東方幻影人   作:藍薔薇

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第53話

「目に焼き付けろ!心に刻め!これから起こる結末の先行上映だ!複製『西行妖散華』!」

 

そう言って彼女、鏡宮幻香は目の前に西行妖を出現させ、咲き誇る花の全てを散らした。

その光景はあまりにも幻想的で、あまりにも悲劇的だった。

私はその舞い散る花びらを呆然と見詰めていた。その花びらの全てが落ち切り、酷くさびしくなってしまった西行妖を、ずっと。

 

「――ハッ」

 

…いけない。こんなところでボーっとしていたら幽々子様に叱られてしまう。

どういうわけか彼女は意識を失っているし、本人も負けを認めていたのだから私の勝ちなのだが…。拍子抜けというかまだ本気出していなかったかのような恥となる負けから逃げたような不思議な終わり方だ。不意打ちとはいえ私に攻撃をし、現状最速の一撃を避けて見せた彼女にちゃんと勝利すれば、私はもっと成長出来ると思っていたのに。

しかし、そんな感慨に浸るのはあとだ。今やるべきことは既に決まっている。彼女から春を奪い取ること。そして、西行妖にその春を捧げることだ。

眠るように倒れている彼女に近づき、服の中を探る。

 

「ん?」

 

何かに触れたので掴み取ってみると、それは五枚の春だった。しかも、服の中にはまだたくさんありそうである。一体何枚隠し持っているのか…。しかもそのうちのほとんど、もしくは全てが偽物の可能性大という始末。

 

「ええい、くそっ!」

 

服の中に手を入れてとることが面倒に思い、彼女の服を破ると、中から数十枚の春が弾け飛ぶ。今になって考えてみると、あのまま斬っていたら彼女の春ごと斬っていたことになる。そう考えると、自分が今までしていた行動にゾッとした。

しかし、そんなことで止まっている暇はない。今は弾けてしまった春の回収だ。しかし、色合いが似ている花びらが辺り一面にある中から探すのは一苦労だ。

二、三分かけて彼女の周りをしらみつぶしに探した結果、三十四枚の春が見つかった。また、破いた際に散らなかった春が六枚。合計四十枚が手元にある。…もしかしたら、否、もしかしなくても服を破かなかったほうが早かっただろう。

 

「…ふぅ。これで全部かな。……あ」

 

…そういえば、彼女に踏まれていた時――思い出すだけで腹が立つ――に十枚の春をばら撒いていた。あれの中に本物があったら?…いや、あるわけがない。本物をあの時に落としていたらそれこそ馬鹿のやることだ。…しかし、もしも、あの時に落としていたら…。

 

『けれど、もし持っていたら、を考える貴女は受けざる負えない』

 

ふと思い出した彼女の言葉。あの時と同じだ。あの時と同じように、もし落としていたら、を考えている。そして、これから自分が取る行動もそのままだった。

十枚の春を求めて、まずは不意打ちを食らってしまった場所へ行く。そこで落ちている花びらを退けてみるが、見つからない。どうやら、スペルカード戦をしている間にそこら中に散り散りになっていたようだ。

結局、落ち切った花びらを退けながら全体を歩き回って探すことになり、その十枚を探すのに数分の時間を取られてしまった。

合わせてみれば約十分。あのスペルカード戦よりも長い時間である。

 

『時間稼ぎくらいならー、なぁんて考えていたけれどそれももう無理そう』

 

……嘘吐き。時間稼ぎは十分にしているじゃないか。

 

「よし、これを幽々子様のところに持っていかないと…」

 

五十枚の春を持って、西行妖の元へ走る。幽々子様はあの三人の人間と戦闘中か、既に終わっているのか。もし戦闘中ならば助太刀せねば。

 

「!?」

 

西行妖までの道半ばで、見慣れない激しい光が目を貫いた。光源の場所は、西行妖近く。

 

『貴女達は負ける!霊夢さんに!魔理沙さんに!咲夜さんに!人間達に負けるんだ!』

 

それを見た私の心は、彼女の言っていた言葉によって締め付けた。

幽々子様、どうかご無事でっ…!

 

 

 

 

 

 

…さっきから黒幕、西行寺幽々子の様子が変だ。

 

「霊符『夢想封印・集』!」

「くぅっ…!」

 

騒霊演奏隊と戦ったときと同じようなルール――私達は被弾は一人三回までで、スペルカードは一人三枚。三回被弾するまでスペルカードを使い切っても負けではないが三回被弾したら脱落。残っている人のスペルカードを全て使い切ったら全員負け。あちらは被弾九回のスペルカード九枚だ。――で始まったスペルカード戦。いざ始まってみれば、こちらが圧倒的劣勢だった。

惜しげなく使われるスペルカード。激しくも美しい弾幕に次々と仲間が被弾。私達はまともに攻撃も出来ずにいた。魔理沙も咲夜も脱落し、私も一回被弾してしまったときに、柄にもなく異変解決の失敗の可能性が脳裏を過った。

しかし、数分経った頃だろうか?彼女は一瞬目を見開いたままその動きを止めた。その隙に放った針状弾幕も気にせずに。そしてそのまま被弾し、慌てて体勢を立て直していた。

そのときの視線はわたしのさらに向こう側を見ていたようだったが、私に後ろを見ている余裕はなかった。

それからは彼女の弾幕の激しさは目に見えて弱まり、さっきまでは避けれただろう弾幕に被弾する始末だ。

あのスペルカードで彼女の被弾は八回目。それに対して、私は二回。そして、残されたスペルカードはお互いに一枚のみ。まさしく一触即発。だが、緊張は一切ない。

…これで決める。弾幕の間をすり抜けて一気に接近する。

 

「宝具『陰陽鬼神玉』!」

「――ッ!桜符『完全なる墨染の桜』!」

 

苦し紛れのスペルカード、と言わざるを得ないような程弱々しい弾幕を打ち消して進む陰陽玉。そのまま西行寺幽々子を巻き込み、最後には爆発した。

 

「ふぅ…」

 

西行妖から桜が散り始める。これで幻想郷にも春が訪れるだろう。

西行寺幽々子は、西行妖の根元に力無く倒れている。つまり私の、否、人間側の勝利だ。

しかし、腑に落ちないことがある。

 

「ねえ」

「…なにかしら?」

「急に手加減とかどういう事よ」

「………見たくないもの、見ちゃったからかしらね」

 

そう言って、後ろを見るように促された。

そして振り返る。

 

「…は?」

 

遠くのほうに西行妖があった。ただし、花は一切咲いておらず、幹のみになっているが。

咄嗟に、本来ある方の西行妖を向く。そして、もう一度もう一方の西行妖を見る。明らかに一本増えている。…桜が全て散ったらあんな感じになってしまうのだろうか?

 

「幽々子様っ!」

「あら、妖夢…。そんな大きな声出してどうしたの?」

 

…確か、コイツはアイツが足止めすると言っていたはずではなかったか?ここに来ているということは失敗したというわけか。まあ、間に合っているからいいとするか。…しかし、あれだけの春を持ち歩いているのはどういうことだろうか…。四、五十くらいはあるような。

妖夢と呼ばれていた半人半霊が西行寺幽々子に駆け寄るのを傍目に、その辺に倒れている二人を起こす。

 

「ほら、起きなさい」

「うぅ…。悔しいぜ…」

「お嬢様に申し訳が立たないわ…」

「そんな愚痴はあとで聞いてやるわよ。さ、帰るわよ」

 

慌てて起き上がる二人をよそに、この不愉快な場所から早く出るために歩き出す。途中でアイツは拾ってこよう。…死んでなければ。

 

「ん?…なぁ!?」

「あら、いつの間に生えたのかしら?」

「そんなことどうでもいいでしょう?置いてくわよ」

「おい!待てよ!」

 

そういう魔理沙の言葉を無視して歩き続けるが、歩速は僅かに落とす。なんだかんだ言って自分は甘いな、と考えてしまう。

すぐに二人が追い付き、魔理沙は隣に、咲夜は一歩後ろを追随する。

アイツが足止めをする、と言っていた広間に着いた。しかし、そこは来た時とは全く様変わりしていた。花びらが一面に広がっていり、その中心にある西行妖。そして、その根元で花びらに埋もれながら眠る鏡宮幻香。…桜の木の下で眠るなんて不吉なことを…。

眠るアイツに咲夜が近寄り、頬を軽く叩きながら語りかける。

 

「幻香さん?こんなところで寝ていると死んでしまいますよ?」

「おいおい、ここは雪山か?」

「もっと死に近いところよ」

「はは、違いない」

 

…もしかして、本当に死んでしまったのだろうか?

そう考えていたら、咲夜が脈を測り始めた。そして、その顔色はすぐに悪くなる。

 

「……まずいわね…」

「どうかしたの?」

 

私の言葉に一切耳を傾けずに何処からともなく袋を取り出して、そこら中に落ちている花びらを詰め始めた。錯乱でもしたのか、コイツは。

 

「妖力枯渇で今にも死にそうよ」

「はぁ!?妖力枯渇!?」

 

妖力枯渇。妖力とは、妖怪にとっての生命線。摩訶不思議な現象を起こす際に使用されることが多いが、普段の生活をするだけでも僅かずつだが消耗されてゆくもの。それが枯渇するというのは、人間が血液の三分の一以上失うのと同じぐらい厄介…らしい。

つまり、死ぬ。

 

「…悔しいけれど、私には何も出来ない。二人は何か出来る…?」

「魔力回復薬で何とか…気休めにはなるか?」

「気を失っている人に液体は…」

「だよな」

 

二人がアイツを何とかしようとしているのを静かに見ながら、考える。私はアイツを助けられるのか、と。…いや、何を考えているのよ。アイツは妖怪で人間の里の手配妖怪で…。

しかし、悪いやつじゃない。

本来なら放っておくべきなのだろう。分かってる。分かっているけれど…やっぱり甘いなあ、私。

 

「ねえ」

「霊夢、貴女なら…」

「…ちょうど、コイツには聞きたいこともあるしね。仕方ないからやってみるわ」

「ありがとう…。ここでやるの?それとも別の場所?」

「博麗神社でやるわ。あそこなら準備もしやすい」

 

そう言うと、咲夜はアイツと一緒にその場から消え去った。きっと博麗神社に向かって走り出したのだろう。時間を止めてまで、早く。

 

「さて、私達も急ぎましょうか」

「霊夢」

「何よ」

 

呼ばれたのでそっちを向くと、魔理沙はやけに嬉しそうな顔で私の肩を叩いた。

 

「…何でもねえよっ!」

「…そう」

 


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