鬱陶しい木々が乱立する魔法の森を抜け、博麗神社に向かって歩く。道中にある石ころをたまに複製して、そのまま放置しながら。
「ん?」
遠くのほうで足音がした。四足の獣とは明らかに音の間隔が違う。どうやら人のようだが、里の人間の可能性が僅かだがあるので、警戒をしながら歩くことにする。
歩くこと少し、遠くのほうに見たことのある人がいた。
「…ちょっと早かったかな」
あれは妖夢さんだ。相手はまだわたしに気づいていないと思う。…思いたい。里の人間ではなかったことにホッとしつつ、急いで物陰に隠れて様子を窺う。
「まあ早くて悪いことはないでしょう」
その手に持っているのは、白く濁った液体が入った瓶。何かは知らないけれど、お酒の一つだろう。それらしい瓶に入っているし。
つまり、彼女はまだ八雲紫にお酒を奪われていないということになる。…ん?
「そこの通りすがりの半幽霊さん。ちょいとお時間良いかしら?」
「あれ?紫様。いつもながら唐突ですね」
…これはもう確定でいいかな?八雲紫は宴会参加予定者全員からお酒を奪うつもりでいる。奪うつもりがないならわざわざここで会う必要はないと思うし。
二人の話を黙って聞いていたら、やっぱりそのようだった。あの白く濁った液体は、どぶろくというお酒らしい。決してドブロイ波ではない。
そしてすぐに二人の戦闘が始まった。どうする?助太刀する?
「…さっさと博麗神社に行こう」
助けたくないってわけではないけれど、この状況で酒泥棒の話なんかしても意味はない。それに、八雲紫が妖夢さんに意識を向けている今なら、比較的安全に博麗神社に行くことが出来る。願わくは、妖夢さんには長い時間粘ってほしいものだ。
◆
長い石段を上り切ると、博麗神社が見えた。その境内には、掃き掃除をしながら空を見上げる霊夢さんがいた。わざとらしく足音を立てながら近付く。
「あら?珍しいわね。何か用?」
「ちょっと伝えたいことと訊きたいことが」
「ふぅん。どんな?」
掃き掃除を止め、こちらに顔を向ける。どことなく緊張しているように見える霊夢さんにわたしは伝えたいことを言う。
「酒泥棒が出たんですよ」
「…はぁ?」
「被害者は最低でも妖夢さん。それとパチュリー、咲夜さん、レミリアさん、魔理沙さん、貴女の内の誰か。最後にわたし」
「私は盗られてなんかいないわよ」
「じゃあそろそろ来るかもしれませんね。彼女の言っていたことから予想すれば、宴会に参加する人からお酒を奪うつもりみたいですし」
「誰よ、ソイツ」
「八雲紫」
そう言うと霊夢さんは手の甲を額に当て、軽く空を見上げた。小さな溜め息も聞こえてくる。
「…何企んでるんだか」
「さぁ?」
「あと、アンタが参加するなんて聞いてないわよ」
「なら今伝えました。魔理沙さんに誘われたんで。何か悪いことでも?」
「アンタって酒嫌いじゃ………まあいいか」
とりあえず、伝えたいことは伝えた。あとは、訊いておきたいことを訊いておこう。
「何で三日置きに宴会してるんです?」
「それは魔理沙に聞いて。アイツが勝手にやろうって言ってるんだから」
何か目的があるのかと考えていたけれど、残念ながら霊夢さんが知らないようだ。
「それと、八雲紫は誰を嵌めようとしていると思います?」
「…急に話が飛んだわね」
「適当に鎌かけて聞いたら反応したんで」
「悪いけれど思い付かないわ。アイツの頭はよく分からないことばかりだし」
これも外れ。しかし、霊夢さんが思い当たらない人、もしくは知らない人という情報とも言える。
収穫があまりなかったな、と考えていたわたしを見て、ああそうだ、と何か思い出したような顔をした霊夢さんが、わたしに軽く指差した。
「ねえ、アンタがこの妖霧の犯人だったりする?」
「はぁ?」
妖夢さんがどうして急に、って違う。妖霧か。そう言われて見れば、霧がかっているような気がしなくもない。幻想郷の夏ってこういう霧が出ることもあるんだ。知らなかったなあ…。って違う。犯人って言ってたじゃん。つまり霊夢さん曰く、この妖霧は誰かが起こしているものであるらしいが、残念ながら咄嗟に思い当たる人なんかいない。
「ここ最近、鬱陶しいのよ。この宴会騒ぎで誰も気に留めてないけれど」
「誰が犯人でしょうね。わたしは知りませんよ」
「犯人はまず否定するものよ」
「肯定したら?」
「分かりやすくて助かるわ」
「…黙ったら?」
「後ろめたいことがあるんでしょう?」
「どの道犯人確定ですか…」
犯人って決めつけてる気がする。それとも、しらみつぶしか?
「ま、正直アンタがそんなこと出来るとは思ってないわよ」
「…だったらその袖口に腕突っ込んで今にも投げようとしているお札から手を離してくださいよ…」
「だって弱いし」
「失礼な。…まあそうですけれど」
レミリアさんより多い妖力、と言われてもどう使えばいいんだかさっぱりだ。馬鹿にならない威力の弾幕なんて撃ち方知らないし、炎やら氷やらいつでも出せるわけでもない。素早く動けるわけでもないし、もちろん霧なんてどうやって出すのか知らない。
袖口から手を出し、その手に何も持っていないことにホッとしながら話を続ける。
「とりあえず、妖霧の犯人を捜してるんですか?」
「そうね。心当たりは?」
そう言われて、何とか出来そうな人を考えてみる。…うーむ。
「あ、そうだ。レミリアさんは?」
大体去年、紅霧異変を引き起こした張本人。あの人なら霧を生み出せるかもしれない。
「昨日の真夜中に行った。違うって」
「八雲紫とか?」
「アイツなら確かに出来そうだけ――」
そこまで言いかけて、突然臨戦態勢を取った。
「…来るわね」
「え?何が?」
霊夢さんが睨んでいるところを見ていると、空間が割れた。咄嗟にその場から離れ、木の裏に隠れる。
…妖夢さん、もうちょっと粘れなかったんですか?
「そこの通りすがりの巫女さん。ちょいとお時間良いかしら?」
「通りすがりはそっちでしょう。酒泥棒」
「あら?…ああ、そこの未熟者が言ったのかしら?」
…バレてる。ま、そりゃそうだよね。
「悪いけれど、アンタに渡す酒なんて一滴もないわ」
「酷いわねえ、宴会に来るつもりなのに」
「その宴会に必要な酒を奪ってるのは誰よ」
「知っているなら話は早い。お酒を渡して貰おうか」
「話聞いてた?一滴もないって言ってるのよ」
その言葉が開戦の合図となった。飛び交う弾幕。スキマから飛び出す得体の知れない何か――白く塗装された棒に知らない模様が描かれた板が貼り付けられている――。それを真ん中から圧し折る蹴り。
さて、どうする?助太刀する?…止めておこう。あれだけの勝負に付いて行けるとは思えないし、足手まといにしかならなさそう。
「今のうちに机と椅子くらい貰ってもいいよね…?」
簡単には勝敗がつかなさそうなほどの激戦であることが窺える。今なら博麗神社に入っても問題なさそう。どうせ減るわけじゃないし。ついでに出来たらやっておきたいこともあるし。
そこまで考えた私は、出来るだけ視界に入らないような道を選び、裏から博麗神社に侵入する。間取りは覚えているが、使いやすそうな机や椅子が別の場所にあるかもしれないので、出来るだけ多くの部屋を回る。
と、考えたものの、よさそうな別の机と椅子は見つからなかった。代わりに見つけたものは、使い古した座布団、前にも使わせてもらったような覚えのある布団と枕、見知らぬお酒が置かれている神棚、保存の利きそうな食料と利かなさそうな食料など。必要なものを複製し、使えそうなものは持ち帰ることにする。
「あとは机と椅子っと」
食卓の置かれている机と椅子を複製し、持ち帰るもの全てをまとめて持ち上げられることを確認してから博麗神社を出る。
結構時間をかけて回った気がするのだが、まだ決着はついていなかった。そのことに安心してから魔法の森に戻ることにした。