東方幻影人   作:藍薔薇

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第61話

「…信じられない」

 

思わず長椅子に横になっている幻香に目を遣る。呼吸の脈拍も体温も安定し、ただ普通に眠っている彼女。その彼女が創った緋々色金を調べていたが、とてもじゃないが信じがたい。

一体、彼女のどこからこれほどの妖力が出てきているのか…。

 

「…気になるけれど、加工しないと」

 

どうせなら目覚める前に完成させて、驚かせてやろうか、などと考えてしまうあたり、私も彼女に会って大分変わったな、と考えてしまう。昔はとにかく本を読んで、新たな魔術を模索するという、閉じた世界で十分幸せだった。

今では彼女を通して、外にも興味が出てきた。無理しない程度に外へ行くのもいいかもしれないと考えるくらいには。彼女が普段生きている外に。

もしかしたら、私の他にも魔法使いがいるかもしれない。霧雨魔理沙や、最近ここに来たアリス・マーガトロイドという新米魔法使いの他にも。もし見つけることが出来たら、お互いの研究について話してもいいかもしれない。

…考えが飛び過ぎた。さて、加工を始めよう。

 

 

 

 

 

 

浮遊感から解放され、世界の様々な情報を感じる。古くなった本特有の臭い。フカフカした触感。背中に感じる独特の反発感。閉じた瞼を通った光も感じる。紙の擦れる音。

あー、大図書館だなー、と考えながら起き上がる。

 

「あら、おはよう。倒れてから半日、といったところかしら」

「…おはようございます、でいいんですか?」

「もうそろそろ日も昇るから問題ないわ」

「そうですか――痛ッ」

 

思い切り伸びをしたら、急に頭痛が。おそらく、倒れたときにぶつけたからだと思う。あの時は痛みなんて感じなかったんだけどなあ…。

 

「大丈夫?」

「…多分」

「そう?…後で見せてね」

「分かりましたー」

 

体中を流れる妖力が少ない。普通に生活する分には問題ないけれど、スペルカード戦をしようって言われたら不安になってしまうくらい。…多分、十分の一にも満たない。

…どうしてわたしの妖力の自然回復って遅いんだろ?複製を回収すればすぐ回復するのに…。絶対量が少ないんだから満たされるのが速くてもいいじゃん。

 

「幻香。とりあえず貴女の創った緋々色金でペンダントを作ったわ。どう?」

「わぁ…。ありがとうございます!」

 

銀白色のシンプルなバチカンを同色の細いチェーンが通っている。緋々色金はほぼそのままの形でぶら下がっている。

 

「一応銀は一切使っていないわ」

「それはよかった」

 

銀は吸血鬼の弱点。触れると火傷するとか何とか。…そういえば、咲夜さんのナイフってなんで銀製なんだろう?

 

「それと、触れれば妖力として回収出来るのでしょう?だから何処からでも触れれるように緋々色金の周りには出来るだけ何も付けなかったわ」

「そこまで考えてくれていたとは…」

 

確かに、溶接したかのようにくっ付いている部分を除いて何も装飾品が付いていない。これは助かる。

 

「完全じゃないとはいえ、わたしの妖力の全部を食らい尽くして創ったんだからかなりの回復量になるはず…!」

 

創るときに持っていた妖力は大体半分くらい。スペルカード戦の後にたくさん食べてたから意外と回復が速かったのだ。…食べ過ぎてお腹痛くなったけど。

 

「冗談でしょう?」

「…?何がです?」

「あれで完全じゃないなんて…」

 

そう言って不可解なものを見る目でわたしを見た。完全じゃないことが何かおかしいのかな…?

 

「このサイズの緋々色金でも尋常じゃないエネルギーを持っているのに…」

 

パチュリーの手には本物の緋々色金が握られている。確かにわたしの妖力全部を使って創ったんだ。それだけ、過剰妖力を入れることが出来るということだ。

 

「それを飽和させるほどの妖力って…」

 

…つまり、この緋々色金にはもう妖力が入らないってことでいいのかな?そもそも、複製したものに後から妖力を注げるかどうか…。あ、出来るわ。

それにしても、わたし程度の妖力で飽和してしまうってことは、緋々色金も意外とエネルギー保有量が少ないのかな?

 

「意外と少なかったですね。わたしの妖力の半分で飽和出来るなんて」

「…?貴女、自分がしたことが分かってないの?」

「分かってますよ?わたしの妖力の半分くらいで過剰妖力を詰め込んだ複製を創った」

「その妖力量が異常なのよ」

 

妖力量が異常?まるで意味が分からない。

 

「その緋々色金が持つ妖力量は、この緋々色金のエネルギーとほぼ同量。…貴女のほうが僅かに多いくらい」

 

一息。

 

「緋々色金が持つエネルギーは尋常じゃないわ。この大きさでも、私の魔力量を遥かに上回る。…私が三人居てもまだ足りないくらい」

 

さらに一息。

 

「それを半分ってことは、貴女の妖力量は馬鹿げてるわ。貴女個人がそうなのか、ドッペルゲンガーという種族がそうなのかは知らないけれど、十年やそこらの妖怪が持つ様な量じゃないことは確か」

 

そこまで言うと、パチュリーはわたしを睨み付ける。

 

「ねえ、貴女って何者なの?」

 

 

 

 

 

 

幻香と初めて出会った際、彼女の複製した魔力回復薬――彼女に言わせれば妖力回復薬――を飲んだ時に驚いたものだ。

魔力回復薬と違い、その全てを回収出来るとはいえ、これほどまでに回復出来るとは、と。

 

『あの林檎食べます?それも同じ感じに吸収出来ますよ、きっと』

 

その言葉を私は断った。…怖かったから。

あの林檎を食べたら、私という器に収まり切らない、と本能が告げていたから。

 

 

 

 

 

 

「わたしですか?」

 

パチュリーが言っていたことを信じれば、十年程度生きた妖怪にはあり得ないほどの妖力を持っている、らしい。

妖力量が少ないと考えていたのは、複製をするたびに減る妖力が多かったから。しかし、パチュリーの言葉を信じるとすれば複製する際に使っていた妖力が多かっただけのようだ。妖力量がそれだけ多ければ、自然回復で溜まるのも遅いだろう。

わたし自身も驚いた。比較対象なんていなかったから考えたこともなかった。

 

「わたしは鏡宮幻香ですよ。ドッペルゲンガー、鏡宮幻香です」

「…そうね。貴女は幻香。種族は妖怪、ドッペルゲンガー」

「フフ、そうです」

「…ちょっと妖力が多い、優しい子」

「そうですよ。妖力が多いとか少ないとか、そんなのはわたしには関係ありませんよ」

「そうね。おかしなこと言って悪かったわね…。気分、悪くならなかった?」

「何言ってるんですか?分からないことがあったら調べるのは普通じゃないですか」

「…ありがと」

 

 

 

 

 

 

その後、頭の怪我を治癒してもらい、具体的なことを教えてくれた。

 

「あの緋々色金に含まれる妖力量が貴女の妖力の半分、というわけではないのでしょう?緋々色金自体も妖力の塊って言ってたのだし。その妖力塊がどの程度の量なのか分からないから省くから正確じゃない事だけは理解して」

「分かりました」

「…単純に二倍と考えるだけでも、貴女はレミィやフランを超える」

「…相当ですね」

 

五百歳の吸血鬼を超える妖力量。そうやって言われると、わたしの異常性がよく分かる。

妖怪は、基本的に年を重ねれば妖力量が増える。若ければ少ないし、年を取れば多い。これが普通だ。

 

「貴女は少ないと考えていたみたいだけど、こうやって比較がいると分かりやすいでしょう?」

「なんででしょうね?本当に」

「可能性は幾つかあるわよ。まずは、ドッペルゲンガーという種族は特別妖力量が多い」

 

他のドッペルゲンガーがいる、という話は聞いた。飽くまで可能性だけど。

 

「何かしらの方法で肉体改造を施した。妖力量を増やす改造なんて微妙だけど」

 

記憶が曖昧な時期があるから、もしかしたら有り得るかもしれない。

 

「実は数百数千年生きていた。つまり、貴女の認識がおかしくなっているってことね」

 

十年くらいしか生きていない、という事実は記憶にある。だから、違うと思いたい。

 

「十年くらいから前の記憶を全て失った。…いわゆる記憶喪失ってやつね」

 

もしそうなら、昔のわたしのことを知っている人がいてもおかしくないと思う。あのスキマ妖怪とか。

 

「人工生命体として造られた。…まあ、魔術的視点から見れば人工生命体は一つの目標だから、もしそうなら貴女を調べ尽くしたいわね」

 

創られた生命体…。もしそうなら、創造者の記憶がないとか悲しすぎる。

 

「…まあ、どれもこれも想像でしかないからね。気にしても仕方ないわ」

「そうですね。そんな昔のことよりも今ですよ」

「…頼もしいわね」

「ええ。過去は振り返れない性質ですから」

「振り返らない、の言い間違い?」

「二、三年くらいから前の記憶は曖昧でしてね…。十年くらい生きてるってことは分かるんですけど」

「…なら三つ目はあり得るかもしれないわね」

 

そう言われればそうかもしれない。けれど、十年と数百年数千年を間違えるかな?

 

「ま、流石に時間の感覚が数十倍数百倍に縮小するなんてことはないと思うけれど」

「ですよねー」

 


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