コードギアス―抵抗のセイラン―   作:竜華零

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今週はまだ週3投稿、でも来週から週2、再来週から週1になるかな、と思います。
では、どうぞ。

*3月20日23時、募集項目を後書きに追加致しました。



STAGE12:「落日 の 日」

 キューエルは狂喜した、戦場の中であの青い無頼を見つけられたことに。

 日本解放戦線にあの青い無頼がいると言う保障は無かったが、それでも解放戦線の陣地を虱潰しに潰しながら探していたのだ。

 彼ら純血派の部隊は、ジェレミア隊とキューエル隊に分かれて行動していたのである。

 

 

 キューエルにした所で、もはや没落した辺境伯などに僅かな利用価値も見出していなかった。

 自ら泥に塗れて山々を歩き回り、日本解放戦線(当時はその認識は無かったが)の穴蔵の入り口を発見し、その功で新たなサザーランドをも与えられた。

 コーネリアはその点、出自に関わらず――無論、ブリタニア人に限るが――人を評価する上司だった。

 そして、今。

 

 

『貴様を倒し――――私は自分を取り戻す!!』

「何を意味のわからないことを……!」

 

 

 そうは言っても、突っかかってくる相手を無視も出来ない。

 とにかくも青鸞は応戦の意思を示した、頭上から振り下ろされたランスを刀で受け止める。

 

 

「……ッ!」

 

 

 息を詰めて唸る、理由は機体の右のランドスピナーの不具合だった。

 後ろには倒れたままの上原機もいる、戦闘可能な範囲は極めて狭かった。

 その中で、踏ん張りの効かない機体でランスを受け止めることは出来なかった。

 

 

 左の操縦桿を引き、左回りの要領でランスの表面を刃で滑らせて攻撃をいなす。

 それでも万全の状態で動くサザーランドの攻撃は捌き切れなかった、肩のパーツにランスが触れて破片が飛び散った。

 サザーランドのコックピットの中で、キューエルは唇を歪めた。

 

 

『んん? どうやら機体が万全の状態では無いようだ……なぁ!』

「こんな時に……!」

 

 

 ランドスピナーは通常、左右の出力が合っていないと上手く機体のバランスを保てない。

 意図的に回転数を操作することもあるが、そうでない場合には機体の運動性能を極端に落としてしまうのだった。

 基本的に無頼はサザーランドに及ばない、その上で機体に損傷があるとなると。

 

 

『……青鸞さま!、くそっ、邪魔だ!』

 

 

 見れば、大和機も他のサザーランド2機に囲まれていた。

 キューエルの部下である、彼らはキューエルが青鸞に集中できるようにするのが役目だった。

 よって、青鸞は損傷した機体で格上の相手をしなければならなくなった。

 

 

 ランスを刀で受けるも、出力が足らずに必ず押し返される。

 片腕で操縦桿を握り、残りの手でサイドプレートの端末を叩いてランドスピナーの回転数を合致させようと四苦八苦している中での戦闘。

 正直、まともに戦える状態では無かった。

 

 

「こんな、所で……!」

 

 

 メインディスプレイの中で、サザーランドのランスが上下と左に巧みに動いた。

 それは極めて微細な動きで、パイロットの技量の高さを示すものだった。

 無頼の刀を巻き込むように振り回し、そして跳ね上げる。

 マニュピュレータが損傷し、刀が頭上へと弾き飛ばされた。

 

 

「……ッ!」

『貰ったああぁ――――!!』

 

 

 息を呑む、刀はあらぬ方向へと飛んで行った。

 唯一の武装を失った、その衝撃で青鸞の顔から色が消えた。

 スラッシュハーケンはランスロット――スザクにアンカー部分を潰されてしまって使えない。

 まさに丸腰、青鸞が目前に迫るランスの切っ先から逃れようとするかのように背中をシートに押し付ける。

 

 

 次の瞬間に訪れるだろう衝撃に、青鸞は身を逸らして目を閉じた。

 相手はコックピットの中心を狙っていて、このタイミングでは脱出も間に合わない。

 最後の瞬間に心の中で呼んだのは、誰だったろうか。

 

 

「…………?」

 

 

 しかしいつまで待っても、覚悟していた衝撃は来なかった。

 何故か、当然その疑問を抱くことになる。

 不思議に思い、ゆっくりと目を開いていく。

 

 

 すると、青鸞の無頼の前に……別の無頼が割り込みをかけていた。

 無頼、日本解放戦線のナイトメアである。

 その無頼が、独特の十文字槍を模した武装でサザーランドのランスを止めていたのだ。

 金色のランスと鋼鉄製の十文字槍が互いの身を擦れ合わせ、互いの機体に火花を振りかけている。

 

 

「あ……え?」

 

 

 助かった、と言う認識以上に、どこの部隊かと思った。

 次いで銃撃音が響いた、側面のディスプレイを見ると大和機の方にも2機の無頼が救援に駆けつけていて、アサルトライフルの一斉射でサザーランド2機を牽制しているのが見えた。

 

 

『こちら林道寺隊、そちらは青鸞さまと護衛小隊で間違いありませんね?』

 

 

 不意に通信パネルに映ったのは、20代半ば程の青年だった。

 おそらくは十文字槍の無頼のパイロットだろう、毛先が少し跳ねた茶髪が混じりの黒髪の青年だ。

 林道寺先哉(りんどうじさきや)、階級は中尉。

 彼と彼の部隊は、実は先程まで中央でコーネリア隊の攻勢を支えていた部隊だった。

 

 

 それがどうして中央から外れた位置にいたのか、それは地滑りを避けるべき司令部から送られたポイント指定に従った結果である。

 偶然の要素が多分にあるものの、それでもこのタイミングでの救援で青鸞達が救われたことには違いが無い。

 

 

『貴様……ッ、邪魔立てするかぁ!!』

『青鸞さま、ここは僕達に任せてこのまま転進を』

 

 

 キューエルの声をあえて無視して、林道寺が青鸞に撤退を勧めた。

 と言うのも、実は彼はある言伝を――実際には、彼以外の将兵にも似たような言伝が与えられているが――司令部から預かっていたためである。

 

 

『片瀬少将閣下がお呼びです、青鸞さまは第19区画へ!』

「第19区画……?」

 

 

 通信で示された撤退の位置に、青鸞は眉を顰めた。

 片瀬直々の言伝もそうだが、この状況で自分が呼ばれる理由が咄嗟には思い浮かばなかったためだ。

 しかし目前で戦闘に入る林道寺にいちいち確認するのは酷だった、仕方なく青鸞は言伝に従い、大和機と共に山本・上原の両名を回収した上で。

 

 

『ま、待て……待て、逃がさんぞ! 青いブライィイイイイイイイイイイイイイッッ!!』

 

 

 その上で、その場からの離脱に成功したのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 藤堂と四聖剣がナリタへと帰還したのは、地滑りが引き起こされた直後のことだった。

 2台のトレーラーでもってブリタニア軍の検問を突破し、自動運転に切り替えた後は後部に移ってキョウトから受領したナイトメア『無頼・改』に乗り込んだ。

 ここから直接戦場に向かう腹積もりであって、出遅れを僅かでも取り戻そうとしてのことだった。

 

 

(ナリタを囲んでの包囲殲滅戦、そして先程の土砂崩れ……)

 

 

 ナリタの圏内に入った段階で、肉眼でも囲みと土砂崩れの様子を知ることは出来た。

 全体としてどうかはわからないが、見る限りではブリタニア軍を狙った物だったように思う。

 事実として土砂崩れは麓まで届き、ブリタニア軍の囲みに乱れを生じさせている。

 

 

『……おお、藤堂……!』

「少将閣下、遅くなりました……!」

 

 

 1度目の通信は通じず、2度目の通信でようやく司令部と繋がった。

 通信の画面に出てきた片瀬は最初どこかぼんやりとした顔をしていたが、藤堂のことを認識すると喜色を浮かべて声を上げた。

 待ち侘びていた、そんな顔だった。

 

 

 それは藤堂にとっては、自分にかけられた期待の大きさを示すものでもあった。

 状況は極めて悪い、土砂崩れによって中央のブリタニア軍はほぼ排除されたが、他の2つの集団については何のダメージも負っていない。

 もしかすれば内部に侵入した部隊もいるかもしれず、事態は一刻を争う状態だった。

 

 

「少将閣下、先程の土砂崩れは……」

『あ、ああ、アレは……おそらく、範囲上の部隊には退避命令を出した、ようだ』

(ようだ……?)

 

 

 片瀬の言葉に不明瞭な部分を感じつつも、藤堂は今は無視することにした。

 それよりも今は戦況を好転させねばならない、敵軍はまだこちらの倍はいるのだから。

 

 

『ブリタニア軍は一時乱れたが、しかしすぐに立て直してきた。おそらく、敵将コーネリアは土砂崩れの影響を受けなかったようだ、指揮系統の乱れが見えない……』

「ですが敵軍の一方面部隊が中央に寄り、包囲に穴が開いています。今こそ、好機……!」

 

 

 流石にコーネリアを倒す所までは行かなかったらしい、しかし包囲の部隊の一部――藤堂は知りようが無いが、それはダールトンの部隊だった――がコーネリア軍のカバーに入りつつあった。

 つまりそこの包囲は今、極端に薄くなっていた。

 藤堂の目から見れば、千載一遇の好機だった。

 

 

『そこで、藤堂。お前に頼みがあるのだ、突破部隊の指揮を委ねたい……頼めるか』

「は、しかし……片瀬少将が執られるのでは。私は殿で敵の抑えに回ろうかと」

『いや、お前に頼みたい。と言うのも、実は……』

 

 

 その後に続く片瀬の言葉を聞いて、藤堂はナイトメアの中で目を見開いた。

 それはそれ程に驚くべき言葉で、作戦だった。

 内心、賛成は出来ないと思ったが……。

 同時に、キョウトにおいて桐原に言い含められたことを思い出した。

 あの老人は、藤堂にこう言ったのだ。

 

 

『枢木の娘のことは、わかっておろうな』

 

 

 奇しくもそれは、片瀬の言葉とダブって聞こえたが。

 しかし込められた想いが全く異なることを、藤堂は知っていた。

 だから、彼は……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ナリタ連山地下要塞の第19区画は、ナリタ連山全体で見ると北西方面に存在する。

 近くには民間居住区などがあり、同時に物資搬入口などもいくつかある。

 地上には第19固定砲台があリ、ナリタでは最も広い地下道を有している場所でもあった。

 

 

「これは……」

 

 

 そこに護衛小隊と共に別の地下道から入った青鸞は、コックピットからワイヤーを伝って降りながら目の前に広がる光景を見つめた。

 気が付けば5時間以上外での戦闘に従事していた青鸞だが、疲労を感じるよりも先に駆け出した。

 機体の整備とエナジーフィラーの交換を整備士達に任せつつ、目的の人物を探す。

 

 

「片瀬少将!」

「おお、青鸞嬢。戻ったか」

 

 

 地下道の開閉用の隔壁に比較的近い位置で何人かの人々に指示を出していたらしい片瀬が、青鸞の姿を認めてほっとした表情を浮かべた。

 青鸞は徐々に速度を緩めつつ駆け寄り、片瀬の傍に寄ると改めて周囲を見渡した。

 

 

「片瀬少将、これは……」

「うむ、見ての通りだ。残存の主力部隊を集めて、民間人を脱出させるつもりだ。敵の包囲に乱れが生じている今こそ好機、今の内に包囲を突破する」

「ナリタを放棄するんですか?」

 

 

 驚いたような声を上げる青鸞に、片瀬は頷いて見せた。

 中央司令部は一時東郷に任せている、片瀬自らが包囲突破・脱出の作戦の指揮を執っていた。

 そして実際、天井の岩盤の低い地下道には10台程のトレーラーと十数機――青鸞達の機体も含む――の無頼が護衛のように並んでいた。

 

 

 片瀬の話によれば、ここにいるのはナリタの民間人の半分程度だと言う。

 つまりおよそ750名、それをトレーラーに分乗させて運ぶ。

 トレーラーの周囲は軍用ジープやトラックに分乗した120名の兵――青鸞の小隊も含む――で囲み、さらに解放戦線に残った最後の無頼13機で囲みながら包囲を突破する。

 片瀬の説明したその作戦に、青鸞は唇を噛んだ。

 

 

「無論、我らはまだ負けてはおらん」

 

 

 そんな青鸞の様子を見たからか、片瀬はそんなことを言った。

 気休めにしかならない、そんな言葉。

 だが現実は敗走だ、日本解放戦線はブリタニア軍の攻勢を支えきれなかった。

 今一息吐けているのは、あくまで地滑りで敵軍が混乱したからだ。

 

 

「そういえば、先程の地滑りですけど……アレは、司令部が極秘に地下に爆弾でも?」

「う……む。そう、だったかな……?」

「……?」

 

 

 片瀬は、地滑りの件に関しては妙に歯切れが悪かった。

 瞼を揉むようにしながら眉間に皺を寄せるその姿は、どこか考えると言うよりは堪えると言った方が正しいように思えた。

 青鸞が不思議そうに首をかしげていると、片瀬は「それよりも」と話を変えた。

 

 

「この総勢1000名近くの者達に、お前もついていて貰いたい」

「……それは、つまり」

 

 

 青鸞に、逃げろと言っているのだろうか。

 大勢の仲間が残っている場に背を向けて、1人逃げろと。

 彼女がそう視線に込めて片瀬を見つめると、片瀬は苦笑を浮かべた。

 

 

「勘違いするな、お前をつけるののには打算的な理由もある」

「打算、ですか」

「そう、お前はキョウトの女だ。お前がいればキョウトは彼らを見捨てないだろう、そう言う狙いもある。決してお前を逃がそうと画策してのことでは無い、それに私も残りの半分を率いて別の方面から脱出を指揮せねばならん」

 

 

 なるほど、と、青鸞は納得した。

 自分で言うのもアレではあるが、自分は枢木家の当主である。

 名前だけとは言え、明確に見捨てはしないだろうと思う。

 もちろん、そこに頼りすぎるのも怖い話ではあるが。

 

 

 それに、確かにまだ残り750名の民間人を逃がす指揮官が必要なのもわかる。

 こちらの指揮官が誰になっているかはまだ知らないが、残り半分を片瀬が率いるというならそれはそれで納得のいく話ではあった。

 少なくとも、理屈の上では。

 

 

「ナリタは滅ぶかもしれんが、日本は滅びん。断じて、滅びはしないのだ」

 

 

 片瀬の言葉は、その意味で青鸞の精神を支えるものだった。

 確かに、ナリタ連山は日本解放戦線の本拠地ではあったが……拠点は、他にもある。

 ここを凌げば、まだ何とか組織を立て直すことも不可能では無いはずだった。

 その意味でも、キョウトとの関係の保証書のような存在である青鸞は重要だった。

 

 

 だから、青鸞は片瀬の言葉に頷いた。

 それぞれのトレーラーの後部荷台に、ぞろぞろと乗り込んでいる民間人の人々を見つめながら。

 パイロットスーツに覆われた掌を、ぎゅっと握り締めたのだった。

 そしてそんな彼女を、片瀬は目を細めて見つめている……。

 

 

「青鸞さま!」

 

 

 その時、明るい声が耳に届いた。

 ふと顔を上げて声のした方を向けば、そこにはこちらへと駆けて来る割烹着姿の少女が見えた。

 雅だ、彼女の後ろには藤堂道場の少年少女達が並ぶトレーラーも見える。

 そして袴姿の少年達に囲まれるようにして、今朝子供を産んだばかりのあの母親の姿も見えた。

 

 

 彼女の手には布にくるまれた赤ちゃんらしき包みもあって、青鸞は初めて表情を緩めた。

 他にも、彼女と面識のある民間人の姿を何人も確認することが出来た。

 先々月にブリタニア軍に潰された村から連れてきた人々や、愛沢や子供達……。

 

 

「……そうだ」

 

 

 逃げる、とは言え、その逃げると言う行為がどれほど困難か。

 青鸞は改めて自分に渇を入れた、動揺しているとはいえブリタニア軍の囲みを抜けるのだ。

 おそらく、相当な苦労を強いられることになるだろうと思う。

 

 

「微力を尽くします、片瀬少将」

「うむ、合流地点でまた会おう」

「はい」

 

 

 青鸞が頷いた時、彼女の目の前に節くれだった手が差し出された。

 それが片瀬の手だと気付くのに、数秒を要してしまった。

 そして握手を求められているのだと気付いたのは、そこからさらに数秒後のことだった。

 

 

「無事に、脱出を」

「は、はい……片瀬少将達も」

「…………うむ」

 

 

 肯定の頷きまでに間があったことを不思議に思いつつも、青鸞は片瀬と握手をした。

 片瀬の手は、想像していたよりもずっと骨ばっていて冷たかった。

 それでも痛いくらいに気持ちを込めて握ってくるので、青鸞は内心で片目を閉じる心地だった。

 空気が重いためか、どうも最後の別れみたいな気がして妙な気分だったが。

 

 

「……日本を、頼むぞ」

「え?」

 

 

 青鸞が聞き返すように顔を上げる、直後に彼女は口を閉ざした。

 少将に握手を求められると言う異例の事態もそうだが、彼の顔が。

 片瀬の顔の堀が、光の加減のせいかより深く見えてしまって……それでも、青鸞は何かを言おうとした。

 だが、何を言おうとしたのかは良く覚えていない。

 

 

 何故ならその直後、開閉側の隔壁が轟音を立てて崩れ落ちたから。

 

 

 外から内へと爆風が吹き荒れて、隔壁の一部が瓦礫となって風の乗って地下道の中へと吹き飛んできた。

 床を跳ね壁にぶつかり、トレーラーの一台に直撃してそれを横転させた。

 響き渡る人々の悲鳴と、兵達の怒声――――。

 

 

「――――ブリタニア軍!?」

 

 

 崩れた隔壁、つまり地下道の出口側に数機のサザーランドの姿を認めて青鸞が悲鳴のような叫び声を上げる。

 今、自分達は限りなく無防備に近い状態だ、だから。

 だから侵入してきたサザーランドがその肩にロケットランチャーを担いでいるのを見た時、本気で血の気が引くのを青鸞は感じた。

 

 

「いかん!! 総員――――」

 

 

 片瀬の声が飛ぶより、護衛の無頼が動くよりも先に。

 サザーランドのロケットランチャーが、地下道の中に打ち込ま――――……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 気を失っていたのは、ほんの数十秒から数分のことだったろうと思う。

 しかし次に目を開いた時、そこには地獄が広がっていた。

 濛々と立ち込める土埃、崩れた岩盤に横転したトレーラー、悲鳴と怒号……。

 

 

「……片瀬少将!?」

「む……あ、ああ……」

 

 

 がばっ、とそれでも彼女が身を起こしたのは、自分の横に膝をついている片瀬の姿を認めたからだ。

 額に脂汗を光らせ、目を閉じて、軽く唸っている様子の片瀬。

 身を起こして、しかし青鸞が手を止める。

 片瀬がついた膝の先、そこに赤い水溜りが見えたためだ。

 

 

「少将……!」

「……騒ぐな、見た目は派手だが大した傷では無い。それよりも……」

 

 

 重低音の片瀬の声に促されるように視線を巡らせれば、片瀬よりも危機的な状況にいる者達の姿が見えた。

 横転したトレーラーや落ちてきた岩盤の一部に身を押し潰された者もいて、子供の泣き声も聞こえる。

 つい先日まで、貧しくとも笑っていた人達が。

 

 

「行け……そして、作戦を完遂するのだ。そう、お前達が脱出するための「作戦」を……」

 

 

 片瀬の視線に圧されるようにして、青鸞は立ち上がる。

 片瀬自身も幕僚の肩を借りるようにして立ち、ゆっくりとした足取りで奥へと歩を進めていく。

 その背中を見送る青鸞、地下道の崩落も収まっている様子だった。

 そして片瀬は……片瀬達は背を向けていたから、青鸞には見えなかった。

 彼らの瞳が、僅かながら赤い輝きを放っていたことに……。

 

 

「……そうだ、皆は?」

 

 

 いつまでも見送っているわけにもいかない、先の衝撃の状況を確認しなければ。

 どうやら侵入してきたのは僅かなナイトメア部隊だけだったらしく、外から逆侵入してきた味方の部隊によって駆逐されたらしい。

 

 

 ただ、サザーランドを駆逐したのは見覚えの無い機体だった。

 無頼に似ているようだが、どこか違うようにも思う。

 しかしそれにばかり意識を向けてもいられず、青鸞は駆けた。

 まず途中で雅を見つけて、愛沢や彼女が面倒を見ていた子供達を見つけて、たくさんの人が思ったよりも無事だったことにほっとして、そして……。

 

 

「――――あ……」

 

 

 そして、見つけた。

 見つけてしまった、見たくないもの。

 見たく、無かった。

 

 

「おい、何か杭的なもん持って来い!」

「それより重機とかナイトメアだろ、早くしないと……!」

「渡辺さん! 渡辺さん! いやあぁああああぁっ!!」

 

 

 自分の呼吸が荒さを増すのを、青鸞は自覚した。

 そこでは、胴着姿の少年達が横転したトレーラーを何とか動かそうとしていて、同じ格好の少女達が泣きながら悲鳴のような声を上げている。

 彼らの間、トレーラーと岩の隙間に杭を差し込もうと頑張っている少年達の間に見えてしまっていた。

 

 

 フラつくような足取りで近付いて、しかし周囲の声は耳に届かなくなっていく。

 そして、目の前で膝をついた。

 渡辺と呼ばれた女性、うつ伏せに倒れたその人の前で青鸞は崩れ落ちた。

 差し伸べた両手は、震えるばかりで何も掴むことが出来ない。

 

 

「……ぁ、あ……ぅ……」

 

 

 唇からは、意味の無い音しか出ない。

 渡辺と言う名の女性の手の上には、厚手の布にしっかりとくるまれた小さなものがある。

 その布の中からは、空気を引き裂くような泣き声が響いていた。

 無傷だった、きっと、守られたのだろうと思う。

 

 

 母親に、庇われたのだろうと思う。

 しかしその母親、渡辺は、生まれたばかりの子供を少しでも前に押し出そうとした体勢のままで。

 ……腰から下が、トレーラーの荷台の下に消えていた。

 どうなっているのかは見えない、だが、腰の左側が不自然に陥没している様子だった。

 電気信号の反射のみで、指先や肩がピクピクと動くばかりの存在。

 

 

「あ、あ……」

 

 

 ――――何て言えば良いのと、青鸞はある少年に問うた。

 そして今、その疑問が再び彼女の心を覆っていた。

 本当に、何と言えば良いのだろう。

 この子に、この産まれたばかりの赤ちゃんに、母のことを何と伝えれば良いのだろう。

 

 

 ブリタニア軍の攻撃で吹き飛んだトレーラーに内臓を潰されて、血反吐に塗れて死んだ母のことを。

 この子に、何と言って聞かせれば良いのだろう。

 それでもあの少年は言うのだろうか、解放戦線が降伏すれば良かったのだと。

 この子を前にして、そんなことが言えるのだろうか。

 子を産んだ直後、あんな顔で微笑した母の死を……自業自得だと言うのだろうか。

 

 

「青鸞さま! しっかりなさってください!」

「……っ!?」

 

 

 肩を強く掴まれて、ようやく青鸞は現実へと意識を戻した。

 振り仰いで見れば、そこには雅がいた。

 厳しい表情を浮かべている、当然だろう、そして周囲の道場の子達も救助を諦めた様子だった。

 

 

 叫びたかった。

 喚きたかった。

 嘆きたかった。

 泣きたかった。

 怒りたかった。

 

 

 だが、それのいずれも選択できなかった。

 望まれていなかったから、自分以外の全ての人間がそうしたかったはずだから。

 見れば、目の前の母親以外にも似たような状況に陥っている者はいるのだ。

 死んでいる者はまだマシだったかもしれない、だが両足を瓦礫に潰された人間の叫びなど、戦友の頭が無くなるのを見た兵の叫びなど、子供を岩の下に失った父親の叫びなど、聞けたものでは無かった。

 

 

「み、雅……雅、雅!!」

「はい、はい! 雅はここです、ここにいます!」

「……うごけない……!」

 

 

 情けない声で、青鸞は助けを求めた。

 身体が、弛緩したように動かないのだ。

 動かねばならないと頭が理解しているのに、指先が震えるばかりで何も出来ない。

 

 

「……御免!」

 

 

 分家の少女は本家の少女を救った、頬を張るという形で。

 乾いた音と共に青鸞の身が横にズレる、その勢いを利用して青鸞は身体を起こした。

 膝を立てて手を動かし、トレーラーの下敷きになって動かなくなった母親の手から赤ちゃんを奪う。

 布にくるまれた赤ちゃんは、それを知ってか泣き喚いていた。

 

 

 青鸞はそれを雅の腕の中に押し付けた、先に行くように促す。

 周囲の道場の後輩達に対しても同じだ、肩を叩き背を叩き、無事なトレーラーに何とか乗り込むように押し出す。

 今や地下道はパニックに近い状態だ、我先にと無事なトレーラーに人々が押し寄せているのが見える。

 そして青鸞自身はと言えば、弛緩から解かれた身を何とか動かして奥へと向かおうとしていた。

 

 

「青鸞さま、どこへ!?」

「……その子、お願い……!」

 

 

 その瞳は、どこか焦点が合っていない。

 据わった眼差しで足を動かして、もつれながらも奥へと進んだ。

 据わった目で歯を食い縛り、人々の流れに逆らうように向かう先には。

 

 

 どんっ……と、何か厚いものにぶつかった。

 ぶつけた顔を右手で押さえつつ、青鸞は前を睨んだ。

 しかしその顔に、僅かながら理性の色が戻る。

 

 

「――――草壁中佐!?」

「どこへ行くつもりだ、小娘」

 

 

 そこにいたのは、草壁だった。

 周囲にパニックに陥った民間人が走り回っている中、男と少女が2人だけ停止している。

 見れば、草壁も無傷では無く……軍服の所々が破けていた。

 彼もまた、雷光と言う機体を失ってこのポイントへと呼ばれたのである。

 

 

「どこへ行くつもりだと聞いている、何をするつもりだ」

「どこへ、何を……」

 

 

 呆然としていた青鸞だが、しかし下がった一歩を再び前へと進めて。

 

 

「ぶ……無頼に戻ります、まだ動きますから。それで……」

「それで?」

「だ、脱出を、手伝います。それから、無頼で瓦礫の除去やトレーラーを戻して、助けられる人を助けて、それから」

「それから?」

「そ、それから……それから、それから」

 

 

 ――――コロシテヤル。

 音は無い、だが少女の唇の形がそう歪むのを草壁は見た。

 額から流れる血を拭うこともせず、彼は青鸞を見ていた。

 青鸞の視線は一時後ろへと向き、遠くに倒れるサザーランドの残骸を見て、そして。

 

 

「こ、殺す……殺してやる、殺してやる――――殺してやるっっ!!」

 

 

 絶叫。

 頬を掻いた両手の指、その爪先が頬を切って僅かな血を流させる。

 それは、どこか涙のようにも見えた。

 

 

 青鸞の胸には、確かな憎悪と殺意と憤怒があった。

 それはスザクに感じたものとはまた違う、もっと漠然とした、救いようの無い感情だった。

 よくも、よくもよくもよくも、よくもよくもよくもよくもよくも――――よくも!

 ブリタニアへの憎悪、ブリタニア軍への殺意、ブリタニア人への憤怒。

 

 

「よく、よくも……よくも、ブリタニア。よくも、ボクの、よく……今日、会った、産まれた、ばかり。なのによくも、よくも、畜生、畜生、畜生、ちきしょう……!」

「…………」

「み、皆、ブリタニアの奴ら、殺してやる、殺してやりたい……何度も、日本を、よくも。だから、(ワタシ)、ボク……こ、殺してやる。皆殺しにして、後悔させて……!」

 

 

 ――――堕ちる。

 自分がどこか昏い場所へと堕ちていくのを、青鸞は自覚した。

 しかし止められない、止まらない、どうしようも無かった。

 だって、彼女はいよいよ本気でブリタニアを憎んで。

 

 

 そんな少女の肩に、草壁は手を置いた。

 置かれて、青鸞は顔を上げた。

 いつも以上に近い位置にいた巨漢の男に、僅かに目を見張る。

 

 

「……良く言った」

 

 

 重く低い声で、草壁は頷いて見せた。

 良く言ったと、それでこそだと。

 それは、草壁が初めて青鸞にかけた肯定の言葉だった。

 支持の言葉だった、だから青鸞は虚を突かれたような顔で草壁を見上げる。

 

 

 草壁の瞳が、見たことも無い程に澄んでいて……青鸞は、口を噤んだ。

 そんな青鸞に、草壁は再び頷きを返す。

 しばしの間、男と少女が視線を交わした。

 

 

「……耳を貸せ、策がある」

「え、あ……はい」

 

 

 やはり虚を突かれて、青鸞は素直に頷いた。

 顔を僅かに横に動かし、耳を近付けるようにしつつ背筋を伸ばして。

 そこへ、草壁が口を寄せた。

 

 

「――――馬鹿者が」

「え?」

 

 

 青鸞は、鈍い音を聞いた。

 それが自分の身体から発せられた物だと気付いた時には、地面に両膝を揃えて落としていた。

 身体を支えることが出来ず、腹部からジンジンと広がる痛みに呻きながら頬を地面に押し付ける。

 気付けば崩れ落ちるようにして、倒れていた。

 

 

 僅かに動く顔を動かせば、自分を見下ろす草壁がいた。

 掠れる視界の中で、草壁がどんな顔をしているのかは見えない。

 ただ、青鸞の目尻に薄い雫が浮かんで……何かを、言おうとして。

 ――――彼女の意識は、そこで途絶えた。

 

 

「……ふん」

 

 

 草壁は倒れた青鸞を見下ろし、鼻を鳴らしていた。

 馬鹿な小娘が、と、心の底から思っていた。

 

 

「その娘が目覚めたら、伝えておけ」

 

 

 これまで姿を消し、今忽然と姿を現した男に草壁は言った。

 倒れた青鸞を助け起こし、姫抱きにした彼の名は三上秀輝。

 枢木本家を守護する家系の青年、キョウトの人間だ。

 草壁はその男に興味の無さそうな視線を向けると、背を見せて歩き出した。

 

 

「貴様如きの憂さ晴らしに日本を付き合わせたら、この草壁が承知せんとな……!!」

 

 

 青鸞の細い身を両手で抱いた三上は、その黒い瞳を草壁の背に向けて。

 

 

「……何処へ」

「知れておるわ、戯けめ」

 

 

 一度だけ振り向き、三上の腕の中で脱力する青鸞を見て、草壁は。

 

 

「……無頼に、空きが出たからな」

 

 

 いつものように、鼻を鳴らして笑ったのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「どこだ、どこに行った、青いブライ……!!」

 

 

 突然の地滑りで混乱する戦場、キューエルは未だその中をほぼ独力で駆けていた。

 機体のエナジーは残り30%を切っていて、計器による警告もそろそろ成されるだろうと言う時だ。

 林道寺隊は時間稼ぎの後、チャフスモークを利用して巧妙に撤退して見せた。

 キューエルの傍には2機のサザーランドが従うようについてきている、こちらはキューエルに引っ張られてと言う印象が強い。

 

 

 一方、通信によればジェレミア隊の方は壊滅したらしいと聞いている。

 だがもはやキューエルにとってジェレミアなどどうでも良い、ただ己の名誉の回復のみを求めていた。

 それがひいては家族や妹の立場を強化することにも繋がる、彼も必死だった。

 渋る部下を引き連れて、ナリタの山の中を駆け続ける。

 

 

『……キューエル卿、アレを!』

「むぅ!?」

 

 

 その部下の声に顔を上げると、1キロ程先の山の斜面で大きな爆発が起こるのが見えた。

 サクラダイト特有の桜色の閃光が一瞬だが確認できた、まるで穴を広げるかのような爆発が山の内部から起こったのだ、何かあると確信を持つには十分だった。

 加えて、サザーランドに入る味方の通信。

 

 

『こちら北西方面部隊! ナリタ内部から、敵軍が……!』

『内部に侵入したサザーランド隊は壊滅した模様、予備部隊を中央へ回したため、こちらは手薄だ! 至急、救援を請う! 救援を――――ッ!!』

 

 

 キューエルはそれを聞いて唇を歪めた、どうやらイレヴンのネズミ共は堪らず外に出てきたらしい。

 奴らは脱出するつもりなのだ、もしそうなら。

 あの青いブライも、きっとそこにいるはずだ。

 

 

「良し! 我らも向かうぞ!」

『は、はっ、し、しかしキューエル卿、我々の機体のエナジーも限界』

「まだ3割ある! それだけあれば十分だ、友軍の窮地に弱音を吐くな!」

『『い、イエス・マイ・ロード!』』

 

 

 操縦桿を前に倒してフルスロットル、最大戦速でキューエルとその部下は現場へと向かった。

 サザーランドの機動は軽い、キューエルの技量と感情が乗り移っているかのようだった。

 事実、彼は今度こそ逃がさないと言う意気込みで現場へと向かっていた。

 

 

 そして、後にナリタ攻防戦の名で歴史の教科書に載ることになる戦いは最終局面に入った。

 ここから先には、英雄譚は存在しない。

 ただ、戦争と言う人類の共同作業の一つが展開されるばかりだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 まずは地下道出口の敵を排除する、中央の混乱が収拾されきっていない今ならば大した戦力では無い。

 包囲網が全体的に薄くなっている今がチャンスであって、だからその点において藤堂は土砂崩れを起こした者を信頼していた。

 これだけ大規模な仕掛けをするような人間、そうそういるものでは無いが……。

 

 

「民間人を逃がすことが最優先だ……すまないが、お前達の身の安全を考えて策は練れん、許せ」

『大丈夫ですよ、藤堂さん。自分の身の安全くらい自分でどうにかします』

『ええ、甘く見ないでください』

 

 

 朝比奈と千葉の返答に僅かに笑った後、自ら乗り込んだナイトメアの中で藤堂は目を鋭く細めた。

 今の会話をしている間にも、彼は機体の刀を振るって逃走ルート上にいるサザーランドを1機両断していた。

 無頼改、通常の無頼の頭に長い飾り房をつけたような形状のその機体を駆って。

 

 

「――――時間を置けば敵の本隊・予備隊が戻ってくる、それまでに活路を見出す。斬って斬って斬り通れ!!」

『『『『承知! 我ら四聖剣の誇りに懸けて……!!』』』

 

 

 撤退戦、それも民間人を抱えての撤退戦だ。

 血の滲むような、泥と汗に塗れるような無様な戦いになるだろう。

 だが、ここに兵士と言う救い難い人間達の微妙な心理が働く。

 それは、あえて言葉にするのであれば……人殺しを生業とする職業、軍人、それに携わる者がある意味で最も甘美な興奮を覚える一瞬。

 

 

 無辜の民を守り、戦う、その時に兵が感じる昂揚感だ。

 通常、前線で戦う兵士には守るべき市民の姿が見えない。

 当たり前だ、映画や特撮でもあるまいし市民の前でショーのように戦争する者はいない。

 だが市民を保護しての撤退戦は別だ、兵達の傍には守るべき市民がいて、兵が倒れれば彼らは死ぬ。

 守るべき市民を背にした時、彼らは兵士からただの人間になる……弱者を守りたいと願う強者に。

 

 

「先頭は我らの隊で斬り開く、残りは保護民を乗せたトレーラーを囲みつつ紡錘陣を敷け。殿(しんがり)は野村の隊に任せる……()くぞ!」

『『『『承知!』』』』

 

 

 キョウトから受領したばかりの機体を駆る藤堂と四聖剣、その彼らの後に続くように地下道から次々とトレーラーが出てくる。

 整備されていない山道を必死に走り、ナリタ北西の方向に真っ直ぐ進む。

 その先に何があるわけでは無いが、そこが最も包囲の薄い所なのだ。

 

 

 もちろん、薄いとは言えブリタニア軍が撤退行をみすみす見逃すはずも無い。

 地下道から出て、森を抜けて渓谷を通り、走破しようとする彼らを逃がす程優しいわけは無い。

 脱出に気付いた部隊が、順繰りに襲い掛かってくる。

 

 

『イレヴンを逃がすな、ここで逃がせばコーネリア殿下の顔に泥を塗ることになるぞ!』

『おお、穴倉から出てきたネズミはここで殲滅してやるぜ!』

 

 

 藤堂達は道を開くために先頭にいる、他については気が回らない。

 だから側面から襲い来るサザーランドなどについては、自力で何とかして貰う他無い。

 そして襲いかかってきたサザーランドがスラッシュハーケンを放ち、後部の荷台の中央を抉る。

 運転手の兵士は必死に列の外側に向けてハンドルを切り、他を巻き込まないよう努力した。

 それでもバランスを崩し、横転、黒煙を吐きながら2台の軍用ジープを巻き込んで転がった。

 

 

 転がった、と一口に言っても、そこには生きた人間が乗っているのである。

 その横を擦り抜ける他のトレーラーの運転手は、トレーラーから投げ出される人々を見た。

 身体の一部を欠損しながら地面に落ち、後続車両に轢き潰される者もいる。

 しかしそうした屍を乗り越えてでも、全体を生かすために走り続けなければならなかった。

 

 

「く……!」

 

 

 1台のジープがそれを見て止まった、投げ出された人々の中には生存者もいたためだ。

 義侠心に駆られた者達が救援に行くのも、無理は無いだろう。

 だが、往々にして。

 

 

『馬鹿野郎、止まるな!!』

「しかし! うあ……!?」

 

 

 通信機に向かって運転手の男が叫んだ時、彼らの目の前に薄紫の装甲を持つナイトメアが屹立した。

 先程、トレーラーを破壊したサザーランドだった。

 車体を掴み身を仰け反らせる彼らに、そのナイトメアはアサルトライフルの銃口を向けた。

 彼らごとトレーラーの人々を吹き飛ばす気だ、と気付いた次の一瞬。

 

 

 サザーランドのアサルトライフルに、対戦車砲のロケット弾が直撃した。

 ヨロめくサザーランド、その目前にいるジープの後ろを別のジープが走り去って行った。

 後部座席に立った男の手には弾を失った対戦車砲があり、それを肩から下ろしつつ彼は舌打ちした。

 

 

「狙撃兵の仕事じゃない……」

『わぁってるよ、無茶言ってるってのはな』

 

 

 同じような声が、後方からカバーに来た無頼の中から響く。

 側面から次々と湧いて出るナイトメア部隊に、民間人を乗せたトレーラーや軍用のジープやトラックが次々と餌食にされていく。

 所々で起こる爆発、悲鳴……しかし、一つ一つについてかかずらわってはいられない。

 幸い、戦車や砲撃などは無いので……ナイトメア部隊さえ振り切れれば何とか、と言う状況だった。

 

 

『藤堂さん、後続の車両が!』

「わかっている、だが……!」

 

 

 無傷で抜けれるなどとは思っていなかったが、それでも犠牲が大きすぎる。

 だからこその朝比奈の声だったのだが、先頭を行く藤堂た達にも余裕は無いのだ。

 立ち塞がる敵ナイトメアを斬り伏せ、進路上に戦車や装甲車があればこれを排除する。

 それで手一杯だ、これ以上のことは出来ない。

 「奇跡の藤堂」も、万能では無いのだ。

 

 

(だが、せめて……!)

 

 

 1人でも多く、と、目前のサザーランドのランスを潜り抜け、無頼改の刀の刃を胸部に突き込みながら藤堂は奥歯を噛む。

 刃を引き抜き、そして押し出して進路上の外で爆発させる。

 その閃光に目を細めながら、藤堂はなおも後続を気にしていた。

 

 

(せめて、青鸞は……!)

 

 

 二重の意味で、藤堂はそう思う。

 まず第一は、彼女が生存する限り撤退者を保護すると言った桐原の言を信じて。

 そして第二は、自分が真実を話さないために引き込んだことに負い目を感じて。

 

 

「だから、ここは――――……!」

「ここは、死守するぞ!!」

 

 

 先頭の藤堂の言葉に被せるように叫んだのは、野村恭介(のむらきょうすけ)と言う将校だった。

 20代後半、黒髪に灰色がかった瞳を持つ男だ、「逃げの野村」と呼ばれる撤退戦のエキスパートである。

 彼は最後尾にあって無頼を駆り、アサルトライフルを部下と共に斉射していた。

 逃げのエキスパートとは言え、流石にこの窮地には逃げ一手ではどうしようも無い。

 

 

「命あっての物種とは言え、これはキツいな……」

『馬鹿者共め、この程度で怯むで無いわ!!』

「……草壁中佐ッ! その機体は……!」

 

 

 その時、側面前方から下がって来た機体があった、濃紺の無頼である。

 右のランドスピナーの調子が悪い様子だったが、トレーラーの群れの速度程度ならついてこれるらしい。

 武装は全て失っているが、無頼用のアサルトライフルを所持している。

 

 

「ふん、小娘のサイズでは聊か手狭だが……」

 

 

 本来は青鸞専用の小さなシート、草壁の巨体では収まりきらなかった。

 背もたれにはもたれられない、シートの枠は草壁の肩甲骨のあたりで止まっている。

 嫌が応にも、そこに本来座っていた操縦者の小ささを思い知らされる。

 それ程に、草壁にとってはそのシートは小さかったのだ。

 

 

 そう、小さい。

 あまりにも小さすぎて、腹立たしくなってくる程に。

 こんな小ささで、いったい何が出来ると言うのか。

 本当に、あの少女は。

 

 

「温いわあああああああああああぁぁっ!!」

 

 

 ライフルの弾幕を縫って接近してきたサザーランド、その腹部装甲に濃紺の無頼の左拳が叩き込まれた。

 裂帛の気合いの乗った拳、だが強度がついてこれなかった。

 無頼の左拳が砕け、部品が弾け飛ぶ。

 しかしそれで離れたサザーランドに、草壁はアサルトライフルの弾丸を叩き込んだ。

 

 

「ふん、小娘のように柔な拳だ……!」

 

 

 マニュピュレータが砕けたことを報告してくる小五月蝿いモニターを殴打で止めて、草壁は鼻を鳴らした。

 やや乱れの見えるメインモニターには、こちらを追撃してくる敵軍の姿が見える。

 そして、その時。

 

 

『野村隊長、新手が!』

「何!?」

 

 

 それまで撤退行の最後衛に敵の接近を許さなかった彼らだが、全体から見て右斜め後ろの位置から別の一隊が突入してきたのである。

 サザーランドが3機、それはキューエルの隊だった。

 キューエルが来た時、撤退行に参加した車両はその3割を喪失していた。

 

 

「見つけた、青いブライイイイイイイイイイイイィッッ!!」

 

 

 操縦桿を前に倒し、キューエルのサザーランドが疾走する。

 彼のサザーランドは無頼のアサルトライフルの弾丸を巧みに回避しつつ、無頼を上回る速度で野村の隊に接近した。

 スラッシュハーケンで右端の無頼のアサルトライフルを吹き飛ばし、怯んだ所をランスで貫いて粉砕する。

 

 

『北村ぁ!!』

 

 

 野村が脱出すら出来ずに爆発に呑まれた部下の名を呼ぶが、当然返答は無い。

 一方でキューエルは、もちろんそこで止まるほどやる気の無い騎士ではなかった。

 そのまま流れるような動きで疾走を続け、最後衛の部隊の脇を抉るように突撃をかけてくる。

 と言うより、むしろ濃紺の無頼に乗る草壁を目掛けて突撃しているようにすら見える。

 

 

「ぬ、何だ貴様はぁ……!」

『シネエエエエエエエエエエエエェェッッ!!』

 

 

 草壁としては知りようの無い話だが、キューエルが青鸞の機体に持っている執着は並みでは無かった。

 そんな執着は、しかし草壁にとってはまさに関係の無い話であって。

 よって彼は彼で、己の信念に基づいて迎撃の構えを取ることになる。

 

 

「ブリタニアの犬めがああああああああぁっっ!!」

『イレヴンンンンンンンンンンンンンンンッッ!!』

 

 

 これが、日本解放戦線の撤退戦。

 高速で移動しながらの戦闘、時間を経るごとに犠牲は増えていく。

 特に日本解放戦線側の犠牲はブリタニア軍の10倍の速度で加速度的に増えていくが、だからと言ってブリタニア軍が痛みを感じていないわけでは無い。

 

 

 しかし、足りない。

 

 

 ナリタ連山北西方面、山々を抜ける渓谷に一行は差し掛かる。

 両側の崖は高く、下の道はトレーラー3台分の広さしかない。

 よってブリタニア軍もここでは側面からの攻撃は出来ず、だからこそ解放戦線のルートになっているのだが。

 だがブリタニア軍の方が速度が上なため、このままでは逃げ切れない。

 

 

「このままでは……!」

 

 

 先頭にあって、全ての状況を最も理解しているだろう藤堂は苦い顔を浮かべた。

 そう、このままでは逃げ切れない。

 それがわかっているから、だから彼は。

 

 

 

『違うな、間違っているぞ――――藤堂鏡志朗』

 

 

 

 突然響いた通信に、藤堂が目を見開く。

 そのマイク越しのような特殊な音声、言葉遣い、威圧感。

 それは、まさにあの。

 

 

 その、次の瞬間。

 日本解放戦線側の最後尾――キューエル達を含めて――が渓谷に完全に入った、その瞬間。

 渓谷両方、その崖が中ほどで桜色の爆発が起こった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 その爆発の衝撃は、地滑りに続く第2の衝撃をブリタニア軍に与えた。

 日本解放戦線の一行に肉薄しつつ入り込んだ一部の部隊はともかくとして、後半の追撃部隊についてはそうだった。

 具体的には渓谷の両崖に埋め込まれたサクラダイト爆雷、その爆発の結果が。

 

 

『な……何だ、何が起こった!?』

『前進部隊と連絡は!』

『今……いや、待て、アレは何だ!』

 

 

 渓谷の入り口を塞いだ――数機のサザーランドを巻き添えに――土砂の前で、後から追撃をかけてきたサザーランド部隊は停止せざるを得なかった。

 ナイトメアならば登れない程ではないにしても、やはり足止めはされる。

 まして、崩れ落ちた土砂の上に別の存在が並んでいれば……。

 

 

「ここは元々、日本解放戦線の訓練キャンプがあった場所だ……まぁ、俺も司令室で地図を確認するまでは知らなかったが」

 

 

 地下道の位置、兵力の配置、ブリタニア軍の状態、そしてルート選定。

 その全てを頭脳一つで行い、そして的中させる、それが出来るだけの能力がある。

 この手の読みにおいて、彼はかなり高度な才能を有していた。

 

 

「しかしサクラダイト爆雷とは、誰を訓練していたキャンプかは知らないが……設定した奴は大した鬼教官だな」

 

 

 コックピットシートに肘を立てながら、その男は笑った。

 暗い笑みだ、己の策が的中した時特有の笑みだった。

 そんな彼の前には、ブリタニア軍のナイトメア部隊合計12機。

 これ以上の援軍はおそらく、無い。

 だから。

 

 

 だから、黒髪の少年……ルルーシュ=ゼロは、自分の無頼の腕を軽く上げる。

 その次の瞬間、彼の乗る無頼の横に並んだ5機の無頼がアサルトライフルを構えた。

 それに目を細め、そして――――腕を下げた。

 

 

「出来ればコーネリアを押さえたかったが、白兜のガードがあっては流石にな。紅蓮ならば対抗できる可能性もあるが……」

 

 

 メインモニター、無頼ともサザーランドとも違う異なる形状をした真紅のナイトメアが戦場を駆けている。

 直立してもやや身を屈めたような、どこか幅の長さを感じる独特のフォルム。

 特徴的なのは、赤い波動を放つ右腕の長大な銀の爪。

 

 

 純日本製ナイトメアフレーム、紅蓮弐式。

 紅月カレンの駆るその機体は、無頼の援護射撃を受けながらも12機のサザーランドを駆逐していく。

 一騎当千、まさにその言葉こそが相応しい。

 ルルーシュ=ゼロの目から見ても、あの機体なら白兜……ランスロットと正面から打ち合えるだろうと思うのだが。

 

 

「……これで貸し借りは無しだ、青鸞。後は自分達で何とかするんだな」

 

 

 彼らの名は、黒の騎士団。

 ナリタ攻防戦に介入し、ブリタニア軍がこの戦いで受けた損害の実に9割を生み出し、そして日本解放戦線と保護民間人の逃走に力を貸した義侠の集団。

 ……と、言うことに、今後なるのだろう。

 

 

 しかし、そんなルルーシュ=ゼロもいつまでもここに留まるつもりは無かった。

 何故なら彼は、知っていたからだ。

 保護した民間人と少数の部隊を包囲網の外に散らせた後、ナリタに残った日本解放戦線が何をするつもりなのか。

 ルルーシュは、知っているから。

 

 

「良し、もう十分だ! 条件はクリアされた、黒の騎士団、転進する!!」

 

 

 そして、この後。

 ナリタ攻防戦の最後の局面が訪れることになる、そしてそれこそが最大の局面でもある。

 それは、それは――――……。

 

 

 それは、覚悟だ。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 片瀬と言う男の生涯は、一勢力を率いた軍人としては聊か凡庸なものだ。

 士官学校は出ているが席次は45番、取り立てて目立つような人間ではない。

 元々前線に立つような人間では無く、後方を担当することの方が多かった。

 7年前の戦争でも前線に配置されることは無く、後方にいた。

 

 

 戦後、彼が日本解放戦線のトップに据えられたのは先に言った通り、彼の階級が最も高かったからだ。

 何しろ中将以上の人間は戦犯としてブリタニアに捕らえられていたし、他の少将級の人間は基本的に自前で組織を立ち上げることの方が多かったのだ。

 最終的に片瀬の組織が残ったのは、ひとえに藤堂の存在が大きい。

 

 

「藤堂達は、ナリタの本山の範囲内から出たか……」

「はい、2分ほど前に」

 

 

 そして今、片瀬はナリタの地下要塞の司令室にいた。

 負傷した身体を引き摺るようにして、端末の前に立っている。

 周囲には東郷を含む幕僚団もいる、彼らは片瀬の後ろに整列するように立っていた。

 片瀬は彼らを一度だけ省みると、困ったように眉を顰めて。

 

 

「お前達まで付き合う必要は無いのだぞ」

「いえ、我ら幕僚団。最後まで閣下のお供をさせて頂きます」

 

 

 どうして残り750名の民間人を連れて脱出しているはずの彼らがここにいるのか、理由はいくつかある。

 まず、前提条件が違うのだ。

 青鸞に言った、脱出させるべき750人など存在しない。

 これは地下道を守っていた草壁の方が詳しいだろうが、すでにナリタは内部に敵の侵入を許している。

 そして地滑り、あれは実は地下にも大きな影響を与えた。

 

 

 地盤が緩み、岩盤が緩み、何もかもが揺れて緩んで――――崩れた。

 雷光を配置した地下道も、保護した民間人がいた場所も。

 今や、全て土と岩の下だ。

 750人がいた居住区に雪崩れ込み虐殺を行っていた、ブリタニア軍ごと。

 だから残りの750人を藤堂に預けた片瀬としては、無理に脱出する必要が無くなったのである。

 

 

「ブリタニア軍を引きつける為に、司令室から信号を発し続ける必要があったが……」

 

 

 戦略パネルを兼ねたテーブルに備え付けられた端末、その中央の透明カバーを開ける。

 そこにあるのは赤いボタン、黄色と黒で彩られた枠に囲まれているそれ。

 

 

「私以外の旗印もある、ああ……疲れたよ」

 

 

 彼の瞳は変わらず赤く輝いている、しかしどこかそれを受け入れている風でもあった。

 元よりそれは、人の意思で逆らえるような力では無いが……。

 勝利の見えない、出口の見えない抵抗の道。

 その歩みをやめられる、それは何と甘美で……楽なことか。

 

 

「だが……最後くらいは」

 

 

 そして、ボタンを押した。

 戦場各所の様子を映し出したメインモニター、その隅にカウントダウンが始まる。

 赤く輝くその数字を満足げに見つめる片瀬に、幕僚の1人がお猪口を差し出した。

 日本酒の注がれたそれを受け取って振り向けば、全員が同じようにお猪口を持っていた。

 軽くお猪口を掲げて、片瀬を最初として全員が一息に飲み干す。

 

 

日本(にっぽん)……」

 

 

 片瀬がお猪口を握り、そしてそれを掲げる。

 その後全員で同じ言葉を叫び、床にお猪口を投げ、そして声が音として届く前に。

 お猪口が、砕ける前に。

 その場の全てを、光が包んだ。

 

 

 生み出された光は、やがて振動となってナリタ連山全体を揺るがす。

 ただそれは先の地滑りとは異なり、地震を引き起こすような強い物では無い。

 むしろ、山の内側にこだまするような重厚な響きと音だ。

 具体的には、ナリタ地下要塞の全てを押し潰すための――――。

 

 

「何だ、まさか、また地滑り……?」

「いや、違う。これは……!」

 

 

 スザクが顔を上げ、コーネリアが唇を噛む。

 それぞれのナイトメアの中で、彼らは地面を揺るがす地下の崩落の揺れをただ感じていた。

 岩盤内部に元々仕込まれていた、サクラダイトの爆薬の衝撃を。

 

 

「あ、あれは……ゼロ!」

「――――流石だな、日本解放戦線! 敗北より自決を選ぶとは」

「自決!?」

 

 

 ナリタ中央から対比する道すがら、途上の見張り小屋が桜色の閃光と共に地面の下に沈みこむのを見て、黒の騎士団のメンバーも動揺した声を上げる。

 それに昂揚した声を作って応じるのはルルーシュ=ゼロだが、声と表情が一致していない。

 ルルーシュ=ゼロにとっては、そもそも日本解放戦線などに価値を見出していない。

 いや、むしろ邪魔だった、だから――――。

 

 

「片瀬め、あの手を使ったか……!」

 

 

 一方で、藤堂を先頭とする脱出組は渓谷を抜けた所だった。

 そこまで崩落の揺れが来ているわけでは無かったが、しかし草壁などは察していた。

 だからこそ草壁は苦い顔をするわけだが、その意味を知るのは彼だけだった。

 

 

 その時、草壁の無頼――青鸞の専用機――が激しく揺れ、急にバランスが悪くなった。

 いや、それどころか脚部が直に地面に触れてコックピットが振動した。

 さしもの草壁もつんのめり、身体をコックピットの各所にしたたかに打ち付けた。

 

 

「ぬぅ、機体が……!」

 

 

 右のランドスピナーが爆発し、走行が不可能になったのだ。

 そしてさらに2つの危機が草壁を襲う、まずはエナジーが尽きかけていることだ。

 エナジー切れの警告音がコックピットに響き、さらに面倒なことに。

 

 

『逃がさん! 青いブライイイイイイイイイイイィッッ!!』

 

 

 キューエルのサザーランドが、動きを止めた草壁の無頼に追いすがってきた。

 一度は土砂の勢いに任せて距離を明けたのだが、どういう執念か追撃をかけてきたのだ。

 向こうも無傷ではない、右腕を失っているなどの損傷を受けているにも関わらずだ。

 

 

『く、草壁中佐!』

「構うな! 今の内に距離を稼げ……私のことは良い! 行って、せいぜい藤堂とあの……」

 

 

 元より、足の潰れたナイトメアではついていけない。

 左のランドスピナーだけで機体を立て直し、半回転させて後方からのサザーランドの突撃を受け止める。

 損傷があるとは言えスペックは相手が上だ、押さえきれずに後ろへと押される。

 ランドスピナーが無い足の方向へ機体を押され、渓谷出口の崖に機体の背中を押し付けられた。

 

 

『ふふふふはははははははっ、これでえええええええええぇぇっっ!!』

「ええい、ブリタニアの犬が!」

 

 

 武装は無い、機体も動かない、唯一残った無頼の腕でサザーランドの頭部を掴む。

 互いの機体の無理がたたったのか、青白いスパークが2機の間で発生する。

 それはやがて、互いのコックピットにも広がってきていた。

 しかしキューエルはそれに構わない、自分と家と家族の名誉がかかっているからだ。

 そして、草壁は。

 

 

 彼は、最後の武装を使う。

 アサルトライフルを失い、機体もまともに動かない無頼に残された武装はたった一つ。

 右の操縦桿横の端末に指を滑らせる草壁、備えられたボタンはやけに小さく押しにくい。

 それで、嫌でもどこかの誰かを思い出す。

 

 

「……あの小娘め、最後まで面倒をかけおる」

 

 

 その時、草壁が浮かべた表情がどんなものだったのかを知る者はいない。

 何故なら、その後にコックピットを包んだ光に照らされてしまったから。

 

 

「何……!?」

 

 

 サザーランドのコックピットの中、キューエルが光を放つ無頼から身を引こうとしたその時。

 重く低い、厚みのある笑い声と共に。

 小さなオレンジの光が、衝撃と共にその場を覆った。

 その衝撃で緩んだ地盤が崩れ、その場に再び小規模な土砂崩れが起こる――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――青鸞が目を開けた時、妙に空が暗かった。

 それが雲なのか霧なのか、それとも煙なのかはわからない。

 ただ、雨が降っているんだな、と思っただけで……。

 

 

「……草壁中佐!?」

 

 

 冷たい雨の雫で意識が戻り、意識が戻れば急激に記憶が回復した。

 そして回復した記憶は、最後の映像を彼女の脳裏へとフラッシュバックさせたのだった。

 だから青鸞は、雨の雫を弾かせながらがばりと身を起こした。

 

 

 だが、そこは彼女の記憶に無い場所だった。

 場所と言うか、雨水を吸って緩んだ山道の中だ。

 深緑色のジープの上、何故か屋根の部分が吹き飛んで存在しない。

 雨に打たれるのはだからか、と、妙に納得する。

 身を包むパイロットスーツの上には、誰かの軍服の上着をかけられていた。

 

 

「え……」

 

 

 周囲にいるのは、見知った顔だった。

 まず青鸞はジープの後部座席にいて、その両隣には茅野と佐々木がいる。

 運転席でハンドルを握っている男の後頭部にも見覚えがある、青木だ。

 助手席に座っているのはヘッドホンでわかる、古川だ。

 

 

 口々に気が付いた青鸞に声をかけてくる彼女達に、しかし青鸞は明瞭な返答を返せなかった。

 戸惑ったように目を開いて、周囲を見る。

 車のライトが見えた、それも一台や二台では無い。

 ジープの他にも数台のトラックやトレーラーがあって、それぞれに人が乗っているようだ。

 

 

「あ……?」

 

 

 後ろを走るトレーラーを確認した時、見えた。

 もう、山をいくつ越えたのだろうか……数キロは離れたその先に、光が見えた。

 だがその光は照明ではなく、自然の光、炎だった。

 薄暗い世界の中で、それだけが光源であるかのように輝きを放っている。

 

 

 地面が大きく波打つように広がっているそれが、ナリタ連山だと気付くのに時間はかからなかった。

 燃えている。

 ナリタが、燃えている。

 雨の中にあってなお、ナリタ連山が燃えていた。

 それに気付いた時、青鸞は表情を歪めた。

 

 

「……!」

 

 

 座席から後ろへと身を乗り出しかけた青鸞を、両隣の佐々木と茅野が止めた。

 服を、身体を、腕を掴んで青鸞を止める。

 何かを話しかけてきているようだが、青鸞には届いていない。

 その中で、青鸞は手を伸ばした。

 届くはずも無い、ナリタ連山へと――――求めるように。

 

 

『――――馬鹿者が』

 

 

 細かい事情は、実はわからない。

 それまで気を失っていた青鸞には、わかるようが無い。

 ただ一つ、わかることは。

 記憶と直感、それによってわかることが一つだけある。

 

 

「……ぅ、さ、くさ……べ……ちゅ、さ、く……ッッ!」

 

 

 佐々木と茅野に押さえ込まれて、何も出来ず。

 ただ、彼女は叫んだ。

 闇の中、雨の中、ナリタが燃え行く中で、ただ。

 ただ――――……。

 

 

 

 

「くさかべちゅうさあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」

 

 

 

 

 降り注ぐ雨は涙、轟く雷鳴は絶叫。

 日が落ちたその時間に、1人の少女が叫び声を上げて。

 彼女は再び、絶望を()った。

 




採用キャラクター:
アルテリオンさま(ハーメルン)提供:林道寺先哉。
飛鳥さま(小説家になろう)提供:野村恭介。
りゅうさま(ハーメルン)提供:狙撃兵(及び通信先のナイトメアパイロット)。
ありがとうございます。

 最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
 と言うわけで、私の得意技……「登場主人公に対してドS」が発動しました。
 いやぁ、どん底に落とすってとても気持ちが沈みます。
 でもテンション上がります、早く浮上させたいです。
 それでは、次回予告。


『正義って何?

 罪なき者が罪ある者に虐げられる時、正義が何をしてくれた?

 何もしてくれない、正義も神も世界も、何もしてくれない。

 どうして?

 どうして、皆、いなくるなるの……?』


 ――――STAGE13:「泣く女 待つ女 笑う女」


 以下、募集です。

<主人公のナイトメア関連募集!>

 今回の募集は、主人公の新しいナイトメア(ロボット兵器のようなイメージでお願いします)に関するものです。
 話が12話まで進み、皆様にも主人公の目的や戦法など、それぞれある程度ご理解頂けたかと思います(だと良いなと思っています)。
 そこで、主人公である青鸞の新しいナイトメアに関する募集を行います。
 具体的には以下の募集になります。

<募集>
1:ナイトメアの武装
 (主要な募集品です、よって比較的採用可能性は大きいです)
2:ナイトメア
 (ナイトメアそのものの募集、採用可能性は極小です)

*説明。
今回の募集の主力はあくまでナイトメアの装備品です、条件は以下の通り。

1について。
・「コードギアス」1期時点の技術で可能と判断されるものは、原則としてどのような武装でもOKです。
(判断がつかない場合は、作者までメッセージで質問するか、投稿した上で判断を任せる旨をご記載ください)
・元々機体に内臓・付属するタイプ(例:手首の装甲部に速射砲)、あるいは外付け・後付け(例:使い捨ての大砲)、どちらでも構いません。
・名前と性能の2種は最低限記載してください。
・ユーザー1名に付き、2個までに制限させて頂きます。

2について。
・機体丸ごとの提案を受け付けます、これに関しては「武装2種まで」と言う1の条件は適用されません、好みのままの武装を設定してください。
(よって武装のみ採用ということはありません、武装のみでも採用して欲しい場合は、1として2種まで投稿してください)
・ただし、武装と異なり機体そのものの採用はかなり難しいと了解頂いた上でご投稿ください。
・「コードギアス」1期時点で開発可能なナイトメアは原則OKです。
(判断がつかない場合は、1と同様です)
・名前、武装、搭乗人数、外見(外観)を必ずご記載ください。
・ユーザー1名につき、1個までに制限させて頂きます。


*全体条件。
・締め切りは、2013年3月25日18時までです。
・投稿は全てメッセージでお願いします、それ以外は受け付け致しません。
・不採用の場合もございますが、連絡などは致しません。

以上の条件にご了承を頂いた上で、振るってご参加くださいませ。
では、失礼致します。

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