早い。
魔理沙さんのスペルカード戦の感想はその一言に尽きた。わたしとやったときは大図書館という室内だったからかその速さを活かせなかったようだが、今回は存分に活かせているようだ。
「化け猫のときに私のほうが速いみたいなこと言ってましたけれど、納得です」
「そうですね。人間の中では屈指の速度かと」
「そうね。まあ見えないほどではないけど」
「何でもかんでも貴女基準に考えないでくださいよ…」
霊夢さんは出来て当然みたいな考え方をすることが多い気がする。こういう考え方をしていると苦労とか悩みとかは少なそうである。わたしに思いつく霊夢さんの悩みは博麗神社の参拝客の少なさくらいだ。
「それにしても、アリスさんの人形って何で動くんでしょうね?」
アリスさんを護衛するように動いている十数体の人形達。弾幕を放っているものもいれば、その手には槍のように鋭く尖ったものを持ち、突進するものもいる。また、大きめの盾のようなものを構えてアリスさんに降りかかる弾幕を防いでいるものも。
何で、生命無き人形がこんなにも生き生きと動いているのだろうか…。わたしの
「どうなのでしょうか?魔法を使って、だと思いますが」
「見えないの?アイツの指先から伸びる糸が」
「い、糸…?」
そう言われて目を凝らしてみるが、アリスさんの指が時折動くくらいで、その先に糸らしきものは見当たらない。
「ええ、ありますね」
「え!?咲夜さん見えるんですか!?」
「このくらい出来ないとお嬢様に叱られてしまいますわ」
「レミリアさんって咲夜さんに何を求めているの…?」
指先から伸びているだろう糸を見逃さないなんて、一体何処で使うのやら…。
「あの糸がアイツの魔法ね。あの糸を通して魔力を流していると思う。その際に軽く命令を下しているんじゃないかしら?」
「全ての人形に糸を付けてたら絡まりそうですけれど…」
「絡まることはなさそうですよ?どうやら糸同士が触れ合っても透過するようです」
「へえ…」
魔力を流して動かす、か。
「ふふっ」
「どうしました?」
「いえ、何でもないですよ。ただ、アリスさんに後でお礼を言っておこうかなって思っただけですよ」
「?」
もしかしたら、出来るかもしれない。アリスさんの真似事が。
「そんなお人形遊びで私を止められるか?魔符『スターダストレヴァリエ』」
魔理沙さんを中心に広がる大型の星型弾幕。あの大きさならアリスさんの人形の盾を壊して被弾させることも出来そうだ。
「静かな夜にそんなのは無粋よ。魔操『リターンイナニメトネス』」
一体の人形が星型魔力弾へ突貫した。これじゃ人形とはいえ自殺行為――。
「おわっ!?」
「……じ、自爆…?」
魔力弾にぶつかった瞬間、内側から弾けるように弾幕が広がる。魔理沙さんはどうにか回避したようだが、その顔には驚愕の色が浮かんでいる。
そんなことは気にせず次々と突貫してくる人形達。魔理沙さんの放つ弾幕にぶつかるか、ある程度近づけば自爆するようで、傍から見る分には相当派手である。食らっている側から見れば相当辛そうではあるが。
「そっちの方が無粋なような…」
「花火みたいで綺麗ですね」
「人形が自爆する花火なんて嫌ですよ!?」
確かに花火みたいだけど…。買ったのか自分で作ったのかは知らないけれど、自爆させてしまうなんてもったいない…。地面には僅かに残った布地や綿が散乱しており、再利用は不可能だと物語っている。
お互いのスペルカードの時間も切れ、一人は落ち着きを取り戻すように深呼吸をし、もう一人は新たな人形達を呼び寄せる。
「まさか自爆特攻とはな…」
「あら、お気に召さなかったかしら?」
「いや、気に入った。そういう派手なやつが私は好きだからな」
そう言って不敵に笑う。そして取り出すミニ八卦炉。
「派手でなければ魔法じゃない。そう思うだろ?」
「そうかしら?見た目だけの魔法なんてつまらないでしょう?」
「見た目も派手で、火力も抜群!これこそ魔法だぜ!恋符『マスタースパーク』!」
流石本物。わたしの真似事とは範囲も威力も段違いだ。それに、溜めているような時間はまるで感じなかった。わたしもこれくらい出来るようになれるだろうか…。
一方のアリスさんはというと、六体の盾持ち人形をアリスさんを護るように構えさせるが、一瞬も持たずに盾ごと破壊されてその膨大な魔力をもろに食らってしまった。
「あれ、大丈夫ですかね…?」
「さあ?」
「死にはしないのでは?」
「もし死んじゃったら情報訊けないじゃないですか…」
「それもそうね」
ようやく収まったと思ったら、アリスさんは服が多少ボロボロになりながらも両脚でしっかりと立っていた。目には生気も感じるので、生きているはずだ。
「痛たた、驚いたわ」
「ふぅ、そんな守りじゃ足りねえなあ。あと百は必要じゃないか?」
その言葉に返事を返さず、何故か人形達が白いハンカチを持って手を振り始めた。
「このままやっても私には勝てそうもないわ。降参よ」
「おいおい、それはないんじゃないか?後ろにはまだまだたくさんあるじゃないか」
「これ以上無駄にはしたくないのよ。それに、もう新しい魔法については分かったからね」
うーん、勝ったには勝ったんだけど、まだ何か隠してる感じだなあ。実力の半分も出してないように見える。
あと、新しい魔法ってあの人形爆弾のこと…?かなり物騒なこと考えるなあ…。
「まあ降参するならそれでいいか。それで春を奪ったか冬をばら撒いたかした奴のこと、教えてくれよ」
「それならあっちの方にいるわよ。飛んでいけば朝日が昇る頃には見つかると思うわよ」
「うげ、見つけにくいのか遠いのかどっちだ?」
「両方よ」
そう言うと、何故かわたしのほうに目を向けた。
「それにしても、どうして彼女がここにいるのかしら?」
「付いて来たいって言われたから」
「こうしてる間にも運気だとか生気だとかが奪われているかもしれないのに?」
「あー、それはもう調べたから」
「でしょうね。知らないで連れて行くわけないもの」
里の人間から聞いた情報ってことは、里の外から来た人達にも言っているってことだよね。つまり、もしかしたら今から捕獲とか討伐とかしちゃったりするのだろうか?
右手をこっそり背中に回して、咲夜さんのナイフを複製しておく。射程範囲内に入ってきたら斬る。狙うのは致命傷にならないと思う腕辺りで。
「それにしても驚いた。だって、里の人間達から聞いた時は『自分と全く同じ顔をした妖怪』って言ってたけれど本当にそっくりだもの。それに加えて『一方的に里の人間を蹂躙した』とか『感染症をばら撒いた』とか『見たら不幸になる』とか『近寄ったら寿命が削られる』とか『目を付けられたら殺される』とか言われてるのに、普通に人間と行動を共にして災厄の権化って言われたら不快な表情を浮かべて…」
「うわあ…。里の人間共ってそこまで言ってるんですか…」
一方的に蹂躙とかいつのことよ?もしかして夏祭りの時のこと?あれってあっちが『処刑するから渡せ』って言って攻撃してきたからやり返しただけだったような…。それにやったのわたし一人じゃないし。
「里の人間達から貴女を捕獲、討伐してほしいみたいなことを頼まれたけれど、まあ私には無害そうだし、わざわざ後ろに武器を構えて近づいて来たら攻撃するって意思出してるのを捕まえようなんて思わないわよ」
「え!?あ、な、何のことですかー?武器なんて持ってないですよ。アハハ…」
即回収して右手を出してヒラヒラと降る。胡散臭そうな目で見られたが、どうでもいいと判断したようだ。
「まあいいわ。それにしてもドッペルゲンガーねえ…。初めて見るかも」
「そんなに珍しいんですかね?他にもいるらしいですけれど」
「私は見た事ないわよ、あなた以外に同じ顔の人なんて」
うーん、仮面でもつけて顔を隠してるのかな?それとも、ほとんど人が来ないような辺境にいるとか?
「長話はこのくらいでいいかしら?私は静かに星でも見てたいのよ」
「そう。情報、感謝するわ」
「この度はありがとうございました、アリスさん」
「ありがとね、アリスさん」
色々な意味でね。
「今度会ったときはちゃんとした実力を見せてくれないか?」
「ふふ、どうしようかしらね?」
「楽しみにしてるぜ。期待してるからな」
「紅茶でも入れて待ってるわよ」
「お、いいねえ」
そう言って飛び上がる。目指すは教えてもらった方向。凄く遠いらしいけれど、一体何処に着くのだろうか?そろそろこの異変の黒幕に会えてもいい頃かなー、なんて考えながら先を急いだ。