東方幻影人   作:藍薔薇

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第69話

「いやー!負けた負けた!」

 

そう言って瓢箪を煽ぎながら背中をバシバシ叩かれる。…滅茶苦茶痛い。

 

「最近のやつもなかなかやるじゃん!自慢出来るよ。この伊吹萃香に勝った鬼だってな!」

 

おっと。そろそろ訂正しとかないと。言いにくかったから訂正出来なかったけど、そのまま勘違いしたままというのはよくない。

 

「悪いですけれど、わたしは鬼じゃないんですよ」

「は?いやいや、冗談だろ?嘘は嫌いだぞ」

「こんな見た目だから誤解を受けることは多いんですよ。ドッペルゲンガーって妖怪なんです。知りません?」

「あー、名前だけなら昔聞いたような聞かなかったような…?」

「知らないなら軽く。わたしの見た目って貴女そのままなんです」

「うん?んー、自分の顔とか気にしてないからなー…」

 

そう言いながら、わたしの頭の上の方に手を伸ばす。そして何かを掴もうとする。…そこには何もないよ?

 

「うわ、見えるのに触れない」

「…角が?」

「角が」

 

そして瓢箪を煽ぐ。本当によく飲むなぁ…。

 

「それと、わたしは正直、あれで勝ったとは思えないんですよね」

「はぁ?勝ちは勝ちだろ」

「嘘や誤魔化しは嫌いそうですから言いますけれどね。わたしがやったことは『相手に勝てる勝負を投げてもらってわたしが勝てる土俵に乗ってもらう』ことなんですよ」

 

例えるなら、駆けっこが大の得意だと言う子供に対して、算数で勝負をしようと持ちかけるようなもの。駆けっこだと確実に負けるが、算数なら勝てる可能性がまだ残っている。

 

「あんな一発勝負なんかしなければ貴女は確実に勝ってたんですよ」

 

空振りするのは、当てるよりも何倍も疲れる。しかし、何度空振りしても何も変わりないのを見ていれば、わたしのほうが速く潰れるのは明白だった。

だから、負けるのが嫌だったから、勝てるかもしれないところまで相手に降りてもらった。

まあ、勝てると言っても、かなり低いと思っていたけれど。

 

「それに、どんなのかは知りませんけれど八雲紫に妨害を受けたんでしょう?」

「まあなー。確かに最初は三人になってやろうかと思った」

「…分身?」

「そんな感じ」

 

密と疎を操る程度の能力。密度を操作し、自らの体さえも霧にしてしまえる能力。その能力を使い、三人に分かれる予定だったそうだ。

 

「まあ、使えなくてよかったとも考えてる」

「そうですか?使えるものは使った方がいいでしょうに」

「三対一で弱小妖怪をボコってもつまらないじゃん?」

 

キシシと笑いながら、また瓢箪を煽ぐ。…どうしてお酒が尽きないんだろう?不思議だ。

 

「ま、敗者は勝者に従うだけさ」

「知り合いに妖霧が鬱陶しいって言ってたんで何とか出来ませんか?」

「あー、しょうがねえなー。何とかしますよっと」

「ぜひ、よろしくお願いします」

 

さて、目的は大体終わった。お酒もわたしも護れたんだ。あとは、このお酒を宴会に持ち帰りたいんだけど、もう始まってるだろうな…。

 

「…呼べば来ませんかね」

「誰が?紫が?」

「八雲紫が」

「気紛れだしなー。気長に待てば来るだろ」

 

そう言って瓢箪を煽ぐ。わたしもやることがないから、その辺の石ころを複製して、樹に投げつける。…お、いい当たり。幹の中心に当たったかな。

 

「…それがお前の能力?」

「ええ。『ものを複製する程度の能力』。使い勝手の悪い、不便な能力ですよ」

「そうか?結構便利だと思うけど」

「視界に入ってないとまともに出来ないなんて不便ですよ。普通に暮らすだけなら取りに行けばいいだけですし。それに、金属を複製してもそのままの強度、とはいかないときもあって困ったもんですよ」

「私を複製して受け止めたじゃん。十分過ぎる強度だろ」

「…あれは例外です」

 

本当に不思議だった。鬼の体が硬いとしても、わたしの複製がそこまで硬くなることはないと思う。春雪異変のとき、騒霊演奏隊を複製したときは、ちょっと強めの弾幕で穴が開いたり、抉れたりする程度だった。

だから、本当は複製は貫かれる予定だった。勢いを削ぎ、威力が落ち切ったところを受け止める予定だった。しかし、結果はどうだ。右手を一部が砕けただけで止まった。わたしの複製に何かあったのか?わたしが強くなった?そんな急に変わるとは思えない。じゃあどうなのかと言われても分からない。

 

「そうだ」

「ん?なんだ?」

「今の幻想郷に馴染むつもりならスペルカードルールについて知ってくださいね」

「そういやそんなこと言ってたな。避けてりゃ勝てるとかなんとか」

「詳しくは後程」

 

後方にみりんの複製。つまり、八雲紫の登場だ。

 

「…やってくれたわね」

「何をですか?八雲紫」

「お、出てきた」

 

その声は僅かに怒気が含まれている。あははー、こうなると思ってた。

 

「貴女は本当に意地の悪い」

「貴女の計画を上手くいかせるなんて嫌ですよ。だって――」

 

ああ、今のわたしの表情は物凄く嫌らしい笑みを浮かべているんだろうなぁ。だって、自然と頬が引っ張られて、視界が細くなってくるから。

 

「――『酒の無い宴会なんて魔法が使えない魔法使い以下』なんですよ」

 

 

 

 

 

 

「おう!遅かったな幻香!お前の言うとおり先に飲んでたぞー!」

「流石に一本じゃ足りないわよ…」

「一人一杯だったからね」

「咲夜ー、次の料理はー?」

「少々お待ちくださいお嬢様」

「レミィ、もう少し落ち着きなさい」

「幽々子様、もう少し…」

「何かしら?」

 

八人は既に宴会を始めていた。料理が所狭しと並べられ、その中心には既に空になった見覚えのある見知らぬ酒瓶が一本。

博麗神社の神棚に置かれていたお酒の瓶だ。

 

「で、ソイツは?」

「妖霧の犯人。もう反省してるって」

「そ。ならいいわ」

 

霊夢さんは萃香さんを見て、そう言った。…妖霧の犯人よりも、その後ろのお酒に気が向いているのがよく分かる。

 

「とりあえず取り返しましたから、飲んでてくださいなー」

 

そう言うと、数人が手を伸ばし、すぐに蓋を開けて飲み始める。…さて、わたしは料理でも食べてますか。

そう思って伸ばしたその手を八雲紫に掴まれた。あまり痛くない、しかし簡単には振り解けない絶妙な強さ。

 

「貴女、何をしたの?」

「貴女が奪った霊夢さんのお酒は複製だった」

「…何時?」

「貴女が霊夢さんとやり合ってるときに」

 

家に持ち帰るもののついでに複製して本物を隠しておいた。それだけ。

そこまで言ったところで、魔理沙さんが話に割って入ってきた。

 

「お前の風呂敷が消えたと思ったら布切れになったもんだから驚いたぜ」

 

そう言いながら両手に持ったわたしの風呂敷の成れの果てを見せびらかす。…うん、大体上手くいってたみたい。

その形は、右手のは『オ』『し』『入』『レ』。左手には『サ』『キ』『ノ』『ん』『て』『て』。濁点になる予定だったのは風か何かで飛んでしまったか、失敗して霧散してしまったんだろう。

 

「押入れを覘いてみれば、酒瓶が一本あるじゃないか!しかも霊夢は仕舞った覚えがないってさ!」

「わたしがやりましたよ」

「だろうと思ってたぜ!お前『お酒一本くらいなら宴会に出す』って言ってたもんな!」

 

そこまで言うと何故か高笑いをし出した。…かなり酔ってるな。

 

「と、いうことですよ。八雲紫」

「…ああもう、せっかく上手くいったと思ってたのに…」

「ふふふ、約束は守らないといけませんからね」

「それが貴女の首を絞めてたのに?」

「いいんですよ。わたしはやりたいことをしていただけですから。その結果がわたしに返ってきても仕方ない」

 

そこまで言うと、ようやく手を離してくれた。何となく萃香さんを探してみると、既に打ち解けている様子。レミリアさんと飲み比べしているように見える。…レミリアさん、負けるだろうな。

わたしは酒には一切手を伸ばさず、料理を口にする。酒を飲みながら食べることが前提になっているからか、少し味が濃いような気もするけれど、十分美味しい。

 

「あー、疲れた」

 

 

 

 

 

 

「で、どうだったの?宴会は」

「美味しかったですよ?」

「ならよかった」

 

そう言いながら、屋台の向こう側でサービスだと言う八目鰻を焼きつつ新聞を渡してきた。その名前は『文々。新聞』。

 

「結局雀酒を飲んだのは一人だけだったの?」

「そうですね。一人で一本丸々飲んでましたよ」

 

あれはいい飲みっぷりだったと思う。一気飲みしてたし。…しかし、一気飲みってあんまりよくないって慧音が言ってたような…。

 

「いやー、新聞に載る程だとは思わなかったよ。本当に」

「へえ、新聞に載るほどの何かが起こるんですか。雀酒って」

 

新聞を見てみると、その一面にはこう書かれていた。

『踊り明かす博麗の巫女』。

 


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