饗団の漢字が違うことにお気づきの方もいるかもしれませんが、携帯やスマホなどでも表示される字で一番近い字を選んでいます、ご了承くださいませ。
では、どうぞ。
インドや周辺の「植民地」で叛乱が勃発したとは言え、中華連邦の首都は未だ平穏を保っていた。
古代から「中国」と呼ばれていた地域の北部に位置し、2000万の人間が暮らす大都市「
ただペンドラゴンのような計画都市では無いため、雑然と郊外に広がる構造になっている。
よく言えば、それが歴史的な街並みと言えるのかもしれない。
「オイ止まれ、通行証を見せろ!」
12本ある放射道路の一つ、その最も外側に検問所が開かれていた。
平穏を保っていると言ってもそれは「外敵」に対してであって、内側の敵――大宦官の政に不満を持つ民衆――に対しては、常にも増しての統制が敷かれている。
専制国家の統治者にとっての敵は、外国よりもむしろ民衆なのだ。
そんな洛陽に、一台のトラックが入ろうとしていた。
地方の牛肉卸会社のトレーラー、人口の多い大都市に入るには何の不思議も無い車両だ。
中華連邦軍の兵士に止められたそのトラックの後方には数百台の多用な車両が並んでいる、検問待ちの渋滞と言った所だろうか。
「吉林省から……? また妙な所から来たな、ご苦労なこった」
「中身は牛肉か? それにしては随分とでかいトラックだな」
「なぁおい、適当に終わらせて早くカードの続きしようぜ」
運転席側の窓から差し出された通行証を適当に眺めながら、兵士達がそんなことを言った。
ただその動きは緩慢で、あまり仕事に対してやる気が見られない。
後ろの渋滞の多くはそんな兵士達の態度によって作られているのだが、彼らはそんなことを気にも留めていなかった。
まぁ、しかしそれにも例外がある。
「……んぁ? お、悪いな。へへ……」
通行証が差し出された運転席の窓から、もう一つ別の物が差し出された。
それは一見通行証を受け取るために差し出されたように見えるが、服の袖に10枚程の紙幣が仕込まれていた。
通行証を渡しながら、兵士の男がそれを受け取る。
もちろん通行料が必要なわけでは無い、これはそれ以外に
「おい通せ、道を開けろ!」
そして、他の車と比して随分と早く検問を抜けることが出来た。
これが例外、いつの時代も変わることが無い光景だ。
兵士達が誘導する中――むしろ、興味を失った様子で――トラックが進む。
そして検問を抜けた所で、運転手……南が、ほう、と深く息を吐いた。
「ふぅ……荷台の中を見せろとか言われたらどうしようかと思ったぜ」
「やる気の無い人達で助かったわね」
助手席に座っていた少女もほっと安堵の吐息を漏らしている、そして彼女は被っていた帽子を脱いで。
「急ごう、南さん。早く朱禁城に行かないと、手遅れになっちゃう」
「おう、そうだなカレン。ちょっと飛ばすぞ」
アクセルを踏み込んだ南と、加速のGでシートに背中に押し付けられるカレン。
窓の外を見るカレンの瞳は、遠くの戦場を思って細められていた。
遠くの、仲間達を。
◆ ◆ ◆
その戦艦は、
緑色を基調とした装甲に覆われたそれはピラミッドのような形で、星刻軍と叛乱軍が戦闘を行っている地点から山脈一つを隔てた場所に停泊していた。
そしてそのピラミッドの直上に留まる形で、航空戦艦アヴァロンが存在していた。
『ほほ、ほほほ、これはこれはシュナイゼル殿下、このような場所までご足労頂けるとは』
『賊軍の討伐など、我らにお任せあって朱禁城でお楽しみ頂ければよろしかったですのに』
「いや、
そう応じるのは、ブリタニア第二皇子にして帝国宰相のシュナイゼルである。
傍らに副官であるカノンを侍らせ、オペレーターの席にはスザク専属の技師でもあるセシルとロイドもいる。
アヴァロン正規のメンバーとも言うべき布陣であって、しかも今はスザクの他にラウンズを2人も擁している。
そしてブリタニアが何故ここにいるのかと言えば、第一皇子と天子の婚姻と同時に結ばれる条約の基本合意書を交換するためだ。
まぁ、先遣隊と言うか、地ならしのような役割である。
極秘での訪問だったので知る者も少なく、まして中華連邦の内乱に介入するとは思わなかったろう。
「よろしいのですか、シュナイゼル殿下?」
「ん? 大宦官の側から要請されてはね。彼らとしてはブリタニアの爵位を得る以上、私に媚を売っておいて損は無いということだろうし」
そう、大宦官がわざわざ前線近くにまで出張っているのは、要するにシュナイゼルへの媚だ。
叛乱軍を見事撃滅する所を見せて心象を良くしようと言うのだろうが、それはカノンからすれば不快を感じるのだった。
ブリタニア貴族としては醜悪で、中華連邦の大宦官としては売国行為だったからだ。
ましてこれでは、シュナイゼルを己の立身出世の道具としているとしか見えない。
「それに、父上もどうやらロシア方面で部隊を動かしているらしいしね。泥沼の紛争を避ける意味でも、ここで叛乱軍には消えて貰った方が良いだろう?」
「皇帝陛下が……モンゴル方面ですか?」
「まぁね……まぁ、まさか黒の騎士団が参加しているとは思わなかったけれど」
一方で、大宦官にとっても重要な局面であることには違いが無かった。
星刻のクーデターを利用してシュナイゼルに取り入り、ブリタニアでの地位を磐石の物にしようと言う醜悪な野望がその根源だ。
何しろ星刻のクーデターを鎮圧したのもブリタニア軍、ナイトオブラウンズなのだ、その姿勢はもはや中華連邦の臣とは言えないだろう。
だが彼ら大宦官にとっては、中華連邦と言う国も民もどうでも良い物なのだろう。
必要なのは己の立身出世であり、権勢であり、己自身なのだから。
そんな彼らをこそ、醜悪と言うのだろうか。
しかし世界にはそう言う人種が存在するのだ、確かに、そこに。
「ふふふ、インドの愚民共もたまには役に立ってくれるな」
「確かに。シュナイゼル殿下がいるタイミングでの叛乱、最初は肝を冷やしたものだが」
「何、星刻に任せておれば問題は無いわ。叛乱を起こすインドの愚民など、家畜以下の存在よ……おお、カンティ、お前のような従順な者は別だぞ。我らも従順な犬を愛でる風流は解しておるからの」
地上戦艦
思い通りに行くことが面白くて仕方が無いのだろう、己の栄達だけを信じて疑わない者の笑い声だ。
艦橋スタッフ達は誰も顔を上げない、努めて無表情に目の前の職務に励んでいる。
そうしなければ、何かを吐き出してしまいそうな顔色の悪さで。
その中で1人だけ笑みを浮かべる者がいた、大宦官の1人に声をかけられた「従順なインド人」だ。
周囲が漢民族である中1人だけの異人種で、胸まであるだろう金色の髪を編み上げた女性将校だ。
20代前半の若さとメリハリのある身体を窮屈な軍服に収めたそれは、見るからに男受けしそうな印象を受けた。
「大宦官さま、星刻隊が賊軍本隊と本格的な戦闘を始めたようです。どうぞ他のことは気にせず、正面モニターにご注目ください」
「おお、そうかそうか。ほほ、星刻も良く動く」
「天子の命がかかっておるからな、健気なものでは無いか、ほほ……」
「ほぉーほほほほほほほほっ!」
大宦官の下卑た声が艦橋に響き、周囲の兵達の顔色がさらに悪くなる。
その中でただ1人、オペレーターを務める女性……カンティと呼ばれた女性将校だけが。
……ギラリと、瞳の奥に不穏な輝きを宿していた。
◆ ◆ ◆
外交や交渉において、相手の事情をどれだけ知っているかと言うのは重要なことだ。
相手の本音、つまり何を求めているのか、どこまで妥協できるのかを知っているのといないのとでは、その後の話の進め方がまるで異なるためだ。
そしてその意味で、青鸞の言葉はストレートに星刻に届いていた。
(私の部下から聞いた、と言っていたが……香凛か?)
可能性としては他に無い、他の部下は自分と共に捕まってしまったのだから。
もしそうであるのならば、香凛が黒の騎士団に助力を求めた理由は自ずとわかってくる。
そこに考えが至ってしまえば、黒の騎士団の方針、それすらも星刻には読めてしまう。
それだけの能力が、彼にはあった。
彼は、思慮深げに目を細めながら空を見上げた。
そこには、上空で戦闘を繰り広げる4機のナイトメアがある。
空を手に入れたナイトメアが、星刻の視界の中を舞っていた。
「――――ッ!!」
その中の1機、ダークブルーのナイトメア『月姫』の中で少女が声にならない悲鳴を上げていた。
言うまでも無く青鸞である、これまでに感じたことが無い空中制動の連続に振り回されているが故の悲鳴だ。
余りのGに胃の中身が引っ繰り返りそうになっている、が、それでも機動を止めるわけにはいかなかった。
その月姫に、新たな衝撃が伝わってきた。
歯を食い縛り操縦桿を握る青鸞の眼前、正面モニター一杯に
月姫の持つMVS相当の刀『雷切』と、敵KMF『トリスタン』のハーケン型MVSの衝突が生み出す火花と衝撃が連続で三度引き起こされる。
「~~~~っ、ヤバッ……!」
そして月姫が、それに押し負ける。
だがヤバいのはそこでは無い、押し負けて吹き飛ばされた機体に制動をかけて止まれば、北の空から赤紫色の砲撃が来る。
しかも野太い砲撃では無く、細かで無数のレーザーのような砲撃だ。
一つ一つがある程度の変化を伴う物で、青鸞はそれを全て回避するために、胃の内容物を再び自らシェイクしなければならなかった。
右と左の操縦桿をそれぞれ別方向に動かし、足首でペダルを操作し、噛み合わせた前歯の間から小さく唸り声を上げ続ける。
みっとも無いが、生き残るためには仕方が無かった。
「――――っ、あ……もうっ!!」
『悪いね、こっちも仇討ちって奴があるからさ』
ビームの群れを回避すれば、その先にトリスタンがいる。
良い連携だ、憎らしい程に。
モルドレッドの砲撃で追い込み、機動力で勝るトリスタンで打つ。
正直、キツい。
だが、とも思う。
今トリスタン、つまりジノは「仇討ち」と言った。
それの意味する所は一つしか無い、「セイラン・ブルーバード」の記憶がその答えだ。
太平洋上の戦いで消息を絶った皇子と騎士、それについて言っているのだろう。
「喜ぶべきなのかな、それは!」
叫んで、トリスタンのハーケンを刀で弾く。
スラッシュハーケンで牽制し、右腕の内蔵砲で距離を稼ぐ。
青鸞とセイランは同一人物なのだが、同時に別人でもある。
哀しさと嬉しさが混ざり合う複雑な心境で、青鸞は操縦桿を強く押し込んだ。
『藤堂!』
『渡河作戦はまだ完遂していない! ここで私達が抜ければ、自由インド軍の前線は一気に崩れるぞ!』
『わかっている!』
一方でヴィヴィアン艦橋、ルルーシュ=ゼロは藤堂の報告に歯噛みしていた。
突然のブリタニア参戦、ディートハルトをキュウシュウに残していたのは間違いだったかと後悔する。
これで当初の計画は破綻した、ブリタニアの圧力がそれをさせないだろう。
可能性が費えたわけでは無いが、厳しくなったことは間違いない。
現在、藤堂と四聖剣は新型KMF『暁』――藤堂の機体は『斬月』だが――と呼ばれる量産機を駆って前線に出ている。
これでブリタニアがいなければ問題なかっただろうが、今は敵方にブリタニア軍の空戦仕様ヴィンセントの部隊がいる、藤堂達がいなくなれば渡河中の自由インド軍は良い的になってしまうだろう。
『護衛小隊はどうした!』
「ち、地上から援護を……」
「
「大変です!」
嘆息するラクシャータの脇、オペレーターの女性が悲鳴のような声を上げた。
ラクシャータの長椅子の端でピザを食べていたC.C.が軽く眉を顰める程の大声で、ルルーシュ=ゼロも似たような声で「どうした」と問い返した。
それに対しての返答は、こうである。
「さ、左舷カタパルト、勝手に動いています!」
「どういうことだい?」
「わ、わかりません! ナイトメアが1機、勝手に……」
カタパルト、それは空戦用ナイトメアの発艦用のカタパルトのことだ。
航空戦艦であるヴィヴィアンには当然それが備わっている、だが今、それを何者かが勝手に使用していると言う。
いったい誰だ、と誰もが考える中で、しかしそれは確実に動き出していた。
◆ ◆ ◆
『だぁー、くそっ! 太平洋と言いここと言い、役に立ってねぇ!』
『やっぱり、砲戦機ではもう今後の戦闘には……』
『……諦めるな!』
中華連邦軍の指揮の乱れを突く形で、すでに一部の自由インド軍が渡河に成功しつつあった。
その中で特に先行しているのは、VTOL機による輸送で空からの対岸上陸を果たした青鸞の護衛小隊だった。
山本機、上原機、大和機の3機がそれで、上陸にもたつく歩兵部隊や
しかし彼らの乗る黎明には飛翔滑走翼も無く――装備したとして、砲戦機では航空戦に対応できない――ため、彼らは青鸞が地上で戦わない限り、地上からの砲戦支援を行うしか手立てが無いのだった。
だからこそ新型機の開発を急いでいるのだが、今回の戦いには間に合わなかった。
幸い青鸞も彼らの支援をアテにして意識して低空で戦闘を行っている、これなら何とかと思った矢先。
『……邪魔』
静かな、しかし同時にどこか怒りの感情を秘めた声が響く。
それは上空から3機の目前に急速降下してきた赤紫色のナイトメアで、3機の黎明の前で制止すると、目にあたるカメラ部分が赤紫色の輝きを放った。
同時に、装甲各部が開いて小さな無数の砲口が現れる。
それを見て、山本はコックピットの中で一言。
「……やな予感」
『当たり、消えて』
モルドレッドのパイロット……ナイトオブシックス・アーニャが冷たく発した次の瞬間、砲撃が。
『――――打撃します』
そのモルドレッドの巨体に、何かが衝突した。
シールドを張る暇も無かった、どこからか出現した敵機が赤紫色の装甲を打撃したのだ。
倒れこそしないがヨロめき、放たれた砲撃……いや、砲撃波とすら呼べる衝撃があたりを薙ぎ払った。
『どぅおおおおぉっ!?』
『な、何が……あ、アレは!?』
砲撃の煙が晴れた後、モルドレッドの周囲に飛び出して来たナイトメアの部隊に目を丸くする。
何故ならそこにいたのは自由インド軍が使用している
ただカラーリングがブリタニアとも日本とも違う、砂色の機体だった。
その肩にペイントされているのは、インド国旗。
『――――不愉快です、ブリタニアの騎士』
女の声が、聖職者の声が響く。
このインド製グラスゴーは、かつて青鸞が世界に流した設計図を元にインドが製造した物だ。
そして今、最精鋭にして最前衛として突出してきたインド・グラスゴー部隊を率いているのは、6本の腕を持つ特殊な白いグラスゴーだった。
『――――貴方達はいつもそう、優秀な人材がブリタニアにだけいると思っている』
「それが?」
聖職者――シュリー・シヴァースラの率いるグラスゴー隊が、アーニャのモルドレッドを半包囲する。
それをコックピットの中からチラリと見合って、しかし気にも留めずに六腕のグラスゴーに照準を合わせた。
無感動な心に苛立ちを乗せて、そのまま砲撃を。
『――――その傲慢、神の名の下に正して差し上げます』
「そう、興味ない」
操縦桿のスイッチを押し、怒涛の砲撃を開始した。
「……お? 何だぁ、インドがグラスゴー? どういうことだい、こりゃ」
トリスタンの中から地上を見下ろしていたジノは、戦況の変化に気付いていた。
とは言えモルドレッドがいつにも増して砲撃を行っているので、余り心配はしていなかった。
彼が集中すべき敵は、とりあえず前方にいるのだから。
「おっとぉ」
戦闘機形態からKMFモードに機体を変化させ、ハーケン型MVSを頭上に構える。
次の瞬間、月姫の振り下ろす廻転刃刀・改の刃がMVSと衝突する。
回転する刃がMVSの表面を削り取る様を見て、場違いながらジノは口笛を吹いた。
「はは、もしかしてサシなら勝てるとか思ったのかい? それは……」
MVSの柄を捻るようにしながら刃を後方へ受け流し、そのまま槍のように振り回して反対側のMVSの刃を月姫の背中に打ち込んだ。
斬ると言うよりは打つと言う動きだ、衝撃に月姫が横に一回転する。
ここでジノは追撃に出ようとするのだが、それは防がれた。
打たれると同時に放たれていたらしい月姫のスラッシュハーケン、その巻き戻しを利用してトリスタンを牽制した一撃によって。
器用なことをする、とジノは思う。
だがラウンズ程の力があるかと言われると、少々物足りなかった。
「これが試合だったら、随分と楽しめたんだろうけどね」
苦笑すら口元に浮かべて、しかし目は僅かも笑わず――目の前の月姫、そしてその先のヴィヴィアンにその視線は注がれている――ジノは操縦桿を握っていた。
足元のペダルを緩急つけて踏み込む様は熟練の技で、フロートシステムを完璧に操っていた。
その点、陸戦に慣れている青鸞よりも一日の長がある。
(ラウンズの訓練試合でも、勝てたこと無かったしね……!)
それは青鸞も認めている所で、ナイトオブイレヴンのセイラン・ブルーバードはラウンズの中でも最弱の部類に入っていたのだ。
ちなみにジノは、ラウンズの中でもかなり上位に入る。
よって、青鸞としてはかなり苦しい時間が続いているのだった。
何より面倒なのが、ジノと戦っているせいか、セイラン・ブルーバードの記憶が刺激されて仕方が無い。
頭の奥がズクズクと痛んで集中の邪魔で、正直、キツい。
ともすれば反転してしまいそうだ、そんな場合では無いのに。
「……っあ!」
そしてそれが、ナイトメアの動きにも現れた。
一瞬の隙を突かれて、月姫の両腕に持っていた廻転刃刀・改が2本共に根元から砕かれてしまった。
コックピットサイドの鞘から刀を抜こうにも、空中でバランスを崩した状態ではどうすることも出来ない。
その隙は、致命的だった。
視覚は追いつく、が、ナイトメアと身体の動きがついていかない。
目前に迫るトリスタンのスラッシュハーケン、それでも何とか回避を試みようと操縦桿を引いた瞬間。
『姉さん!』
時間が止まった。
比喩的な表現では無く、実際に時間が停止したのだ。
ただし青鸞の時間は止まらない、つまりこれは。
「ロロ!?」
ロロである、黄金のヴィンセントが停止時間の中でも止まらないトリスタンのスラッシュハーケンを弾き飛ばして、まず月姫を守る。
そして停止時間が終わるまでにフロートシステムで飛び、トリスタンの側面からランス型MVSを振り下ろした。
『……おぉっと?』
停止時間が解ける、その刹那。
確実に撃墜していたはずの一撃を、ジノは防いだ。
防げるはずが無い一撃を防がれて、ロロはヴィンセントのコックピットの中で目を見開いた。
「なっ……反応した!?」
体感時間を停止させるロロのギアスは、本人にとってはまさに「時間を止められる」のだ。
対人戦闘に関しては、事実上無敵だ。
それなのに、ジノは反応して見せた。
『何だ? 変な動きだなお前、いきなり後ろに出てくるとか』
戦闘機モードに変形してロロのMVSをかわし、一気に加速して距離をとった。
そして再びKMFに変形、ロロのヴィンセントに対して臨戦態勢を整えた。
尋常で無い反射神経は、青鸞とは違う「本物のラウンズ」の実力が成せる技か。
それを見て、本職のパイロットでは無いロロは唇を噛んだ。
そして、想う。
姉を助けられるのは自分だ、姉を守れるのは自分だ、姉を救えるのは自分だ。
だからあんな奴に、負けるわけにはいかない。
自分には、そのための力があるのだから。
姉のために使う力にこそ、意味があるのだからと。
「ロロ……!」
ジノと戦闘に入ったロロに呼びかけて、体勢を整えた月姫が飛翔しようとする。
だがそれは、後方から放たれたエネルギーの弾丸によって阻害されてしまう。
側面へ滑るようにしてそれを回避して振り向けば、そこには。
◆ ◆ ◆
――――ヴァリスを構えたランスロット、つまり、兄がいた。
上空で睨み合ったのは数瞬だったように思う、次の数瞬には切り結んでいたから。
まず月姫が下から一合目を放ち、続いての二合目は側面に回り込んだランスロットが放った。
コックピット横から抜いた刀を盾に、ランスロットの蹴りを捌く。
「相も変わらず、ブリタニアのために戦ってるわけだ……!」
『キミこそ、大勢の人と巻き込んで戦乱を広げている』
「ああ、そう!」
右の操縦桿を押し込む、すると機体は左回転で刀を振るった。
すでにソード型のMVSを抜いていたスザクは、それを逆方向から放って刀を受け止めた。
青空の中で赤白い火花が散り、衝撃が操縦桿を通して互いの手に伝わってくる。
そしてこの話題について、もはや2人は接点を見出せるとは思っていなかった。
命よりも大事な物があると言う側と、命よりも大事な物は無いと言う側。
この2人、スザクと青鸞は噛み合うことが無い。
それでも。
『――――戻れ、青鸞!』
「戻る? どこに!?」
『ブリタニアへ、ラウンズへ』
「正気?」
ランスロットの蹴りで放された所、腕の内蔵砲での射撃を行う。
だがそれはヴァリスの弾丸に弾き負けてしまい、青鸞はさらなる回避を行わなければならなかった。
しかしナイトメアの操縦以上に、青鸞はスザクとの会話に力を割いていた。
スザク自身の動きも妙だった、月姫の重要な機関を狙ってこないのだ。
もしかしたなら、ルルーシュのギアスの影響なのかもしれない。
『キミは、そんな所にいちゃいけない!』
「だったら! どこなら良いの!?」
どこにいれば、貴方は満足なのか。
「勝手に決めるな、それに!」
メインモニター正面、剣と刀が火花を散らす向こうに白の騎士がいる。
しかし実は、スザクに対しての想いもすでに純粋なものでは無い。
枢木青鸞にとっては、スザクは父親の仇のままだ。
だがセイラン・ブルーバードにとっては、スザクは「自分を守ってくれる人」なのである。
剣先が鈍る、それに対して青鸞は唇を噛んだ。
「それじゃあ、貴方が父様を殺した意味って何なの……!?」
戦争を止めるため、そしてルルーシュとナナリーを守るため、それからもう一つ。
青鸞を、ブリタニア皇帝の手に渡さないためでは無かったのか。
だと言うのに、今はブリタニアに戻れと言う。
そんなことに青鸞が頷くと、本当に思っているのか。
思っているのだとすれば、救いようが無いと思った。
スザク……そして、青鸞にとっても。
救いの無い話じゃないかと、思いながら。
『じゃあ、青鸞。キミの居場所はルルーシュの所にあると言うのか?』
「何を……」
『メーラトの暴動』
不意に出た単語に、青鸞は眉を顰める。
だがスザクは続けた、努めて冷静さを強いているような声音で。
接触を続けながらの会話は、まだ続いている。
『アレは、ゼロが……ルルーシュが、仕掛けたことじゃないのか?』
――――ギアスを使って。
「……!」
『キミ達には、もしかしたら正義があるのかもしれない。でも青鸞、メーラトの暴動では子供が死んでいる、死んでいるんだよ。それでもキミは、自分達の正義を行うことに疑問を感じないと言うのか?』
「それを」
そんな可能性、考えたことも無い。
なるほど、確かにルルーシュのギアスならばそれも可能だろう。
だけど、と青鸞は信頼する。
だって、そうでなければルルーシュの「戦う理由」が汚れたものになってしまうから。
「ブリタニアが、言うな……!」
激昂して操縦桿を押し込んだ刹那、すぐ傍を赤紫色のナイトメアが通り過ぎた。
急速に上昇したそれは、護衛小隊やインド軍の追撃を振り切ったモルドレッドだ。
両肩の装甲をスライドして4連ハドロン砲を連結した状態、その照準が後方――ヴィヴィアンを狙っていることを悟った青鸞は、操縦桿を引こうとして出来なかった。
目の前に、ランスロットがいる。
「――――ル……ゼロッ!!」
『――――終わり』
出来たことと言えば、通信で注意を呼びかけることぐらい。
次の瞬間には、モルドレッドの砲に赤紫色のエネルギーが収束を始めた。
数秒後には発射されるだろうそれに、青鸞は心臓を掴まれるような思いがした。
モルドレッドのシュタルクハドロンの威力は、戦艦1隻を沈めるに足る物があるのだから。
そしてエネルギーが放たれ、次いで爆発が起こった。
だがその爆発は想像よりもかなり手前、モルドレッドの目前で起こった。
具体的には、直上から叩き込まれた大剣によってシュタルクハドロンの砲身がヘシ折られ、暴発したエネルギーが爆発を生んだのである。
通信空間にアーニャの小さな悲鳴が響き、ジノとスザクが一時的に動きを止めた。
「あ、アレは……」
赤黒い爆煙の中から、シュタルクハドロンの砲撃を止めた存在が姿を現す。
それは空よりも濃い青のカラーリングを施されたナイトメアで、ブリタニアタイプのナイトメアでありながら日本製の飛翔滑走翼を装備していた。
シュタルクハドロンの砲身を叩き折った大剣を両腕で構えるその姿は、ともすれば重騎士のようにも見えた。
『『「「ラグネル!?」」』』
複数の声が同じタイミングで響く、事実、それはナイトオブイレヴンの搭乗機であるナイトメアだった。
太平洋からそのままヴィヴィアンに収容されていた機体、青鸞が月姫に乗っている今、いったい誰が乗っているのか。
それは。
「ナイトオブラウンズ……父上の剣か。だが」
ボリュームのある紫の髪、唇を彩るルージュ、大きくも鋭い紫炎の瞳。
左眼に輝くのは、呪われた赤い輝き。
その女のことを、人々はこう認識するだろう。
「今、私の剣先は父上にも向けられているぞ……!」
ブリタニア第2皇女、エリア11総督、帝国の戦女神。
『閃光』の後継者。
――――コーネリア・リ・ブリタニア、と。
◆ ◆ ◆
ここで、少し時間を遡らなければならないだろう。
青鸞やルルーシュがクリケットの試合を終えたあの日、バンク・オブ・コルカタの本店前の通りに立っていた、コーネリアとの再会の時間まで。
遡らなければ、ならないだろう。
「仮面を取れ、ルルーシュ」
バンク・オブ・コルカタの一室、服の端から雨の雫を滴らせながらコーネリアがそう告げた。
雷鳴だけが照明のその部屋で、コーネリアはルルーシュ=ゼロに仮面を取るように告げる。
赤いギアスの紋章が浮かび続ける左眼が、ルルーシュの一瞬の躊躇を見て細められた。
「面倒なことをするな、ルルーシュ。私はこの半年間『饗団』にいたのだ、今さらお前の正体に疑問を持ったりはしない。そして私のギ……「これ」は、人の目を見て発動する物でも無い。だから顔を見せろ、我が義弟クロヴィスを殺した男の顔を、見ておきたい……」
『……そうか、全てを知っていると言うわけだな』
そこまで言われてしまえば、ルルーシュとしても仮面に固執する必要は無い。
仮面を外し、ギアス抑制用のコンタクトレンズをつけ、改めてコーネリアを見る。
コーネリアのギアス――よほど嫌っているのだろう、「これ」呼ばわりだ――が視線を交わして発動する物では無いことは、コーネリアの気質からわかっている。
問題はギアス饗団にいたと言う言葉だろう、見る限りでは、望んでいたわけでは無さそうだ。
ならば逃げ出して来たのか、1人でか誰かの手を借りてか。
いずれにしても、何か事情があることは予測できる。
そしてその事情のために、ルルーシュに会いに来ただろうことも。
加えて言えば、彼女はルルーシュが知りたがっている情報を持っていると言うことでもあった。
「クロヴィスを殺したか」
「……ああ、俺が殺した。この手で」
「……ナナリーのためか?」
「ああ」
「そうか」
確認の言葉に頷けば、コーネリアはマントの下からいつぞやの剣型の銃を取り出した。
その銃口を、ルルーシュに向ける。
元よりクロヴィス殺害犯を討つためにエリア11に赴任した女性だ、その行動におかしな所は無い。
だが、それをさせるはずも無い。
「……クルルギの娘、か」
「…………」
どこかに置いてあったのだろう、食事用の銀ナイフを手に青鸞が立っていた。
コーネリアの首筋に銀のひんやりとした感触が広がる、だが彼女はそれを全く気にしなかった。
鬼気迫っている、そう感じた。
だがそれに怯んでやる程、青鸞は初心な小娘では無いつもりだった。
「貴女は、ボクの大切な人を殺した」
卜部のことだ。
セキガハラでコーネリアのランスに貫かれた場面を、青鸞は今でも思い出すことが出来る。
だが、それに対してのコーネリアの返答は冷たかった。
「お前も、私の部下を殺したな」
グラストンナイツのリーダー格、腹心ダールトンの息子。
セキガハラで青鸞に自分を守った部下が斬られた場面を、コーネリアは忘れたことは無い。
不毛な議論だな、と思うのは、唯一距離を置いているC.C.だけだっただろう。
そしてコーネリアは、そんなC.C.の視線に気付くと。
「お前がC.C.か」
「……だったら、何だ?」
「別にどうもしないさ、V.V.には世話になった……いろいろとな」
碌なことでは無いだろうな、そう思ってC.C.はコーネリアから視線を外してルルーシュを見た。
その視線を受けてと言うわけでも無いだろうが、ルルーシュはコーネリアの銃口を冷たく見据えて。
「本題を話せ、コーネリア。まさかこんな所まで恨み言を言いに来たわけでは無いだろう」
「……ふん」
鼻を鳴らして、銃を下ろすコーネリア。
それに合わせて青鸞もナイフを下ろす、瞳に剣呑な色を浮かべたままだが、とにかく下げた。
「私はユフィを救う、ギアスの呪縛から解放する」
「なら何故ここに来た? 貴女の才覚ならエリア11に戻ることくらい、簡単だろう」
「腹の探り合いをするつもりは無い、ルルーシュ。わかっているだろう、ユフィをギアスの呪縛から解き放つためには、元を断たねばならない」
「元? 饗団を潰すと?」
ルルーシュは笑みを浮かべた、それはルルーシュが考えていたことでもあったからだ。
とは言えルルーシュとしては、饗団については壊滅よりも利用する方向で考えていたのだが……。
「違う」
だがコーネリアはそれを否定した、ルルーシュだけでなく青鸞も僅かに首を傾げた。
そんな2人と、そしてC.C.に対して、コーネリアはある言葉を告げた。
それは、物事に対して公正な彼女らしい言葉だった。
すなわち諸悪の根源はギアスでも、饗団でも無く――――。
◆ ◆ ◆
――――大したものだ、とルルーシュ=ゼロは思った。
ヴィヴィアンの艦橋、戦況を見つめ続けながら彼はラグネルを駆るコーネリアの動きを見ていた。
ルルーシュの母后マリアンヌは、かつて『閃光』と呼ばれたナイトオブラウンズの騎士だった。
コーネリアはそんな母に憧れてナイトメア乗りになった、そしてその実力は。
(閃光のよう、か……)
仮面の中で目を細めるルルーシュのことを、C.C.だけが見つめている。
先程左舷のカタパルトから勝手に出撃したナイトメアはラグネル、太平洋で鹵獲してから乗り手がおらず、格納庫に収容され続けていた機体だ。
状況としては強奪だろう、だがそれはルルーシュとコーネリアの間で交わされた密約なのだ。
その内容は、まさに互いの利害が一致したからこその物。
「諸悪の根源、父シャルルとその兄、V.V.を討ち――――ユフィを取り戻す! そのためには……お前達は邪魔だ、円卓の騎士!!」
『ど、どうして、ラグネルが……!?』
そうコックピットの中で叫び、コーネリアがランスロットに突進する。
ギアスも饗団も、所詮は物であり組織でしか無い、それを恨んでも意味は無い。
人だ。
それを扱う人の意思が変わらない限り、同じような悲劇は永遠に生み出され続ける。
故にギアスと饗団を悪用し、暗躍している皇帝シャルルとV.V.を討つ。
どの道コーネリアはこの両者がいる限り日の下を歩くことは出来ない、攻勢に転じて反撃し、抵抗の末に討ち果たさなければ、道は開けない。
だから彼女は一時的にルルーシュや青鸞と手を結んだ、己自身が感じている怒りや復讐心を押さえ込んで。
『おいスザク! どういうことなんだ、アレにはセイランが乗っているのか?』
「い、いや、違うと思う。でも、この強さは……!」
元々ラグネルは、白兵戦を想定された機体だ。
それ故に大剣を振り回して粉砕しようとするスタイルはコーネリアに嵌まっていて、よりスマートな戦い方を得意とするスザクとランスロットにはやりにくい相手だった。
スザクには相手パイロットの正体はわからない、が、強いとは感じる。
その意味では、スザクもまた純正のラウンズとは言えないのかもしれなかった。
「……邪魔」
主砲装備を破壊されはしたが、モルドレッドもまだ健在だ。
コックピットに警告音が響く中、表情を不機嫌に歪めたアーニャが全身のレーザー砲塔の照準をラグネルへと向けた。
ジノとスザクの通信からアレが敵のナイトメアだとわかっている、だから容赦はしない。
もちろん、ラグネルを駆るコーネリアもそれには気付いている。
とは言えスザクとの戦闘に集中している今、背後のモルドレッドにまで気を割いている余裕は無い。
だからこのまま放っておけば、撃墜されてしまうだろう。
放っておくか?
否、それが出来ないのが……。
「はああああぁぁ――――っ!」
青鸞と言う、娘だった。
スザクの圧力から逃れて体勢を整えた彼女は、冷静さを取り戻すと共にやるべきことをした。
卜部が見たら、褒めてくれるだろうか。
そんなくだらないことを考えながら刀を振り下ろし、モルドレッドの砲撃を止める。
「……っ、何!」
苛立つように叫び、アーニャは操縦桿のボタンを弾いた。
次の瞬間にはモルドレッドの全身を半透明のシールド――ブレイズルミナス――が覆い、月姫の振り下ろした刀が外面に当たりスパークを引き起こした。
ガードされるだろうとは思っていたが、MVS相当の刀でさえビクともしないとは。
(アーニャも、ボクより強かったもんね……!)
そんなことを思って、唇の端を笑みの形に歪めかけたその時。
異変が、起こった。
それは衝撃的な異変で、そしてすでに何度か経験している感覚だった。
暴虐の波の中に、汚濁の海の中に、成す術なく投げ落とされる感覚。
視界の中で現と虚が揺れて、彼方から女達の声が聞こえる。
未だにこちらが持っている清らかさを羨望するかのように、泣き続ける女達の声。
そして、紋章。
ギアスの、紋章――――。
(な……な、に……?)
(この、声……は、っ!?)
その声の中に、ふと知っている声が紛れていた。
物静かで、それでいて今は困惑に揺れていて、そして鉄の人形の向こう側にいる声。
それは、つまり。
(……アー、ニャ……?)
(…………セイ、ラン?)
2人の精神が、混線する。
コードを伝わって一瞬だけ絡んだ糸は、結ばれる前と同じようにすぐに解けてしまって。
次いで、世界が砕けた。
心の、世界が。
『――――青鸞!?』
そう、現実の世界で自分を呼んだのは誰だろう。
恩師か、先輩か、幼馴染の少年か――――……あるいは。
もしか、したならば。
◆ ◆ ◆
中華連邦軍旗艦『
メインモニターに映るのは、渡河作戦を思うように遂行出来ずにいる自由インド軍の姿だ。
グラスゴーの投入には驚かされたが、それも一部の戦況を変えただけ。
全体として、中華連邦軍の優勢に変わりは無い。
何しろ物量が違う、漢民族中心で構成されている以上、裏切りも――少なくとも、大宦官達の感覚では――無い。
だから、艦橋には大宦官達の笑い声が響き続けていた。
「ほほ、ほほほほ……見ろ、あの無様な様を。所詮は家畜、狼に吼えられて逃げ惑っておるわ」
「星刻も存外にやる、だが戦が終わればもう用済みよの」
「案ずるな、天子の命を握っている限り奴は何も出来ぬ。しかし星刻も変わった奴よの、天子の代わりなどいくらでもいると言うのに。ほほ、ほほほほ……」
聞くに堪えない、艦橋スタッフの表情からはそんな感情が滲んでいる。
実際、彼らにしても今さら天子への忠義などで動く気も無いだろう。
だがだからと言って、大宦官程にあけすけに欲深に生きるつもりも無い。
飢えた人民を踏み躙り、天子に寄生して甘い汁を吸い続ける汚濁に塗れた生。
欲深で、醜悪で、見るに耐えない醜い生き物。
あれが本当に自分達と同じ人間なのかと疑いたくもなってくる、だが逆らうことも出来ない。
逆らえば、明日は我が身。
大宦官の酒の肴として、野犬に食い殺されるなど御免だったからだ。
「大宦官さま、第122歩兵大隊が孤立しています。司令部に救援要請が来ていますが、如何致しますか」
その時、オペレーターのインド人女性、カンティがそんな報告をした。
大宦官達はあからさまに表情を嫌悪に歪めた、気分の良い所に間の悪い話をするなと言いたげだった。
だが他の艦橋スタッフにしてみれば、それは無いだろう、と言う空気だった。
何故なら今報告に上がった第122歩兵大隊は、大宦官達の指示で前進した部隊だったのだから。
戦況の好転に気を良くした大宦官達が攻勢を命じ、先行した部隊。
司令部の作戦に従った上での危機、いやそうでなくても、救援を求める友軍がいれば何らかの対処を施すのが司令官と言うものだろう。
援軍を送るなり、撤退を支援するなり、まぁいろいろだ。
「構わん、捨て置け」
「そのような不愉快な報告、聞きたくないわ」
「全く、余計なことを……おお、敵の右翼が崩れたぞ!」
「ほほっ、ほーっほほほほっ、良いぞ、良いぞ!」
しかし大宦官達は、その何れも選択しなかった。
ただ聞かなかったことにした、無かったことにした。
そして再びメインモニターを見て、逆渡河をかけつつある自軍の優勢に再びはしゃぎ始めた。
それを、艦橋スタッフは唖然とした表情で見つめている。
相当だと思っていたが、まさかここまでとは……と。
「し、しかし、あの……救援の通信が」
「そのようなもの、通信を遮断すれば良い」
「は……は……」
通信担当の将校が額に鈍い汗を流している、彼が片耳に当てている通信機からは、第122歩兵大隊からの悲痛な救援要請が響き続けているのである。
友軍が助けを求める声、いや単純な死への恐怖から来る絶叫、それが聞こえているのだ。
しかし大宦官には、それが全く届いていないらしかった。
「だ、大隊には、600名の友軍が」
「だからどうした、600人の兵士など、後でいくらでも補充できるであろう!」
癇癪を起こしたような大宦官の声に、通信官が身を竦める。
「貴様ら兵士など、いくらでも代えの効く人形よ。何人死のうが知ったことでは無いわ」
「人民などいくらでも湧いてくる、虫のようにな」
「左様左様、貴様ら虫は虫らしく、選ばれた者の養分となれば良いのだ。ほほ、ほほほほほ」
「すなわち、我らのな。ほーっほほほほほ……」
世界最大の人口を誇る国、中華連邦。
専制国家の頂点に立つ者にとって、末端の数百人など省みる必要も無いものなのだろう。
だがそれでも、末端の人々には意思があるのだ。
幸福に生きたいという、意思が。
「貴重な弁舌、感謝するぞ――――大宦官」
その時、艦橋に別の澄んだ声が響いた。
え、と誰もが顔を動かした先に、1人の男がいた。
長い黒髪に引き締まった身体、ぴったりとしたパイロットスーツに剣を持った若い男だ。
その顔を知っているのだろう、大宦官達の顔が驚愕に歪んだ。
「し……星刻!? 何故、ここに!?」
「き、貴様! 前線にいるはずでは……」
慌てて振り向けば、やはり星刻の部隊は自由インド軍との戦闘の渦中にある。
星刻の機体も同じことで、メインモニターを見る限り、星刻がここにいるはずが無かった。
だがここにいる、その現実を大宦官達は認めることが出来なかった。
そして出来ない間に、艦橋に兵士達が雪崩れ込んできた。
機関銃を手に駆け込んできた彼らの軍服に書かれた所属は――――第122歩兵大隊。
大宦官の策で危機に陥っていた彼らを星刻が救い、そのまま行動を共にしたのだ。
「メインモニターに映る戦況は偽物だ、大宦官。貴様らは最初から、目の前の戦場を戦っていなかったのだ」
「なっ……そんなはずが! 戦況は確実にオペレートされていたはず!」
「そ、そうだ。偽物の映像など、どうやって……」
はっ、と顔を上げたのは大宦官の筆頭格、趙皓だ。
彼の視線は真っ直ぐに、「戦況をオペレート」していたカンティの方を向く。
艦橋スタッフが第122歩兵部隊の兵士達に銃を突きつけられる中、1人だけ銃を突きつけられることなく座っている女。
「か……カンティ! 貴様、計りおったか! 目をかけてやったものを、取り立ててやった恩を仇で返すか、この卑しい家畜の、人非人め!!」
先程の自分達の言動を省みることも無く、趙皓はそう喚いた。
それに対して返って来たのは、先程までの笑みを消した、冷淡なカンティの視線だった。
「恩? お前たち大宦官に受けた恩なんて一つだけよ。――――私の義兄の父親を、四肢を牛に引かせて引き裂いて殺した、それだけ」
「貴様の義父の命など、我らに比べれば塵にも劣る! そのようなことで逆恨みをするとは、恥を知れ!!」
「そこまでにして貰おう、趙皓」
腰を上げかけたカンティを手で制し――彼女の正体は、反主流派のスパイだ――星刻は剣先を大宦官に向けた。
「先程の言動、そして今のこの状況は、カンティによって中華連邦中に報じられている。程なく暴動が起こり、大宦官排斥の運動となるだろう。そして、お前達が似合いもしない前線にまで出て媚を売ったブリタニアにも……な」
「な!?」
事実、竜胆の上に陣取っていたアヴァロンが少しずつ移動を始めていた。
それだけは真実の映像としてカンティが映し出し、大宦官に見せた。
離れていく、自分達を見捨てて離れていく。
その様に、大宦官達の表情に絶望が広がっていく。
「だ、だが……まだ、天子がいる。天子が我らの手にある限り……!」
「見苦しいぞ、趙皓! この期に及んで、まだ天子様を愚弄するか!!」
剣を手に大喝しつつ、星刻は内心で「しかし」と思った。
信頼する部下が頼った人間、事情を知っていると告げた少女。
こちらを味方に引き入れ、ブリタニアと戦う術を得るために何が必要かを知っているだろう者達。
そんな者達を頼らねばならないこの身を、星刻は情けなく思うのだった。
◆ ◆ ◆
デカン高原の戦い、その開始から10時間が経過した頃――――洛陽、いや朱禁城の一部が俄かに騒がしくなった。
一部に留まっているのは、デカン高原の戦いの趨勢を知る者が僅かだからだ。
だが機密を知ることが出来る一部とは、つまる所権力者だと言うことだ。
「む……」
天子の寝所を擁する朱禁城の養心殿、そこでまさに天子の寝所の前を守護する女性、張凛華がふと顔を上げた。
もう何日寝ずの番をしているのか、目の下に深い隈ができているが……槍の柄を握り締めるその手は力強かった。
足裏にかける体重を微妙に変えつつ、頭上で回転させた槍を振り下ろすようにして構える。
その槍先にいるのは、自分と同じ禁軍の衣装を纏った男性兵達――ただし、あちらは大宦官派だが――さらにその後ろに、先日追い返した高級官僚達の姿がある。
遠く、また人の壁の向こうにいるため見えにくいが、どうも泡を食って慌てている様子だった。
血走った目で、先頭の官僚が何かを叫んでいる。
「天子を、天子を確保しろ! 天子さえいれば……いや、殺せ! もう殺してしまえ、もっと都合の良い人形を天子に据える! そうすればまだ、まだ……!」
何やら悲痛な様子さえ感じるが、それは凛華には関係が無かった。
彼女の役目は、天子の守護である。
まして天子に敬称すらつけず、殺せとすら叫ぶような不忠者の都合など知らなかった。
彼女は自分の役目として、許されざる者達を天子の寝所へと通すわけにはいかなかった。
「来るか……!」
狭い通路の上で槍を横に振るう、まず正面の2人を薙ぎ払う。
庭園に繋がる手すりを乗り越えて吹き飛ぶ兵士達、しかし兵士は次から次にやって来る。
先方が打ち込んでくる槍を弾き、蹴りを放って兵士を弾き、踵を軸にして舞うように動く。
1人で凌ぐには限界がある、が、それでも通すわけにはいかない。
「ええい、何をしている! そんな小娘、さっさと殺してしまえ!」
「ナイトメアを出せ!」
「何……ここは天子様の寝所。ナイトメアなど……」
だがその時、顔を上げた凛華の両サイド……
天子の寝所にナイトメアを持ち込む、慣例に照らせば死罪だ。
それだけ必死だと言うことか、だがこれで凛華が不利になったことには違いが無かった。
彼女はそれでも槍を構えつつ、一気に下がって寝所の扉に自分の背を叩きつけた。
――――お逃げください、天子様。
背中を守ったと言うよりは、中に危急を伝えるためにそうした様子だった。
何しろ相手は自分はもちろん天子をも殺そうとしていて、しかも兵達が下がっている。
つまり、
だが凛華は例えナイトメアの射線にいようと、どくつもりは無かった。
己がすべきことはただ一つ、例え薄い壁扱いをされようと、立ち続けることだ。
「――――――――!」
悲壮な覚悟で両の足を踏ん張った刹那、衝撃が来た。
射撃の衝撃では無い、爆発の衝撃だ。
焼けた鉄の欠片が周囲に散らばり、熱気が肌の上を滑る。
そして改めて視界に入るのは、溶け落ちた
ブリタニアとも中華連邦とも違うフォルムのナイトメア、どこか屈んでいるようにも見える。
屈強な足に装備されたランドスピナーが回転して庭園の土を飛ばし、通路の屋根を飛び越えて反対側へと落ちた。
そして残り1機の
「ひ、ひいいいいいぃっ!?」
「な、何だあのナイトメアは!? いったいどこから……うわああああぁぁぁっ!?」
「あ、次官殿、どちらに……く、て、撤退、撤退だ!」
炎熱の中に立つ紅のナイトメアを悪魔か何かと思ったのか、官僚達が腰を抜かしながらも逃げ出していく。
彼らの指示で動いていた兵士達はもう少し肝が据わっていたようだが、それでも逃げを選択した。
そこまで命を懸けるつもりも、無かったらしい。
「…………」
そして凛華はと言えば、やはり寝所の扉の前から動かなかった。
警戒するように槍を紅のナイトメアに向けているが、その頬には一筋の汗が流れた。
しかしその警戒は、結果的には取り越し苦労になる。
『大丈夫?』
一度だけマイク越しに声が響いて、紅のナイトメアのコックピットが開いた。
オートバイ式のコックピット内部が見えて、そこに立ち上がった赤い髪の少女の姿が見えるようになる。
少女は自分に槍先を向ける凛華を特に気にせず、そのままの姿勢を保った。
「私は紅月カレン、黒の騎士団……あーと、今は自由インド軍に協力している者よ」
「……反大宦官派と言うことか?」
「そう言うことに、なるのかしらね? 曖昧で申し訳ないけれど、一応味方……のつもり」
「信用しろと?」
「一応、周香凛と言う人の要請で天子様を守りに来たんだけど」
凛華の言葉に、カレンは肩を竦める。
実はルルーシュ=ゼロからは「隙を見て朱禁城に突入し、天子の危機を救え」としか言われていない。
それ以外の根回しについてはしていないのが実情で、だからこのまま捕縛されても文句は言えない立場だった。
凛華の立場からすると、自分はどう見えるのだろうとカレンは思う。
正体不明の存在が敵を屠った、敵の敵は味方の法則が通じれば良いが、現実的では無いだろう。
だからカレンは凛華の目をじっと見ることしか出来ない、凛華もそれは同じだった。
その均衡を破ったのは、意外な場所から現れた人物だった。
「……凛華、大丈夫ですよ。その人は味方ですから」
「
葵文麗、その名前は周香凛から聞いている。
反主流派の人間で、天子付きの後宮女官兼侍医。
今回、天子を「病気」として養心殿で保護する奇策を使ったのも彼女だ。
(でも、思ったより無個性と言うか……特徴の無い人なのね)
「それはどうも、覚えにくくて申し訳ありませんね」
「え? あ、いや……声に出てた?」
「いいえ、でも皆、似たような印象を持つそうなので」
文麗と言う女性は、思ったよりも若かった、女官や侍医と言うからもう少しお姉さん系かと思っていた。
特徴云々の話は、彼女の顔立ち自体は整っているのだが、とりたててどこが美しいと言うのが無い、「ただ綺麗」としか言えない顔立ちのせいかもしれない。
あえて言えば、底冷えするような知性を感じさせる翡翠の瞳が特徴と言えば特徴だろうか。
アジア系にしては白い肌は、袖や裾が長いロングドレスのような女官服で顔以外を全て覆っている。
基調色は赤と桃、インナーとも言えるドレス部(袖やスカート)は全て白だ。
手は袖の中、足はスカートの中に完全に隠れていて、長い黒髪は黒漆の簪で纏め、余り部分を垂らすと言う髪型に綺麗にセットされている。
両袖を合わせるようにお腹の前で手を重ねるその姿は、まさに「女官」と言う出で立ちだった。
「文麗殿、あの者は味方でございますか」
「おそらく、たぶん、きっとそうでしょう」
「文麗殿がそう言うのなら、そうなのでございましょう」
何が「そう」なのだろう、カレンは本気でそう思った。
だが凛華は文麗の言葉にこくりと頷いて。
「それでは」
その場に、ばたりと倒れた。
それに慌てたのはカレンである、彼女はコックピットの縁に手をかけて身を乗り出すと。
「ちょっ……その人、大丈夫なの!?」
「大丈夫ですよ、ただ寝ているだけですから。お気遣い有難う」
「ね、寝てる……?」
「ええ、もう何日も寝ていないので」
本当だった、目を凝らしてみると倒れた凛華の胸が規則正しく上下に動いていることが確認できる。
もしかしたら何日も寝ずに寝所の扉を守っていたのかもしれない、仲間が何か手を打ってくれていると信じて、ひたすらに。
その愚直さは、みっともないが……好感が持てた。
「……文麗……?」
そして、最後の1人が寝所の外へと出てきた。
誰かなど聞くまでも無い、扉の陰から外を窺うように出てきた小さな人影は、凛華が寝ずの番で守り続けた主君だ。
世界最大の人口を誇る連合国家、中華連邦の頂点。
「え……天子様って、そうだったの?」
女性だと言う話以外外に情報が無かった、なのでカレンにとっては、中から出てきた存在は意外だった。
何故ならば、中華連邦の皇帝、「天子」の正体、それは。
とても、とても小さな――――……。
◆ ◆ ◆
中華連邦から遠く、キュウシュウ・ブロック――カゴシマ基地。
未だエリア11統治軍と睨み合いが続くその地は、主力が中華連邦で上げる成果を待ち続けていた。
域内は平穏で静かなもので、物資不足を除けば、何の問題も見える。
「まだ下には流していない情報ですが、中華連邦での作戦、概ね上手くいったようです」
「……そうですか」
「ええ、証拠も揃えましたし……後は、帰還を待つか向こうに出向くか、まぁ、いずれにしても調度良い時期でしょう」
情報部の個室、防音が施された狭い部屋の中で、2人の人間が何度目かになる密談を行っている。
ディートハルトと扇、黒の騎士団の情報参謀と副司令だ。
ただ表情は対照的で、ディートハルトが笑みを浮かべているのに対して扇の表情は暗い。
表情を察するに、何か後ろ暗いことの片棒を担がされているような。
「扇さん、黒の騎士団の今後のためです」
「いや、だが……やっぱり、こう言うやり方は」
「非常時です、扇さん。いや副司令、ゼロの立場をより強固なものとするためにも」
躊躇する扇に、ディートハルトが囁く。
囁きを受けた側は、その囁きがどんなに黒いものであるか理解していながらも、拒めない。
拒めないように囁かれるそれは、蟻地獄のようなものだ。
「問題は旧日本解放戦線のメンバーですが、三木大佐や草壁中佐に関しては情報部で手を回しておきます。副司令には、黒の騎士団の正規メンバーの動揺を抑えて頂いて……」
自分の力ではけして出れない、蟻地獄。
扇は己の願望のために、身動きが取れなくなりつつあった。
悪意の無い良い人間であるが故に、彼は。
戦い続ける、抗い続けると言う道を歩き続けることが。
――――出来ない。
採用キャラクター:
リードさま(小説家になろう)提案:葵文麗。
ATSWさま(小説家になろう)提案:カンティ・シン。
ありがとうございます。
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
そろそろエンディングを見据えたプランニングをしないと危ない時期に来ました、超えるべきハードルの数としては……4つくらいでしょうか。
でも原作とは違う方向に持っていきたいので、いろいろ仕掛けて回収していきましょう。
はたして、私は広げた風呂敷を畳めるのでしょうか……。
そんなわけで、次回予告です。
『中華連邦の件は何とかなりそうだけど、ブリタニアがこれで引き下がるとは思わない。
きっと何かしてくると思う、けど、向こうも一枚岩では無い。
帝国と、饗団。
コインの裏表のように一体だったそれは、実は――――』
――――TURN14:「冷たい 夜 に」