東方幻影人   作:藍薔薇

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第95話

朝だというのに外が騒がしい。それも仕方のないこと。今、庭では宴会が行われているのだから。月の異変を解決する為に来た人達――ただし、紫と呼ばれていた人は来ていないらしい――と永遠亭の人達が一緒になって飲み合っている。

 

「よかったのかしら?」

「…何のこと?」

「貴女は、あれに参加してもいいと思うのだけど」

「しないよ。…するわけないじゃん」

 

けれど、私は参加する気になれなかった。昨日の昼ごろ、ここに来た霊夢に誘われたけれど断った。

目を落とすと、おねーさんが眠っている。もう三日も眠っている。時間が止まったように、あれから変わらず目を覚まさない。

 

「そういう貴女はいいの?姫様、参加してるよ?」

「…私はしてほしくなかったのだけどねぇ…、したいって言うなら、しょうがないわよねぇ」

「飽くまで月の異変の間は、ってこと?」

「そう思うならそれでいいんじゃないかしら?」

 

そう言うと、食べるものをくれた。冷めている簡素なお粥と嗅ぎ慣れない香りのスープ。誰が見ても分かる病人食だ。けれど、それもしょうがないこと。おねーさんがいつ目覚めるか分からないから、朝昼晩に一人分作って置いているのだから。あちら側は、私が流石に丸一日何も口にしていないことを気にしていたようで、新しく作る際に残っていたものを私が受け取ることになった。

けれど、正直食べ辛い。味が悪いって意味じゃなくて、精神的に。おねーさんがこうなってるのに、私が呑気に食べてていいのか、ってちょっと考えてしまう。

だから最初は断った。そしたら「貴女が倒れたら意味ないでしょう?」と言われてしまった。確かにそうだ。だから、作業のように黙々と口にする。

 

「ご馳走様。…ありがと」

「お粗末様」

 

空になった食器を渡すと、見知らぬ妖怪兎が持っていった。私が渡す前に、既に空になった酒瓶を持っていたことから、宴会の運び役なのだろう。仕事を邪魔してしまったような気がして、少しだけ申し訳なくなった。

 

「…ねえ、本当に起きるの…?」

「確実に、とは言えないわね。…それでも、起きるわ。九を六つ連ねて(99.9999%)もいいわよ」

「そう。…ならいいんだけど」

「…まあ、前とは違うから早いと思ってたんだけどねぇ。…予想以上に長引きそう」

 

本当に、いつになったら起きるかな?四日?五日?六日?一週間?二週間?三週間?一ヶ月?もしかしたら、それ以上?…考えるだけで気が重くなる。

 

「ねえ」

「何かしら?」

「…月の異変について、教えてよ。貴女がやった、偽物の月のほうでいいから」

「今更それを訊くの?」

 

穴が開いてるくせに鉛のように重いそれが、満たされたり軽くなったりするとは思っていない。だけど、気を逸らすくらいは出来る。きっと、気分転換くらいにはなるだろう。

黒幕も半分は分かった。だけど、その理由は知らない。私がここに来た理由を知らないでいるのは、何となく嫌だった。きっと、おねーさんはこれまでに得た情報からある程度分かっているだろう。理由はないけれど、何となくそんな気がする。

 

「もっと早く訊いてくれてもよかったのよ?」

「訊こうとも思わなかったし。それに、そんな余裕なかったよ」

「それもそうね」

 

今なら余裕があるというわけでもないのだけれど、大分マシになったと思う。

 

「『地上の結界』」

「何それ?」

「私がやったことよ。真の満月を隠して偽の満月にすり替えることで、月の使者がこっちに来れないようにしたの」

「…月の使者?」

「私達は月から来たの、何て言って信じるかしら?私達は月でとある大罪を犯して地上に降りてきた」

 

月は夜になったらいつでも――雲で隠れてなければ――見れる。けれど、人が見えた事なんて一度もない。とてもじゃないけれど信じ難い。

だけど、きっとおねーさんはとりあえず信じるんだろうな。

 

「信じるよ。それで?」

「とある理由で、この前の満月の時にその使者が来ることが分かったのよ。だから、やった」

「いいんじゃない?必要だったんでしょう?…お姉様もやりたいからってみんなに迷惑かけたことあるし」

「…まあ、昨日来たあの子に無用のことだったって言われてね。『博麗大結界』だっけ?それで最初から来れるはずなかったのよ」

「『やってもやらなくても同じだとしても、行動したほうがいい』。前におねーさんが言ってたことだって」

「あら、そんなこと言ってたの」

 

僅かながら落ち込んでいた咲夜が、帰ってきたときに元通りになっていた理由。そのときにおねーさんに言われたことだそうだ。いつもの会話のように淡々と話していたけれど、そのときの顔はいつもより晴れやかだったのを覚えている。

 

「少し、気が楽になったわ。喉に引っ掛かってた小骨が取れた気分」

「そう?それなら、おねーさんもきっと喜ぶよ」

 

そこまで話して時計を見た永琳は少し驚いていた。思ったより時間が進んでいたようで、やることがあると言いながら部屋を出て行ってしまった。

軽くなるはずないと思っていた気が、少しだけ軽くなった。そのことが、私には少しだけ嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

廊下が僅かに軋む音が近付いてくる。けれど、聞き慣れない音だ。音の感じが永琳さんのものと違う。それに、昼食を持って来てくれるのにはまだ少し早いし、近づいてくる方向が永琳さんとは逆側、つまり入口のほうからだ。何処に用があるのだろう。…いや、どうでもいいか。

そう思えたのは、この部屋の扉を叩く音が響くまでだった。

 

「フラン」

「…お姉様」

 

外ではまだ宴会が続いているだろう。つまり、わざわざ私の為に抜け出してきたってことだ。

 

「いつまでそこにいるつもりなの?」

「…さぁ、いつまでだろうね。…本当に、いつまでなんだろうね」

 

医者である永琳でも分からないことが私に分かるものか。きっと、お姉様のインチキ臭い運命とかいうのでも分からないだろう。

 

「迷惑かけてるのよ?」

「泊まっていくも帰るもご自由に、だって」

 

布団が敷いてある客間もあるのだけど、断った。どうしても必要になったら使うだろうけれど、今はおねーさんが起きたらすぐに気付くここでいい。

 

「もう三日よ?」

「まだ三日だよ」

 

例え、一ヶ月だろうと一年だろうと待つと決めた。私は、倒れたまま放っておくなんて出来ない。私は、おねーさんから離れない。倒れたからって私を殺そうとしたからって、おねーさんはおねーさんなのだから。

 

「どうしてそこまで幻香にこだわるのッ!?」

「どうしてお姉様は咲夜にこだわるの?」

「それはこれとはッ!」

「どうしてお姉様はパチュリーにこだわるの?どうしてお姉様は美鈴にこだわるの?どうしてお姉様は霊夢にこだわるの?どうしてお姉様は魔理沙にこだわるの?」

「関係ないでしょう!?」

「あるよ。大ありだよ。大勢いる中から、特別な人を見つけたんだよ。一緒に生きていきたい人を見つけたんだよ。一緒にいたいと思う人を見つけたんだよ。一緒に思い出を作りたい人を見つけたんだよ。一緒になって遊びたい人を見つけたんだよ」

「…それが、幻香だって言うの?」

「そうだよ?」

 

私は、おねーさんと遊びたいし思い出を共有したいし一緒にいたいし一緒に生きていきたい。そして何より、特別な人だ。周りの評価なんて知らない。おねーさんがどう見られているかなんて興味ない。私は私を信じて、おねーさんを信じる。それでいい。

 

「…一週間」

「何?」

「幻香が倒れてから一週間、待つわ。つまり、あと四日待つ。九十時間、もうちょっと短いくらいかしら?」

「それで?」

「その時間になったら、力尽くでも帰ってもらうわよ」

「なら、力尽くで追い返すよ」

 

そう言い返すと、お姉様は帰って行った。「咲夜、行くわよ」という言葉と共に。…いたんだ、咲夜。口を一切挟まなかったのは、私たちの為なのか、それとも別の理由からか?…分からない。考えても仕方ないことだけどね。

それにしても、あと四日かぁ…。それまで、目覚めることを祈ろうかな。誰に祈ればいいのか分からないけれど。

 


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