時は流れてもう六月。ようやく幻想郷の桜が開花し始めた。
既にある程度の敷地があって桜の木が数本ある場所を探しておいたので、慧音やチルノちゃん達には「ある程度咲いたら花見をしよう」と伝えておいた。各自何か食べ物や飲み物なんかを持ってこれたら持って来てほしいと付け加えて。
その場所が七分咲きくらいになったので、集まってもらったのだが…。
「いただきまーす」
「あー!アタイの魚取ったー!」
「取られる方が悪い!」
「チ、チルノちゃん!まだ残ってるから抑えて!」
「じゃっ、じゃあ私も…」
「なー!それもアタイのー!」
「もうっ!抑えてったら!」
「あー、この果物美味しい」
「こっちのお肉もいいよ」
「おー、騒がしいねえ」
「ミスティア、一本貰っていー?」
「私にも頂戴!」
「今日は仕事じゃないから好きなだけ食べな!」
「じゃあ私も!」
「わっ、私もっ!」
「それじゃあ私はお酒でも…」
「いやどうしてさスター!そこは『私も一本!』でしょ!」
「いいじゃない。食べたい人が食べて飲みたい人が飲めば」
「八目鰻二本とお酒一本ね!」
「私達も貰っていい?」
「おっ、そっちもかい?どんどん食べな!」
「ふう…。ミスティアさん、私にも一本ください…」
「大ちゃんお疲れ様ー」
「私の食うかー?」
「ありがとね、気持ちだけ貰っておくよ」
「綺麗だねー」
「…うん。外ってこんなに素晴らしいところなんだね」
「あはは、変なこと言うね」
「桜なんか見てないで食べて飲んでまた食べようよ!」
「一応花見…」
「花なんかオマケだよ!」
「『花よりダンゴムシ』って言うじゃん!」
「『花より団子』ね」
「花より虫のほうがいいの?」
「そこー!虫だって頑張って生きてるんだぞー!」
「あははー、お酒美味しー」
「ほらもっと飲めー」
「これも食えー」
「これもー!」
「こっちも!」
「ちょっ、無理無理…」
「こらそこ!無理強いしない!」
少し離れた桜の木の陰に座ってその様子をのんびりと見る。そして、軽く頭を抱える。
「………どうしてこうなった」
「私は嫌いじゃないぞ。騒がしいのは」
「慧音は子供大好きですからね」
チルノちゃん、大ちゃん、リグルちゃん、ルーミアちゃん、ミスティアさん、サニーちゃん、ルナちゃん、スターちゃんが来ることは分かっていた。だけど、今日初めて会った全く知らない妖精が何人もいる。きっと大ちゃんが呼んだんだろう。
しかし、それよりももっと来ちゃいけなさそうな人達が来ている。
「何で貴女達がいるんですか、夜の支配者さん」
「あら、私がいたら何か悪いのかしら?」
「今は太陽が支配する真っ昼間ですよ」
「その程度で止まるとでも?」
「夜桜まで楽しむ予定だったんだから夜来ればいいのに…」
そもそも呼んだ覚えがない。隣にわざわざ持ってきた凄く高価そうな椅子に腰かけるレミリアさん。当然のように咲夜さんも付いて来ている。さらに、過剰なまでに大きな日傘を持っているフランさんが妖精達と一緒になって楽しんでいるご様子。
「フランさんは外に出さないのではなかったんですか?」
「あの子も大分落ち着いたからね。信頼出来そうな子となら外に出してもいいかなと思ったのよ。それに、あの子が貴女に会いたがっていたようだし」
「…そうですか。興味本位で聞きますが、その信頼出来る子っていうのは?」
「私はもちろん、咲夜と美鈴。パチェは外にほとんど出ないと思うけれど一応。それと霊夢と魔理沙ね。あとは貴女」
「わたしも入ってるんですか…」
「あの子が一番気に入ってるから。…この私よりも」
「そんな目で見ないでくださいよ…。滅茶苦茶怖いです」
そっか。フランさんもやっと外に出れるようになったんだ。事あるたびに「壊さない、傷つけない、殺さない」と言い続けた甲斐があったのかも。
未だに睨みつけてくるレミリアさんから視線を逸らしながら慧音に話しかける。
「そういえば妹紅さんは?」
「アイツなら筍掘ってるぞ」
「…筍」
「旬は逃したくないとさ」
「それは残念」
「誰よ、その妹紅ってのは」
「友達です」
うーん、妹紅さんが筍掘ってるのを想像すると何だかシュールだ。今度会いに来てくれるときに持って来てもらえたらいいなあ。
そんなことを考えていたら名も知らぬ妖精二人が近づいてきた。そしてそのままわたしの頬を引っ張る。
「うわ、本当にそっくり」
「大ちゃんの言った通り…」
「痛ひでふ」
「こら、その辺にしておけ」
そっか。わたしの説明って『そっくり』で済んじゃうんだ。知ってたけど何だか悲しい…。
さらにその二人がレミリアさんにまで話しかける。
「そんな椅子に座ってないでこっちきなよー」
「顔色白いよ?日光浴でもした方がいいんじゃない?」
「フ…、この私が太陽なんかを見上げるなんて馬鹿げて――」
「難しいこと言ってないで行こうよ!」
「ちょっ、待ちなさっ!」
おおう、妖精って怖いもの知らずだなあ…と感心していたが、それ以上は流石に駄目だ。日光を浴びてしまったらレミリアさんが燃え尽きてしまう。
「二人とも、ちょっとごめんね。今からこの人とお話があるんだ」
本当はそんなもの全くない。
「え、そうなの?」
「じゃあ後でねー!」
「…ほっ」
胸をなでおろして座りなおすのを見届けてから、咲夜さんはどうして止めなかったのかな、と思い咲夜さんを見ると、日傘を持って待機していた。けど、その日傘…。
「咲夜さん」
「何でしょう」
「その日傘小さくないですか?」
「日頃からそう考えておりました」
「………買い換えなくていいの?」
「お嬢様はこの日傘がお気に召しているようですので」
「けど、その大きさだと翼がはみ出るような…」
「咲夜、今度作り直して頂戴」
「かしこまりました」
咲夜さんの仕事が増えてしまったけれど、レミリアさんの翼が焼け落ちないで済むようになるなら安いだろう。…けれど、ここに来るときはどうしたんだろう。焼けて再生を繰り返していたのだろうか、それとも翼には耐性があるのだろうか…。
花見とは全く関係ない事を考えていたら、目の前にお猪口が現れた。
「はは、幻香。お前も飲むか?」
「知ってて言ってるでしょう。飲みませんよ、わたしは」
「洋酒もか?」
「飲みません」
「ふん、せっかくよさそうなのを選んで持ってきたのになあ…咲夜が」
「貴女が選んだんじゃないんですか…」
飲んだことのないものを飲む気にはなれない。それよりも、酔ったらどうなるか分からないので酔いたくないというのが正しいのだが。
軽く息を吐き、気持ちを落ち着かせる。あまり聞きたくないことだし、この場に相応しくないのだが、定期的に聞いていることだ。今のうちに聞いておこう。
「ところで慧音。里はどうですか?」
「今聞くのか?」
「忘れないうちに」
「そうか」
そう言うと手に持っていたお酒を地面に置いてこっちに向き直す。
「里はだな、現状維持が大半になってきた」
「はぁ…。やっとですか」
「何の話をしている?」
「レミリアさんとは関係ないだろう話です」
適当にあしらいつつ、続きを促す。
「しかし、ごく一部が遂に外に出てまで捕縛処刑を目論んでいた」
「……どのくらい?」
「私が知っているのは三人。しかし、途中で大多数に止められていた」
「魔法の森の奥のほうだけど大丈夫かなあ…」
「さぁな。普通ならお陀仏だが」
「ちょっと待ちなさい。誰を捕縛処刑するって?」
「わたしですよ。知らないんですか?」
わたしが返した言葉の返事が来ることはなかった。その沈黙は肯定と取っていいだろう。
「咲夜」
「何でしょうお嬢様」
「…知ってたの?」
「存じておりました」
「帰ったら詳しく教えて頂戴」
「かしこまりました。私が知っていることの全てをお伝えします」
咲夜さんは里へ買い出しによく来ているらしい。だったら、わたしの捕縛依頼、討伐依頼なんかを出されたり、わたしに対するかなり嫌な話も聞いているだろう。
何か嫌なことがあったら『今禍が鼻で嗤った』と言っていると慧音に聞いた時は本当に鼻で嗤いたくなった。
「ま、今は大丈夫そうですね」
「そうだな。過激派も縮小の一途を辿っている」
「余計な部分が飛んでいるともとれそうですけどね」
「より濃縮された悪意、か」
「見当違いもいいとこなんですけどね」
大体分かった。しかし、ちょっとこの辺りだけ空気が重くなってしまったかな。
「つまらない話を聞かせてしまいましたね。すみません」
「…紅魔館に来る?パチェも喜ぶわよ」
「候補の一つとして考えておきますね」
紅魔館も居心地がいいのだが、今はあの魔法の森から離れたくない。例え里から近くても、慧音や妹紅さんから離れたくないから。
「まどかー、何話してたんだー?」
「チルノちゃんには関係ない話」
「むぅ!仲間外れは許さないぞ!」
「…関わらない方がいい話だよ、チルノちゃん」
「…?何か言った?」
「いえ、何も」
いくら友達でもあまり聞かせたくない話だ。知っているかもしれないが、わたしからは言いたくない。
「話が終わったならこっちで一緒に食べようよ!」
「ええ、そうですね。――慧音、レミリアさん。それじゃあ行ってきますね」
「うむ、楽しんでこい」
ゆっくりと腰を浮かし、木陰から出る。すると、友達から次々と声を掛けられた。
「幻香も一本食べる?」
「ありがと。貰うよ」
「これも食うかー?」
「ありがとね。美味しく頂くから」
「幻香!これも美味しいから!」
「…蜂蜜ですか。出来るなら持ち帰りたいんですけど」
「まどかさん、この果物はどうですか?」
「うん、美味しそうだね」
「まどか!アタイの魚も食べろ!」
「見事なまでに氷漬け」
両手いっぱいの食べ物を受け取ったので、桜を鑑賞しながら食べていたら急に日光が遮られた。
「ねえ、おねーさん」
「はい何でしょうフランさん」
「私ね、おねーさんに言わなきゃいけないことがあるの」
そう言うとすぐに隣に腰かけた。その表情は日傘で隠れてしまって見えない。
「遅くなっちゃってごめんなさい…」
「気にしないでいいですよ。わたしはいつでも待ってますから」
「ううん、もう待つ必要はないよ」
日傘から顔を出し、わたしを見つめる。その表情は溢れんばかりの、花のような笑顔。
「…私の我儘聞いてくれてありがとね」
「ふふ、その言葉が聞けただけでわたしは動いた甲斐があったと思えますよ」
わたしの心がこんなにも暖かく感じられるのだから。