「で、今日は何の用?」
「妖力に余裕もありますし、緋々色金の複製」
「…それだけ?」
「ふふっ、分かります?」
「ええ。顔に出てるわよ?」
そう言いながら緋々色金を渡してくれた。そして複製。膝から力が抜け、椅子に倒れ込んでしまうが、いつものこと。急に妖力が喪失するのは慣れているが、一瞬頭が真っ白になるような感覚と体中が弛緩してしまうのはどうにもならない。
「…これで五つ目。いくつ創るつもりなの?」
「創れるだけ?」
「まあ、あって損はないと思うけれど、盗られないようにね?」
「そんな泥棒には爆死がお似合いだと思いませんか?」
「…恐ろしいことを考えるわね」
「ま、そこまでするつもりはないですけれどね」
多分、この緋々色金にある過剰妖力を全て炸裂させればその辺の妖怪なら肉片すら残らないくらいの威力になると思う。しかし、そこまでするつもりはない。妖力として霧散させて終了だ。
「で、他の用は?」
「妖力に反応するものってないですか?」
「…あるけれど、どんなのがいいの?」
「液体。もしくは、ものに付着するもの」
「粘性のある液体があるわ。魔力に反応して少なければ薄い赤、多ければ濃い赤紫に変色する。乾いても問題ない」
「一応確認のために。妖力と魔力は殆ど同じですが、一応別物。大丈夫ですか?」
「…知らないわ」
まあ、駄目なら別のがありそうだし、問題ないだろう。
パチュリーが妖精メイドさんにその液体を持ってくるよう言い、それを待つ間、わたしの緋々色金の複製を加工し始めた。ちなみに、わたしが付けているペンダントには緋々色金が三つ、家に置いてあるペンダントには一つ付いている。
パチュリーの指先から眩い光が放たれ、バチカンに癒着していく。最初に見たときは急に光を放つものだから、視界が物凄いことになった。
「ところで、他に必要なものは?」
「わたしが見たことのないもの」
「…後で創るわ」
「創る?」
「金属なら一応生成出来るわ。…まあ貴女と違って生み出すわけじゃないけど」
そこまで言うと、光が収まった。額に浮かんだ汗を軽く拭きながら、チェーンに通す。
「はい完成」
「ペンダントばかりだけど、本当にいいの?」
「どうでしょうね。けど、手首にはあんまり付けたくないんですよ」
「足首に巻けそうなのにしましょうか?」
「それもあんまり…」
手足に付けると、体術に僅かな支障が出る。気にしなくてもいいかもしれないけれど、無い方がいいことは分かっているから付けたくないのだ。
ペンダントを受け取る直前、机の上の玉が淡く光った。大図書館の出入口の扉が開いた証拠だ。きっと、あの妖精メイドさんだろう。
「パチュリー様!これでよろしいでしょうか?」
「…ええ。もう戻っていいわよ」
「それでは」
妖精メイドが持ってきた液体は褐色の瓶に入っていた。かなりの量が入っているように見える。
「さて、準備は出来たわよ。何をするの?」
「複製の際に流れる妖力を把握することでその形を知る」
「それって普段からしてることでしょう?」
「それの応用」
複製する際に流す妖力が形を知るためのものだと仮定すれば、その妖力の流れる動きが分かればその形も分かるということになる。わたしの予想だと、氷の表面を覆う薄い水みたいに複製するつもりのものの表面を滑るように流れていると思う。
「とりあえず、これでいいかしら?」
パチュリーが渡してくれたのは、わたしの腕の長さくらいの棒。僅かに濡れているのは魔力に反応する液体が塗られているということだろう。
複製するつもりで妖力を流す。すると、全体が一瞬で赤紫色に変色した。そして、わたしの左手には既に金属の棒の複製が握られていた。
「…一瞬ね。それにかなり多い」
「複製せずに留めることが出来ればいいんですけどね」
「意識すれば出来るんじゃない?」
「やってみないと分かりませんね」
この後に前にも調べたようなことを少し調べた。目を瞑った状態で何かを握り、複製。結果は形が全く同じで、色が薄紫色一色の謎の物体。握っていたものは全体が赤紫色に変色。自分の視覚の外側に伸びているものを握り、複製。結果は形が全く同じで、色が薄紫色一色の謎の物体。握っていたものは全体が赤紫色に変色。
結論。触れていれば視覚が封じられていようと形は正確に複製出来る。そして、赤紫色に変色したことから、妖力は表面を流れていたことになる。ただし、表面以外にも流れている可能性はあるけれど。
しかし、流れる妖力がどのような形で動いているかなんて全く分からなかった。
「さっぱり分かんない…」
「何回か試す?」
「何回でも試す」
何度か試し、強く意識すれば妖力は流しても複製せずに留めることが出来た。しかし、形が分かるわけではない。
「あー、上手くいくと思ったんだけどなー」
「失敗は成功の元、と言うけれど」
「そういうのは他の方法が思い付く人に言ってくださいよ」
「…じゃあ、私が思ったことを言いましょうか」
魔法使いであり、圧倒的な知識を持つパチュリーの意見。これはとても参考になりそうだ。
「そもそも、触れていないと分からないんじゃ意味ないんじゃない?」
「…あ」
そう言えばそうじゃん。何考えているのわたし。
「そこはどう考えているの?」
「…うーん………」
触れていないと妖力が流れないんだったら意味がない。確かにそうだ。…けれど、何かが引っ掛かる。
…マフラー。そうだ。マフラーの複製をしたではないか。厳密には大量の毛糸の束。触れていないと出来ないというわけではないが、あれも相当精密な複製が出来ていたと思う。つまり、ある程度接着していれば妖力は流れる、と思う。
「布、ありますか?」
「布?ハンカチなら」
「それを複製します」
「…何か思いついたの?」
「まあ、一応」
あの液体に浸したハンカチ。その端を摘まみ、複製する。結果は、ハンカチ全体が赤紫色に変色した。…よし。
「触れ合っていれば、妖力は伝わる」
「…つまり?」
「妖力で形が把握出来れば、大地に流して地形ごと把握出来る」
「…飛んでると意味ないのだけど」
「……確かにそうですけれど、それよりも妖力を把握出来るようにならないと」
「じゃあ一つアドバイス」
そう言うと、パチュリーはわたしの額に人差し指を押し当てた。
「一時期、私が魔術に詰まったときに自分に言い聞かせていたこと」
「…何ですか?」
「『魔力は私の一部。つまり体の一部。思い通りにならないはずがない』」
「体の、一部?」
「そう。手足が思い通りに動かせる。なら魔力も思い通りに動かせるのよ」
「…凄い飛躍している気がしますけれど」
「それで何とかなったからいいのよ」
妖力はわたしの一部。確かにそうだ。なら、どう動いているか分かって当然、か。複製が近づけば分かるんだ。なら、その元の妖力が分からないのはおかしい、どちらもわたしの一部。把握出来ないわけがない、と。
「ふふ、何だかさっきまで出来なかったのが馬鹿みたいに思えてきましたよ」
「それで、出来そう?」
「ええ。今ならそのくらい出来ないとおかしいと思えますよ」
どんなに速かろうと、一瞬で流れるのだとしてもわたしの妖力。わたしの一部。わたしの体。その動きが分からないなんて、そんなことあるわけない。
目を瞑り、右手に何かを握らされた。どんな形かは知らないが、これから分かる。さあ、流そうか。
一瞬。しかし、妖力の流れが分かったような気がした。頭の中にその形がボンヤリと浮かんでいる。『コ』の字になっている、と思う。
「…おお」
…合ってた。頭に浮かんだ形に酷似している。試しに、床に手を付け、妖力を流す。床から椅子、机、机の上に乗っている様々なもの、パチュリー、本棚、詰まっている本、その向こう側に立っている妖精メイドさん、その他様々な形が頭の中に浮かんでくる。
本棚の向こう側はここからは見えない。しかし、妖精メイドさんがいたと感じた。本当に向こう側にいるかどうか確かめよう。
「そこにいる妖精メイドさん?」
「あっ、はい何でしょうか?」
「ちょっとそこから上に飛んでくれない?真っ直ぐに」
「え、あ、はい」
本棚の上から覘くように現れた場所は、確かにさっき感じた場所のほぼ真上。
「紅茶でも持って来てくれると助かるわ」
「分かりましたパチュリー様!」
わたしの後ろにいたパチュリーが妖精メイドさんに頼むと、大図書館から飛び出していった。
「…出来た?」
「パチュリーの言ってたことを考えたら、出来ましたね」
「きっと、貴女はそれが出来る子だったのよ。私はそれを後押ししただけ」
「それで充分。あと一歩を踏み出すのに必要な一押しでしたから」
頭の中には、さっき分かった大図書館の形が残っている。といっても、だんだん曖昧になってきた。きっと明日には何となくでしか思い出せないようなものになってしまうだろう。
「だけど、触れ合っているものしか分からないんでしょう?」
「うぐっ…。確かにそうですね。要改善でしょうか」
「じゃあ、また何か思いついたらここに来なさい。何か手伝えることがあったら手伝うから」