東方幻影人   作:藍薔薇

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第50話

三対三だが、自然と三つの一対一に分かれ、わたしの目の前にはメルランさんがいる状態になった。『幻』展開。追尾弾を最速、高速、低速、超低速を各五個、阻害弾を最速と超低速で各三個、直進弾を最速、高速、低速を各三個の計三十五個。最初から全開だ。

 

「それでは前奏。神弦『ストラディヴァリウス』」

 

霊夢さんと対峙しているルナサさんがいきなりそう宣言し、ヴァイオリンを奏で始める。とても美しい音色なんだろうけれど、何故だか非常に嫌な気分になる音楽だ…。やる気というか気力というか、そう言ったものが削がれていくような感じがする…。

 

「それじゃあ姉さんに続けて。冥管『ゴーストクリフォード』」

 

そう宣言したメルランさんは、同じようにトランペットを奏で始めた。これも美しい音色なんだろうけれど、さっきまでの嫌な感じが一気に吹き飛び、何だかテンションがおかしくなってきた。今なら何でも出来るような気がしてくる。

 

「じゃあ私も私も!鍵霊『ベーゼンドルファー神奏』!」

 

魔理沙さんと対峙しているリリカさんも二人と同じように宣言し、キーボードを奏で始めた。すると、おかしくなったテンションが急に冷め、急に無かったことになったように落ち着きだした。何だろう、さっきから変な感じだ…。

三人のスペルカードはただ音楽を奏でるだけではないようで、三者三様の弾幕が放たれた。

 

「ならこっちも!魔符『スターダストレヴァリエ』!」

 

魔理沙さんはこのおかしな音楽を全く気にしていないご様子である。チラリと霊夢さんのほうも見てみるが、特に気にしていないようである。わたしの感性が悪いのかな…?

メルランさんを旋回するレーザーが突然炸裂し、赤い弾幕と青白い弾幕が広がる。この程度なら簡単そうかな――。

 

「ッ!危なぁ…」

 

急に青白い弾幕が私に向かって飛んできたため、緊急回避。しかし、次の弾幕が広がり、どんどん回避できる場所が狭くなっていく。

対して、メルランさんはこっちの『幻』が放つ弾幕を危なげなく避けている。じっと見つめていると、わたしを煽っているような嫌らしい笑顔を浮かべてきたので、少しだけイラッときた。もっと大きく動けば楽に避けれるだろうに、その場をほとんど動かないように弾幕を掠めて避けているので、挑発しているのがよく分かる。

……決めた。その挑発、買いましょう。

後方へ急加速。その行動は予想外だったようで、僅かに目を見開いているようだが気にしない。

この位置なら全体が見渡せる。色とりどりに広がる大型星型弾幕を放つ魔理沙さんも、鋭く相手に飛翔する針状弾幕を撃っている霊夢さんも、空中で扇形に広がり自身からも全体に広がる非常に規則性のある弾幕を奏でるルナサさんも、レーザーから炸裂する赤と青白の弾幕を奏でるメルランさんも、蛇のごとくうねりそして広がる弾幕を奏でるリリカさんも、全てが見える。

自然と一対一の状態になったが、誰が他の相手に攻撃してはいけないと決めた?否、誰も言っていない!挑発は買うが、そのとばっちりは三人で受けろ!

 

「鏡符『二重存在』!」

 

『幻』を全て撤去しつつ高らかに宣言したと同時に、視界に映る騒霊演奏隊の目の前に複製(にんぎょう)が出現し、わたしの隣に魔理沙さんと霊夢さんの複製が現れる。

騒霊演奏隊の前の複製は今にも拳を撃ち出さんと振りかぶっている状態だが、昔のわたしならこの複製が動くことはなかっただろう。しかし、今なら動かせる。生命無き人形だろうと動くことが出来ると知った、今なら。

道中で考えた。『どうやったらアリスさんのように動かせるだろうか?』と。そもそも『わたしの複製は動かせるのか?』と。しかし、あまり思い出したくない過去にその答えはあったのだ。右腕を失ったときにフランさんに複製から得た右腕をねじ込み、妖力を流して動くことを確認していたではないか。なら、複製に妖力が流れればいい。しかし、流すためにはどうすればいいのか。アリスさんのように糸を出すことは出来ないし、複製に触れ続けるのも馬鹿らしい。ならどうすればいい?わたしが考えた結果は、最初から妖力を過剰に入れればいいという単純なものだ。複製はたとえ見えないところでも分解出来る。ならば、見えないところでもわたしから離れた妖力を操作出来るということになるのではないか?それならば、複製に過剰に入っている妖力を使って動かすことぐらい出来るだろう、と。

 

「ッ!」

「くっ!」

「キャッ!痛っ!」

 

結果は成功だ。三人の複製はその拳を本人に振り下ろし、二人は躱したがリリカさんの頬に当てることが出来たではないか。わたしは満足気な気分に浸ろうとした。

 

「――ッ!!?」

 

が、その瞬間、わたしの頭は六つに割れた。

頭は脳を直接荒縄で締め付けられたかのような強烈な激痛が走り、頭を押さえようとするがそのための手がまともに動かせないほど震えている。心臓は早鐘を鳴らし、視界が明滅し始める。さらには、体中から嫌な汗が噴き出始めた。

………アリスさんは、この苦痛を食らい続けていたのか?わたしが五体の複製を動かすのにこんなに痛くて苦しいのに、平然とした顔で十数体もの人形を操作していたのか…?

もしそうならあの人は、異常だ。

 

「ッ!まず…!」

 

目の前に弾幕が飛来する。が、とても体を動かせそうもない。意識を無理矢理魔理沙さんの複製へ持っていき、わたしの前へ動かして壁にする。複製からくぐもった音が響くが、どうやら貫通せずに済んだようだ。

痛いけど、苦しいけれど…、残っている時間いっぱいちゃんと操作し続けないと…。

ルナサさんの放つ弾幕を食らいつつも気にせず右拳を引き絞らせておき、メルランさんに向かって飛び蹴りを放たせ、リリカさんに回し蹴りからの旋回裏拳を放たせる。残念ながらメルランさんとリリカさんが避けたことを確認したので、ルナサさんに拳を放とうと指示したが、いつの間にか引き絞っていた腕の肘の先が損失していた。なので、失った射程距離を埋めるように前進しながら無い腕で打撃を繰り出してからその勢いに乗せて右膝で攻撃させておく。

それにしても、その複製の動きがぎこちない。関節ががっちりと固まっているとか皮膚がほとんど伸びないとかそういうわけではないのだが、三体の複製を同時操作、というのは無理があったようだ。

 

「ええい、演奏者の妨害は許さんぞ!」

 

そう言いながらルナサさんが複製に向かってさっきまでとは威力が段違いの弾幕を放った。頭部を貫き、左腕と両脚は吹き飛び、腹部にも幾つか穴が開くほどの弾幕。しかし、それでも複製は動きを止めない。何故なら生きていないのだから。わたしが無理矢理動かしているものなのだから。

しかし、これじゃあまともに攻撃出来ないのも事実。というわけで、あの複製は処分だ。中に残っている妖力を全て炸裂弾に変化。そして、それを同時に破裂させれば。

 

「…!?うわぁ!」

 

アリスさんと同じような複製爆弾の完成だ。しかし、規模は半分どころか五分の一にも満たなそうなほどである。その結果は、ルナサさんはすぐに異常を察したようで複製から思い切り離れてしまったので被弾させることは出来なかったという残念なものだったが。

一つ減ったことで少し頭が楽になった。が、残った二人もルナサさんの対応を見て学習したようで、破壊するつもりの弾幕を放ってきた。けれどね、同じ対応なら対処方法は簡単だよ?

どれだけ食らってもいいから本人に向かって突貫させる。腕がもげようと脚が吹き飛ぼうとお腹に風穴が開こうと頭が消し飛ぼうと構わずに。

 

「嘘!?」

「気持ち悪ーい…!」

 

そして破裂。メルランさんは破壊出来る自信があったのか避けようともしなかったのが災いして被弾。リリカさんは後退しながら放ったので被弾させることは出来なかった。

ふう、大分楽になった。騒霊演奏隊の三人のスペルカードは時間切れになったのを確認してから、後退した分だけ前進する。隣にいる二人の複製は残り十秒ほどで回収すればいい。それまでは壁になってもらうか、そのまま突撃させてしまおうか。

 

「おい幻香!この状況で横槍入れるか普通!」

「言ったでしょう…?わたしは異常なんですよ」

「異常?どこがよ。妖怪なんて誰でも好き放題じゃない」

「…人間だって好き放題ですよ?妖怪限定じゃないですよ」

 

好き勝手に人を禍扱いするし。

ようやくまともに動くようになった自分の腕で、軋むような痛みが響く頭と未だに落ち着かない心臓の辺りを押さえる。よし、少しは落ち着いた。

 

「まあいい。このまま押し切るか!」

「騒がしいのはあんまり好きじゃないし、早めに片づけましょうか」

 

二人のやる気は衰え知らず。わたしもこのくらいの苦痛は我慢しますか。呼吸を整えながら、霊夢さんの言ったことを実現出来そうな言葉を放つ。

 

「演奏隊とかいうくせに一人ずつ演奏とかおかしくないですかあ?三人一緒に奏でられないとか――」

「私達、騒音演奏隊は三人で一つだッ!」

「そこまで言うなら聴かせてあげるよ!」

「聴いて慄けー!」

「「「大合葬『霊車コンチェルトグロッソ』!」」」

 

ほらね、簡単に釣れた。たったこれだけで美しく、派手で、それで激しい弾幕を奏でてくれる。それに、三人同時に使うであろうスペルカードを。

 

「霊夢さん。これで早く終わると思いませんか?」

「…まあそうね…。最後に騒がしくなりそうだけど」

「そのくらい我慢してくださいよ。わたしだってしてるんですから」

 

とりあえず、時間が来てしまったので二人の複製を回収しておく。しかし、まだ頭には痛みが響いている。それに、動きも完全とはいかなそうだ。だが知ったことか。あのスペルカードの時間、三十秒間を生き延びてやる。

騒霊演奏隊の三人が三角形の頂点となり、円を描くように回り始める。そして三人の演奏が始まると同時にその中心から色とりどりの弾幕が溢れだした。とても素晴らしい音楽なのだろうが、これは予想以上に弾幕が濃い。

 

「…大丈夫かな?避けきれるかな…?」

「そんときは消し飛ばせばいいだろ?」

「ふふ、そうですね。避けられないなら消し飛ばせばいいじゃない」

 

わたし達三人はそれぞれ避けやすそうな方向へ分かれる。

撤去していた『幻』を再展開。性能も同じものにする。当てれなくても、集中力を乱すくらいなら出来ると信じて。

僅かにある弾幕の隙間を通るが、すぐ目の前に弾幕が現れたので、後退。弾速の差から新たに生まれた隙間を抜けると、やはり新たな弾幕が。急いで安置を探すが、既に周りは弾幕だらけ。まずっ、いつの間に目の前に妖力弾が!避けれない!

 

「ッ!痛ったぁ!ちょっと強くない!?」

 

咄嗟に右手で顔を庇うが、かなり痛い。さっと右手を確認してみると僅かだが血が出ていたので、左手で右手を押さえながら妖力を流して治癒を試みる。…うん、痛みも大分引いたし止血出来たかな。

 

「ああ、鬱陶しいな!」

 

下のほうが少し薄そうなので下降していたら、近くにいる魔理沙さんが悪態を吐いた。どうやらこの弾幕は魔理沙さんにとっても辛いようである。

 

「得意のマスタースパークで蹴散らせばいいのでは…?」

「…多分相殺されて無駄撃ちだ」

「ふーん…」

 

あのマスタースパークが相殺されてしまうのか…。どんなに強くても数の暴力に勝るものはないのか…。

 

「ソレ、撃つのにどのくらい時間かかりますか?」

「大体五秒か?」

「なら五秒後によろしくお願いしますね」

「は?おい!ちゃんと説明しろよ!」

 

説明したいけれど、こっちは避ける方に集中しないと被弾して脱落になってしまいそうなのでなしだ。

廃業したサポーターはここで再開を宣言しよう。口には出さないけどね。

わたしがやるべきことは被弾しないこととスペルカードを使用しないこと。五秒間避けて魔理沙さんが予想通りの行動をしてくれればいける…はず。

ここに来て演奏が佳境に入り、弾幕も一層激しくなってきた。それでも、避けなきゃ意味がない。根性見せろ、わたし。

呼吸を止め、意識を集中させる。すると、世界が遅くなってくるのを感じた。妹紅さんが教えてくれた方法だが、あまり使うなと言われたことだ。理由は単純。呼吸を止めて活動出来るのはせいぜい八秒程度、らしいからだ。しかし、今なら十分だ。

さっきまでなら通ろうとも思わなかっただろう弾幕の僅かな隙間を抜ける。目の前を飛翔する弾幕を首を曲げて回避し、続けてやってきた弾幕を『幻』から放つ妖力弾で相殺。前方と左右から弾幕が飛来してきたが、体勢を整えつつ左右の弾幕を僅かに前進することで避け、前方からの弾幕は空間が開いている左側に半身ずらす。よし、この場所なら一秒にも満たないだろう時間だが弾幕はやって来ない。

約束の時間だ。魔理沙さんと騒霊演奏隊の中間を視界の中心に収め、魔理沙さんにわたしの意図が伝わることを祈りつつスペルカードを使用する。

 

「鏡符『幽体離脱・滅』」

 

瞬間、魔理沙さんの目の前にある弾幕は全て消え去った。そしてすぐに被弾。これで脱落だが、わたしの仕事は既に終わった。

 

「そういうことか…。ありがとよ」

 

ミニ八卦炉を手に、腕を真っ直ぐ伸ばしたまま言った言葉を聞き、安心する。あとは、魔理沙さんに任せればそれで終わる。

もう、彼女を邪魔するものは存在しないのだから。

 

「恋符『マスタースパーク』ッ!」

 

圧倒的な魔力が迸り、騒霊演奏隊を襲う。弾幕が消滅したことで驚いていたようだが、その後すぐに襲いかかってきたそれを見て避ける、という選択肢を見失う程度には落ち着きを失ったようだ。

 

「きゃあ!」

「うわぁ!」

「ぎゃあ!」

「え?――!夢符『二重結界』!」

 

あ。マスタースパークの射線上、騒霊演奏隊のその奥に霊夢さんがいた。どうやら自分を護るスペルカードを咄嗟に使ってくれたようで、無傷で済んだようだ。

 

「ふぅ…。さて、大合奏を一人で続けられるのか?」

 

そう言い放つ魔理沙さんを見て悔しそうに歯噛みしたルナサさんだが、三人で使うスペルカードでその内の二人が抜けてしまえば続行不可能だろう。

演奏は止まり、騒霊を相手にしたにしてはあまりにも静かな終演だった。

 


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