「こんなとこにあったとはな…」
「今時掘っ立て小屋なんて里にもないわよ」
「いいじゃないですか。住めば都、という言葉もありますし」
「住まば都、なんてのもあるけどね」
「まあ確かに好きで住み始めたわけじゃないですが、今では結構気に入ってるんですよ」
里の人間が来なさそうなところ、という理由でこの魔法の森に住み始めたが、そこら中に食料があるので、意外と生きていける。ただし、毒茸に中らなければ。
「ちょっと軽くスープでも作りますので、そこら辺に座っててください」
「じゃあ遠慮なく――ん?おー!この茸は!」
「…?どうしました?」
「この茸!ちょうど欲しかったやつなんだよ!貰っていいか?」
「それはスープにブチ込む予定なんですけど」
「……もったいねえな」
確かに『サバイバルin魔法の森』に正しく処理すれば魔力増強薬の素材になる、と書かれていたが、普通に食べて美味しいのだから料理の材料行きだ。そもそも、わたしは魔力持ってないし魔法も魔術も使えないからね。
乾燥茸と干してある蛇肉を鍋に入れていると、咲夜さんに待ったをかけられた。
「幻香さん、流石に…」
「…?何かまずかった?」
「いえ、幻香さんは休んでいてください。私が作りますので」
「あっはい」
目が滅茶苦茶怖かった。
◆
普段の料理とは段違いのスープを見せつけられ、なんだか悲しくなった。わたしだってやればこのくらい……出来ませんね。
「はぁ…。同じ材料なのにここまで変わるものですか」
「そもそもまともに切らないでスープに丸ごと入れるのはおかしいですよ」
そりゃ切るときは切るよ?けどね、一人で作って一人で食べているとね、そういうことが段々面倒になってくるんだよ。切らなくても噛み切ればいいやってね。
「素材はいいんですから…」
「うん、美味しいわね」
「これからまだまだ動かないといけないからそんなに多く食べれないのが悔しいぜ…」
四人に分けたらちょうど無くなったので、鍋を軽く洗っておこうと思ったら、咲夜さんが「洗ってきますね」と言って、四人分の食器と共に川のほうへ行ってしまった。
「さて、少し休みますか。食べてすぐ動くのは良くないでしょう?」
「まあ元から少し休むために来たんだし」
本棚から一冊の本を取り出して読み込んでいく。
「…ズ、ズェイツィ。……うーん、駄目だなあ」
「お、何読んでんだ?」
「『精霊魔法指南書』。精霊魔法について書かれているんですよ」
「ん?確かそれってあそこにあるやつじゃなかったか?貸出禁止だろう?」
「もちろん複製ですし、パチュリーに許可貰ってますから」
許可を取る際に課されたことは、他の誰にも貸さないこと。それなら問題ないので、二つ返事で承諾した。
「なあ、これ私に貸してくれないか?」
「持ち帰ってもいいですよ?ただし、持ち帰れるならね」
「お、そうか?じゃあとりあえず『サバイバルin魔法の森』とか――ってうわっ!?き、消えた!?」
「あーあ、消えちゃったー。わたし以外が触ると時間かかる時もあるけれど消滅するようにしたの忘れてたわー」
まあ、妖力として空気中に霧散させただけなんだけどね。わたしの複製は、わたしがどの複製か覚えていれば、たとえ見えないところでも消滅させることが出来る。
「…貸すつもりないじゃないか」
「そんな恨みがましい目で見ないでくださいよ。貴女が悪いんですよ。他の人に貸さないと約束したのに持って行こうとする貴女が悪いんです。だから、わたしは全く悪くない。悪いのは貴女だ。貴女なんですよ魔理沙さん」
「事前に言わなかったアンタはどうなのよ?」
「おお、痛いとこ突きますねえ。まあ冗談ですよ。一応持っていくことは出来ないっていうことの証明のためだけにやったことですし。そこ以外はノリで」
「ちぇっ、どっちも面倒だな」
この後、何回か精霊に対して簡単な願いを伝える言葉を言ってみたが、うんともすんとも言わなかった。
「ああ、魔法への道のりは遠いですねえ…」
「ん?お前も魔法使いになるつもりなのか?」
「いえ、専門家対策用に手段は出来るだけ多い方がいいので」
「ふーん…。そう言われると本棚にある本はそういう系ばっかりね」
『精霊魔法指南書』『自然から作れる罠一覧』『毒性植物図鑑』『基礎から学ぶ!正しい武術』『お手軽爆発物』『一対多で生き抜く方法』『敵を惑わす移動術』『魔法使い御用達道具の製法』『誰でも簡単!調合方法』『抽出の利点と危険性』『医術教本』『逃走のススメ』などなど。統一性はほとんどないが、これらはわたしが出来そうなことが載っている本ばかりだ。そして、これらの全てが妖怪退治専門家対策のために創った本だ。
「ちょっと読んでもいい?」
「消えちゃいますよ?」
「嘘おっしゃい」
「何だ、バレてるんですか」
「オイオイ、私のは消えたぞ?」
「まあ、ちょっと細工してあるのは本当ですがね」
嘘だけどね。細工なんて全くしてない。正真正銘ただの複製だ。
「んー、簡単そうね。私でも出来そう」
「そりゃ簡単なものばかり集めてますから。とりあえず、手段を多く持っておくことにしてるんですよ」
「こんな小手先効かないんじゃない?」
「全部試せば一つはいけると思いません?それに、妖力を使わないで退治出来れば長期戦にも有利ですし」
妖力の回復は容易ではない。魔力増強剤は妖力増強剤になりそうだが、やはり効率が非常に悪い。自分に合わないからほとんど使えないって感じだと思う。それ以外だと、自然回復が基本だ。気合いを入れれば早く出来るような気がするけれど、疲れる。わたしの場合は複製の回収でもいいのだけれど。
「おい幻香、この瓶詰の中の液体は何だ?」
「ああ、それですか?それは魔力回復薬ですよ。その隣はわたしの複製ですね」
「……おい霊夢、違い分かるか?」
「いえ、全く」
「まあ、効果は大分変わっちゃいましたけどね」
何故か分からないけれど、複製かどうかは見れば分かる。どう違うかって聞かれても、ただ何となく、としか答えられないが。それに、少しくらい遠くても「あ、近くに複製がある」って感覚もするのだ。
それと、見て分かる効果じゃないと複製に再現出来ないらしい。だから魔理沙さんのミニ八卦炉を複製してもただの八角形の塊だったのだろう。パチュリーが持っていた「魔力を多く保有している物質」を触れた状態で複製しても「見た目が全く同じの妖力塊」になったのだから。
「一本貰っていいか?」
「いいですよ?今、右手に持ってるほうは本物ですのでそちらをどうぞ」
「ありがたく貰っとくぜ」
すると、扉を軽く叩く音が聞こえ、すぐに扉が開いた。
「ただいま戻りました」
「わざわざありがとうございます、咲夜さん」
「いえ、お気になさらず」
「さて、咲夜には申し訳ないけれど十分休んだからもう行くわよ」
そう言って立ち上がる霊夢さんに付いて行き、暗くなった魔法の森の中を進んでいった。
◆
「幻香さん」
「何ですか、咲夜さん」
「あの化け猫の止血をし終えたときにこのようなものが近くに落ちていたので拾っておきました」
そう言って見せてきたものは、わたしの持っているあの不思議な花びらと酷似していた。一体何なのだろうか、この花びらは。
「とりあえず持っていていればいいんじゃないですか?霊夢さんも無くすなって言ってましたし」
「そうしますね」
「二人で何話してんだ。霊夢が怪しい家見つけたって騒ぎだしそうだぜ」
そう言われて見ると、開けた場所に着き、そこにはポツンと洋式の家が一軒あった。しかし、不思議なことにその家の周りには人形がたくさん置かれていた。屋根の上にも何体か置かれており、窓から見える家の中にも人形があるように見える。
「……人形屋敷ですかね?」
「人形趣味なのでは?」
「怪しいわね、行くわよ」
そう言っていたら、屋根の上の人形の一つが起き上がったではないか。――いや、よく見たらこの家のどの人形よりも人形らしい見た目をしているが、生きている人間のようだ。胸が僅かに動いているので呼吸をしているのが分かる。
「そっちから動いてくれて助かるわ」
「貴女達のことは里の人間の話や新聞で知ってるわ。紅霧異変解決の博麗霊夢に霧雨魔理沙。紅魔館の主の従者の十六夜咲夜。そして――」
何故か彼女はわたしを射抜くような鋭い目で見た。
「――里の災厄の権化。…名前は知らないわね」
「そっちが一方的に知ってるなんてズルくないか?」
「そう言われてもねえ。まあいいわ。私はアリス・マーガトロイド。魔法使いよ。それで、貴女は?『禍』さん」
「………鏡宮幻香。ドッペルゲンガーですよ」
そう言うと、アリスさんは怪訝そうな目つきをした。しかし、それも一瞬のこと。気付いたときには落ち着いたような表情に戻っていた。
「それで、こんなにも冷えた夜に何の用?」
「この辺りで春を奪ったか冬をばら撒いたやつを探してるのよ」
「心当たりならあるわよ?まあ教えてあげてもいいけれど」
「お、なら――」
「だけど、ちょっと付き合ってくれない?最近、新しい魔法を考えたのよ」
「それで付き合ったら教えてくれるのか?」
「ええ」
そう言うと、家の周りに置かれていた人形たちが一斉に動き出した。そして、アリスさんの周りを囲むように構え出す。
「ひえっ、う…動いた…?」
「さて、誰が付き合ってくれるのかしら?」
「じゃあ同じ魔法使いとして私が行くぜ。どんな魔法かも気になるしな」
箒に勢いよく跨って、ゆっくりと浮遊する。霊夢さんはすれ違いざま「任せたわよ」と一言魔理沙さんに言ってから邪魔にならなさそうなところに移動した。
「スペルカード戦でいいか?」
「ええ、構わないわよ?詳細も貴女が決めていいわ」
「じゃあ普通に被弾三回のスペルカード三枚だな」
しかし、わたしは動いている人形を呆然と眺め続けていた。
「幻香さん?」
「え!?あ、咲夜さん?」
「行きますよ。ここだと二人の邪魔になりますから」
そう言われて、慌てて移動するが、わたしの頭の中は人形のことでいっぱいだった。