東方幻影人   作:藍薔薇

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第74話

「…ナンモンカツ」

 

念じながら呟き続けて、気が付けばもう暗くなってきた。水の精霊さんよ、どんな姿かは知らないけれどちょっとくらい出てきてくれたっていいじゃない…。

そろそろ明かりがないと文字が読めないし、今日は諦めてまた今度にしようと思い、『精霊魔法指南書』を本棚に仕舞った。

その時。扉からコツコツと軽く叩く音が響いた。誰?こんな遅くに。…もしかして、里の人間?

床に手を当て、妖力を流す。家の間取りの詳細と、その周辺の形が頭に浮かぶ。扉の前に立っているのは、腰に長めの棒と短めの棒がある女性のようだ。服には何か薄っぺらい何かがくっ付いている。…もしかして、妖夢さん?

念のため扉の正面に立たず、すぐには見つからないだろう場所に立つ。扉を開けたと同時に攻撃なんてあったら洒落にならない。

 

「…開いてますよ」

「ハァ…、そう、ですか…。お邪魔、します。…ハァ」

 

そう言って扉が開く。その声は妖夢さんと同じようなもの。扉から入ってきた姿も妖夢さん。敵意は感じないけれど、こんな夜遅くに、しかも肩で息をしてくるなんてどうしたんだろう?服にはやたらと葉っぱがくっ付いてるし。

 

「あれ、幻香さん…?」

「ここにいますよ」

「うわっ!?」

「っとぉ!?」

 

反射的に放っただろう居合いの一撃。それはわたしの顔を真っ二つにしそうな軌道。咄嗟に倒れ込むように回避しながら、両手に一本ずつ刀を複製し、受け止める。幸い、そこまでの力は込められておらず、壁に斬り傷が出来ることはなかった。

 

「ハッ――ま、幻香さん…?」

「いきなり何するんですか!…とりあえず座っててくださいよ」

 

妖夢さんに椅子に座るように促し、普段は使わない蝋燭――慧音から貰った――に火打石で明かりを灯す。そして妖夢さんのために水を置き、わたしの分のコップに注いでおく。

しかしわたしは座らない。その椅子から立ち上がり、抜刀して届く範囲の外側で壁を背に妖夢さんのほうを向く。

 

「夜遅くにすみません。それと、わざわざありがとうございます」

 

コップに注がれた水を一口飲み、一息。周りを見渡し、棚にある瓶のラベルを見てギョッとした。毒液だと思ったのかな?

問題ないことを示すためにもわたしも水を飲む。

 

「毒ではないのでご安心を。…で、何の用ですか?」

「え、ああ、そうですね。幽々子様に頼まれてきたんですよ」

「幽々子さん…?」

 

春雪異変の黒幕で、宴会の時に止まることなく食べ続け、飲み続けていた幽々子さん?

 

「一度お会いしたいとおっしゃっていましたので」

「どうしてです?こんな妖怪に」

「さぁ?そこまでは何も…」

 

わたしは幽々子さんと話したことがない。だから、特に興味を持たれるようなことはしていないと思うんだけど…、ん?あ、西行妖の散華やってた。しかし、それをしたのは春のこと。ちょっと遅すぎないかな?

そんなことを考えていたら、妖夢さんが残っていた水を飲み干し、立ち上がって扉の方へ歩き出した。

 

「用件は以上ですので、それでは」

「…そもそもいつどこで会うのか聞いてないんですけど」

「あ」

 

椅子に座り直すが、その顔は僅かに赤い。蝋燭の炎の所為ではないのは確かだ。

 

「…場所は白玉楼で、明日の昼ごろに迎えにまた来ますので」

「わかりました。ああ、それと」

「まだ何か…?」

「その葉っぱは何ですか?」

「え?えーと…」

「それにいきなり斬りかかってくるなんて何かあったんですか?」

「……お、お化けかと…」

 

…冥界に住んでる人がお化けを怖がるんだ…。

 

「…聞かなかったことにしますから、もう帰っていいですよ」

「………すみません…」

 

明日の昼ごろ、ねぇ。どんなことを話すんだろう?

 

 

 

 

 

 

冥界に到着し、長い階段を上る。夏とは思えないほど涼しいが、あんまり長くはいたくない感じだ。幽霊が近くを通るたびにヒヤリとする。

 

「…ちょっと遅くないですか?」

「…迷ったんですよ…」

「一度来たんだから迷わないでくださいよ…」

 

今は既に夕方。そのくらい長い話になるか分からないから、一泊することも視野に入れた方がいいかも。…冥界で一泊とかなんか怖いんだけど。

階段を上り切り、大きく息を吐く。ああ、この階段ちょっと長すぎませんかね?白玉楼はきっとの先を真っ直ぐ――、

 

「え?何で…?」

 

目の前に西行妖があった。…これはわたしの複製だ。わたしの妖力を枯渇させて創り出した複製。その姿は酷く寂しい。そりゃそうだ。花どころか葉っぱの一枚もないんだから。

 

「…さ、白玉楼はまだ先ですよ」

「え、どうせだし回収」

「…先、急ぎますよ」

 

…残しておきたいらしい。何故かなんて知らない。けれど、それだけは感じられた。

わたしとしては回収して新しい緋々色金を創りたかったんだけどね。

 

 

 

 

 

 

白玉楼に着いたのだが、その広さに驚いた。しかし、冥界は人間の外と違って民家がないのだからこのくらいの広さは普通かもしれない。

中に入れさせてもらい、幽々子さんが待っているという部屋に案内された。

 

「幽々子様ー。幻香さんを連れて――」

「あらあらあら?いいのかしらそんな手を打っちゃって?」

「うふ、先急ぐことでもないのだし考えるだけ時間の無駄よ」

 

…どうして八雲紫がいるんだよ。

二人の間には何やら四角い木材が置かれており、その上には『歩兵』『銀将』『王将』などと書かれた欠片を交互に動かしていた。チェスの仲間かな?

 

「あの、幽々子様?」

「悪いけれどちょっとお借りしてるわぁ。一時間もかからないと思うから」

 

そう言いながら『桂馬』と書かれた欠片をチェスの騎士のように動かす。

 

「もう遅いじゃない妖夢ったら」

 

そう言いながらその先にあった歩兵を取り除き、『香車』と書かれた欠片を真っ直ぐ動かす。

 

「…ふむ」

「申し訳ありません幻香さん。せっかくお呼びしましたのに…」

 

チェスと同じルールなら、きっと『王将』と書かれた欠片を取れば終了だ。わたしはそんなに長居したくない。

八雲紫が『金将』を動かす。八雲紫の『王将』は盤上の端に陣取られ、その周囲には様々な欠片が置かれている。しかし、その斜め前が開いている。

 

「――なッ!?」

 

その開いているところに『金将』を複製した。どんな勝負だったか知らないけれど、さっさと終わってほしいからね。

 

「あら?こんなところに金将が。はい終了」

「ちょっと待ちなさい!」

「形がそうであれ終わったんだからさっさと諦めてくださいよ八雲紫」

「貴女ねぇ!」

 

知るか。呼ばれたのに待たされるのはあまり好きじゃない。特に八雲紫に待たされているとなると尚のことむかつく。理由なんかないけれど。

愚痴愚痴と文句を垂れていたが、聞き流す。幽々子さんも既にそうするつもりのような対応だ。妖夢さんにお茶とお茶菓子を頼んでいる。

 

「あら?座らないのかしら?」

「…いえ、そんなことはないですよ」

 

机を挟み、向かい側に座る。お茶と饅頭四つが置かれた。

 

「で、何の用ですか?わざわざ呼び出したんだからそれなりの理由があるんでしょう?」

「そうねぇ…、うちの庭師と友人が興味を持ったのがどんなのか気になっただけ」

「…それだけ?」

「それだけ」

 

友人が誰かは知らないけれど、庭師って多分妖夢さんだよね?わたしの何処に妖夢さんが興味なんか持つか?

幽々子さんがお茶を飲んだのを確認して数秒、わたしもお茶を飲む。あ、美味しい。何故か八雲紫が饅頭を一つ手に取ったが気にしない。

 

「面白い子ね」

「でしょう?」

「顔が?」

「それも含めて面白い子」

「…まあ、詳しくは聞きませんよ」

 

饅頭を頬張る二人を見ながら、残ったお茶を飲み干す。

 

「用がこれだけならわたしは帰りますが」

「あらそう?もうちょっとお話していきたかったのだけど」

「せっかくこんなに美味しい饅頭があるのに食べずに帰るなんて…」

「…まあ、何処に興味を持ったのかとか、未だ残っている西行妖について聞いてからにしますか」

 

饅頭に手を伸ばしたら、何故か八雲紫も同じものに伸ばしていた。もう一つは幽々子さんが既に取っている。…まあ、いいや。

わたしは饅頭から手を離す。饅頭はそこまで食べたいわけでもない。

 

「あらいいの?」

「…さて、貴女の友人が誰かは知りませんけれど、庭師って妖夢さんですよね?わたしなんかの何処に興味を?」

「それはせっかくだから自分で聞いてみてくれる?わたしの口から言うのはどうかと思うし」

「無視なんて酷いわねぇ…」

 

本人に、ねえ。聞く機会あるかな?なんていうか『ねえ、わたしの何処に興味があるの?』なんて聞き辛い。分かってて言ってるのなら、この人は遠回しに教えるつもりがないと言っているということだ。なんて腹の黒い。

 

「それと、私の友人はそこにいる饅頭泥棒」

「あら、出されたものを食べただけよ?」

「貴女に出したつもりはないわよ?」

 

…笑顔が怖い。妖夢さんが新しいお茶と饅頭を持って来てくれたのに、笑顔で睨み合っている二人を見て饅頭を落としかけたくらい。

そんな二人から目を逸らしながら、饅頭を一つ食べる。うん、美味しい。

 

「まあ、紫がどう興味を持ったかを私の口から語るつもりはないわ。聞いてみれば教えてくれるかもしれないわよ?」

「いえ、どうでもいいです」

「あら酷い。せっかく教えてあげようかと思ったのに」

 

前に言っていた。及第点と言っていたけれど、八雲紫が興味を持っているのはわたしの複製能力。創造と勘違いしていたけれど。

 

「半分は教えてくれないのだから、もう半分はちゃんと教えてくださいね?」

「あの西行妖のこと?」

「複製ですが」

「うふふ、紫も最初は目を見開いてたわね。とっても滑稽だったわ」

 

滑稽な顔を見せたと言われた八雲紫は饅頭を口いっぱいに頬張っていた。聞こえないふりをしているようにしか見えない。

 

「あれは斬り倒して薪にでもするつもりだったんだけどねえ、妖夢が断ったのよ」

「…?」

「不思議そうな顔してるわね」

「そりゃそうですよ。こんな邪魔な大木を伐採しないなんて」

「『自らへの戒め』ですって。あまりに真剣だったから驚いちゃった」

 

春を届けることが出来なかったから、だろうか。

 

「貴女にちゃんと勝つまでは斬り倒さずにおくなんて言っちゃって」

「はぁ?わたし負けましたよ?」

「自滅じゃ満足出来ないんじゃないかしら?」

「……妖夢さんに負けるってことは死ぬことと同義なんですよね…」

 

刀を扱う妖夢さんに負けるとは、つまり斬られることだ。斬られたら普通は死ぬ。

 

「そこらへんは、何とかしてくれるんじゃない?」

「何とか…」

「半人前に出来るかしらねぇ?」

「あら?私の可愛い妖夢に何言ってるのかしら?」

 

ああ、また笑顔。不穏な空気だ。冥界の何処となく不快な空気が気にならないほどに。しかしすぐに収まった。…よかった。

この後は世間話や挑発が長々と続き、帰る機会を見失ったわたしは結局一泊してから帰ることになった。

 


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