東方幻影人   作:藍薔薇

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第55話

翌日の朝。

目が覚めたら壁は消えていた。障子を開けて外に出ると、心なしか暖かくなっているように感じ、春が来たことを実感した。安心していたらすぐに空腹を感じたので、霊夢さんに頼んで朝食は貰った。のだが「食った分は返しなさい」と言われてしまった。忘れなければ何か持ってこよう。

妖力量はまだ心もとないから何日か安静にしていようかなー、とボンヤリ考えながら縁側に座り、空を見上げる。今日はいい天気だ。鳥も一匹こっちに近付いてきて…ん?なんか大きくない?

 

「おっ!本当に起きてやがる」

「うわっ、魔理沙さんですか」

 

どうやら鳥じゃなくて魔理沙さんだったようです。黒っぽい服着てるから見間違えてもしょうがないね。…しょうがないよね?

 

「流石妖怪。しぶといな」

「流石人間。図太いですね」

「ま、生きてるみたいでよかったぜ。死んでたら寝覚めが悪い」

「霊夢さんには感謝してますよ。言ってませんがね」

「おいおい、言ってやったほうがいいぞ?」

「妖怪にお礼なんて言われても喜ばないと思いましたので」

 

「そうかい」と言いながら、箒から降りてわたしの隣に腰かける。

 

「さて、私に聞きたいことがあるんじゃないか?」

「えーなんだっけ忘れちゃったなアハハー」

「絶対覚えてるだろ」

「ええもちろん。面白いもの期待してますよ?」

 

さて、霊夢さん曰く早々に倒れてしまった魔理沙さんの武勇伝はどんなものなのかな?正直に話すことはないと思うから、どんな作り話になるかが楽しみで仕方がない。

オホン、とわざとらしい咳を一つしてから語り始めた。

 

「私達は春を奪った黒幕を探して冥界へと降り立った」

「あ、そこらへんはいいです」

「武勇伝の冒頭にはそれらしい言葉が必要不可欠だぜ。黙って聞いてな」

「そういうものなんですか」

「そういうもんだ」

 

そうなのか。いつかわたしの武勇伝が出来たときにはそれらしい言葉と共に始めよう。…出来るとは思えないけどね。

 

「階段を上った先に現れたのは魂魄妖夢と名乗る庭師兼剣士。そこで仲間の一人が私達のために犠牲となって――」

「待ったぁ!犠牲って!何勝手に殺してるんですか!」

「あ?死にかけてたし似たようなもんだろ。続けるぞ」

「はぁ…。分かりましたよ黙って聞いてます」

 

何か別の言い方があるでしょう…。身を挺してとか先を急ぐよう促されたとか…どちらにしろ駄目な気がしてきた。

 

「犠牲となってくれたので私達は先を急いだ。その先に待ち構えていたのは黒幕、西行寺幽々子。その目的は、春を集めることで今まで一度も満開になったことのない西行妖を咲き誇らせることだ」

「それだけの為に春を集めてたんですか?」

 

それらしい相槌を打ち、話の続きを促す。同じことでも、観測者が変われば中身も変わって見えるものだ。さて、魔理沙さんにはどんな風に見えていたのか…。

 

「いや、それだけってわけじゃないらしい。何でも、西行妖の下には何者かが封印されているらしい。満開になるとその封印が解けるってわけだ」

「へー。その西行寺幽々子さんにとってはどっちが重要だったんでしょうね」

「さぁな。封印を解くことのほうが重要っぽかったけど、満開にすることも楽しみにしてた感じだったし…」

「まあ両方同時に成功する予定だったからどっちでもよかったんでしょうね」

「違いない」

 

そう言って二人で笑い合う。

 

「西行寺幽々子は私達に言った。『なけなしの春を頂くわ』ってな。あとで聞いたんだが春三、四枚で満開するはずだったらしいぜ」

「わたし、足止めしててよかったかもしれません」

「はは、そうかもなあ」

 

三、四枚で満開ってことは、わたし、魔理沙さん、咲夜さんから一枚ずつ持ってかれて満開になっていた可能性もあったということだ。危なかった…。

 

「何処までも拡がる美しい弾幕、蝶のように舞うしなやかな佇まいは見てて惚れ惚れしたぜ」

「そうなんですか…。一度くらい見てみたかったかも」

「死んでたら見れたんじゃないか?」

「そんなことの為に死にたくないです」

 

さて、そろそろ楽しい作り話が始まるはずだ。

 

「私達はそれに対抗して個々のスペルカードを放った!私は当然マスタースパークをな!」

 

嘘だ。魔理沙さんはスペルカードを使えずに散ったらしい。

 

「そのド派手な魔法に撃ち抜かれた西行寺幽々子の顔は苦痛に歪み!」

 

嘘だ。そもそも魔理沙さんは被弾すらさせていないらしい。

 

「何処からともなく現れたナイフが西行寺幽々子に襲い掛かった!」

 

嘘だ。咲夜さんの放ったスペルカードは掠りもしなかったらしい。

 

「そして霊夢の夢想封印が炸裂!こうして黒幕は倒れ――痛だっ!」

「何言ってんのよ。嘘はそのくらいにしときなさい」

「あ、霊夢さんに咲夜さん。どうしたんです?」

「目覚めると聞いたのでちょっとした洋菓子を持ってきたんです」

 

そう言って持っていた袋からクッキーを取り出して皿に入れた。…ん?咲夜さん、ちょっと嫌なことでもあったかな?表情が暗いような気がしなくもない。

あと、最後に霊夢さんが放ったスペルカードは宝具「陰陽鬼神玉」というものらしい。夢想封印もしたらしいけど。

 

「なんか騒がしいと思って来てみたら作り話ばっかり…」

「話し手が納得しない武勇伝があっていいのか?否、いいわけない!」

「それを人はほら話って言うのよ」

 

そう言った霊夢さんに突っかかり、睨み合い出した。…止めた方がいいのかな?いや、面倒だからいいや。

 

「幻香さん、伝えておきたいことは二つほど」

「え?何かありましたっけ?」

「一つは妹様からお礼と言っておくよう頼まれました。『おね――」

「待って。その言葉は咲夜さんから聞きたくないかな」

 

他の人を挟むお礼なんか要らない。その人の為にやったんだから、ちゃんと本人から聞きたいんだ。

 

「失礼しました。では二つ目を。パチュリー様から伝言です。…これは聞きますか?」

「お礼じゃないなら」

「では伝えます。『妖力枯渇は一歩間違えれば死。その前に対策を』とのことです」

「あー…。必要なことだったんですけど心配させちゃったみたいですね。まあ、対策は考えてますから」

「では、お二人に伝えておきますね」

「ありがとね、咲夜さん」

「いえ、お気になさらず」

 

咲夜さんと話している間に、二人が境内でスペルカード戦を始めていた。幻想郷では諍い事の決着は大抵これで決めるものである。どうやら魔理沙さんのほうが劣勢のようで、少し顔を歪めている。

 

「それと咲夜さん。レミリアさんと何かありました?」

「…実は一つ」

 

咲夜さん浮かない顔をする理由なんて、今までも経験上レミリアさん関連がほとんどだ。無茶な要求を言われたり出来そうにない要求を言われたり不可能な要求を言われたり…あれ?レミリアさんが大抵悪いような気がしてきた。

 

「お嬢様に『貴女が行っても行かなくても運命は変わらなかった』と言われまして。つまり、仕事を蔑ろにしてしまったのと同じなのです」

 

ふむ。行っても行かなくても同じだったのに、仕事を放棄して行ったということを気にしているのかな?

よし。それっぽいこと言って励まそう。

 

「そんな後付けみたいなこと言われたんですか?たとえレミリアさんにそう言われてもわたしは咲夜さんの支持しますよ。行っても行かなくても同じだとしても、行動したほうがいいに決まってますからね」

「…お心遣い、ありがとうございます」

「そんなこと言わないでくださいよ。咲夜さんが正しいと思ったことをすればいいんです。それがレミリアさんにとっても最良なことだと思いますからね」

 

まあ、行っても行かなくても同じだとしたら行動しないことがあるわたしが言えたことじゃないけどね。それに、咲夜さんが考えるのはレミリアさんのことが第一だ。だから、そんなことを言わなくてもよかったのだけどね。

うーん、もうここにいる理由は無くなったかな。それに、妖怪であるわたしが博麗神社に長居しちゃいけないような気がする。

 

「さて、そろそろお暇しますか」

「あそこの二人に言わないでいいのですか?」

「んー、水を差すのは悪いでしょ」

 

やはり劣勢の魔理沙さんだが、高速移動を繰り返して撹乱し続けている。呼び止めるのは悪いだろう。

 

「それに、わざわざお別れを言わないといけないような仲でもないと思いますし」

「そうですか。それでは、またいつかお会い出来るのを楽しみにしてますね」

「うん。わたしも楽しみにしてる」

 

咲夜さんとは別れを告げて、二人の目に付かない裏のほうから出ていく。

さあ、冬も終わりになったことだし、約束通り花見の準備でもしますかな。

 


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