コードギアス―抵抗のセイラン―   作:竜華零

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さて、盛り上がって参りましたが……。
では、どうぞ。


STAGE26:「王 の眼 の 女」

 戦況は、仕掛ける黒の騎士団と受けるブリタニア軍と言う構図になってきていた。

 しかし一部ではブリタニア軍が攻勢に出る場面もあり、油断のならない状況だった。

 全体で見れば、やはり兵・装備の質で勝るブリタニア軍が優位だろうか。

 

 

「ちぃっ、手強い……!」

 

 

 その戦闘の最中、卜部はバートと言う男と刃を交えていた。

 互いの配下のグロースターと無頼――性能的には無頼が圧倒的に劣る――を動かしながら、藤堂とダールトンがそうしているように一騎打ちを演じる。

 月下とグロースターならば、月下の方が後続機であるため性能は高い。

 それだけに苦戦は必至だが、それでも卜部は持ち堪えていた。

 

 

『イレヴンがっ!』

「四聖剣を舐めるなよ……!」

 

 

 ランスと廻転刃刀が火花を散らし、移動を重ねながらの攻防が続く。

 そして卜部が、グラストンナイツの特殊兵装であるミサイルポッドのミサイルを回避するために後退を行った時、通信機から部下の声が響いた。

 

 

『卜部隊長、アレを!』

「む、な……何だ、アレは!?」

 

 

 平野部だからだろう、それは良く見えた。

 月下のメインモニターは空を映し出している、ゼロのガウェインがブリタニアの航空戦力をほぼ無力化した今、そこにはガウェインしか存在しないはずの空。

 だが今、そこに奇怪な兵器が存在していた。

 

 

 オレンジの球体に緑のトゲ、どこのSF映画から飛び出してきたのかと思える程に巨大な何か。

 ブリタニア軍の本陣の方角から飛来したそれは、いったい何なのか。

 機械だとはわかるが、逆に言うとそれ以上のことはわからない。

 後は、おそらく味方では無いということくらいか。

 

 

「そして、アレは……月姫! 青鸞か!」

 

 

 次いで、隣の陣を担当していたはずの少女の機体を側面モニターで確認した。

 コーネリア機と思われるグロースターと、そしてあのランスロットも確認した。

 その周辺で激闘を繰り広げる友軍機と、そして敵機もだ。

 いかに月姫とは言え、コーネリアとランスロットを同時に相手取るのは拙い。

 

 

「……!」

 

 

 だから卜部は操縦桿を倒し、部下達に号令をかけながら躊躇無く駆けた。

 日本の抵抗と言うよりは、単純に妹分を救うために。

 彼は、そう言う行動が出来る男だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――どうしてですか、父さん。

 

 

 かつて、1人の子供が父親にそう問いかけた。

 それはもうずっと昔の話で、しかし少年の頭から永遠に離れないだろう記憶だ。

 離れようの無い、記憶だ。

 そして、少年が妹から同じ問いかけを永遠に続けられる根拠になる記憶だ。

 

 

 ――――どうしてアイツらを、アイツら弱いのに、どうして戦争なんか。

 

 

 けれど、少年はその記憶を誰にも話すつもりが無かった。

 一部の人間は大筋を知っているだろう、だが、本当の意味で真実を知るのは少年1人だけだ。

 心の動きを知るのは、自分だけだと。

 だから、誰にも何も言わず、咎人と(なじ)られるままに終わろうとしていた。

 

 

 ――――それにアイツは、アイツは父さんのことが本当に好きなのに。

 

 

 だってそれは、あまりに辛いことだから。

 自分は良い、自分はあの父親に何かを期待したことなんてない。

 親子らしいことをしてもらった覚えなんてないし、何より父が怖かった。

 粘着質で傲慢で、世界が自分のために動かしてしまう父が、怖かったから。

 だから、自分は良かった。

 

 

 ――――父さんだって、アイツのこと可愛がってるじゃないか、なのに。

 

 

 幼馴染に頼まれるままに、幼馴染の妹を守るために行動した。

 友情、それだけで十分だった。

 それだけで他の感情を封殺できた、数年を共にした父より数ヶ月を共にした幼馴染の兄妹の方が大切に想えたから。

 

 

 ――――どうしてですか、父さん。

 

 

 だから、少年は。

 

 

『……アレは、良い担保になる』

 

 

 そう告げる父は、得体の知れない何かでしかなかった。

 気持ちの悪い、醜悪な何かでしかなかった。

 だから。

 だから少年は、少しも躊躇わなかった。

 ――――……少なくとも、その時には。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 政略結婚。

 いつの時代にも存在する、人類が古くから持つ風習の一つである。

 時代によって意味は異なるが、概ね政治上の目的を達成するための婚姻と定義して問題ないだろう。

 現在でも、例えばブリタニアの皇族・貴族階級では普通に行われている。

 

 

 だから、小学校に入学したばかりの娘を嫁がせることも不思議では無い。

 しかしそれは法の支配の及ばない特権階級たるブリタニア貴族の間の話で、日本では受け入れられない考えだろう。

 だが、ブリタニアでは通じるのだ。

 そう、ブリタニア領となった日本、エリア11では……。

 

 

「あの人は、自分の娘(ボク)をブリタニア皇帝の109人目の妻にするつもりだった」

 

 

 ぎしり、と操縦桿を握る手に力を込めて、青鸞は努めて無表情に正面を向いていた。

 だが、告げる真実は残酷そのものである。

 記憶にある「優しい父様」が、絶望に変質した「優しかった父様」が、その晩年に自分をどんな目で見ていたのかを告げる言葉だったのだから。

 

 

 枢木ゲンブの野望は、桐原達キョウトを排して日本の支配者になることだった。

 彼はそのためにブリタニアを引き込み、桐原達の権力基盤である古い日本を破壊しようとした。

 ルルーシュとナナリーは、ブリタニア側の協力者の力を借りる担保だ。

 しかし戦後、間接統治と言う形で残るはずだった日本「自治」政府の首班になるにはまだ足りない。

 ならばどうするか、そう、娘を差し出す。

 

 

『戦後、あの人はブリタニアの爵位を得るはずだった。その上で娘を皇帝に差し出して、自分の権力の保障にするつもりだった……ブリタニア皇室の、外戚の1人として』

「ど……どうして、そのことを」

 

 

 ランスロットの中、スザクは表情を青褪めさせていた。

 何故なら青鸞が口にしているのは、彼がひた隠しにしていた事実だからだ。

 コーネリア達が聞いていることを自覚しているからか、固有名詞は無い。

 無いが、無いが故に、スザクは青鸞が真実を知ってしまったことを確信した。

 

 

 脳裏に浮かんだのは桐原の老人の顔では無く、壮年の藤堂の顔だった。

 死の直前、父から野望の全貌を聞き出したのは彼だけだ。

 彼が話したのだ、そうとしか思えない。

 何故、どうしてと言う言葉が頭の中を駆け巡る。

 奇しくもそれは、ここ7年の青鸞が感じていた感情だった。

 

 

『……兄様』

「……ッ」

 

 

 繰り返すように名を呼ばれて、スザクは息を呑んだ。

 アヴァロンのモニターで彼のメディカルチェックを行っているセシルなどには、スザクの心拍数と脈拍が異常に乱高下している様子が見て取れただろう。

 それだけ、彼は動揺していた。

 

 

『どうして』

 

 

 7年前から、何度も何度も繰り返されて来たその言葉。

 しかしここに来て、その意味は大きく変わっていた。

 

 

あの人(ちちさま)を、殺したの?』

 

 

 時間が、止まる。

 唇が乾く、口内から唾すら出ない程に水分が失われていく。

 戦慄く手は、操縦桿を軋ませる。

 そしてスザクは、乾いた唇を何度も小さく開閉させた。

 そうして、彼は。

 

 

 ――――警告音!

 

 

 彼は顔を上げた、それは妹も同じだった。

 月姫のコックピット内に鳴り響いた警告音、攻撃を示す物では無いが緊急の物だった。

 何事かと顔を上げた矢先、至近に巨大な物体が落ちてきた。

 モニター内に味方を示す識別信号が映し出されるそれは、漆黒の巨体のナイトメアだった。

 すなわち、ガウェインが空から落ちてきたのだ。

 

 

「ル……ゼロッ!?」

 

 

 呼びかけた名前を何とか飲み込んで、青鸞は月姫をガウェインの方へと向けた。

 その月姫を、強い風圧が襲う。

 さらに続けざまに鳴り響く警告音、ガウェインのことを気にしつつ青鸞はそちらを向いた。

 そして驚愕に目を見開いた、何故ならばそこには。

 

 

『オオぉオおおオオオオオぉオオォぉルハいルブリタアアあァァニアアアぁアアァぁァッッ!!!!』

 

 

 オレンジ色の爆風が、戦場を蹂躙する。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 その兵器の名は『ジークフリート』と言い、分類的にはナイトメアでは無い。

 ナイトギガフォートレス、分類名称に要塞と冠される程の巨大なそれは、常人に乗りこなせる物では無い。

 故に、搭乗するパイロットはどこか人間をやめている必要があるのだった。

 

 

「ゼロよおおォオぉ、帝国臣民のォ……敵! ワタしは、帝国臣民の騎士としてェ、アナタヲ! 破壊したイのデす!」

 

 

 そして事実、ジークフリートに乗り込んでいる男はとても普通の人間には見えなかった。

 身体の半分を機械(サイボーグ)化され、特に顔や身体の左半分を覆う濃い紫の装甲が嫌でも非人間性を強調している。

 クロヴィスの腹心だったバトレー将軍が、シュナイゼルの下で生み出したのが彼だ。

 ジェレミア・ゴットバルト、人間をやめたブリタニアの騎士である。

 

 

『……ッ、あのれ、オレンジ如きが私の邪魔を!』

『オ、オオオォォゥレンジッ!? シィイねえええぇェェええええぇっッ!!』

 

 

 状況が読めない、が、青鸞としては己の命を守るために行動しなければならなかった。

 空に浮かぶジークフリートが、5本の緑のトゲ――スラッシュハーケンを撃ち放ったのだ。

 それは地上に倒れていたガウェイン目掛けて放たれたのだが、何分巨大なので巻き添えを喰らうのである。

 それでもコーネリアなどには影響を与えないあたり、意外と知能は高いのかもしれない。

 

 

「……C.C.ッ!」

「わかっている、いちいち喚くな!」

 

 

 複座の下で、C.C.が操縦桿を引く。

 上の席でルルーシュが端末を叩き、ガウェインのスペックバランスを微修正する。

 そして同時にジークフリートの分析も始めるが、正直な所ドルイド・システムをもってしても図りかねる機体だった。

 

 

 巨大なランスのようなスラッシュハーケンを辛うじてかわし、ガウェインが地上で身を起こす。

 C.C.が操縦桿のトリガーを引くと、ガウェインが身を逸らしてハドロン砲を発射した。

 赤黒いエネルギーの柱が2つ、空を引き裂く。

 しかしブリタニアの航空戦力を破壊しつくしたその砲撃を、ジークフリートは駒のように回転して回避した。

 

 

「どういう構造だ、アレは!」

 

 

 たまらずフロートシステムを再起動、ガウェインが空へと上がる。

 直後、オレンジの球体が地面に突き刺さった。

 激しい振動と共に地面が陥没し、土煙が立ち込めるそこをルルーシュは憎々しげに睨んだ。

 ルルーシュとしては予定外にも過ぎる、これでは全体の指揮を執ることも難しい。

 

 

「どうするんだ?」

「どうするもこうするも無い、俺は騎士団の全体指揮を執る必要がある。相手はシュナイゼル、藤堂の軍事的手腕を疑うわけでは無いが……」

 

 

 それでも藤堂は前線部隊の掌握に忙しい、草壁や三木などの旧日本軍人の士官もそれぞれの部隊の運用に手一杯で、とても全体など見れないだろう。

 そしてルルーシュだけがシュナイゼルを知っている、これは大きい。

 シュナイゼルは、知らない人間に対処できるような甘い男では無いのだ。

 

 

「だから、オレンジなどの相手をしている暇は無い。誰か手の空いている者はアレを墜とせ、私は……」

『わかった!』

 

 

 通信機から響いた声に、ルルーシュはぎょっとした。

 心臓を掴まれたかのような心地に、ルルーシュが顔を顰める。

 C.C.が、ちらりと後ろを振り返って少年の顔を確認した。

 そこにあったのは、一国を破壊しようと言う魔王の顔では無かった。

 しかしルルーシュにも、それ以上彼女へ思考を割いている暇が無かった。

 

 

『逃がさないぞ、ゼロ! キミさえ倒せば、この戦いは終わる。青鸞だって……!』

「ええい、次から次へと! しかもお前が、スザク……!」

 

 

 フロートシステムで空へと上がったのはガウェインだけでは無い、ランスロットもだ。

 戦いの元凶たるゼロを倒せば、戦いは終わる。

 それはその通りなのだが、この時のルルーシュには鬱陶しく感じられて仕方が無かったのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ジークフリートの突然の乱入で、その場にいたブリタニア軍も黒の騎士団も散り散りになって陣形を崩してしまっていた。

 地面にあれだけの質量の物が回転しもって落ちてきたのである、そのまま平然と戦えるはずも無い。

 コーネリアも自身のグロースターの補修と再編のために、ギルフォードらを一時呼び戻す程だ。

 

 

「野村さん、林道寺さん! あのオレンジ色のを墜とすよ!」

『り、了解です、青鸞さま!』

『承知、随分と骨が折れそうですな……』

 

 

 その中で濃紺のナイトメアが戦場を駆けていた、周辺の無頼隊を掌握しながらである。

 ジークフリートを墜とす、戦術的に特段に間違っているとは言えない。

 しかし意外であったことも事実であって、だからこそ少々の驚きをもって迎えられた。

 

 

「護衛小隊、援護砲撃! 出来る!?」

『アイアイ、仰せのままにー……っと!』

 

 

 クラウディア隊の圧力をかわした山本たち黎明隊が砲撃を再開する。

 50ミリ超の実弾が断続的に降り注ぎ、上空へと逃れたガウェインへ意識を向けていたジークフリートのオレンジ色の表面を叩いた。

 ただ、どうにもダメージが通っているようには見えない。

 弾着後の爆発が収まれば、そこには傷一つ無い装甲の表面が見える。

 

 

『卑怯! 卑劣! 不意打ち!』

 

 

 それでも意識を引くことは出来たらしい、ジークフリートの正面らしき部分が周りを旋回する月姫と無頼隊の方を向いた。

 そしてモニターも無い壁に覆われた特殊なコックピット、無数のコードで直接機体に繋がれたジェレミアが目を大きく見開く。

 機械音を立てる左眼は、外の濃紺のナイトメアの存在をしっかりと認識していた。

 

 

『クルルギ・セイラン! 帝国臣民の敵、イレヴン、イレヴン、イレヴンんんんんンんんんンンッッ!!』

 

 

 脳に刺された電極がスパークを走らせる、それは帝国臣民の敵に対する敵愾心に燃える魂を象徴するかのようだった。

 そしてそれは、誇大ではあっても過度では無い。

 

 

『帝国臣民の敵はァ、まとめて排除・掃除・除去したいノでスッ!』

「品性の無い殿方は……」

 

 

 実弾装備の無意味さを確認しつつ、青鸞は月姫のスラッシュハーケンを射出した。

 ジークフリートの表面に突き刺さり、引っかかったそれは、巻き上げと共に月姫の機体を跳躍させた。

 放たれる巨大な緑のトゲ型スラッシュハーケン、それを両足の追加装甲の格納ブロックから射出した手甲一体型直刀(ジャマダハル)で弾き流しつつジークフリートに接近する。

 

 

「嫌われるよっ!」

 

 

 月下の廻転刃刀と同じ構造のジャマダハルは、刃を回転させて唸りを上げる。

 月姫の両腕が突きの形で振り下ろされる、それは違うことなくジークフリートの装甲表面に突き立てられた。

 回転する刃が複合金属装甲を削り、僅かながらダメージを与えたのである。

 

 

「とは言え……硬い!」

 

 

 ジークフリートにダメージを与えるのは容易では無い、実際、装甲と一合触れ合っただけで両手のジャマダハルの刃は刃こぼれを生じさせてしまっていた。

 ジークフリートが浮遊を始めたため、アンカーを外して跳躍する。

 地面に着地すると同時にランドスピナー全開、背後に連続して着弾したジークフリートのミサイルの群れから逃れた。

 

 

 さてどうするか、と、無頼隊のアサルトライフルの射撃が上空に上がったジークフリートを追撃する様子を側面モニターで確認しつつ考える。

 転進はあり得ない、操縦桿を引きながらそんなことも思う。

 とは言え、どうすればあのジークフリートを墜とせるのか検討もつかない。

 

 

「けど、ルルーシュくんの邪魔をさせるわけには……!」

 

 

 この時、青鸞にはやや柔軟さが欠けていたと言える。

 だからこそ、彼女は一瞬、目を離してはいけない対象から目を離した。

 それは、普段ならしないようなミスだった。

 

 

 ――――きっかけは、警告音である。

 それに気付いて顔を上げた時には遅い、それでも月姫に急制動をかけたのは正解だった。

 何故ならば、月姫の目の前に突き立ったランスにその身を貫かれずに済んだのであるから。

 

 

「な……っ」

 

 

 普段であれば、ジークフリート以外への警戒も怠らなかったはずだ。

 気付いたはずだ、きっと。

 自分に無頼隊を掌握する時間があったように、コーネリアにも親衛隊を纏める時間があったのだと言うことを。

 

 

『放てッ!』

『『『イエス・ユア・ハイネス!』』』

 

 

 親衛隊のグロースターが一斉に手にしていたランスを投擲する、青鸞は顔を顰めて操縦桿を引き、横に倒して機体を制御、回避行動を続けた。

 ブリタニア軍はジークフリートの登場に驚きこそしたものの、友軍の識別コードを持つそれに対して脅威までは感じていない。

 その差が、出た。

 

 

『青鸞さま! うわっ!?』

『馬鹿者、前に出るな――――死ぬぞ!』

 

 

 林道寺の無頼が不用意に前に出て、ジークフリートのミサイル群の衝撃をまともに喰らう。

 しかし注意する野村も、ギリギリと歯を軋ませていた。

 1機で先行する形をとっていた月姫は半ば孤立している、そして今はグロースターの放つランスの投擲によって不格好なダンスを強要されている。

 

 

『な……何だ!?』

 

 

 その時、1機のナイトメアが彼らの傍を駆け抜けて行った。

 刀を掲げるその機体は、まるで。

 

 

「この、くらい――――で!」

 

 

 そう、ランスの投擲ごときは、もはや月姫を駆る青鸞にとっては意味を成さない。

 しかし、しかしである、思い出してみてほしい。

 直前まで、彼女は誰の気を引いていたのか?

 

 

「あ……」

 

 

 次に鳴り響いた警告音に、青鸞は半ば呆然とした声を上げた。

 何故ならば、正面を向けた月姫の眼前、正面モニターにジークフリートの放ったミサイルの群れが迫っていたからだ。

 回避できない、背筋に冷たい物が走った。

 

 

『ヤバい!』

『……落とせ!』

 

 

 黎明隊と無頼隊が射撃・砲撃でミサイルの一部が失われる、しかしそれでも十分な量のミサイルが彼女に迫っていた。

 その時、少女の唇から意味の無い叫びが漏れた。

 悲鳴? 違う。命乞い? 違う。

 それは、叫びだ。

 

 

 不意に、不意にである。

 1機のナイトメアが月姫の前に躍り出た、紅蓮に良く似た機体構造のそれは月下である。

 月下が1機、ミサイルに晒された月姫を庇うように前に出たのだ。

 ――――卜部機である。

 

 

『ぬぅおぁあぁ――――ッッ!!』

 

 

 青鸞の危機に参じた卜部は、迷うことなく自らの機体を月姫の盾とした。

 ミサイルが着弾した箇所から大爆発を引き起こし、装甲だけでなく機体内部の部品まで飛び散らせる。

 コックピット・ブロック内も例外では無い、通信機が拾う卜部の叫び声がその証拠だった。

 

 

「……これって」

「まさか」

「……卜部!?」

 

 

 卜部機のシグナルロストを確認した藤堂達が、それぞれの戦闘を続けながら顔を上げる。

 その視線の先で、卜部の月下は爆発の光の中に消えていたのだ。

 

 

『せ、青鸞……ッ』

 

 

 ミサイルの爆風に煽られ倒れる月姫、コックピットに伝わる衝撃に目を閉じる中、卜部の声が耳に届いた。

 次に目を開けた時には、上半身部分を丸ごと失った月下の下半身が、地面に倒れる所を確認した。

 だがまだ耐えられた、何故なら卜部を乗せたコックピットのイジェクション機能が働いていたから。

 宙を舞う銀のコックピット・ブロックに、地面に膝をついた月姫が手を伸ばすような仕草をする。

 

 

『……に、日本をた』

 

 

 しかし、それも費える。

 直接狙ったのか、それともミサイルの爆風で逸れたのかはわからない。

 だがとにかく、卜部のいるはずのコックピット・ブロックを貫いたのだ。

 グロースターの、ランスが。

 

 

 次の瞬間、コックピットが爆発四散した。

 破片が火の粉と共に散り、地面に落ちる様子が目に入る。

 声を、出せなかった。

 ただ脳裏に、道場で子供達に剣道を教えていた男の姿が浮かぶばかりで。

 だから爆煙の向こうに、ランスを投擲した姿勢の隻腕のグロースターを見た時、箍が。

 

 

「う……こ、コ……!」

 

 

 箍が(カチリ)と、外れて。

 

 

 

「コオオオオオオオオォネエェリアアアアアアアアアアァァァァァッッッッ!!!!」

 

 

 

 しかしその感情の奔流を、叩き付けることは出来ない。

 コックピット内に新たな警告音が鳴り響く、しかし青鸞は側面モニターに映るコーネリア機から視線を逸らさなかった。

 そんな彼女に再びジークフリートが迫る、今度は回転しながらの体当たり。

 通信機から仲間達の声が響き渡るが、上空では別の戦いと騒ぎが起きていた。

 

 

『枢木スザク!!』

 

 

 ジークフリートへ向けてハドロン砲の構えを取ったガウェインだが、ランスロットのヴァリスによる砲撃でそれを阻害されてしまった。

 たまらず、ルルーシュ=ゼロが叫び声を上げた。

 

 

『このままでは青鸞嬢が本当に死ぬぞ! お前はそれをみすみす見過ごすつもりか!?』

『……青鸞はテロリストだ、戦場で命を失ったとしても仕方ない!』

『仕方ないだと!? お前はそれでも……!』

『ルールに従わなければ、意味が無いんだ!』

『この……っ』

 

 

 何もかもを金繰り捨てる勢いで、ルルーシュ=ゼロの叫びが戦場に響く。

 

 

『……わからず屋がっ!!』

 

 

 その直後、ジークフリートが大地にその巨体を衝突させた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、嫌だ。

 呪詛の如く「嫌だ」と言う言葉が脳裏を駆け巡る、目の前のオレンジの巨体を凝視しながらの思考。

 しかし時間にして、ほんの一刹那の事。

 

 

(こんな所で終わる……嫌だ、嫌だ、嫌だ!)

 

 

 しかし死は誰にでも、唐突に訪れる。

 先程卜部がそうであったように、誰にでも唐突に平等に訪れるのが死だ。

 それに対して嫌だと思った所で、どうすることも出来ない。

 

 

 ――――左胸が熱い、それにコックピット内に響いている音は何だろう?

 いや、今はそんなことは関係ない。

 今は、目の前の死についてだ。

 その死を拒否するために必要な物は、何だ。

 言ってみろ、何だ。

 

 

『青鸞、日本を頼む』

 

 

 卜部の最期の言葉が、頭を刺して離れない。

 片瀬やナリタで散っていった者達もまた、同じような言葉を残して去って行った。

 自分は、それを受け継いだ――――託されたのだ、真実と共に。

 だから、こんな所で終わるなど。

 

 

「ふざ……ッ、けるなアアアアアアアアアアアアアアァァッッ!!」

 

 

 認められるはずが、無かった。

 だから、エナジー減少を告げる警告音の中で青鸞は両方の操縦桿を強く引いた。

 いつもと同じ行動、しかし今度は違和感があった。

 何かが、開いた感触があったからだ。

 

 

「……ッ!?」

 

 

 その違和感の正体に気がつく前に、衝撃が機体を襲った。

 それはジークフリートが地面に着弾した音で、要するに月姫を押し潰すための行動だった。

 事実、ジークフリートは月姫のいた場所を陥没させ、粉砕した。

 

 

 土砂が上がり土煙が立ち込める、そしてその中には濃紺の装甲の破片が確かに撒き散らされていた。

 だからジークフリートの中で、ジェレミアは狂気に歪んだ笑みを浮かべたのである。

 帝国臣民の敵を誅滅した喜びが、彼をそうさせたのだ。

 それから彼は、意識を元々の目標である上空の黒い機体へと向けて。

 

 

 ――――ジークフリートの頭部分に、何かが落ちてきた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「――――月は」

 

 

 は? とディートハルトが目を丸くするのにも構わず、唐突に神楽耶は呟きを発した。

 そのにこやかな笑みの先では、多くの日本人とブリタニア人が血を流している戦場がある。

 そしてそこにいるだろう少女に向けて、神楽耶は告げる。

 

 

「月は姿を変えます、女のように……」

 

 

 それきり彼女は何も言わなくなったので、ディートハルトとしてもそれ以上は何も言わなかった。

 彼としては、正直なところ神楽耶には黙って座っておいてもらいたかったのだから。

 神楽耶はそうしたディートハルトの思考をもちろん知っていたし、ディートハルトも知られているのを承知の上でそこにいるのだが……。

 キョウトの姫にとっては、そうした建前の付き合いはお手の物だった。

 

 

 一方、神楽耶の呟きを具体性をもって説明した女がいる。

 それは意外なことに、ラクシャータであった。

 彼女は古川と雪原と言う日本人の技術兵を傍に置きつつ、キセルを咥えながら戦略モニターを見つめていたのだが。

 

 

「……第7世代相当KMF『月姫(カグヤ)』。紅蓮や月下なんかと違って、機動性をある程度殺すコンセプトで作ってあるんだけどねぇ」

「あ、はい。せ、整備してて不思議だったんですけど……武装の格納スペースも兼ねてるとは言え、あの追加装甲の量は半端じゃないですよね、何で……」

「アンタさぁ」

 

 

 面白そうな顔で古川を見つめるラクシャータ、そんな彼女に見つめられて古川が怯えたように身を竦める。

 はぁ、と雪原が溜息を吐いた。

 にぃ、と、ラクシャータが本当に楽しそうに笑う。

 

 

「――――女の化粧の下って、見たことあるぅ?」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

『何者! 卑怯! 不敬!』

 

 

 ジークフリートからジェレミアの叫ぶような声が響き渡る、そして実際、何者かがジークフリートの頭部を踏みつけにしていた。

 それはナイトメアだ、漆黒のナイトメア。

 

 

 一見すると見たことの無い形状をしているが、良く見ればそうでも無いことに気付く。

 ダークブルーの外部装甲と追加装甲が外れ、無駄なパーツを削ぎ落とされた人形のような姿をしている。

 人間で言えば、無駄な贅肉を落としたアスリートのようにも見えたかもしれない。

 だが逆に言えばか細く無防備で頼りなさそうで、どこか女性的にも見えた。

 

 

<GEFJUN FIELD DISTURB>

 

 

 ゲフィオンディスターバー、と呼ばれる装置がある。

 サクラダイトに干渉する特殊な磁場を発し、その活動を著しく阻害するフィールドを発生させる装置だ。

 理論上はナイトメアのコアルミナスにも干渉し、機体そのものを停止させることも出来る。

 そしてその理論は今、戦場で実践された。

 

 

「ぬっ!?」

 

 

 ジークフリートの中で、ジェレミアが表情を変えた。

 愉悦から苦痛へ、その変化は激しかった。

 ゲフィオンディスターバーの効果がジークフリートのコックピット内部にまで及び、それまで内部を覆っていた不可思議な輝きが次々と失われていった。

 そして。

 

 

「ぐ……ぎュううウゥううウうおおおおおおオおおおおおおおオォおおおおおオオおおおオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉォォぉッッッッ!!??」

 

 

 白目を剥き、顔面の穴と言う穴から流血を散らしながらジェレミアが絶叫する。

 彼の体内に仕込まれた超電位体……サクラダイトを動力源とするそれが、正常に作動しなくなり暴走を始めたのだ。

 ジークフリートの各システムがダウンすると同時に、ジェレミアの意識も奪われていく……。

 

 

「何だあの機体は……クルルギの娘のナイトメアなのか?」

 

 

 地面に力無く埋もれるジークフリートの姿に、後方から運ばせた予備の腕部パーツを装着しながらコーネリアは呻いた。

 ほとんど全ての防護装甲を捨てた月姫は、まるで別の機体にしか見えない。

 しかしである、ブリタニア軍が解析したコアルミナスの波長は同じなのだ。

 アレは間違いなく、月姫なのである。

 

 

「ゲフィオン、ディスターバー……」

 

 

 漆黒のカラーリングと濃紺のデュアルアイ、そして銀の関節部。

 最後に胸部の追加装甲によって隠されていた、深緑の宝石を思わせる装置。

 ゲフィオンディスターバー、月姫のエナジー残量が3割を切り、かつ特定の操縦を行った時に発動する仕掛け。

 残り3割のエナジーを通常の3倍の時間で消費する代わりに、至近距離のサクラダイト運動を止める。

 

 

 言うなれば、操縦者の危機を救うために仕込まれた最後の切り札である。

 仕込んだのはラクシャータであり、そして神楽耶だ。

 青鸞が、対ナイトメア戦で死なずに済むようにと。

 そしてそれが今、確かに彼女を守ったのだ。

 

 

「……『月姫』の、本当の能力(チカラ)……!」

 

 

 コックピットの中で、形が変化した操縦桿を握り締めながら青鸞が言った。

 事実、それは対ナイトメア戦では強力無比な効力を生む。

 当然制約はある、稼働時間は短いし、何より範囲が狭い。

 まだまだ試作段階の兵装であって、多用も信用も出来ないのだ。

 だが、今は。

 

 

「コーネリアアアァッ!!」

 

 

 最後に残った刀をコックピット横の鞘から射出し、鞘もパージして捨てる。

 そして、ジークフリートの上から跳躍する。

 その動きは、追加装甲によって戒められていた頃とはまるで違う、機動的な動きだった。

 

 

 ゲフィオンディスターバーの深緑の輝きを胸から放ちながら、真の姿を晒した月姫が跳んだ。

 まるで、形を変えた月が己の姿を人々に晒すように。

 そして乙女が、化粧の下を想い人に晒すように――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 コーネリアは、優れた指揮官であると同時に優れたナイトメア乗りである。

 そして彼女を守る親衛隊もまた、優れたパイロットが集められた精鋭である。

 コーネリアは彼らの強さを信じているし、同時に自分の強さも信じている。

 だから、目の前で起きていることが信じられないでいた。

 

 

『で、殿下をお守りし――――』

『邪魔をするなァッッ!!』

 

 

 一刀、まさに一刀でクラウディオ機が両断されるのをコーネリアは見た。

 グロースターの右肩から左脇腹部へと桜色に輝く――明らかにサクラダイトの発光現象、月姫はシステムへの耐性を備えているのか――刀身が走り抜けた。

 斬られた装甲部が溶ける程の高熱を放つ刀、それで斬られたクラウディオ機が爆発炎上する。

 脱出は、無い。

 

 

「お、のれえええええええぇぇっ!!」

『姫様ぁっ!』

 

 

 腹心ダールトンの「息子」の死に、コーネリアは激昂する。

 激昂するが、しかしである、彼女のナイトメアは動けないでいた。

 第一駆動系のシステムが全てダウン、コックピット内部が薄く赤い照明に照らされていく。

 何、と、コーネリアは息を呑んだ。

 

 

 その間にも、コーネリアの両側にいた親衛隊のグロースターが棒立ちのまま月姫のスラッシュハーケンの餌食になる。

 爆発の衝撃と振動だけが、何も見えなくなったコックピットの中でコーネリアの身を揺らした。

 月姫に仕込まれたゲフィオンディスターバーの範囲内では、もはや彼女には出来ることが無い。

 

 

『巧雪さんの……!』

(ユフィ……!)

『……仇ッ!!』

 

 

 桜花、と言う名前のその刀。

 備えたシステムは単純だ、極小時間に限り膨大な熱暴走を引き起こし、凄まじい破壊力を得る。

 熱暴走の源は、刀身素材であるサクラダイト特殊錬造合金である。

 すなわちサクラダイト、しかし対ゲフィオンディスターバーの調整を施されている。

 

 

 ゲフィオンディスターバーの範囲内では、ほぼ無敵の刀である。

 だが制限もある、一度の使用後とに12秒間の冷却が必要であり、もし連続使用するならば37秒が限界である。

 だが青鸞は側面モニターのカウントダウンを見もせずに、ただ桜花の刀身を振り下ろした。

 

 

『させない――――青鸞!』

 

 

 ゲフィオンディスターバーの範囲外から青白い弾丸が飛来、振り上げた桜花の刀身を打った。

 折れず手は放さず、しかし重量が格段に減った月姫は衝撃に耐え切れずに押し切られた。

 ノーマルモードで放たれたそれは、ヴァリスの弾丸である。

 それに気付いた時の青鸞の表情は、どう表現すれば良いのであろう。

 

 

『スザクッ!!』

『ゼロ、キミは……な!?』

 

 

 ガウェインの両指のスラッシュハーケンがランスロットを背後から襲い、フロートユニットの翼が削れられて破壊される。

 しかし上空からの自由落下に入りながらも、スザクは驚愕に目を見開いた。

 それは自分と共に地上へ向かうガウェインの姿を見たからでは無く、むしろガウェインの向こう側にこそ原因があった。

 

 

「……ッ、不味い!!」

 

 

 ガウェインの中で、C.C.が顔を上げる。

 その目には確かな脅威が見えていた、だから彼女は行動した。

 他の全てを見捨てて、契約者たるルルーシュのみを守ろうとして。

 

 

 不意に、C.C.の額が赤い輝きを放った。

 赤い鳥、ギアスのそれと酷似した刻印が輝きを放つ。

 それによって身体を硬直させながら、C.C.は何事かを叫んだ。

 

 

「何のつもりだ、○○○○○――――!?」

 

 

 最後に誰かの名前を呼んだ気がしたが、それは直後の爆音と轟音と衝撃に掻き消された。

 それ故に、その名前がルルーシュの耳に届くことは無かった。

 その代わりに、不思議な光が彼らを包み込んで――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 その時、何が起こったのか。

 正確に理解している者は、おそらくごく一部。

 それを成した者達、すなわちシュナイゼルとその副官カノンくらいの物だろう。

 

 

『シュナイゼル殿下、これは……!?』

「うん? やぁ、セシル君。どうしたんだい、血相を変えて」

 

 

 通信画面に顔を出したセシルとロイドに対して、指揮シートに座ったシュナイゼルは優雅に微笑んで見せた。

 それはどこかの庭園でお茶をしていて、突然の来客を迎えた時とそう変わらない態度だった。

 しかし、シュナイゼルが行ったことは優雅とは程遠いことだった。

 

 

 航空戦艦アヴァロンによる、対地攻撃ミサイル128発と主砲・副砲による3連斉射。

 目標地点は最前線、わかりやすく言えばゼロと枢木青鸞がいたポイントである。

 一網打尽と言えば聞こえは良いが、セシルが抗議じみた通信を入れてくるように、そこには味方機が存在していたのだ。

 その中には、第二皇女コーネリアやランスロットのデヴァイサーであるスザクも含まれている。

 

 

『これはいったい、どう言うことですか!?』

「どう言うことと言われても……平和のため、だね」

『は?』

 

 

 不敬なこととは承知ではあるが、セシルは唖然とした顔でシュナイゼルを見た。

 シュナイゼルはそれでも微笑を絶やさず、それを許した。

 ……理屈は、わかる。

 

 

 ゼロと枢木青鸞は、反体制派の名実の象徴だ。

 これを倒せば反体制派は瓦解するだろう、シュナイゼルとしても黒の騎士団と旧日本解放戦線、強硬派の民兵部隊を一挙に潰せるチャンスだ。

 ブリタニアとしては、良いこと尽くめだ。

 

 

「これで戦いは終わる、ブリタニアの勝利と言う形でね。コーネリアやスザク君も、わかってくれると思うよ。僅かな犠牲で、エリア11の安定が確定するのだから」

『…………』

 

 

 通信画面の向こうで、セシルが明らかに理解しがたいものを見るような目でシュナイゼルを見た。

 それにカノンは気づいていたか、しかし何も言わなかった。

 何故ならばこの件で、シュナイゼルが責められることは無いからだ。

 ブリタニアと言う国は、そう言う国だ。

 

 

 これが民主国家EUのような国であれば、意図的に味方を犠牲にすれば勝利したとしても責任を問われ裁判にかけられるだろう。

 だがブリタニアではそうでは無い、味方をいくら犠牲にしようが勝てば許されるのだ。

 勝利こそ全て、死んだ者は弱かっただけ、死ぬ方が悪いのだ――――。

 

 

「ゼロと……青鸞とも、連絡が途切れただと?」

『藤堂さん、どうすれば』

「…………」

 

 

 セキガハラに集った反体制派、そのトップ2との連絡がアヴァロンの砲撃の直後から途切れたのだ。

 しかしそれに対して動揺しているのは、何も藤堂達だけでは無い。

 

 

「姫様は……姫様は、どうなったか!?」

『わ、わかりません。砲撃の余波で、ギルフォード卿とも連絡が……!』

 

 

 取り残される形になったコーネリア軍もまた、頂点を失い動揺していた。

 藤堂とダールトンはそれぞれの動揺を抑えつつ、同時に互いとの戦いを続けねばならない。

 それは、酷く辛い作業だった。

 

 

「ゼ、ゼロ……?」

 

 

 そして一方、モモクバリ山でブリタニア軍本陣を窺っていた紅蓮弐式の中でカレンが呆然と呟いていた。

 彼女の位置からゼロ達の窮地を見ることは出来なかったが、それでもゼロとの通信が不吉な形で途切れたことはわかっていた。

 

 

 そんな彼女の周囲には、山崩しの調査に来ていたブリタニア軍のナイトメア部隊が集ってきていた。

 見つかった、しかしそんなことは意味を成さない。

 顔を下げ俯いていた彼女は、その朱色の瞳を凶暴な色に染めながら跳ね上げた。

 そして、操縦桿を一気に押し込み紅蓮を駆った。

 

 

「ブリタニアアアアアアアアアアアアァァァッッ!!」

 

 

 一匹の獣が解き放たれて、一方的な狩りが始まった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 左胸が不自然に脈打ったような気がして、青鸞はその場で跳ね起きた。

 溺れた人間が息を吹き返すように、荒い呼吸で上半身を起こす。

 微かな痛みを発する左胸に手を添えれば、心臓の鼓動が規則正しく掌に伝わってきた。

 

 

「……ここは……」

 

 

 薄暗い照明の中、視界に広がるのは――――洞窟だ。

 じめじめとしていて澱んだ空気に、埃っぽい独特の匂い。

 今に今までナイトメアの中にいたのに、まさか夢だったとでも言うのだろうか。

 いや、身に着けたパイロットスーツがそうではないと証明してくれる。

 

 

 では、どうしてこんな洞窟の中にいるのか。

 疑問は尽きないが、とにかく青鸞は立ち上がろうとした。

 そして、岩の向こうで自分と同じように立ち上がった人物と視線があった。

 その人物は、茶色の髪の少年だった。

 

 

「……青鸞?」

「兄様」

 

 

 スザクである、彼が目の前にいた。

 自分と同じように戸惑っている様子だったが、彼も妹を見つけて固まってしまっていた。

 一瞬、互いの間で時間が止まる。

 その時間を再開させたのは、僅かな金属音だ。

 

 

「動くな、クルルギ・セイラン」

 

 

 別の岩場の陰から、1人の女が剣型の拳銃を手に姿を見せた。

 ボリュームのある紫の髪に濃い赤の軍服、コーネリアだ。

 ただその姿を認めた時、青鸞の視界には銃口は映らなかった。

 心持ち身を低くして、いつでも飛び出せるような姿勢になる。

 

 

 それに対して、スザクは身動きが出来なかった。

 彼の立場からすれば、当然コーネリアが銃で威嚇している間に青鸞を取り押さえるべきだ。

 何故コーネリアまでここに、などと言う思考はこの際、置いておくべきだ。

 しかし何故だろう、スザクは妙な感覚を感じていた。

 

 

(何だろう、ここ……何か、変だ)

 

 

 妙に、胸の奥が騒ぐ。

 焦燥感とはまた違う、どこか切ない、酷く寂しい。

 そんな気分に、させられていた。

 

 

『貴方こそ、動かないで頂こう――――コーネリア殿下』

 

 

 しかしそれも、青鸞の隣に黒い仮面の男が現れたことで終わりを迎える。

 青鸞と似た動きで重心を低くし、今度はスザクはコーネリアに銃口を向けるゼロを睨んだ。

 

 

「ゼロ! キミはまた!」

『ふ、先に銃を向けたのはそちらであったはずだがな』

 

 

 勝ち誇ったようなゼロの声音に、コーネリアは舌打ちを隠さなかった。

 青鸞は今にも飛び出しそうで、しかしスザクの存在を気にしてか実行には移せていない。

 いずれにしろ、状況は混沌としていた。

 

 

 そもそもここはどこなのか、戦場から洞窟へいきなり移動するなどあり得るのか。

 何故、この4人なのか。

 青鸞、スザク、コーネリア、そしてルルーシュ=ゼロ。

 銃口を向け合い、敵対し合う関係の4人。

 いったい、何者の意思で何が起こったと言うのか。

 

 

 

「やめてください、争うのは」

 

 

 

 その時、である。

 5人目の声がその場に響いた、そして他の4人は一様に驚愕の感情を覚える。

 何故ならその声に、全員が聞き覚えがあったからだ。

 そして概ね、その声の持ち主に好感を持っているからだった。

 特に、青鸞を除く3人にとっては。

 

 

「……!」

 

 

 息を呑んだのは、誰だったか。

 階段状になった石段の上、4人を見下ろす位置に彼女はいた。

 背後の幾何学模様が壁が赤い輝きを放って洞窟内を照らす中、まるで聖女のようにたおやかに立つ少女が。

 

 

 ウェーブのかかった桃色のロングヘアに、柔らかな眼差しと微笑み。

 力を入れれば折れてしまいそうな細い身体は、しかし意外と豊かなプロポーションを備えている。

 その身を覆うのは、埃っぽい洞窟には似つかわしくない薄い桃色のロングドレス。

 身体の前で指を組んで立つその姿は、まさに芍薬のような美しさだった。

 

 

「もう、終わりにしましょう。争いも、復讐も、そして」

 

 

 そこで一度、彼女は目を閉じた。

 白いその顔は本当に美しい、背景も場所も無視してただ会えば、誰もが魅入ってしまうだろう程に。

 だがそれ以上に、「どうして彼女がここに」と言う想いが4人を沈黙させていた。

 そして柔和な微笑をそのままに、彼女は。

 

 

「――――平和を、愛しましょう?」

 

 

 ユーフェミア・リ・ブリタニアは、瞳を開いた。

 その左右の瞳には、赤い鳥が飛び立つような紋様が輝いていた。

 ギアスの、輝きが。




 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 この後、どうしましょう。
 「王の眼の女」とは、すなわちそのままユーフェミア様のことだったのです!(どどーんっ)。

 ……いやぁ、勢いでユーフェミア様にギアス開眼して頂いたのですが、何もここまでラスボス然とした登場は必要なかったかなーとも思います。
 ゲーム版のギアスでも良いですけど、いっそオリジナルギアスでも良いかもですね。
 もしギアスがユーザーの深層心理の願望を発現させる物なら、個人的にはユーフェミア様にはもっと相応しいギアスの形があっても良いと思いますし……。

 それはそれとして、次回は27話。
 ここまであっという間でしたが、おそらく第一部はエピローグを除いて次話で終了のような予感が致します。
 さて、R2に向けた仕込みを始めましょうか。
 では、次回予告です。
 今回は、王の眼の女――ユーフェミア様で。


『ずっとずっと、思っていました。

 争いの無い、笑顔だけが溢れる優しい世界が欲しいって。

 どうしてこんなことに、なんて思わずに済む世界が欲しいって。

 そして、わかっちゃったんです。

 それはとても簡単なことで、だから私は決めたんです。

 それは、皆に私の気持ちを伝えること――――』


 ――――STAGE27:「平和 の 敵」


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