コードギアス―抵抗のセイラン―   作:竜華零

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TURN6:「偽物 の 家族」

 フロートユニット装備のヴィンセントが、ヴィヴィアンから放たれる散発的な対空砲を巧みな機動で回避する。

 黒の騎士団の人員が足りず、またシステム掌握も不完全なため、本来の防空能力を発揮できていないことが大きな理由だ。

 しかし、それとは別に明らかにおかしい点があった。

 

 

『第3、第5砲塔、何をやっている!』

 

 

 艦橋で黒の仮面の男、ルルーシュ=ゼロが怒鳴った。

 空席の多い艦橋の中、黒の騎士団の団員達が慣れない艦を動かそうと右往左往している中でのことだ。

 ルルーシュ=ゼロの声に応じたのは、操舵席に座している男だった。

 スポーツ刈りより短めの黒髪、青鸞の護衛小隊メンバー、青木である。

 彼はルルーシュ=ゼロの声に肩を竦めると、ブリタニア語の辞書をヒラヒラさせながら。

 

 

「んなこと言ったって、照準システムから消えるんだから仕方ないでしょーよ……」

 

 

 そう呟いた、操舵用のモニターを前にしている彼には、火砲担当が見ている映像が見えているのだ。

 すなわち、ヴィンセントが画面から消える謎の現象を。

 騎士団が掌握している数少ない防空砲塔がヴィンセントに狙いを定めても、次の瞬間にはまったく別の場所に移動しているのだ。

 

 

 照準システムの不具合では無い、全ての解析画面から消えるのだ。

 物理法則を無視している、あり得ない。

 これでせめて艦橋のシステムを完全に掌握していれば、まだ何かわかったかもしれないが。

 現状では、「狙いが定められない」としかわからない。 

 

 

『く……!』

 

 

 仮面の下、ルルーシュが唇を噛む。

 青鸞を救出し、ナナリーを救出し、そしてアヴァロン級航空戦艦すら奪って、彼の策はまさに完遂の寸前だった。

 戦略的大勝利と言うべき状況で、しかしそれが1機のナイトメアの引っ繰り返されようとしている。

 スザクじゃあるまいし、そんなことがあってたまるかと憤るルルーシュ。

 

 

『……C.C.!』

「私は知らないぞ」

 

 

 ルルーシュ=ゼロが立っているため空いている指揮官シートに座りながら、C.C.は事も無げにルルーシュの言葉を否定した。

 ルルーシュは仮面の下で眉を立てるが、しかし大事なことがわかった。

 それは、あのナイトメアのパイロットがギアスユーザーであると言うことだ。

 「私は」と強調したあたりが、それを表している。

 

 

 そしてその時、強い衝撃が艦全体を揺らした。

 オペレーター3人分の仕事を1人でこなしている女性兵、佐々木がショートの黒髪を揺らしながら報告する。

 艦橋に護衛小隊のメンバーを揃えているのは、ルルーシュがこの艦をどう扱うつもりなのかを如実に表しているとも言えるが……。

 

 

「……敵ナイトメア、艦内に侵入。エアダクトから侵入した模様」

『く、こちらがこの艦を落とす時につけた傷か……』

「カレンに任せておけば良いだろう。紅蓮は潜水艦だが、月下は艦の回収の時に使った奴があるだろう」

 

 

 何の気負いも無くそう言うC.C.を睨みやって、ルルーシュは唇を噛む。

 例の瞬間消失がギアスの力であるならば、いかなカレンでも苦戦は必至。

 もし正面から戦えるとすれば、それはおそらく1人だけだ。

 

 

「そういえば、アイツ……青鸞はどこに行ったんだ?」

 

 

 ……もはやここまで来れば、わざとかと思う。

 佐々木や青木が青鸞の名前に目を細め、そして肩を竦める中、ルルーシュは仮面の下で目を細めた。

 そしてC.C.が告げた名前は、おそらく彼女自身を除けば。

 この艦で唯一、あのナイトメアに対抗できるナイトメアパイロットの名前だったろう。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 青鸞は、迷っていた。

 その身はラウンズの騎士服ではなく、濃紺のパイロットスーツに覆われている。

 半年間の成長を想定していたかのようにぴったりのそれは、16歳の瑞々しい身体のラインを浮かび上がらせていた。

 

 

 そんな彼女の目の前には、1機のナイトメアが膝を落とした体勢で主を待っていた。

 ダークブルーの無骨な追加装甲に銀の関節部、全身に装備した刀。

 月姫可翔式(カグヤかしょうしき)、言うまでもなく青鸞のための機体だ。

 騎士団側にとって現状、唯一とも言える航空戦力だった。

 

 

(……でも)

 

 

 視線を横に向ければ、もう1機のナイトメアが屹立しているのがわかる。

 ラグネル、ナイトオブワンの機体のプロトタイプとして開発されたと言うナイトメアだ。

 ナイトオブイレヴンとしての青鸞の愛機だったが、今では乗り手のいない機体となっている。

 そして、一時とは言え青鸞がブリタニア皇帝の走狗と堕していたことを証明する機体だ。

 

 

「神楽耶……」

 

 

 そしてその機体の存在が、月姫に乗ろうとする青鸞の足を止めていた。

 神楽耶、あの幼馴染の少女に託された機体に乗る資格が、自分にはもう無いのではないか。

 そう、思ってしまっていたから。

 

 

 ナイトオブイレヴンとして主義者の拠点を潰して回っていたことは、それこそ昨日のことのように思い出せる。

 青鸞が、セイラン・ブルーバードとして活動していた記憶。

 それは、消えることなく青鸞の心に刻まれている。

 

 

「青鸞さま」

 

 

 その時、青鸞の背に声をかけてくる少女がいた。

 その少女は長い黒髪を揺らしながら、薄青に白い花の描かれた着物を着ていた。

 榛名雅、キョウトの分家筋の少女。

 旧日本解放戦線において、青鸞の最も近くにいた少女だ。

 

 

「迷っておられるのですか、青鸞さま」

「……うん」

 

 

 雅に視線を向けることも出来ずに、青鸞はただ頷いた。

 顔向け出来ないとはまさにこのことで、青鸞は拳を握って俯いてしまった。

 

 

「……ボクは、雅を、皆を裏切った。言い訳は出来ない、そんなボクに月姫に乗る資格は」

「なるほど」

 

 

 頷き、目を閉じる雅。

 そして次に目を開いた時、雅は自分から歩を進めて青鸞の前に出た。

 だが視線を合わせようとしても、青鸞は顔を上げなかった。

 だから雅は、己の矜持をかけて言わなければならなかった。

 

 

「自分が私達の献身に見合う人間かどうか、お悩みですか?」

「…………」

「……左様ですか」

 

 

 沈黙を答えと受けて、雅は頷いた。

 そして柔らかな笑みを口元に貼り付けて、雅は言った。

 

 

「青鸞さまは、よほど私達を侮辱なさりたいのですね。まさか青鸞さまにそのような趣向がおありとは、むしろそちらの方が驚きです」

「な……それは違うよ、ボクはただ」

「ただ? 私達の気持ちを考えもせず、自分の満足だけを秤にかけることをただと仰いますか」

 

 

 笑顔のまま吐き出された毒が、そのまま青鸞の胸に突き刺さる。

 分家の少女は、半年振りに間近で見る本家の少女の目を見つめた。

 

 

「なるほど、詳細については私もわかりませんが……青鸞さまが日本を想い戦う意思を捨てぬ限り、私達は貴女に献身を向け続けます。それとも、青鸞さまは日本のために戦う気持ちを失ってしまったのでしょうか?」

「それは……違う、けど」

「そうであるのならば、やはり貴女は私の主君です」

 

 

 日本の解放のために戦う、その気持ちに変化は無い。

 取り戻した記憶が、心が、そう叫ぶからだ。

 日本を取り戻せと、訴え続けるからだ。

 

 

「見くびらないでください、青鸞さま。献身するかどうかを決めるのは私達自身です、私達自身の意思です。私達が日本の抵抗の象徴として貴女を選び、仕えるのです……他の方々も、大なり小なりそう決めています」

 

 

 ご安心ください、青鸞さま。

 そう言って、雅は微笑する。

 袂から取り出した短刀を逆手に持ち、刃先を青鸞の左胸に向けながら。

 

 

「貴女が私達の献身に見合わないと判断した時は、この雅、貴女のお命を頂戴し、自らの命も絶つ覚悟です」

 

 

 月姫に乗る資格も、雅達の献身を受ける資格があるのかも。

 それを決めるのは青鸞自身では無く、与える側なのだと雅は告げた。

 ――――キョウト分家は、本家のためにこそ在り。

 

 

「そして我ら分家は、本家にその資格が無い時……背後から刺し貫くが役目」

「……ボク、そう簡単には死なないよ?」

 

 

 冗談めかして、しかし真実を告げた青鸞に、雅は一瞬だけ瞳から光を失せて返した。

 

 

「ならば、手足を切り落として傷口を焼き続け、目を抉り舌を抜いて針で縫いましょう。地下深くに繋ぎ、子々孫々受け継ぎ続けましょう」

 

 

 だから。

 

 

「青鸞さまは何も気にせず、前にお進みください。大丈夫です、相応しくないと感じた時には私がこの手で刺し貫いて差し上げます。でも、そうで無い時には……」

 

 

 短刀を下げ、雅が一歩を踏み込む。

 雅の言葉をただ聞いていた青鸞は、無防備なままにそれを受けた。

 頬に触れる、柔らかな温もりを。

 親愛を伝えるそれは、雅の想いの塊のように思えた。

 

 

「……僭越ながら、神楽耶さまの代わりです」

 

 

 薄く頬を染め、微笑する雅に……いつかの神楽耶の姿がダブって見えた。

 

 

『私の大好きな青鸞の顔』

 

 

 耳元で再生されたそれは、神楽耶の淡い想いの詰まった言葉だった。

 何にも変えられない、少女達の秘密だった。

 あの時、神楽耶の前で青鸞は何と告げただろう。

 それを今、繰り返すつもりは無い……ただ。

 ただ、眦を決して、顔を上げるだけだ。

 

 

 その顔を見て満足そうに頷き、青鸞の脇へと下がる雅。

 そんな雅を呆然と見ていた青鸞だが、雅が両手で差し出した月姫のキーを見て我に返る。

 静かに頭を下げて、雅はそれを青鸞に捧げるようにした。

 

 

「行ってらっしゃいませ、青鸞さま。ご無事のお戻りを、永久(とわ)にお待ちしております」

「……行って、きます!」

 

 

 キーを受け取り、駆け出す青鸞。

 迷いが消えたわけでは無い、後ろ暗い感情も消えていない。

 そしてだからこそ使命感に再び火をつけて、彼女は駆けた。

 

 

 少女達の想いを受けるが故に、その想いに答えるために。

 迷うのはやめない、悩むのもやめない、だが前に進む。

 今度こそ、日本を取り戻すために。

 ここに青鸞は、再度の抵抗を試みることを決断した。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 1人の少女が改めて抵抗の意思を固めた頃、未だ悩みの中にいる少年がいた。

 

 

「再出撃の禁止!?」

 

 

 海に落ちたランスロットの回収作業の最中、一足先に強襲揚陸艦の甲板上に上げられていたスザクが声を上げた。

 スザクがいるのはもちろん、ブリタニア海軍所属の強襲揚陸艦だ。

 甲板上には戦闘機やヘリに混じってヴィヴィアンの脱出艇の姿もあり、ヴィヴィアンの要員が収容されている様子が見て取れた。

 

 

 この強襲揚陸艦は元々ルルーシュ皇子の指揮下に入るはずだった艦、そして今はポリネシア制圧艦隊ごとスザクの指揮下にある。

 しかしランスロットの回収を待つスザクに届けられたのは、皇帝の名で出された待機命令だ。

 皇帝の命令、すなわち勅命。

 皇帝の騎士であるスザクには、その命令を拒否することは出来ない。

 

 

「……わかりました、次の命令があるまで待機、そう言うことですね?」

「はっ、その通りであります!」

 

 

 艦の兵士が敬礼する様を横目に、スザクは海中からクレーンで引き上げられるランスロットを見上げた。

 何やらクレーンの側でロイドが喚いているようだった、大方、もっと丁寧に扱うように言っているのだろう。

 しかし、今のスザクにそれを考える余裕は無かった。

 

 

「……ルルーシュ殿下について、皇帝陛下は何か?」

「いえ。ただヴィヴィアン捜索は、付近のハワイ艦隊に任せるとのことであります」

 

 

 おかしい、スザクはそう感じた。

 別に皇帝がルルーシュの捜索をしないことをおかしいとは思わない、短い主従の付き合いではあるが、あの皇帝はそう言う男だとスザクは知っている。

 奇しくも、ルルーシュがそう思っているように。

 

 

(ルルーシュ……青鸞)

 

 

 スザクはまだ、ナナリーがブリタニア本国から連れ出されたことを知らない。

 だから彼が心に浮かべるのは2人きり、幼馴染と実妹のことだけだ。

 そして彼はやはり知らない、彼が思い浮かべる2人の身に、超常の力を持つ者達の牙が迫っていることを。

 

 

 もしその事実を知れば、スザクは皇帝の待機命令に大人しく従ってはいなかっただろう。

 未だ自分の進むべき道の見えない彼は、彼自身に刻まれたギアスの呪いに抵抗することが出来ない。

 ギアスか、本心か。

 それは消えぬ命題となって、少年に真実と共に突きつけられ続ける。

 

 

 ――――はたして、彼が本当の意味で舞台に上がる日は、来るのだろうか。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「ラグネルねぇ……データを見る限りじゃ、それほど面白い物は積んで無いみたいだねぇ。カラディーンって言う合体剣も、剣自体に特殊な能力があるわけじゃないし……」

 

 

 黒の騎士団の幹部の中で、カレンを除けば唯一この太平洋の度に同行しているメンバーがいる。

 改くろしお型潜水艦のナイトメア用格納庫の真ん中に陣取る褐色の肌の女がそれであり、騎士団の技術開発担当、ラクシャータである。

 彼女はヴィヴィアンから送られてきたナイトメアの情報を閲覧しているようで、愛用のキセルを揺らしながら面白くも無さそうに端末の画面を見つめている。

 

 

 そして実際、ラグネルにはフロートユニットを始めとするブリタニアの最新鋭の兵装は詰まれていない。

 特徴があるとすれば、ナイトオブワンのナイトメアのプロトタイプであると言うだけだ。

 まるでラグネルが敵方に渡ることを想定したかのような、ハリボテのナイトメア。

 

 

「いや、あの……上の騒ぎとか、気にした方が良いんじゃ……」

「言うだけ無駄です、博士は自分に関係が無いことを気にしたりはしませんから。いい加減、アナタも学んでください」

「う、うーん……」

 

 

 キセルの先端で頭をコツコツされているのは、聴覚制御用のヘッドホンをした小柄な男だ。

 護衛小隊のメンバー、古川である。

 そして端末の前に座る彼の隣にいるのは、ラクシャータの部下の雪原。

 今では、騎士団と黒の騎士団のナイトメア開発のトップメンバーとなっている3人。

 

 

「うーん……やっぱりプリン伯爵の白兜が欲しいなぁ。青って子がブリタニアでの仕事を終えて戻ってきてご機嫌だろうし、ゼロに言えば良いか。その意味じゃあ、雅って子は使えないねぇ」

「……な、何か、物凄い言葉が頭の上から聞こえてきたような」

「流石は博士、傲慢です。そしてアナタは、いい加減に慣れてください」

 

 

 この半年の間で関係性も固まってしまったらしい、古川の胃腸が心配だった。

 その時ふと、ラクシャータが何かに気付いたように視線を横へと向けた。

 そこにいたのは、旧日本解放戦線の軍服姿の青年である。

 何か言いたいことでもあるのか、やや棘のある視線をラクシャータに向けている。

 

 

「んん? 何だいアンタ」

「…………」

「あ、気にするこたねぇーっスよ、妹バカにされて静かにキレてるだけっスから。ほら、コイツ隠れシスごふぇ」

「隊長、大和さんの拳が顔にめり込んでますが大丈夫ですか?」

 

 

 護衛小隊の戦闘メンバー、大和、山本、上原である。

 小隊のメンバーはほとんど変わっていない、この半年で戦死以外の理由で脱落した者はいない。

 それは、セキガハラ決戦でゼロが求心力を翳らせたこととは対照的な減少だった。

 というより、黒の騎士団よりは旧日本解放戦線メンバーの結束力の方が強いと見るべきか。

 いずれにせよ、彼ら3人の陸戦用ナイトメアに出来ることは海上では無かった。

 

 

「まったく、上が大変だって言うのに……どうしようも無い連中だねぇ」

(((((あんたが言うなよ)))))

 

 

 そんな小隊メンバー達を見てラクシャータがやれやれと告げた言葉には、全員の心が一致した。

 だが彼らの頭上、つまり海上では、今まさに。

 彼らの主達が、新たな戦いの局面を開く所だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 林道寺と言う男を覚えている者がいるだろうか?

 ナリタ戦以降、青鸞と戦場を共にしてきた旧日本軍の軍人、ナイトメアパイロットである。

 しかし彼は厳密には青鸞を守る護衛小隊のメンバーでは無い、旧日本解放戦線のメンバーである。

 それでも青鸞と行動を共にしていたのは、彼女こそが解放戦線の正統だと考えているためだ。

 

 

 そして今、彼はヴィヴィアンの中で無頼に乗っている。

 無頼は旧日本解放戦線組ではまだ主流のナイトメアだ、旧式だが慣れた機体だ。

 特に林道寺の機体は十文字槍型兵装を装備した特機型、格闘戦に特化したチューンを施されている。

 

 

「何だ、コイツは……!」

 

 

 その林道寺が、無頼のコックピット・ブロックの中で呻く。

 茶色混じりの黒髪、ツンツンした毛先を震わせながら座席の背もたれにもたれるようにして仰け反る。

 視線の先、メインモニターにはヴィヴィアンの広い通路が映し出されている。

 ナイトメアでの移動も想定されているのか、アヴァロン級には天井の高い通路がいくつもあるのだ。

 

 

 そして今、通路の端々にはナイトメアの残骸が落ちている。

 それは黒の騎士団所属の、つまりは林道寺の味方のナイトメアが撃破されたことを意味するものだった――パイロットが全員脱出できているのが、せめてもの救いか。

 さらに言えば、味方ナイトメア群を屠った敵機の姿が映って……いなかった。

 

 

「また消えた!?」

 

 

 艦外から侵入してきた金色のナイトメア、ヴィンセント。

 特殊なランドスピナーによって、通路の空間を一杯に使って躍動するその機体は確かに脅威だ。

 しかし機動力がどうこうではなく、ヴィンセントは物理的に消えるのだ。

 視覚からもセンサーからも消える、まるで瞬間移動のように。

 

 

 そして次の瞬間、衝撃が横から来る。

 目前から真横へと瞬間移動したヴィンセントが、林道寺機をランスタイプのMVSで打撃したのだ。

 林道寺機が通路の壁を破壊しながら倒れ、振動するコックピットの中でヴィンセントを睨み上げる。

 だがその時には、ヴィンセントがトドメの一撃を放とうとしていて――――。

 

 

『させないっ!!』

 

 

 そこへ飛び込んで来たのが量産型の月下である、廻転刃刀を振り下ろしヴィンセントの首を狙う。

 パイロットはカレン、オートバイ型のコックピットに真紅のパイロットスーツ姿で跨っている。

 紅蓮ではなく月下での出撃だが、カレンにそれを気にした様子は無かった。

 

 

「……なっ!?」

『気をつけて、そいつは消えます!』

 

 

 しかし振り下ろした刃がヴィンセントを捉えることは無い、霞のように消えてしまったからだ。

 そして倒れたままの林道寺機からの忠告の直後、刀を持っていた月下の右腕が弾け飛んだ。

 爆発の衝撃に悲鳴を押し殺しつつも、顔を顰めるカレン。

 

 

 いったい何が起こったのか、わからなかった。

 だが事実として彼女の月下は右腕を失い、そしているはずの無い場所にヴィンセントが立っている。

 今の今まで目の前にいたナイトメアが、次の瞬間には十数メートル離れた場所にいる。

 通常、そんなことは起こり得ない。

 そしてカレンは、そうしたことを起こす現象を知っていた。

 

 

(……ギアス……!)

 

 

 そう、ギアスしか無い。

 瞬間移動か、それとも他の何かか、とにかく何らかのギアスの力が作用している。

 問題は、それがわかっても打開策が無いことだ。

 

 

 カレンは唇を噛んだ、目の前でランスタイプのMVSを構えるヴィンセントを睨む。

 残された武器はスラッシュハーケンのみ、ランスロット型の敵と戦うには何とも心許ない。

 まして、ギアスユーザーが相手となれば。

 

 

「ただの人間がいくら集まった所で、何の意味も無いよ」

 

 

 そしてそのギアスユーザーの少年が、ヴィンセントの中でそう呟く。

 メインモニターには無頼と月下、いずれも手負い、彼の駆るヴィンセントの敵では無い。

 だからだろうか、少年はどこかつまらなそうな様子だった。

 片手の小指を撫でるその仕草は、退屈を表しているのだろうか。

 

 

 ふと、彼は側面モニターに視線を向けた。

 側面モニターにはヴィヴィアンの艦内地図が映し出されていて、識別信号を読み取っている。

 そこには当然、ヴィンセント、無頼、月下のマーカーがある。

 しかし、そこに突然もう一つのマーカーが生まれた。

 カレンが通ってきた通路では無い、通路の「外」から急速に近付いてくるそれは。

 

 

「……来たんだ」

 

 

 少年が、薄い笑みを浮かべてそちらを見やる。

 そしてその直後、ヴィンセントの左側――すなわち艦の外に通じる壁が、爆発と共に内側に吹き飛ぶ。

 そこに現れたのは、ダークブルーのナイトメア。

 飛翔滑走翼を得て空を飛ぶそのナイトメアのデュアルアイが、輝いた。

 

 

「姉さん」

 

 

 右の瞳にギアスの輝きを宿して、少年……ロロ・ブルーバードは微笑した。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 月姫の右腕に内蔵されているガトリング砲で艦の壁面表層を破壊した直後、青鸞はぞわりとした感触が肌の上を滑るのを感じた。

 ナメクジが肌の上を這っているかのような不快感、それをもたらすフィールドの展開を感じたためだ。

 そして本能で悟る、自分は今――――ギアスの中にいると!

 

 

「でも……っ」

 

 

 操縦桿を引き、艦の中から飛び出してきたヴィンセントの攻撃を回避する。

 ランドスピナーとは違う飛翔滑走翼の感触に戸惑いはするが、それでも大きく後ろに後退することで回避は成功し、目前をヴィンセントのランス型MVSが擦過していく。

 反撃、コックピット横の鞘から空気圧で刀を射出して加速、高速の斬撃を放った。

 ヴィンセントもそれに反応し、ランスの逆側の刃で刀を受け止めた。

 

 

『あれ……どこに、外!?』

 

 

 マイクを通じてカレンの声が聞こえてくる、彼女達の目には今のヴィンセントの動きは映っていなかったためだ。

 気が付けば、艦の外で月姫と切り結んでいる状態だったのである。

 だが青鸞は違う、「停止した空間」の中でもはっきりと自分の意識を保ち、動くことすら出来たのだ。

 

 

 今の青鸞には、ギアスは効かない。

 その理由はC.C.との意識同調ですでに知れている、いずれ向き合わねばならない問題だ。

 そして今のギアスについて、青鸞には実は覚えがあるのだが……。

 

 

『ああ、やっぱり姉さんだったんだね』

「……っ、その、声……!」

 

 

 顔を上げる、メインモニターの上にある通信画面には「その顔」が映っていた。

 色素の薄い髪に、小さくて繊細そうな顔。

 この半年間、一緒の家で過ごしてきた少年の顔がそこにあった。

 

 

「ロロ……!」

『うん、僕だよ姉さん。姉さん、姉さんは僕に嘘を吐いたよね』

「……嘘?」

 

 

 ロロ・ブルーバード、弟、監視役――冷ややかな表情を浮かべる少年に、青鸞は唇を噛んだ。

 太陽の光を装甲に反射しながら、空中で攻守や位置を入れ替わりながらランスと刀で打ち合う。

 モニターの外では火花と紫電が散り、衝撃が操縦桿やシートを通じて手足に伝わってくる。

 

 

『嘘を吐いたじゃないか、帰ってくるなんて言って』

「それは……うぁっ!」

 

 

 真上からヴィンセントが機体重量を込めてランスを振り下ろし、受け止めた月姫を押し下げる形になった。

 そのため瞬間的に大きな衝撃がコックピットを揺らし、青鸞は歯を食い縛るために言葉を止めなければならなかった。

 

 

『それに記憶が戻っていたなら、僕が弟じゃないってわかってたはずだよね?』

「……ロロ! 聞いて!」

『聞く? 聞くことなんて何も無いよ、姉さん。それに僕は知っているんだ、今の姉さんが普通の人間とは違うことをね。僕のギアスの中で動けるのが、何よりの証拠じゃないか』

 

 

 ランスの刃先から柄へと刀を流され、肩をぶつけるように押される。

 その拍子に月姫の手から刀が弾き飛ばされて海に落ちる、次いで胸部にヴィンセントの蹴りが入って押された。

 激しく振動するコックピットの中、青鸞は月姫の腰部から廻転刃刀を2本抜いた。

 刃がチェーンソーのように回転し、空気を震わせる。

 

 

『姉さんが』

 

 

 そして反撃に出た月姫の廻転刃刀の一撃を、ヴィンセントは、ロロは無造作に片腕を上げて防いだ。

 空間を停止させたわけでは無い、肘部分から飛び出した機構が光の盾を展開したのである。

 ブリタニアの最新鋭兵装の一つ、ブレイズルミナスだ。

 エネルギーの盾を作り出すこの装備は、実体剣で抜くことはかなり難しそうだった。

 

 

『不老不死の、化け物になったってことをね』

 

 

 事実だ、C.C.は青鸞にそのことを伝えてくれた。

 本当の意味での「継承」は自分でしろと言っていたが、『コード』の共通事項などについては意識共有によって教えてもらった。

 青鸞にはギアスは効かず、また非常に……死ににくい身体になっていると。

 

 

『姉さんの周りにいる人達だって、それを知ればどう思うかな。受け入れてくれるのかな……無理だろうね、姉さんは化け物なんだから。きっと独りぼっちになっちゃうね』

 

 

 それを汚らわしい化け物だと言われれば、青鸞には反論のしようが無い。

 だがそれでも、青鸞は青鸞なのだ。

 だからこそ、彼女は苦しみながらも顔を上げる。

 背中を押してくれた少女達のためにも、上げ続けなければならなかった。

 

 

「聞いて、ロロ。ボクは確かにこれで……ロロの言う通りの状態になった。でも、ボクの意思はここにあるんだ。ロロのことだって……!」

『気安く呼ばないでくれるかな、化け物』

 

 

 自分のことを棚に上げて、ロロはばっさりと青鸞を切り捨てた。

 

 

『僕は姉さんのことを姉さんだなんて思ったことは無いし、そもそも役割だっただけ。弟の顔をして、姉さんのことを監視していただけだよ。僕はV.V.の……饗団の暗殺者、それだけ。それ以外のことは何も知らないんだ』

「役目……?」

『そう、姉さんを監視して……「それ」が目覚めているなら、V.V.に引き渡す。そう言う命令だったんだよ、姉さん』

 

 

 それだけのために半年もの間、弟と言う仮面を被り続けていたのか。

 通信画面に映るロロの顔は、酷く冷めていて読めない。

 表情が読めないくらいに、真顔のままだった。

 

 

 自分には感情なんて無い、そもそも「自分」すら無い。

 幼い頃から暗殺者として育てられ、引き金を引く指しか持たない存在。

 それが自分だと、ロロはそう言って。

 

 

『だから、姉さんのことを姉さんと思ったことなんて、一度も……無いよ』

 

 

 そう言って、片手の小指を撫でた。

 その仕草の全てを画面から知ることは出来ないが、青鸞にはそれだけで。

 ……たとえ、ロロから否定の言葉を聞いても。

 

 

 それでも青鸞は、ロロのことを。

 だって、たとえ家族としての記憶が全て嘘だったとしても。

 だけど、あの半年だけは。

 あの半年間だけは、本当の――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――「記憶」のほとんどは偽物、ギアスで刻まれた偽りの物語。

 だけどそれでも、あの時間だけは。

 あの半年間だけは、確かに共有した2人の時間だった。

 半年、季節にして冬と春が一度ずつ。

 

 

『姉さん、今日はペンドラゴンに召集されてるんでしょ。早く起きなよ』

『うーん……』

『ほら、姉さ……って、姉さん!? 何て格好で寝て……ね!?』

『……ん~……』

『ね、姉さん! 起きてよ、姉さ――――んっ!』

 

 

 ある冬の日、起こしに来てくれたロロをベッドの中に引きずり込んだことがある。

 記憶を失っても、あるいは書き換えられても、何故か癖だけは変わらなかった。

 まぁつまりは、衣服を着ていなかった。

 そう言えばあの時、ロロがいつの間にか腕の中から消えて、部屋の隅で床に手をついていたが……もしかしたら、ギアスを使って抜け出したのかもしれない。

 

 

『ロロ、どうしたの? あんまり耳を触っちゃダメだよ』

『うん……何だか、ガサガサって音が』

『だから触っちゃダメだよ、余計に奥に行っちゃうから。ほらおいで、耳掃除してあげる』

『え、い、良いよ。自分で出来るから』

『良いから良いから、ほーらっ』

『あ……』

 

 

 ある冬の日、耳を気にしていたロロに耳掃除をしてあげたことがある。

 暖炉の火の前で膝枕をして、くすぐったそうに身をよじるロロには困ったものだった。

 笑って注意すれば、膝の上から困ったような視線を向けてきた。

 胸の奥の温もりと共に、昨日のことのように思い出すことが出来る。

 

 

『いやー……違うんだよロロ。これはね、何と言うか、ロロのためを思って』

『…………僕のためを思って、こんな劇物を作ったの?』

『いやあの、それは結果であってね。過程とか気持ちをね、重視してほしいなぁと言うか、そのね』

『姉さん?』

『すみませんでした』

 

 

 ある春の日、一念発起して料理に挑んだ。

 両親がいない分、たった1人の弟に家庭の味を教えてあげたいと思ったのだ。

 そうしたらいろいろあって、普段は温厚かそれ以下の気性のロロが暗殺者のような目で自分を見てきた、かなり怖かった。

 思わずその場に跪いてしまった、そして金輪際料理をするなと叱られてしまった。

 

 

 ……思えば、困らせてばかりだったような気がする。

 でもそれと同じくらい、笑顔だったと思う。

 笑顔で、一緒に過ごしていたと思う。

 

 

『ロロ』

 

 

 晴れの日も、風の日も、雨の日も、暑い日も、寒い日も、穏やかな日も、嵐の日も。

 嬉しい日も、哀しい日も、楽しい日も、辛い日も、幸せな日も、苦しい日も。

 いつも、2人一緒に――――過ごして。

 

 

『姉さん』

 

 

 もしも、あの日々が嘘だと言うのなら。

 自分を姉と呼んでくれたあの笑顔が、嘘だと言うのなら。

 アレが、嘘だと言うのなら。

 

 

 ――――この世に、本当など存在しない。

 

 

 青鸞は、そう思った。

 想ったのだ、だから。

 だから彼女は、ロロを、弟を……ちゃんと。

 ちゃんと。

 

 

  ◆  ◆

 

 

「――――ロロ!」

『ほら、来たよ姉さん』

「え……」

 

 

 記憶の波の中から顔を出した青鸞の前で、ロロが自分の機体の顔を後方へと振り向かせた。

 それはつまりヴィヴィアンにとっても後方であって、そこに、太陽の光を反射する無数の光点が見えた。

 次いで、月姫のセンサーモニターに無数の機影が現れた。

 それは当然、航空戦艦たるヴィヴィアンのセンサーにも映し出されている。

 

 

「……機影確認、ブリタニア軍です。数は21、5個編隊(フライト)。ライブラリー照合……フロートユニット装備のサザーランドと確認しました、識別コードからハワイ艦隊所属の部隊であると予測できます」

 

 

 ヴィヴィアン艦橋、オペレーターの役割を果たしている佐々木の冷静な声が状況を的確に説明した。

 第5世代型KMFであるサザーランドにフロートユニットを装備した、サザーランド・エア。

 旧世代の戦闘機やヘリなどに代わる、新世代の航空戦力である。

 時代が、ナイトメアに空を与えたのだ。

 戦争と言う、時代が。

 

 

 騒然とする艦橋で、ルルーシュ=ゼロだけが沈黙していた。

 その仮面は正面モニターをじっと見つめており、ハワイ艦隊所属のナイトメア編隊を見ている。

 つい先刻まで、ルルーシュ皇子を見送っていた艦隊の部隊を。

 

 

『V.V.が動かしたんだよ、姉さん。艦隊と、その編隊をね……まぁ、流石にまだ次世代機の配備は進んでいないけど。でもヴィヴィアンの火器を掌握し切れていない姉さん達相手なら、20機もいれば十分でしょ?』

 

 

 ぎゅっ、と操縦桿を握る手に力を込める青鸞。

 何故ならそれはロロの言う通りだからで、事実、ルルーシュ=ゼロは未だヴィヴィアンの全能力を発揮できる状態には無い。

 20機のナイトメアに群がられれば、航空戦艦と言えど鉄の棺桶に等しい。

 そして唯一の航空戦力である月姫、つまり青鸞は……。

 

 

『あはは、これで良い。これでヴィヴィアンは落ちて、ルルーシュは死ぬ。C.C.がどこにいるのかはわからないけど、そっちは僕は関知していないからね。姉さんさえ連れて行ければ、それで十分』

 

 

 青鸞の前には、ロロと言う障害が立ち塞がっている。

 柔そうな外見と異なり相当の腕前で、場合によってはラウンズにも比肩するのでは無いかと思う程だ。

 どうする、と自分に問いかける青鸞。

 何とかしなければ、ルルーシュが己の身を危険に晒して手に入れた全てが水泡に帰してしまう。

 

 

 だからと言って、はたして自分にロロが倒せるだろうか?

 実力的にはもとより、精神的にも。

 はたして、自分に「弟」が討てるのだろうか。

 それは、もしかしたなら、あの「兄」と同じ――――。

 

 

「『え?』」

 

 

 不意に、2人の声が重なる。

 何故なら、ヴィヴィアンの散発的な対空砲火を抜けてきたサザーランド・エアの編隊が側まで来た時、あり得ない出来事が起こったからだ。

 サザーランド・エアの両肩にマウントされていたミサイルポッド、先頭の1機が放ったそれが殺到したのだ。

 

 

『ど、どうして…………僕に!?』

 

 

 ロロ機、ヴィンセントに対して。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

(ふ、ふふふ。まさかこの俺が、2日間ただナナリーを待っていただけ、などと思っていたわけでは無いだろうな?)

 

 

 艦橋、困惑の声が広がる中で、やはり1人、ルルーシュ=ゼロだけが沈黙を保っていた。

 いや、今はその仮面の下で深い笑みを浮かべている。

 赤く輝く左眼を笑みの形に細めながら、正面のモニターを見つめている。

 

 

 味方であるはずのハワイの編隊に、やはり味方であるはずのヴィンセントが集中砲火を浴びている様を、見つめている。

 あのナイトメアのパイロットは今頃相当慌てていることだろう、まさか味方に背後から撃たれるとは思っていなかっただろうから。

 

 

(スザクにポリネシア制圧艦隊を率いさせて追撃させてくる確率もあったが、やはりハワイの見送り艦隊を使ってきたか。ふ、これで条件は全てクリアされた)

 

 

 ここ数日の自分は冴え渡っている、ルルーシュをしてそう自賛したくなるような状況だった。

 ハワイ艦隊、その見送り部隊で追撃をかけてくるのはナイトメアの航空戦力だろうと踏み、閲兵と称してパイロット達にギアスをかけた。

 ヴィヴィアンが敵に奪われ追撃を命じられたなら、ヴィヴィアン以外に「味方の識別コード」を持つ部隊・個人を攻撃するように、と。

 

 

 そして今、その策は結実した。

 

 

 あのナイトメアのパイロットがギアスユーザーであったのは驚きだが、所詮は1人の戦闘能力。

 ルルーシュのギアスの、いや、ルルーシュの智謀の敵では無い。

 これで良い……そう思い、ルルーシュは正面モニターを見やっていた。

 しかし、そこでさらに起きたことに彼は瞳を見開くことになる。

 

 

『……青鸞!?』

 

 

 深緑の輝きが、戦場の空を照らし出すことによって。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 立て続けに放たれているミサイルの衝撃が収まった時、ロロは閉じていた目をようやく開いた。

 右眼にギアスは輝いていない、ミサイルのような物理現象には効果が無いためだ。

 だから、物理的な奇襲に対しては対抗策が……いや、それは今は良い。

 

 

「何を……?」

 

 

 ミサイルの衝撃で片腕を失い、フロートユニットから紫電を散らせながらも、ロロはヴィンセントを振り向かせた。

 その向こうにはサザーランド・エアの編隊があり、ロロに向けてミサイルを放ち続けている。

 だが、そのミサイルはヴィンセントまで届かない。

 

 

「何を、しているの……?」

 

 

 両者の間にダークブルーのナイトメアが割り込み、左腕に新たに装備された輻射障壁発生装置でミサイルを防いでいたからだ。

 断続的な爆発が月姫の機体を揺らし、僅かずつだが確実に耐久力を奪っていっていた。

 そしてその背中に呆然とした視線を向けていたロロは、ふと何かを思い出したような顔になった。

 

 

「は、はは……何のつもり? もしかして、そんな風にすれば、僕が姉さんに情を感じるとでも?」

 

 

 冷笑を浮かべようとして失敗したような顔で、ロロはそう言った。

 ヴィンセントの残った腕にはまだランス型MVSが握られている、このまま背中から貫けば、それだけで月姫は撃墜できる。

 出来てしまうが、しかし。

 

 

「……う!?」

 

 

 その時、画面一杯に深緑の輝きが広がった。

 左腕の盾を振り払うようにしながら、そして同時に胸部装甲の間から深緑の輝きが漏れて、次の瞬間にダークブルーの追加装甲が次々にパージされた。

 外部の装甲がほとんど剥がされ、肉付きの無いナイトメアの素体を晒す月姫。

 

 

<GEFJUN FIELD DISTURB>

 

 

 ゲフィオンディスターバー、サクラダイトの運動を停止させるシステム。

 とは言えヴィヴィアンやロロのヴィンセントなどは対策が施されている、だが第5世代以前のナイトメアには通用する、すなわちサザーランド・エアの編隊には。

 ゲフィオンディスターバーの輝きの前に、機能を停止したサザーランドが海へと落ちていく。

 

 

(……今なら、やれる)

 

 

 背中を晒し、さらに装甲や武装をパージした月姫を見ながらロロは思う。

 ヴィンセントにはゲフィオンディスターバーの効果は及ばない、だから無条件に背中からランスで貫くことが出来る。

 コードが覚醒した今の青鸞ならば、多少のことは問題ない。

 要はコックピット部だけ持ち帰れば良いのだ、だから今なら、やれる。

 

 

「今なら……あ」

 

 

 その時、ロロは気付いた。

 月姫の真下に、サザーランド・エア編隊の指揮官機らしいナイトメアの姿があった。

 それはパープルカラーのヴィンセントで、どうやら部隊に1機だけ配備されていたらしい、そしてヴィンセントにはゲフィオンディスターバーは効果が無い。

 それが、真下からこちらに迫っていた。

 

 

 ……実際の所、それが青鸞を狙っていたのか、それともロロを狙っていたのかはわからない。

 2機が近くにいたから、あるいは無視しても良かったのかもしれない。

 しかし現実に、ロロは動いてしまった。

 無防備な素体状態の月姫と迫るヴィンセントを見比べて、ロロが取った行動は酷く単純な物だった。

 

 

「……ッ!」

 

 

 「姉」と同じように、「姉」に対してヴィンセントの背中を晒し。

 右眼のギアスを発動させ、「敵」のヴィンセントのパイロットの体内時間を停止させて。

 コントロールの切れた「敵」ヴィンセントに対して、ランス型MVSを投擲し。

 気が付けば、眼下で味方のヴィンセントが爆発四散していた。

 そしてそれに対して最も驚愕し動揺したのは、ロロ自身である。

 

 

(な……何をやってるんだ、僕は!)

 

 

 味方を攻撃してしまった、いやそれは別に良い、だが青鸞を守るなど。

 あってはならない、ことなのに。

 

 

『ロロ』

 

 

 その時、後ろから声をかけられて、ロロはビクリと肩を震わせた。

 ヴィンセントをゆっくりと振り向かせれば、そこにはサザーランド・エア部隊を壊滅させた月姫がいる。

 深緑の輝きは今は無いが、沈み行く太陽の赤い光に染まって、美しいと思った。

 

 

『ありがとう、助けてくれて』

「……ッ、違う! 僕は……!」

 

 

 ぎゅっ、と小指を握り締めて、指切りの指を握り締めて、ロロは否定した。

 そんな、助けるとかじゃない、情なんかじゃないと。

 目元を震わせながら、吐き出すように否定の言葉を告げたのだった。

 

 

「僕は……!」

『……良かった……』

 

 

 何が、とロロは思った。

 まさか「姉」と見られて良かったと言うつもりか、このヴィンセントにはまだ武装がある。

 そう思い、トリガーへと走らせた指を。

 

 

『迷ってくれて、本当に良かった』

 

 

 ぴたりと、止めて。

 ロロは、揺れる瞳で月姫を……青鸞を見つめた。

 そしてその視線を、青鸞は受け止めた。

 

 

「ボクもね、本当はわからなかったんだ。ロロを弟として見れば良いのか、敵として見れば良いのか、わからなくて、苦しくて……だから」

 

 

 コックピットの中で、青鸞は優しい笑みを浮かべた。

 心底ほっとしたような顔を、通信画面の向こうへと向ける。

 その先の衝撃に揺れる顔を、視界に入れながら。

 

 

「だからロロも同じで、本当に良かった」

『……何を、馬鹿な……!』

 

 

 吐き捨てるような声が、青鸞の耳朶を打った。

 

 

『僕は、僕は……貴女のような、化け物を、僕が……!』

 

 

 ――――化け物になってしまった青鸞が、独りぼっちにならないかと心配してくれた。

 

 

『僕は、姉さんだけ連れ帰れば、それで……だから、っ!』

 

 

 ――――姉だけは生かして連れ帰ろうと、一生懸命になってくれた。

 

 

『ただ、自分の身を……守ろうと!』

 

 

 ――――守ろうと、してくれた。

 

 

「ロロ」

 

 

 監視役、自分を撃った少年、そして弟。

 そんな複雑な存在に、それでも青鸞は泣きそうな笑顔を向けた。

 同じような、「姉」にそっくりな表情を浮かべる「弟」に、それでも笑顔を見せて。

 記憶と、心と、気持ちのままに。

 

 

「……ありがとう」

『……姉さん、ああ……姉さん……』

 

 

 一組の姉弟の手が、戦場の空で、機械を通じて――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 夕焼けの祭壇、この世の物とは思えぬその場所に、豪奢な衣装を纏った老人が立っている。

 老齢を感じさせない逞しい胸板を逸らせて、彼は果ての無い夕焼けの向こう側を見つめていた。

 その足元には、何故かチェスの駒が散らばっている。

 

 

「ふん、ルルーシュ……それでこのわしを出し抜いたつもりか」

 

 

 重低音の声が口から響き、夕焼けの中へ消える。

 誰も聞く者のいないその言葉の欠片は、「世界」へと溶けて見えなくなってしまう。

 否、元々人の言葉など目に見えない物だろう。

 

 

「青鸞、そしてナナリー。だがそれらを手に入れただけで満足しておるようならば、貴様の悲願は絶対に叶わぬ、そう、絶対に」

 

 

 にいぃ、と口角を釣り上げて、男……シャルル・ジ・ブリタニアは笑みを深くした。

 赤く輝く両眼は、はたして夕焼けの光を反射しているだけなのか。

 そして、老皇帝は目を細めて。

 

 

「……そろそろ、潮時かもしれぬな。マリアンヌよ……」

 

 

 ――――計画の刻は、近い。




採用兵器:
RYUZENさま(ハーメルン)提案:腕部輻射障壁発生装置。
ありがとうございます。

 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 おかしいですね……何故か主人公が女子にしかモテません。
 でも割と愛されヒロイン要素もあるので、その意味では望み通りのキャラクターに出来ているような気もします。

 ちなみに、ロロにミサイルが当たったシーンはあのBGMでお楽しみください(え)。

 次回はおそらく一旦、エリア11へ舞台を移すかと思います。
 さて、日本側のゴタゴタをどう鎮めるか。
 と言うわけで、次回予告です。


『……日本人は、ボクとナイトオブイレヴンを結び付けられていない。

 ブリタニアの総督府も、ボクは死んだんだと思ってる。

 騎士団や解放戦線には、ボクがゼロの頼みで外国を回ってたことになってる。

 これで、良いのかな。

 良いのかな、本当に……ボクは、ボクは、皆に』


 ――――TURN7:「青姫 の 帰還」

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