原作キャラクターの雰囲気を大切にしたい方はご注意ください。
では、どうぞ。
日本の独立の是非を決める決戦まで、あと3日。
この時点までは、大体においてトーキョー合意は守られていた。
中には従わない者もいるが、それは別枠として双方が排除することを黙認し合っている。
そうした中で、黒の騎士団や旧日本解放戦線の面々は準備に余念が無かった。
「――――このっ!」
真紅の髪を揺らしながら、カレンがその唇から裂帛の吐息を漏らした。
髪色と同じ色のパイロットスーツに身を包んだ彼女は、オートバイ型のコックピットシートに跨って目の前のメインモニターを睨んでいた。
しかしメインモニターに映っているのは、彼女の愛機である紅蓮弐式である。
ならば彼女は、何の機体に乗っているのだろうか。
それは相手、つまり今、紅蓮弐式に乗っているパイロットが良く知っているだろう。
カレンの愛機に乗っているのは、青鸞である。
どうして機体を入れ替えて――オオサカ・ゲットーの中で――模擬戦をしているのかについては、後で理由を説明するとして。
「ん~~……!」
そして青鸞は、本来はカレンの愛機である紅蓮弐式の中で唇を引き結んで唸っていた。
メインモニターには、やはり彼女の愛機である月姫が映っている。
腰部から抜いた2本の刀による攻撃、操縦桿を引き、押すことで巧みなステップ機動を生み出して回避する。
回避行動はぎこちない物だが、それは攻撃する相手も同じだった。
((やりにくい……!))
2人の少女パイロットは、同じ感想を抱いていた。
青鸞には、輻射波動機構を備えた紅蓮の右腕は機体バランスを著しく損なっているように思えた。
そしてカレンにとっては、全体的に装甲が重く無数の刀武装を操らなければならない月姫と言う機体は操作が複雑に過ぎた。
「どうやったら、こんな機体をあんな風に動かせるんだか……!」
青鸞は紅蓮弐式の中で舌を巻いていた、目まぐるしく動くメイン及び側面の映像は彼女の目にはやや速すぎる。
月姫と違い、機体を上下左右に激しく振るのが紅蓮弐式の特徴だ。
とは言え青鸞の技量では、紅蓮弐式の本来の機動性能は出し切れない。
チョウフで見た時には、この機体はもっと躍動感溢れる動きをしていたものだが。
「右、重い!」
右の操縦桿の重さに、青鸞は悲鳴のような声を上げた。
輻射波動、なるほど強力な兵器だ。
強力だが、しかしナイトメアの訓練場に使っているオオサカ・ゲットーの広場の真ん中で発動させることは出来ない。
となれば、この右腕の武装は青鸞にとってはただ重い枷だった。
「しかも、輻射波動以外の武装が少なすぎるんだけど!」
それこそ、スラッシュハーケンや特殊鋳造合金製のナイフくらいだ。
対してカレンは、月姫の機動力の低さにこそ戸惑うだろうが、基本的に武装の量は多い。
そのため、模擬戦の形成は徐々に月姫を駆るカレンの方へと傾いていく。
『悪いね、お姫様!』
「何を……っ!」
それでも、負ける気は毛頭無い。
だから青鸞は、右腕をもう捨てることにした。
右手を操縦桿から離して固定し、右手はランドスピナーやスラッシュハーケン、各箇所の圧力などの操作のためにタッチパネルを叩くことに専念する。
仕えない右腕ならば、固定して無いものとして扱えば良い。
そうした思い切りの良い判断は機体動作に現れる、月姫の中からそれを見たカレンは口笛を吹きたい心地になった。
右腕を無視した紅蓮弐式の動きは、先程までに比べてずっと良くなったからだ。
「やるね! けど……!」
カレンもまた、思い切り良く決断した。
扱いに慣れていない刀の武装を諦め、格闘戦での勝負に打って出たのだ。
彼女もまた、度胸はある方である。
いつしか彼女の口元には、笑みが浮かんでいた。
◆ ◆ ◆
「う~~ん……思ったより良いデータは取れなそうだねぇ」
「そうですね、やはりパイロットと機体の相性値は馬鹿に出来ないかもしれません」
旧日本解放戦線・青鸞グループの技術担当、古川は極度に緊張していた。
元々耳の障害のこともあって――聞こえ過ぎると言う障害――人付き合いが苦手な彼だが、その中でも異性を相手にするのは特に苦手だ。
しかも相手が、異国人となればさらに緊張の度合いは増す。
「ねぇ、アンタ」
「は、ははははぃ……な、なんでしょう?」
「アンタも面白そうな性格してるんだねぇ……」
口に咥えた煙管からプカプカと煙を吐き出しながら、訓練場を見渡せる廃ビルの屋上で機材と共に座り込む古川を見下ろすのは、インド系の女性だった。
白衣を着ているが服装の露出が高く、扇情的な色気に当てられそうな褐色の肌の美女。
ラクシャータ・チャウラー、黒の騎士団・キョウトの依頼でナイトメアを開発している科学者だ。
「まぁ良いか。それよりアンタ、あの青って子が桜花壊したのって、例の白兜の剣と打ち合ったって本当かい?」
「あ、あお? 青って……」
「何か問題がありますか?」
「い、いぃえ、何も」
ビクッ、と身を震わせた古川の隣には、20代半ばの白衣の女性がいた。
どうやらラクシャータのそれと揃いらしいが、彼女はきちんと衣服を着ているので目に優しい。
ただ腰まで伸びた黒髪は良いとして、氷のような蒼の瞳と左眼の眼帯が妙な迫力を備えていた。
白衣の名札によれば、
名前と瞳の色からして、どうやらハーフのようだった。
そして技術担当である古川は、雪原と言う名前に聞き覚えがあった。
戦前、日本軍の技術部で兵器開発関連の課を一つ任されていた技術士官の名前だったからだ。
そう言えば同じ課に娘がいたと聞いたこともある、ブリタニアとのハーフと言う話も。
だから当時、あまり良い話を……職場で上手くいっていないと言う意味で、聞いていた。
7年前の戦争以降どうなったかはわからなかったが、ラクシャータの下にいたらしい。
「その子は演算処理が得意でねぇ、埋もれてたから拾ってみたのよ」
「は、はぁ」
「ナイトメアの開発には重宝してるよ、何しろ紅蓮や月姫の自動演算システムの一部には、この子の計算も入ってるからねぇ」
そんな技術陣の会話とはまた別に、青鸞とカレンの模擬戦を見つめる視線もあった。
四聖剣の朝比奈と、副司令の扇である。
彼らはラクシャータ達の会話には参加せず、眼下で激しさを増していくナイトメア戦闘の光景を見下ろしていた。
「あのカレンって子、本当にやるねぇ。青ちゃんは正規の訓練受けてるけど、あの子はそう言うの、ほとんどやってないんでしょ?」
「あ、ああ……」
感心したように話す朝比奈に対して、扇はどこか煮え切らない返事を返した。
朝比奈は疑問符を浮かべたそうな表情を浮かべたが、特にそれ以上何かを言うことは無かった。
そして扇もまた、眼下の模擬戦を見ているようで見ていない。
彼には、他に考えなければならないことがあったためだ。
(俺は……俺は、どうしたら)
悩む、それは扇と言う青年の特徴でもある。
それは時として良い結果を生むこともあるが、一方で同じだけの確率で悪い結果を生むこともある。
そして現在の扇は、その後者の方へと傾きかけていた。
というのも、彼が考えているのは女性のことだからである。
(千草……)
千草、名前からして日本人らしい。
否、日本人ではない、ブリタニア人だ。
反ブリタニアを掲げる人間が、と言う理屈は黒の騎士団には当てはまらない。
何しろ純血のブリタニア人も参加しているのである、黒の騎士団はその意味でテロリスト・グループとして異色なのだ。
問題なのは、扇が「千草」と言う名のブリタニア人女性との関係を通じて、ブリタニアを「敵」と思えなくなりつつあると言うことだった。
それは、それだけは黒の騎士団でもあってはならないこと、タブーだった。
おまけに彼が今、トーキョーのゲットーで生活を共にしているブリタニア人の女性は……。
(もし彼女が、ゼロの正体を思い出してしまったら……その時、俺は撃てるのか、彼女を)
その女性は、彼らのリーダーであるゼロの正体を知っているらしいのだ。
ある海岸で見つけた時、気を失っていた彼女がそんなうわ言を呟いていたのを聞いてしまった。
ゼロの正体を知っているかもしれないブリタニア人、黒の騎士団の幹部である扇の立場からすれば、どうするべきかなど考えるまでも無い。
……その女性が記憶喪失になどなっていなければ、そうしていたかもしれないが。
「まぁ! とっても激しいんですのね、ナイトメアの模擬戦って!」
扇がビクリと身体を震わせたのは、声の高さに驚いたためだけでは無い。
いつの間にか、彼らの隣に1人の少女が立っていた。
平安貴族が着るような衣装を身に纏った少女は、神楽耶だった。
数日前から騎士団と行動を共にしてる彼女は、まるで扇の心の底を見透かすかのように邪気の無い笑顔を浮かべて見せた。
「か、神楽耶さま、どうしてここに」
「ゼロ様を探していますの、もう、新妻を置いてどこにいったんでしょうね?」
「は、ははは……」
朝比奈が乾いた笑いを漏らしたのは、神楽耶の今の台詞のどの部分に対してだろうか。
しかしそんな神楽耶も、眼下のナイトメアの模擬戦の方へ視線を向けると笑みの質を変化させた。
それは濃紺のナイトメアを見ているようでも、真紅のナイトメアのコックピット・ブロックに向けられているようにも見えた。
ただ、扇や朝比奈から見ると……どこか、より柔らかな笑みに変わったように見えた。
眩しそうに目を細めるその笑みは、遠くを見ているようで、近くを見ているようにも感じる。
そんな不思議な空気感を纏いながら、神楽耶は笑みを浮かべた。
その視線の先には、誰がいるのだろう……。
◆ ◆ ◆
コーネリア・リ・ブリタニアと言う女性は、謹厳な女性である。
その謹厳さの源は、皇族として国家の秩序を守ると同時に従う姿勢を見せる所にある。
内心を表に出すことなく、意に沿わぬ政策でも国家が定めた以上は従い、準備する。
それがコーネリアと言う女性の強さの源泉であり、彼女を支持する人間にとっては輝きに見えるのだろう。
実際コーネリアはこの10日余り、シュナイゼルの定めた期日に従って準備を進めていた。
直属軍を中心に統治軍の中から10万規模の部隊を選んで編成し、セキガハラに展開を進めているのだ。
その中には当然、補給や装備など軍隊を支える
事務処理の量も相応に増えるが、コーネリアは自身の義務から逃げることはしない。
ただそんな彼女も、義務や強さから程遠くなる瞬間がある。
「ユフィ……」
体調を崩した妹、ユーフェミアを見舞う時にはそうなってしまう。
自室の天蓋つきのベッドの上で、ゆったりとしたネグリジェに身を包んだユーフェミアが横になっている。
ベッド傍のスツールに腰掛けたコーネリアは、頬にやや赤みが差している妹の手を取って眉根を寄せた。
「……お姉さま……」
「侍医の話では、疲労が溜まっていたのだろうとのことだ。ゆっくり休めば、すぐに良くなる」
言葉をかけながら、コーネリアは胸の痛みを感じていた。
ずっと政庁の自室にいたユーフェミアが疲労を感じるとすれば、それはコーネリアが命じた軟禁が原因であることは火を見るよりも明らかだった。
だから今、ユーフェミアが体調を崩しているのはコーネリアのせいなのだ。
それでも、コーネリアにも言い分はある。
この危険な情勢下で、自前の騎士も親衛隊も持たないユーフェミアを外に出すわけにはいかない。
実際、一度はテロリストに拉致された。
ユーフェミアの身の安全に気持ちを避く余裕の無いコーネリアとしては、仕方ない面もあるのだった。
最も、それはどこまで行ってもコーネリアの都合なのだが。
「……すまないな、不自由な思いをさせて」
妹の綺麗な手を握り、呟くように謝る。
ユーフェミアの手は、本当に綺麗だった。
ナイトメアの操縦桿や銃のタコが潰れた痕が残るコーネリアの手とは、まるで違う。
そのことに、コーネリアは改めて気付いた。
「だが、3日後の戦いが終わればそれも必要なくなる。その時は、きっと私よりもお前の力の方が求められるだろう」
だからこそコーネリアは、3日後の決戦で黒の騎士団と旧日本解放戦線を完膚なきまでに叩き潰すつもりだった。
シュナイゼルの進めた合意は認められないが、しかし好機ではある。
セキガハラでゼロを始めとする敵を殲滅すれば、エリア11内の反ブリタニア運動は瓦解する。
そうすれば治世の時代が訪れるはずで、その時こそユーフェミアの出番のはずだった。
「だから、もう少しだけ待っていてくれ。私は必ず勝利を得て、お前の下に帰ってくる」
強い言葉でそう言って、コーネリアは妹の手をぎゅっと握った。
まるで力を与えるように、そして力を得ようとするかのように。
その時、コーネリアは少し顔を俯かせていたから気付かなかった。
ベッドの上からコーネリアを見つめるユーフェミアの目が、とても哀しげなものだったことに。
今にも泣き出しそうな、そんな瞳で姉を見ていたことに。
そして、その瞳は。
紫がかった蒼の瞳が、うっすらと赤く輝いていることに。
コーネリアは、気付く事が出来なかった。
◆ ◆ ◆
トーキョー租界から遠く離れて、セキガハラ決戦の予定地。
古の古戦場でもあるそこには、ブリタニア軍の主力部隊が展開しつつあった。
地上空母が複数集まり、周辺にはナイトメア部隊を筆頭とした地上部隊が本陣を囲むようにして配置されている。
セキガハラは古の古戦場ではあるが、数百年経った現在では近代的な町並みを広げていた。
少なくとも、7年前までは。
セキガハラの町は今や廃墟しか残っていない、住んでいる人間はおらず、7年間放置されたセキガハラの町は今やただのモニュメントでしか無い。
「スザクくん、ランスロットの具合はどうかしら。シート周りを少し変えてみたんだけど」
「はい、大丈夫です。前より使いやすくて」
「そう、良かったわ」
セシルの笑顔に同じように笑みを返して、スザクはランスロットのパイロットシートに背中を押し付けた。
以前は固かったそれは柔らかく、居住性が増したことを証明していた。
これはセシルの提案である、もう一人はこういうことを考えないので、自然とセシルの担当になっているのである。
彼らシュナイゼル配下の特別派遣嚮導技術部もまた、セキガハラに配置されている部隊である。
配置場所も戦場の端などではなく、シュナイゼルの本陣であるアヴァロンだった。
コーネリアよりもシュナイゼルの権限が強くなるため、彼らも一躍主力の一翼を担うことになったと言うわけである。
最も、シュナイゼル自身がセキガハラに入るのは決戦前日の予定だが。
(決戦まで、あと3日)
日本の独立を決める戦い、と銘打たれてはいうが、実際にどうなるかはわからない。
皇帝の勅命を得ての戦いである以上、そして皇帝が「戦え、奪え」を奨励してる以上、結果は認められるのだろうが。
だが奪って得た結果は、いずれ他の誰かに奪われるとスザクは思う。
ブリタニアにしても、再び日本を「取り戻しに」再侵攻してこないとは約束していない。
第一、戦争を決闘と混同するかのようなやり方は認められない。
だからスザクは、変わらず名誉ブリタニア人のパイロットとしてここにいるのである。
たとえ3日後、全てに決着がつくのだとしても。
「スザクくん」
「え……」
また考え込んでいたのだろう、セシルの声に驚いて顔を上げる。
するとそこには、年上の女性の柔らかな微笑があった。
いつか、子供の頃、他の誰かがそんな顔で自分を見ていたかもしれないと思った。
妹が生まれると同時に、失われてしまったものだが。
「大丈夫?」
「……はい」
頷いて、スザクはセシルに笑みを見せた。
すると何故かセシルは心配そうに眉根を寄せたが、スザクは笑みを崩さなかった。
実際、大丈夫なのだ。
反体制派と戦うことも、名誉ブリタニア人として戦うことも。
たとえ誰にも認められなくても、自分はルールさえ守れればそれで満足なのだ。
その結果、死ぬことになったとしても。
そして、その結果。
「大丈夫です、僕は……大丈夫ですから」
その結果、妹を失うことになったとしても。
だがその時はと、スザクは決めている。
決めているから、迷うことが無い。
その迷いの無さこそが彼の強さの源であり、そして同時に弱さでもあるのだった。
◆ ◆ ◆
模擬戦のラクシャータへの提出書類も終え、シャワーを浴びたカレンは青鸞を探してオオサカ・ゲットー内を歩いていた。
ゲットー住民は相も変わらず貧困に喘いでいるが、黒の騎士団がセキガハラ決戦に備えて駐屯している今は、騎士団からの食糧配給や医療供与で少しはマシになっていると言えた。
それは政治的には、反体制派と呼ばれる人々が民衆の支持を得るために行うことの一つだ。
体制側が与えてくれない社会保障を与えることで、民衆の中でのイメージアップを図る。
決戦前に物資を消費するのは好ましくないが、黒の騎士団としては決戦後のことも考えなくてはならないのである。
最もカレンなどは、政治的意図とは別に「自分達が少し我慢すれば良いだけ」とでも思っているが。
「うん?」
ゲットーの表通りを歩いていた時、カレンは目的の少女を見つけた。
10月の涼やかな空気の中で、濃紺の着物の背中があった。
どうやらゲットーの子供達に囲まれているようだ、子供達の面倒を見ていたらしい優しげな女性から赤ん坊を受け取っている所だった。
「さぁくら~♪」
生後数ヶ月らしいその赤ん坊の名前らしきものを呼ぶ声は、離れていても蕩けているとわかる。
知り合いの赤ん坊なのだろうか、そんなことを気にしながらカレンは青鸞へと近付いて行った。
その際、カレンに気付いた大人の女性――ナリタの女性、愛沢である――が会釈してきたのでそれを返すと、青鸞も赤ん坊を……桜を抱いたまま振り向いた。
「紅月さん、どうかしましたか?」
「カレンで良いよ、固い言葉遣いもいらないし」
そう言いつつ、身を屈めてカレンは青鸞の抱っこしている赤ん坊を覗き込んだ。
桜は急に現れた赤いものに興味を抱かれたのか、小さな手を伸ばしてカレンの髪を引っ張ろうとした。
それを青鸞に手で止められて、「あ、あー」と不満そうな声を上げるのを見てカレンも自然に頬が緩む。
カレンは、子供が嫌いでは無かった。
姉御肌な性格のためか、あまり彼女が紅月家の末っ子であると意識する者は少ない。
彼女の兄の親友だった扇くらいではないだろうか、彼女を子ども扱いするのは。
とにかく妹や弟と言う人種の中には、えてして弟妹を持ちたいと思う者が相当数いるのである。
カレンもまた、そういう人種の1人だった。
「……この子達、ゲットーの子?」
「ほとんどはそうです、でもこの子は……ナリタで生まれた子です」
「ふぅん、そうなんだ」
カレンがむにむにと頬を指で突けば、桜はむずかるように唸る。
ナリタで生まれた、と言う話は重いが、きっとそれ以上の何かがあるのだろうとカレンは思った。
桜を見下ろす青鸞の表情を見れば、それくらいのことはわかる。
わかってしまう程には、カレンは経験を積んでいるつもりだった。
「せいらんさま、せいらんさま」
「あそんでー」
「え、えっと?」
その時、青鸞の着物の裾をゲットーの子供が引っ張った。
何かと思えば、「あそんで」との催促が飛んできた。
もちろん1人だけではなくて、カレンまで巻き込んで遊んで欲しいとの催促である。
しかも1人1人が別の遊びを主張するので、桜を抱っこしたまま左右に振られる青鸞だった。
その様子がおかしくて、カレンは口元に指を当ててクスリと笑った。
「皆、青鸞さま達はお忙しいんです、だから無理を言ってはいけませんよ」
「「「えええええぇぇぇ~~~~」」」
「ああ、大丈夫だよ愛沢さん。ちょっとだけなら……」
「あ、そう言う言い方をすると」
カレンが最後に呟いた言葉は、子供達の歓声に掻き消えた。
それに驚いて桜が泣いて一時騒然として、せっかく子供達を止めてくれた愛沢が桜をあやすのにかかりきりになってしまう。
結果として、青鸞は子供達に完全に囲まれてしまった。
カレンも巻き添えである、手足にまとわりつく子供には苦笑を浮かべるしかない。
「え、えーと、どうしよう……」
ほとほと困り果てたような声を発する青鸞に、カレンは呆れたような視線を向ける。
先程の模擬戦ではあれ程思い切りの良い動きをしていたのに、今は子供達に手を引かれ袖を引かれて振り子のように揺らされている。
その姿は、とても旧日本解放戦線の象徴のようには見えない。
「せいらんさま、せいらんさま、あそぼー」
「サッカーであそぼうや!」「えー、おままごとがええ!」「そんな女のあそびができひんわ」「そうやそうや」「ええもん、せいらんさまはわたしたちとあそぶんやもん!」
「け、喧嘩はダメだよ皆ー」
わーきゃーと言う子供達の金切り声が響く中、青鸞の弱りきった顔が印象的だった。
と言って、このまま収拾がつかないのも不味い。
さてどうするかと、カレンが何事かを言おうとしたその時。
「サッカーと聞いて!」
「隊長!? 急に機材を放り出して何ですか!?」
「お、何だ何だぁ、青鸞さまが包囲されてんじゃねぇのよ」
どこからともなく現れたのは、青鸞の護衛小隊の面々だった。
どうやら何かの物資を運んでいたのだろう、上原が機材の入っているらしい箱を抱えて地面に転がっているのが何とも言えなかった。
その他、青木などの姿も見える。
山本は子供達に対して親指を立てて見せると、キラリと白い歯を輝かせて。
「ついてきな男子達、広場をナイトメアで更地にしてサッカー場にしてやるぜ!」
「ほんま!?」「うわっ、すげ!」「おぃちゃんかっこえーなー!」
「ダメに決まってるでしょう!? そんなのダメに決まってるでしょう!?」
「上原少尉のツッコミは、今日も冴え渡ってんなぁ……」
青鸞を助けるためなのか、それとも単純にサッカーが好きだったのか、山本が元気の良い男の子達を率いて行ってしまった。
上原は山本を止めるために機材を抱えて駆け出して、青木は「やれやれ」と肩を竦めてついていった。
後に残されたのは、女子である。
「せいらんさま、ほんならおままごとしよー」「おままごとがええ!」
「あ、ああ、うん、良いよ。良いのかな……」
山本達が去って行った方向を不安げに見つめながらも、青鸞はおままごとを了承した。
愛沢と桜は瓦礫の椅子に座って見守る構えを見せているので、参加するのは青鸞と子供達、そしてカレンだった。
カレンの性格には合わないと思われがちだが、これでも子供の頃は兄や友人を相手におままごとくらいしたことがあるのだった。
「それで、誰が何をやるの?」
「うーんとな、えーと……」
「あら、何をしてるんですの?」
その時、さらに人が集まって来た。
青鸞とカレンの模擬戦を見ていた面々の一部であって、神楽耶を先頭に扇と朝比奈もいる。
彼女らは一様に目を丸くして青鸞達に近付いてきた、しかもそれだけでは終わりでは無かった。
神楽耶達が来たのとは反対の方向から、別の組がやってきたのである。
「なぁ、ゼロー。俺達親友だろ、後輩にも示しがつかねぇし、今度の決戦で何か俺にも役職をよー」
「玉城は万年宴会部長に決まっているだろう」
「お前は黙ってろ、ゼロの愛人の癖によ!」
「ほぅ、よほど死にたいと思える……このガキが」
『お前達は、いったい何の会話をしているんだ……む?』
ゼロ、そしてC.C.と……そして玉城である。
今度の決戦でどうやら役職から漏れたらしい玉城が、ゼロに直談判に来たのをC.C.が茶化していると言う構図らしい。
仮面で見えないが、どうやらゼロはかなり困っている様子だった。
そんなゼロの前に、青鸞の手を離した女の子が1人飛び出していた。
カレンが「あ」と言うのも構わず、女の子はゼロを見上げている。
立ち止まったゼロは、表情の見えない仮面で女の子を見返している。
周囲が固唾を呑んで推移を見守る中、先に動いたのは女の子だxった。
彼女は小さな背丈で腕を精一杯に伸ばして、ゼロを指差すと。
「……お父さん!」
「「「「「『え』」」」」」
◆ ◆ ◆
予想外の事態が起こったと、誰しもが思っていた。
そして同時にかなり不味い事態だと思った、しかしどうにも出来なかった。
その結果が、これである。
『……今、戻った』
配役・お父さん―――-ゼロ(ルルーシュ)。
「おかえりなさいませ、あ・な・た♪ ご飯にしますか、お風呂にしますか、それとも……うふ♪」
配役・お母さん――――神楽耶。
「な、なぁ、俺はここで寝てるだけで良いのかな……?」
配役・お祖父さん――――扇。
「良いと思いますけど……寝たきり設定らしいし」
配役・お姉さん(長女)――――カレン。
「さ、最近のおままごとは、設定が深いんだね……」
配役・お姉さん(次女)――――青鸞。
「いや、設定……なのかな、これ」
配役・隣のお兄さん――――朝比奈。
「クレヨンで書いた割には良く出来ているな、この設定書は……時代が進むと早熟の度合いが増すと言うのは本当だな」
配役・向かいのお姉さん――――C.C.。
「つーかオイ! 俺だけ何でこんな役なんだよ!!」
「「「「子供達の設定書に書いてあるから……」」」」
「何で俺だけ返事があるんだよ!!」
配役・犬――――玉城。
「「おとうさ――ん、おかえりなさーい!」」
配役・末娘ズ――――子供達。
以上、これが黒の騎士団・旧日本解放戦線を巻き込んだ伝説の「おままごと」の構成である。
演出・配役共にゲットーの子供達、観客である愛沢と桜は後に感想をこう漏らした。
「あー、あぅっ、あーうー!」
「……まぁ、何と言うか、子供は怖いもの知らずですよね……」
神楽耶が「お母さん」の座をゴリ押しで勝ち取ったり、カレンがゼロの娘と言うポジションにいろいろなことを想ったり、青鸞がやけに気合いが入っていたりと。
不安が大多数を占める「おままごと」が、そうして始まった。
これも、一つの結果である。
◆ ◆ ◆
それは、ニッポンと言う国の首都にちょこんと存在する、ちょっと変わった家族とご近所のお話。
慎ましやかだけれども、皆で肩を寄せ合って生きている、そんな人達のお話です。
「青鸞、青鸞? 早く起きないと遅刻してしまいますよ」
ある朝のことです、お母さんである神楽耶が――やけに若いお母さんですが――娘の青鸞を起こそうとしているようです。
どう見ても同年代かそれ以下にしか見えませんが、とにかく母と娘です。
でも青鸞は、いくら揺り動かしても起きてくれませんでした。
お母さんの神楽耶はほとほと困り果てました、このままでは遅刻してしまいます。
「もう、困ったさんですね。ああでも起こすのも可哀想、仕方が無いからお母さんが寝ている間にお着替えさせてあげましょうね、そうしましょう!」
「神楽……じゃなく、お母さん、おはよう!」
何故か嬉々として手を打った神楽耶、すかさず青鸞は飛び起きました。
まぁ、神楽耶は無視して青鸞の衣服に手をかけ始めるのですが。
「え、ちょ、お母さんお母さん、おはよう! ボク起きてるから!」
「起こすのが可哀想ですから!」
「待てえええぇぇい!」
スパーンッ、綺麗な音を立てて神楽耶の頭がはたかれました。
叩いたのはもう1人の娘、カレンです。
楽しみを邪魔、もとい青鸞を着替えさせてあげようとしていた神楽耶は、どこか不満そうな目をカレンに向けます。
「……反抗期の娘は可愛くありませんもの」
「誰が反抗期か! 常識で動けお姫様!」
「カレンさん、お姫様じゃなくてお母さん」
「私のお母さんは1人だけ……じゃないか、ええと、お母さんは青鸞さまに対して」
「さまはいらない、ボク妹」
「……ん、んんぅん……」
神楽耶に指を指した体勢で、カレンは深く唸りました。
どうしたら良いかわからない様子です、それはそうだろうと思います。
でも今は娘で姉妹なので、どうすることも出来ません。
『何だ、騒々しいな』
騒ぎを聞きつけたのか、お父さんのゼロがやってきました。
最愛の夫の姿を見つけて、嬉しそうな顔をしたのは神楽耶です。
彼女は仮面のお父さんに飛びつくと、途端によよよと泣き崩れました。
「聞いてくださいまし、あなた。カレンが私を苛めるんです、どうしてあんなに凶暴に育ってしまったのでしょう」
「アンタねぇ!」
『カレン、お母さんに対してそんなことを言ってはいけない』
「う、ぜ、ゼロ……じゃない、お父さん……」
そして、お父さんに叱られると急激に弱々しくなるカレンでした。
一方で、ゼロは神楽耶の方も見て。
『神楽耶、カレンは有能な……もとい、妹達の面倒を良く見る良い姉だ。あまり苛めてやるな』
「んもぅ、仕方ない人ですね」
『すまないな』
「良いんです、新妻ですから♪」
新妻にしては、娘達がかなり育っている家庭でした。。
しかし気になるのは、ゼロにぎゅうっと神楽耶が抱きついた時に、カレンばかりでなく青鸞もむっとした表情を浮かべたことでしょうか。
この場合、どちらに対する何にむっとしたのかはわかりません。
はたして、彼女はどちらに嫉妬したのでしょう。
「えーと、何だっけ……すみませーん」
「あ、省悟さんだ」
その時、家の呼び鈴が鳴らされました。
お隣の家の朝比奈お兄さんの声です、青鸞が慌てて玄関へと向かいます。
ぱたぱたと駆けるその姿はどこか子犬のようで、見えていないはずなのに朝比奈お兄さんは苦笑していました。
さて一方で青鸞が去った後、お父さんとお母さんとお姉さんの間にも重大な問題が発生していました。
これは3人の関係がどうと言うよりは、本来そこにいないはずの女性がお父さんの部屋から出てきたことが原因でした。
向かいのお姉さん、C.C.がどうしてかお父さんのゼロのお布団の中から出てきたのです。
「おい、さっきからうるさいぞ。朝くらい静かに寝かせろ」
「あなた! これはどう言うことなんですの!?」
「ゼ、ゼロ……」
『い、いや、これは……』
平和な家庭が、一気に阿鼻叫喚の地獄絵図へと変貌します。
お父さんの浮気現場を目撃してしまったお母さんとお姉さんは、お父さんを責めるような目で睨んでいました。
それに対して、C.C.はゼロの首に腕を回します。
「おい、腹が減ったぞ。早く朝食のピザを用意しろ、甲斐性なし」
「あなた! 新妻を放って職場に愛人を作っていたんですの!? 酷い裏切りですわ!」
「ゼロ、やっぱり……」
『い、いや、だから……』
そしてそんなお父さん達を、端の部屋の扉の陰から末娘達が見つめています。
「えーと、皆、こっちにおいで。お父さん達は大事なお話をしているようだから」
「「はーい」」
扇お祖父さんに呼ばれて、末娘達は部屋の中へと戻りました。
寝たきりのお祖父さんに朝ご飯を食べさせていた彼女達は、お祖父さんに抱きついてきゃっきゃっと嗤っています。
一方で扇お祖父さんは、扉の向こうから聞こえてくる甲高い声に顔色を青くしています。
げに恐ろしきは女性問題、彼にとっては人事ではありませんでした。
「やぁ青ちゃん、これ、田舎の……えーと、うん、千葉、千葉で良いよね、田舎の千葉から送ってきた梨、良かったらあげるよ」
「ち、千葉県の田舎で、凪沙さんが梨作ってる設定……っ」
ちなみに、青鸞は朝比奈渾身のギャグに爆笑していました。
家庭の危機だと言うのに、なかなかに図太い娘です。
この家庭で育てば、大体はこのようになるのかもしれません。
これは、そんなお話です。
「……わん!(俺の出番が無ぇじゃねぇかよ!)」
そんな、お話でした。
◆ ◆ ◆
――――……どうして付き合ったのかと問われれば、懐かしかったからだと答えるだろう。
幼い頃、妹と幼馴染の少女に良く相手をさせられていた時期がある。
妹はそもそもそう言う遊びを知らなかったし、幼馴染の少女には出来る相手がいなかった。
そしてもう1人の幼馴染は、そう言う遊びはあまりやりたがらなかったから。
(……最近、良く後ろを振り返るな)
ルルーシュはそう思う、そして彼にはそう言う所があった。
妹のために未来を目指していながら、どこか過去に縛られた少年。
自らが望む未来を手に入れたいと願いながら、後ろを振り返る少年。
それがルルーシュと言う存在であって、そして彼に過去を振り向かせているのは。
「今日はありがとう、子供達と遊んでくれて」
『ほんの一時だ、それに私はいない方が良かったかもしれない』
ゼロの執務室としてあてがわれた廃ビルの一部屋、巨大な日本の国旗と黒の騎士団の団旗が掲げられたそこはオオサカ・ゲットーに駐留する反体制派のまさに中枢だった。
だが今、そこには2人の人間しかいない。
1人は当然、ゼロ。
そしてもう1人は、旧日本解放戦線の象徴、青鸞である。
「神楽耶とカレンさんに随分と絡まれてたみたいだけど?」
『随分と仲良くなれたようで何よりだな』
「神楽耶は……幼馴染だから。カレンさんは、うん、お姉ちゃんっていたらあんな風だったかもしれないね」
拗ねたような声を上げるルルーシュ=ゼロの耳に、クスクスと言う青鸞の笑い声が届く。
漂う雰囲気は軽い、それはゼロの正体を青鸞が知ったことと無関係では無いだろう。
だからこそ青鸞は自然体でいられるし、ルルーシュ=ゼロもまたそうなのだろう。
過去を見てしまう程に、自然体でいられる。
ルルーシュ=ゼロにとって、
相互扶助、相互守護、相互協力の誓約。
裏切りの懸念の無い、そんな存在。
魂に懸けて、大切な存在。
「というか、その仮面取らないの?」
『……いや、誰が来るかわからないからな』
「そっか」
僅かに残念そうな声を上げる青鸞の前には、マントに覆われた少年の背中がある。
座りもしないで何をしているのかと思うが、ルルーシュ=ゼロには仮面を外せない理由があった。
ギアス、そのオンオフが出来なくなってしまったからである。
彼のギアスは言葉で作用する、下手に誰かと目を合わせて話せばギアスをかけてしまう。
『それより、明日にはオオサカを起つ。準備は出来ているだろうな?』
「もちろん、
『良し……』
笑んで答える青鸞に、ルルーシュ=ゼロは頷く。
明日中にセキガハラへの布陣を開始して、明後日は連絡と準備と休息に使う。
そして3日後には、シュナイゼル率いるブリタニア軍との決戦だ。
すでに全ての準備は整っている、ルルーシュ=ゼロは常にオオサカ・ゲットーにいたわけでは無い。
必要に応じてオオサカを離れ、準備を進めていたのである。
この場合、ブリタニア軍が先にセキガハラに入っていたことは彼にとって優位に働くのだった。
当面の全てが決定される戦場だ、ルルーシュ=ゼロも己の全霊を懸けて望む必要があるだろう。
全てを得る決意と共に、全てを失う覚悟をもって。
『……青鸞』
「良いよ」
言葉を最後まで聞くことも無く、青鸞は応じた。
ルルーシュ=ゼロはその言葉と共に、控えめな温もりを背中に感じた。
青鸞が彼の背に片手を置き、額を軽く押し当てている感触を感じる。
仮面の中で、ルルーシュ=ゼロは目を伏せた。
彼が仮面の中で浮かべる表情は、少なくとも笑顔とは程遠いものだった。
「良いよ、ルルーシュくんの言う通りに動いてあげる。ナナリーちゃんのためにも、ルルーシュくんのことはボクが守るよ。だって……」
優しい声音で、青鸞は告げる。
妹を守るために必死な幼馴染に、少しでも力を与えようとするかのように。
彼女は彼を抱かず、しかし寄り添うようにしてそこにいる。
思い出すのは、過去の記憶。
兄に無理やりついて行った先で出会った、綺麗な皇子様。
優しい優しい、妹想いの皇子様。
そんな少年だったからこそ、少女は想ったのだ。
声音は優しく、頬は照れたように朱に染まり、そして開いた瞳は――――。
「……そう言う、約束だからね」
真紅には、輝いていない。
そのことが、ルルーシュ=ゼロに安堵と同時に疑念を与えていた。
青鸞に、何故、彼の言葉は効果が無いのか。
(どうして、青鸞に俺のギアスが通じなかったんだ……?)
あの後、適当な人間で試してみたが、ギアスの力は問題なくかかった。
ルルーシュ=ゼロのギアスの制約の一つに、「同じ人間に二度は効かない」と言うものがある。
しかし青鸞は先日が初めてで、だからこそルルーシュ=ゼロは困惑していた。
ギアスが効かなくて、良かった。
だが今のルルーシュ=ゼロには、わからない。
安堵を感じつつも得たこの疑念、その答えを知らない。
彼がその理由を知るのは、もう少しだけ後の話。
もう少しだけ、後の話……そして、その時には。
何もかもが、手遅れだった。
◆ ◆ ◆
ギアスは、契約者が望んだ形で顕現する。
しかし契約者は常に、ギアスがもたらす結果や現実を突きつけられ続ける。
これが結果なのだと、そう突きつけてくるのだ、刃のように。
これが、お前の望んだ結果なのだと。
「私は言ったはずだな、ルルーシュ」
通路を歩きながら、C.C.が呟く。
昼間は
見えていたし、予測していたし、何より感じていた。
「王の力は、お前を孤独にすると」
王の力、ギアス。
古の人間が神を求めて得た力、そして今は神だったナニかを解き明かすためのツール。
その根源、コード。
それを識るが故に、彼女には視えているのだ。
ギアスの影響を受けた「アレ」は、ほんの少しのきっかけさえあれば休眠から目覚めることを。
だからこそC.C.はあの娘を除こうとしたのだし、殺そうとしたのだ。
今ならばまだ目覚めの前に殺すことで、救えると思ったからだ。
それは、優しさを忘れた魔女の優しさ。
しかしそれも、もはや意味を成さない。
「……だが、私もお前を守ろう。お前が私の願いを叶えてくれると、そう信じられる限りは……」
それでも彼女は、C.C.は、ルルーシュを守る。
彼女の願いを叶えてくれるその日まで、彼を守り続けるだろう。
不老不死、人の心を忘れた魔女。
彼女は、闇へと向かって歩みを進める。
――――……今までも、これからも。
◆ ◆ ◆
トーキョー租界を離れて、もうどれだけの日数が過ぎたのだろう。
咲世子と言う家族も傍にいるし、生徒会の皆も一緒、アッシュフォードの人達は良くしてくれる。
ただそれでも、少女……ナナリーの胸には、大きな寂寥感があった。
何故ならば、ここには最愛の人がいないからだ。
「……お兄様?」
だがその日の朝、アッシュフォードの別荘の電話にルルーシュから電話がかかってきた。
早朝だとか寝起きだとか、そうした全てを振り払って、ナナリーは電話へと急いだ。
咲世子が気を利かせてアッシュフォードの使用人を下がらせる中、ナナリーは噛り付くように電話口へと声を投げた。
『ナナリー、朝早くにごめん』
「お兄様……!」
久しぶりに聞いた兄の声に、ナナリーは胸が詰まる思いだった。
閉じた目から涙の雫が溢れそうになるのも、無理は無かっただろう。
何しろラジオのニュースでトーキョー租界が大変なことになっていて、それなのにルルーシュがいつまで経ってもやってこないことがどれだけの不安だったか。
ナナリーはそれを訴えようとした、それこそシャーリーが言うように「一言言ってやらないと気がすまない」状態だったからだ。
だが結局、彼女が兄に対して不満や怒りをぶつけることは無かった。
その代わりに、ナナリーが口にしたのは心配の言葉だった。
「お兄様、お身体は大丈夫ですか。トーキョー租界が大変なことになっていて、ミレイさんやシャーリーさん達も凄く心配して、でも連絡もほとんどなくて、だから私、心配で、私」
『……本当にごめんよ、ナナリー。心配をかけてしまったね』
「いいえ、いいえ……良いんです、お兄様がお元気でいてくれるなら、私のことなんて最後で良いんです」
昔から、ナナリーを守ろうと必死になっていたルルーシュ。
それがわかっているから、ナナリーはルルーシュに恨み言のようなことは言わない。
ルルーシュを困らせるようなことを、言いたくなかったからだ。
大人しくいようと、自分に課しているから。
『最後なんて、寂しいことを言うな。俺はいつだって、お前のことを想っているよ』
「お兄様……」
『寂しい想いをさせて、心配させたのは本当に悪かったと思ってる。でも大丈夫、俺ももうすぐそっちに行くから』
「本当?」
『ああ、本当だ、約束する』
兄がもうすぐやってくる、その言葉にナナリーは表情を明るくした。
受話器の向こうから聞こえてくるルルーシュの声はしっかりとしていて、ナナリーの兄への信頼感を刺激してくれた。
まるで宝物のように受話器を両手で持って、ナナリーは心からの喜びを感じていた。
もうすぐ、お兄様に会えるのだ。
「お兄様、無理はなさらないで……お兄様が元気でいてくれれば、ナナリーはそれだけで良いんです」
『ありがとう、ナナリー。それじゃ、また。会長やシャーリー達によろしく』
「……はい」
もうすぐ電話が切れる、そのことに寂しさを感じる。
それが声に出てしまったのだろうか、電話の向こうから作ったように明るいルルーシュの声が響いた。
『ああ、そうだナナリー』
「はい?」
『そっちに行く時には、お前に合わせたい人がいるんだ。お前もきっと喜ぶ、お前の知っている人だよ』
「私の……もしかして、C.C.さんですか?」
『違う』
兄の声が急に固くなって、ナナリーは「いけない」と思った。
どうやら、兄にとって押されたくないツボを刺激してしまったらしい。
『とにかく、楽しみにしていてくれ。……それじゃ、ナナリー』
「はい、お兄様。お身体にお気をつけて……」
『ああ、お前も。ナナリー……愛している』
「っ、は、はい……私も、愛しています」
急に言われた言葉に頬を薔薇色に染めて、ナナリーは応じた。
通話の切れた受話器を胸に抱けば、小さな胸がドキドキしていることに気付く。
驚いた、普段はあそこまでストレートに言われることが無かったからだ。
何しろ、ナナリーの兄は恥ずかしがり屋だから。
「……お兄様……」
そして電話の向こう、遥か数百キロの彼方にいるルルーシュもまた、妹からの言葉に目を閉じていた。
携帯電話を折りたたんでポケットにしまい、ガウェインのシートの身を押し付けて心の中で反芻する。
――――約束する。
「……ああ、すぐに終わらせて迎えに行くよ、ナナリー……」
お前にだけは、俺は嘘を吐かない。
「始めるぞ、C.C.」
「……良いのか、今ならまだ」
「いや、良い。もはや後戻りは……出来ない」
目を開けば、そこは戦場だった。
愛など無い、殺伐とした開戦直前の戦場だった。
目前には無数に居並ぶ敵の軍勢、左右には味方の軍勢。
彼の愛機ガウェインのモニターには、全軍の状況と通信回線が映し出されている。
戦場、全てを決するその場所を前にルルーシュは前を睨んだ。
「全軍――――」
視界の隅に、妹に「会わせたい」と言った人物の通信画像が映し出されている。
そこに映っている表情は真剣そのもので、その少女、青鸞の顔をルルーシュは見つめた。
おかっぱの黒髪、真っ直ぐな瞳、そして白い顔に濃紺のパイロットスーツ。
その全てが、ルルーシュにとっては守るべきものだった。
だから。
だから、彼は。
彼は、躊躇無く開戦を告げる言葉を発しつつも。
「――――進撃、開始ッッ!!」
何もかもを守るつもりで、戦いに挑んだ。
仮面の下、消えない呪いの刻印を左眼に宿しながら。
全ての運命を、勝ち取るために。
採用キャラクター:
アルテリオンさま提案:雪原刹那。
ありがとうございます。
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
先に言っておきますが、第一部においてギャグ要素とかほのぼの要素が入るのは、今話が最後です、おそらく。
後は物凄くドロドロのシリアスが待っていますので、お楽しみに(え)。
それでは、次回予告です。
『いよいよ始まる、最後の戦いが。
この戦いを制した側が、日本の覇権を握ることになる戦いが。
この戦いに勝つ、勝って日本を取り戻す。
そして、ルルーシュくんを守る。
そしてボクは、あの人に……』
――――STAGE25:「セキガハラ の 戦い」