東方幻影人   作:藍薔薇

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霊夢視点。
とある未来の秋が深まった頃の小話。


紅葉の陰

秋の深まり、少し肌寒くなってくる時期となった。博麗神社から外に出ると、綺麗に赤く染まった紅葉が目につく。そして、その根元に散っている落ち葉を見遣り、今日の仕事が決まった。

箒を手に境内中に散っている落ち葉を掃いていると、私の元へ飛んできた魔理沙が集めた落ち葉の山を吹き飛ばしながら静止した。また集めなければならなくなった落ち葉を見遣り、その原因である魔理沙を半眼でジロリと睨み付けるが、当の本人は何処吹く風である。

 

「何しに来たのよ、魔理沙」

「いや、別に用はないぜ」

 

用がないのなら吹き飛ばした分手伝え、と喉元まで上がってきた言葉を飲み込む。どうせ言ってもやってくれるはずがないのだ。一つため息を吐き、私は落ち葉の掃き掃除を続ける。何事も諦める時にスパッと諦めることが大切だ。

 

「…なぁ」

「何よ」

 

そう考えていると、魔理沙に呼び止められた。箒を吐く手を止めて振り返ると、魔理沙は何とも言えない表情を浮かべていた。よく感情を映していた瞳は帽子の陰に隠れて見えず、その内心が分かりづらい。

暫しの沈黙。口を閉ざして魔理沙の次の言葉を待っていると、ようやく重たい口を開いた。

 

「…何時まで、続けるつもりだ?」

「それ、去年も言ってたわね。答えは変わらないわ。紫が次代の博麗の巫女を見つけるまで、よ」

「ああそうかい。…それじゃあ、私はもう行くぜ」

「…そう」

 

飛び去って行く魔理沙を見上げ、それから今日の日付を思い出し、私は深いため息を吐いた。…あぁ、もうこの日が来たのか。季節が一周するのが早く感じる。この境内の落ち葉を掃き終えたら、私も出掛けるとしよう。

そう意気込みながら掃き続けること小一時間。ようやく落ち葉掃きを終えた。

 

「さて、行きましょうか」

 

ふわりと宙に浮かび上がり、真っ直ぐ人里へ向かう。きっと魔理沙はもうやることを済ませて帰ってしまっているだろうが、だからと言ってわたしがやらないという理由にはならない。…正直言えば、やりたいわけではないのだが。

目的地の近くに音を立てず着地する。ここから先は徒歩だ。近くに置かれてある手桶に水を入れてから柄杓を中に突っ込み、それ以外何も用意していなかったことを思い出してすぐに首を軽く振るう。わたしにはこれだけで十分でしょう。どうせ、他の誰かが色々やってくれているのだから。

手桶の水の撥ねる音、柄杓とぶつかる音がよく聞こえてくる。静かで、厳かで、寂しい。ここにはわたしの他に誰もいないと錯覚させる。そんな石畳の上を歩いていく。

 

「…着いた、っと」

 

ようやく目的地に到達し、わたしは手桶を傍に置く。そして、目の前にあるものを見詰めた。それを見ていると、体に冷たい木枯らしが吹き抜けていくような気持ちになる。

 

「一年振りですね。…霊夢さん」

 

わたしは、彼女の眠る墓石にそう呟いた。

わたしは鏡宮幻香。…ただし、今は博麗霊夢で、同時に八雲紫の式神の一人だ。

 

 

 

 

 

 

こうなった経緯には。何も特別なことがあったわけではない。わたしが八雲紫に捕まり、都合のいい式神を強制的に憑かされ、隷属させられているだけの話。そして、今のわたしの役目が博麗霊夢として博麗の巫女の中継ぎをすること、というだけだ。

ついでに言うと、実はわたしは霊夢さんの死に目に会えていない。その時は、地上と地底の間に立っている役目に就かされていたから。そして、その死と同時にこの役目を言い渡された。…まったく、計画的なんだか無計画なんだか。大賢者様の名が聞いて呆れる。

 

「…もう掃除は終わってる、か」

 

まだ僅かに濡れている墓石を眺めながら、ここに来るのはもう何度目だろうか、と思う。…多分、二十回目。つまり、もう二十年か。長いなぁ、本当に。そりゃあ、魔理沙さんも呆れるわけだ。

まぁ、そんなことは水に流そう。既に綺麗になっている墓石に水を掛け、服が汚れることも気にせず腰を下ろす。

 

「…ねぇ、貴女はわたしをどう思いますか?」

 

わたしが博麗霊夢として活動を続けていると、人里ではまるで若い頃の霊夢にそっくりだ、と言われる。そっくりも何も本人だ、なんて口が裂けても言えない。もしも言ったらどうなることやら。

そして、博麗霊夢を知っている者からすれば気味の悪い存在だろう。何せ、この前亡くなり別れを済ませたばかりの人が、若返ってそこに存在しているのだから。最初の数年はその視線が嫌だったが、もうお互いに慣れてしまったのだろう。…だが、魔理沙さんに霊夢という名で呼ばれたことは一度もない。

毎年のように起こる異変を解決した。もちろん、博麗の巫女として。時に一人で、時に仲間と共に。だが、その仲間との間には薄い壁を感じるのだ。その中の一つでレミリアさんが紅霧異変を再び引き起こしたのは、わたしを試したのかもしれない。そして、対峙したときのあの表情は忘れられない。…酷く、寂しいものだった。

 

「…ま、答えてくれるわけもないか」

 

死人に口なし。八雲紫は閻魔様に博麗霊夢の魂の裁判を特例で済ませるよう無理強いをしたと言っていた。極楽浄土へ昇ったのか、それとも魂の洗浄を受けたのか…。それについては聞かされていない。…まぁ、つまりだ。きっと、もう会えないのだろう。

 

「あら、霊夢――いえ、幻香と呼んだ方がいいかしら」

「…あぁ、随分と久し振りじゃあないですか。八雲紫様?」

「…貴女に様って呼ばれると嫌味にしか聞こえないわね」

「当たり前でしょ、大賢者様」

 

わたしの隣に開いたスキマから一本の酒を持って現れた八雲紫を見遣り、サッと目を逸らす。わたしは、相変わらず八雲紫が嫌いだった。

別に、彼女に捕まったこと自体には何も言うことはない。どんな過程や理由があれど、結果としてわたしは八雲紫に完膚なきまでに敗北したのだから。だが、主従関係ではなく隷属契約のための式神憑きと、それによる成長限界が未だに許せない。

つまり、わたしは八雲藍の式神とは大きく異なる、わたしという存在に首綱を付けて八雲紫が手綱を握れるように調整するための式神を憑けられたのだ。きっと式神も泣いている。

 

「貴女も呑む?」

「…いえ、いりません」

「釣れないわねぇ…。霊夢は呑んでくれたのに」

「あっそ」

 

三つ用意されていたお猪口の一つは使われない。これもいつものことだ。博麗霊夢として振る舞うなら呑むが、鏡宮幻香としては呑みたくない。そして、八雲紫はここではわたしを鏡宮幻香として扱う。だから、呑まない。

注がれた酒を呑み干すまで待ち、もう一杯を注いでいるところで一つ問う。

 

「で、何時になったら見つかるんですか?」

「あら、何をかしらぁ?」

「決まってるでしょ。次代の博麗の巫女ですよ」

「残念だけど、そればっかりは難しいわねぇ…」

 

そう言って、お猪口を傾けた。頬を薄っすらと赤く染めた妖艶な表情は見る者を引き寄せるのだろうが、そんなものはどうでもいい。興味もない。

 

「…いい加減無理のある希望を下げろよ。というより、わたしが博麗の巫女を創ればそれで済む話じゃあないですか」

「却下よ、却下。そんなのつまらないじゃない」

「だから行き詰ってんでしょうが。もう二十年ですよ、二十年」

 

何のためにわたしは生命創造を体得させられたのやら。こういう時のためじゃないのかよ。

それに、今のわたしが友達と会うときは博麗霊夢としてしか会えないし。早くこの役目を終わらせて鏡宮幻香に戻らせてほしい。そうすれば、役目の合間に会うことだって出来るのだから。

 

「…そもそもねぇ、なかなか見つからないのよ。その才能を持つ子」

「歴代最強の博麗の巫女であった博麗霊夢級の、を取り外せって言ってるんだよ。千年に一人の才能、って自慢してただろうが。…あれか?わたしに千年やれと?」

「うふっ、それも悪くないわね」

「ふざけるのも大概にしろ」

 

これをあと五十倍とか考えたくない。それに、人間である博麗霊夢に成っているわたしがそんなに生きていたら、それはもう名実共に妖怪巫女と化してしまう。

 

「あのさぁ…。阿天ちゃんももう五歳ですよ?新たな御阿礼の子がすくすく育ってるのにさ、こっちはまだですなんて恥ずかしくないんですか?」

「知られてないから恥ずかしくないわ」

「言い触らしてやろうか…」

「駄目よ」

「…はいはい。分かってますよ」

 

どうやら、当分わたしは博麗の巫女であらねばならないようだ。

 




IF:八雲紫の道具END

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