「リーダーになんて言い訳しよう…」
「あの、兎さん」
「ひぃ!…な、何だい?」
「どのくらいで永遠亭に着きますか?多分、真っ直ぐ進めれば十分くらいで到着出来るはずですが…」
「…残念だけど、結界が張られてるからね。普通の手段じゃ突破出来ないようになってるんだよ」
結界かー。透明な壁みたいなのが出来るだけじゃなくて、進行方向を無理矢理曲げるようなものもあるんだね。知らなかった。
「ふむ…。じゃあ三十分くらいあれば着きますかね?」
「…二十分もあれば着く。…まあ、確実じゃないけど。…それで、何の目的で?」
「そっちに知り合いが遊びに行ってると聞いたので、わたし達も混ぜてもらおうって考えたんですよ」
永遠亭に着くまでの道中、フランさんがわたしの袖を掴んだ。その手は僅かに震えている。
「…フランさん?」
「おねーさん、ちょっと怖かった…」
「…ま、ちょっとやり過ぎたことは認めますよ」
後頭部掴んで地面に叩きつけることも考えていたが、怪我はさせないと言った手前、それをするのはよくないと思ったんだ。だけど、ナイフで脅すのはちょっとやり過ぎたかもしれない。
「ですが、この兎さんは最初からわたし達の約束を守るつもりはなかったって知ってました?」
「うひっ!バ、バレてたの…?」
「え?どういう事?」
そのまんまの意味だ。この妖怪兎からは、負けてもわたし達の約束なんて知ったことない、って感じた。
「フランさんもレミリアさんから頼まれたことを破ることくらいあるでしょう?だけど、守るか守らないかを天秤にかけることくらいはしてるはず。ですけどね、この兎さんは違う。天秤にかけることなく、迷うこともなく、躊躇なく破ることを選択出来る」
「…私達を騙すつもりだったってこと?」
「そうですね。そして、そんな騙す人に対して脅す人もいる。…今回の脅す人はわたしですがね」
「じゃあ、おねーさんも悪い人なの…?」
「そう。わたしは悪い人です。目的の為に手段を数多く考え、その中で出来ることを選択する。その際に誰かを切り捨てることもある、そんな悪い人ですよ」
自分にとって不都合になる可能性を持った芽を潰したことは数えきれないくらいある。その際に犠牲になってしまうものや人がいたときも、当然あった。しかし、それをしなければならないというわけではなかった。だけど、わたしはそれを選択した。
「…けどさあ、仕方ないんじゃないの?いつでもいい人なんて気持ち悪い。どんな悪意を受けても笑顔を振りまいて、傷つけられても感謝して、裏切られても信じ続けるなんて…そんなのは、異常だよ。リーダーだって、私達に優しいこともあれば、こき使うことだってあるんだし」
「兎さんもそう思いますか?わたしもそうですね。わたし自身も、わたしの知ってる人も全員、善意と悪意がある。どんなに綺麗でも、汚れ一つないなんてことはない」
しかし、全部汚れていれば綺麗なところなんて一切ない。わたしはそう思う。物の汚れと違って、これは内側まで侵食するものだから。
「…いいところと悪いところがあるってこと?」
「そう。そして、相手によって見せるところが違う。フランさんの周りの人達は、貴女に対して優しくしている人ばかりでしょう」
「うん。だけど、他の人にも同じとは限らない…」
「はい。よく出来ました」
「この子、そんなことも知らなかったの?」
「いいえ、知ってたでしょうね。だけど、気にもしてなかった。あまりに常識過ぎて、あまりに普通過ぎて、あまりに単純過ぎて、見逃してたんでしょうね。砂利道に石ころが落ちてることを気にしないように」
知らなければ優しい人で済むことも、知ってしまえば裏を疑ってしまう。それを良いと取るか悪いと取るかは、それも人それぞれだ。
そんなことを兎さんとちょっと話していたら、袖を強く引かれた。
「おねーさん」
「…何でしょう?」
「おねーさんも悪い人だって言いたいのは分かったよ。だけど、私はそれ以上にいいところを知ってるから嫌ったり離れたりしないよ」
「アハハ、どこかで聞いたとこありますね」
「私の心に残った大切な言葉だよ?だから、おねーさんにも分けてあげる」
「…まさかその言葉が自分に返ってくることになるとは思ってませんでしたよ」
そして、普段よりも強い意志を持ったフランさんの言葉がわたしに響いた。
「たとえどれだけの人がおねーさんを嫌っても、私はおねーさんを好きでい続けるから」
「…それは聞いた覚えないですね」
「私が思った言葉だよ?だから、おねーさんにちゃんと伝えるの」
「…本当に受け取ってもいいんですかね?こんないい言葉」
「いいの。私がおねーさんの為に紡いだものなんだから。だから、受け取って?」
「…分かりました。ありがとうございます。大切にしまっておきますね」
彼女のように、心の中に。
◆
「おー、本当に着いた」
「…ここが永遠亭?」
歩き続けること二十分。まあ、真っ直ぐ歩き続けたわけではなく、右へ左へ曲がり続けて歩き続けたのだが。しかし、嘘の案内をされなくてよかった。
兎さんの手首を縛っている服を回収し、開放する。
「道案内、ありがとうございますね。悪いことしたとは思ってますが、返すものは特にないんです」
「だー!やっと解放されたー!リーダーには脅迫されたから仕方なくって正直に言うしかないかなー…」
そう言いながら兎さんは永遠亭の庭のほうへ跳んで行った。さて、わたし達は玄関から入ることにしますか。
「さて、行きましょうかフランさん」
「うん!…間に合うかな?」
わたし達は遅刻してしまったわけだが、急げば黒幕との対面くらいは出来るかもしれない。
「どちらにしろ、行くだけ行きましょう」
そう言って、永遠亭の玄関を開いた。
「ん?」
「あ」
扉を開けたら、そこにはてゐがいた。
それを確信した瞬間、わたしの右腕は淡い紫色に発光する。…よし、わたしの妖力の充填もかなり早くなってる。
忘れはしない。殺傷力抜群の竹槍を施された落とし穴に落とされて、糸仕掛けの竹矢に射抜かれかけた恨み。そして、そのとき誓った。今度会うことがあったら目の前でマスタースパークのような凄いスペルカードをブチかますと。
今が、そのときだ。
「模倣『マスタースパーク』ッ!」
「え?ウサーーーッ!?」
「おねーさん!?いきなりどうしたの!?」
そのまま廊下のほうへ放つよりは、上の方へ放ったほうが被害は少ないだろうと思い、屋根をブチ壊しながらてゐを上空へ吹き飛ばす。
「ふぅ…。よし、行きましょうかフランさん」
「いや、何もなかったみたいに仕切り直さないでよ…」
「痛ーッ!いきなり何をするか!」
「あ、もう戻ってきたんですか」
早くも玄関からてゐが戻ってきた。その眼に宿るのは明確な敵意。まあしょうがないね。
「先制攻撃はこのくらいにして、っと。フランさん、スペルカード戦ですよ。相手はこちらに敵意を持ってるみたいですからね」
「…おねーさんがこんなことしなければ敵意なんて湧かなかったんじゃ…」
「そうでもないかもしれませんよ?紅魔館に美鈴さんがいるように、彼女も門番かも」
言っておいて何だが、それはないと思っている。門番なら門の中にいるなんてことはないだろう。
「それに、あちらにとってわたし達は侵入者。異変の解決されたくないなら攻撃対象ですよ」
「絶対痛い目みせてやるんだから!」
「なら、どうします?野蛮な殴り合いでも構いませんが」
「あれ?スペルカード戦じゃ…?」
「そんなことはしない!スペルカード戦に決まってるじゃん!スペルカード三枚と被弾三回で!」
「ならわたし達は二人で三枚三回でよろしく」
そう言うと、てゐは大きく飛び退り、わたし達を玄関の外へ出るよう促した。促されるままに外へ出ると、あちらは既に臨戦態勢に入っていた。
「まあ、悪かったとは思ってますが、ちょっと前に自分で自分に約束したんでね。許してくださいよ」
「知らないねそんなの!そもそも許すわけないでしょうに!」