として地位と名誉と財産を継承し続けている。

 しかも数百年前とはどういうことだ、自分や父は枢木の家を正式に継いでいるのに。

 

 

「僕が教えてあげるよ、枢木青鸞」

 

 

 疑問を得た青鸞を見て、V.V.が笑みを深くする。

 

 

「他の誰も教えてくれない真実を、知識を、僕だけが教えてあげる。クルルギのことも、コードのことも、世界のことも。だからおいで枢木青鸞、キミはこの手を取るだけで良いんだ。そうすれば、キミは全てを得ることが出来るんだ」

 

 

 そっと差し伸ばされた手を一度見て、それから顔を上げて、もう一度V.V.の顔を見る。

 手を差し出した少年は、変わらない、怖気が走るような笑顔で。

 

 

「さぁ」

 

 

 試すように。

 

 

「答えを」

 

 

 それに対して、青鸞は一度目を閉じた。

 そんな彼女の顔をV.V.とヴェンツェル、男女二対の視線が射抜いていた。

 V.V.は笑顔で、ヴェンツェルは無表情に――それでいて、瞳の奥にやや不安を湛えて――そして。

 再び目を開いた青鸞は、正面のV.V.に対してこう答えた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「断る」

 

 

 発したのは、拒否の言葉。

 それに対して、V.V.とヴェンツェルの表情の変化は対照的だった。

 片や無表情、片や微かにほっとした表情を浮かべている。

 

 

 その表情の意味はわからないが、今の青鸞がV.V.の誘いを受ける理由は無い。

 というか、危険すぎる。

 一瞬「潜入捜査」と言う単語が頭を()ぎったが、危険度が高すぎるので流した。

 それに、相手の意図が読めない。

 

 

「理由を聞いても良いかな?」

「ボクはコードの解明なんてものに興味は無い」

 

 

 嘘である、自分の身体のことだ、興味が無いわけが無い。

 無いのだが、やはり危険だ。

 それにロロのこともある、V.V.から見てロロは裏切り者、ロロが何をされるかわからない。

 だから、行かない。

 

 

「嘘を吐いているね、枢木青鸞」

 

 

 だが、V.V.は口の端を持ち上げてそう言った。

 見抜かれた、嘘を吐いていると。

 

 

「僕は嘘には敏感な方でね、キミが嘘を吐いていることくらいわかるよ」

「…………」

「そして僕は、嘘が嫌いなんだ」

 

 

 表情を消して、V.V.は言う。

 すると、正面から来る圧力が増した気がした。

 武器でも言葉でも無い、ただ冷たい眼差しによる圧力だ。

 それだけのことで、口の中に渇きを覚えた。

 と言って、コーヒーを飲むために手を動かすことも出来ない。

 

 

「キミは嘘を吐いているよ、枢木青鸞。コードに興味が無いわけが無い、ギアスに興味が無いわけがない。どうしてそんな嘘を吐くのかな――――どうしてかな、枢木青鸞」

「……そんなに捲し立てていては、答えようにも答えられないだろう、V.V.」

「…………ああ、そうだね。少し興奮していたみたいだ、ごめんね、枢木青鸞」

 

 

 ……表情を柔らかなものにされても、今さらである。

 青鸞は今ので完全に警戒した、V.V.が危険な存在であると改めて認識した。

 だからもう、気を許すことは無い。

 しかし改めて思うが、今の状況は芳しくない。

 

 

 このコーヒー店はおそらく、敵の城だ。

 こうなればヴェンツェルも敵方と認識すべきだろう、そうなると先程も善意で助けてくれたのか怪しく思えてきた。

 とは言え、行動の選択肢はそれほど多くなかった。

 

 

「それにしても随分と枢木青鸞のことが気に入ったんだね、ロード・マクシミリアン」

 

 

 ちらりとヴェンツェルに視線を向けたV.V.は、不意にああ、と頷いて。

 

 

「似たような境遇だから、同情したのかい?」

「境遇?」

 

 

 V.V.の物言いはこちらに疑問を抱かせるものだ、そして青鸞は確かに疑問を持った。

 しかしヴェンツェルは黙して語らない、そう言う場では無いと認識しているからだろうか。

 それに対して、やや機嫌を直したV.V.がふふふと笑い。

 

 

「気になるなら、後で聞いてみれば良いんじゃないかな? 驚くくらい似たもの同士だからね……さて、でもどうしようかな」

 

 

 腕を組み、うーんと困ったように唸るV.V.。

 しかしその姿は困っていると言うよりは、何かを企んでいるようにしか見えない。

 見た目が子供の姿な分、仕草と雰囲気のアンバランスさがより強調されていた。

 そして、また不意にああ、と呟いて。

 

 

「ところで、枢木青鸞」

「……何?」

 

 

 話題でも変えるのか、と青鸞が身構えていると。

 

 

「ロロは、いったいどうなったかな?」

 

 

 世間話のようなノリで、青鸞のウィークポイントを突いてきた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 姉の傍には自分1人だけがいれば良いと、ロロは思っていた。

 そもそもロロの目には、姉である青鸞はお人好しに過ぎるように見える。

 その最大の理由は黒の騎士団(旧日本解放戦線含む)に……いや、日本に関わる全ての人間が原因だと思っている。

 

 

 常に何かしらの義務や仕事を青鸞に押し付けて、姉に苦労をさせて、何様のつもりなのだろう。

 姉の優しさにつけ込んで、苛々する。

 姉は優しいし真面目だから拒めないのだ、だから自分が傍にいて監視しなければならない。

 姉に余計な心労を与える相手を、優しい姉の視界の外で排除して回らなくてはならない。

 

 

「まして、恩を仇で返すような真似をする奴らなんだからね……」

 

 

 それでも姉の意を汲んで、ロロは我慢していたのだ。

 ルルーシュ=ゼロやその部下達にしても、旧日本解放戦線の者達にしても、その他の民衆や有象無象も、姉を支持して気を遣っている限りは見逃してやっていたのだ。

 姉は優しいから、哀れな連中を見殺しには出来ないから。

 

 

 だから、我慢してやっていたのに。

 

 

 無能な有象無象は無能なりに姉の、青鸞の役に立っている内はと、許してやっていたのに。

 それなのに今回のこれだ、やはり他の人間はこれっぽっちも信用できない。

 やはり自分が姉を守ってあげなくてはと、ロロは強く思う。

 自分だけは何があっても姉を見捨てない、青鸞を裏切らない、家族なのだから。

 

 

「何でもしてあげる、本当に何だって出来るんだよ姉さん。姉さんが望むことも願うことも欲しいものも、僕が全部叶えてあげるから……」

 

 

 だから姉の温もりは、優しさは、愛情は、全て自分に注がれていれば良いのだ。

 自分だけが、姉の傍にいれば良い。

 他はいらない、邪魔だ、消えてしまえば良い。

 でも姉は優しいから、自分がそんなことをすればきっと悲しむ。

 

 

 病院から青鸞を連れ出す際に憲兵を撃った時も、とても悲しそうだった。

 そこで初めて、少しだけロロの胸に痛みが芽生えた。

 罪悪感と言う痛みだ、でもそれはあくまで姉に向けられたもの。

 殺した憲兵に対しては、「死んで当然」と言う感想しか浮かばなかった。

 

 

「姉さん……姉さん……」

 

 

 温もりを与えてくれた、優しさを与えてくれた、愛を与えてくれた。

 たかだか半年の「本物」を、生涯の宝物だと言ってくれた姉。

 たった1人の、自分の家族。

 失いたくない、渡さない、分けてもやらない。

 青鸞は、自分だけの姉さんなのだから。

 

 

「雨が降ってきたのは好都合だけど……参ったな。姉さん、どこ行っちゃったんだろう」

 

 

 夜の雨の中、傘をさすでも無くロロは立ち尽くしていた。

 表情はまるで捨てられた子犬のように情けない、だが彼の手に握られた大ぶりのナイフと、彼の足元に転がった数人の男達「だった」肉の塊のせいでギャップが凄まじい。

 地面に広がる赤色の水溜りは、雨水と混ざって洗い流されつつあった。

 

 

 そしてそれは、少年の身を濡らす赤い液体についても同様だった。

 ただし服についた汚れについてはどうしようも無いので、ロロはそこについては困っていた。

 こんな姿、姉に見られたらまた哀しい顔をさせてしまう。

 しかし、仕方が無いでは無いかとロロは思う。

 

 

「姉さんがいなくてこいつらが倒れてたってことは、たぶん姉さんはどこかへ逃げたはずなんだけど」

 

 

 姉のいるはずの場所には争った痕があり、しかも見るからにチンピラの風貌をした男達が気絶していたのだ。

 何があったのかを予測するのは容易かったし、己のミスを呪いながら男達を起こし、話の端々から姉を襲ったらしいことがわかり、殺戮、そして現在に至ると言うわけだ。 

 

 

「うーん……まぁ、姉さんについては探すとして」

 

 

 ふぅ、と溜息を吐いて、ロロは振り向いた。

 するとどうだろう、表通り方面に1人の男が立っていた。

 白と紫の貴族風の衣装を纏った長身の男が立っていた、予想外の男の登場にロロが目を見開く。

 誰かがいるとは気付いていたが、まさかこの男だとは思わなかった。

 

 

「裏切り者の捕縛は」

 

 

 だが、だとすれば……と、ロロの頬に雨以外の水分が流れ落ちた。

 だとすれば、今、姉と共にいる人物は、まさか。

 身を固くするロロの雰囲気が伝わったのか、目の前の男はアンニュイな仕草で吐息を漏らして見せた。

 そして顔の左側を覆うオレンジ色の仮面の眼の部分が、機械音を立てて開く。

 

 

「……全力、で!」

「……!」

 

 

 ロロの右眼が赤く輝くのと、男の左眼が青く輝くのは、同時だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「ロロに何をしたっ!!」

 

 

 ガタンッ……椅子を蹴倒す勢いで青鸞が立ち上がると、V.V.は本当に可笑しそうに笑った。

 おかしそうに、犯しそうに、侵しそうに、冒しそうに。

 面白いものを見たとでも言いたげに、今にも腹を抱えそうな笑い声をケタケタと上げていた。

 それに対して、青鸞はますます眉を斜めにする。

 

 

「V.V.!」

「あはは、何をそんなに慌ててるんだい? 情報で聞いた時はまさかと思ったけど、キミは本当にあの出来損ないに入れ込んでるんだね」

「ロロは、出来損ないなんかじゃ……」

「出来損ないだよ、アレは。自分のギアスで時間を止めると、自分の心臓まで止めてしまうんだから。あんな意味の無いギアスもそうは無いよね」

 

 

 ロロのギアスは、効果範囲内の人間の「時間」を停止させる能力だ。

 だがそれは諸刃の剣でもある、相手の体感時間を止める際には自分の心臓の鼓動を止めなくてはならない。

 だから当然、ギアス使用による身体への負担は重い。

 

 

 しかしそれを、青鸞は知らなかった。

 ロロからすれば、姉を心配させるようなことを言う必要は無いと思ったのだろう。

 あるいは言えば、ギアスを禁止されて戦力外通告を受けると恐れたのかもしれない。

 いずれにしても、青鸞はそれを知らなかった。

 その事実は、V.V.にとってはさらに愉快なものだったようだった。

 

 

「知らなかったの? 知らなかったんだ、弟だなんだとか言って、でも嘘を吐かれていたんだね」

 

 

 ぐ、と言葉に詰まる青鸞に、V.V.は嗤う。

 

 

「辛いかい? 哀しいかい? でも大丈夫、すぐにそんな辛さも哀しみもなくなる世界が来るよ。僕達が作るんだ、僕達が創る。だから枢木青鸞、僕の手を取りなよ、僕の教えを受けなよ。それは何も恥ずかしいことじゃない、人として当然の選択なんだから」

 

 

 再び差し伸べられた小さな右手を、青鸞はじっと見つめる。

 その瞳は、拒否した一度目に比べてやや光が弱い。

 ロロに嘘を――嘘と呼べるかは微妙だが――吐かれていたと言う事実が、瞬間的に彼女の心を弱めていた。

 それにこの手を取れば、そのロロの身体を良くする方法も知れるかもしれないのだ。

 

 

 これは、悪魔の誘惑だと理性が告げる。

 先程は危険の方が大きく見えたのに、今は魅力の方が大きいように見える。

 ロロはもちろん、ルルーシュのためにも、もし饗団の中で地位を築けたのなら、もっと。

 

 

「――――それにさ」

 

 

 悪魔が、囁く。

 

 

「――――キミにはもう、居場所が無いじゃないか」

 

 

 心が、揺れる。

 そんなことは無いと言うのは簡単だ、だが現実はどうだろう?

 黒の騎士団の内部でスパイ疑惑を持たれ、しかもロロがディートハルトを撃ってしまった。

 そのロロと共に逃げてしまった自分に、あの組織の中に居場所があるだろうか?

 

 

 心の力が、弱くなる。

 そしてそれが、抵抗力を弱めてしまった。

 極めて不安定なその力が、弱くなったその時。

 

 

「ん……?」

 

 

 不意に、V.V.が差し出した右手を開いた。

 そしてその掌に、見た。

 赤く禍々しい、鳥が空へと羽ばたくようなマークを。

 ギアスの、否。

 

 

「招待するよ、枢木青鸞」

 

 

 コードの、輝き。

 認識した瞬間、左胸に刺すような痛みが走った。

 そして衣服の胸元から、V.V.の掌の輝きに共鳴するように赤い輝きが放たれて。

 

 

「僕達の、饗団(ホーム)へ」

「あ……――――!」

 

 

 次の瞬間、青鸞の視界を真紅の輝きが覆った。

 覆われ、流転し、そして転換して。

 暴力的な情報の波に、身を攫われた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 交渉については、それなりに上手くいった。

 ルルーシュ=ゼロはこの時点はそう考えていた、正確には「上手くいくだろう」の段階である。

 交渉とはもちろん、中華連邦とインドとの交渉のことだ。

 

 

 カトマンズ空港に停泊する航空戦艦ヴィヴィアン、その自室の中で仮面を外し、端末の画面を流れる文字列を目で追いかける。

 今日の交渉の議事録やそれに関連する情報、交渉はいよいよ大詰めだ。

 中華連邦やインドの代表らも、今頃はカトマンズ市内の高級ホテルで明日の交渉の準備をしていることだろう。

 

 

「シュナイゼルが国境付近(イルクーツク)に留まり続けているのが不確定要素ではあるが……いずれにしても、中華連邦の中を纏めないことにはな」

 

 

 しかし明日の交渉で合意が得られたとしても、やはり中華連邦を安定的な戦力とするためにはそれなりに時間がかかる。

 藤堂や星刻と言えども、大宦官派の崩壊で各地に割拠した軍閥を短期間で全て殲滅することは出来ない。

 半年、いや4ヶ月は見た方が良いだろうか……。

 

 

「おいゼロ! 大変だ、大変なんだよ!!」

 

 

 その時、扉を激しく叩く音が耳に届いた。

 電子ロックの扉がノックで開くはずも無い、扉横のコールで呼べば良いだろうに騒がしいことだ。

 そしてルルーシュは、その手の騒がしい男を1人知っていた。

 

 

「玉城か……何だ』

 

 

 声から相手が誰かを特定し、端末の横に置いておいた仮面を手に取り被る。

 何が大変かは知らないが碌なことでは無いだろうとルルーシュは思った、どうせ喧嘩か酒だろうが、その程度のことでいちいち呼び出されたくは無い。

 だが扉を開けると、いつも以上に泡をくった玉城の顔がそこにあった。

 

 

「やべぇよ、マジでやべぇんだってゼロぉ!!」

『だから何がだ、報告は簡潔にしろとあれほど……』

「だからやべぇんだって! ディートハルトの野郎が撃たれたんだ!!」

『何……?』

 

 

 ルルーシュ=ゼロは仮面の中で眉を顰めた、意外な相手から意外な名前を聞いたためだ。

 ディートハルトの有能さと人望の無さは今さら説明するまでも無いが、玉城は幹部の中でも特にディートハルトのことを毛嫌いしていたはずだ。

 まぁ、そもそも玉城はブリタニア人であると言うだけで毛嫌いしている男だが。

 

 

 それにしても、撃たれたとはどう言うことか。

 ディートハルトはキュウシュウにいたはずだが、キュウシュウで撃たれたのか?

 おそらく味方に撃たれたのだろうと当たりをつけてしまうのは、聊か穿ったものの見方かもしれない。

 そして、玉城が何をそんなに慌てているのかと言うと。

 

 

「しかもよ、何か扇の奴も関わってるとか何とか……」

『扇が?』

 

 

 ますますわからない、ルルーシュ=ゼロは首を傾げようとするのを寸での所で堪えた。

 部下の前で困惑などできない、だから彼はあくまで毅然とした態度を保った。

 それでも、扇の名前が出ることに疑念を覚えるのは止めようが無かったが。

 

 

「な、なぁ、ゼロ。やっぱこれやばいんじゃ……」

『落ち着け、他にこのことを知っている者は?』

「い、今の所は幹部連だけだけどよ……あ、でも解放戦線の連中は知らねぇと思うぜ。後は、憲兵の連中が多分……」

『……そうか。ではとにかく、杉山達と協力して事の真偽を確認しろ。それまではこの件に関しては他言無用だ、余計な騒ぎを起こして中華連邦との交渉に影響を与えたくない。それと、扇には私が直接確認する』

「わ、わかった」

 

 

 聊か不安ではあるが、他に人もいないので玉城に任せる。

 噂の蔓延と言う形で情報が流出することを防がねばならないが、どこまで出来るか。

 それこそディートハルトがいれば、である。

 

 

 だが、いったい何があったと言うのか。

 情報が無い今、何も出来ることは無い。

 しかしそれでも何かはしなくてはならない、だからルルーシュ=ゼロは通路を歩こうとした。

 

 

「……やれやれ、玉城は相変わらずやかましいな……」

 

 

 その時、聞き覚えのある声が後ろで響いた。

 その声の主はここにいるはずの無い人間で、しかしルルーシュ=ゼロが聞き間違えるはずの無い声で。

 最も、知っている声よりやや沈んでいるように聞こえたが……。

 

 

『――――C.C.!?』

 

 

 流石に声に動揺を含ませて振り向けば、そこには言葉の通りの人物がいた。

 通路の角に身を隠すようにして立っていた彼女は別の少女、雅に肩を貸すようにしていた。

 雅がいたことも驚きだが、どうやら彼女は半ば意識を失っている様子だった。

 見れば、C.C.の衣服も所々煤けていて、荒事を潜り抜けてきたような有様だった。

 

 

『ど、どうしたんだ、いったい』

「憲兵隊と少々揉めて、な」

『憲兵と? それよりお前はコルカタで、どうやって……ああいや、それよりも』

「そう、それよりも、だ」

 

 

 ルルーシュ=ゼロに一つ頷いて、空いた方の手で乱れた前髪を撫で付けるC.C.。

 彼女は疲れたように息を吐くと、しかし真剣な表情で告げた。

 

 

「お前の女が1人、危機に陥っているぞ」

 

 

 いつか聞いた、凄まじい偏見と誤解に塗れた言葉。

 しかし今は何故か、以前とはまるで違う意味に聞こえるのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――じりじりとした熱を頬と背中に感じて、少女は目を覚ました。

 どのくらい気を失っていたのかはわからない、肌を刺す熱と頬を撫でる風に不快を感じた。

 軽く唸りながら、地面に手を突いて身を起こす。

 

 

 だがその時、掌に違和感を覚えた。

 掌だけでなく、膝や足先にも感じる。

 そこにあったのは土のような固い地面では無く、細かな粒子で出来た頼りない地面だったからだ。

 指先から零れていくそれは、細かく乾いた白い粒子……砂だった。

 

 

「え……?」

 

 

 頬に触れてみれば倒れた時についたのだろう、そこにも砂がついていた。

 ぼんやりとした目でそれを見、指先を擦り合わせるようにしながら砂を落としていく。

 その時、熱を孕んだ風が背中から吹き抜けた。

 反射的に顔の横に手をやり、最近また少し伸びた髪が乱れるのを防ぐ。

 

 

「ここは……」

 

 

 そして風を追うように顔を上げれば、あり得ないものを見たかのように表情を引き攣らせる。

 先程までいたコーヒー店など見る影も無い、そもそも土地が明らかに違う。

 目の前には、コルカタのコーヒー店とは程遠い世界が広がったいた。

 

 

 児童公園の砂場などとは比較にならない程、細かくて乾燥した砂で構成された白と黄の山々。

 熱と砂を孕む風が常に吹いて乾いた空気を運び、日本のそれより大きく見える太陽が肌に痛みを感じる程に光と熱を降り注いでいる。

 地平線の彼方まで延々と続く、そんな世界を前にして。

 

 

「どこなの――――……!?」

 

 

 少女――青鸞は、広大な砂漠の真ん中で、叫び声を上げたのだった。

 そしてその声は、誰にも届くことが無かった――――。

 




 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 というわけで、饗団編も佳境に突入です。
 饗団の目的とかコード、ギアスに関しては謎も多いので、自分なりに解釈しつついろいろやりたいです。
 そもそも、饗団の活動やその周辺に関しては原作情報も少ないので、どうしても解釈や新要素が必要になりますよね。

 さて、どうやって遊びましょうか。
 と言うのが、次回以降の話になります。
 まだまだ頑張りますので、応援よろしくお願い致します。
 では、次回予告です。


『――――ギアス饗団。

 ずっとずっと昔から存在していた、闇の底で蠢いていた組織。

 何かを考えて、何かを望んで、何かを願っている、人の集団。

 人の、集団。

 それは、いろいろな思惑を生み出す揺り篭』


 ――――TURN16:「ギアス 饗団」


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