コードギアス―抵抗のセイラン―   作:竜華零

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GWということで、今週は2本更新です。
では、どうぞ。


STAGE22:「力 集う 時」

 キュウシュウ戦役勃発から、6日目の朝。

 10月最初の日でもあるその日、エリア11は騒然とした静けさの中にあった。

 表も裏も、早晩に起こった予想外の事態に対して静かに、しかし確かに驚愕していた。

 それは、関門海峡……いわゆる壇ノ浦と呼ばれる場所を挟んで対峙する当事者達にしても同じだった。

 

 

「…………」

 

 

 航空戦艦アヴァロンの後部格納庫、ハッチの開いたその場所にスザクはいた。

 白のパイロットスーツ姿の彼は、ハッチから吹き込んでくる風に髪を揺らしながら眼下の海を見下ろしている。

 アヴァロンの下には、ブリタニア軍の揚陸艇数隻の姿が見える。

 

 

 狭い海峡をゆっくりと進むそれらの艦船は、フクオカ基地に攻め込んでいたコーネリア軍の艦艇だ。

 数日前までクマモトにいたスザクが何故、アヴァロンと共に関門海峡を渡っているのか。

 正直な所、スザク自身にも詳細な理由はわかっていない。

 だがとにかく彼は、クマモトで青鸞とその仲間を足止めしている最中、セシルを通じて軍上層部からの停戦と転進を伝えられ、2日をかけて壇ノ浦まで退がっていたのである。

 

 

「ありゃりゃりゃ~りゃ~、これはまた派手にやられたねぇ~」

 

 

 その時、比較的近い位置から妙に間延びした声が聞こえた。

 閉じていくハッチから視線を動かしてそちらを見れば、そこにはどう見ても軍人には見えない白衣の上司がいた。

 彼は眼鏡の端を弄りながら、格納庫の中に屹立する白のナイトメアを見上げていた。

 

 

「すみません、ロイドさん」

「んん? んふふ、まぁねぇ、僕のランスロットが負けたわけじゃないからねぇ」

 

 

 近付いて謝れば、特に受け取られなかった。

 見上げる視線の向こうに、白のナイトメア『ランスロット』がいる。

 スザクのナイトメアだが、機体そのものには大した損傷は無い。

 例外はフロートユニットだが、実はシステム自体には特に問題は見られなかった。

 後は、武装。

 

 

「MVSが、こうまで見事に切断されるとはねぇ~」

 

 

 どこか楽しげですらあるロイド、その目には真っ二つに折られた二本の剣がある。

 ナイトメアサイズのそれは巨大だが、折られ断たれて元々の機能を失っていた。

 MVS、メイザーバイブレーションソード。

 ランスロットが持つ最新鋭の近接武装であり、特殊な電磁波を刀身に流して振動させ、ナイトメアの装甲を容易く両断できる程の威力を発揮することが出来る剣だ。

 

 

 薄く、硬く、そして鋭い。

 それこそ、その気になればこのアヴァロンでさえ切り刻むことが可能だろう。

 しかしその強力無比な剣が、今は無残に真っ二つにされて格納庫に並べられているのである。

 もちろん、寿命でも故障でもない。

 

 

「表面が溶けてるようにも見えるけど、MVSの電導素材を溶かし切れるような武装があったなんて驚きだよ。これはちょっと何か対策を取らないとねぇ、もし完全実用化されたりしたら、大抵の装甲なんて紙みたいな物だからさぁ」

 

 

 ロイドの口調は緩いが、言っていることは相当な脅威だった。

 そしてスザクは、その脅威を手にしている存在を知っているのである。

 それは、昨夜にクマモトで正面から戦闘を演じた相手が所持していたのだから。

 

 

(……青鸞……)

 

 

 閉じたハッチの向こう、海峡の向こう側にいるだろう少女の名前を呼んで、スザクはハッチの壁面に視線を向けた。

 その先に、彼女はいるのだろうか。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 その視線の向こう側に、彼はいるのだろうか。

 そんなことを思うのは、青鸞にとってどう言う意味を持つのか。

 理解できる人間が、どれだけいるのだろうか。

 一つだけ確かなのは、青鸞が必ずしも理解を求めているわけでは無いということだろうか。

 

 

「い、いや……青鸞さま。『桜花』は物凄く壊れやすいんで、そ、そして僕には直せない特注品なので……」

「ご、ごめんなさい……」

 

 

 関門海峡を挟んだキュウシュウ側、モンジの海岸線で青鸞は落ち込んでいた。

 落ち込んでいたと言うより、幼稚な表現をするなら「ふみ~」と泣く猫のような状態だった。

 古川は男性にしては小柄な163センチだが、10歳以上年上の男性の前で半泣きの15歳と聞くと別の意味に聞こえそうであった。

 

 

 とにかく濃紺のパイロットスーツに深緑の軍服の上着を羽織った青鸞は、モンジの海岸線の道路の上に屹立する『月姫(カグヤ)』の足元で、そんな状態だった。

 コックピットブロック右の鞘は現在は空の状態であり、そこにあった刀は古川の言の通り壊れてしまっているのだろう。

 まぁ、そうは言っても局所的な事情に過ぎない。

 

 

「青鸞お嬢様」

 

 

 その時、青鸞の背中に声をかける存在がいた。

 三木である、青鸞のブレーンを担当する彼は副官たる花園を傍らに立たせていた。

 実は、青鸞はこの場で彼を待っていたのだ。

 それは、三木が乗ってきたジープに相乗りしている男性に理由があった。

 

 

 ずんぐりとした身体に、独特の民族衣装に身を包んだ男。

 名を、(ツァオ)淵明(ユェンミン)

 澤崎の「革命」に協力した中華連邦遼東軍管区の「元」将軍であり、昨夜未明に青鸞と日本解放戦線の残党軍に接触してきた男だ。

 

 

「澤崎元官房長官を失って、お嬢様に接触してきたものかと」

「フクオカの草壁中佐は、彼への対応について何か言ってた?」

「いえ」

「そう」

 

 

 頷いて、青鸞はジープから降りて数人の部下と共に自分へと向かってくる曹将軍を見た。

 2日前のコーネリア軍との戦いに敗れ、フクオカ基地と沢崎敦(たいぎめいぶん)をを失い、今こうしてモンジに陣取っている日本解放戦線の残党軍に接触してくる。

 ――――いや、「枢木ゲンブ首相の娘」に接触してくる。

 その意図は、あからさま過ぎる程にわかりやすかった。

 

 

「お初にお目にかかる、私は――――」

「中華連邦の曹淵明将軍、知っています。遼東軍管区では機甲師団を率いておられたとか、お会いできて光栄です」

 

 

 手を合わせる独特の礼を行う相手に、青鸞は言葉の上では歓迎の言葉を述べた。

 しかしまさに言葉の上だけであって、その態度は極めて冷淡だった。

 これはカゴシマでの会議で澤崎を「国賊」と呼び、中華連邦軍を「侵略者」と断じたのだから当然ではある。

 

 

「――――こちらこそ、光栄ですな」

 

 

 しかしそこは、3倍以上の年数を生きている曹。

 15の小娘のやることと流す、そもそも彼は青鸞が実権ある指導者であるとは思っていない。

 重要なのは三木や草壁、あるいはキョウトやカゴシマの面々、つまり青鸞の周囲の大人達であって、彼女自身は象徴に過ぎないと言う判断がある。

 そしてそれは、半分は正解と言っても良かった。

 

 

「それで、曹将軍はどうしてこちらに。てっきり、サセボに向かったものかと」

 

 

 現在、エリア11に侵攻して来た中華連邦軍は行き場を失っていた。

 カゴシマ、フクオカを失い、そして大義名分である澤崎をコーネリア軍に捕らえられた。

 国軍と関係の無い人民義勇軍を称してはいても、大義を失った革命軍など存在価値が無い。

 いくらサセボ基地を確保していても、海上輸送路はブリタニア艦隊が押さえ、現地で確保した物資もいずれは尽きる――――ジリ貧である。

 

 

 だからこそ曹は青鸞の下に来た、新たな大義名分を得るためにだ。

 日本最後の首相の娘、大義名分としては申し分ない。

 唯一の難点は、押さえるべき他者が多く、澤崎よりも中華連邦単独での利権独占を狙えない所か。

 

 

「我が中華連邦としては、今後も引き続き貴国を支援し……」

「お心遣い有難う、でも必要はありません」

 

 

 だがそれは、青鸞が曹の思うような人形の象徴である場合だ。

 青鸞は曹の支援の申し出を即決で断った、すなわち。

 彼女は、人形に非ず。

 

 

「これは(ワタシ)の個人的意見ではなく、(ワタシ)達を支援してくださっている全ての方々の総意です。曹将軍、貴方とその軍については、即刻日本の領土領海より退去するよう、この場で勧告させて頂きます」

「し、しかし、貴女方はこれよりブリタニア軍との決戦に臨むとのこと。ならば、我が国も貴国の友好国として」

「曹将軍」

 

 

 瞳を細め光をたたえて、未成熟な肢体をパイロットスーツに包んだ少女が異国の将軍を見据える。

 一瞬、言いようの無い圧を感じて曹が黙る。

 しかし彼も、「失敗しました」とおめおめ本国に戻れる立場ではない。

 戻ったとしても、その後に不幸な出来事が待っているのだから。

 

 

「私達の支援は、きっと日本国の利益にもなると」

「曹将軍」

 

 

 もう一度名を呼び、青鸞は言った。

 日本の立場を、中華連邦の干渉軍の長に対して告げた。

 

 

「日本の利益、国益は、我々日本人が判断することです。ことさら貴方に強調されずとも、(ワタシ)達は日本の国益を常に考えています。そしてその上で、こう申し上げているのです――――お引き取りください、と」

 

 

 それは、中華連邦の干渉への明確な拒否だった。

 拒否された曹としては不快に思わざるを得ない、相手は15の小娘なのだから。

 だから彼が一歩を前に進むのも当然で、その感情が負の方向へ行くのも彼の立場を思えば理解は出来る。

 

 

 理解は出来ても、受け入れてやる必要は無い。

 

 

 だから三木が胸を逸らして青鸞の前に出るのも、海岸線に並ぶ無頼が曹たち中華連邦の人間達の方へとファクトスフィアを向けるのも、周囲にいる歩兵達が銃に手をかけるのも。

 つまりは、そう言う事情からだった。

 意思は一つ、「中華連邦は出て行け」。

 

 

「ぬ、む……ッ、く……!」

 

 

 おかっぱの髪の一部を揺らして背を向ける青鸞の背中を視界に入れつつ、しかしそれ以上のことは何も出来ずに、曹は項垂れた。

 この瞬間、彼らはエリア11で活動する公的資格を失った。

 後は撤退するか、それとも居座って自滅するか……ただ、もしその間に現地の日本人に手を出せば、将来独立を達成した日本は中華連邦の属国たるを良しとしなくなるだろうことは確実だった。

 

 

「はぁ、草壁中佐も自分でやってくれれば良いのに……」

 

 

 曹の後の対応を三木に任せる形になった青鸞は、フクオカで情報を集めているだろう草壁を想って文句を言った。

 もし草壁が聞いていれば雷が落ちる所だろうが、この場にはいないので問題は無い。

 ふと、青鸞は北……フクオカの方角へと視線を向けた。

 

 

 曹は先程、「ブリタニアとの決戦」云々について何かを言っていた。

 そしてそれは事実で、その事実が世界中を驚かせている。

 帝国宰相シュナイゼルの提案、決戦、その詳細の情報を草壁は集めに行ってくれているのだ。

 そう、それは数日前のトーキョー決戦、シュナイゼルと仮面の男ゼロとの通信会談によって現出した事態で――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――数日前、青鸞と日本解放戦線の残党軍がカゴシマに攻め込んだのとほぼ同じタイミング。

 その時、ルルーシュ=ゼロは黒の騎士団を率いてトーキョー租界に攻撃を仕掛けた。

 コーネリアと直属軍のいない間隙を衝いた絶妙な策ではあったが、それでもなお十数万のブリタニア軍が黒の騎士団に対抗していた。

 そして、そのブリタニア軍を総督コーネリアに代わり指揮統率していたのが。

 

 

『初めましてだね、ゼロ』

 

 

 シュナイゼル・エル・ブリタニア、ブリタニア帝国第2皇子にして帝国宰相。

 現在、視察のためにエリア11を訪れているその男。

 その男を確保すると言う意味でも、ルルーシュ=ゼロは時期尚早を自覚しつつもこのタイミングでのトーキョー侵攻に訴えたのである。

 

 

 まぁそれは、彼の能力に対する自信であるとか、キュウシュウを任せられる集団がいたからとか、いろいろな事情があるにはあったのだが。

 とにかく、ブリタニア政庁を守る航空戦力をハドロン砲で一掃したタイミングで、ガウェインの秘匿コードにシュナイゼルからの通信があったのである。

 

 

『自己紹介はいらないだろうから、省かせてもらうよ』

(シュナイゼル……!)

 

 

 ゼロの仮面の下で、ルルーシュは凄絶な形相を浮かべていた。

 シュナイゼル、ルルーシュの腹違いの兄、「優秀な」兄だ。

 本国にいた頃、彼が自分と同じ年齢で残した成績を超えられたことなど一度も無い。

 ルルーシュが苦手なスポーツはもちろん、勉強やチェスにおいても。

 数多いる兄弟姉妹の中で、おそらくは能力的に認めていた唯一の相手だ。

 

 

 そして、母の真実を知っているかもしれない人間の1人。

 ルルーシュの母マリアンヌが、宮廷内で殺された事件の真実を知っているかもしれない。

 母を目の前で失い、妹が視力と身体の自由を奪われた事件の真相を知っているかもしれない。

 そう思うと、さしものルルーシュも冷静ではいられない。

 

 

『……これはこれは、シュナイゼル殿下。もしや自ら降伏の申し出でしょうか? そうでないのなら、私は私の支持者の手前、貴方との通信を切らねばならないのですが』

 

 

 それでも彼が冷静さを維持できたのは、仮面のおかげである。

 そしてもう一つ、C.C.の目だ。

 あのどこか自分を値踏みしているような目が、辛うじてルルーシュを『ゼロ』にした。

 言い換えれば、それは意地だった。

 

 

『ふふ、それは無いよ。私は降伏する必要を感じていないからね』

 

 

 リラックスした声が、通信の向こうから響いてくる。

 そして実際、シュナイゼルは降伏の必要性を感じてはいないのだろう。

 トーキョー租界への侵入はゼロの奇策によって果たしたものの、彼と黒の騎士団は肝心要のブリタニア政庁を落とせていない。

 

 

 いや、むしろ苦戦していると言って良い。

 いくら租界の敷地を制圧しても――制圧拠点が増えれば、その分兵力も分散する――政庁を落とせなければ、それは勝ったことにならない。

 まして、相手には本国や周辺エリアからの援軍もある。

 攻めてはいるが、ルルーシュ=ゼロは決して優位には立っていないのである。

 

 

『それでは、いったい何故通信などを?』

『ふん、そうだね。降伏するつもりは無い、が、これ以上、双方に無駄な犠牲を増やすのもどうかと思ってね』

『無駄な犠牲?』

『無駄だろう? キミ達は政庁を落とせない、そして私達もすぐにはキミ達を押し返せない。なら、ここからの数時間は消耗戦だ、無駄だよ、それは』

 

 

 事実ではある、このままでは消耗戦になる。

 ルルーシュ=ゼロにもそれはわかっている、わかっているからこそ、何とかして政庁の防御力を削り取らなければならないのである。

 正面から正々堂々と勝つためには、そうしなければならないのだ。

 

 

『そこで、どうだろうゼロ、一つ私の提案を聞いてみてはくれないかな』

『……提案?』

 

 

 聞き返せば、通信画面の中でシュナイゼルは柔和に微笑んだ。

 それはまさに完璧な、王者の笑み。

 父シャルルが帝王であるならば、彼は王だった。

 王道を行く、正当なる今日の体現者。

 彼は、たっぷりと時間をかけた後に告げた。

 

 

 

『ここは一旦、停戦しよう』

 

 

 

 一笑に付すべし。

 ルルーシュ=ゼロはそう思った、事実それはその程度の話でしか無かった。

 このタイミングでの停戦の申し出、受諾したとして黒の騎士団と反体制派にどんなメリットがあるのか。

 もし停戦があるとすれば、それこそ敵軍の降伏が前提としてあるべきもので……。

 

 

 

『そして後日、改めて――――日本の独立の是非を戦場で決定しよう』

 

 

 

 しかしシュナイゼルのシュナイゼルたる所以は、余人に想像も出来ない提案を行う所にある。

 さしものルルーシュ=ゼロも、一瞬、相手の言っていることの意味を図りかねた程だ。

 

 

『どうかな、ゼロ?』

『……一考にすら値しない提案だ。今の我々の優位を捨てて、そちらの都合の良い戦場で改めて我々を殲滅したいと言っているとしか思えない』

『キミがもし本当にそう思っているのなら、ゼロ、私のこの提案は意味の無い物だよ。忘れてくれて構わない』

 

 

 しかし。

 

 

『もし受けてくれるのなら、私は帝国宰相として約束しよう』

 

 

 黒の騎士団の優位など形だけの、しかも一時的な物。

 時間が経てば崩れてしまう優位であることは、ルルーシュ=ゼロが一番良く知っている。

 もちろん、彼にも策はある。

 あるが、しかしそれは結局……ブリタニアを利するのでは無いか。

 

 

 中華連邦の介入によって崩れたブリタニアの体勢、そこにつけ込んで初めてトーキョー租界に侵攻できたのだ。

 万全な体勢を整えたブリタニア軍と戦って、これを破る。

 はたして、どちらがより勝算が高いだろうか。

 しかしシュナイゼルの提案は、そこからが普通では無かった。

 

 

『キミ達と同数の兵力で、同等の戦力で、対等の条件で戦おう……とは言っても、キミ達が私を信じられるはずも無いだろうね。だから私は、こういう物を用意した』

『何……なっ!』

 

 

 通信画面に表示されたのは、一枚の紙だ。

 上質な紙の上には金箔で模様が描かれており、下部中央にはブリタニアの国章が刻まれている。

 ルルーシュには、それが何かがわかる。

 それは上奏文だ、臣下が皇帝に何かを願い出る時にしか使用されない物。

 しかもそれには、元々白紙委任でもされていたのか、すでに皇帝の印章が押されている。

 

 

『――――もしこの通信会談での私の提案を受けてくれるのなら、私は帝国宰相として、いや、神聖ブリタニア帝国第2皇子として、約束の遵守に己の皇位継承権を懸けることを約束しよう』

 

 

 皇位継承権――――かつてはルルーシュも保持していた、次期ブリタニア皇帝への権利。

 しかし上に上位者が何人もいたルルーシュとは異なり、シュナイゼルは長兄たる第1皇子を除けば、事実上ナンバー2の皇位継承権を持っているのである。

 それを、テロリストとの密約の代価として持ってくるとは。

 この度胸、大胆さ……並では無い。

 

 

『どうかな、私の皇位継承権だけでは不足だと言うなら、まだいくらか前提条件をつける用意があるが』

 

 

 ルルーシュは、いやルルーシュだからこそ知っている。

 ブリタニア皇族にとって、皇位継承権と言う基盤がいかに重い意味を持つのか。

 それを懸けるということが、どれ程の決断であるのか。

 

 

(シュナイゼル……!)

 

 

 仮面の下、ルルーシュ=ゼロの視線が鋭く細まる。

 もし仮に、本当に同数の戦力・兵力で戦うと言う約束が守られるのであれば、ここで力押しをして兵力を減らすのは無駄と言う他ない。

 すでに実績は十分だ、それにルルーシュ=ゼロの側から停戦の提案を断ったと喧伝されるのは不味い。

 細心の注意を払ってはいても、今回の侵攻でブリタニア市民に犠牲を強いているのも確かだ。

 

 

『……一つ問いたい。貴方はどうして、我々にチャンスを与えるような真似を? 我々が、与えられなければ何も出来ない劣等人種だとでも?』

『まさか、そう言うわけじゃないよ。でもね、哀しいじゃないか』

 

 

 実際に哀しげに呟いて、シュナイゼルは言った。

 

 

『人が死ぬのは』

『……これは異な事を言う。この日本に最初に死を撒き散らしたのは、貴方方ブリタニアだと言うのに』

 

 

 冷笑、仮面の下に浮かんだルルーシュ=ゼロの表情はそれだった。

 まさか、ブリタニアの帝国宰相の口から「人の死は哀しい」などと聞くことになるとは。

 ルルーシュ=ゼロにとっても、そして何より日本人にとっては噴飯物だろう。

 血に濡れたブリタニアが、何を言うのかと。

 

 

『そうだね、否定はしないよ。けれど……』

 

 

 小首を傾げて、告げる。

 

 

『今、人の死を振りまいているのはキミ達の方だよ』

 

 

 ――――事実!

 それは事実だ、ある意味で正しい。

 ブリタニアの支配に対し、テロや紛争を起こしているには日本側なのだ。

 その意味で、シュナイゼルの言は正しい。

 

 

 しかし正しいが故に、それは人の憎しみを呼ぶ。

 今の時点では、それはルルーシュ=ゼロだった。

 彼は仮面の下で凄絶な表情を浮かべたまま、自身を貶めた相手を睨む。

 睨み、憎み、そして。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 そして、不満がある。

 青鸞には、一連のキュウシュウ戦役の結末に対して不満があった。

 それは、だ。

 

 

「……ゼロとシュナイゼルの秘密交渉の結果を、何でボク達が遵守しなきゃいけないのさ」

 

 

 それは、エリア11中の反体制派が思っていることの代弁でもある。

 トーキョー租界でシュナイゼルと黒の騎士団が結んだ協定は、この数日間で世界中に広まっている。

 共同記者会見のようなイベントこそ無いものの、確かな形で流されたのだ。

 

 

 黒の騎士団はトーキョー租界に攻め込んだものの、政庁を落とす前に戦線を縮小、撤退した。

 ブリタニア側は崩された外壁の補修は行わず、その代わりに黒の騎士団が一時制圧した土地を全て回収した。

 ただそれはあくまで黒の騎士団とブリタニアの間の話であって、青鸞と日本解放戦線には関係が無い。

 関係が無いのに、しかし関係あるものとして扱われてしまっている。

 

 

「決戦の予定は14日後、兵数はお互い最大で10万、その間は互いに手を出さないこと……」

 

 

 月姫のコックピット部に乗り込み、海岸線に姿を見せた潜水艦――例の「くろしお」型――への積め込み作業に入る。

 現在、青鸞はキュウシュウの諸勢力を纏めて東へ戻ろうとしていた。

 側面端末に映し出されている画像は、例の「トーキョー合意」の内容だ。

 聞く所によれば、ブリタニア皇帝のお墨付きまで得たと言う合意の。

 

 

 14日後、日本のある場所でブリタニア軍・反体制派連合軍の決戦が行われる。

 同数・同規模の戦力で、正規戦を行う、ブリタニア側は本国や他エリア、他軍管区からの援軍を呼ばない、テロ行為に走らない限り期間中の移動は保障……。

 そして、そこで勝った側が――――日本の覇権を握る。

 合意の結果としても、事実としても。

 

 

(そんなこと言われたら、ボク達も行かざるを得ない)

 

 

 やり口が汚い、と思う。

 こっちが従わざるを得ない状況を作っておいて、事態をコントロールしている。

 正直、蚊帳の外に置かれた側としては不快を感じてしまう。

 

 

『青鸞さま、拿捕した中華連邦製ナイトメアを乗せた輸送船が出航したとの報告が入りました』

「うん、わかった。じゃあボク達も東へ行こう」

 

 

 それでも、今はとにかく戦力を整えて東へと向かう。

 青鸞としては、その判断をするしかない。

 正直、不快は感じる。

 ただ個人的な恩義から、ゼロと黒の騎士団に対して口に出して不満は言わない。

 

 

 しかし、同時に危険だとも青鸞は思う。

 今回の合意、賛否はあるだろうが――――概ね、周囲の反応は予想できる。

 予想できるからこそ、彼女は危惧していた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

(……やっぱり、こうなるよね)

 

 

 青鸞の感じた危惧が現実のものになったのは、2日後のことである。

 危惧、と言うより、以前から懸念していたことだ。

 現在の黒の騎士団は、元々ゼロに心酔して入団したメンバーと旧日本解放戦線の兵士で構成されている。

 その心理上の違いは、すでに説明した通りなのであるが……。

 

 

 10月3日、青鸞はキュウシュウ・シコク・チュウゴクのグループと合流しつつオオサカへと至った。

 5年前に青鸞が反体制派運動に身を投じることを決意する要因になったオオサカ租界で、東西の主要な反体制派が集合した。

 中心にいるのは当然、トーキョー租界の「横っ面を引っ叩いた」実績を持つ黒の騎士団――いや、ゼロだった。

 

 

『青鸞嬢、ご壮健そうで何よりだ』

「ゼロこそ、相変わらずいろいろ派手に動いてるみたいだね」

 

 

 仮面越しの再会では、相手が本当に以前に会ったゼロと同一人物かを確認できない。

 ただ握手を交わせば、黒の皮手袋越しに感じる掌の感触は以前のゼロと同じだとわかる。

 あまり重いものを持ったことが無さそうな、女性みたいな細い手指と自分のそれを絡める。

 ナイトメアの操縦桿や刀のタコが出来て硬くなっている自分の掌と比べて、若干だが落ち込む。

 

 

 ただ頭の先から靴に至るまで黒尽くめの姿であるゼロに対して、青鸞は顔を晒しているわけだが。

 今日の着物は、生地と帯に秋の花と花弁を散らせた紫に近い濃紺の着物だった。

 性別も外見も、どことなく対照的な2人である。

 東西の反体制派が集ったオオサカ租界の広場には、数十数百の人間が集まっている。

 その最大派閥は、黒の騎士団と旧日本解放戦線だ。

 

 

『全体の会議を始める前に、青鸞嬢。改めて我が黒の騎士団のメンバーを紹介しておきたい。と言っても、軍事顧問として借り受けている藤堂と四聖剣に関しては紹介の必要は無いだろうが……』

 

 

 崩れたビルに囲まれた広場、ついと視線を動かせば、深緑色の軍服を着た藤堂達の姿が見える。

 小さく手を振ってくる朝比奈に苦笑しつつ、青鸞はゼロの示す黒の騎士団の幹部メンバーに目を向けた。

 驚くべきことに、そこにいるメンバーはチョウフ以前に会ったことがある者達だった。

 

 

『まず扇要、我が黒の騎士団の副司令を勤めている』

「ど、どうも」

「……貴方、確かシンジュクの……」

 

 

 黒の騎士団の漆黒の制服を着慣れてなさそうな、どことなく頼り無さそうな風情の男。

 扇要は、どこか眉を下げた表情で青鸞に会釈してきた。

 それに対して軽く頭を下げつつ、ゼロの紹介する幹部達を見ていく。

 南、杉山、井上……中には見ていない顔もいるが、大体がシンジュク・レジスタンスのメンバーだ。

 

 

 シンジュク事変の時、そこにいたメンバー。

 黒の騎士団の母体がシンジュク・レジスタンスであることを、青鸞はこの時に初めて知った。

 まぁ、ディートハルトと言うブリタニア人は違うだろうが。

 いずれにしてもまた、危惧の度合いが上がる。

 

 

『そして彼女が紅月カレン、紅蓮弐式のパイロットであり、私の親衛隊でもある零番隊の隊長を務めている』

「どうも」

 

 

 同じ「どうも」と会釈でも、行う人間によってここまで差が出るのかと感心する。

 濃い真紅の髪色の、おそらくは年上の少女だ。

 紅蓮弐式と言うのは正確には知らないが、声は知っている。

 チョウフで、自分達を先導してくれたあのナイトメアのパイロットの声だ。

 それに気付くと、青鸞はそっと目礼して。

 

 

「先日は、お世話になりました」

「あ、いえ……別に、そんな」

 

 

 まさかお礼を言われるとは思っていなかったのか、やや面食らった顔をするカレン。

 どうやら、感情が表に出やすい性格なのだろうか。

 新鮮だが不快では無い、同じ若年の少女パイロットと言う共通項もあるためか、親近感もある。

 だから青鸞が、もう一言くらい声をかけようとした所で。

 

 

「いや、まぁ、アレだな」

 

 

 唯一その場にいながら、ゼロによって紹介されなかった幹部の男が青鸞の前に出てきた。

 赤いバンダナを巻いたその男の名は、玉城と言う。

 もちろん青鸞は彼の顔を覚えているのだが、しかし何故その彼がしたり顔で腕を組んで自分の前に出てきたのかはわからなかった。

 

 

「お前らともいろいろあったけどよ、うん。これからはゼロを信じてよ、一緒に頑張って行こうぜ、な!」

 

 

 なので、玉城が青鸞の頭の上に掌を置くのを避けられなかった。

 避けられなかったが故に、場の空気が死んだ。

 それも、かなり良くない方向に。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 女性の頭、つまり髪に触れると言う行為には、特別な意味がある。

 恋人が触れる、と言うまさに「特別」な意味合いから友人同士の戯れまで、意味は様々だ。

 頭を撫でると言う行為はその中でもまた特異だ、よほど親しい間柄で無ければ許されない。

 まぁ、中には気軽に行う者もいるが……その内の8割は、幼い子供に対して行うものだ。

 

 

「な、何だよ……」

 

 

 だから青鸞が頭に乗せられた玉城の手を払ったとしても、不思議は無い。

 玉城はそれにショックを受けたような表情を浮かべたが、それはつまり自分の行為の意味を理解していないと言うことだった。

 今の青鸞は、黒の騎士団の幹部に頭を撫でられるような小娘だと思われるわけにはいかないのだ。

 

 

 シンジュクの時もそうだったが、侮りは組織間・組織内のパワーバランスを崩す。

 だが一方で、玉城の行動は今の黒の騎士団内部の力関係を如実に表しているようでもあった。

 つまり、黒の騎士団メンバーが旧日本解放戦線のメンバーをどう見ているのか、についてだ。

 

 

「な、何だよ、お前らだってゼロに助けられたんだろ。だからこうやって、ゼロを頼りに集まって来たんじゃねぇのかよ」

「それは聞き捨てならないねぇ」

 

 

 玉城の言葉に応じたのは、意外なことに朝比奈だった。

 隣の千葉の咎めるような視線をさらりとかわして、彼は片目を閉じながら玉城を見やった。

 

 

「僕達は別に、ゼロの部下になったつもりは無いよ」

「はぁ? じゃあ何で俺達の所にいるんだよ」

「僕達だって恩は感じるよ、だから協力はする――――けど、アレコレ命令されるような謂れは無い」

「はああぁぁ?」

 

 

 玉城には差異がわからなかったようだが、朝比奈の言葉は旧日本解放戦線側の立場を表明したものでもあった。

 その意味で、表立ってゼロへの批判を行わない藤堂の代理人を彼は自負していた。

 つまり、彼らの精神はあくまでも「日本解放戦線」なのである。

 

 

 皮肉にもルルーシュ=ゼロがかつて危惧したように、これは派閥抗争なのである。

 ゼロに信服している者達と、そうでない者達との。

 ルルーシュ=ゼロが青鸞を傍に置きたい公的な理由がまさにコレなのであって、つまり青鸞に派閥の長になってほしかったのである。

 ゼロの風下に立ち、旧日本解放戦線の兵力をある程度コントロールするために。

 

 

「けどよ、お前らゼロがいなきゃ何も出来なかったじゃなぇか! ゼロのおかげでよぉ、いよいよ最後の決戦ってートコまで話が言ったんじゃねぇかよ!!」

「…………ッ」

 

 

 もちろん、不快は感じる。

 感じるが、それでも成果は成果なのだ。

 過去7年間、成果を出せなかった日本解放戦線と違う点はそこだ。

 

 

 だがしかし、逆に言えば7年間戦い続けてきたのだ。

 派手さは無いにしても、奇跡は無かったにしても、それでも。

 それでも、少なくない人間達を守るために戦いを続けてきたのだ。

 だから唇を引き結んで、青鸞は前を見た。

 胸を張って黒の騎士団の面々を見据える、彼女の後ろには旧日本解放戦線のメンバーがいる。

 

 

「玉城ッ、良いからお前、こっち来い……!」

「ああ? 何だよ杉山、だってよぉ!」

「良いから、ホラ!」

 

 

 完全に二派の空気が悪くなったその場から、杉山と言う騎士団の幹部が玉城の首に腕を絡めて引っ張っていく。

 それで玉城が消えても、二派の空気が改善されることは無い。

 

 

(……やっぱり、こうなるよね)

 

 

 そして、冒頭に到達する。

 ゼロと青鸞の関係がどうと言うより、これは今の黒の騎士団が構造的に抱える問題だ。

 片瀬がかつて抱えていた悩みに似ている、本来ブリタニアへ向けるエネルギーが内部抗争に費やされることの徒労。

 

 

 わかってはいても、どうすることも出来ない。

 まして今や青鸞は旧日本解放戦線の象徴、カゴシマを落とした反体制派の象徴なのである。

 仮面で顔を隠すゼロとは、また別種の存在だ。

 ――――仲間のためにも、簡単には膝は折れない。

 

 

「……カカカ、若い者は元気があって良いの」

 

 

 その時、皺がれた声が響いた。

 コツコツと杖先で地面を叩く音に、その場の全員が顔をそちらへと向ける。

 するといつの間にそこにいたのか、鶯色の着物に身を包んだ小柄な老人が立っている。

 黒服のSPで周囲を固めた彼は、二派の間に立つゼロと青鸞を見つめて「カカカ」と嗤う。

 

 

「……桐原の爺様……!」

「カカカ、久しいの、青鸞……と言って、そこまでの時間は経っておらなんだが。さて……」

 

 

 桐原泰三、キョウトの重鎮、実質的な反体制派の大黒柱。

 彼は顎を撫でながら青鸞を見て、それからゼロを見た。

 その瞳を細める姿からは、桐原が何を考えているのかを読み取るのは難しい。

 

 

「ゼロ、ブリタニアとの秘密合意、キョウトの同意なく進めたのは感心せんが……まぁ、状況と言う物もあろう、不問に処すわい」

『それは有難い、では桐原公』

「うむ、良かろう」

 

 

 頷いて、桐原は周囲の人間を見渡した。

 桐原の存在を知らなかった者もいるだろうが、それでも小柄な老人の身から発せられる妖怪じみた圧力に息を止めていた。

 桐原は口元を深く笑みの形に歪めると、カツッ、と杖先で強く地面を叩いて。

 

 

「その方らも、いろいろ言いたいこともあろうが……ここはゼロに協力し、来るべき決戦に臨むが良い。日本の誇りを懸けて、見事ブリタニアを討ち果たして見せよ。ゼロ、期待してよかろうな?」

『無論、私はそのために存在している』

「良かろう、ならば青鸞」

 

 

 桐原が青鸞を見る、その視線の意味は言葉にされずとも良くわかった。

 朝比奈など旧日本解放戦線メンバーの一部は、桐原の存在に不快そうに眉をを動かすが。

 

 

(あ……)

 

 

 青鸞は桐原の後ろ、桐原の部下である対馬に伴われて立つ少女の存在に気付いた。

 艶やかな黒髪に、小柄な身体を覆う平安衣装。

 にこやかな笑みを浮かべて立つその少女と、青鸞は一瞬だけ目を合わせた。

 

 

 ――――その目は、しかし、相手の側から外される。

 

 

 それに対して、青鸞は僅かに寂しさを感じた。

 だがその寂しさも、その少女が指先で己の唇に触れたことで温もりへと変わる。

 それは、少女2人だけの秘密。

 胸の奥、思い出の向こうにしまうべき……花園の秘密だ。

 だから青鸞も視線を外し、視線の正面に黒い仮面を据えた。

 

 

『それでは、青鸞嬢』

「うん、良いよ。部下にはなれないけれど、貴方に協力してあげる……風下に、立ってあげる」

『それで十分だ、有難う』

 

 

 高い足音を立てて、青鸞たち旧日本解放戦線と合意を結んだゼロ……ルルーシュは、どこか大仰な仕草で東へと指先を向けた。

 その先にあるのは、トーキョー合意で設定された、ブリタニアと日本の最終決戦の地。

 すなわち、進軍目標は。

 

 

『――――セキガハラへ!!』

 

 

 関ヶ原。

 かつて天下分け目の戦が展開された古戦場、そこで。

 12日後、そこで、日本の運命が決まる――――!

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 戦いをもって、戦いを制す。

 正面から正々堂々と言うのは良いが、コーネリアとしては許容できない部分もある。

 皇帝の委任勅命すら利用してトーキョー合意を結んだシュナイゼルだが、総督の地位にあるコーネリアとしては、テロリストと対等の立場で合意を結ぶシュナイゼルのやり方は理解できなかった。

 

 

 しかし、シュナイゼルの行った合意はすでに皇帝たるシャルルの承認まで得ている。

 ブリタニア人とナンバーズを分けるべしと言う国是を作ったシャルル皇帝が、何故ナンバーズのテロリストとの合意を支持するのか。

 コーネリアにはそれも理解できない、が、彼女の立場で表立って反対することは出来なかった。

 

 

「私だって、まさかゼロがあの提案を呑むとは考えていなかったよ」

「は……?」

 

 

 だから非公式の場で説明を求めた所、そう答えたシュナイゼルにコーネリアは目を丸くした。

 黒の騎士団の侵攻に耐えた政庁の執務室で、紅茶を交えての会話である。

 シュナイゼルは面食らって一瞬黙ったコーネリアに笑みを浮かべつつ、紅茶のカップをテーブルに置いた。

 

 

「で、では、兄上は断られるつもりであんな提案を?」

「うん、まぁね。断られてもこちらには損害は無いし、通れば通ったで不利とは言わなくとも不確定要素の多い中での戦闘を強いられずに済んだしね。中華連邦との話も、この2日でどうにか出来る目処が立ってきた」

 

 

 ブリタニアに、いやシュナイゼルにとって、実は黒の騎士団はそれ程の脅威ではない。

 帝国全体を見渡すシュナイゼルの目から見れば、むしろ問題なのはブリタニアに比肩する大国、中華連邦の方である。

 澤崎と言う大義名分は押さえたものの、しかしエリア11内での騒乱の拡大につけ込んでさらに派兵してこないとも限らない。

 

 

 敵は集中させて討つべし、それがシュナイゼルの基本戦略だった。

 中華連邦を当面の敵とせず、あくまでも黒の騎士団と反体制派を糾合させて叩く。

 そのためのトーキョー合意であって、その柔軟さはコーネリアの比では無い。

 

 

「それに……」

 

 

 窓の向こうの夕焼けを見つめて目を細めながら――その向こうには、崩壊した租界外壁が見える――シュナイゼルは、呟くように言った。

 

 

「……あの仮面の向こう側についても、今回のことで少しわかったような気がするしね」

 

 

 普通のテロリストであれば、そもそもシュナイゼルの提案を呑まない。

 一笑に付し、そのまま政庁攻略に兵を進めたはずだ。

 もちろん、その場合はシュナイゼルも全力を挙げてゼロと黒の騎士団を叩き潰すつもりだったが。

 守りに徹して時間を稼ぎ、本国太平洋艦隊の到着を待てば良かった。

 

 

 だが、ゼロはシュナイゼルの提案を呑んだ。

 それはもちろんゼロの戦略的識見が確かだったと言うことも出来るが、それとは少し違うようにシュナイゼルには思えた。

 おそらく、あの仮面の向こう側で……シュナイゼルの言葉のどれかが、効いたのだろう。

 

 

「さて、どの言葉に何が反応したのか、か……」

 

 

 夕焼けに染まる白磁の顔を、コーネリアは何とも言えない心地で見つめていた。

 この兄は、昔から何を考えているのかわからない所があった。

 しかし、今回はその極みであるようにコーネリアには思えた。

 

 

 だが、わからないとしても――コーネリアの責務は変わらない。

 来るべきセキガハラでの戦いに備え、総督として準備を進めなければならない。

 そしてその準備でもって、次こそ敵を討つ。

 コーネリアにとっては、それで全てが解決するはず。

 

 

 ――――はず、だったのだが――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 セキガハラで反体制派が集めることを認められた兵力は、10万人である。

 これは実戦戦力としての数なので、補給や後方のことを考えれば当然、ブリタニア側が有利だ。

 しかし質としてはそうでも、量としてはその限りでは無い。

 数千万のゲットー住民は潜在的な反ブリタニア、だからこそブリタニア軍も10万としたシュナイゼルの政戦両略の妙があるわけだが……。

 

 

 いずれにしても、ゼロと黒の騎士団は12日後までに兵力を集めて組織し、そしてそれを維持すると言う大変な仕事を果たさねばならないのだった。

 そして今日の時点では、オオサカ・ゲットーの廃墟の一部に彼らは押し込められていた。

 清潔な環境で休息を取るブリタニア兵とは、雲泥の差である。

 

 

「……ん……」

 

 

 だが、青鸞はその状況が嫌いでは無かった。

 確かにゲットーでの休息は不潔で、不便で、不自由が多いが。

 その代わり、数千万の日本人の不遇さを身を持って知ることが出来る。

 それはつまり、共感と言う感情に繋がるはずだから。

 

 

 個室とは言え、廃墟の部屋にベッドなど無い。

 毛布があるだけ多くのゲットー住民よりマシであって、部屋の隅の壁に身を預けて眠る青鸞は健やかな寝息を漏らしている。

 ナリタでの暮らしが長かった彼女にとって、固い床や壁で眠るなど慣れた物である。

 

 

「……すぅ……」

 

 

 本来ならば個室である必要も無いのだが、彼女の癖がそれを許してはくれなかった。

 実は先程寝入ったばかりの彼女は、深夜の2時までゼロや他の反体制派のメンバーとの詰めの協議に参加していた所なのである。

 実務はほとんど三木が行うとは言え、彼女が顔を出さないわけにはいかない。

 

 

「ん、ん……」

 

 

 むにゃ、と何事かを呟きつつ腕が揺れて、肩を覆っていた毛布が少しだけズレる。

 ガラスの無い窓から漏れる月明かりが、剥き出しになった少女の肩の白さを晒した。

 どうやら、またやってしまったらしい。

 少女の足元、毛布の隙間から押し出されている濃紺のパイロットスーツがその証明だった。

 寒いのか、青鸞はやや眉根を寄せていて……。

 

 

「ぐっ……!」

 

 

 その時、青鸞の寝言とは別の声が部屋の入り口から響いた。

 女性のくぐもった悲鳴にも聞こえたそれは、佐々木の声である。

 彼女は青鸞の寝室としてあてがわれた部屋の入り口で見張り番をしていたのだが、今、彼女は通路の床に倒れていた。

 息はしているので死んではいないようだが、しかし気絶していた。

 

 

 その犯人は、すぐに判明した。

 何故なら窓から漏れた月明かりは、青鸞の素肌だけでなく犯人の姿も照らしたのだから。

 すなわち、1人の少女を。

 

 

「…………やはり」

 

 

 長い緑の髪、金の瞳、白磁の肌、美貌と華奢な身体、咎人を象徴するような白の拘束着。

 眠り姫を見下ろす視線は冷たく、表情は無く、そして。

 

 

「お前は……」

 

 

 音楽的ですらあるその声は、やがて少女……青鸞の上から降りてくる。

 C.C.が、青鸞の上に覆いかぶさるような体勢へと身を屈めていく。

 そして限界まで近付いた所で、彼女は両手を振り上げた。

 両手に、逆手にしっかりと握られているのは――――大ぶりのナイフだった。

 

 

 刃渡り20センチはあるだろうそれを、C.C.の白魚のような手指が握っているのはどこかアンバランスだった。

 しかもその切っ先は、目前で眠る少女へと向けられているのである。

 さらに言えば、C.C.はそのナイフを。

 

 

「――――!」

 

 

 ナイフの切っ先が、青鸞の胸元目掛けて振り下ろされた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――赤い赤い、夕焼けの世界。

 空に浮かぶ祭壇の上に、その男はいる。

 崩れた神殿を思わせる祭壇の上にいるのは、現実世界の3分の1を手に入れた男。

 シャルル・ジ・ブリタニアと言う名の、その男は。

 

 

「ふふふふ、ふふふふふふ……ふははははははははははははっ!」

 

 

 豪奢な白い巻き毛、皇帝のみが着ることを許された衣装、鋼鉄のような巨体。

 その身から発せられる哄笑は、世界を揺るがすかのような威力を持っていた。

 男は笑う、皇帝は嗤う、シャルル・ジ・ブリタニアは哂う。

 かつて、「嘘」を何よりも憎んだ男は――――。

 

 

「ふぅ――はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッッ!!!!」

 

 

 世界の全てを、笑っていた。

 たった1人きりの、寂しい世界で。

 ――――1人?

 

 

「ふふははは、ははははは――――……」

 

 

 不意に声を止めて、皇帝は視線を上へと上げた。

 そしてその射抜くような瞳を、僅かながら緩ませて。

 

 

「……ええ、わかっておりますよ。我ら兄弟の悲願のためには、まだ……」

 

 

 老皇帝は、誰もいないはずの空間で誰かに語りかけるように。

 両目の奥に、赤い……空よりも赤い輝きを宿しながら。

 

 

「だから――――……奪いましょう、あの娘の全てを」

 

 

 1人の少女の運命を決める言葉を、告げたのだった。

 




 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 いや、まさかコードギアスの世界で「関ヶ原の戦い」を行うことになろうとは、私にも読みきれませんでしたよ。
 というか、大丈夫でしょうかこの展開は。

 いずれにしても、第一部もいよいよ大詰めです。
 いろいろな原作イベントがすっ飛ばされているわけですが、その代わりに青鸞を交えたいろいろなイベントを考えたいと思っています。
 実際、今話の最後でとんでもないフラグを立てて見たのですがどうでしょう。
 そんなわけで、次回予告……今回は、何と渦中の人C.C.さんで。


C.C.
『――――長い旅路の中で、いろいろな人間がいた。

 私を憎んだ人も、優しくしてくれた人も。

 けれど皆等しく、誰もいない……あの世界に溶けて消えるばかりだ。

 だから私は、ルルーシュと契約を交わした。

 だが、もし――――……もし、あの娘が、そうだったなら。

 私のすべきことは、たった一つ』


 ――――STAGE23:「コード と ギアス」



「ブリタニア勢力オリジナルキャラクター募集」

・募集条件
1:生粋のブリタニア人であること(他人種はダメです)。
*どうしても他人種を推したい方は、投稿前にご相談くださいませ。

2:名前・性別・年齢・容姿は最低限記載してください。
*その他、技能や性格、思想や口調などがあれば完璧です。

3:ナイトメアなどの兵器に関する投稿も受け付けます。
*採用可能性は、それほど高くないことをご了承くださいませ。

 以上になります、締切は5月11日正午きっかり。
 投稿・相談は全てメッセージにて受け付け致します、それ以外は受け付けませんのでご了承くださいませ。
 それでは、失礼致します。

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