腕が非常に疲れたけれど、何とか家に持ち帰ることに成功したわたしはすぐに今まであった場所に設置した。机と椅子を置き、布団を敷く。今までなかった座布団は椅子の上に置いておくことにした。
「とりあえず精霊魔法の続きでも」
諦めずに語りかけ続ける。そうすれば、気紛れで応じてくれるかもしれないし、一回応じてくれればそれからは楽だと言っていたし。
「…ナンモンカツ」
◆
「…駄目だー」
火の粉が舞うことも肌が濡れることも微風が起こることも金属粉が現れることも砂が出ることもなかった。…ちょっとやそっとじゃ出来ないとは思っていたけれど、基本すらも出来ないとは。流石にへこむ。
「精霊さんよー、お願いだから聞いてくれよー…」
そんなわたしの呟きは、茜色に染まった魔法の森にむなしく木霊した。
「はぁ、そろそろ準備するか…」
今日のところはここまでにして、宴会に持っていく食べ物を選ぶ。昨日採ったばかりの茸と果実は持っていこう。果実は傷んでいないか心配したけれど、触れてみても妙に軟らかいところはなく、臭いにも異常はなく、傷んでいるようには見えない。あとは肉でいいや。
種類ごとに風呂敷――もちろん複製――に包み、軽く揺らしても落ちないことを確認してから机に置いておく。
「…今度新しく貰わないとなー」
お酒を隠すためとはいえ、大きな穴を開けてしまった本は、もう読めるようなものではない。本棚の下段の本を全て回収し、雀酒を取り出す。複製ではないことを感じ、蓋を開けて臭いを嗅ぎ、違うものにすり替わっていないか確認する。…うん。多分大丈夫。
「さて、行きますか」
風呂敷と雀酒を手に、博麗神社へと向かう。到着する頃には夜になってるでしょ。
◆
「こんばんは、魔理沙さん」
「ん、ああ。幻香か…」
魔法の森を歩いて少し。魔理沙さんの姿を見つけたので挨拶してみたけれど、明らかに落ち込んでいる。…盗られたな。
「ところでお前のとこに紫は来なかったか?」
「来ましたね。お酒を戴くとか言って持っていかれましたよ」
「ああ、私も焼酎をな…。代わりのなんて用意してなかったぜ…」
「わたしは二本あったうちの一本だけで済みましたよ。バレなかっただけですけれど」
あちらにとっては二本奪ったつもりなんだろうけれどね。
しかし、炸裂するみりん瓶を渡してしまったことはちょっと失敗したかな、と考えている。何故なら、お酒の偽物の可能性を示しているようなものだからだ。けれど、毒性植物の抽出液を置いておくようなやつは爆発物を用意しておいてもおかしくない、と考えてくれているかもしれない。
「ま、気づかなかったんでしょうね」
「酒の無い宴会にならずに済んだな」
魔理沙さんも宴会参加者全員からお酒を奪うつもりだったことを知っているのか。もしかしたら、奪った後に必ず『誰も持ってこない』と言っているのだろうか。
「一体、何のためでしょうね」
「さぁな。何か企んでるのは確かだろうけど」
「…企んでるのは確定なんですね」
「そりゃそうだろ?あの胡散臭さで何も、何て有り得ない」
わたしもそうだとは思っていたけれど、霊夢さん、魔理沙さんと、同じことを考えている人がいて、ちょっとホッとした。
しかし、誰を嵌めるつもり何だか。酒を無尽蔵に飲む、という情報しかない。
「しっかし、幽々子が泣くかもなー。酒が一本だけって知ったら」
「…幽々子さんが無尽蔵に飲む人でしたか」
「酒だけじゃない。食い物だろうと何だろうと、何処にそんなに入るんだかってくらい食うぜ」
お酒を無尽蔵に飲む人、西行寺幽々子。八雲紫はこの人を嵌めるつもりだったのか?
「…けれど、その人からも奪ってるんですよね」
「多分な」
「ですよねー…」
しかし、幽々子さんは宴会参加予定者。だからと言って、疑いを持たないわけではないけれど、わたし達のお酒を使ってどうやって嵌める?宴会を中止させる?次の宴会に参加すればいい。酒を処分して罪を擦り付ける?妖夢さんから奪っていることが伝わっていそうだから意味がなさそう。その酒を八雲紫が飲み干す?そんなことしたら、わたし達から袋叩きにされるのは八雲紫だ。それとも別の方法?…思い付かない。
「何考えてるか知らないけどな、勝手にさせとけばいいだろ」
「『酒の無い宴会なんて魔法が使えない魔法使い以下』…でしょう?」
「お前の一本があるし、霊夢から奪えるとは思えない」
「信頼してますねえ」
「…まあな」
表情に一瞬曇りが、醜い嫉妬が見えた気がしたが、気のせいということにしておこう。
「とりあえず、このお酒を奪われなくてよかったですよ。何せ伝説のお酒らしいですし」
「伝説だぁ?どんな?」
「教えてくれなかったんですよね。飲んでみてのお楽しみって」
「へえ、それは楽しみだ」
「そうね。驚いたわ」
…今、ここにいないはずの人の声が聞こえなかったか?…気のせいではない。今、後ろにいる。炸裂したみりんの複製と包丁モドキの存在を感じる。
「本当に驚いた。まさかそこまで精密な創造が出来るなんて」
「…八雲紫」
振り返ると、みりんの複製が染み付いた服を着た八雲紫がいた。その手には、包丁モドキが握られている。
「さあ、今度こそそのお酒を戴くわ」
「ふざけるな。…魔理沙さん」
「…二人で追っ払うか?」
「いえ、これ持って先行っててください」
風呂敷を手渡すと、すぐに箒に跨った。
「出来るだけ早くお願いしますね」
「…盗られるなよ」
「お酒一本くらいならちゃんと宴会に出しますよ」
わたしの言葉を聞いた魔理沙さんは、安心したような顔を浮かべて飛んでいった。
「あらあら優しいのねぇ」
「そうですか?」
「そのお酒を渡して人任せにしないところとか」
「あっそう、かいっ!」
「――ッ!」
視界に映る魔理沙さんを八雲紫に向けて複製する。速度はそのまま、魔理沙さんの飛翔速度。この至近距離は反応出来ても避けれなかったようだ。箒の先端が鳩尾にもろに激突したのが見えた。
そして、そのまま炸裂。既に炸裂するのは予想していたのか、すぐに防御の姿勢を取った。しかし、そんなものはどうでもいい。
既に、右手には妖力が十分溜まっている。
「模倣『マスタースパーク』ッ!」
未だに魔理沙さんのミニ八卦炉から放たれるものよりも劣るが、それでも十分な威力だ。防御とは、移動を捨てること。その場に留まり、耐えるのが普通だ。その姿勢を取っている八雲紫に当てることは、容易い。
「くっ…!」
「鏡符『多重存在』」
マスタースパークを放ち終え、八雲紫がいるのが見えたわたしが次にとる行動はもう決まっている。
八雲紫の拘束。背後に現れた
「痛っ!ああもう!」
「服の汚れなんて気にしないでいいですよ」
どうせ、もっと汚れるから。真上に飛び上がり、右腕を振り上げる。
「複製!『巨木の鉄槌』ぃ!」
「なっ!」
右手に複製した樹をそのまま振り下ろす。
「さて、逃げよう」
倒せたかどうかなんてどうでもいい。今必要なのは足止めだ。右手に妖力を集めながら、博麗神社へ向かう。
「模倣『ブレイジングスター』」
◆
あれはスペルカード戦じゃ使えないなあ、とか呑気なことを考えながら博麗神社の境内に降り立つ。
まだちょっと早かったようで、霊夢さんと魔理沙さんと妖夢さんしかいない。
「ふぅ、こんばんは皆さん」
わたしの姿を見て驚いた妖夢さんのことは気にしない。魔理沙さんはわたしの左手にある雀酒を見て満足そうな顔を浮かべた。
「お、何とかなったみたいだな」
「何とかしましたよ」
「アンタ、被害に遭ったって訊いたけれど、もう一本持ってたのね」
「そうですよ。先に渡し――」
突然、後ろから首を掴まれた。後ろを振り向こうにも、首が動かない。
「ちょっと借りるわよ」
ちょっと復帰が早すぎませんかね…?
目を見開いた三人の姿を見ながらわたしは何もできずにスキマの中へ入れられてしまった。