新世界に招待された幻禍の友達の小話。
私達は幻香に連れられて不思議な通路を歩いていく。妖精達は流れるように色めく空間を眺め、そわそわと落ち着かない様子だ。ここに入る際には身体全体が無理矢理捻られたような錯覚があったので訊いてみると、次元軸を一時的にひん曲げた、といまいち理解し難い説明をされた。
「さ、そろそろ到着しますよ」
「どんな世界なの?」
「それは見てのお楽しみ」
それにしても、幻香が遂に世界まで創ってしまうとはなぁ…。しかも、幻香に付いてきた七人も幻禍が創ったと言う。なんだかんだ色々創ってきたのを見てきたが、ここまでの領域に至ると誰が想像出来ただろう。少なくとも、私には出来なかった。
おっと、あれが出口だろうか?その向こう側にあるのは、幻香が創った世界か。幻香の幻香による幻香のための世界。さて、どのような世界なのだろう?
「ヒッ!?」
「きゃぁっ!」
「何事ーっ!?」
突然、その出口から爆発音が響いてくる。それも一度や二度では済まない数だ。…本当に向こうで何が起きているんだ…?
その音は幻香も予想外だったようで、足を止めて首を傾げていた。しかし、しばらく考えていたら思い出したらしく、軽く手を叩く。
「あ、戦争の真っ只中だった。忘れてた忘れてた」
「…主様、忘れんぼ」
「いやちょっと待て。戦争ってなんだよ、戦争って!」
「あ?戦争は戦争に決まってんだろ」
「口を慎め豪。相手は主様の御友人だ」
幻香の言った単語に突っ込んだ妹紅に、心中で私も同調する。もう少し落ち着いた世界を想像していたのだが、かなり殺伐としているのかもしれないと考えを改める。…大丈夫なのだろうか?
緩んでいた気を引き締めていると、幻香に付いてきていた黒髪の少女と目が合った。そしてニコリと微笑まれる。いや、笑って済むようなものではないだろう普通に考えて。
「幻香ぁー、なんで戦争なんてやってるのぉ?」
「…わたしが暮らす場所を決めるため、かな」
「主様に任せっぱなしは嫌ですからねっ!」
「…戦闘経験、大事」
「えっと、いまいちよく分からないんですが…?」
そんな受け答えをしている間に、私達は通路の出口を抜けた。足を付けた場所は小高い山の頂上であり、山ノ下を見下ろしてみれば何十人の人々が突撃し合っていた。爆発音も向こうから聞こえ、平然と殺し合いにまで発展している。
「…おい、ありゃ確実に死んでるぞ…」
「おー、体がバラバラだー。ねぇ幻香ー、あれって食べていいー?」
「食べれませんよ。事が済めば全員蘇りますから」
「え?」
そんなことはどうでもいい、とでも言わんばかりに幻香は付いてきた七人のうち五人に持ち場に帰るよう伝え、黒髪の少女と白髪の少女を遺して山を飛び降りていく。そして、その五人はあの戦争に参加してしまった。
「…なぁ、幻香。すまないが、あの戦争について説明を頼んでいいか?」
「いいですよ、慧音。先程言ったとおり、あれはわたしが暮らす場所を決めるために戦ってるんです。いくつかある集団には一つずつある社があるんですが、勝利した集団の社にわたしが暮らすんです。…まぁ、殺し合いまで発展させやがった原因の根元はこいつらなんですがね」
「な、何のことかなー、主様ーっ?」
「…私、知らない」
幻香にジットリとした目を向けられた二人は、サッと目を逸らす。…この二人に何があったというんだ…。
「それも気になるけど幻香。蘇る、とは?」
「社には各集団の知的生命体の肉体情報と魂を記憶し、適合する身体を創造することが可能な通称巫女と呼ばれる存在を与えてましてね…。戦争が終結すると同時に、儀式を行う社の一室にて蘇生されることになってるんですよ。まぁ、そういう世界なんです。…気付いたら、そうなってたんです…」
「…蘇身の儀、ですか」
「凄かったわぁ…っ。あんなこと出来るなんて…、私も驚いちゃった」
幻香は遠い目をしながら、蘇りの件について語った。…創った本人として止めなかったのだろうか?それとも、放っておいたのだろうか?…まぁ、きっと幻香には幻香の苦労があったのだろう。
「…さ、戦争なんていつ終わるかも分からないものはもういいでしょう?皆には来てほしい場所があるんですよ」
無理矢理戦争から逸らそうとする幻香に、私は従うことにした。これ以上突くのは幻香にとってよくないことだろう、と察したからである。他の皆も幻香の気苦労を察し、山の麓で起きている戦争から目を逸らしていく。
「それで、何処に行くの?」
「本来ならば主様と私達二人しか侵入ことを許されていない、最も神聖な場所なんですよ?」
「…主様の友達、特別」
「ま、あそこに色々準備したんですよ。皆を迎えるために、ね」
そう言う幻香は誰が見ても嬉しさで溢れている、とてもいい笑顔を浮かべていた。
◆
「…うわぁ…っ」
「綺麗…」
思わず息を飲むほど美しい色とりどりの花々が辺り一面に広がっていた。微風が草を撫でる音に耳を傾けながら羽ばたく蝶々に目を遣れば、心が安らいでいくようだ。黒髪の少女が最も神聖な場所、と言うだけのことはある。
そんな花畑を眺めていると、幻香は若干顔を引きつらせながら私達に言った。
「ま、大事な戦利品ですよ。枯らすと神殺しが出張ってくる、ね」
「…神殺し?」
「あぁ、気にしないでいいですよ。ちょっとやそっとじゃ枯れませんから」
そんなのっぴきならないことを言いながら、幻香は花畑の中心にある広場へと足を向ける。そこには山積みにされた動物や野菜、果実と思わしき食料、様々な容器や瓶が安置されていた。
「せっかく招待したんですから、まずは宴会としましょうか。わたしの世界を味わってくださいな」
「まどか!何から食べていい!?」
「好きなものを取っていいですよ」
そう言われ、妖精妖怪達はそれぞれ好きなものを手に取り口に放り込んでいった。口にしたものはどれも美味しそうで顔を綻ばせている。
「あぁ、調理したいなら道具も創りますから」
「んじゃ、とりあえず火と金網を出してくれないか?」
「私にも頂戴!」
「分かりました。はい、どうぞ」
幻香が創った調理器具を手に肉などを焼いていく。一体、どのような味がするのだろうか?香ばしい匂いを嗅いでいると、とても食欲がそそられる。
「酒はあるのかい?」
「一応。気付いたら醸造してましたので、献上してもらいました」
「お姉さん、どれがお酒なの?」
「あそこら辺に置かれてるやつですよ」
指差した場所に置かれていた酒瓶や酒樽から酒を掬い、喉に通していく。様々な種類があるようで、見たこともない色合いをしたものまである。
そうやってはしゃいでいる皆を一歩後ろから眺めながら微笑んでいる幻香にそっと近寄り、肩に手を置いてから声を掛けた。
「どうした。せっかく用意したのに混ざらないのか?」
「…いえ、もう少し見させてください。…さ、慧音もどうぞ?おすすめは白くて丸い果実ですよ」
「そうか。それでは、いただくとしよう」
食料の山から幻香が勧めていた白くて丸い果実を手に取り、口に入れるにはちょうどいい大きさのものを口に含む。噛んでみると林檎に似た触感がし、上品な甘さとほんの少しの酸味のする果汁が口いっぱいに広がっていく。…これは生でも十分に美味しいが、少し火を通せばまた違ったものになりそうだ。
串焼きを作っている妹紅の元へ向かう前に幻禍に目を向けると、両手いっぱいに果実を持ったこいしに苦笑いを浮かべていた。だが、嫌だといった印象を一切感じさせない、とても微笑ましい絵だった。
しばらくは二人の世界に浸らせてあげるほうがいいだろう。そう思いながらすぐに二人から目を離し、妹紅の元へ向かう。
「お姉さーんっ!これ凄く美味しいね!」
「そうですか?それはよかった」
「むっ、幻香はこっちのほうが美味しいと思うよね?」
「え?…好みは人それぞれじゃあないかなぁ…?」
…まぁ、すぐに終わりを迎えたようだが。フランとこいしがそれぞれ真っ赤な果実と黄緑の果実を押し付けながら睨み合っているのを眺め、思わず笑いが込み上げる。
やはり、宴会とは騒がしいほうがいい。ふふっ、これを軽く炙ったら、私も混ぜてもらおうかな?