東方幻影人   作:藍薔薇

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第82話

「…そろそろ降りますか」

「え?ここまだ林の中だよ?」

「いいんですよ。そこに隠れるつもりなんですから」

 

ゆっくりと降下し、音を出来るだけ殺して着地する。フランさんも同じように音を立てずに着地した。樹に背中を預けながら、そっと人間の里があった場所を見る。

 

「…慧音?」

 

あの場所は、人間の里の入り口とわたしのいる場所のちょうど間の辺りだ。地面に腰を下ろし、ボンヤリと月を見ているが、何かあったのだろうか?

…あったな。地面に弾痕が多数ある。慧音も服が僅かに破れ、そこから掠り傷が見えた。スペルカード戦で出来た傷だと思うが、やたらと多いような気がする。一回の勝負で十ヶ所も傷が出来るとは思えない。

 

「んー、そもそも人間の里、どうして消えたんだろ…?」

「本当にあるの?人間の里」

「あるはずなんですけど…。結界ってやつかなぁ?」

「…結界があるようには感じないけど…。もしかして、幻術?」

「幻術は曖昧なものだ、って言ってた人がいたんですけど、揺らいでるところも見当たらないし、遠近感も正常。遠くから見たときと配置も変わっているように見えない。これが幻術なら、相当なものですね…」

 

わたしの家の上空から見たときの草の大体の生え方も、樹が生っている場所も、目立っていた大きめの岩の場所も、ここから見て変わっているようには見えない。

 

「しょうがない…、本当に消えたのか確かめるかな」

 

軽く目を閉じ、地面に手を当てて妖力を流す。地面から流れ、一瞬で頭の中に浮かぶ。フランさん、林の樹の場所、慧音、人間の里の入り口、二人の門番、立ち並ぶ家の数々、中で横になっている人。…流石に、こんな真夜中に出歩いている人はほとんどいないようだ。って違う、今気にするところはそこじゃない。あるじゃん人間の里。

 

「あるけど見えない…」

「あったの?」

「確かにあるように感じたんですけれど…」

 

しかし、どんなに目を凝らしても、さっき頭に浮かんだ形通りの地形には全く見えない。そもそも、見えているものの形が全く浮かばなかった。わたし達の視界がおかしくなったのかな?

そう思って周りを見渡したが、人間の里以外は頭に浮かんだ通りの姿。…駄目だ、さっぱりわからない。

 

「そういえばおねーさん、慧音って人、放っておいていいの?」

「人間の里があると分かった今、わたしが近づくのはあんまりよくないですからねー…。フランさん行ってくれます?」

「…呼ぶことって出来ないかな?」

「わたしの声って割れてるから、あんまり大きな声出したくないんですよね…」

「そもそもこんな時間に大声出したらよくないかも」

「数多くいる人喰い妖怪は大抵夜行性らしいですからね…」

 

あまり大きな音を立てずに、か。…真っ先に思い付いた方法が、まさかこれとは。

石ころを一つ複製し、過剰妖力を噴出。しかし、全部ではなく、少しだけ。必要以上に速度を出したら怪我してしまうかもしれない。…脚に軽く当たった。そのまま地面に転がる石ころを見た慧音はあたりをキョロキョロと見回し始めた。

 

「…気付いた?」

「あと一発。これで気付いてくれる…はず」

 

慧音がこっちを見たと思ったときに発射。飛翔する石ころに気付き、難なく掴み取った。そして、こっちに歩いてくる。

 

「…なんだ、お前達か…」

「こんばんは、慧音」

「ここでも十分距離があるが、安全を期してもう少し離れよう。いいな?」

 

 

 

 

 

 

歩くこと一、二分。人間の里が林によって見えなくなったころ、ようやく慧音は立ち止まった。

 

「で、何の用だ?流石に多過ぎるだろう…」

「多過ぎる?」

「お前達で五組目だ。流石に里を消したのはやり過ぎたか…?」

「え、慧音がやったんですか?」

「ちょいと歴史をな。まあ、それは今度話そう。どうせ月の異変がどうとか言うんだろう?」

 

うーん、わたし達の前に来た四組って多分霊夢さん、魔理沙さん、レミリアさんと咲夜さん、妖夢さんと幽々子さんだよね?やっぱりみんな月の異変に気付いてたんだね。

 

「幻香、お前に行ってほしいとは思わないが、もう決めたんだろう?」

「すみません…。仰るとおり、フランさんに付いて行くつもりです」

「なら私は止めん。月の異変の原因なら――」

「待って」

 

突然、黒幕について話そうとした慧音にフランさんが待ったをかけた。…どうしたんだろ、急に。レミリアさんに先を越されているのに…。

 

「ねえ、おねーさんが里に嫌われてるって知ってた?」

「…知ってたが、それが?」

「……どうして止めなかったの」

「止める、とは?幻香をか?それとも、里の人間をか?」

「人間だよ。人間に決まってるじゃん。間違ってるって、誤解だって、人間の里に住んでる貴女ならどうにか出来たんじゃないの?」

 

そう言い切ったフランさんは、慧音を睨みながら口を閉ざした。返答を待っているのだろう。軽く考えてから口を開いた慧音の言葉は、ある程度予想通りだった。

 

「そうだな。ちょっとくらいならどうにか出来ただろう」

「なら…!」

「しかしな、九十九を九十八にしても変わらないんだよ。申し訳ないが、私の影響力なんてそんなものだ」

 

慧音は、人間の里の寺子屋の先生だ。それ以上の何者でもない。生徒に言い聞かせたとしても、大抵の子供は親の言葉のほうが大きい。それに、子供の影響力なんて、それこそ微々たるものだ。

 

「お前の姉から家庭教師に、と誘われたがちょうどいいかもしれんな。ちょっと早いが、一つだけお前に欠けていそうで、それでいて重要な知識を与えるとしよう。いいか?」

 

一瞬、言葉を区切る。そして、僅かに悲しい表情を浮かべている。これから語ることは、フランさんにとって辛いものなのだろう、と分かってしまう。

 

「『里にとって妖怪は敵』だ」

 

そう。妖怪であることを隠して人間の里に住む者もいるが、慧音のように妖怪であることを知られながら住む者は稀だ。

 

「私だって、五十年も前は白い目で見られてきたものだ。しかし、少しずつ信用してもらい、今に至る。だがな、一度敵だと思われたらそうはいかん。また裏切られるかも、と思われて信用はもう得られん。幻香は、最初に敵だと勘違いされた。そしてそれは覆しようがないほど広がってしまった。分かるか?もう、信用など得られん。得られるのは、嫌悪と、悪意と、殺意くらいだ」

「…おねーさんは、私と友達になってくれたよ?」

「お前達がどういった出会いをして、どういった過程を通り、この関係を得たかは詳しくは知らない。だがな、皆が皆、幻香と同じではない。むしろ、幻香は里の人間を基準にすれば、数段も優しいやつだ」

「……………」

「お前の周りのやつらは、皆優しいんだろうな」

「…うん」

「しかしな、だからといって世界が優しいわけではない。悪いやつもいれば、貶めようとするやつもいる。勘違いしてしまうやつもいれば、嫌ってくるやつもいる。そして、妖怪なら敵だと無条件で考えるやつも、当然いる」

 

わたしの場合、そういう人が他よりちょっと多かっただけ。それだけなのだ。

 

「フランさん。難しいこと言ってるかもしれませんけれど、いつか分かるはずです。だから、忘れないでください。世の中、綺麗事だけで回るほど輝いてるものじゃないんです」

「…今は分かんない。…けど、覚えとく。忘れないよ」

「ならいい」

 

そう言うと軽く息を吐き、表情を改める。

 

「さて、話を戻すか。月の異変の原因を知りたいんだろう?」

「ええ。…そうですよね、フランさん?」

「…うん。お姉様より早く、叩きのめしたい!」

「物騒だな…。まあ、やり過ぎるなよ?原因はな、あっちにある迷いの竹林だ」

 

迷いの竹林。その奥の永遠亭には、何回かお世話になったなぁ…。

 

「そこの永遠亭にいる奴が、この異常な月の原因だ」

「はぁ?」

「…永遠亭ね!行こう!おねーさん!」

「あっ、ちょっ、引っ張らないで!」

 

袖を掴まれ、走り出すフランさんの速度に何とか合わせつつ、慧音のほうを向く。

 

「教えてくれてありがとうございまーす!」

「気にするな。…行ってらっしゃい」

 


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