コードギアス―抵抗のセイラン―   作:竜華零

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オリジナル設定注意:
日本解放戦線についてオリジナル設定があります、ご注意ください。

オリジナルキャラクター多数:
オリジナルキャラクターが登場します、ご注意ください。

では、どうぞ。



STAGE2:「日本 解放 戦線」

 ――――……違う。

 薄く靄のかかった視界の中で、そんな思考が揺れた。

 上も下も右も左も無い、視界が揺れて気持ち悪い、そんな状態。

 

 

枢木(くるるぎ)なんて……』

 

 

 霞がかった世界で、誰かの声が妙に大きく響く。

 耳の奥を針で刺すかのような高い音で、聞いている側の人間に不快感を与えてくる。

 しかしそれ以上に、続けて周囲から響く声にこそ不快を感じた。

 

 

『……ブリタニアとの戦争を止められなかった無能じゃないか』

 

 

 ――――違う。

 あの人は無能なんかじゃ無い、いつだって国と世界のために最善の手を打っていた。

 あの戦争だって、仕掛けてきたのは海の向こうの人達だった。

 

 

『そうよ、だいたい……自分だけさっさと自殺して、楽になって……』

 

 

 ――――違う。

 あの人は死ぬつもりなんて無かった、生きて戦うつもりだった。

 でも出来なかった……あの人の意思とは無関係に、無慈悲に、無情に。

 

 

『……卑怯者じゃない、徹底抗戦とか威勢の良いこと言って……』

 

 

 ――――違う。

 違う、違う、違う、違う、違う、ちがう、チガウ。

 その評価は正当じゃない、本物じゃない、正しくない。

 嘘だ。

 そんなものは――――ウソだ。

 

 

『枢木ゲンブは裏切り者の、売国奴だ』

 

 

 ――――――――!!

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「――――違うッッ!!」

 

 

 少女の叫び声が、トレーラーの運転席の中に響き渡った。

 大して柔らかくも無い座席の上で跳ね起きた少女は、空間の狭さのために右膝をグローブボックスにぶつけてしまったらしい、跳ね起きると同時に膝を押さえて蹲ってしまった。

 声にならない声が唇から漏れて、気のせいでなければ目尻に涙が滲んでいる。

 

 

「つ、ぅー……~~~~っ」

「あ、青ちゃん? 大丈夫?」

「だ、だいじょぶ……ですっ」

 

 

 隣から聞こえたのは男の声だ、名を朝比奈、少年のような風貌と眼鏡が特徴的な青年だ。

 ハンドルを握って運転を続けていたのだろうもう1人、青木も、いきなり助手席で悶え始めた少女に呆れたような、もとい心配そうな顔を向けていた。

 その時、トレーラー全体がガタガタと揺れた。

 

 

 道が悪いためだ、僅かに罅の入ったフロントガラスの向こうには深い森が広がっている。

 森と斜面に囲まれ、早朝のためか霧に覆われた山道、道路も整備されていないそこをトレーラーは進んでいた。

 そう、ここは山の中なのである、それも相当に深い山だ。

 

 

「青ちゃん、そろそろつくよ。後ろはどうしてる?」

「あ、はい」

 

 

 青――――枢木青鸞(くるるぎせいらん)は座席の後ろにある覗き窓を開いた。

 そこは後ろの荷台と繋がる唯一の空間で、青鸞は目線を合わせるように座席に膝立ちになる。

 覗き窓の向こう側に見えるのは、奥にナイトメアが1機格納された大きな荷台だった。

 

 

 一度トレーラーが横転したためにグチャグチャになったはずだが、ある程度片付いているのは後ろに人間がいたからだろう。

 昨日、青鸞達がブリタニア軍の略奪から救った生き残りである。

 今は皆で寄り添うように壁際に座り込み、眠っているようだった。

 

 

「まだ寝てます」

「ふぅーん……まぁ、民間人だからね。ついたら起こせば良いし、今は放っておいて良いよ」

「はい」

 

 

 頷いて、青鸞は助手席に座り直した。

 ほぅ、と息を吐いて、次いで身体を解すように背伸びをする。

 着物で、しかもトレーラーの助手席で眠っていたのだ、なかなか良い音が背中から響いた。

 傍で聞いている朝比奈は、それに思わず苦笑を漏らしてしまう。

 

 

 一方で青鸞は身体を解した後、脱力して背中をシートに押し付けた。

 それから片手で頬を押さえて、どこか遠くを見るような目でフロントガラスの向こうを見る。

 夢見が悪かったせいか、どうにも不快な気分が抜けなかった。

 そして青鸞は青木に聞こえないよう朝比奈の耳元に唇を寄せると、小声で。

 

 

「省悟さん」

「何、青ちゃん」

「……ボク、何か言ってた?」

「寝てる時?」

 

 

 丁寧な言葉では無く、やや幼い親しげな言葉遣い。

 朝比奈は目元を緩めてそれを聞くと、やや考え込んだ。

 それから隣の青木を見ると彼も肩を竦めてきた、なので朝比奈もそれに倣う。

 彼は特に気負った様子もなく、取り立てて青鸞の方を見ることも無く。

 

 

「寝言とかは言ってなかったね。ただ、寝てる時に着物の帯を外そうとするのには困ったかな」

「ああ、なら良……え? あ! ふぁ!?」

 

 

 慌てて視線を下に下げる、すると確かに着物に違和を感じた。

 具体的には帯だ、何故か結び目が前にある、後ろにあるのが正しいデザインなのに。

 つまりこれは、寝ている間に外した物を誰かが前から結び直したというコトで。

 

 

 青鸞は、自分の顔がかっと熱を持つのを感じた。

 慌ててあちこち緩くなっている着物を直す、と言うか、こんな緩い状態で膝立ちになったのかと思うとまさに顔から火が出そうだ。

 さっきとは別の意味で、泣きそうになる青鸞だった。

 

 

「ごめんね、僕も着物の着付けとかわからなくて」

「大丈夫、お嬢。朝比奈さんが何もしてないのは俺がちゃんと確認をあだだだっ!? 朝比奈さん朝比奈さん、俺ハンドル持ってますんで!」

「あ、青ちゃん、ちょっと通信機出してくれる?」

 

 

 青鸞は着物の裾を直すために身を屈めつつ、ついでにグローブボックスを開いて中身を取り出した。

 そこには地図などが詰まっているのだが、青鸞はそれらの地図帳を横にどけて、手首を捻じ込むように裏側をまさぐる。

 次に手をボックスから出した時、青鸞の手には黒い無骨な通信機が握られていた。

 

 

「省悟さん」

「ん」

 

 

 赤い顔のまま差し出されるそれを、携帯電話の受け渡しでもするかのような気軽さで受け取る朝比奈。

 周波数を合わされたそれは、音響装置に偽装された通信装置を通じてある閉鎖チャネルへと繋がる。

 青木が運転をしている横で、その通信機に口と耳を寄せると。

 

 

「20130214、20130214、こちら遭難者、こちら遭難者、避難誘導を乞う……」

 

 

 ここはナリタ連山、ブリタニア的な識別で言えばトウブA管区と呼ばれる土地に所在する山々だ。

 自然豊かと言えば聞こえは良いが、標高2000メートルを超える山々が連なる自然の要害である、登山家でさえ好んで挑戦しようとは思わないような険しい山々だ。

 そんな山の中に、どうして青鸞達はいるのか。

 その答えは、すぐに判明することになる。

 

 

「入りますぜ」

「よし」

 

 

 満足げに頷いた朝比奈の視線の先、山肌が削れて出来たような岩場がある。

 トレーラーはそこに向かっているようで、このままでは正面から衝突するだろう。

 しかしそんなことにはならないと青鸞は知っている、何故ならばその岩場の一部がせり上がり鉄製の壁で覆われた中身を晒すように開いたからだ。

 開いた時に崩れたのか、拳の半分程度の大きさの茶色い石がパラパラと落ちて車体を打つ。

 

 

 そしてトレーラーはその中へと進み、もちろん衝突などせずに山の内部へと入ることが出来た。

 ……ここは、ナリタ連山。

 表向き自然に包まれたその山々は、その実内部に広大かつ近代的な設備を隠している。

 ここはただの山ではない、ここはエリア11最大の反ブリタニア抵抗勢力。

 

 

 <日本解放戦線>の、本拠地が隠されている場所なのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 そもそも対ブリタニア戦争以降、敗戦国である日本は軍隊を解体され、日本人は非武装の下で統治されることが決まっていた。

 それを嫌った日本軍の一部が密かに結集し、その軍事力でブリタニアの支配の及ばない独自の勢力範囲を築いた――――それが日本解放戦線、つまり正確には「日本軍の残党」と言った方が正しい。

 

 

 その目的はとてもわかりやすい、名前の通り日本のブリタニア支配からの解放(どくりつ)だ。

 ナリタ連山の地下深くに本拠を構えるこの組織の下に身を寄せる旧日本政府関係者も多く、兵力・武力・財力、名実共にエリア11最大の反ブリタニア武装勢力が彼ら日本解放戦線なのだ。

 事実として、戦後7年経ってもブリタニア軍はこの組織を討伐できずにいる――――。

 

 

「――――キョウトからの親書、確かに受け取った、青鸞嬢」

 

 

 正面からの声に、長い黒髪を結い上げて正装した青鸞はゆっくりと頭を下げた。

 道場のような板張りの床に指をつき、手の甲に触れる直前まで礼をする。

 着物は今朝トレーラーで乗り入れた際に着ていた物とは違い、絹製の物だった。

 水色系のお色目にクリーム色の裾、所々に百合の花・葉・つるが描かれた可憐なデザインの着物である。

 

 

 しかし彼女の周囲にいるのは、華やかな着物とは真逆の服装に身を包む男達だった。

 少女と違い、薄いながらも座布団に座る彼らは皆、日本解放戦線の軍人である。

 上座を頂点に二列に並ぶ彼らは一様に深い緑の軍服を着て、横に日本刀を置いている。

 違う点は襟元の階級章だけで、青鸞の正面の男に近いほど高い階級のようだった。

 

 

「はは、そう畏まらなくても良い。まぁ、こんな強面の面々に囲まれれば仕方ないでしょうが」

(ワタシ)のような者にそのようなお気遣い、ありがとうございます」

 

 

 ふ、と唇を緩めて、青鸞は顔を上げた。

 すると彼女の目に、まず巨大な日章旗――――部屋の上座に掲げられた大きな日本の国旗が映る。

 それを背に青鸞の正面に座す男こそが日本解放戦線のリーダー、片瀬である。

 彼は短い白髪に覆われた頭を僅かに傾けると、顔を上げた青鶯の顔を正面から見つつ「ほぉ」と感嘆の息を漏らした。

 

 

「ふむ……最後にこうして顔を見たのはほんの一ヶ月ほど前のはずだが、また一段とお綺麗に育たれたなぁ」

「ご冗談を、片瀬少将は相変わらず……」

「ん、んんっ! 片瀬少将、それでキョウトからは何と?」

 

 

 これ見よがしな咳払いで会話を切ったのは、草壁と言う男だった。

 階級は中佐で、巨体だが肥満と言うわけでは無い大きな身体の軍人だ。

 瞳は鋭く、濃い顎鬚が特徴的と言えば特徴だろうか。

 片瀬はやや不快そうな目を草壁に投げると、封を切って手紙を広げた。

 

 

 それは青鸞がキョウトに例の無頼を受け取りに行った際に渡された物で、キョウトとは日本解放戦線の活動を資金面から支えている日本人の一団である。

 わかりやすく言えば、旧財閥系の家系の人間が集まった団体であり……日本解放戦線にとっても、また青鸞個人についても重要な意味を持つ集団でもあった。

 そこから来た親書に目を通した片瀬は、ふむと溜息のような吐息を吐いて。

 

 

「……どうやら、例の『無頼』の改良機の納入が数ヶ月遅れるらしい」

「またですか! これで3度目ですぞ、キョウトのお歴々はブリタニアを打倒する気があるのですかな」

「そう言うな草壁、キョウトも危ない橋を渡って我々に機体を流してくれているのだぞ」

「はぁ…………その機体にしても他の組織にも流しているではないか、金の亡者共め」

 

 

 表向き引き下がりつつ、しかし口の中でキョウトへの不満を呟く草壁。

 それは他の面々にも聞こえたはずだが、しかし表立って彼を非難する人間はいなかった。

 草壁に同意しているようにも、場がシラけているようにも見えるから不思議だった。

 

 

「……いずれにしても、全国の反ブリタニア組織の一斉蜂起は少し時間を置いた方が良いでしょうな」

「馬鹿な、そんなことは出来ん!」

 

 

 白髪混じりの黒髪をオールバックにした男の発言に、草壁が噛み付く。

 慎重論を述べたのは東郷直虎と言う男で、彼が言ったことは基本的にこの場の意見を代弁していると言って良かった。

 元々、キョウトからの武器供給が十分に満ちてからの全国一斉蜂起――彼らの中ではそれが共通の戦略だったのだから。

 

 

「我々が何もせず情勢を座して見ていれば、日本中の独立派から疑念の目を向けられましょう。我らは行動し続けることによって初めて、日本の独立を叫ぶことが出来るのですぞ!!」

 

 

 片足を立てて力説する草壁の言葉を、片瀬は眉を下げつつ黙って聞いていた。

 そしてそのまま視線を動かして、草壁の反対側に座っている男を見る。

 その男は、細身の身体に鋭く野生的な風貌を持つ男だった。

 目を閉じて座す彼は鞘に収められた刀のようで、場の全員が彼に注目していた。

 

 

「どう思う、藤堂?」

 

 

 問われた男――――藤堂は、そこで初めて目を開いた。

 自分に問うた片瀬を見、自分を睨む草壁達を見、そして。

 

 

「…………」

 

 

 話に参加するでも無く、ただ片瀬を――――いや、その向こうの日の丸を見据えている青鸞の横顔を見た。

 細く鋭い目を僅かに動かしたのみで、彼はそれ以上のことを言わなかった。

 ただ、短く一言だけ。

 

 

「……時期では無い、そう言うことでしょう」

 

 

 低い声が部屋全体に広がる、草壁が眉を立てるのと片瀬が頷くのはほぼ同時だった。

 片瀬は片手で草壁に座るように促すと、未だ正面で正座の姿勢を貫く青鸞へと視線を戻した。

 

 

「キョウトから受領したと言う例の無頼については、キョウト側の意向を汲んで青鸞嬢に預けることとする。日本の独立を勝ち取るその日まで、これまで以上に励んで貰いたい」

「はい」

 

 

 短く応えた後に礼をし、胸に片手を当てつつ頭を上げながら。

 

 

「この心身の全ては元より国のもの、日本独立のため、微力を尽くさせて頂きます」

「うむ」

 

 

 頷きを返した片瀬に再び礼をして、青鸞は立ち上がった。

 そのまま一同の視線を受けながら、少女は静々と歩きつつ外へと出た。

 通路に出る前にもう一礼し、少女が出て行くと、その場の空気もまた変わったものになる。

 

 

「ふん、あのような小娘に専用の機体を与えるとは……キョウトのお歴々は大層あの小娘を気に入っておられるのですな」

「草壁、口が過ぎるぞ」

「何が過ぎたものか、事実では無いか」

 

 

 東郷に窘められても草壁の舌鋒が留まることは無かった、誠に弁舌豊かな御仁である。

 

 

「あのような機体を送って寄越すくらいなら、量産機をもっと送ってくれば良いだろうに」

「だが報告によれば、アレはその機体でブリタニアのグラスゴーを一蹴したそうではないか。そうだな藤堂?」

「朝比奈からは、そう聞いていますが……」

 

 

 藤堂の返答に満足そうな頷きを見せて、片瀬は青鸞の消えた扉を見つめた。

 その瞳は、どこか哀愁を感じさせるものだった。

 

 

「それに健気なものではないか、父の汚名を晴らすべく働く……女子(おなご)ながら、なかなか出来るようなことではあるまい。何しろアレは……」

 

 

 その後に続いた片瀬の言葉に藤堂は再び目を閉じ、草壁は鼻を鳴らし、その他の多くは視線を下げた。

 枢木青鸞の父親は、その苗字からわかる通り。

 

 

「……日本最後の総理大臣、枢木ゲンブ首相の忘れ形見(むすめ)なのだからな」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 板張りの会議室を出て通路に出た後、青鸞は着物に覆われた胸を上下させて息を吐いた。

 緊張を外へ逃がすための吐息だ、会議室の入り口に立つ歩哨達に「ご苦労様」と声をかけた後に、青鸞は長い通路を歩く。

 LEDの照明の下を数十メートル進むと、位置的には会議室の隣に当たる部屋に入る。

 

 

 途端、それまで見せていた淑やかな雰囲気が一気に晴れた。

 表情の少なかった顔を笑みの形へと変えて、着物の裾をはためかせながら室内へと入る。

 誰も見ていない中、その豹変振りはまさに「変身」だった。

 雰囲気も、動作も、口調も、全てが変わる。

 

 

「青鸞さまっ! お疲れ様です、そしてお帰りなさい!」

「ただいま、雅!」

 

 

 狭くも無い応接室、その中にいた割烹着姿の少女が青鸞と抱き合った。

 腰まで届く綺麗な黒髪が特徴的なその少女は榛名(はるな)雅と言う名前で、キョウトの分家筋に属する少女だ。

 その縁で、5年前に青鸞がナリタに来た際に付き人のような形でついて来てくれたのである。

 以来一部を除けば、最も時間を共有している間柄だった。

 

 

 戦場や片瀬達の前で見せていた姿とは、雰囲気も言葉遣いも違う。

 前者が冷静で丁寧でそれでいて張り詰めた何かを感じさせていたのに対し、身内にあたる雅の前では朗らかで柔らかな空気を纏っていた。

 強いて言えば、今朝、朝比奈に対してのみその片鱗を見せていた。

 まるで別人だ、だがけして別人ではない。

 

 

「キョウトはいかがでしたか、神楽耶さまもお変わりありませんでしたでしょうか?」

「うん、元気そうだったよ。最近は御簾の向こうから大人達の重大そうで実はそうでも無い話を聞くのが仕事だって、ボクにそう愚痴ってた」

「そ、それは……何とも、ええと……」

 

 

 本家筋の人間の醜聞とも愚痴とも取れる言葉にどう反応を返したら良いものか、分家筋の少女は眉を下げて言葉を濁した。

 青鸞は特に気にした風も無く後ろ、つまり扉の方へと視線を向けた。

 そこには一人の青年が立っている、黒髪黒目の日本人、しかし軍人ではない。

 厚い胸板を逸らして立つ青年、不思議なことに10代にも20代にも30代にも見える風貌。

 

 

「三上、何か問題は?」

「…………」

「そう」

 

 

 無言を返答とした男は三上秀輝(みかみしゅうき)、古くから枢木家の当主を守るために存在する家系の男だ。

 枢木本家は前当主と長男を失いはしたが、家そのものはキョウトにある。

 分家筋や臣下筋は桐原家と皇家の支援の下で残っており、彼女が当主となってからは少しずつ彼女の下に戻りつつあった。

 

 

「青鶯さま、この後のご予定は?」

「仕事は終わりだから、居住区の方へ行くよ。三上は……あ、いない」

 

 

 先程までいたはずなのに、三上の姿は忽然と消えていた。

 おそらくどこかにはいると思うが、三上が本気で姿を消すと青鶯本人にすらどこにいるかはわからない。

 いつものことではあるので、彼女は気にしないでいることにした。

 

 

 部屋の外に出れば、再び彼女は変わる。

 背筋を伸ばし、歩幅は狭く慎ましやかに、雅を3歩後ろに従えて歩く。

 気持ちの切り替え、必要なのはそれだけだった。

 枢木青鸞、彼女は「枢木」であり、そして「青鸞」であった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ナリタ連山は、その厚い岩盤を刳り貫いて機械化することで要塞化されている。

 つまり標高2000メートルの山々が連なる広い範囲が日本解放戦線の要塞であり、同時に数千とも言われる旧日本兵やその家族、保護された民間人が暮らす一大地下都市でもあるのである。

 十数キロに渡るその施設は各所に連絡通路と地下鉄が通り、発電室や武器弾薬庫など重要設備は全て数十メートル地下に建造されている。

 

 

 また地上部には多数の偽装されたトーチカや見張り施設が存在し、森や地面に偽装された対空砲や対空ミサイル、多数の火砲で武装されている。

 要塞単独でも長期に渡り戦線を維持できるように設計・建設されいるだけに防備は固く、レジスタンスやテロリストと言うには重武装で、まさに「軍」と言うのは相応しかった。

 そして軍らしい設備の一つに、兵器格納庫がある。

 

 

「古川、ウチの青姫さまの専用機はどんな感じ?」

「そ、そうですね……基本スペックは通常の無頼とそう変わらないと思います」

 

 

 深い緑色の軍服に着替えた朝比奈は、日本解放戦線の地下格納庫の一つにいた。

 ナリタ連山の比較的西側に位置するそこにはナイトメアの格納庫があり、深緑とオリーブドラブにカラーリングされた無骨な機械人形ナイトメアが数機、壁際の駐機スペースに固定されている。

 その中に、他と異なる濃紺の機体が1機が加えられていた。

 

 

 その機体は、朝比奈が古川と呼んだ男を中心に解析・整備が行われている所だった。

 何しろ基礎チューニングのみで本格的な戦闘を行ったために、あちこち無理がたたっている可能性があるためだ。

 琥珀色の瞳に肩に触れるくらいの黒髪を後ろに縛った男、古川(ふるかわ)修一(しゅういち)は聴覚補助用のヘッドホンを弄りながら朝比奈に説明を続ける。

 

 

「ま、まぁ、ち、千葉さんの例もありますから特に驚きはしないですけど……」

「専用機ってのがね……キョウトのお歴々は腹の中で何を考えているのやら」

 

 

 朝比奈と古川の会話に出てくる「青姫」と言うのは、もちろん枢木青鸞のことである。

 今は亡き日本最後の首相枢木ゲンブの娘であり、キョウト――旧財閥家系集団の一角、枢木家の現当主。

 家のことに関して言えば兄がいたはずだが、そちらはある事情で本家と絶縁状態にある。

 

 

 普通なら御簾の向こうに引き篭もっていれば良い存在だが――事実、そうしている親戚もいる――彼女は自ら志願して、ナリタ連山で日本解放戦線と行動を共にしている。

 15歳と言う年齢でありながら、すでに一人前の兵士になるために済ませておくべき洗礼はほぼ受けて、今や前線でナイトメアを駆るパイロットでもある。

 大した才能、と言うべきなのだろうが……。

 

 

(……違う、ね。いったい何が違うんだか……)

 

 

 見上げるのは濃紺の無頼、グラスゴーのコピー品である無頼の改良型第一号だ。

 ただ基本スペックは無頼とそこまで差は無い、改良されているのは武装の方だ。

 無頼より僅かに機体を小さくし、遠距離武装を外して重武装の楯と刀を装備した、近接格闘特化型の無頼――――「無頼(ぶらい)青鸞専用機(せいらんせんようき)」。

 

 

 だがその機体を見上げる朝比奈の目は、とてもそれを歓迎しているようには見えない。

 朝比奈は彼女のことを5年前から知っているし、彼の上官はそれ以上の付き合いだと聞く。

 彼女に武術と剣術を教えたのは彼の上官で、彼女は10歳の頃からここで兵士としての訓練を受けているが。

 

 

「枢木ゲンブ……ね」

 

 

 癖なのか、皮肉気に鼻を鳴らす朝比奈。

 気遣わしげな視線を向けてきていた古川に気付くと、慌てて手を振って謝罪し、作業を続けるように促した。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ナリタ連山の地下には、いくつかの居住区がある。

 ほとんどは数千人の兵士を養うための軍用だが、一部は兵士の家族や保護した勢力範囲外の日本人のために使用されている。

 水は豊富な地下水を引き、電力は合法非合法な手段で調達し、そうした人々の生活を支えていた。

 

 

 軍用設備や発電施設、浄水施設など重要な施設はコンクリートなどで壁を補強されているが、こうした居住区画までは資材が回ってこない。

 だから民用の居住区画は、薄暗い鍾乳洞のような場所に無理からコンクリート製の長屋(タウンハウス)を並べたような外観が広がっているのだった。

 お世辞にも、健康的に生活できる場所とは言えない。

 

 

「あ、せいらんさまだー!」

「ほんとだ、せいらんさまー!」

 

 

 しかしそんな劣悪な環境でも、一つだけ利点がある。

 それは、少なくとも子供が命の危険を感じずに笑って過ごせること。

 青鸞は、そんな子供達の存在に顔を綻ばせた。

 

 

「皆、ただいま」

「おかえり、せいらんさま!」

「おかえりなさい!」

 

 

 大人に対するよりやや言葉遣いを崩し、駆けて来た5歳くらいの男の子と女の子を抱き留めて、笑んだまま愛しそうにぎゅうと抱き締める。

 数歩離れた青鸞の背中を見ていた雅は、それに目元を緩める。

 子供が命の危険を感じずに笑っていられることが、今の時代ではどれだけ難しいことか。

 青鸞は子供達が手に持っている紙の束と木炭のペンを見ると、女の子の頭を撫でながら。

 

 

「もしかして、お仕事中?」

「うん!」

「えっと、つぎのはいきゅーで、何がほしいのかをみんなにきいてるんだ!」

 

 

 「お米とお塩が欲しい」って、皆が言ってる。

 男の子が続けて言った言葉に、青鸞は頷きながらも内心で溜息を吐く。

 ここでは子供だろうと働かなくてはならない、そして地下に篭っている以上は食料の自給率は高かろう筈も無い、外部から供給される物を皆で分けるしか無いのだ。

 

 

 実際、2人の子供の手足は細い、まさに骨と皮と言う表現が正しい、着ている衣服も薄汚れている上にヨレヨレの物だ。

 それでも飢えてはないし、命の危険も無い、水だけは地下水と浄水設備のおかげで豊富にある。

 ブリタニアの支配地域にいるよりはマシ……と、信じたかった。

 

 

「ミキちゃーん、タカシくーん、どこにいるのー?」

「あ、いっけね。ねぇちゃんおいてきちゃったんだった」

 

 

 その時、柔らかな女性の声が聞こえてきた。

 男の子が慌てた様子で振り向く先、それほど間隔の開いていない長屋の間を抜けて歩いてきた女性がいた。

 茶色のロングヘアを黒の髪留めでまとめた、柔和な雰囲気の女性だった。

 彼女は青鸞の傍にいる子供達の姿を認めると、ほっとした表情を浮かべた。

 

 

「ああ、青鸞さま。子供達がすみません」

「ううん、愛沢さんもご苦労様」

 

 

 愛沢と呼ばれた女性は、青鸞の言葉に申し訳なさそうに頭を下げる。

 子供を除けば、ここにいる人間で青鸞の名前と立場を知らない人間はいない。

 ただ愛沢が頭を下げた時、身に着けている衣服の右腕部分が力なく揺れていることに気付いた。

 

 

「愛沢さん、義手は?」

「今、ちょっと調子が悪くて……見苦しくてすみません」

「そんなことは……」

 

 

 右腕が無い……しかしそのこと自体には、青鸞は特別な感情を抱かない。

 7年前の戦争で、何も失くさなかった日本人はいないのだから。

 青鸞にしろ、愛沢にしろ……子供達にしろ。

 

 

「榛名さんも、こんにちは」

「ご丁寧にありがとうございます、愛沢さんもお元気そうで」

 

 

 ただ愛沢と子供達のように、元々無関係の人間が共同生活を営むことは出来る。

 取り戻すことは出来なくとも、近いことは出来るはずだと……。

 

 

「なんだい、賑やかだねぇ……おや、青鸞さま」

「まぁ、青鸞さま。お戻りになられていたのですか」

「おお、青鸞さま。少し見ない間にまたお美しくなられましたなぁ」

「青鸞さま」

 

 

 騒ぎを聞きつけたのか、長屋の中から、あるいは道の先から人が集まり始めた。

 老若男女問わず、青鸞の周囲に人が集まっては声をかけてくる。

 青鸞はその一つ一つに言葉を返す、口調は柔らかで表情は明るい。

 流石に子供達に見せたような無邪気さは無いが、それでも十分に柔和な笑顔で。

 

 

「山中のおじさん、こんにちは。ただいま、後藤のお婆ちゃん。木村のお兄さんは相変わらずお上手ですね? 皆さん、何か困っていることはありますか? できるかはわかりませんけれど、何でも言って……」

 

 

 青鸞は、ここで暮らす日本人の人々を好んでいる。

 不足しがちな食料や物資の中でも、皆で頑張っていけることが嬉しかったから。

 だから彼女は、ブリタニア兵には決して向けない笑みを浮かべるのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 日本解放戦線に保護された日本人は――特に若い男は――そのまま解放戦線に志願することが多い。

 もちろん戦闘や軍務に耐えられる健康な男子、と言う前提条件はつくが、ナリタ連山を始めとする日本解放戦線の勢力圏ではむしろそれが当然視されるような所があった。

 日本男児たる者かくあらんと言うわけだ、現実には女性兵も相当数いるのだが。

 

 

 とは言え物資が十分でない状況で兵だけ増やしても仕方が無い、志願条件は戦前の日本軍の規定通り、一部の特例を除いて18歳以上の男女に限定されている。

 しかし先に述べたように、ここでは男子は特に兵になることが求められる空気がある。

 よって兵に志願できない17歳以下の子供は、解放戦線が用意した訓練施設で基礎訓練を受ける。

 民間人居住区画に存在するその道場も、その一つだった。

 

 

「声が小さい! 打ち込み100本追加!!」

「「「はいっ!!」」」

 

 

 やや古ぼけた白の胴着と紺の袴を来た少年少女達が、竹刀を振るっている。

 打ち込みと言うだけあって、竹刀で叩く側と受ける側に別れての練習を行っている様子だった。

 少年少女達の顔は真剣そのもので、だからこそ指導する側にも力が入るのかもしれない。

 

 

「打ち込みだからと言って油断するなよ、目の前の竹刀を叩き折るくらいの気概で打て!」

「「「はいっ!!」」」

 

 

 少年達の高く大きな声に満足そうに頷くのは、卜部巧雪(うらべこうせつ)と言う男だった。

 逆立った髪とトカゲを思わせる容貌が特徴的な男で、どことなく捻た雰囲気が特徴的だ。

 深い緑の軍服を着ていることから、解放戦線メンバーの軍人だとわかる。

 彼がここで少年達に剣道を教えているのは、まぁ理由はいろいろあるだろうが、基本的にはこの道場の名前が「藤堂道場」であることで説明がついてしまう。

 

 

「巧雪さん」

「む? おお、青鸞か」

 

 

 その時、道場の引き戸が開いて1人の少女が姿を現した。

 水色の着物に身を包んだその少女は青鸞であって、居住区画の人々の群れと雑談を繰り返しながらここに到着したのである。

 竹刀を打ち合う大きな音が響き渡る中、巧雪は太い唇を笑みを形に歪めて道場の出入り口まで歩いた。

 

 

 その時、青鸞の後ろ3歩の位置にいる雅の存在にも気付いて、そちらには目礼を返した。

 ぺこりと頭を下げるキョウトの分家筋の少女から視線を動かして、卜部はこの道場の最初の「卒業生」を見つめた。

 青鸞も、自分より背の高い卜部を見上げるように見ている。

 

 

「帰っていたのか、新しい無頼のパイロットになったと朝比奈から聞いたぞ」

「はい、未熟ながら……桐原の爺様が配慮してくださって」

「ふむ……」

 

 

 桐原と言うのは、キョウトの重鎮――――実質的なリーダーの1人の名前だ。

 その名前を聞いた時、卜部の顔には明らかに不快の色が浮かぶ。

 それに対して、青鸞は軽く笑んだようだった。

 何と言うか、心配性な兄を見る妹のような目に卜部はバツが悪くなったように頬を掻く。

 

 

「ええと、仙波さんと凪沙さんは?」

「仙波大尉は仕事で出ている、千葉は……今、厨房で皆の昼飯を作ってくれている」

「なるほど……じゃあボク、手伝ってくるね」

 

 

 そう言って、青鸞は軽く頭を下げて卜部の前から辞した。

 雅もその後を追うわけで、卜部としては2人の和装の少女の背中を通路の向こうに見送ることになった。

 ポリポリと後頭部を掻くその姿は、妙に間が抜けて見える。

 

 

「あ、あの、卜部先生……」

「あ、ああ、すまん。打ち込みは終わったのか?」

「はい。えっと、それと……」

 

 

 卜部が振り向くと、年長の少年が困ったような顔でそこにいた。

 どこか引き攣っているような気がするのは何故だろうか、卜部も当然同じ疑問を抱いて尋ねる。

 すると、年長の少年は。

 

 

「何か今、青鸞さまが僕達のお昼ご飯を作りに行ったって聞こえたんですけど……」

「そうだ、光栄なことだろう」

「はぁ、まぁ……ただ、その……」

 

 

 少年の顔が絶望したように引き攣る、卜部はますます首を傾げた。

 しかし、不意に何かに気付いたように、まさしく「あ」とでも言うような顔をした。

 それから、苦りきった表情を浮かべて目の前の少年を見て……。

 

 

「……すまん」

「うわあぁ終わったああぁぁぁ――――っっ!?」

「ちょっともぅお――――っ、勘弁してくださいよ卜部先生いぃ!!」

「俺ら年長組の悪夢の3年間再びですかぁ――――!?」

「そんなんだから千葉先生に抜けてるって言われるんですよ!?」

「な、何だ貴様ら、年長者に対して! 罰として打ち込み1000本だ!!」

「「「逆ギレ!?」」」

 

 

 年少の少年少女達を置いて、卜部と17歳、16歳の年長組が騒いでいる。

 藤堂道場は、今日も賑やかだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「凪沙さん、お手伝いに――――」

「いらん、帰れ」

 

 

 青鸞は、道場奥の厨房に顔を出した瞬間に拒絶された。

 がーん……と言う擬音が背景に浮かんで見えそうな程の衝撃を受けているような表情で、彼女は厨房に立つ女性の背中を見ていた。

 すらりとした体型にショートヘア、どこかシャープな印象を受ける女性。

 

 

 名前を千葉凪沙(ちばなぎさ)と言う、深緑の軍服の上に袖丈の割烹着と言う実に新しい組み合わせの格好をしているが、別に彼女のファッションと言うわけでは無い。

 電気式の調理場の前、寸胴のような大きな鍋で湯を沸かしているらしい彼女は不意に振り向いた。

 厳しい印象を受ける鋭い眼差し、しかし今はそこに柔らかな光があった。

 

 

「冗談だ、大根を切るのを手伝ってくれるか?」

「……はい!」

 

 

 ぱっと顔を輝かせて、青鸞は着物の袖を捲くって縛った。

 雅が壁にかけてあった予備の割烹着を持って来てくれたので、それを身に着ける。

 その様子を、千葉は変わらず優しげな瞳で見つめていた。

 

 

 千葉と青鸞の付き合いは、5年近くに及んでいる。

 上官を通じるような形で出会ったのだが、正直、良い印象は持っていなかった。

 と言うより、解放戦線メンバーで彼女……というより、枢木と言う名に好印象を持つ者はほとんどいない。

 徹底抗戦を唱えながら、いち早く自決した首相のことなど。

 

 

「メニューは?」

「味噌汁だ。ただし具は大根しかない、ナリタの野草を添えて彩を誤魔化すつもりだ」

「わかった」

 

 

 頷き、青鸞は水切り場の前に立った。

 そこにはやや形の悪い大根が5本ほど置いてあり、すでに洗ってあるのか水滴が照明の光を反射してキラキラと輝いていた。

 青鸞はそれを見て頷くと、壁際に立てかけてあった軍用刀の鞘を掴んで。

 

 

「凪沙さん、刀借りるね」

「待て」

 

 

 冷静な顔に一筋の汗を流して、千葉は掌を青鶯に向けて止めた。

 

 

「一応聞くが、刀を何に使うつもりだ? 前々から何度も言うが、具材を切るのは包丁でやれ」

「これも前々から言ってると思うけど……正直、包丁より刀の方が上手く切れると思う」

「待て、まさか試したのか? 刀は日本人の魂だと……」

 

 

 青鸞がナリタに来たのは、ブリタニアとの戦争が終わって2年が経った10歳の頃だ。

 日本最後の首相の遺児、枢木家の幼年の当主、誰がどう考えてもお飾りのお姫様としか思えない。

 実際、千葉はそう考えていたし――――彼女の同僚にしてもそうだった、隠すつもりも無かった。

 

 

 だから彼女の上官、解放戦線のリーダー片瀬少将が頼りにする藤堂が居住区画に道場を開いた時、藤堂自身が青鸞を連れてきた時は訝しんだものだ。

 温情ある対応をしたような記憶は、千葉には無い。

 しかし5年が経過した今となっては、その中で青鶯の剣やナイトメアの操縦に対する姿勢を見続けていれば、出生と肩書きのみで判断すると言う者はいなくなる――――千葉も含めて。

 

 

「とにかく大根は包丁で切れ、それとお前は鍋に触るな。味噌だって貴重なんだ、無駄には出来ない」

「…………」

「そんな顔をしてもダメだ!」

 

 

 少なくとも共に調理場に立つ程度には、千葉は青鸞に心を許していた。

 同僚の朝比奈から、キョウトから青鸞に専用機が与えられたと聞いて、朝比奈と同じく青鸞に対するキョウトの思惑に疑念を抱く程度には、心配していた。

 その程度には、青鸞と言う少女は千葉の中に居場所を確保していたのだった。

 

 

 その後も2人は、大根を煮込むタイミングであるとか、味噌を混ぜ込む方法であるとか、野草の使い方であるとかの時々で揉めつつ調理を進めた。

 壁際で静かに控える雅の見守る中、年の差こそあれど。

 柔らかな空気が、そこには広がっていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――道場には、微妙な緊張感が漂っていた。

 流石に解放戦線上層部が使う会議室のような立派な板張りではない、固い床の上に直に座っている。

 通常の道場よりはやや手狭だが、しかし十数人の少年少女が並んで座る程度のスペースはある。

 

 

 そして今、正座する少年達の前には粗末ながら昼食が置かれている。

 小さな握り飯が一つに大根と野草の味噌汁、日本解放戦線の、それも保護されている民間区画の財政事情を思えば十分すぎる程に十分な食事だった。

 ただ、稽古の後で空腹を覚えているはずの少年達は――年少組は年長組が手をつけないと食べないので――誰一人として手をつけようとしない、緊張した面持ちで目前の握り飯と味噌汁を見ている。

 

 

「ん、んんっ。皆、安心してくれ、味付けは私がやった」

「「「いただきますっ!!」」」

 

 

 上座に近い方に座っていた千葉の言葉の直後、緊張を解いて少年達が握り飯を頬張り、味噌汁を飲み始める。

 その様子に青鸞は不思議そうに首を傾げていたが、さらにその隣にいる雅は苦笑いを浮かべている。

 実際、青鸞の仕事は大根を切るだけで終わっていた。

 味噌汁の中、不揃いな形の大根がゴロゴロしているのがその証だった。

 

 

「ん、やはり千葉の味噌汁は格別だな。皆も良く礼を言っておけよ」

「「「ありがとうございます、千葉先生!!」」」

「よ、よせ。卜部も余計なことを言うな」

「……えっと、ボクも少しだけ手伝って」

「青鸞さま、お味噌汁が冷めてしまいますよ」

「…………うん」

 

 

 表情筋の動きが鈍いものの、しかし明らかにしょんぼりとして千葉の味噌汁を飲み、「美味しい」と呟く青鸞。

 ちなみに青鸞は5年前からこの道場に所属している、今は卒業してナイトメアのパイロットになっているが、元々藤堂の門下生だった彼女からすればここにいる少年少女は全て「後輩」だ。

 

 

 特に10歳から13歳までの間は、千葉がいない時に厨房に入ることもしばしば。

 しかし考えてみてほしいのは、刀で具材を切るセンスの持ち主が果たしてどのような料理を作るのかと言うことである。

 そして年長組の少年が口走った「悪夢の3年間」と言う単語、それだけで全てが理解できようと言うものだった。

 

 

(皆……元気そうで良かった)

 

 

 お箸を味噌汁のお椀の上に置きながら、青鸞は道場に並ぶ人達を見て思った。

 この道場にいる人間は、皆が同じ師を持つ「身内」のようなものだ。

 だから、彼女も「青鸞」でいられる。

 

 

 目にはこの場にいる人達、そして脳裏には先程の居住区で暮らす人達。

 日本全土でブリタニアにより苦しめられている者全てを救う、その目的には程遠い微々たる人間達。

 物資や食料は豊かとは言えないし、地下深くで不自由な暮らしを余儀なくされている。

 

 

「あっ、それ俺のだぞ!」

「へへーんっ、食うのが遅いんだよ!」

「騒ぐな、静かに食え!!」

 

 

 ――――同じ目標に向かって歩む仲間、受け入れてくれる人達、居場所。

 日本独立のための、「徹底抗戦」を行う存在。

 そんな彼ら彼女らと共に、ここに在ること。

 

 

 それが、枢木の名を背負った自分がすべきこと。

 青鸞はそう思う、そしてそう思っているからこそ、彼女はナリタ(ここ)にいる。

 日本のため、亡父のため、そして――――「あの男」の行動の清算のために。

 枢木青鸞はこの時、そう信じていた。

 




採用キャラクター:
ATSWさま(小説家になろう)提供:榛名雅(キョウト)。
レイヴン2232さま(ハーメルン)提供:三上秀輝(キョウト)。
グニルさま(小説家になろう)提供:古川修一(軍人)。
相宮心さま(小説家になろう)提供:愛沢幸(一般人)。
楽毅さま(小説家になろう)提供:東郷直虎(軍人)。
ありがとうございます。


 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 現在判明している今回の主人公の属性は、「妹」「ボクっ娘」「和装」「擬似二重人格もどき(一人称変化によるキャラ切り替え)」「料理苦手」「ファザコン」です(え)。
 初めて描くタイプのような気もします、なかなか苦しい部分もありますが。
 読者投稿キャラクターの皆さまと一緒に、この激動の日本を潜り抜けて行けたらなと考えています。

 それでは次回予告、語り部はもちろん枢木青鸞。


『私(ワタシ)は「枢木」。

 ボクは青鸞(セイラン)。

 どちらも自分で、切り離せない一部分。

 どちらも抱えてボクは歩く、人の命が駒のように倒れていく世界を。

 そしていつか父様の跡を継いで、あの人に……』


 ――――STAGE3:「奇跡 と 四聖剣」

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