コードギアス―抵抗のセイラン―   作:竜華零

41 / 65
TURN10:「巨象 の 庭で」

「――――どう言うことなのかな」

 

 

 不機嫌そうな少年の声が、薄暗い部屋に響く。

 照明のせいか薄い紫に輝いているように見えるその部屋は、玉座にも祭壇にも見える場所だった。

 豪奢な椅子の上に座る少年は、階下に膝をついている男に不機嫌そうな視線を向けていた。

 少年の名はV.V.、異常に長い金色の髪と神官のような服が特徴的な少年。

 

 

 対して膝をついているのは、白と紫の騎士服に身を包んだ男。

 長身で気品を感じさせるその姿は出身の高貴さを滲ませているが、顔の左半分を覆うオレンジ色のマスクが凄まじいギャップを生み出してもいた。

 男の名はジェレミア・ゴットバルト、かつてエリア11で名を――良くも悪くも――轟かせていたブリタニアの騎士である。

 

 

「キミがブリタニア皇族への忠誠心厚い男だって言うのはわかっていたけど、まさか彼女の逃亡に手を貸すだなんて。しかも逃がした後に戻ってくるなんて、騎士道精神もここまで来れば称賛に値するよね」

 

 

 当然、V.V.の声に称賛のしの字も入っていないことは明らかだった。

 自分の膝に肘を置いて頬杖をついてジェレミアを見下ろす視線は、どこまでも冷たい。

 

 

(本当に、ここはいったい……?)

 

 

 そんな中、ジェレミアの傍らで同じように膝をついている女性騎士が内心で冷や汗を流していた。

 高く結った銀の髪に褐色の肌、黒と紫で露出の高い騎士服。

 ヴィレッタと言う名のその女は、紆余曲折を経てここに来た人間だった。

 

 

 トーキョーで記憶喪失のまま過ごしていた彼女は、ある日ジェレミアによって連れ出された。

 そしてどんな処置をしたのかは不明だが、この不可思議な場所で目覚めた。

 移動手段はおろか位置すらもわからない、ただジェレミアに副官として連れ出されただけだ。

 ある意味では、以前の状態に戻ったとも言えるが……。

 

 

「――――そう、目くじらを立てる必要も無いだろう。V.V.」

 

 

 その時、不意に別の声が聞こえてきた。

 ビクリと肩を震わせたヴィレッタの隣、つまりジェレミアの後ろに姿を現したのは女だ。

 背中の半ばまで伸びた金褐色の髪は絹糸のような艶を放ち、海色の瞳は深く澄み、右目の下には小さな泣き黒子がある。

 

 

 肌の露出が恐ろしく少ないのに、白雪の肌と潤んだ唇、触れれば柔らかく沈み込むだろう肉付きが見て取れる。

 20代半ばだろうその女はブーツの靴音を立てながらその場に立ち止まると、隣で膝をついたままのヴィレッタに視線を向けた。

 ギアスの力を示す赤い輝きが、海色の瞳を紅に染めている。

 その眼に見つめられたヴィレッタは、怯えたように僅かに身を震わせた。

 

 

「――――……あの皇女がキミに協力するはずも無い、ならば逃がしても問題は無いだろう」

「読心かい?」

「いいや、悟りさ」

 

 

 V.V.を見据えて、さらにそれから。

 

 

「あの皇女は、きっとあの少女に接触する。そうなれば、キミにとってはチャンスだろう」

 

 

 それから、ジェレミアの背中へと視線を落とす。

 視線を受けたためか、ジェレミアは背中を晒したまま口元に笑みを浮かべた。

 自信に満ちたその笑みは、エリア11にいた頃よりも遥かに凄みを増している。

 

 

「お前か、ヴェンツェル」

「……ヴェンツェル・リズライヒ・フォン・マクシミリアン」

 

 

 笑みを見せて、ヴェンツェルと呼ばれた女は応じる。

 

 

「――――昔のように、リズと呼ぶと良い」

 

 

 闇の中で、光に当たらぬ者達が蠢いていた。

 その蠢きは歴史の闇の中に常にあり、時に光の下にいる人々を脅かす。

 この度の企ては、はたしてどのような結果を世界に示すのだろうか。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 中華連邦インド軍管区北東部、コルカタ。

 インド第3位の都市圏を有する都市であり、圏内人口は1500万人を超える世界都市の一つである。

 気温は35度に迫る程に高いが、雨季が迫りつつある現在、空は厚い雲に覆われてどんよりとしている。

 衣服が肌に張り付く程の湿気の中、コルカタの市場は多くの人々の熱気に包まれていた。

 

 

 肉の塊をいくつも吊り下げた屋台から放たれる生臭い匂いや、地面の上でそのまま屠殺される山羊の声、力なくダラリとしている鶏を何匹も下げて走る自転車、遠くから鳴り響いている車のクラクションの音、褐色の肌の男達の群れ、姦しく店主と交渉するサリー姿の女性、山羊の脳みそを捨てるバケツを椅子代わりに客を待つ屋台の店主達……。

 

 

「お、おい、また来たぞ!」

「またか! ナヤルの奴、今度こそヤバいんじゃ」

「しっ、女共を隠せ。ナヤルが引き付けてる間に……お、来た来た」

 

 

 不意に、市場の一部で人が消えた。

 その代わりと言うわけでも無いだろうが、ゾロゾロと入ってきたのは重武装の人間達だ。

 軍隊では無く警察レベルの武装だが、手にしている無骨なアサルトライフルは明らかな殺傷能力を持っている、少なくとも午後の市場には相応しくない。

 

 

 そして市場の東側に雪崩れ込んできた彼らの先頭には、兵達とは対照的な格好の男がいた。

 お腹がでっぷりと太ったその男は伝統的な赤と白の民族衣装に身を包み、お腹とは対照的にやや痩せこけた頬の顔で誰かを睨んでいた。

 誰を? それは、目の前の肉屋に座る1人の青年だ。

 褐色の肌に黒髪のインド人の青年、何事も無いかのように陶器の(チャイ)を飲んでいる。

 

 

「アイヤバ・ナヤル! 貴様、まぁだ店を閉めていないとはどう言うつもりだ!」

 

 

 苛々とした口調で男は告げる、その後ろで兵達が威嚇するように周囲の人々に銃を向けていた。

 しかしナヤルと呼ばれた青年はまるで態度を変えない、むしろチャイを美味そうに飲んで。

 

 

「親父、今日も良い味出してるな」

「へぇ、ナヤル坊にそう言って貰えると、へぇ」

「……っ! 貴様、これが目に入らんのか!? 県令が出した立ち退き命令書だぞ!?

 

 

 自分を無視して店の老人と話すナヤルに、民族衣装の男は懐から取り出した書類を広げて押し付ける。

 それには流石に青年もチラリと視線を投げかけた、と言っても、そこに何が書かれているかはすでに知っている様子だったが。

 それを確認した民族衣装の男はニヤリと笑い、鼻息荒く書類を指差しながら。

 

 

「来月、大宦官の程忠(チェン・ジョン)様がコルカタを公式訪問される。その時、貴様らのような汚らわしい者達が市場にいては不興を買ってしまう。そうなればお終いだ、わかるだろう、んん?」

 

 

 とどのつまり、「汚らわしい貧民は出て行け」と言うわけだ。

 しかし青年は全く動じなかった、そして兵達を引き連れている中華連邦人――中国人と言う意味で――の男を見、そしてやれやれと言いたげに溜息を吐き。

 普通に、受け取った書類を破り捨てた。

 

 

「きっ……きさぶっ!?」

(ガオ)のおっさんよぉ、こんな紙切れで俺達をどうにか出来ると思ってんのか?」

 

 

 嘲笑うような笑みを浮かべて、青年が空になった陶器のカップを店主に返す。

 対して民族衣装の男、高は、顔にかかったチャイを服の袖で拭いながらたたらを踏んでいた。

 その無様な様子に、周囲の人々から失笑が漏れた。

 真っ赤な顔をしてそれを睨む高、直後、彼は豚のような悲鳴を上げて尻餅をつくことになる。

 市場の子供達が投げつけた、拳大の石によって。

 

 

「このっ、この!」

「ナヤル兄を苛めるなっ、この豚野郎!」

「ば……お前ら、よせ!!」

 

 

 これに慌てたのはむしろナヤルの方だった、初めてその場から立ち上がり、子供達の方へ駆け寄ろうとする。

 しかし彼が一歩を踏み出す前に、そして他の大人達が動くよりも先に、高が連れて来た兵士の1人が子供達の首根っこを捕まえて持ち上げてしまったのだ。

 それで、周りの大人達も動けなくなってしまう。

 

 

 インドの民は、伝統を重んじる。

 その中には「無垢な子供を傷つけてはならない」と言うことも含まれる、彼らにとって子供とは仲間であり同胞であり、労働力であり戦友であり、そして庇護すべき対象だったからだ。

 だから動けない、しかしそれは同時に危険なことでもある。

 ……鬱積すると、言うことだからだ。

 

 

「こ、の……この、ぉ……!」

 

 

 そして血が流れる鼻を押さえながら、高が丸々と太った身体を地面から起こす。

 真っ赤な顔でドスドスと子供達の方へと近付き、鼻を押さえたまま一度だけナヤルの方を見た。

 先程までと違い緊張した表情を見せるナヤルにニヤリとした笑みを浮かべ、それから兵士が両腕で持ち上げる2人の子供を見る。

 むー、と可愛らしく睨んでくる子供に対して、高は実にあっさりと拳を振り上げ。

 

 

「や……っ」

 

 

 そして、同じくらいあっさりと拳を振り下ろした。

 

 

「やめろおおぉ――――ッ!!」

 

 

 飛び出す、走る、飛び掛る。

 ナヤルに必要な行為はその3つだった、しかしそれは同時にある事実を孕んでいる。

 それは全ての銃口が彼の方を向いていることからも明白で、彼が動いた瞬間に公人に対する暴漢として射殺しようとしているのが明白だった。

 

 

 だが彼は誇り高きインドの男として、子供に手を上げる人間を許せなかった。

 だから最初の一歩を迷いなく踏み込んだし、周囲にはそんな彼を助けようと兵士に飛びかかろうとする者まで現れていた。

 彼は、1人では無かった。

 だから、かもしれない。

 

 

「――――まったく」

 

 

 ふわり、と、人々の間を柔らかな風が吹いたような気がした。

 声がしたのは、高と子供達の間だ。

 ナヤルが駆け出すと同時、いやその直前に上から「落ちて」来た。

 

 

 濃紺のヘレンガサリー、ローブをイメージすれば近いが……それを頭からすっぽり被り、目元以外の顔を隠した小柄な人間がそこにいた。

 サリーの間からはチョリ(シャツ)とガーグラ(ロングスカート)に挟まれた細い腰が、薄布越しに揺れている。

 明らかに女性だ、しかも……。

 

 

「どこの国も一緒だね、偉い人のやることはさ」

 

 

 インド系に比べて肌が白い、東洋系の少女。

 ヒンディー語でもベンガル語でも、まして英語(ブリタニア語含む)でも無い言語は誰にも聞き取れないが。

 それでも高と兵士の顔面が、拳と蹴りで陥没させられたことだけがわかった――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――中華連邦(ちゅうかれんぽう)

 数十億人の人間が暮らす世界最大の連合国家、その版図は東は樺太から西はペルシアにまで及ぶ。

 皇帝である「天子」を頂点に人民の絶対平等を謳う共産主義国家であり、ブリタニア、EUと並び世界の3分の1を支配する三極の一角を占める超大国だ。

 しかしその内実は、超大国とは思えない程に疲弊し、弱り切った老大国のそれだった。

 

 

 Sick Man of Asia.

 

 

 アジアの病人、中華連邦を指してそう呼ぶ人々がいる。

 十数年に及ぶ経済的停滞と貧困化する人民、日に日に勢いを増すナショナリズムに煽られた蜂起と叛乱の頻発、繰り返されるブリタニア・EUとの国境紛争、天子を飾り物にする大宦官らの専横と政治的腐敗、経済的格差の拡大と食糧・資源不足……昔日の栄光は、遥かな歴史の向こうに消え去ってしまっていた。

 

 

 そしてその中華連邦の版図の一つ、中華連邦インド軍管区。

 中華連邦の中でも特に力強く、また中華連邦に劣らぬ歴史と伝統を持つ人々の地に。

 ――――日本の抵抗の象徴、枢木青鸞と、その仲間達はいた。

 

 

「ぎ、ぎざ……へぶっ!?」

 

 

 突如現れた東洋系の少女――無論、青鸞のことだが――の前で、高が潰れた鼻を押さえてうつ伏せに倒れこんだ。

 潰れた鼻を押さえながらも憤怒の表情で睨んだ高だったが、次の瞬間にはうつ伏せに倒れこんでしまった。

 なかなかの勢いで倒れこんだため、再び鼻の潰れる鈍い音が耳朶を打つ。

 

 

 青鸞が視線を上げると、そこには黒髪に眼鏡の東洋系の青年がいた。

 クルタパジャマと言う、上着の丈が長いインドの民族衣装を身に纏っており、平時とは異なる爽やかな印象を受ける。

 構えた拳が、高と兵を殴ったのは自分だと告げている。

 彼はどこか「やれやれ」とでも言いたげに苦笑している、それに対して青鸞は軽く舌を出して見せた。

 

 

「変わらないのは青ちゃんの方だよ、草壁中佐に知られたらコトだよ?」

「う……た、たぶん、大丈夫」

「まったく、インドでは女の子が男を殴っちゃいけないんだから……いや、日本でも褒められたことでは無いんだけど」

 

 

 変わらない、その言葉に記憶が刺激される。

 1年前、ナリタにいた頃、同じようにブリタニア軍から村の人間を助けたことがある。

 あの時も、迷うことなく銃口の前に立った。

 後で死ぬほど叱られたわけだが、それでも放ってはおけなかった。

 

 

「……おい、アレ」

「ああ、東洋人だ……中国か? それとも台湾か朝鮮の……?」

「いや、アレはたぶん……」

 

 

 その時、周囲からヒソヒソと囁き声が聞こえた。

 それは高が連れていた残りの兵達も同様だが、周囲の市場の人々の囁きの方が遥かに大きかった。

 銃を持った高の兵士達が、いよいよ不安げに周囲を見るくらいには。

 

 

「……青ちゃん」

「うん、そうだね……」

 

 

 朝比奈の声に青鸞も頷く、インドの言語はわからないが、あまり良い雰囲気ではない。

 思い返せば、日本で同じようなことをした時も歓迎されることはほとんど無かった。

 むしろ余計なことをと忌避の視線で見られることの方が多く、そのため今の状況はあまり良い状況とは言えなかった。

 

 

 しかし次の瞬間、事態は思わぬ方向へと転がり始めた。

 それも青鸞が想像していたようなことは何も起こらず、むしろ困惑をもって迎えるしかないような事態。

 つまり。

 

 

「――――お前ら、こっちだ!」

 

 

 やや訛りのある英語が、青鸞と朝比奈の耳に届いた。

 顔を上げれば、先程のインド人の青年が手を上げて市場の人々の中へと飛び込んでいる所だった。

 周りの人間が1人分の道を開けて通し、すぐに塞いで姿を見えなくする。

 それに気付いた兵達の怒号と共に、困惑したのだが。

 

 

「お姉ちゃん、こっち!」

「それからあっちだよ、早く!」

 

 

 青鸞が兵達から助けだす形になっていた子供達が――こちらは現地語だが、意味は何となくわかる――青鸞と朝比奈の手を引いてきた。

 戸惑いながらも引っ張られて、先程の青年のように市場の人々の中へと引き込まれる。

 後ろを振り向けば、すでに人の壁によって向こう側が見えなくなっていた。

 

 

「こらっ、そこをどけ! どかんか!」

「貴様ら、こんな真似をしてタダで済むと……!」

 

 

 子供達に手を引かれ、また人々の声に掻き消される形で、遠ざかっていく兵達の怒声。

 発砲しないのは、自分達の何十倍もいる人々の冷たい視線に怯えているからだろう。

 一方で青鸞は戸惑いを友としたままだった、むしろ不安さえ同居させつつある。

 まさかこの子供が自分を騙すとも思えないが、しかし行動の意味がわからなかった。

 

 

「カッコ良かったぜ、兄ちゃん姉ちゃん!」

「また来いよ、鶏の足サービスしてやっからよ!」

「ありがとう、スカっとしたわ!」

 

 

 周囲のヒンディー語の囁きに混じって、英語でそんな言葉が飛んでくる。

 それに、青鸞は驚いたように顔を上げた。

 たった今駆け抜けてきた道に声の主を求めれば、無数の顔の中に埋もれて判別も出来ない。

 だが、確かに彼らは青鸞の行動を認めたのだ。

 

 

 日本での記憶とは、違った。

 伝統を重んじるインドの民は、「義」を行った者を蔑まない。

 そして彼らには力は無くとも「集」がある、同じ階級(カースト)が集う場所だからこそなおさらだ。

 そんな中を、青鸞は子供に手を引かれて駆けて行く。

 やがて、市場の反対側の出入り口へと抜け切った。

 

 

「こっちだ!」

 

 

 人々の群れの中で一度はぐれた朝比奈とも再会し、そして出口で待っていた青年の背中を追ってそのまま駆ける。

 

 

「お姉ちゃん、ありがとう!」

「ありがとー!」

 

 

 その際、子供達の声に一度だけ振り向いた。

 笑顔で手を振る子供達の姿に、一瞬だけ日本のゲットーの子供達の姿が重なって見えた。

 ターンするように振り向いて、胸の奥に燻る小さな興奮をそのままに、走る。

 インド人の青年と、朝比奈の背中を追いかけて。

 

 

「ありがとうよ、お2人さん! 俺はナヤル、おかげで助かったぜ!」

「いやいや、こっちはこの子が飛び出しただけだからね」

「アンタは情けねーなぁ、女を前に出してどうすんだよ」

「そいつはどうも」

 

 

 そのあたり、インドは厳しいのである。

 苦笑する朝比奈の肩越しに、ナヤルは青鸞を見やった。

 彼女の真っ直ぐな瞳を見て、ふむと頷き。

 

 

「――――ガキ共を助けてくれたお礼だ! アンタら旅行者か何かだろ? どこに行きたいんだ、案内してやるよ!」

「助かるよ、実は道に迷ってたんだ」

「ははっ、だと思った。じゃなきゃ、あの市場にいねーよな」

 

 

 朝比奈の言葉に笑うナヤル、彼は再び「どこに行きたい」と問うてきた。

 それに対して少し逡巡した後、青鸞は駆け足に息をやや詰めながら答えた。

 

 

「ば……バンク・オブ・コルカタの、本店へ!」

「あ?」

 

 

 青鸞の出した名前に、ナヤルは顎先を上げて間抜けな声を上げた。

 しかしそれも一瞬のことで、青鸞と朝比奈が疑問を覚えるよりも早く回復して。

 

 

「わかった! しっかりついて来いよ、案内してやる!」

「あ、ありがとう!」

「良いさ、さっきの礼だ! ……それに」

 

 

 インド第3の都市、コルカタの下町は複雑で広大だ。

 傍らに川の女神(ガンジス)の名を冠する大河より水を受けるフグリ川、そこから引き込んだ水路を左手に見ながら、普通なら迷子になる道を迷い無く駆けていく3人。

 彼らが目指している場所は、コルカタの中心地だった――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 この時期、黒の騎士団がインドにいることには理由がある。

 一つには、「時間」が出来たからだ。

 キュウシュウにユーフェミアが強制的に攻勢をかけてくる可能性が低く、また逆に攻勢をかけられる程の力も無い。

 

 

 それによって、黒の騎士団はかつて旧日本解放戦線が構想していたことに着手できるようになった。

 すなわち、ブリタニアへの反攻に向けた戦略の進展である。

 より具体的に言うのであれば、かつて片瀬達が志向した「反ブリタニア勢力の結集」の実行だ。

 つまりブリタニアに占領されていない国々・勢力を味方に引き入れ、ブリタニアと伍する勢力を手に入れる、その第一歩としてインドを選んだのである。

 

 

『……む、どうやら来たようだな』

「姉さん!」

 

 

 コルカタを含むベンガル地方で一、二を争う大銀行の大応接室、そこには明らかに似つかわしくない仮面姿の男が顔を上げた。

 その周りにはこの会合をセッティングしたラクシャータとディートハルト、それから黒の騎士団から藤堂と千葉、仙波、そして玉城……及び、雅を始めとする青鸞の護衛小隊の面々が何人か。

 

 

 そしてそこにやって来たのが、青鸞と朝比奈である。

 特に青鸞の登場に反応したのはロロだった、何故ここにいるのかと言う周囲の空気はまるで無視して、それまでのキリキリした表情を翻して笑顔で「姉」の下へと駆けた。

 その姉は、やや苦笑してロロを迎えていたが。

 

 

「姉さん、どうしたの? 随分と遅かったけど、やっぱり僕が……」

「大丈夫だよ、ロロ。そんなに心配しないで」

 

 

 そんな会話を無表情に聞いていた千葉が、しかし朝比奈を見ると眉を動かして。

 

 

「朝比奈、遅いぞ」

「僕だけに言う所がらしいよね、本当」

「あはは……ごめんなさい、凪沙さん。ボクのせいなんだけど……あれ、でも結局殴り倒したのは省悟さんだったよね?」

「お前ら……いったい何してたんだよ」

 

 

 玉城が本気で呆れている様子は、実はかなりのレアなのかもしれなかった。

 銀行の人間に案内されてやってきた青鸞と朝比奈は、どうやら自分達が最後らしいことに気付いた。

 大応接間には30人は軽く座れる長テーブルが2つあり、仮面の男ゼロ――つまりルルーシュだが――を中心に、彼らは片方のテーブルの座席についていた。

 

 

 壁際に控えていた雅が静かに歩み寄り、ルルーシュ=ゼロの隣の椅子を引く。

 青鸞は小さく礼を言ってそこに座る、ちなみに反対側にラクシャータがいる、ちなみにロロはルルーシュ=ゼロと青鸞を挟む位置に座っていた。

 ヒラヒラとキセルを振る彼女には苦笑するが、さらにその向こうにいるディートハルトの舐めるような視線には表情を消した。

 ここ最近、ディートハルトからの視線が妙に気になる。

 

 

『青鸞嬢、道中で何か問題があったのか?』

「え? あ、ああ、いや、別に何でも」

『そうか、なら良いのだが……』

 

 

 しかしそれも、ルルーシュ=ゼロからの遠まわしかつ直接的な心配の言葉を聞くと消えてしまった。

 ふわりと微笑する彼女から視線を逸らすように、黒の仮面が正面を向く。

 それに伴い、青鸞も正面を向いて思考を真面目な方向へと変える。

 

 

 ……インドは、中華連邦の一部でしか無い。

 だが黒の騎士団が交渉の相手を中華連邦では無くインドとしたのには、政治的な理由がある。

 キュウシュウ戦役で関係が悪化した中華連邦を交渉の相手には出来ず、そして中華連邦の中で「反中華連邦」を掲げている最大勢力がインドだったのだ。

 

 

『青鸞嬢、言いたくは無いが……インドでは女性の地位はけして高くない。それ故に交渉は私に任せて貰いたい、軍事的なことについては藤堂の意見を求めることもあると思うが……』

「構わないよ、ボクはそれで」

「……私も、異論は無い」

 

 

 ルルーシュ=ゼロの言葉に青鸞と藤堂がそれぞれ頷きを返す、ロロと朝比奈などは不満そうな顔を隠そうともしていない――もしかしたら、似たもの同士なのかもしれない――が、まぁそれはいつものことではあった。

 そしてちょうどその時、応接室の扉が開いた。

 

 

 そこからやって来たのは、インドの民族衣装クルタパジャマを着た男性達だった。

 黒髪に褐色の肌、口髭と言う容姿の人間が多い。

 年齢以外に見分けがつきにくいのは、外国人同士では割と良くあることではある。

 だがその中で、青鸞は1人だけ見分けることが出来た。

 

 

「あ……」

 

 

 僅かに顎先を上げて目を小さく見開けば、相手のインド青年が笑顔で手を振ってきた。

 それは青鸞と朝比奈を連れて来た青年、ナヤルだった。

 まさかこの会合に相手側として顔を並べる青年だったとは、小さくない驚きだった。

 

 

 そして相手側も全員が席に着き、しばしの間どちらも話さずに見詰め合う形になった。

 青鸞の前に座ったのはあの青年、ナヤルだ。

 相変わらずの笑顔で、青鸞もつられて笑顔を返した。

 

 

「さて……」

 

 

 そしてルルーシュ=ゼロの前、つまり相手側のリーダーが口を開いた。

 もじゃもじゃとした白い髭に顔の下半分を覆われた、白髪と褐色の老人。

 足の間についたマホガニーの杖に手を置いたまま、探るような視線を太い眉毛の下から覗かせながら。

 

 

「……始めると、しようかの」

 

 

 日本とインドの、「次」を懸けた会合が始まった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 どこの国も、裏社会のドンと言う人種は似たようなタイプになるのだろうか。

 それがその男、マハラジャを見た時の青鸞の感想だった。

 何と言うか、身に纏っている雰囲気が桐原公に似ているのである。

 

 

 鋭さを感じない、しかしそれでいて得体の知れない光を秘めた瞳も。

 それほど巨体でも無いのに、身の丈以上の圧迫感を放つ身体も。

 その何もかもが桐原公に似ていて、青鸞は不躾とは思いつつもマハラジャの顔をまじまじと見つめてしまった。

 

 

「ゼロ、紹介しとくよ。コイツがマハラジャ、ま、いわゆる大金持ちだね」

『とりあえず初めましてと言おう、マハラジャ翁。私はゼロ、黒の騎士団の代表を務めている。ラクシャータの発言は無視して貰いたい、お会いできて光栄だ』

「ふん、話には聞いておるがの……そっちの女は、まぁ、いつものことじゃ」

 

 

 この場の代表2人の言葉を受けた女性は、キセルを振りながらキシシと笑った。

 

 

「ざぁんねん、私はインド系だけどインド人ってわけじゃないし、ヒンディーでも無いから。ま、後は適当にやってよ」

 

 

 ルルーシュ=ゼロはマハラジャを見た、マハラジャもルルーシュ=ゼロを見た。

 お互いにお互いがどのような経路でラクシャータとツテを得たのかは知らないが、何かお互いの苦労の一部を垣間見た気がした様子だった。

 そして最初の合意として、ラクシャータのことを無視することが決まった。

 

 

 まぁ、実際にマハラジャと言う男は大金持ちなのだ。

 少なくともインド北東部一、下手を打てばインド一の……ここバンク・オブ・コルカタも、彼が所有する銀行の一つだ。

 それに政界へも顔が利き、それに伴い裏社会――中華連邦への反政府運動――を主導する立場でもある。

 

 

『単刀直入に言おう、マハラジャ翁。我々と協力し、対ブリタニアのための枢軸を築いて貰いたい』

 

 

 日本とインドを中軸として、反ブリタニア連合を作る。

 旧日本解放戦線の構想を基礎とするそれは、何もルルーシュ=ゼロの独創と言うわけではない。

 ブリタニアに脅威を抱く勢力なら一度は考えることだし、ブリタニア本国にもそうした動きをさせないよう行動している者もいる。

 世界の3分の1を領有するブリタニアに単独で対抗できる国が無い以上、当然の発想だ。

 

 

「ふ、む……」

 

 

 ルルーシュ=ゼロのまさに「単刀直入」な言葉に、マハラジャが軽く唸る。

 他の面々もザワザワと僅かにざわめき、ナヤルは面白そうな顔を浮かべてルルーシュ=ゼロを見ている。

 

 

「……正直な所、我々にとってブリタニアは必ずしも敵では無い。我々にとっても当面の相手はあくまでも中華連邦、大宦官じゃ。インドの独立を認めてくれるなら、味方と言っても良い」

『それは視野が狭いとしか言いようが無い、マハラジャ翁。ブリタニアの侵略主義、覇権主義はすでに中華連邦を飲み込み始めている』

 

 

 ――――中華連邦の象徴、『天子(てんし)』。

 中華連邦の中心「朱禁城」に座す、世界最大の連合国家の頂点。

 かつてはその絶大な権力で人々を統治する者の名だったが、今では大宦官の傀儡でしかない。

 その証拠に、今の天子は年端も行かぬ少女なのだ。

 そしてその少女、天子が結婚する。

 

 

 相手は神聖ブリタニア帝国の第一皇子オデュッセウス、典型的な政略結婚による同盟だ。

 中華連邦を敵とするインドにとって、これはブリタニアが「敵の味方」をすることを意味する。

 しかも大宦官はこの結婚に伴いブリタニアの爵位を得る、手土産は領土のブリタニアへの割譲(モンゴル・ペルシアなど)と不平等条約(ブリタニア軍の中華連邦領土内駐屯、片務的最恵国待遇など)だ。

 そしてその中には、インド域内におけるブリタニアへの権益譲渡も含まれている。

 

 

『この事実を前に、貴方はまだブリタニアが味方だと言うのか』

 

 

 ルルーシュ=ゼロは、そして青鸞はこれが一種の試験だと認識していた。

 国家間の交渉においては、相手国や他国の情報をどれ程得ているかが重要になる。

 その意味でマハラジャは日本側を試したのだ、ただのテロ集団なのか、それとも「国家」級の組織なのか。

 そして今、ルルーシュ=ゼロは自分達の情報網の広さを見せた。

 

 

「……日本の一部を維持することで精一杯の連中に、最初は会うつもりは無かったが」

「…………」

 

 

 青鸞は隣のルルーシュ=ゼロの仮面の横顔を見つめた、彼女は知っていた。

 いざとなれば、ルルーシュ=ゼロが相手に「イエス」と言わせることができることを。

 そしてそれを、ルルーシュ=ゼロが最後の手段として使うことを躊躇わないだろうことを。

 絶対遵守のギアス、それはこう言う場面でこそ威力を発揮する。

 

 

 だが、出来ればそれは避けたかった。

 ルルーシュは使いたくなかったし、青鸞は使わせたくなかった。

 理と情、その両面で。

 

 

「じゃが、そちらのお嬢さんにうちのナヤルが危ない所を救ってもらったと言う」

 

 

 そこで初めて、マハラジャが青鸞を見た。

 居住まいを正す青鸞に目を細めたマハラジャは、杖ごと身体を前に倒し、顔を青鸞へと近づけてきた。

 テーブル越しだが、それでも圧迫感が増したような気がする。

 そして、ふとマハラジャが人の悪そうな表情を見せて。

 

 

「それに……去年そちらのお嬢さんが流してくれたグラスゴーの設計図、アレのおかげでわしも随分と稼がせて貰ったわい」

「え……あ」

 

 

 思い出した、去年、ユーフェミアを誘拐した時のことだ。

 チョウフの藤堂達を救うために、青鸞はグラスゴーの設計図を世界中にバラまいた。

 その中にはマハラジャも含まれていたらしく、その笑顔から察するに本当に「随分と稼いだ」のだろう。

 おそらく、えげつない程に。

 

 

「情と利、インドの民が、それも我らヴァイシャの者にとって重きを持つ2つ。それら2つを携えて来た者に閉ざす扉を、我々は持っておらんよ」

『それでは?』

「うむ、よかろう……とは言え、我々も確かでない者と組む程能天気では無いつもりでな。時に、お嬢さんや」

「……はい、何でしょう?」

 

 

 ルルーシュ=ゼロの言葉を受けて頷いたマハラジャは、視線は青鸞に固定したまま言葉を続けた。

 小首を傾げる青鸞にどこか柔らかな笑みを見せるのは、相手が少女だからか。

 いずれにしてもルルーシュ=ゼロに対する態度とは違うし、それなりに有力な立場にいるらしいナヤルも笑みを見せている。

 それに対して黒の騎士団側の1人、ディートハルトがやや眉を動かしたことに気付いた人間は。

 

 

「――――クリケットと言うスポーツを、ご存知かな?」

 

 

 はたして、何人いただろうか。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――クリケット。

 日本での知名度はあまり無いが、イギリスを始めとして100以上の国・地域で――ブリタニアの植民エリアも含む――愛好されているスポーツだ。

 そしてインドでもまた、サッカーと並んで絶大な人気を誇るスポーツ。

 

 

「…………終わった、ね」

「ああ、そうだな」

 

 

 コルカタから南西へ約50キロ地点、インド北東部の港湾工業都市ハルディア。

 黒の騎士団の移動手段であるヴィヴィアンが入港している場所であり、老朽化により放棄された中華連邦の沿岸警備隊基地を借用する形で停泊している。

 20万人の人間が暮らすその都市には、夕刻と言う時間からちらほらと明かりが灯り始めている。

 

 

 マハラジャ翁との会談の後、ゼロと黒の騎士団はほとんど真っ直ぐにここに戻った。

 もちろん、青鸞と旧日本解放戦線組もそこに含まれている。

 インド側がそう求めたからであり、黒の騎士団としては組めるかもしれない相手の機嫌を損ねるわけにはいかなかったのである。

 そして青鸞もまた、夜の顔を見せつつあるハルディアの街並みを自室のモニターから見ているのだが……。

 

 

「まさか、同盟の可否の条件にスポーツで勝負だなんて……」

「まぁ、昔から国同士の雌雄を決めるのは戦争かスポーツだからな」

「……クリケットって、野球の元になったスポーツだっけ?」

「と言う説もあるが、まぁ、見た目が似ているだけで別物のスポーツだな」

 

 

 そして青鸞は絶望していた、今言ったようにインド側がスポーツでの勝負を挑んできたからである。

 ソファに座り込んで天を仰ぐ彼女に、ベッドの上を占拠したC.C.がどうでも良さそうに答える。

 実際どうでも良いのかもしれないが、青鸞にとっては、というより日本側にとってはどうでも良くない問題だった。

 やったことの無いスポーツでの勝負、しかも。

 

 

「……女の子が、出れないって」

「まぁ、クリケットは紳士のスポーツだしな。女子もあるにはあるが……インドでは難しいだろう、男女混合の試合などはな」

 

 

 しかも、男子のみで。

 女子が含まれれば、青鸞はもちろんカレンなども出張って頑張ることも出来た。

 しかしそれは許されない、何故ならクリケットは「紳士のスポーツ」だからだ。

 ナヤルもそう言っていた、「女の子が男の子と一緒にするスポーツでは無い」と。

 

 

 そのあたりは、文化の違いということだろうか。

 まぁ、しかしそれでもまだ、まだ何とかなるとは思う。

 ただ問題は、である。

 

 

「……ルルーシュくん、クリケットなんて出来るの……?」

「無理だな、あの童貞坊やの体力の無さは折り紙つきだぞ」

「だよねぇ……」

 

 

 C.C.の言葉に、青鸞は神妙な顔で頷く。

 そう、インド側はクリケットの試合でゼロ……つまりルルーシュの出場を義務付けて来たのだ。

 まぁ、相手を見極めようと言うのだから当然と言えば当然だろう、向こうもナヤルが出る。

 出るが、正直スペックの差は如何ともし難い物があった。

 

 

 いくら幼馴染とは言え、いや幼馴染だからこそ、青鸞は良く知っていた。

 というか、幼馴染と言える程に付き合いの長くないC.C.でさえも知っている。

 ルルーシュがスポーツ、と言うより身体を動かすと言うこと事態に極めて脆いということを。

 有体に言えば、スポーツが出来ないのだ。

 それも、極限的に。

 

 

(こ、これは……今回ばかりは、無理かもしれない)

 

 

 スポーツだけに誤魔化しが効かない、青鸞は内心で汗をダラダラとかいていた。

 ルルーシュがクリケットで活躍する、どんなに夢を見ようとしても自分の正直な部分が「無理だよ、それは」と哀しげな顔で告げてくるのだ。

 試合まで一週間あるとは言え、まさに頭を抱えたくなる状況だった。

 そしてふと、青鸞は顔を上げた。

 

 

「ところで、そのルルーシュ君は?」

「ああ……何だったか、客と会っているらしいぞ」

 

 

 白の肌着とホットパンツと言う扇情的な出で立ちで、C.C.がベッドの上で寝返りを打つ。

 仰向けになった途端、女性を主張する胸元の圧迫感に目を奪われる青鸞。

 ルルーシュの周囲にはとかくスタイルの良い女性が多い、いや今は関係ないが。

 そしてそんな青鸞の複雑な心情を知ってか知らずか、あくまでC.C.は興味無さそうに。

 

 

「中華連邦本国からの客だそうだ。まったく、インドの要人と会った顔と舌で良くやるよ」

 

 

 そんな風に、ルルーシュの二枚舌を揶揄するのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 だが実際は、C.C.が揶揄したような二枚舌では無かった。

 むしろ首尾一貫している、何しろまた相手も反中華連邦――反大宦官と言う点では一致していたからである。

 それを説明するには、今少し中華連邦の現状を説明しなければならないだろう。

 

 

 現在、中華連邦内部は二派に分裂している状態だ。

 まぁ、圧倒的に優位な側と圧倒的に劣位な側を「二派」と称して良いのかは微妙な所だが、とにかく主流派である「大宦官派」と非主流派である「反大宦官派」の二派に分裂している。

 大宦官派は政府高官や富裕層を支持基盤に親ブリタニアの姿勢を取る側、そして反大宦官派は軍部の若手将校や下級官吏などを中心に天子の帝政復古を唱える側だ。

 

 

「我らの盟主、星刻さまの救出に手を貸して貰いたい」

 

 

 そして今ゼロの目の前にいる女性将校、周香凛(ジョウ・チャンリン)もまた、反大宦官派の1人だった。

 インドを訪問したゼロと黒の騎士団を頼る形でやって来たのだが、無論、無料で国や自派を売りに来たわけでも無い。

 正当な取引を持ちかけるために、来たのだ。

 

 

『ほぅ……これは急なお話だ。黎星刻(リー・シンクー)と言えば反大宦官派の大物、その救出となると、どのような事態になっているのか』

 

 

 そう聞いてはいるが、もちろん、ルルーシュ=ゼロは一定の事の顛末は知っている。

 インドとの交渉でもそうだが、交渉は相手のことをどれだけ知っているかで可否が分かれる。

 ルルーシュとてインドにまで来て観光をしていたわけでは無い、裏の情報屋を通じて様々な情報を集めていたのである。

 

 

 その中でも、黎星刻とその一派の拘束は極めて最近のニュースだ。

 天子のブリタニア第一皇子との婚姻と不平等条約の締結――どう言い繕っても、売国行為だ――に反発する彼らを、大宦官の1人である高亥(ガオ・ハイ)の提案で先制的に拘束したのである。

 まぁ、法的根拠の無い拘束であるため、婚姻が終了するまで拘留する、と言うのが正解らしいが。

 いずれにせよ、動きを封じられたのは確かだ。

 

 

(そこで、他国人で大宦官の影響を受けず、しかも利害が一致していて、ある程度以上の戦力を持っている黒の騎士団に目をつけた、か……黎星刻か目の前の女かはわからないが、なかなか良い目をしているのは確かだな。ややギャンブル性の強い選択のような気もするが)

 

 

 一通りの説明をする周香凛の声を聞きつつ、ルルーシュ=ゼロは思考を続けていた。

 彼女も出来れば他国人を頼りになどしたくは無いだろう、しかし来た、それは国内に勢力を持っていないことを表している。

 つまり、黒の騎士団にとっても組むメリットが少ないと言うことだ。

 

 

 だが、ルルーシュ=ゼロは彼女たち反大宦官派と組むことを決めていた。

 

 

 黒の騎士団にも選択肢は無いし、将来のブリタニアとの戦いのためにはインドを味方に引き入れるだけでは不足なのだ。

 中華連邦本体も、なるべく自陣営に引き入れておく必要がある。

 おそらく先方は、それを知った上で売り込みに来たのだろう。

 

 

(黎星刻、か……なかなか、面白い男のようだな)

 

 

 まだ見ぬ取引相手のことを思って、ルルーシュ=ゼロは深く頷くのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 同時刻、ハルディアの街に1人の女性が足を踏み入れた。

 深くフードを被り、紫のマントを翻す彼女は裏手側から街へと入った。

 人々の好奇の視線を浴びながら歩く彼女は、しかし誰かに近付かれることも無く進む。

 

 

 フードから覗くのは、白い肌と化粧の薄い顔、美しい双眸。

 彼女を知る者を見れば、それが誰だか一目でわかっただろう。

 彼女の名は、コーネリア・リ・ブリタニア。

 神聖ブリタニア帝国第二皇女、エリア11総督、行方不明の流浪の姫、そして。

 

 

「……ルルーシュ……」

 

 

 ――――ギアスを、憎悪する者。

 




採用キャラクター:
リードさま(小説家になろう)提案:ヴェンツェル・リズライヒ・フォン・マクシミリアン。
ありがとうございます。

 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 いやはや、何とか苦しい所は抜け切って……あれええええええええええええええええええ?
 何で、クリケットすることになってるんだろう?
 クリケットなんてしたことないのに、何故!?
 と言うわけ、次回予告!


『――――バットを振り、ボールを追う、点を目指して駆ける。

 飛び散る汗は懸命さの証、交わす握手は友情の証。

 遠くインドの地で、ボク達は互いの心を曝け出す。

 白球の先に、共に目指せる明日があると信じて。

 ……ルルーシュくん、大丈夫かなぁ?』


 ――――TURN11:「日印 の キズナ」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。