東方幻影人   作:藍薔薇

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第54話

冥界を出て一直線に、かつ最速で博麗神社へと向かう。

アイツが倒れてからどのくらいの時間が経っているのだろうか、そもそもアイツを復活させることは出来るのだろうか。そんな考えが頭に浮かぶがすぐに隅へと追いやる。そんなことを考えても意味はない。到着するまでの僅かな間に方法を考えなければ。

私が出来る覚醒の手段は人間用だ。妖怪に対しても問題なく出来るのだろうか。…おそらく出来ないだろう。効き目が弱すぎるか、害となってしまうと思う。前者ならばまだいいのだが、後者は良くない。多少の害ならば、健康体の妖怪に対してなら出来るだろう。しかし、今のアイツは死に片足を突っ込んでいる。そんな状態でやればたちまち御陀仏だ。

ならば、どうする?

人間用から妖怪用に無理矢理変える。変えてみせようではないか。

 

「…やってやろうじゃないの」

「意気込むのもいいが無理すんなよ」

「分かってるわよ」

 

博麗神社の境内に降り立ち、既に開いている障子をくぐる。中には布団の上で横になっている鏡宮幻香とその横で濡れタオルを彼女の額に乗せている咲夜がいた。その布団、私が普段使っているのなんだけれど…。まあいいか。

 

「脈は弱いですがありました。呼吸も一応。体温は問題ありません」

「そう。妖怪の意識の覚醒なんて初めてよ、全く…」

「方法は考えたのか?」

「…大丈夫よ。多分ね」

 

必須条件は妖力の回復、もしくは補給。外側から入れるか内側から生み出すか…。

確実なのは内側から生み出すこと。しかし、私が知っている方法は人間用。妖怪用に変えるのを勘でも何でもいいからしなければならない。

楽なのは外側から入れること。しかし、妖力とはその妖怪から自然に生まれるものだから、魔力と違って外部から作っても受け入れるかどうか分からない。

 

「二人共、コイツの妖力の代わりになりそうなものって持ってない?」

「魔力回復薬なら気休めになるだろうけど、どうだろうな…」

「ありますよ」

「そう咲夜。あるのね――ってあるの!?」

「ええ。どうぞ」

 

そう言って渡されたのはさっき袋に詰めていた花びら。

 

「これは幻香さんの妖力塊、のはずです」

「…コイツの複製って妖力から創られてるの…?」

「つまり、西行妖なんか創ったから枯渇したってことか…」

「恐らくは」

 

手に取って見てみるが、何処にでもある普通の桜の花びらにしか見えない。強いて言うならば、あの春のように萎れていないことくらいだろうか。

しかし、そんなことは今はどうでもいい。これでいちいち人間用の手段を妖怪用に変えずに済む。

 

「あとはこれをどうにかして飲ませれば…」

「口に詰め込んでおけばいいんじゃないか?」

「流石に駄目でしょ」

「無理があるかと思います」

「う…」

 

水と一緒に、は駄目だ。気管のほうを通って肺に入ってしまう。結果、溺れたわけでもないのに溺死体になってしまう。

しかし、考えている時間も惜しい。

 

「こうなったら力業よ」

「は?」

「無理矢理入れる」

「オイオイ!さっきしないって言っただろ!」

「正直上手くいくかどうかは知らないけれど…」

 

コイツが魔理沙の手から本の複製を消滅させたときに何かを感じた。そして、その感じた何かは空気に溶けるように薄まり、ほとんど何も感じなくなった。今思い返してみれば、それはコイツの妖力だったのだろう。

 

「夢符『二重結界』」

 

横になっているコイツを囲むように結界を張る。これで私が許可したもの以外は通ることはない。そして、袋詰めの花びらを結界の中に入れる。

 

「…何してんだ?」

「…そういう事」

 

私がやりたいことが魔理沙には分からないようだが、咲夜は分かったようだ。

 

「あとはこの複製を何とかすれば…」

「…液体なら蒸発させると妖力になって霧散する、と幻香さんは言っていたのですが…」

「…絞ればちょっとくらい出るかしら」

「どうでしょう…。石は割れましたし、金属は変形しましたから、これらと同じように花びらを絞れば多少は出るかもしれませんが…」

 

そういえば、騒霊演奏隊とのスペルカード戦のときの魔理沙の複製に抉れた様な弾痕がなかったか?それに、三人の複製が炸裂する前に腕やら脚やらが消し飛んでいたような…。他にもコイツのスペルカード、鏡符「幽体離脱・滅」は相手の弾幕、妖力弾を複製して打ち消しているのだろう。その際に消し飛んだ複製はどうなっているのだろうか?同じように空気に溶けて霧散しているのではないか?

あと、燃やしてみたらどうなるだろうか。灰になるものもあるだろうけれど、水分を含んでいるのだったら無理矢理蒸発させることになる。

確証はない。しかし、今思い付いた方法はそれしかない。

花びらの複製の一枚を紙に挟んですり潰す。すると、紙が僅かに桜色に染まりながら透けた。つまり、水分を含んでいるということ。

 

「…あとは運任せね」

 

残った大量の花びらの複製を半分に分ける。

片方には消し飛ばすほどの高威力の弾幕を放ち、もう片方は無理矢理燃やす。

すると、結界の中に妖力が溜まっていることを感じることが出来たので、上手くいっているはずだ。

 

「あとは呼吸すれば少しずつだろうけれど補給出来るはず…」

「どのくらいで目覚めるでしょうか…」

「明日には覚めるんじゃないかしら」

「何をしたんだかさっぱりだが何とかなったらしいな。じゃあ私は帰ることにするぜ。明日の朝にまた来る」

「それなら私も帰ることにするわ。お嬢様に謝らなければならないし」

「そう。それじゃあまた明日ね」

 

二人を見送ってから、結界が消えないように札を近くに貼る。これであとは起きるのを待つだけだ。

ついでに燃やしたから中がかなり暑そうなので大きめの容器に雪を入れ、結界の中に入れておいた。

 

 

 

 

 

 

…少し焦げ臭い…。

目は閉じたままで、今いるところの情報を確認する。体には何か重いものが乗っていて温かい。どうやら布団に寝かされているようだ。かなり蒸し暑い。近くで何かを燃やしていたような臭いを感じる。光はほとんど感じない。

…黒幕の本拠地にでも連れ去られたか…?え、そんなこと有り得る?あれだけ言っておけば放って置かれると思ってたのに。よし、この場から急いで脱出しよう。

布団を剥ぎ取り、勢いよく起き上がる。暗くて内装はよく分からないが、どうやら障子張りの部屋のようだ。

 

「へぶっ!?い、痛ったぁー…!」

 

障子を開けて外に出ようと思ったら何かに思い切りぶつかった。しかも顔面から。滅茶苦茶痛い…。

 

「何これ?え?え?本当に何これ!?」

 

どうやら透明な壁のようなもので囲まれているらしい。腕を上に伸ばしてみると天井もあるようだ。…下の畳を壊せば出れるかな?

畳をブチ抜こうと構えを取ったその時、障子が開き、誰かが現れた。

 

「てりゃっ――へぶっ!」

「何してんのよアンタ…」

 

咄嗟に迎撃しようと殴りかかったが、壁があったことを忘れてた…。

それに霊夢さんだったし。

 

「あれ?れ、霊夢さん?」

「見て分からないの?」

「いえ、黒幕に捕まったと思いましてね」

「残念だけどアンタは西行妖の根元でぶっ倒れてたわよ」

「そうですか、ならよかった」

「どこがよ。死にかけてたのよ?」

「え?嘘!?」

 

まさか生命の危機になる程だとは思わなかった。だって妖力枯渇は何回か経験しているこれど、そこまで危険な目にあったことないんだもん。

 

「ちょっと手違いだなあ…。まあいいや」

「わざわざ起こしてあげたんだから私の質問に答えなさい」

「ええー…。何か話すことってありましたっけ?」

「あるのよ」

 

何を訊かれるんだろうか?何か変なことしたっけ?…うーむ、思い付かない。

 

「まず、私達が行ったあとで何してたの?」

「あー、それですか。じゃあ話しますよ。どうせならそちらも…いや、やっぱいいです」

「悪いけれど魔理沙から武勇伝を訊こうなんて無理だからね。アイツ寝てたし」

「嘘!?じゃあお願いします!訊かせてください!」

「アンタが話し終わったらね」

 

さて、わたしがやったことが上手くいったのか心配だけど、その答え合わせでもしますか。

 

「春を賭けてスペルカード戦をしてました」

「アンタ馬鹿?」

「あのまま踏み続けてたら左手で抜刀からの足切断が怖かったんですよ」

 

一瞬、左手が刀のほうに動くのが見えたしね。そういうふうに腕が動くかどうかは置いておいて。

 

「まあ負けましたけどね」

「でしょうね。四、五十枚の春を抱えて来たわよ」

「それはよかった」

「どこがよ」

「あとで説明しようかと」

 

まあ、説明するかどうかは知らないけれどね。質問されたらするけど。

 

「次に西行妖についてよ。わざわざ出す理由なんてある?」

「あれは三つくらい理由がありますよ。一つは妖力枯渇」

「はぁ?」

「斬られる前に倒れてしまえば殺されることはないと思ったけれど、上手くいってよかったですよ」

「死にかけたくせに」

「うぐっ…。二つ目は春を隠すこと。本当は懐に創った四十枚もばらまく予定だったんだけど力尽きちゃって…」

 

服が破れているから、まとめて持っていかれたと思う。もしかしたら、強く引き裂いて弾け飛んだのではないか、と考えるが実際はどうなのかは彼女に聞かないと分からない。

 

「意味ないじゃない」

「ま、五十枚持ってたなら成功ですね」

「数えてないから知らないわ」

 

魂魄さんは『もしも』を考える人だと感じた。考えない人ならわたしの持っているかどうかも分からない春なんか放っておいて、黒幕さんのところにもがいてでも行こうとすると思ったから。だから、十枚だけでも隠すために散華させた。

そうすれば、スペルカード戦では出来ないだろうと考えた時間稼ぎが出来ると思ったから。

 

「最後に失敗の、敗北の絵を見せつけること」

「…『見たくないもの』ってそれのことね」

「満開にさせることが目的の人に散華を見せつけるのは効果的だと思ったんですよ」

 

例えば、曲芸師が二人いたとする。一人目が失敗してしまったら、二人目は『自分も失敗してしまうのではないか』と考えてしまう。そうすると、普段の実力は出せなくなってしまう。

それと同じだ。

 

「まあ、大体分かったわ」

「夜も深いですし、短めに説明しておきましたよ」

「じゃあ私達のほうを話すわよ」

 

霊夢さんの話をまとめると、黒幕の名前は西行寺幽々子。目的は西行妖を満開にすることでその下に封印されている何者かの復活。スペルカード戦はこちら側が圧倒的劣勢だったが途中で不調となり、逆転勝ち。

 

「じゃあ効果あったんですね」

「おそらくは、ね」

 

間接的だがサポーターとしての役目を果たせたことに満足。

 

「とりあえず今日はもう寝てなさい。朝になれば魔理沙と咲夜も来るらしいから」

「はーい。それはそうとこの壁、何とかなりませんか?」

「してもいいけど明日になったらね」

「ええー…」

 

明日には雪解けと共に幻想郷に春が訪れるだろう。楽しみだなあ。

 


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