本来、ナナリーは学園の敷地の外には出ることが出来ない。
それは彼女の身体のことが原因と言うより、彼女を庇護しているアッシュフォード家の事情と言える。
元皇女、それも死んだことになっている皇女の姿をあまり外で人目に晒したくないと言う事情。
まぁ、それでも学園と言う場にいる限り、完全にと言うわけにはいかないだろうが。
「それにしても、何でいきなり合宿なんですー?」
トーキョー租界の遥か外、方角的にはフクシマ租界方面に向かう高速モノレール・ラインの中、シャーリーは寝台車両の寝台の中で上の段にいるはずのミレイに向けてそう尋ねた。
オレンジのパジャマにシャープな肢体を押し込めた彼女に答えるのは、今回の「学園祭に向けた生徒会合宿」を今朝急に連絡してきた生徒会長、ミレイに向けられていた。
ちなみに他の寝台にはニーナやリヴァルなどの生徒会の仲間がいる、スザクとカレンは軍と病院で連絡が取れず、ルルーシュは何故か電話に出なかった。
そして驚くべきことに、この旅程にはナナリーもいるのである。
郊外にあるアッシュフォード家所有の別荘が目的地と聞くが、いくらアッシュフォードの私有地であるとはいえナナリーまで連れて行くとは思わなかった。
「それに、今大変な時なんじゃ……」
「良いじゃない、戒厳令が敷かれてるわけでも外出禁止令が出てるわけでもないんだからさ」
答えつつ、しかしミレイにも腑に落ちない所はある。
前の晩遅くにルルーシュに頼まれはしたが、理事長である父が認めるとは思わなかったからだ。
ところが予想に反して、父はあっさりと認めた。
咲世子付き、アッシュフォードの私有地から出ない、などの条件はあるが……ナナリーまで。
ルルーシュは「ナナリーの気分転換」がどうとか言っていたし、嘘では無いだろうし、ミレイとしても否定はしない。
が、である。
それなのに何故、ルルーシュ自身は来ないのか?
(
ミレイは知らない、彼女の父が彼女の申し出に「イエス」以外の回答が出来なかったことを。
そして彼女達は知らない、彼女達がナナリーを連れて租界の外に出た後、トーキョー租界に変事があったことを。
彼女達は、何も知らない。
彼が、何をしているのかを。
◆ ◆ ◆
コーネリア・リ・ブリタニアは、窮地に陥っていた。
いや、直接的には何も問題は無い。
彼女の率いる1万5000の兵と150機のナイトメア部隊は、暴風雨が過ぎた関門海峡を渡りキュウシュウへの上陸を果たしている。
損害は少なく無いが、それでも中華連邦軍を打ち倒すだけの力はある。
特に中華連邦軍は今、皮肉なことに戦力を分散させなければならない状況に陥っている。
フクオカ基地は落とせる、コーネリアにはそれだけの自信があった。
だが問題は、中華連邦と澤崎の問題を片付けたとしても、今度はキュウシュウ南部から上がってくるもう一つの軍を連続で相手にしなければならないことにある。
『そちらの軍については問題ないよ、コーネリア』
キタキュウシュウ港からシンモンジ港の広い範囲に橋頭堡を築き終えたコーネリアを、トーキョー租界にいるシュナイゼルはそう諭した。
通信画面越しに見る腹違いの兄は、こんな非常時でも優雅な佇まいを崩さなかった。
彼がいる政庁には、すでに黒の騎士団が押し寄せてきているはずなのだが。
とは言え数百キロを離れたコーネリアとしては、何をおいてもトーキョーを落とされるわけにはいかない。
救援要請を出してきたのは文官サイドだが、あくまでも定められた規範に則った行動だ。
澤崎と中華連邦、ゼロと黒の騎士団、青鸞と日本解放戦線の残党。
この3つが同時に侵攻・蜂起するなど想定していない、良くて二正面までだ。
抑えられるとは思うが、正直、無傷では難しい。
『とにかく、エリア10のラシェルに話して中華連邦本国を牽制してもらおう。そうすれば、これ以上の派兵はしてこない。だからキミは、とにかく澤崎敦の身柄を拘束してほしい。中華連邦の手を跳ね除ければ、後は……』
通信画面の中で、シュナイゼルの端整な顔立ちが軽やかに微笑した。
『後は、全てこちらの手中だよ。ゼロも……そして、今キュウシュウ南部にいる軍もね』
正直な所、コーネリアにはこの兄の意図が読めなかった。
いったい何を狙っているのか、今エリア11中に広がりつつある反乱の大火をどう見ているのか。
だが、どちらかと言えば戦術家であるコーネリアには見えない何かを見ているのだろう。
コーネリアとしては、まず目の前の敵に集中する。
トーキョーに残してきたユーフェミアのことは、同じく残してきたダールトンに任せれば良い。
だからコーネリアは、自分に従う軍勢に対して号令をかける。
「海峡を渡ってしまえばこちらの物だ、全軍、一気に前進せよ!」
『『『イエス・ユア・ハイネス!!』』』
世界最強のナイトメア部隊が、フクオカの地を駆けた。
◆ ◆ ◆
エリア11でも1、2を争うだろう最強のナイトメア部隊が、外壁崩壊で浮き足立つブリタニア軍を追い立てる。
強烈なカリスマで前線を引っ張る司令官の不在が効いているのだろう、現場のナイトメアの動きは意外な程に脆かった。
だがそれは、ルルーシュ=ゼロにとっては読み通りだった。
「良くも悪くも、コーネリアはコーネリアだ」
総括すれば、そう言うこと。
コーネリアがいれば強く、コーネリアがいなければ弱い。
ある意味、戦女神に率いられた軍としては正しい姿であるとも言える。
コーネリアが前線に立つのは彼女の矜持がそうさせるのだが、率いられる兵にとってはそれが生き残る最大の理由に見えるのである。
それが失われた時、兵はいとも容易く脆くなる。
平時であれば保たれるそれも、租界の外壁が崩壊すると言うあり得ない出来事が起これば、崩れる。
崩れざるを得ない。
だから外壁とその付近にいたブリタニア軍は、形ばかりの抵抗を見せた後に政庁まで後退していった。
「すげぇ……やっぱ、ゼロはすげぇよ!」
そしてナイトメアの1機に乗る玉城と言う男の言葉が、黒の騎士団のメンバーの意思を代弁していた。
藤堂たち日本解放戦線のメンバーですら、胸の奥で驚嘆を覚えざるを得ない。
まさか、こうもたやすく難攻不落のトーキョー租界に攻め込むとは。
「これで良い……青鸞がコーネリアを抑えている間に、俺はシュナイゼルを倒す。これが、本来のあるべき姿なんだ」
ガウェインのハドロン砲でブリタニアの航空戦力を駆逐しつつ、ルルーシュ=ゼロはそう呟いた。
彼が言うあるべき姿がどのようなものかはわからないが、確かなことはそこに「4人」いることだ。
1人は、戦いなどとは縁遠い場所にいるべき存在。
もう1人は、その存在に寄り添うべき存在。
そして最後の1人は、彼と共に道を拓くべき存在。
だが最後の存在については、少し考えざるを得ない。
その位置が彼の妹によって占められつつあるのは、ルルーシュ=ゼロからすれば皮肉でしか無い。
しかし、実の妹を体制に引き渡すような人間に完全な信頼は置けない。
「……あるべき姿、か」
「何か言ったか、C.C.」
「いや、別に」
C.C.の後頭部に視線を下ろした後、しかしそれ以上は何も言わずにルルーシュ=ゼロは前を向いた。
機体モニターには、租界東部一帯を制圧していく黒の騎士団の様子が映し出されている。
特に重要なのは藤堂率いる主力とカレン率いる零番隊、これらの部隊は政庁へ一気に直進している。
これで良い、ルルーシュ=ゼロはそう思い笑うのだった。
一方で、笑みとは遠い表情で租界の街並みを見下ろす少女がいる。
ユーフェミアと言う名のその皇女は、ブリタニア軍が防衛線を敷く政庁からそれを見ていた。
トーキョー租界が、炎に飲み込まれていく様を。
「ユーフェミア様、早くこちらへ!」
「え、えぇ……」
ダールトンに促されるままに政庁地下のシェルターへと連れて行かれる彼女の胸にあるのは、「何故」と言う疑問だ。
何故、どうして。
幸せを求めるのに、どうして……人は。
人は、争いをやめられないのだろうか。
◆ ◆ ◆
キョウトに無断で事を起こした者と、キョウトの意を受けて動く者。
その差は次第に戦況に現れてくる、有形無形のキョウトの支援の有無の差。
補給物資、情報、人員、その他様々な形での恩恵。
エリア11で起きている3つの騒乱は、そう言う意味で歴然と差が出ていた。
フクオカでコーネリア軍に押し込まれつつある、澤崎敦と中華連邦軍。
トーキョー租界でシュナイゼルと膠着状態にある、ルルーシュ=ゼロと黒の騎士団。
そしてキョウトに背いて侵攻した澤崎の軍と戦う、青鸞と日本解放戦線の残党軍。
エリア11は今、この3つの戦いで全てを語ることが出来た。
「元気が良い、と言うべきなのでしょうかね」
まさにキョウトの陰ながらの支援によって走るキュウシュウ・ラインの大型貨物列車の中、高速で兵を北へと運ぶその列車の中で、青鸞は不意に響いた声に顔を上げた。
濃紺のパイロットスーツ姿の青鸞は、オープン状態の月姫のコックピットの中にいた。
狭苦しい貨物車の中、次の戦いに備えての整備を続けているのだ。
コックピット横の昇降台には古川の姿がある、相変わらず過敏そうに両耳を覆うヘッドホンを弄っていた。
彼の周囲には以前の3倍の端末が並んでいるのだが、それは単純に月姫が無頼の何倍も複雑な造りをしているためだ。
整備するだけでも一苦労である、その内に専門の整備士が必要になるかもしれない。
「今、キュウシュウの諸勢力は我々を中心に糾合しつつあります。いや、我々と言うよりは……青鸞嬢、貴女を中心にだ」
コックピットから少し身を乗り出して下を見れば、そこにはスーツ姿の男がいる。
原口だ、どうやらカゴシマからついて来ていたらしい。
青鸞、そして草壁ら日本解放戦線の残党軍は現在、キュウシュウを北上している。
サセボは無視する、澤崎を倒せば中華連邦が退くと言うのはブリタニア軍だけの判断では無い。
「この列車に乗っている人間はもちろん、キュウシュウ中で動いている反体制派の人間。彼らは皆、心の底から日本の独立を願っている……」
原口久秀と言う男は、ある意味で良くいるタイプの政治家であり、現代的な人間と言えた。
元々、志があって政治家になったわけでは無い。
たまたま父が政治家だったから、環境がそうだったから、そうなっただけ。
実の所、彼自身は日本の独立や解放について、そこまでやる気に満ちているわけでは無い。
「……実に、元気です。教えてくれませんか、どうしてそこまでするのかを」
日本人サイドの暫定議員の言葉とは思えない、青鸞は僅かに目を細めた。
しかし何も言わずに視線を戻し、目の前の端末に意識を戻していた。
コックピットブロックの中に戻った青鸞に、原口は肩を竦める。
執着心を持たない、それはある意味で現代人の性なのかもしれない。
しかし原口は、タカクマ山で青鸞と出会ってからと言うもの、僅かながら彼女に興味を抱いていた。
それはおそらく、彼女が日本最後の首相の娘と言う環境にいるからだろう。
彼女が何故、彼と違い自分の意思で日本の独立のための戦いに身を投じているのかが疑問だった。
「逆に聞きますが、原口さんはどうして反体制派として活動しているのですか?」
コックピットの中から、青鸞は顔を見せることなくそう問うた。
月姫の上から降ってくる声に、原口はやや顔を上げた。
それから、少しだけ考え込むような仕草をして。
「父が病に臥せっておりまして、言わば私はその代わり。父がそうだったと言うだけで父と同じ独立派だと思われたのですが、私自身にはこの通り、執着と言う物がありませんのでね」
そのおかげで、キョウト派の
日本や独立への執着が無く、そして多くの日本人の友人を見捨てることも出来る彼だからこそ。
そんな彼だからこそ、ブリタニアも信用したのだから。
執着心の無さ、すなわち「心」の無さ。
それが、原口と言う男。
しかしそれを聞いて、青鸞が何を感じたのか。
少なくとも嫌悪では無い、もちろん好意的でも無いだろうが、しかし非難することも無い。
その代わりに、彼女は古川にパイロット・レポートの紙束を渡した後、月姫のコックピット・ブロックからワイヤーを使って下へと降りた。
床へ着地し原口の前で姿勢を伸ばす、こうして見ると意外と原口の方が背が高い。
「それで、結局どうして反体制運動に?」
「そうですね、恩返し、のようなものでしょうか。特に執着する物はありませんが、この世に産んでくれた父母に対して、せめて父母の望みを叶えるくらいの恩返しはあっても良いでしょう」
「……貴方の事情は良くわからない、けど」
ふぅ、と疲労の溜息を吐いて、青鸞は言った。
「恩返しをしようと考えるなら、貴方には心があると思いますけど」
その言葉に、原口は小さく目を見張った。
恩を感じる、それもまた「心」の動き。
そもそもにおいて、心の無い者が何かを求められても何もしないだろう。
その点で、原口が自ら捉えた自身の欠陥には大きな見落としがあったと言える。
しかし青鸞にしてみれば、それは当たり前のことだった。
父ゲンブの跡を継ぐ、その行為自体がそもそもの彼女の意思だったからだ。
最も、今の彼女はそこからもう一歩を進んでいるのだが……。
『――――小娘、聞こえておるか!!』
「草壁中佐ッ……!」
原口が何故か沈黙してしまったので、首を傾げていた青鸞。
何かの言葉を交わす前に、月姫の通信チャネルから草壁の大声が響いてきた。
そしてその声と共に、高速列車が走行以外の理由で激しく振動した。
◆ ◆ ◆
『フロートシステム』。
ブリタニア軍でも試作段階であり、空力に頼らずに飛翔する特殊なシステムである。
航空戦艦アヴァロンに備えられている物が代表例だが、それは今や小型化にも成功していた。
そう、例えば今、試作嚮導兵器『ランスロット』の背中にある赤い翼がそれだ。
「――――初弾命中、キュウシュウ・ライン寸断完了」
『了解、キュウシュウ・ラインの寸断を確認』
乗っているのは当然、枢木スザクである。
彼の眼下には、急ブレーキで停車した高速貨物列車が見える。
雨の上がった夜の下、暗い色の車体がぼんやりと浮かんでいた。
そしてコックピット内の会話の通り、今や線路を寸断されたその列車は進むことはできない。
何故なら車両の前の線路とその盛り土が、スザクの放った砲撃によって深々と抉られているためだ。
雨で湿っていたはずの地面が焦げたように煙を上げているのは、ランスロットが持つ青い長大なライフル『ヴァリス』の砲撃のためだ。
そしてその砲塔を畳み、スザクは操縦桿を握る。
『枢木スザク准尉、作戦概要を再度確認します』
通信機の向こうから響くのは、付近までスザクを運んだアヴァロン、その艦橋にいるセシルの声だ。
その声に、スザクは目を細めた。
『嚮導兵器Z-01ランスロットは、残存エネルギーに留意しつつフロートユニット・ヴァリスを使用、カゴシマより急速に北上する敵軍の行動を阻止、あるいはその意図を完全に粉砕せよ』
コーネリアというより、これはシュナイゼルの作戦だった。
澤崎に集中するコーネリアの側面を衝き、カゴシマのように漁夫の利を得られても面白くない。
だから彼は、特派の戦力を遊撃隊として活用することにした。
要するに、南から上がってくる軍を単機で止めろと言う命令である。
時間を稼ぐだけとは言え、コーネリア軍の側面を守るためとは言え、旧式ナイトメアが大半の残党軍とは言え、それでも無茶な命令だった。
しかし、である。
「イエス・マイ・ロード」
それに対するスザクの応答の声は、どこか穏やかですらあった。
ほっとしている、とすら言える。
捨て駒同然の扱いを受けているにも関わらずにそのような声で返事が出来る、そのことに対して通信機の向こうのセシルは心配すらしていたのだが、しかし言葉には出さなかった。
その代わりと言うわけでは無いだろうが、スザクは操縦桿を倒してランスロットを動かした。
暗い夜の空を、白のナイトメアが飛翔する。
縦に回転し高度を上げ、左へ流しながら急降下する。
突然にそうした理由は単純で、眼下からの攻撃を受けたからである。
「何だぁ、あの野郎。ナイトメアが戦闘機みてぇに……!」
照準用のサイト・ゴーグルを頭の横へと払いながら、キョウト製ナイトメア『黎明』の中で山本が舌を打った。
彼の機体は最も早く外に出ていた、車両の屋根を左右に開いて身を乗り出すようにして、両肩の火砲を直上のランスロット目掛けて放ったのである。
52㎜バズーカ砲と28㎜リニアガン、しかしその砲撃を空中のランスロットは軽々とかわして見せた。
黎明のメインモニターには、空を縦横無尽に疾走するランスロットの反応を追う赤いクロスマークが高速で動いていた。
そしてそれが次第に近付いてくるにつれて、山本は自身の黎明の両腕の火器を上空へと向けた。
しかしその時には、すでにランスロットの急降下が終わっていた。
「ぬが……っ!」
黎明は重火力による中遠距離を得意とするナイトメアである、近接戦が出来ないわけでは無いが、しかしランスロットの機動にまではついていけない。
縦に回転しつつランスロットが脚を振り、黎明の両腕の火器をその腕ごと蹴り折り飛ばした。
破片を散らし、バランスを崩した黎明の機体が車両の中へと沈みそうになる。
「野郎……! だぁが!」
山本は機体のバランスを取り戻すことを早々に諦め、代わりの左腰のショットガンを上げた。
それは目の前から再び飛翔しようとしているランスロットに対して放たれて、フロートの左の翼を弾丸が掠めた。
しかし、破壊には至らない――――青白い火花が散るのみだった。
だが、それで十分だった。
何故なら山本は自機の後ろ、後方の車両の屋根の上を何かのローラーが駆けるような音を聞いていたからである。
だから彼は機体のバランスを取り戻さず、そのまま車両の中に仰向けに倒れることを選んだ。
そして黎明の上を飛び越えて行ったのは、後方の車両の上を疾走するダークブルーのナイトメア。
『――――
『――――
夜の闇を切り裂く、青白い電光の刃。
斬撃兵装『雷切』の刃が煌き、コックピット・ブロック左の鞘から射出された抜刀がランスロットの左の翼を斬り飛ばす。
濃紺のデュアルアイが、闇の中で流線を描いた。
白の騎士が応じるように舞う、翼を失い血に堕ちつつも狭い列車の上で舞踊を踊る。
斬られた勢いすらも遠心力として機体を回し、緑のデュアルアイが鋭角にラインを描く。
濃紺のナイトメア、月姫の右腕のガードの上に脚を叩きつける。
衝撃を殺しきれず、月姫が列車の上から地面の上へと吹き飛ばされた。
「――――このッ!」
雨に濡れた土砂を噴き上げながら、月姫のランドスピナーが回転する。
機体と衝撃を止めた青鸞がコックピットの中で顔を上げると、メインモニターの中で白のナイトメアが跳んでいるのが見えた。
当然、自分に向かってだ。
「兄様!!」
『青鸞!!』
兄妹の声が戦場に響く、そこには血縁関係にあるべき温もりが無かった。
代わりにあるのは、もっと別の何かだ。
今やその何かの名すらわからずに、兄妹は戦場の中で互いを呼び続ける。
皮肉なことに、それはまるで何かを確認しているようにも見えた――――。
◆ ◆ ◆
――――不味いな。
ナナリーと言う最大の弱点を己の能力を駆使してトーキョー租界の外に避難させたルルーシュ=ゼロだが、その甲斐があるのか無いのか、戦線は膠着していた。
無人の野を行くように、とはいかないものの、膠着するとは意外だった。
現在、黒の騎士団は租界東部を制圧し、また租界内部の放送局や武器庫などを順調に占拠していた。
またブリタニア軍のナイトメアを拿捕して戦力を増し、かつルルーシュ=ゼロの仕込みで同士討ちを各所で発生させ、防衛線に穴を開けた。
民間人に危害を加えないよう最新の注意を払ってルートを選定したのだが、それにしてもだ。
「藤堂、政庁正面はまだ突破出来ないのか?」
『すまない、まだだ。政庁の防衛システムが予想外に強力なようだ』
「そうか……また連絡する。カレン、政庁正面に移動しろ、零番隊を率いて藤堂の支援に回れ。扇はG1に待機、ディートハルトは各ゲットー組織との連絡を密にしろ。各隊長は私の指示に従い、それぞれの役割を果たせ」
矢継ぎ早に指示を出しつつ、各ゲットー組織に対し行動するよう連絡する。
中華連邦の侵略を利用した一斉蜂起、予定外だが万全の状態で予定通りに進行する革命など存在しない。
一度うねれば、最後まで行くしかない。
「この硬さの無い柔軟な守り……シュナイゼルか……」
ガウェインの中でルルーシュ=ゼロが忌々しげに呟く、実際、政庁の攻略以外は上手くいっているのだ。
問題はブリタニア支配の象徴である政庁が落とせないことだ、今やそこだけが問題である。
おそらくはシュナイゼルが自ら防戦の指揮を執っているのだろうそこに、黒の騎士団の主力は攻撃を仕掛けていた。
「どうするんだ、坊や?」
「どうするも何も無い、政庁陥落と独立宣言は絶対的に必要だ。だから……」
不意に、ルルーシュ=ゼロが言葉を止めた。
何故かと言えば、現在無数のチャネルで通信を繋いでいるガウェインのモニターに、新たな通信回線が開いたからである。
しかも秘匿コード、オープンでは無い。
そしてルルーシュは、それがガウェインに元々積まれていたチャネルであることに気付いた。
すなわち、ガウェインが本来いるべき軍のコード。
ブリタニア軍のコードである。
「どうする、坊や」
先程とは若干だが異なる声音で告げられる言葉に、ルルーシュ=ゼロは表情を消す。
C.C.の挑発的な視線には言葉を返さず、仮面をつけ、そしてある予感と共にチャネル回線を開く。
そうして、彼の前に出現した映像に映ったのは。
『初めましてだね、ゼロ』
金髪碧眼、掘りの深い端整な顔、ゆったりとした優雅な衣装。
その顔を見た瞬間、仮面の中でルルーシュ=ゼロは鋭く目を細めた。
視線だけで、まさに人を殺すつもりかのように。
そして、相手の名前を呼ぶ。
『……シュナイゼル……』
ルルーシュ=ゼロに名を呼ばれた男、ブリタニア帝国第2皇子にして帝国宰相、シュナイゼル・エル・ブリタニアは。
シュナイゼルは、映像の中で完璧な微笑を浮かべていた。
◆ ◆ ◆
もしかしたなら、その2人の戦いは一つの宿命と化していたのかもしれない。
それは7年前、枢木の家で一つの死を2人で迎えた時から。
それは数ヶ月前、ナリタで再会を果たした時から。
そして、今、ここで出会ってしまったがために。
互いの感情の発露を、戦いと言う形でしか表現できない。
それは極めて不健全で、不確かで、どうしようも無い事実ではあったが、そのような方向でしか互いを確認できないと言うことでもある。
逆に言えば、確実に互いを確認できる手段こそが――――……。
『青鸞さま、先行し過ぎです!』
「ごめん! でもこの白兜、中規模集団戦の方が冗談にならないから!」
通信から響く仲間の声に応じつつ、青鸞はオートバイ型のシートに胸先を押し当てる。
非常に辛い体勢ではあるが、そうも言っていられない。
何故なら彼女が睨む正面のメインモニターには、クマモト平野の山林の夜景が――などと平和なことを言っている場合では無い。
右の操縦桿を強く引き、ロックをかけた上で左手で側面タッチパネルの端末を叩く。
月姫の機体が右斜め後ろへと滑る、雨で濡れた土砂を巻き上げながら正面の敵の攻撃を回避した。
左胸の
「相変わらず、化け物みたいな反応速度……!」
舌打ち寸前の顔で青鸞は自分に肉薄してくる白のナイトメアを睨む、その間にも手足の各所を動かして機体の制御と操作を続けている。
実際、ランスロットとスザクの反応速度は異常だ。
ナイトメア離れした運動性能、その真価は数十倍の敵に囲まれた時にこそ発揮される。
それこそ青鸞自身が言ったように、中規模集団戦では圧倒的な機動を誇る。
おそらく、20機程度の無頼ではどうしようも無い。
ならば最初から戦力を減らすことも無い、徐々に線路から離れつつ戦闘を続けるのはそのためだ。
月姫ならば……今の青鸞と月姫ならば、スザクとランスロットにギリギリついていけるはずだったから。
――――性能、と言う意味で。
「倒し、切れない……?」
そしてそれは、ランスロットを駆るスザクの方が良くわかっている。
青鸞の強さを直接感じる立場である彼には、青鸞が以前と違うことに気付いた。
もちろんそれは、ランスロットに比肩する程の性能を持つ『
が、それだけでは無いのだ。
「何だ、この感覚……?」
過去、生身の時も含めて、青鸞はスザクの動きについてこれたことは無い。
常にスザクの肉体的な動きに翻弄され、反撃すら出来ずに倒されるだけだった。
それが今、スザクの反応速度について来れている。
ギリギリ、ついてこれている。
今までに無かった現象だ、だからだろうか。
どうにも、やりにくい。
どこかスザクの動きはぎこちなく、決め所において決めきれない。
まるで、決めたくないかのように。
「…………アレは」
ふと、正面のダークブルーの機体が両手に持った廻転刃刀を腰部へと戻すのが見えた。
スザク自身はランスロットの2本の剣を引く意思は無い、ただ、青鸞がコックピット・ブロックの右の鞘から別の刀を抜くのを見た。
いったい何本持っているのか、と思う。
しかも今度の刀は、うっすらと桜色に輝く長刀だった。
重武装のナイトメアが、両手で持ってさらに余るような刀だ。
見るからに、普通では無い装備。
纏う空気は、決める時のそれだ。
「…………」
名を呼び合った先程とは異なり、もはや会話は無い。
すでに、会話が成立する条件は失われてしまっている。
最低でも一度、決着がつかない限り……この兄妹の間に、言葉の交し合いはもはや意味を成さないだろう。
それがわかっているからこその、無言。
そこにある無言の意味を知るのは、この兄妹だけだ。
この兄妹を除いてしまえば、おそらくはあと1人だけがそれを知る。
だがその1人は、ここにはいない。
だから。
『――――スザク君!』
『青鸞さま! 待ってください!』
その時突如2機のナイトメアの内部で、それぞれのオペレーターの声が響いても、なお。
なお、濃紺と純白のナイトメアは動きを止めずに。
紅と桜色の刃を、交差させたのだった。
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
今話もですが、最近少し執筆の調子が良くないような気が致します。
まぁ、そのおかげで原作と若干ながら違う流れになりつつあるのですが。
今後、どのような形になるかは私にもわかりませんが。
でもブリタニアの頂点に立ってる方が圧倒的優位にあるので、さて運命を変えられるのか。
次回も頑張ります。
というわけで、次回予告。
『ブリタニアと、日本。
戦いが始まってから、すでに7年。
7年、長く、そして苦しい時間だった。
それを終わらせる時間が、もし与えられるなら。
ボクは、きっと』
――――STAGE22:「力 集う 時」