コードギアス―抵抗のセイラン―   作:竜華零

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残酷な描写があります、苦手な方はご注意ください。
(殺害・暴行表現注意)。
それを踏まえて頂いて、では、どうぞ。


STAGE1:「日本 の 青き 姫」

 皇暦2010年8月10日、この日、日本は世界の3分の1を領有する神聖ブリタニア帝国の侵略を受けた。

 圧倒的な物量を誇り、人型自在戦闘装甲騎「ナイトメア」を始めとする新型兵器を多数投入したブリタニア軍の前に、日本軍の防衛ラインは瞬く間に崩壊した。

 

 

 最終局面では徹底抗戦を唱えていた枢木(くるるぎ)ゲンブ首相が自決、自らの命でもって強硬派を抑え、日本は開戦後わずか一ヶ月たらずでブリタニア帝国に降伏した。

 そして、極東随一の経済大国を謳われた国は地図上から消滅する。

 その後、日本の名が消えたその地図の上にはブリタニア帝国の11番目の属領の名が載ることになった。

 

 

 <エリア11>

 

 

 11番目の植民地(エリア)を意味する言葉、それ以後、日本人はこの数字で呼ばれることになる。

 国も、名前も、権利も、自由も奪われ、代わりに差別と迫害、搾取と理不尽が彼らの上を覆った。

 希望も、誇りも、そこにはなかった。

 そして、そんな悲劇的な戦争から7年後。

 

 

 ――――物語が、始まりを告げる。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「――――この村落にテロリストが逃げ込んだとの情報を受けた! 村人全員を集めろ!」

 

 

 日本と言う国名が失われ、エリア11と言う属領名がその島々に与えられてより7年の後。

 かつて日本人と呼ばれていた人々は、地獄の中にいた。

 例えばとある山中、幹線道路こそ整備されているが都市部からは遠い、田畑が広がるどこにでもある農村の一つ。

 

 

 ここでも、そうだった。

 哨戒任務か何かにでも就いていたのだろう、ブリタニア軍の小部隊がやってきて、突然村人達を集めるように命令してきたのだ。

 曰く、この村に反政府武装勢力(テロリスト)が潜伏している――――。

 

 

「な、何かの間違いでございましょう、見ての通り、ここはただの農村で……」

 

 

 村長らしき老人が畑の入り口でブリタニア兵を前にそんなことを言っていた、眉根を下げた笑みは引き攣っているようにも、媚びているようにも見える。

 農作業の途中だったのだろう、手足が泥で汚れていた。

 周囲の畑の中には農作業を中断した村の農民達がいて、そんな彼らを見守っている。

 

 

 実際、農民が20~30人いるかいないか程度の小さな村落である。

 確かにこの7年間、日本……エリア11内部には多数のテロリスト・レジスタンスのグループが存在し、毎日のようにテロ活動を行っていた。

 しかしそれは農民達にとっては遠くの話で、何の関係も無い話のはずだった。

 

 

「も、もちろんブリタニア軍の皆様の邪ぱ」

 

 

 重ねての村長の言葉は、最後まで続けられることは無かった。

 何故なら隊長らしい男の手によって黙らされたためだ、黒のぴっちりとした不思議なスーツを着た男で、金髪碧眼の長身の男――――ブリタニア人だ。

 男の手には自動式拳銃(オートマティック)に似た電気駆動拳銃があり、銃口からは白煙が上がっていた。

 

 

「やはりテロリストを匿っているようだな、捜査妨害を排除するため、銃器の使用を許可する」

「「「イエス・マイロード!」」」

 

 

 口調は真面目だ、しかしブリタニア人の男の口元にはニヤニヤとした笑みが浮かんでいた。

 周囲の兵士達は彼と違い、頭全体を防弾装備のメットで覆っていて表情は見えない。

 だが、そのメットの下で似たような笑みを浮かべているのは明白だった。

 

 

 周囲の農民達は、一瞬、何が起こったのかわからなかった。

 頭の右上4分の1を文字通り吹き飛ばされた村長がゆっくりと畑の泥の中に倒れた時、ようやく理解が追いついたらしい。

 しかしその時には、少なくともその場にいた農民達にとっては何もかもが遅すぎた。

 気付いた時には……自分の隣で共に農作業をしていた仲間の頭が、吹き飛ぶのだから。

 

 

「よっし、命中~♪ どーよ、俺の腕前は」

「バカ野郎、まぐれに決まってるだろ。それにまだ動いてんだからノーカンだっつの」

「おっ、イレヴン共が逃げ始めたぞ、狙え狙え!」

 

 

 日本語ではない、流暢なブリタニア語の声がメットの中から響く。

 黒の防護装備に身を包んだ彼らが何を言っているのかは農民達にはわからない、だが唯一「イレヴン」と言う単語だけはわかった。

 イレヴン、日本人の現在の名前であり――――蔑称だ。

 

 

 逃げ散り始めた農民達の背中に、次々と銃弾が当たる。

 ある者は頭の左半分を吹き飛ばされて脳漿を撒き散らして倒れ、ある者は腰に銃弾を受けて背骨を砕かれて腸を畑に漏らし、またある者は肺を撃ち抜かれ出血多量で死ぬまで痙攣を続けた。

 しかし連射ではなく単発の狙撃にこだわっているためか、半分程度は村へ到達しようとしていた。

 

 

「ちっ、的がちょこまか動くもんだから……あと3つヤらねぇと俺の驕りになっちまう」

「全員にだぞ、忘れんなよ」

「ははっ、ごち~」

「あっつ……隊長~」

「わかったわかった」

 

 

 隊長と呼ばれたスーツの男は泣きついてきた部下に表情を緩めて、自身は部下を乗せて来たらしいトレーラーに向けて歩きながら軽く手を振った。

 この隊長、若いように見えるが部下に対して気前が良いことで評判だった。

 ただ、それはあくまでブリタニア人の部下に対して、である。

 そして……。

 

 

「大隊本部には私から話を通しておく、好きにしろ。寂れた農村だが、驕りの代金くらいは稼げるだろう」

「うっひょ~、流石隊長、太っ腹~」

「へへっ、もちろん俺達も良いんですよね?」

「やりぃ、っても、こんな農村じゃ女も金も大したことなさそうですね……」

「ジェイクは別だろ、アイツ熟女好きだからな」

「ぎゃははははっ、違いねぇ」

 

 

 そして彼らは、この村にテロリストがいないことなど最初から知っていた。

 退屈な哨戒任務の暇潰しに、たまたま見つけた農村に遊びに来たのだ。

 内容は狩猟と小遣い稼ぎ、ただし狩猟の対象はイレヴンで小遣い稼ぎは強盗である。

 要するに、気まぐれな略奪だ。

 

 

 これは別に彼らが特殊なのでは無い、エリア11を占領統治するブリタニア軍の末端では良く行われていることだ。

 名目さえ立てばイレヴン相手に何をしても構わない、仮に殺しても罪にはならない。

 何故ならば、相手は対等の「人間」では無いのだから。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 テロリスト捜索と言う名の略奪は、エスカレートこそすれ収まる気配が無かった。

 畑は兵士達の足で踏み荒らされ、村の家屋の一部はブリタニア兵が面白がって放ったグレネードランチャーで屋根が吹き飛ばされ、さらに一部では火災が起こっていた。

 木造住宅ばかりの農村では、一件の火災が全体に広がるのも時間の問題である。

 

 

 しかし村人達にとっては、炎よりも大きな脅威が目前に存在していた。

 ブリタニア兵と言う名のその脅威は、村の各所で「遊び」に興じていた。

 例えば……。

 

 

「イレヴンのテロリストはケツに番号振ってるって話だ、おら、全員服を脱げぇ!!」

「勘弁しろよジェイク、そいつら全員50越えのババァじゃねぇか。つーか、イレヴンに俺らの言葉は理解できねーだろ、猿以下の知能しかねーんだから」

「あ、そうか。ん~……と、だなぁ」

 

 

 村の片隅に年配の女性ばかりを集めて、身振りで服を脱ぐよう迫っている兵士もいる。

 足元にはいずれかの女性の夫らしき男性が倒れている、鍬を持って戦いを挑んだらしい彼の腹部にはショットガンで吹き飛ばされたような大穴が開いていた。

 兵士の黒い防護服には返り血と内臓の一部がこびり付いており、極めて至近距離で撃ち殺したことが窺えた。

 

 

「「ぎゃあああああああぁぁっっ!?」」

 

 

 その女性達が濁った悲鳴を上げた、銃の先でスカートを捲られた女性が抵抗の素振りを示し、撃ち殺されたからである。

 彼女達の立場からすれば、武装した異国人に身振りで「服を脱げ」と告げられているのである。

 抵抗すれば殺される、わかりやす過ぎる程にわかりやすい構図だった。

 また、別の場所では……。

 

 

「や、べでぐれえええぇぇ……!!」

 

 

 30代らしき男が、村の井戸のロープで首を吊っていた。

 当然、本人の意思では無い。

 しかも彼の場合、同じ村人の手でそうさせられているのである。

 井戸の側には両親らしき年齢の男女がいて、傍に立つブリタニア兵にライフルの先で脇を突かれながら涙を流していた、母親らしき方は口の中で何度も謝っている様子だった。

 

 

「ぐぇえ……っ!?」

 

 

 吊るされた男が濁った悲鳴を上げる、その胸と腹からはとめどなく血を流していた。

 彼の身体に穴を開けたのは、少し離れた位置から狙撃ライフルで彼を狙うブリタニア兵だ。

 

 

「お、見ろよど真ん中だぜ、10点だろ10点」

「ばぁか、へそに当たってねぇんだから9点だよ、ありゃあ」

「それにしても怖いねぇイレヴンって奴は、自分の息子が的にされても文句一つ言わねぇんだからな」

「俺らブリタニア人だったら、自分が代わりに的になるくらいはするのになぁ」

 

 

 また一方では、村の家々に入り込んでは住民を射殺し、僅かな金品を回収して回っている者もいた。

 撃ち殺した相手の指を軍用ナイフで切り落として指輪を外し、唇や頬を引き裂いて金歯や銀歯を回収する。

 彼はまたある意味で幸運だった、何故なら。

 

 

「オルァッ、抵抗すんな面倒臭ぇ、イレヴンの猿女は黙って股出してりゃ良いんだよ!!」

「ひ、ひぎっ、ひぐうぅ……っ!?」

 

 

 鈍い音が3度続き、同じタイミングで3度甲高い呻き声が上がった。

 そこは村外れの倉庫のような場所で、兵士達が入り込んだ入り口とは逆方向に位置していた。

 それほど広くも無い村だ、誰かが隠れていても隠れられるものでは無い。

 実際、そこに潜んでいた若い女をその兵士は見逃さなかった。

 

 

 それはつい数ヶ月前に嫁入りで引っ越してきたばかりの女性で、それなりに容姿の整った20代の女性だった。

 しかし整っていた顔にはいくつも痣があり、鼻血と涙でグチャグチャになっていた。

 先程の音と呻き声は立て続けに鳩尾を殴られたためで、倉庫から外に逃げ出した所で捕まったのである。

 

 

「へへ、へへへ……っ、感謝しろよ、イレヴンがブリタニアの種を貰えるんだからな」

 

 

 滅茶苦茶な理屈で、倉庫の外の地面に女性を押し倒した兵士が軍用ナイフで相手の衣服を切り裂きにかかる。

 女性は殴打されて抵抗する気力も失ったのか、土に汚れた前髪の間から虚ろな目で兵士を見ていた。

 目線を動かせば、撃ち殺された彼女の夫の遺体が転がっていることだろう……。

 

 

 夫を殺されて暴力を振るわれ、言語も通じない、黒の防護服とメットに身を包んだその兵士は女性には人間には見えなかった。

 まるで宇宙人か何かのような、人間では無い何かのように思えてならない。

 それでも殺されたくない一心で、これから訪れるだろうおぞましい時間が早く過ぎてくれることをただ祈った。

 

 

「う、うぐ、う、ふ……ぅ……っ」

 

 

 ――――これが、今の「日本」。

 支配するブリタニア人と、支配される日本人(イレヴン)

 イレヴンは財産や生命を一方的に搾取されるのみで、訴え出ても無視される。

 奪われ、踏み躙られ、蔑まれて、玩具にされて、そしてそれが当然のように思われる世界。

 

 

 対等の人間ではない、路傍の小石以下の何か。

 それがブリタニアと言う国に植民地にされた「日本」、エリア11と呼ばれる土地に住むかつての日本人、イレヴンと呼ばれる人々の今なのだった。

 イレヴンはただ身を震わせて、上位者であるブリタニア人の気まぐれな慈悲に縋る他ない――――……。

 

 

「……あ?」

 

 

 ――――否。

 

 

「何だぁ……?」

 

 

 すっかり大人しくなった女性に気を良くした兵士がメットを外した時、彼は目の前に突き付けられた「それ」に気付いた。

 兵士と女性の間にそっと差し込まれたそれは、女性に馬乗りになった兵士の眼前にあった。

 太陽の光を反射する、独特の紋様を持つ銀色の刃。

 兵士が視線を上げれば反り返った刀身と、独特の装飾が凝らされた鍔と柄が見えた。

 

 

「――――――――ケダモノめ」

 

 

 聞こえてきたのは何故か、流暢なブリタニア語。

 それも、若い女の声だった。

 しかし、それ以上のことを認識することは出来なかった。

 何故なら次の瞬間、彼はこめかみを何かに強打されて……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 山中の幹線道路の上に、一台のトレーラーが停車している。

 その車以外には、他に車が通る気配も無い。

 ブリタニア軍の常備検問も無いような辺鄙な道路であって、トレーラーが通ること自体が珍しい、そんな場所だった。

 

 

 そのトレーラーの座席には、1人の男が座席のボックスに両手と顎を乗せるような体勢で座っていた。

 細身の身体に少年のような風貌、眼鏡をかけているせいか童顔に見える。

 ラフな印象を受ける私服を身に纏っているが、その下に覗く筋肉は鍛え上げられたそれとわかる程に引き締まっていた。

 

 

「……遅いなぁ、どこまで行ったんだか」

「まぁ、女性(レディ)の身嗜みには時間がかかるって言いますし」

 

 

 そんな彼に唯一応じた声は、3人がけの座席でハンドルの前に座る男だった。

 スポーツ刈りよりやや短い髪の男で、男にしては小柄な身長が特徴と言えば特徴だった。

 そう年の変わらない眼鏡の男に敬語を使っているあたり、何かがあるのかもしれない。

 

 

「まぁ、そりゃそうなのかもしれないけどさ……っと、おい、青木」

「はい?」

 

 

 億劫そうにそう言って眼鏡の男が背伸びした、しかし彼はそのまま姿勢を硬直化させた。

 というのも、何気なく左を、つまり助手席側の窓の外にある物を見たからだ。

 ハンドルを握る男の名を――青木逞(あおきたくま)と言うのがフルネーム――呼んで、そちらへと指を指す。

 

 

 それは、山肌を削って築かれた幹線道路からは良く見えた。

 1キロか2キロか、やや進んだ位置に見える黄色と茶色の畑の向こう。

 そこから、穏やかではない黒煙が上がっているのを男は見た。

 

 

「キョウトからの帰りで、何と言うか面倒事な予感……」

「こりゃヤバい、行きますか?」

「勿論」

 

 

 青木が左手でトレーラーのギアを入れてアクセルを踏み込む、するとぐっとシートに押し付けられるような勢いで車が走り出し、開けた窓からタイヤのゴムがコンクリートの道路との間で摩擦音を立てるのを聞く。

 彼らとて聖人君子ではない、普段なら無視する可能性も捨てきれない。

 何しろ、今は「アレ」を運んでいる所なのだ。

 

 

「ただお手洗い(トイレ)借りに行っただけでコレとはね、ウチのお姫様は本当に……」

 

 

 過激だこと。

 そう呟いて、ハンドルの動きに合わせて道なき道へと突っ込むトレーラー。

 整備された道路から外れて、ガードレールをブチ破って。

 その意味において、彼らの方がよほど過激であると言えた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「――――ハミルトンと連絡が取れなくなっただと?」

『はい、10分前から……』

「どうせまた、どこかでコソコソと犯ってるんだろう。適当に探して、冷やかしてやれ」

『了解、隊長もお人が悪い……』

「ははっ、それじゃあな」

 

 

 部下からの通信を笑いながら切って、金髪の隊長は狭苦しいシートに背中を押し付けた。

 そこは薄暗く、人が1人入れるだけのスペースしかない場所だった。

 どこか戦車の操縦席を思わせるそこには固いシートの座席と、コードとディスプレイに覆われた無骨な機器に囲まれている。

 

 

「まったく、アイツらにも困ったものだ」

 

 

 彼自身は、必ずしも今回のような遊び……俗に言うイレヴン狩りのような行為に関心は無かった。

 しかしエリア11統治軍の中枢があるトーキョー周辺ならばともかく、末端部隊などではこうした形で一種のガス抜きを図るのも必要な職務なのだった。

 命令とは言え、来たくも無い異国の地で軍務に就く、それもいつテロで命を失うかもしれない仕事をさせられるのだ。

 

 

 ストレスも溜まろうと言うもので、その点において彼は部下達に対して「理解のある」隊長だった。

 そしてそれは、そのまま彼自身の境遇にも重ねることが出来る。

 ディスプレイの隅に貼り付けておいた写真を手に取る、そこには金髪の若い女性と女性に抱かれた赤ん坊が写っていた。

 

 

「…………ふぅ」

 

 

 寂しげな溜息を吐いたその時、ふと座席隅のディスプレイに表示されているデジタル表示の時計に目をやった。

 そして写真を元の位置に戻し、再び通信機を操作して外の部下達に繋げる。

 そろそろ哨戒から戻らなければならない時間だ、流石に遅れるのは不味い。

 

 

「おい、そろそろ駐屯地に戻……」

『た、隊長、ちょうど良かった。ハミルトンの奴が……』

「何だ、まだ見つからないのか?」

 

 

 初めて不満を表情に浮かべて、彼は通信の向こうに声を投げた。

 受けた相手は戸惑いと困惑を乗せた声で応じるばかりだ、何度かまごついた後、自分でも理解できないと言う様子で。

 

 

『は、ハミルトンの奴が、ヤられちまって……!』

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 連続して響く射撃音に、村人達は身を寄せ合って縮こまっていた。

 それはブリタニア兵の1人が空に向けて放ったアサルトライフルの射撃音であって、武器を持たないはずの村人達に対する明確な威嚇行為だった。

 

 

「この中に俺達の仲間をヤった奴がいるのはわかってるんだ、正直に名乗り出ろ!」

「さもなきゃ全員ブッ殺すぞ、極東の猿(イエローモンキー)共が!!」

 

 

 村の広場に集められた生き残りの村人達は、ブリタニア語でがなり立てる彼らを怯えた目で見ることしか出来なかった。

 生き残りと言っても、一度衣服を剥かれて今は前だけを隠している年配の女性や、顔面を黒く腫れさせている男性など、無傷な者は誰もいない。

 

 

 一方で、ブリタニア兵側も気が立っている様子だった。

 広場の隅には衛生兵らしき男がいて、1人のブリタニア兵を治療しているらしい。

 四肢の骨を折られて村外れの倉庫の前で気絶していたのを、探しに行った仲間が発見したのである。

 彼らもまた、極度の緊張状態にあった。

 言葉が通じない村人、そして無抵抗のはずの農村で仲間が大怪我を負わされたが故に。

 

 

「……クソッ、面倒臭ぇことさせてんじゃねぇーよ!」

「ヒッ!?」

 

 

 しかし、これもまた随分と奇妙な話ではある。

 10人以上の隣人を殺された村人達が何も言わないのに対し、1人の仲間を傷つけられた兵士達が義憤に駆られて憤っているのである。

 現在のエリア11における命の比重(ふびょうどう)を如実に表しているようで、非常に興味深い命題と言うことができるだろう。

 

 

「テメェがハミルトンをヤったのか、アアン!? そうなんだろ!?」

「や、やめ……こ、殺さないでぇ……ごひぇっ!?」

 

 

 身を寄せ合う十数人の村人、一番外側にいた中年女性の頬にこれでもかと言うぐらいに拳銃の銃口を押し付ける。

 ブリタニア語で脅し、日本語で命乞いをする。

 皮肉なことに、それだけは言語が通じなくとも成立するコミュニケーションだった。

 命乞いが鬱陶しかったのか、最終的には前歯を折りながら女の口に銃口を突っ込み……。

 

 

 

「おいアレックス、もう良いだろ」

 

 

 その時、彼らの顔に浮かんだ安堵の表情は……酷く、惨めだった。

 言葉はわからないが、別のブリタニア兵が女性の口に銃を突き込んでいるの肩を掴んで仲間を止めた兵士の口調の穏やかさに希望を見出したようだった。

 しかしその実、彼は穏やかな口調でこう言っていたのだ。

 

 

「コイツら全員、並べて射殺しよう。誰がハミルトンをヤったかはわからないが、全員殺しちまえば万事解決じゃねぇか」

「けどよ……!」

「わかってる、だから時間をかけて処刑するんだ。銃で足を撃って、生きたまま火をつけてやろうぜ」

 

 

 そんな狂気の会話を、村人達は黙って聞いている。

 何を言っているのかは理解できない、ただ、哀しいことに許されることを期待している様子だった。

 もし、ブリタニア兵の会話を理解できている人間がいたのならば、別の。

 

 

 ――――コンッ。

 

 

 別の対応、例えば石を投げるなどの行為を行ったかもしれない。

 今、起こったことのように。

 誰かが投げた小石が、女性に銃を突き込んでいた男の頭部メットに当たったのである。

 

 

「……誰だオルァ!?」

 

 

 女性を突き飛ばし、周囲を窺う。

 他のブリタニア兵も同じように周囲を探り、石を投げた人間を探す。

 方向を特定し、高さを特定し、そして。

 

 

「屋根の上だ!!」

「何っ!?」

「……いたぞ!」

 

 

 ブリタニア兵の10本以上の銃口が、一方向に向けられる。

 そこは村の木造の家屋の一つで、広場を見下ろす位置にあった。

 しかしその屋根の上に立っていたその人物を見て、ブリタニア兵だけでなく村人達も一瞬、言葉を失った。

 

 

 そこにいたのは、女だった。

 それも女性ですらない、まだ年若い少女だった。

 涼やかな青の着物を纏ったその少女は、着物の華やかさとは裏腹に。

 酷く、凍りついたような無表情でブリタニア兵を見下ろしていた――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 頭の後ろ、高い位置で結ばれた長い黒髪の端が火災の風に煽られてハラハラと舞う。

 目鼻立ちがハッキリ整った顔立ち、瞳は黒曜石の如く澄み、青に淡いオレンジと薄い黄色の竹の柄に黒の帯の着物に良く映えている。

 動きやすいように着物と襦袢の袷に細工でもしてあるのか、それとも無理をしているのか――まるでチャイナ服のように深くスリットが入り、片足が太腿まで露になっているのも目を引いた。

 

 

「な、何だぁテメパッ!?」

 

 

 先程まで村の女性を銃で脅していた兵士は、最後まで言葉を続けることが出来なかった。

 最初と逆だ、この村の村長がそうであったように、意思とは関係なく中断させられたのである。

 屋根の上の少女が手に持っていた、電気駆動式の拳銃によって。

 

 

「アレックス!?」

「アレは……!?」

「……ハミルトンの銃だ! あの女がハミルトンを……アレックスまぐはっ!?」

 

 

 急に騒がしくなったブリタニア兵を煩わしく思うように、少女はさらに発砲した。

 それは続け様に2人のブリタニア兵の腹と足に命中し、彼らを地面に打ち倒した。

 防護服のおかげか死んではいないようだが、しかし負傷したのは確かなようだった。

 

 

「ぐああああぁぁぁ……クソッ、イレヴンがああああああぁぁっ!!」

「衛生兵ッ、オーランドッ!」

「ちっ……撃てぇ!」

「撃ち殺せ!!」

 

 

 負傷した仲間を庇いながら、ブリタニア兵のアサルトライフルが火を噴く。

 一箇所に固められていた村人達の悲鳴が響く中、無数の弾丸が黄色い射線を描きながら家屋の屋根を襲った。

 それは当然屋根の上に立つ少女を狙ったもので、木造の屋根が小さく爆ぜて木片が散った。

 当然、着物の少女はそれから逃れるようにヒラリと裏に飛んだ。

 

 

「――――逃げるぞ!」

「逃がすかッ、B班は負傷者(そいつら)をトレーラーに下げろ、ハミルトンも忘れるなよ!」

「A班はついて来い、C班はイレヴン共を見張ってろ!」

 

 

 流石に同じ部隊に所属しているだけあって、そして曲がりなりにも正規の軍隊だけあって連携は取れている。

 人質を確保し、かつ負傷者を後送し、そして目標を追うための陣形を取った。

 先頭の兵士が家屋の壁に背をつけて後ろの兵に手でサインを送り、即座にアサルトライフルを構えて家屋の裏へと飛び込む。

 

 

「死ねっ、イレヴ――――ごぶっ!?」

 

 

 先頭の兵士の視界に移ったのは、翻るような銀の剣閃だった。

 青い着物の女が懐の飛び込んで来たかと思えば、柄の部分で銃口を跳ね上げられ、拍子でトリガーを引いて無数の銃弾をバラ撒きながら――――鳩尾、防護服の隙間から胴を薙がれていた。

 その兵士が呼吸器官を吐瀉物で満たして意識を途切れさせた時、逆方向の壁から別のブリタニア兵が飛び出してきた。

 

 

「貴様ぁ――――っ!」

「……ッ!」

 

 

 背後を取ったとはいえ、反対側に仲間が倒れているためにアサルトライフルは撃てない。

 少女はそこを最大限に利用した、倒れたブリタニア兵を射線軸に起きつつ駆ける。

 

 

「な……!」

 

 

 メットの隙間に刀の背を差し込むように打ち込む、メットの中でブリタニア兵は目玉を飛び出させるのではないかと思う程の衝撃を受けて意識を飛ばされる。

 そしてさらに奥にいた2人を拳銃で撃つ、肩と足を的確に射抜いた。

 どうやら少女は、ブリタニア兵の防弾装備の弱点を熟知している様子だった。

 そうでなければ、こうも簡単にブリタニア兵を打ち倒せるはずが無い。

 

 

「…………」

 

 

 少女は無言で倒れ伏すブリタニア兵を一瞥すると、切れ味が鈍っていないかと確かめるように刀の刃先に視線を向けた。

 拳銃については弾が切れたのかその場で捨てたが、刀は捨てるつもりは無いらしい。

 その時、悲鳴が聞こえた。

 

 

 村人達の悲鳴だ、少女は眦を決して家屋の陰から広場へと駆け出た。

 家屋の陰から飛び出た先で、着物と黒髪の端を慣性のままに靡かせながら少女が立ち止まる。

 息を詰めて見上げた視線は高い、まるで巨大な何かを見つけたかのようだった。

 

 

『貴様か、私の部下達を潰してくれたと言うイレヴンの小娘は』

 

 

 そしてそこにいたのは、まさに「巨人」だった。

 村の広場の真ん中に屹立するそれは、おそらくは兵士達を乗せて来たトレーラーに積まれていたのだろう「装備」だった。

 悪夢と同じ名前を持つその「兵器」こそが、ブリタニアの支配の象徴――――。

 

 

 ――――『ナイトメアフレーム』、である。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 自在戦闘装甲騎(ナイトメア)と呼称されるその兵器は、わかりやすく言えば人型ロボットだった。

 4メートルを超える無骨な巨体に、胸部と背面に出っ張った不可思議な形のコクピット、人間で言う踝の部分に備えられたランドスピナーと呼ばれるローラーが特徴的な、機動兵器である。

 7年前に日本を侵略したブリタニア軍が初めて実戦投入して以来、現在では世界各国の主要な陸上兵器へと成長を遂げた戦術兵器だ。

 

 

『武器を捨てろ、そして両手を頭の上に』

 

 

 セオリー通りの警告が拡声器を通じて外へと響く、それは当然、ブリタニア兵を相手に大立ち回りを演じていた着物の少女へと向けられていた。

 数人残った周囲のブリタニア兵も彼女へと銃口を向けている、村人達は相変わらず身を寄せ合って嵐が過ぎてくれることを祈っていた。

 

 

『まったく、私の部隊の隊員を何人も……野蛮なイレヴンめ、情理を理解できぬ犬めが』

 

 

 倍するイレヴンを殺害したその口で、目の前のナイトメア……『グラスゴー』と呼ばれる、実戦投入初期の機体(きゅうがた)に乗る隊長の男はそう言った。

 その言動のどこからも、イレヴンを対等の人間として見ている節は見て取れない。

 

 

『さぁ、その野蛮な剣を捨てろ! さもないと……』

 

 

 グラスゴーの腕が持っているのは、アサルトライフルをそのまま巨大化したかのような銃だった。

 ブリタニア製のナイトメアが標準装備している銃器だ、イメージとしてはアサルトライフルのようにフルオート射撃が出来る戦車砲だと思えば良いだろう。

 その銃口が、村人達の方へと向けられる。

 それに合わせて兵達も人質から離れるが、とても喜べるような状況ではなかった。

 

 

「…………」

 

 

 ここに来て、初めて少女の顔が苦悶に歪む。

 相手がその気なら、刀ごと自分をナイトメアのライフルで吹き飛ばしていたはずだ。

 それをせず、あえて武器を捨てさせると言うことは……つまり、「そういう」ことだろう。

 捕虜にするわけではない、それとは別の扱いを自分にするだろうことは容易に想像が出来た。

 

 

 かり……と言うその音は、少女が唇の端を噛み締めた音だ。

 村人達に突き付けられたナイトメアのライフルを睨み、しかし打つ手が無く、少女の手から刀が滑り落ちようとした――――その時。

 村の外れから、遠く、いや近くに、激しい内燃機関の音が響き渡った。

 

 

「何だ!?」

 

 

 ブリタニア兵の誰かが叫んだ次の瞬間、彼は凄まじい衝撃に見舞われることになった。

 具体的には、家屋を薙ぎ倒して現れた大型のトレーラーによって。

 トレーラーの自動車部分に正面から轢かれたブリタニア兵は悲鳴を上げる間も無く吹き飛ばされ、四肢をあらぬ方向に曲げながら空中に舞い、鈍い音を立てて地面の上に落ち動かなくなった。

 

 

 しかし一同の視線は、残念ながら彼には向かない。

 逆に彼を轢き、家屋を薙ぎ倒して飛び出してきたトレーラーは――焼けた家屋の木材を屋根に乗せながら――そのまま、少女の前をも通り過ぎてグラスゴーへと突っ込んだ。

 硬質な金属がぶつかり合う独特な轟音が響いて、トレーラーがグラスゴーへと激突する。

 

 

『何だ、貴様はぁっ!?』

 

 

 グラスゴーは自身の推進力であるランドスピナーを回転させ、緩い地面の砂利を撒き散らしながら前へと、つまりトレーラーと推進力を競う形で対抗した。

 そしてそれは功を奏して、車輪と地面の間で摩擦音が重なって悲鳴を上げる。

 アサルトライフルをトレーラーのフロントガラス――強化ガラスらしい――に押し付ける形で、グラスゴーはトレーラーを押し退けようとした。

 

 

「――――省悟さんっ! 青木さんっ!」

 

 

 少女がトレーラーに乗っているだろう人間の名を呼んだ、それに応じるようにトレーラーに変化があった。

 後部トレーラーのハッチが、まるで野外ステージを広げるように開いていく。

 屋根が出来るように下から上へ、太陽の輝きを反射する銀の壁が競り上がっていった。

 

 

 その意を汲んだとばかりに少女が駆け出す、しかし当然ながら無防備なその背にブリタニア兵が銃口を向ける。

 だが彼らがその目的を達成する前に、新しい銃声が響き渡った。

 倒れるのはブリタニア兵、そして立っているのは……。

 

 

「省悟さん!」

「青ちゃん、お待たせ」

 

 

 そこにいたのは、少年のような風貌に眼鏡をかけた男だった。

 彼の名は、朝比奈省悟(あさひなしょうご)

 青と呼んだ少女に笑みを見せつつも、その手に持った8ミリの自動式拳銃を撃ち続けている。

 トレーラーの運転席側、覗き窓越しに男の親指が見える、運転手の青木も今は無事のようだ。

 

 

「トイレに行ったっきり戻ってこないから何してるのかと思えば、随分と……」

「……ごめんなさい」

 

 

 それまでが嘘のように、少女はしゅんとした表情を浮かべている。

 朝比奈としてはそれに苦笑を返したかったのだが、そうもいかない、元々トレーラーでナイトメアを止められるはずが無いからだ。

 実際、トレーラー全体が徐々に傾き始めていた、このままでは横転するだろう。

 

 

「青木さん! あと何秒保ちますか?」

「30秒は保たせるぜ、お嬢!」

「省悟さん、無頼は?」

「基本のエナジーしかないから、10分くらいなら。……僕が行きたい所だけど、コレは青ちゃんのサイズで造ってあるらしいから。まったく、キョウトのお歴々は……」

 

 

 小さく首を横に振り、外から撃ってくるブリタニア兵に撃ち帰す朝比奈。

 自分を隠す細い背に目礼した後、青と呼ばれた少女は駆け出した。

 着替えの時間が無いため、邪魔っ気な青の着物の帯を解いて脱ぎ捨てて、白の襦袢姿になる。

 その帯すらも緩め、全体的に肌の面積を増やしながら、少女は「それ」に飛び乗った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「ええぃ……鬱陶しい! イレヴンが!!」

 

 

 グラスゴーのコックピットの中で金髪の隊長が叫び、操縦桿を微妙に操作し、ナイトメアの立つ角度をズラしてトレーラーをやり過ごした。

 強化ガラスらしい正面の窓の向こうで、イレヴンの男が何事か叫びながらハンドルを切っていた。

 しかしトレーラーはグラスゴーの横を通り過ぎるように疾走し、そのままバランスを崩しつつ別の家屋を薙ぎ倒して大木に激突し、白煙を噴きながら横転した。

 

 

 隊長は再びアサルトライフルをそちらへと向ける、今度は止めるつもりは無かった。

 部下を倒され、コケにされ、今度ばかりは堪忍袋の尾が切れた。

 操縦桿に備えられたスイッチに親指を乗せ、ライフルを発射すべく指を滑らせた、その時。

 

 

「――――ッ!」

 

 

 隊長は息を呑んだ、コックピットの中に警戒を知らせる赤ランプが灯ったからだ。

 対戦車ライフルか何かかと思ったが、彼の予想は外れる。

 何故なら、白煙を上げるトレーラーの中からアンカー付きのワイヤーが放たれたからだ。

 

 

「スラッシュハーケンだとぉ!?」

 

 

 スラッシュハーケン、それはナイトメアの基本装備の一つだ。

 特殊鋼で造られたアンカーとワイヤーからなり、ナイトメア本体に備えられた巻き上げ機と射出機によって運用する武器(使用法は多岐に渡るので、一概に武器とは言えないが)である。

 それがあるというコトは、と、隊長の男が脳裏にある予感を覚えたその時だ。

 

 

 放たれたスラッシュハーケンを機体を右へと走らせることで回避した後、彼のナイトメアの頭部のパーツが開き、周囲を探るように赤い光が明滅した。

 それはセンサーカメラであり、索敵用の兵装だった。

 そして捉える、「敵」の姿を。

 トレーラーの荷台から飛び出し、太陽を背にしながら彼の機体を飛び越え背後に着地したそれは。

 

 

「アレは……グラスゴー? いや、違う。あの頭部の角の形は……まさか!?」

 

 

 隊長の予測を肯定するように、ディスプレイに識別コードが出る。

 今、彼の目の前に降り立った機体は間違いなくナイトメアである、電磁波や装甲などの基本データからして、日本最大の反ブリタニア勢力が使用していると言うグラスゴーの改造(コピー)品が最も近い。

 だが、データ的にはやや違うらしいとの結果が出ている。

 

 

 直に見るのは彼も初めてなのでどこが違うと聞かれれば困るが、データと照らし合わせた限りでは。

 カラーリングは濃緑ではなく黒に近い濃紺で、頭部にある飾り角は一本、左肩に小さな日章旗のペイント、されに両腕のナックルガードは肘部分まで覆い盾のようにも見える。

 そして、その手に握るのは――――先程の少女が持っていた物を巨大化したような、漆黒の刀。

 

 

「……ッ、調子に」

 

 

 狭苦しい村の広場の中、怯える村人達と立ち尽くすブリタニア兵の前で2機のナイトメアが睨み合っていた。

 まるで、「対等」の敵のように。

 ――――対等?

 そんなことは、あってはならない。

 

 

「乗るなよ、この犬があああああああああああああぁぁぁっっ!!」

 

 

 ――――イレヴン如きに!

 その意識が、隊長の脳から他の全ての情報をシャットアウトした。

 頭に上った血は容易には下がらない、彼はまずアサルトライフルを構えた。

 躊躇無く射撃し、回避する敵機――村人のいない方へ駆けている――を追いかけ、撃ち続ける。

 戦車砲のような銃弾が火花を散しながら放たれ、轟音を立てながら地面や家屋を弾き飛ばしていく。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――「無頼(ぶらい)」。

 それが、そのナイトメアの名前だった。

 日本のある組織がブリタニア帝国のグラスゴーをコピー・改良した機体で、現在における日本側、つまり反政府(ブリタニア)勢力の主力機とも呼べる存在だ。

 

 

 7年前の日本・ブリタニア間の戦争では、存在しなかった兵器。

 あの時の戦争の時点で日本軍がこれを保有していればと、誰もが思ったはずだ。

 そして今、その兵器は日本人の手にある。

 

 

「……天国から見ていて、父様……!」

 

 

 その無頼――――少女のために製造された専用カスタム機のコックピットの中、少女が目の前の四角いディスプレイを睨みながら呟いていた。

 父のことを呼び、見ていてくれと願った。

 コックピットのシートに足を開いて座るためだろう、襦袢の帯が半分以上緩められて、細く白い両足が太腿のかなり際どい部分まで見えてしまっていた。

 

 

「行くよ、無頼……!」

 

 

 少女が一気に両手で握った操縦桿を前に倒す、少女のために造られた機体はその声に応えるように駆動音を上げた。

 刹那、すでに村から離れて畑の中へと戦場を移していた少女の無頼は地上を急旋回した。

 茶色い畑にローラーの跡を刻んで、大きく回りながら追撃してきたグラスゴーを正面に据える。

 

 

 グラスゴーとそのコピー機、機体性能自体にそれほどの差があるはずは無い。

 同じような速度で、互いの距離をつめることになる。

 差があるとすれば武装だ、片やアサルトライフル、片や刀。

 勝負を決する方法は、おのずと決まっている。

 

 

「正面からだと……バカめ、蜂の巣にしてやるっ!!」

 

 

 グラスゴーの中で隊長が吠える、そして彼は言葉の通りにした。

 アサルトライフルの射撃を続ける、それも正面から無策で突っ込んでくる敵機へと。

 彼は笑った、やはりイレヴン如きにナイトメアの操縦など無理なのだと。

 次々と着弾してしくアサルトライフルの弾丸の様子に笑みを浮かべて、彼は次の瞬間に訪れるだろう勝利の瞬間を待った。

 

 

「……なっ!?」

 

 

 しかし、その勝利の瞬間は訪れなかった。

 無頼がその異様に巨大なナックルガードを腕を重ねる形で前に出し、物理的な盾としたためだ。

 強度の程はわからないが、どうやら中遠距離のライフル弾程度なら防ぎ得るらしい。

 

 

「その武装に、ボク達は何度もやられてきたんだ……!」

 

 

 どんな馬鹿でも防ぐ方法くらい思いつく、そう思いながら少女が操縦桿を引く。

 相手のグラスゴーが射撃を止めた隙に防楯の腕を外し、胸部左右からスラッシュハーケンを放つ。

 呼応するようにグラスゴーもスラッシュハーケンを放つが、遅れた分だけグラスゴー寄りに4本のスラッシュハーケンのアンカーが激突した。

 しかしこの場合、遅れながらハーケンを当てた隊長の技量をこそ褒めるべきだろうか。

 

 

「この程度で、ブリタニア人である私が……ッ」

 

 

 スラッシュハーケン激突の衝撃に顔を上げた時、隊長は驚愕に目を見開いた。

 敵の無頼が正面の画面から消えた、いや厳密には違う。

 正面から抜けてきた無頼は、ダンスのターンのように機体を回転させながらグラスゴーの右横を通過したのである。

 

 

 風が無いのに少女の黒髪が靡くように動くのは、コックピットの揺れのせいだろうか。

 それでも画期的な衝撃吸収システムに守られて、少女は右手を操縦桿から離して座席下の青いレバーを引いた。

 そして右の素足でペダルを踏み込むと、逆に左の操縦桿を立ててボタンを押した。

 

 

「ランドスピナー……逆回転!」

 

 

 今度はマニュアルを読み上げるにしては強い口調で、少女は言った。

 ディスプレイに映る風景が急速に横へと移動する、無頼がターンしているのだ。

 右のランドスピナーが前に、左のランドスピナーが後ろに進む。

 戦車でいう所の、超信地旋回と言う動きだった。

 右と左のタイヤ・キャタピラが逆に動くことで、最小の動作で位置を変えられる技術。

 

 

「馬鹿な、イレヴン如きに!?」

 

 

 そして、グラスゴーにはこの動きは出来ない。

 グラスゴーは旧型で、ブリタニア軍の新型ナイトメアには搭載されている技術だが、彼の中では劣等人種であるイレヴンに出来ることとは思っていなかったのだ。

 その衝撃が、彼の反応を遅らせた。

 

 

 遅れは焦りを生み、焦りは身体の動作を誤らせる、例えば引こうとした操縦桿から指先が外れるとか。

 戦場でするには大きすぎるミスだ、そして精密機械であるナイトメアの操縦においてミスは機体全体のバランスを崩す。

 バランスが崩れれば、当然――――。

 

 

「対KMF用試作刀、『タケミカヅチ』……!」

 

 

 左右正逆のランドスピナーの動きで軽やかに背後に回った少女の無頼は、地上で少女がそうしていたように腰溜めに構えた刀を突き出した。

 そしてその漆黒の刃先はグラスゴーの腹を抉った、コックピットの真下だ。

 

 

「はああああああぁぁぁ―――――ッッ!!」

 

 

 グラスゴーの機体内を斜めに抜けた刃が背中へと突き抜け、部品とコードを撒き散らしながら火花を飛ばす。

 まだ動くらしいグラスゴーの腕が、震えながら無頼の頭部を掴む。

 無頼のコックピットのメインディスプレイが、グラスゴーのマニュピュレータで覆われる。

 それは、まるでグラスゴーのパイロットの心境を現しているかのようだった。

 

 

「申し訳無いけど」

 

 

 少女と呼ぶに相応しいその顔立ちで、しかし酷く冷たい表情と声音で、告げる。

 

 

「貴方には倒れて貰う、ボク達の抵抗のために…………ブリタニア人!!」

 

 

 叫んで、両手で操縦桿を強く引くと同時に今度は両足で足元のペダルを踏む。

 それだけで、刃を抜くと同時にグラスゴーの手を離すことに成功した。

 後に残るのは、駆動系へのエネルギー供給が切れて両膝をついたグラスゴーのみだ。

 その刹那、コックピットが機体の後ろへと排出されるのを確認した。

 脱出機能だ、パイロットは無事なのだろう――――憎らしいことに。

 

 

 再びランドスピナーを非対称に動かして、その場でグラスゴーに背を向ける。

 その際、同時に血糊を払うように刀を振るった。

 直後、オレンジ色の爆発と油臭い爆風が周囲の空気を支配した。

 地響きと閃光、突風……その全てを背に受けて、日本の抵抗の象徴(ブライ)は屹立していた。

 

 

「……流石だねぇ、ウチのお姫様は」

 

 

 横転したトレーラー、その荷台から、打ち付けたらしい頭を押さえながら朝比奈が顔を出した。

 銃撃戦はすでに終わっていた、と言うより、ブリタニア兵そのものがすでにその場にいない。

 視線を向ければ、無頼のいる方向とは逆方向に必死に走る黒い防護服のグループが確認できるだろう。

 自軍のナイトメアがいないのに、敵軍のナイトメアがいるとなれば……真っ当な判断と言える。

 

 

 欲を言えば、彼らは全員生かして帰すべきではない。

 朝比奈としては、彼が青と呼ぶ少女の無頼(せんようき)はまだこの時点では見せたくなかったし、それを見た彼らを逃がしたくは無かった。

 しかし彼は冷静に、それが出来ないことも悟っていた。

 

 

「早く逃げないと、駐屯地のブリタニア軍が僕達に気付くだろうからね」

 

 

 ブリタニア兵など怖くは無いが、彼の尊敬する上官ならここは撤退の一手だろう。

 そのためには生き残りの村人達を迅速に落ち着かせなければならず、やはり追撃している余力は無い。

 朝比奈はもう一度、黒煙を上げるグラスゴーの残骸に背を向けて立つ濃紺の無頼を見つめた。

 

 

「……やれやれ」

 

 

 そして、手のかかる妹を見る兄のような目で笑ったのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 悪逆非道な侵略者を打倒して、勇者は歓呼の声で村人に迎えられる――――。

 そんな都合の良い展開は、現実には存在しない。

 人類を脅かす魔王を倒した勇者の前にいるのは、魔王以上の脅威となった勇者を見る怯えた瞳だけ。

 それを、少女は今まさに実感していた。

 

 

「ど、どうしてくれるんだ……これじゃ、ウチの村がブリタニア軍に……」

 

 

 生き残った村人の1人が、おそるおそるといった様子でそう言った。

 無頼で横転したトレーラーを起こし、手早く走行に問題が無いことを確認した後、トレーラーに無頼を収容し直すためにコックピットから降りて来た少女への第一声がそれだった。

 コックピットから降りるために使用したワイヤーを巻き戻しながら、少女がその言葉を発した村人の男に視線を向ける。

 

 

 そこには先程まで敵に……ブリタニア人へ向けていた敵意の残滓が残っていて、男は半分以上年下だろうその少女に明らかに気圧されていた。

 少女は降りる前に整えたらしい襦袢の帯に指を添えながら、鼻先に触れるように前髪を流して首を傾げた。

 

 

「先に襲ってきたのはブリタニア軍の方、あのまま放置すれば全滅していました」

「い、いや、それは……」

 

 

 その横ではトレーラーの中に鎮座した無頼を覆うように、若干ひしゃげている横部扉が閉じていく所だった。

 基礎動作分のエナジーしか無かったため、これ以上の稼動は難しそうだ。

 少女がそれを見上げている間にも、生き残った十数人ばかりの村人達の囁き声が聞こえる。

 

 

「で、でも、何もあんな風に……」

「そうよ、後で報復されるのは私達なのに……」

「変な助けなんてされたら、むしろブリタニアの人達が今度こそ本気で……」

「ほ、本当にテロリストがいたって、言われたら……!」

 

 

 自分達を襲ったブリタニア軍へは、恨み節ではなく多分な配慮と媚びの香りが覗く。

 それは、哀しみと痛みへの代償行為のような物だった。

 隣人の多くと村と畑を失った彼らは、今、打ちひしがれている。

 強大なブリタニア軍を恨んでも何も出来ない、だから他に恨みを向ける先を求めているのだ。

 目の前の少女が災いを持ってきた――――そう、見ている向きもあるのである。

 

 

「なら、(ワタシ)達と一緒に来れば良い」

「い、いや……それは……」

 

 

 そんな彼らに手を差し伸べて、少女は告げた。

 共に来い、共にブリタニアと戦おうと。

 ここにいては殺されると言うなら、自分達が守ると。

 しかしそれに対しても、村人達の反応は鈍い。

 

 

「抗わなければ、抵抗の意思を見せなければ、ブリタニアの暴虐は止まらない。絶対は約束できない、必ずとも言えない、だけど――――(ワタシ)達が貴方達を守ります、だから」

 

 

 共に抗おうと、少女が言う。

 媚びず、武器を手に取り、何もせずに殺され蹂躙される事に身を委ねるなと。

 何もせずに殺されるくらいなら、抗戦して死んだ方が意味があるはずだと。

 

 

「徹底抗戦。それが、今は亡き枢木首相のご意思でもあった筈」

 

 

 だが反応は無い、今は村を失った衝撃が大きすぎるのだろう。

 しかしそれを差し引いたとしても、村人達の反応は鈍い、いや悪かった。

 というのも、彼らにとって「枢木首相」という存在はそこまでの吸引力を持ってはいなかったし、何より……。

 

 

「枢木なんて……」

「……ブリタニアとの戦争を止められなかった無能じゃないか」

「そうよ、だいたい……自分だけさっさと自殺して、楽になって……」

「……卑怯者じゃない、徹底抗戦とか威勢の良いこと言って……」

 

 

 その時、初めて少女の瞳の奥が光り輝いたような気がした。

 星が銀河の中で生まれる瞬間の炎のような、烈火と言うに相応しい強い光だった。

 その光の名は感情と言い、その中でも「怒り」と表現されるべきもの。

 

 

「――――――――」

 

 

 少女が、一歩を踏み出そうとしたその刹那。

 ばさっ……と、その頭から青の着物をかぶせた者がいた。

 朝比奈である、彼は青の着物をかぶせた少女の頭を軽く抱き寄せるようにすると。

 

 

「そこまでだ、青ちゃん」

「……省悟さん」

 

 

 朝比奈は少女の頭を軽く押さえて俯かせると、それに代わるように生き残りの村人達を見据えた。

 少女と違い、大人の男の厳しい視線に村人達は気まずそうに視線を逸らす。

 それに対して朝比奈は肩を竦めた、どこか慣れているような仕草だった。

 

 

「別に無理強いはしないし、仲間になれとは言わない。けど村も畑も焼けちゃったみたいだし、僕達の勢力圏に来た方が良いとは思うけど?」

「せ、勢力圏って……あ、アンタ達はいったい……?」

 

 

 村人の問いに、朝比奈は眼鏡を押し上げて応じる。

 

 

 

「日本、解放戦線」

 

 

 

 朝比奈の告げた名前が、さざ波のように村人達の中に伝わっていく。

 日本解放戦線、その名前に村人達の顔色が確かに変わった。

 

 

「悪いけど時間がない、家族の弔いとかしたい人もいるだろうけど……来る人は来るですぐに決めてほしい」

 

 

 そう言い捨てて、彼は少女を抱いたままトレーラーへと歩き出した。

 朝比奈の手によって俯かされた少女は、今は自分の意思で俯いている。

 朝比奈は少女の様子を窺うでもなく、トレーラーの中で――軍仕様だけあって頑丈だが、流石に多少歪んでいる――戦々恐々としながらエンジンの再始動を試みている青木の方へと進んだ。

 

 

「青木、動きそう?」

「何とか……」

 

 

 青の着物を襦袢の上に羽織った少女は、それを何となく見上げている……。

 

 

「あ、あの……」

 

 

 不意に、少女の背中に声をかける存在があった。

 振り向けば、2人の女性がそこに立っている。

 そこにいたのは、顔を大きく腫らして切り裂かれた衣服を押さえている20代の女性と、前歯が数本欠けている中年の女性だった。

 

 

「ええと……私達みたいな女でも、連れて行って貰える……?」

「わ、私なんて、何も出来ないオバちゃんだけど……」

 

 

 おそるおそるのその申し出に、少女は少しだけ唇を大きく開いた。

 しかし何も言うことは無く、青の着物を頭からかぶったまま、小さく頷くに留めた。

 そして、後ろの荷台を指先で示しながら。

 

 

「……乗ってください」

「は……はいっ!」

「あ、ありがとう……ええと、えー……」

 

 

 少女を何と呼べば良いのかわからないのか、2人の女性が戸惑うような表情を見せる。

 それに気付いたのか、少女は唇を僅かに震わせるようにして言葉を発した。

 その言葉は、少女の名前だ。

 

 

枢木(くるるぎ)…………枢木青鸞(せいらん)

 

 

 聞こえた名前に、2人の女性は驚きに目を見開いた。

 しかしそれ以上は特に何も言わず、静かに頭を下げてきた。

 少女の……青鸞の頷きを確認して、女性達は荷台へと向かった。

 

 

「お、俺達も……連れてってくれないだろうか?」

「わ、わしらも……」

「何も出来ないけど……」

 

 

 先んじる者が出たからだろうか、他の村人も続々と続いた。

 中には故郷を離れたがらない者もいたが、しかしブリタニア軍の報復の方が怖かったのか、最終的には他の村人に引っ張られる形でトレーラーの中へと乗り込んで行った。

 気まずいのか、少女に声をかける者はない。

 しかし構わなかった、むしろ人数が少なくてトレーラーに乗せきれて良かったと思う。

 

 

 それから、彼女は朝比奈達を見た。

 ちょうど同じタイミングでエンジンの再始動に成功したらしく、青木が親指を立てて見せる。

 青鸞は、そんな朝比奈達に笑みを見せた。

 不思議なことに、その笑みだけは妙に年相応のそれに見えた。

 

 

「……省悟さん、青木さん、帰ろう。ナリタへ……ボク達の家へ」

 

 

 助手席に乗り込んだ青鸞は、ハンドルを握った青木にそう告げて目を閉じた。

 朝比奈はそんな青鸞に一瞥を向けた後、小さく口笛を拭いた。

 青木は荷台の2人に声をかけてから、アクセルを踏み込んだ。

 畑に突っ込まないよう注意を払いつつ、トレーラーが走り出す。

 

 

 ――――そう、走り出した。

 いや、それはずっと前から……7年前から走り続けていて、今は通過点に過ぎないのかもしれない。

 しかしそれは、後に「日本の青き姫」と呼ばれることになる少女にとって重要な意味を持つ。

 ……かも、しれない。

 

 

 そんな、通過点だった。

 

 




採用キャラクター:
笛吹き男さま(ハーメルン)提供:青木逞。
ありがとうございます。

 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 第1話から飛ばしました、そして今回の主人公は肌色成分が多い気がします、全体的に脱ぎ癖があるようです。
 私(ワタシ)とボク、コードギアス主人公達の「複数一人称」を彼女も踏襲しました、表記は漢字で。

 長丁場になりそうな気がしてきましたが、どうかよろしくお付き合いくださいませ。
 それでは、次回予告でお別れいたしましょう。
 語り部はもちろん、枢木青鸞。


『――ボクは日本人だ。

 それは、あの人が選ばなかった道。

 ボクが選んだ、日本人としての道。

 だからボクはここにいる、父様の掲げた言葉を体現するための場所。

 そこには、ボクが5年間を共にした人達がいるから』

 ――――STAGE2:「日本 解放 戦線」

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