今話が4月最後の更新なので、なかなかのインパクトだと思います。
では、どうぞ。
トーキョー租界の夜、500キロ西では騒ぎが起こってはいたが、それでもトーキョー租界は静かなものだった。
そんな中、ある住宅街の路地裏で1人の男と1人の少年が向かい合っていた。
少年は黒い学生服、男は淡い色の租界構造の管理を担当する職場の制服を纏っている。
「……ああ、わかった。その時が来たら……」
「そう、崩してくれれば良い」
瞳を赤く輝かせる男に、少年は笑みを浮かべながら頷く。
去っていく男の背中を見送り、その後、少年は懐から携帯電話を取り出した。
そしていくつかのボタンをプッシュし、数度のコールの後。
「ああ、会長ですか? すみません、こんな遅くに……」
先程とは打って変わった明るさを含む声で、少年は電話向こうへと声をかける。
そんな少年を、月明かりだけが見つめていた。
◆ ◆ ◆
中華連邦軍、旧日本政府メンバーの「人道支援」を名目にエリア11へ大部隊を派遣。
昨夜の内にその報告を受けたエリア11総督コーネリアは、即座に討伐軍の編成に取り掛かった。
とは言え、編成自体はすでに平時の時点で済んでいる。
なので必要なのは具体的な作戦立案であり、補給を主とする後方の整備だった。
「当然と言えば当然ではあるが、中華連邦も面倒な時期に攻勢をかけてきたものだな」
「御意、まさに」
キュウシュウ・ブロックへの軍派遣について、朝一番の会議で諸将・諸官に一通りの対処命令を示したコーネリアは、人がいなくなった会議室でギルフォードと話していた。
話しているとは言え、実質的にはコーネリアの独り言に近い。
ギルフォードは時折、こうして相槌を打つことでコーネリアの思考を加速させる手伝いをすることがある。
そしてコーネリアの言うように、実際、今と言う時期はエリア11総督府にとって非常に面倒な時期だった。
もちろん中華連邦はそれをわかった上で侵攻をかけてきたのだろうし、そもそも敵の体勢が整うのを待ってから戦を仕掛ける馬鹿はいない。
それこそ、「当然と言えば当然」なのである。
「我が直属軍はナリタでの傷がまだ埋まってはいない、ヒロシマやイシカワではまたぞろテロリスト共が妄動している、さらに日本解放戦線の残党共も叩き切れていない。奴らはどうもここに来て動きに統一感が出てきているし……」
小さく首を振るコーネリア、その顔には疲労の色が濃い。
軍制改革と同時並行で各地のテロリストを叩き、綱紀粛正と同時並行で旧クロヴィス統治下で編成された統治軍の強化と人材の育成……赴任から半年間、一日として休んだことは無い。
おまけにその中で、土をつけられたことも一度や二度では無いのである。
疲れない方が、どうかしている。
「……しかし、中華連邦にこれ以上好きにさせるわけにはいかんのも事実だ。本国を巻き込んだ全面戦争に発展する前に、何としても粉砕せねばならん。そのためにも、あのサワサキとか言う旧時代の遺物を可及的速やかに叩き潰す」
「御意」
事態をあくまで澤崎敦と言う「イレヴン」の地方反乱と言い張る範囲に収める、コーネリアの目標はそこだった。
ただ、ナリタでの傷が思ったよりも深く戦力が過小なのが悩み所ではある。
だが対応が遅れれば、中華連邦はもちろんエリア11の反政府勢力も動く。
ある意味、正念場だった。
(まったく、ゼロと言い枢木青鸞と言い澤崎と言い……全く、統治とは思う通りに動かぬものよな)
こうして、中華連邦とブリタニア帝国、2つの大国の代理戦争がエリア11で引き起こされることになる。
しかしそれぞれの本国の意思はともかく、実際に戦場で命をかけるのは末端の兵である。
そしてその内の1人、枢木スザクもまた、戦場における己の役割について認識していた。
「あのぅ、命令が無くてもやっぱり私達も従軍……するんですよね、わかってます。と言うか、諦めてます」
「あはぁ? セシル君もわかって来たねぇ♪」
上司達のそんな会話を耳にしつつ、ランスロットのコックピットの中でスザクは沈んでいた。
何故沈んでいるのか、と問われれば、自分を気にかけてくれた人の申し出を断ってしまったからだ。
その意味では沈むべきは相手なのだが、そこで自分が沈んでしまうのがスザクと言う少年だった。
ユーフェミアが自分を騎士に、と言う申し出はまさに望外の極みであって、断ると言うことはそれこそあり得ないことなのだろうな、と思う。
それでも、スザクには彼女の申し出を受け取ることが出来なかった。
1人の少女を不幸に陥れた自分が、1人の少女の優しさを受け取ることは出来ないから。
(……父さん)
7年前、スザクは父を殺した。
何故殺したのか、その理由は……本当の所、彼しか知らない。
彼しか、知らない。
そしてスザクは、その理由を誰にも言うつもりが無かった。
◆ ◆ ◆
枢木青鸞という少女は、存在するだけでブリタニアにとって「乱」の種になる。
朝比奈は、常々そう思っている。
何しろ「日本最後の首相の娘」だ、これ以上無い大義名分と言えるだろう。
しかも青鸞自身が反ブリタニア的行動をとっているのだから、余計にそうだろう。
反ブリタニアを掲げる組織なら、彼女の存在は喉から手が出るほど欲しい。
極端な話、彼女を手に入れた組織が前日本の後継を名乗ることすら出来るのだ。
しかしもう一方、息子を手に入れたブリタニアにはそうするつもりが無いようだったが。
まぁ、ここはブリタニア領なのだから日本を後継する必要は無いのだろう。
「でも、日本最後の首相の息子がブリタニアを認めてるってのは、正直キツいよねぇ」
『何だ朝比奈、広報にでも興味があるのか?』
『なら、ディートハルトにでも頼んだらどうだ?』
「やめてよ、冗談じゃない」
月下のコックピットの中、通信機から響く卜部と千葉の声に朝比奈が苦い顔をする。
ディートハルトというのは黒の騎士団のメンバーで、名前からわかる通り日本人では無い。
朝比奈は特に民族主義者というわけでは無い、なので他国人……それがたとえブリタニア人だろうとそれだけを理由に忌避するつもりは無い。
しかし、ディートハルトと言う男に関しては個人的な嫌悪感を持っている。
これは他のメンバーも大体は同じで、しかもディートハルトの方が他のメンバーとの交流に関心が無いため余計に溝が深まっていくのだ。
まぁ、諜報・広報・渉外……情報担当などと言うのは大なり小なりそう言う部分があるのかもしれないが。
『ははは。まぁ、冗談はさておいて……どうなると思う、これから?』
「どうもこうも、湾内で待機って段階で見えてると思うけど」
彼らがいるのは黒の騎士団専用の潜水艦、そのナイトメア用の格納庫だ。
朝比奈らが乗る月下を含め、無頼など数機のナイトメアがそこには並んでいる。
そしてそれらの機体は今、最終の機動チェックを急ピッチで進めている所だった。
彼ら自身、それぞれの月下に乗り込んで計器を確認したり端末を叩いたりと作業している。
「藤堂さんが文句を言わない以上、僕が文句を言うわけにはいかないから何も言わないけど。でもやっぱり、一方的にただ行き先を指示して待機してろってのは、どうなのかな」
『そう言うのは、文句とは言わないのか?』
「表立っては言って無いからね」
そう言う問題か、と苦笑する仲間の声は流して、朝比奈はゼロと言う男について考える。
本名不詳年齢不詳詳細不明、まぁ別にそれは良い、テロリストに履歴書がいるわけでも無い。
それにチョウフで救ってくれたことには感謝している、神根島で青鸞を救ってくれたことにも。
ただ、どうにも癪に障るタイプの人間ではあった。
自信のせいか実績のせいか、あるいはその両方か、とにかくやたら上から物を言う。
藤堂のみを上官と敬う朝比奈にとっては、一番勘に障るタイプの人間だ。
自分はゼロの駒でも部下でも無い、そう言う強烈な感情が朝比奈の中にはあるのである。
「ほらほらぁ、その子達はアンタ達よりデリケートなんだから。ごちゃごちゃ言ってないで、集中してチェックしな!」
開いた状態のナイトメア達のコックピットに向けて、妙な温みを感じる女性の声が飛ぶ。
それは月下や紅蓮弐式などのナイトメアの産みの親であり、黒の騎士団の技術開発を一手に引き受けるラクシャータという女性の声だった。
ウェーブがかった長い金髪に褐色の肌、白衣にサンダルにキセル、インド系の女性とは思えない程に扇情的な色香を漂わせた女性だ。
(……まぁ、それでも今は従っておいてあげるけど)
ラクシャータの叱咤の声を聞きつつ、朝比奈は思う。
受けた恩については返す、だから個人的に最低二度は我慢しよう。
また組織人としては、藤堂がゼロに日本解放の可能性を見ている内は耐えよう。
しかし、もし。
もしゼロによる日本解放が不可能であると感じたり、あるいは日本が解放されてゼロの価値が無くなれば。
その時は。
……その時は。
◆ ◆ ◆
エリア11領域内に中華連邦の艦隊が確認された1日後、すでに彼らはキュウシュウ・ブロックのかなり深い位置にまで到達していた。
まずキュウシュウ最大の要塞と名高いフクオカ基地は、中華連邦の物量の前にあっけなく陥落した。
そこから2日目にはナガサキ・サセボ基地を攻略した軍勢を南進させ、オオイタを制圧。
いかにコーネリアの直属軍が強力とは言え、1日や2日では対処できない。
まずヤマグチのイワクニ基地に兵力を集結させるのに1日がかかり、そもそもそのために必要な準備に1日がかかる。
トーキョー租界にいるコーネリアと直属軍を動かすだけでも、時間がかかるのだ。
そしてこの時間で、中華連邦軍はキュウシュウの北半分をほぼ武力「解放」した。
「――――敵襲です! エマージェンシー・コード・レッド発令!」
そして今、キュウシュウ最南端のブリタニア租界・基地にも戦線が拡大していた。
中華連邦艦隊の姿が確認されて3日目の朝のことである、イワクニのコーネリア軍がフクオカの本軍と関門海峡を挟んで対峙を始めた頃、別働隊がカゴシマを急襲したのである。
南から来た小さな暴風雨がフクオカ・ヤマグチ方面へと抜けた直後、緩やかな雨の中の開戦である。
「カゴシマ租界南方に中華連邦海軍と見られる駆逐艦3隻を確認、租界に向けて砲撃を開始しました!」
「サセボ基地から出撃したと見られる爆撃機郡、当基地及び租界への空爆を開始! N3からM7の区画にかけて空爆による火災が発生した模様!」
「当基地北部、12時の方角に中華連邦軍ナイトメア部隊多数! 数、50以上!」
暴風雨に紛れて湾内に強硬侵入を果たした中華連邦の駆逐艦からの艦砲射撃を皮切りに、サセボ基地で拿捕したと思われるブリタニア製の小型爆撃機を投入、空海同時の立体攻撃によってブリタニア軍・カゴシマ基地の継戦能力を奪いに来た。
フクオカ・サセボでの勝利が士気を高めているのか、火力の勢いは凄まじい物があった。
小規模とは言え爆撃で租界と基地の一部が焼け、艦砲射撃で城壁のような外延部が一部砕ける。
「うろたえるな、一つ一つ対処していくぞ! 崩れた租界外延部には戦車隊を回せ、港に強硬上陸してくる敵歩兵部隊を食い止めるんだ。そして租界内の火災は消防に任せろ、雨のおかげで火の広がりは遅いはずだ! それからナイトメア部隊を全機出せ。全機で敵ナイトメア部隊を迎え撃つんだ!」
唾を飛ばして指示を出すのは租界に隣接するカゴシマ基地司令官、彼はここ半年のコーネリアによる軍制改革の中で昇進した新任司令官である。
それだけに能力は確かで、指示も地味だが的確だった。
ただ惜しむらくは、新任故に軍全体が彼の期待する程には機敏に彼の指示通りに動けないことだ。
そもそもコーネリアの直属軍は別として、各エリアの統治軍はそこまで強力な軍隊では無いのだ。
いやむしろ軍制改革で人員の入れ替わりが行われた直後だけに、戦力はさらに減じている。
ナイトメアでさえ、カゴシマ基地にはサザーランド3機とグラスゴー5機しかないと言うお寒い状況である。
対する中華連邦のナイトメアは、性能ではグラスゴーにも劣るが何しろ数が多い。
とてもでは無いが、受け止めきれる物ではなかった……しかし、である。
「1日だ、1日耐え凌げば、コーネリア殿下が救援に駆けつけてくださる! 中華連邦の猿共に、栄えあるブリタニア軍の勇猛さを見せてやれ!!」
「「「イエス・マイ・ロード!」」」
カゴシマ基地の中央司令室、巨大なモニターに――カゴシマ基地を中心にした近隣地図――に刻々と増えていく中華連邦軍の赤い印を前に、彼らは気迫でもって中華連邦の攻勢を支えにかかった。
1日も防げば、フクオカ基地を撃破したコーネリア軍が救援に来てくれる。
過小な戦力と暴風雨と言う二重の困難に直面しているコーネリア軍にとっては過度の期待と言えたが、その希望が無ければ彼らは戦えなかったのだ。
駆逐艦が租界外延の城壁の傷口を広げ、穴を塞ぐ戦車が上陸部隊を吹き飛ばし、爆撃機が落とした爆弾が街を焼き、基地から放たれる対空砲火が空に無数の輝きを散らせ、設計思想も数も異なる機械の人形が踊るように戦いを演じる。
それはまさに、二大国の意思が衝突する「戦争」であった――――。
◆ ◆ ◆
そしてその様子は、カゴシマ湾を挟んだタカクマ山にも伝わっていた。
隣接している分リアルタイムである、薄い雨が続く山荘の中、普段は食堂に使われているだろう大部屋に一同は集まっている。
その中にはもちろん、昨日の段階で真備島から戻った青鸞の姿もあった。
最奥部の壁にかかった大型モニターには、中華連邦軍の攻撃に晒されているカゴシマ基地の様子が映し出されていた。
中華連邦の航空戦力は基地の防空システムでほぼ排除された模様だが、しかし軍港を兼ねた港湾設備付近を集中的に叩かれたため、海軍部隊は港から出れなくなってしまったようだった。
そして地上戦では、中華連邦の物量の前にブリタニア軍が押され始めている。
「ほぅ、案外と中華連邦も本気のようだな」
「当然だろう、そうでなければ国際的な非難は免れないのだからな」
「大宦官達も焦っておるのでしょうな。何しろ日本に続きエジプト、ロシアとブリタニアに囲まれつつあるのですから」
青鸞の前で重々しく話すのは、キュウシュウ南部に拠点を構える武装勢力のリーダー達だった。
構成は様々だが、一致しているのは日本人であると言う点だ。
青鸞を除いてしまえば、30代以上の男性と言う共通点もある。
この点が、新興の黒の騎士団とは違う点であると言えた。
社会的影響力の強い大人の集団、そう言う集まりだった。
「それで原口、澤崎は何と言ってきているのだ?」
「はぁ、日本再建のため共に戦おうと言うことで。実際、皆様が起てば少なくともキュウシュウは平定出来るかと……ただ」
「目的が見え透いている、か」
暫定議員である原口の視線を追うのは、事実上このタカクマ山を仕切っている1人の老人だ。
瞳は黒いが髪、眉、髭は真っ白だ、首元まで伸びた長い髭が特徴的な男である。
年は50代理頃か、原口と同じ暫定議員だが戦前の当選回数は原口の軽く10倍、地盤自体はサガにある。
名を
そして彼を含めた男達の視線が向くのは、座の一つを占める枢木の娘だ。
おかっぱの黒髪に濃紺の着物姿のその少女は、周囲の視線を受けてもたじろぎもしなかった。
むしろ小さく首を傾げて、笑みさえ浮かべている。
なかなか肝が座っているようだ、鍋島は顎鬚を撫で値踏みするように青鸞を見つめた。
「どうですかな、青鸞嬢。先程から何も発言されておられぬようですが」
「……私のような未熟な娘が、皆様のような殿方に意見など、そんな」
「ほぅ?」
一呼吸置いての謙虚な物言いに、その場に好意的な空気が満ちる。
しかし次に口を開いた時、小さな唇から吐かれたのは結構な毒であった。
「はい、セイブ一日本への忠誠心を持つと言われる鍋島様と皆様が、まさか中華連邦を引き込んだ国賊に協力するなど、あり得ませんでしょう?」
にこやかな笑顔と共に吐かれたのがこの言葉である、要約すれば「澤崎と協力? 笑い話にもならんな」と言うことである。
なかなか痛烈な皮肉ではあるが、直接的にそれを非難できる人間は実は少ない。
それは、彼女のここ半年の「経歴と実績」がそうさせているのである。
少なくとも武闘派のテロリストとしては、サイタマ、ナリタ、チョウフと戦いを経ているのだから。
もう一つ、椅子に座す青鸞の後ろに控える男女の存在だ。
どちらも旧日本軍の軍服を着ている、1人はあの草壁の部下だった佐々木だ。
解放戦線最強硬派の人間がついていると言うのももちろんだが、この場合はむしろもう1人が問題だった。
「はは、青鸞嬢もお言葉が厳しいですな。澤崎を国賊とは……」
「事実でしょう? カゴシマ基地の戦闘を見ても、日本人の軍などどこにもいないのですから」
もう1人、ガッシリとした身体に褐色の肌を持つ30代後半の男だ。
三木光洋、かつて枢木ゲンブ首相に信任され、そして一度は世を捨てた男である。
それが今、7年ぶりに大佐の肩書きを背負って表舞台に戻って来た。
しかもついているのは、枢木ゲンブ首相の娘なのである。
枢木青鸞、澤崎が鍋島達に声をかけるのは彼女を得て利用したいと言うのが理由の一つだろう。
ナリタにいた頃の彼女であれば、あるいは応じた可能性もある。
だが今は違う、自身の成長以上に三木というブレーンを得たのだ。
39歳、まさに青鸞のような若い指導者にとって必要な年齢の参謀であると言える。
しかもあの三木、いったいどう言う手で連れ帰って来たのか……。
「……そうでしょう? 桐原の爺様」
『カカカ、そうじゃのう』
声がするのはモニターだ、カゴシマ基地の戦況を映す映像の隅に皺の寄った老人の顔がある。
桐原だ、キョウトの意向無しでエリア11内で反政府活動は出来ない。
まぁ、澤崎もキョウトに知らせることなく中華連邦を引き連れてきたようだが。
『しかしせっかくキュウシュウのブリタニア軍を排除してくれるのじゃ、これを全く利用しないと言う手も無かろう』
「これは桐原の爺様とも思えないお言葉ですね、かつて病床の父に代わり徹底抗戦を軍部に通達したお方とも思えません」
青鸞の言葉には容赦の色が無かった、これは桐原に対しては初めてのことである。
だからだろうか、画面の中で桐原が片眉を動かす。
しかし、青鸞はすでに知っているのだ。
スザクに殺されたゲンブの死を3ヶ月隠し、その間桐原が父の名で日本を動かしていたことを。
当時、政府内にはブリタニアとの戦いのために中華連邦やEUの手を借りようと言う勢力があった。
しかし桐原はその意見を一蹴した、父が言ったという「日本は日本人の手で守る」と言う言葉で。
その桐原が、今さら中華連邦の力を頼りにするようなことを言うのは許さない。
今の青鸞は穏やかな笑顔を浮かべていたが、その目は刺すように鋭かった。
『……お主の言うこともわかるが、な。まぁ、そう興奮するでない。わしとしても、澤崎などに好きにさせるつもりは無い』
それでも桐原もさるもの、宥めるように言葉を重ねる。
このあたりは、流石に老獪な部分を見せた。
『おお、そうじゃ。鍋島、わしの知人で1人、どうしてもこの会合に顔を出したいと言う者がおっての。繋げても構わんかな』
「桐原公の知人ですと?」
『何、お主らも知っておる者よ』
そして、桐原の顔の隣に新たな枠が生まれる。
カゴシマ側が首を傾げて見守る中、しばらくしてどこかと回線が繋がった。
そこに映った人物の顔に、場がどよめく。
『……初めまして、キュウシュウの諸君』
映し出される漆黒の仮面、それが意味する所はたった一つ。
『私は、ゼロ』
ゼロ、つい最近見たその仮面の男の姿に、青鸞は僅かに目を開いた。
◆ ◆ ◆
この時点での日本人は、大きく3つに分けることが出来る。
独立派・中間派・恭順派、それぞれの中にまだ細分化した意見の違いがあるが、概ねこの3つだ。
青鸞の基盤がどこにあるかと言えば、当然第一の独立派である。
しかし独立派と恭順派は合計しても2割に満たず、実は少数派だ。
そして残り8割、その半数以上の支持を得ているのが黒の騎士団とゼロである。
ブリタニアを否定しつつ、しかし無差別テロには賛成できない層。
彼らはまさにそれを主張して台頭する黒の騎士団を歓迎しているのだが、民衆が歓迎する者を指導者が歓迎するとは限らない。
(実際、ゼロって年配の人に受けなそうだしねー……)
青鸞はそう思う、権威や慣習に忌避感を持ちやすい若者層ならともかく、仮面で自信家なゼロと言う人間は年齢が上がれば上がる程苦手に思う人も多いだろう。
特に鍋島のような、気骨ある老人などはそうだろう。
ある種、わかりやすい関係であると言える。
『いかがだろうか、この作戦であれば、貴方がたは労少なくカゴシマを手に入れられる』
「それはそうかもしれないが、カゴシマだけを手に入れても意味が無い。その後はどうする」
『その後のことについては、私に考えがある。先に私が説明した戦略に協力して頂ければ、貴方がたを勝利させることも可能だ』
「そのような絵空事、叶うと思うてか!」
『では聞こう! 貴方がたはこのまま何もしないつもりなのか、戦闘に巻き込まれ救いを求める日本人を前にして!』
ただ、人を引き込む力はある。
今も、実質的にゼロが一方の「当事者」として議論をリードしている。
鍋島も自分が「使われている」感覚を理解しているのだろう、好嫌は判然としないが議論の反対側に座っている。
いかに澤崎の再建した「日本」が不当なものか、このまま中華連邦に好きに国土を蹂躙させることがいかに不利益か、ブリタニアの主力がトーキョー租界を離れたことがいかに「好機」か――。
そういった議論が、つらつらと全員が理解するまで続いた。
そして、議論が最終的な地点に落ち着こうとした所で。
「ゼロ、一つ良いでしょうか」
『何だろうか、青鸞嬢』
そこでようやく、青鸞は口を挟んだ。
固い口調を意識して、ゼロに問いかける。
方針を決める最後の問題、中華連邦軍を背景とする澤崎をどうやって退けるのか。
何しろ、ブリタニア軍のカゴシマ基地が苦戦しているのである。
「貴方の作戦、
しかし。
「私達には、それを成すだけの戦力がありません」
そう、それこそが最大の問題点だ。
このタカクマ山を中心に反政府武装勢力はキュウシュウにいくつも存在する、しかし、それはあくまでも抵抗勢力としての戦力だ。
ナイトメアを備え、一国の軍隊と戦える装備を備える勢力など青鸞達を含めても五指もいない。
兵力、つまりは戦力が足りないのだ。
ブリタニア軍カゴシマ基地は確かにトーキョー租界のような城塞都市というわけでは無いし、戦力もそこまで配備されておらず、装備もブリタニア軍の中では二線級だ。
それでも並の攻撃では落ちない、だが中華連邦軍はこれを陥落にかかっている。
さらに中華連邦軍を撃退できたとして、残ったブリタニア軍をどうするのか。
それとも戦うなら、やはり大きな戦力が必要になってくるが……。
『カカカ、それについては心配いらぬ……とまでは言わんが、わしの方で手を回しておいた。まぁ、十分とは言えんかもしれんが』
……その時、議場の扉が派手な音を立てて開いた。
青鸞はもちろん、全員がそちらに振り返らざるを得ない。
それだけ派手に、かう乱雑に、扉が開いたのだ。
そしてそこに立っていた人物の姿を見た時、青鸞は思わず席を立ちかけた。
浮かせかけた腰を押し留めたのは、キョウトの女としての矜持だ。
しかしそこに立っていた男は、そんな青鸞の様子を見ても顔色一つ変えなかった。
大柄な身体に深緑色の軍服、右腕がなく、硬質な足音を立てる両足は義足だ。
『日本解放戦線の生き残り、歩兵1000と……追加で手配した最後の無頼20機。兵を纏めたのはわしでは無いが、まぁ、上手く使うが良い』
カカカ、と笑う桐原の笑い声も、今の青鸞の耳には届かない。
何故なら彼女は腰を浮かしかけたまま、目を逸らすことが出来ずにいるのだから。
目を見開いて、唇を僅かに開いて……そんな少女の視線の先にいるのは。
――――日本解放戦線、強硬派のリーダー。
青鸞に対して短い期間ながら、強い影響を残す指導を行った男。
そしてあのナリタで、青鸞の無頼に乗って消息を断った男。
……その名は。
◆ ◆ ◆
――――駆ける。
駆ける、駆ける、駆ける。
会議が終わり、議場の扉が背後で閉まると共に、青鸞は駆け出した。
「青鸞お嬢様?」
「大佐、今は……」
その背中に驚いた三木を、佐々木が小さく手を出して制した。
問いかける瞳に、今だけは、と目線だけで告げる。
それだけの事態が、起こっていたからである。
一方で青鸞は、先に議場の外へ出た男を追いかけた。
着物であるため走りにくくて仕方ないが、それでも駆ける。
駆けて駆けて、そしてホールへ続く階段で追いついた。
息を切らせて階段の上で立ち止まり、今まさに最後の一段を降りようとしている背中に対して。
「――――草壁中佐!!」
叫んだ。
胸の奥から突き上げる何かを無理矢理抑えるかのような、そんな声だった。
精緻な装飾の施された木造の手すりに手をかけて、階段の上から男の背中を見下ろす。
その背中は、大きかった。
その背中はあの日、ナリタで最後に見た背中と見事なまでに重なる。
何故ならそれは、同じ背中だからだ。
あの時に見た、最後の背中だからだ。
そして燃えるナリタの光景の中で、掴もうとした背中だからだ。
「草壁、中佐……」
その名前を、青鸞は呼んだ。
ホールのガラスの向こうの空は薄暗く、しとしとと柔らかな雨が窓を濡らしている。
ガラス細工で飾られた豪奢な照明の下、同じ名前を何度も口にする。
「……草壁中佐!」
もう一度、呼ぶ。
するとようやく、階段の下で足を止めた男は振り向いた。
片頬に大きく火傷を負ってはいたが、しかしその顔は見間違えるはずも無い。
だから青鸞はたまらなくなって、階段を駆け下りた。
そして男が完全に身体を返すと同時に、跳ぶ。
大きく手を広げて、涙の雫を目尻から飛ばしながら、求めるように跳んだ。
目指したのは、男の大きな胸だ。
かつて藤堂達にしたように、抱擁によってその存在を確かめようとして。
「……馬鹿者めが」
「へ?」
普通に、避けられた。
避けられたため体勢が崩れ、階段を駆け下りる勢いのままに転ぶ。
十数段駆け下りた勢いは相当のもので、青鸞は全身を床で擦ることになった。
床が柔らかなカーペットでなければ、擦り傷だけではすまなかっただろう。
「いっ……た、ぁ~……!」
赤くなった鼻の頭を擦りながら青鸞が顔を上げる、反射的に「何をするんですか」と文句を言いそうになったが、その前に。
「
「は、はいっ!」
盛大な声で怒鳴られてしまい、それこそ反射的にその場に立ち上がった。
直立不動、背筋を伸ばしてしゃんと立つ。
そう、それはナリタの訓練キャンプでそうしていたように。
つまり、この後に来るのは。
「こんの、馬鹿者があああああぁぁぁっっ!!」
「は、はい!」
「部下を置いて私用で駆け出す奴があるか! そもそも上官に飛びつく馬鹿がいるか、この馬鹿者が!」
「す、すみませ……」
「誰が謝れと言ったか、この小娘が! 賢しげに気など回すで無いわぁ!!」
じゃあ、どうしろと!
そう言いたくなる程に理不尽な叱責、これで確定した。
そこにいる男は、草壁である。
ナリタでキューエル相手に自爆した彼が、何故生きているのか。
それは非常に単純な理由で、しかし草壁にとっては偶然かつ不本意なものだった。
……あの時、草壁は青鸞の無頼で出撃した、キョウトの家の当主を乗せるナイトメアにだ。
他と違い、操縦者の生命を守るための機構が備わっていたのだ。
仕込んでいたのは、神楽耶だ。
「まったく、お前と言う小娘は少しは成長というものを」
「草壁、中佐……」
「ぬ」
「中佐ぁ……」
自爆スイッチを押すと同時にイジェクション機能が自動で作動し、かつコックピットの装甲の厚みと強度が他の無頼の比では無かった。
青鸞の無頼が他の無頼よりやや小さかったのは、コックピットの重さを計算して重量配分を行ったためだ。
まぁ、機体の背部を山肌に押し付けていたために、爆発に巻き込まれ大怪我はしたが――。
「中佐だぁ……草壁中佐ぁ……!」
直立のまま、青鸞は顔をクシャクシャにしていた。
その顔を見ると、草壁は二の句が告げなかったかのように開いていた口を小さくしていった。
実際、爆発で片手両足を焼かれた彼がナリタの川まで辿り着き、そして流され、途中でブリタニア兵に発見されつつも死体と思われ素通りされ、下流の村で日本人の村人に発見され……と、まさに奇跡的な紆余曲折を経てここにいるわけだが。
そんな事情は、青鸞には図りようが無い。
だがそれでも、草壁が生きて自分の前にいてくれることが嬉しい。
だから堪えきれずに流してしまう諸々を、草壁は何とも言えない表情で見やって唸り。
「……馬鹿者が」
結局、いつもの一言だけ言って、青鸞の頭に手を置いて下を向かせた。
それだけが、片腕だけになってしまった草壁に出来るせめてものことだった。
そして「それだけ」が、青鸞にとっては何にも変え難い宝だった。
たった、「それだけ」のことで……これ以上無い程に、幸福になれたのだ。
――――本当に。
◆ ◆ ◆
ブリタニア軍カゴシマ基地は、今まさに陥落しようとしていた。
カゴシマ租界に隣接するこの基地の陥落は、すなわち租界の陥落を意味する。
いかに頭が日本人であるとはいえ、その構成員は中華連邦の兵士である。
言語など通じようはずも無いし、ましてブリタニア人の言う所の野蛮な未開人である。
カゴシマ租界のブリタニア人民間人は、基地の軍部隊が何とか中華連邦軍の攻勢を跳ね返してくれるのを祈りつつ、現実に迫りつつある中華連邦軍の侵入に怯えていた。
それは、酷く皮肉であるとも言える。
そもそも彼らが租界と言う清潔な場所に住めているのは、日本人を虐げているからだ。
日本人にしてみれば「ざまを見ろ」と、やや複雑な心境ながら思うことだろうが。
『将軍! 最後の敵機を撃破しました!』
「おお、そうか! 良くやった、後はあの分厚い面の皮を剥がしてやるだけだな!」
『はっ!』
「ふふん、軟弱なブリタニア軍めが。分厚い壁にこもって震えておるのだろう」
カゴシマ基地を攻める中華連邦のナイトメア部隊、それを含めた全部隊を指揮しているらしい男がナイトメアの中で鼻を鳴らす。
ずんぐりとした腹に民族衣装を纏っていて、とても前線に出て戦うようなタイプには見えない。
実際、彼の乗るナイトメアは遥か後方で全体の戦況を見ているだけだった。
指揮官としては正しい配置なのかもしれないが、彼の部下が10機そこそこのブリタニア軍ナイトメアを戦闘不能に――撃破では無く――追い込むのに38機を失ったことを考えると、有能と呼べるかは別の評価があるだろう。
まぁ、もともと両軍のナイトメアにはそれだけの性能差があるのだが。
「ハインケル卿ロスト、バフェット卿脱出……! サザーランド、全機沈黙!」
「戦車隊は租界防衛に回しているため、動かせません!」
「イワクニとのコンタクト、未だ取れず!」
「ぬうぅ……!」
コーネリアの信任を得てカゴシマ基地に配属されて半年、元々低かった統治軍の兵達の練度を上げるには足りるはずも無く。
いや、それでもほぼ4倍の損害を与えただけでもパイロット達を褒めるべきか。
しかし戦略卓に両手を置いて項垂れれば、まだ10機以上残っている敵ナイトメアがカゴシマ基地に密集して突撃してきている姿が見える。
空爆自体は対空砲火で追い散らしたものの、港と砲台を叩かれては反撃力が半減している。
おまけに敵は巧みにこちらからは空白になったその箇所をついて突撃してきているのだ、後は装甲車と歩兵の防御だが、いかに低性能とはいえナイトメアを相手に半分も墜とせるかどうかと言う所だろう。
「申し訳ありません、コーネリア殿下……!」
口に出してイワクニにいるだろう主君に詫びれば、司令部には沈痛な空気で満ちた。
せめて、基地機能を使用不能な状態にすべし。
その決意で、司令官はその命令を司令部要員に伝えようとした。
その時、先頭を行く中華連邦のナイトメアがくの字に折れ曲がって吹き飛び、爆発した。
突如、戦場に変化が訪れた。
朝から夕刻の現在に至るまで、攻める中華連邦軍と守るブリタニア軍しか存在しなかった戦場に、新たな反応が生まれたのだ。
「何だ!?」
「新手か!?」
皮肉にもブリタニア軍と中華連邦軍、2つの軍部隊の長が同じ言葉を違う言語で口にする。
その時点で、それは2つの軍以外の所属の戦力と言うことになる。
すなわち、中距離からの砲撃によって中華連邦軍のナイトメアの横っ面を引っ叩いたナイトメアの所属は。
◆ ◆ ◆
『あぁ~……当たった? 当たったのかコレ?』
『隊長! マニュアル見ながら撃たないでください!』
純日本製ナイトメアフレーム、『黎明』。
その右肩、52ミリのキャノン砲からから煙をくゆらせるその機体は、同じ機体2機を両側に並べて、海岸線沿いに身を伏せるようにしていた。
搭乗者はそれぞれ、山本、上原、大和である。
枢木青鸞の護衛小隊のメンバー、すなわちそこに現れたのは――「彼女」ら、である。
山本機の砲撃に合わせて、東側の海岸線沿いから中華連邦軍の後背を衝く形で20機前後のナイトメアが姿を表した。
タカクマ山から猛然と海岸線沿いに進んできたそれらは、カゴシマ基地周辺に中華連邦・ブリタニア両軍が張った電波妨害の隙を突く形で進出してきたのだ。
「な、何だ、どこの部隊だ!?」
中華語で喚きたてるのは、それまで最後方――つまり、今や最前線にいる――にいた中華連邦軍の将軍である。
今まで正面しか見ていなかった分、その反応は大仰ではあっても過分では無かった。
ブリタニア軍のナイトメアを駆逐して、さぁこれからと言う所だっただけに、ここでの新手の登場は意外にも程があった。
そしてそれは、彼の目の前で味方のナイトメアが撃破された瞬間に最高潮に達した。
中華連邦のナイトメアは
卵形のフォルムに短い足、小回りは効かず、装備もほぼ4門の実体弾の火砲のみ。
しかしそれでも、世界を3分割する大国の一国が制式採用しているナイトメアだ。
それが一刀の下に斬り爆ぜれば、誰でも怯える。
「な、何者だ、貴様ぁ! ブリタニア軍か!?」
中華連邦軍の将軍の視線の先にいるのは、夕焼けに鈍く輝くダークブルーの機体だった。
ブリタニア製とも中華連邦製とも違う、背を屈めた胴体に長手短足の形状。
銀の関節部が夕焼けに燃えて輝き、ブルーの双眼が輝きの流線を虚空に描く。
上下2つに分かれて斬り飛ばされ、爆発する
その中から姿を見せたのは、そう言う機体だった。
そして、今こそ言おう。
その機体こそ、キョウトが技術の粋を集めて製作した渾身の純日本製ナイトメア。
名を、『
そして月姫を駆り、周囲に円状に展開していく無数の無頼の中心に座すその機体こそ、日本の抵抗の象徴。
最強硬派の支持を一身に受ける、その少女の名は。
「――――我ら!」
その少女、枢木青鸞はコックピットの中で叫んだ。
中華連邦の言語は流石にわからない、というか日本に来るなら日本語を話せとすら思う。
とにかく青鸞は、オートバイ式のコックピットの中で中華連邦の将軍に応じるように叫んだのだ。
抵抗の言葉を。
「我ら、不当な蹂躙により国土を失いし者なり!」
――――嗚呼、そうだ、我らは失った。
認めよう、認めていた、認めるしかなかった。
彼ら彼女らが守ろうとした国は、もはやこの世界のどこにも存在しないと。
「されど、正当なる抵抗の権利を有する者なり!」
――――嗚呼、そうだ、我らは抵抗する。
みっともなく、情けなく、名誉を地の底へと捨て去ろう。
彼ら彼女らの求める国は、名誉の向こう側には存在しないと。
故に彼ら彼女らは疾る、戦う、血を流す。
いつか、自分達の国土を取り戻すために。
いつの日か、
「――――この戦いは!」
右手に持った刀をコックピット左の鞘に収めて、代わりに両腰に収められた2本の刀を射出する。
途上で月姫の両手がそれぞれの柄を掴み、回転させ、2本の刀を正面に構える。
それを前にしつつも、中華連邦の将軍は
何故なら周囲を固めていたはずの11機の
数的優位を固めて初めて役に立つナイトメア、
逆に数的不利に陥れば、これほど脆いナイトメアは他に無かった。
「ボク達にとって……ブリタニアへの抵抗を示すものじゃない!」
すなわち!
「中華連邦に対する――――抵抗だ!!」
青鸞には意味の無い叫びを発し、最後の
しかしほぼ正面にしか撃てない火力など、月姫には無意味だ。
サザーランドの一斉射すら回避するその機動力、重量型とは言え並みではないのだ。
キョウトの、日本人の技術力を、舐めないで貰いたい。
躍動する。
熟練のナイトメア乗りの動きは「舞う」と表現されるが、しかし彼女は「躍動」が正しい。
正面に密集する火砲を大きく左右に動くことで避ける、細かな動きは必要ない。
大胆に、行く。
『リ――――○本○子……ッ!』
「悪いけど」
オートバイ式の座席に胸を押し付け腰を上げて、青鸞は操縦桿を両方共に前に押し出した。
月姫の両腕が、『廻転刃刀・改』を振り下ろす。
金属装甲を切り落とす独特の音と火花がメインモニターに広がる中で、青鸞はむしろ当然のように言った。
「ボク達、差別用語は言われ慣れてるんだ」
だから、今さらキミ達に何を言われても何も感じない。
そう言って、
卵形の胴体が地面に転がり、各所から爆発を起こして完全に停止する。
それで、カゴシマ方面に進出していた中華連邦軍の主力は終わった。
勝利以外に士気の維持が出来ない中華連邦の兵達は、味方のナイトメア部隊の壊滅を知ると、我先にとサセボ・オオイタ方面へと逃走を図った。
遅れれば日本に取り残される、その恐怖が彼らの背を押したのだろう。
咄嗟には動かせない兵器はその場に撃ち捨て、全ての車両を回収して撤退に移行していく。
「……て、敵軍、撤退を確認……」
呆然としているのは、カゴシマ基地のブリタニア軍である。
彼らとしては陥落を覚悟した時点でのことで、一種の弛緩した空気がそこにあった。
しかしある意味で当然ながら、その空気も一瞬のことだ。
自発的というよりは、外的な要因の方が大きくはあるが。
「て、敵……新たな敵軍、中華連邦軍を追わず、当基地に向かってきます!」
「げ、迎撃を……!」
我に返った司令部が各所に迎撃を指示しようとした所、彼らは愕然と気付く。
中華連邦軍によって継戦能力を半減させられたカゴシマ基地は、中華連邦軍以上の戦力を持つ集団に対して、防戦が可能だろうか。
その答えは、30分以内には出そうだった。
◆ ◆ ◆
カゴシマ基地、陥落。
その報がフクオカ基地に立て篭もる中華連邦軍の本営に届いた時、今回の戦役の「首謀者」である所の澤崎敦が喜色を浮かべたのは無理からぬことだった。
何しろフクオカ、サセボ、カゴシマと、キュウシュウ内のブリタニアの主要な軍事基地を攻め落としたのだから。
それこそ、「何だ、思ったよりブリタニア軍も大したことが無いじゃないか」と、自軍の色に染まったキュウシュウの地図を見て無邪気に喜びたくもなるだろう。
澤崎敦、第二次枢木政権で官房長官を務めていた男。
禿げかけた頭にやけに細い身体、正直、威風堂々と言う言葉は似合わないタイプの男だ。
どちらかと言うと、官僚タイプだろう。
「やりましたな、
そんな彼が笑顔を見せる相手は、彼を支援してエリア11に乗り込んできた中華連邦軍の将軍だった。
ずんぐりとした身体を民族衣装で覆った50代の男で、どこか熊を思わせる容貌。
政治の顔は澤崎、軍事は曹、それがこのいわゆる「解放勢力」の役割分担だった。
まぁ、固有の武力を持たない解放政府と、他国の意思で動く解放軍の関係を、役割分担の一言で片付けられるかどうかは微妙な所だろうが。
「いや、それがどうも違うようでしてな」
「は?」
しかし喜色満面の澤崎と異なり、曹はどこか厳しそうな顔をしている。
これはおそらく、澤崎が軍事作戦そのものには関与していないことを示している。
軍事行動中だからと言うよりは、澤崎がキュウシュウに雪崩れ込んだ中華連邦軍の具体的な行動について、単純に知らされていないのだろう。
そして一方で関門海峡を挟んだブリタニア軍イワクニ基地には、澤崎が受けているのと同じ報告を受ける女性がいた。
しかし澤崎と違い、その女性は自軍の行動を全て把握しているのだが。
だからこそ、澤崎よりは曹に近い厳しい表情を浮かべているのだろう。
「カゴシマ基地が陥落、か。それ自体は彼我の戦力差を思えば疑問は無いが、だが……」
面倒が増えた、ギルフォードからの報告を受けたコーネリアの表情はそう告げていた。
現在、彼女はフクオカへの上陸作戦を一時延期し、暴風雨が過ぎ去るのを待っている状態だ。
彼女がいる基地の航空管制塔の強化ガラスには、激しい風雨が叩きつけられていた。
雨雲の中で轟く雷光は、本国の嵐とはまた違うもののような気がした。
――――枢木青鸞、カゴシマ基地を制圧――――
それが今、コーネリアにもたらされた情報だった。
死闘を演じていたブリタニア軍と中華連邦軍、その間に割り込んで漁夫の利を得る日本解放戦線。
いつかの、そう、サイタマ・ゲットーの戦いを再現したかのような状況だった。
だからその報告を聞いた時、コーネリアは笑ったのだ。
「クルルギの娘め、相変わらず小さな戦術的勝利を収めるのが好きらしいな」
実際、カゴシマ基地を落とされたのは確かに痛いが、ブリタニア軍全体で見れば大したことは無い。
大方、中華連邦が現地の軍を排除してくれてラッキーとでも思ったのだろうが、カゴシマを落としたから何だと言うのだ。
これがトーキョー租界ならともかく、カゴシマなど、エリア11の中でも辺境に位置する基地に過ぎない。
暴風雨が晴れればブリタニア軍の反撃が始まる、フクオカにいる澤崎など一撃で倒してみせよう。
そしてキュウシュウ内部の惰弱な中華連邦軍――実際、装備の質はコーネリアの直属軍が圧倒的に優位、数的優位を崩し海上輸送を封鎖すれば雑魚同然の敵だ――を殲滅し、返す刀でカゴシマの自称「日本解放戦線」も排除してくれよう。
まさに3日天下、早まったことをしたものだとコーネリアは笑う。
「で……殿下!」
「何だ、騒々しい!」
「も、申し訳ありません、ですが……!」
だが、彼女は忘れていた。
彼女の敵は澤崎と枢木青鸞だけでは無い、キュウシュウで妄動している者だけでは無いのだ。
そもそも、中華連邦の侵攻はコーネリアが安易に直属軍をイシカワに向けた隙を突かれたもの。
言うなれば、彼女は同じ失敗を……いや、失敗というのは酷だろう。
単純に、コーネリアが1人しかいないと言うだけなのだから。
「と、トーキョー租界が、トーキョー租界から……!」
「何……?」
コーネリアは確かに強い、彼女の軍は世界最強の軍の一つだ。
だが、この中華連邦のキュウシュウ制圧でわかるように。
彼女のいない所は、そこまで強くない。
彼女の軍以外の部隊は、そこまで強くない。
だから、中華連邦は最大限にその弱点を突いた。
そして何も、弱点を突くのが中華連邦だけとは限らない。
そう、例えば。
「トーキョー租界から、救援要請が!!」
例えば、コーネリアと直属軍の留守を狙う仮面の男も、いるのである。
◆ ◆ ◆
「コーネリア、正面の敵を正々堂々と倒そうとする貴女のその姿勢が、貴女を敗北へと誘うのだ……」
トーキョーの夜空、漆黒の闇に溶けるような巨大なナイトメアの中で、仮面を外したルルーシュが笑う。
ルルーシュにとって、コーネリアの直属軍がキュウシュウへ向かったのは好都合だった。
その隙を突き、東で黒の騎士団の全軍を動かすことが出来るからである。
本来であれば、黒の騎士団の方針を世に示す上でも彼自身がキュウシュウに向かっていただろう。
澤崎や中華連邦に介入されては迷惑千万、これを排除する必要があるのだ。
しかし、その必要も無くなった。
何故なら、すでに西でルルーシュ=ゼロの代わりに日本の姿勢を示した者がいるのだから。
『日本は独立を取り戻す――――誰の手も借りずに!』
ガウェインのモニターの一つ、そこにはカゴシマ租界のテレビ局から全国へと流される1人の少女の姿がある。
濃紺の生地に季節の花々を散らした着物姿の少女、青鸞の姿が。
今、キュウシュウでルルーシュ=ゼロの作戦を基本に行動している彼女がいればこそ、ルルーシュ=ゼロは東で自由に動くことが出来る。
そして翻って正面のモニター、そこにはトーキョー租界の町並みが広がっている。
そこには、まさにルルーシュ=ゼロの策の成果があった。
耐震性能を兼ねた階層構造、租界の外壁。
それが今、脆くも崩れ去っていく姿が映し出されている。
無数の壁と柱が崩れ、黒煙を吐きながら失われていく様は壮観だった。
「ふふふ、ふははは……これで良い! ブリタニア軍の目はまさにキュウシュウに向いている、その隙にトーキョー租界と政庁を奪い、独立宣言を全世界に向けて発すれば……」
そうすれば、当然、ブリタニア本国からの反動があるだろう。
コーネリアは直属軍の3割をこのトーキョー租界に残しているようだが、他の統治軍はルルーシュ=ゼロの「奇跡」によって穴だらけになる「予定」だ。
数で劣勢なのは否めないが、数千にまで膨らんだ黒の騎士団の全戦力を有機的に動かせば逆転可能な位置にまで持ってきている。
そしてブリタニアからの反動には、おそらく、「あの男」が出てくるはずだ。
何しろコーネリアを除けば、他の皇族は形式的な司令官でしか無い。
――――さらに、戦力の低下した黒の騎士団が雪崩れ込めば、その前段階。
(貴方を俺の前に引き摺り出せる、シュナイゼル……!)
油断のならない男だが、神根島から今はこのトーキョー租界に逗留していると言う。
コーネリアとシュナイゼル、この2人を自分の前に跪かせる。
しかる後に「あの男」を自分の前に引き摺り出せば、全てのカードはルルーシュ=ゼロの手に落ちる。
左眼の瞼を指先で撫でながら、ルルーシュ=ゼロはそう思った。
ふと、複座の座席の前――つい先日、青鸞がいた席――に座るC.C.の後頭部にルルーシュ=ゼロは視線を投げた。
白を基調としたパイロットスーツに身を包んだ緑の髪の少女は、何も言わない。
ルルーシュ=ゼロが引き起こした惨事などには目もくれず、別のモニターに視線を向けているようだった。
(青鸞を、見ているのか……?)
ルルーシュ=ゼロは、静かにそう思考する。
以前、そう、神根島で青鸞と別れた時からだ。
どうもC.C.の様子がおかしい、いや、前からおかしい部分は多分にあったのだが。
何を考えているのかわからない分、ルルーシュ=ゼロにとってはやりにくい。
とは言え具体的なこともわからない、青鸞のことを見ているのも深い意味はないのかもしれない。
何しろ、気まぐれな魔女だから。
『ゼロ、これから先は――――』
「……ああ、まず前線は藤堂の指示に従って――――」
今はともかく、トーキョー租界だ。
味方から入った通信に意識を向けつつ、ルルーシュ=ゼロはC.C.から視線を逸らす。
そして意識すらも逸らして、それ以上のことは考えなかった。
だから、ルルーシュ=ゼロは気付く事が出来なかった。
モニターの中に映る濃紺の少女の姿を瞳に映す魔女の目が、けして友好的な色に染まってはいなかったことに。
むしろ、どこか飢えた狼のような……剣呑な色に染まっていたことに。
この時のルルーシュは、気付く事が出来なかった。
採用キャラクター:
佐賀松浦党さま(ハーメルン):鍋島久秀。
ありがとうございます。
採用兵器:
RYUZENさま(ハーメルン):廻転刃刀・改。
ありがとうございます。
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
草壁中佐、生還!
感想で死んだ死んだと言われる度、ドキドキした日々が昨日のことのように思い出せます。
一瞬サイボーグ化しようかとも思いましたが、それは流石に自重しました。
それでは、次回予告です。
『キュウシュウとトーキョー、2つの地点で同時に火の手が上がった。
澤崎の起こした小火は、燎原の大火となって日本を覆う。
解放を掲げつつも祖国の大地を荒らさなければならない。
でも、やり遂げると皆で誓った。
……そして、あのブリタニアの皇子がある提案を投げかける』
――――STAGE21:「強者 の 提案」