東方幻影人   作:藍薔薇

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霊夢視点。
東方天空璋後の夏の終わり頃の小話。


訪れる小さく大きな異変

ザッ、ザッと箒で参道の砂を払う。真上に太陽が昇る雲一つない青空で、少し夏の暑さが残っているものの、カラッと乾いていて心地いい。幻想郷に四季折々の彩りを見せた異変を解決したばかりだから、このような異変が当分起こらないことを願う。あと、今日こそは参拝客がお賽銭を入れてほしいと思いながら手を動かしていると、ここに何者から向かってくる気配を感じ取った。

 

「…萃香?」

「あん?…あぁ、悪ぃが邪魔するよ」

 

見上げてみれば萃香が浮かんでいて、そのまま私が掃いていた参道に着地する。掃き掃除しているところを思い切り邪魔され、文句の一つでも言ってやろうかと見詰めていると、何やらそわそわしているように見えた。

 

「やることないなら掃除の手伝いでもしてくれない?参道の塵を萃めてくれると大助かりなんだけど。私が」

「人を待ってて忙しい。あいつ、こんなところを待ち合わせに指定しやがって…」

「アイツ?」

「誰だっていいだろ」

 

参道から外れながらクイッと瓢箪を傾けた萃香は空を見上げ始めた。…まぁ、何もしないなら別にいい。私は掃き掃除を続けよう。

 

「アタイがいっちばーん…、じゃっなーい!?」

「待ってよー!チルノちゃーん!」

「ぜぇ、ぜぇ…。チルノ、夏のくせに早くない…?」

「この前インチキしてた影響でしょ…」

「まぁまぁ。私達はのんびり行きましょーう?」

「…なんで私の神社に妖精が集まってくるのよ…?」

 

そう思いながら手を動かしていると、やかましく会話をしている五人の妖精達がこちらへと真っすぐ飛んで来た。しかも、チルノの言葉から察するに、萃香の待ち人は彼女達のようである。萃香が妖精達に手招きすると、そちらにわらわらと集まっていく。

一気に騒がしくなったのを聞き流しつつ、箒を動かしていく。萃香が移動しないあたり、まだ誰かやって来るのだろう。

 

「…ったく、泊まりっておかしいだろお前ら…」

「別にいいではありませんか、妹紅さん。部屋ならあり余っているでしょう?」

「そうだよぉ、固いこと言わないの!」

「そのくらいいいじゃないか、妹紅。案外悪くなかったんだろう?」

 

裏手から四人の声がして振り向いてみると、寺子屋にいるはずの慧音と、人里で稀に見かける妹紅、ようやく復興の目途が立った地霊殿の主のさとりと、さっきのさっきまで忘れていたこいしが現れた。それぞれから言われた妹紅はプイと顔を逸らし、三人に弄られていたようにも見える。

それからすぐに萃香と妖精たちの集まりに気付き、そちらへと歩いていく。コイツらも萃香の待ち人なのね…。しかし、これで終わらないだろうと勘が告げている。

 

「あっ、妹紅、萃香!それに皆も!」

「大ちゃんとチルノもいるぞー?」

「サニー達もいる!早いなぁ…」

「うわぁ、私達結構遅れちゃった感じ?」

 

その矢先、頭上から声がして見上げてみれば、大きな日傘を差したフランと、その後ろにはルーミア、リグル、ミスティアが付いて来ていて、萃香を中心とした集まりへとゆっくり下りていく。

ここまでくると集まっている者達の関係性から察するに、これがどんな集まりか大体察してしまう。ほぼ幻禍関連だ。チリ、と治ったはずの左肩が痛む。…まさか、私か神社に何かするつもりじゃあないでしょうね?

 

「…ふぅ。もし違ってたら無駄足になるから嫌なのだけど…」

「あっ、パチュリー!こっちこっち!」

「分かってるわ、フラン」

 

箒を掃う手を止めて袖に仕込んである札に手を伸ばしながら睨んでいると、別の方向から大図書館で引きこもっていそうなパチュリーがガサガサと音を立てながら歩いてくる。…これはもう本気で怪しい。もうそれだけの理由で退治の方向でいいのではなかろうか…?

しかし、この一対多の状況では手出ししづらい。あと、私が袖に手を伸ばした瞬間から萃香と妹紅、それとフランが私に警戒の目を向けてしまっている。しかも、さとりが三つの眼で私をジロリと見詰めている。先制攻撃はもう出来ない。

どうすれば、と攻めあぐねていると、萃香が瓢箪を煽りながら何やら愚痴り始めた。

 

「言い出しっぺが一番遅い、ってどういうことだよ。…ったく」

「えっと、はたてさんは仕事がありますから…」

「慧音は来てるよ?」

「私は事前に休みを通達していたからな、フラン?それに、私とあちらでは中身が違うだろう」

「むぅ…。アタイ、行ってくる!」

「ちょっと待ちなチルノ!」

「どうせ行き違いになるだけだー」

「来る、と言っていたのでしょう?なら、待ちましょう」

「ですね。…まぁ、落ち着けないのは分かりますよ」

「はっやく来っないっかなぁ…っ!」

 

…どうやら、あと一人来れば最後であるらしく、それははたてという者のようだ。少なくとも、私は聞いたことがない。

札の感触を確かめながら頭の中でどう動くか考えていると、何者かが超高速で急接近してくる音がした。すぐに振り向いた時にはズドンと大きな音を立て、砂煙を撒き散らした人影しか見えない。

 

「けほっ、こほっ…。ごめんね、皆」

「遅ぇ」

「あー、抜け出すのに手間取って」

「あの、大丈夫なんですか?」

「昨日に今日の分の仕事終わらせて、たいちょーに休むって言ったから平気」

 

砂煙の中から咳き込みながら出てきた、何故か白狼天狗の格好をしている鴉天狗がはたてなのだろう。チラリと私を見遣ったはたてだが、すぐに集まりの中へと入っていく。

 

「本当に今日なんですか?」

「そのはずよ。ちゃんと視たから」

「読唇術、ですか…。しかも、このためだけに…」

「うげ、それって本当?やっぱり危ない人なんじゃぁ…」

「愛よ…。これも全て愛なのよッ!」

「…うわぁ」

 

突然叫んだはたてにかなり引きつつ、今日ここで何かが起こることを視た、ということは分かった。もしも異変だと言うのならば、私が出る必要がある。

そう考えて一歩踏み出した瞬間、集まりの中からスルリとさとりが抜け出し、私の前に立ち塞がる。

 

「…異変ではありませんよ、霊夢さん」

「根拠は?」

「…あー、よく考えれば異変ですね。貴女にとっては」

「何ですって!?」

「まぁ、気にしなくて結構ですよ」

 

さとりは不穏なことを言い残し、集まりの中へと戻っていく。異変が起きる?ここで?しかし、情報が圧倒的に足りない。…やはり、とりあえずコイツらを退治して情報を引き出すべきか…。

意を決して袖から札を引き抜くと同時に、はたてがカッと目を見開いて立ち上がった。瞬間、私の警戒がそちらへ集中する。しかし、彼女は何かするでもなく、ただ声を張り上げただけだった。

 

「ッ!来るわ…っ!」

「えっ、何処何処?」

「見えねぇぞ…?」

 

集まった者達がキョロキョロと周囲を見回す中、私も周囲に警戒を強めていく。…何が来る?何が起こる?

その時、勘が降り立った。…ま、まさか――、

ガチャリ、と鍵を開けるような音がした。それと同時に、参道の上に長方形の線が浮かび上がる。そして、その長方形がまるで扉のように動いていく。その扉の先には不可思議な空間が広がっていて、何者かが参道の上に歩いてやって来た。

 

「ここが、幻想郷…」

「ふむ、多数おるようですなぁ、主様よ?いかがなされますか?」

「手は出すな、との命でしたよね?」

「ッシャァ!まず殲滅だな!」

「黙れ豪。主様の命に従え」

「はいはーい、皆お静かにーっ!」

「…主様、通る」

 

そこから現れたのは、騒がしい者達だった。だが、そんなものは気にならなかった。私の意識は、その中にいるたった一人に集中してしまう。

 

「あぁ、久し振りだなぁ…。何年振りだろ」

 

そう言って微笑む私の姿。忘れもしない。勘は外れない。さとりの言った通り、確かに異変だ。少なくとも、私にとっては。

幻想郷から消え去ったはずの、鏡宮幻禍がそこにいた。

 

「…ん。ちょっとお邪魔しますよ、霊夢さん」

「お姉さんっ!」

「幻香ぁーっ!」

「って、うおっ!?」

 

私に何か言った瞬間、フランとこいしが幻禍へ跳びかかり抱き着いた。二人を受け止めた幻禍はそのまま背中を叩きつける。…え、と、今、幻禍はお邪魔します、と言ったの…?

何をどうすればいいのか若干困惑しているうちに、幻禍の後ろにいた香織達とここに集まっていた者達が各々騒ぎ出す。いくつも声が重なっていて、何と言っているのかサッパリ分からない。

しかし、それもやがて収まり、幻禍が言った言葉でシンと静まった。

 

「それでは、招待しますよ。…わたしの世界に」

 

そう言い残し、幻禍は全員を引き連れて消え去った。

異変はこれだけ。何事もなかったかのように終結してしまったのだ。

 


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