東方幻影人   作:藍薔薇

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幻禍視点。
新たな世界で一眠りして少し経った頃の小話です。


祝え、新たな神の誕生を

「起きてください、主様っ!」

 

頬をベシベシとかなり強めに叩かれ、ゆさゆさと肩を思い切り揺さぶられる。…気持ちよく寝ているっていうのに、一体何があったの?

目を軽く擦りながら眠気がまだ抜け切っていない体を起こし、ボーッと前を見詰める。何だ、何もないじゃあないか。そう思っていたら、突然両頬を手で挟まれ、グリッと真横に捻られる。

 

「やっと起きたのねん」

「…誰?」

 

無理矢理向けられた視界に、見覚えも創った覚えもない人が映った。…え、本当に誰?

その人は実に珍妙な格好をしていた。真っ先に目に付いたのは、頭に乗っかっている独特な色合いの赤い球体。その両側には地球と月を模したものが浮かんでいる。赤い髪の毛に赤い瞳。そして、着ている黒地の服にはWelcome Hellという、わたしでもすぐに分かる誤字が書かれていた。

わたしの後ろに隠れている香織が何とも言えない雰囲気を醸し出している。正直に言うと、威嚇している子猫のような感じがした。警戒してるなぁ…。

とりあえず、目の前にいるのは敵ということでいいのかなぁ。…んー、やっぱり今は様子見かな。敵意は感じないし。

 

「私はヘカーティア・ラピスラズリ。一応、貴女の先輩、ってことになるわ」

「はぁ、ヘカーティア・ラピスラズリ、ですか…」

 

片仮名の名前の人って大体長ったらしいなぁ…。何て呼べばいいのやら。それに、先輩?…ま、そんなのはどうでもいいか。

 

「それで、貴女はここに何の用ですか?出来ればさっさとご退場願いたいんですが…」

「えー、嫌よ。つまんない」

「…力尽くが好みならそれでもいいんですが」

「今の貴女じゃあ私に勝てないわよ」

 

わざわざ教えてくれたようだが、そんなもの既に分かってる。だが、今勝てなくても、次勝てる。死ななければいい。そして、死んでもいい。…念のために『永』も用意しておこう。

腹の奥底に漆黒の炎が灯る。覚悟を決め、意思を固め、決意に満たされながらゆっくりと立ち上がると、目の前の相手は何故か両手を顔の両側に挙げ、ひらひらと手の平を見せびらかした。

 

「けど、私は貴女と戦わない。私と戦うと、貴女は私を軽ーく超えちゃうからね」

「…なら、用件を言ってほしいんですけど」

「んもう、せっかちなんだからー」

 

そう茶化されながら、ふわりを浮かび上がるヘカーティア・ラピスラズリを見上げる。そして、何故か嬉しそうに微笑みながらわたしに告げた。

 

「鏡宮幻禍。私は貴女を祝いに来たのよ。新たなる神の誕生を」

 

一瞬、思考が止まる。…今、何と言いましたか?

 

「…神ぃ?」

「主様が、ですか?」

「えぇ、そうよ」

 

わたしが神、ねぇ…。いやぁ、流石にそんなわけないでしょ。少なくとも、わたしは神を名乗るつもりはない。

空中に浮かびながら寝そべる、という器用なことをしているヘカーティア・ラピスラズリを呆れながら見上げていると、ゆっくりと降下してきて目線の高さが合った。そしてニコリと微笑まれる。

 

「私が贔屓してる世界から誰かが零れ落ちたと思ったら、さらっと新たな世界を創っちゃうんだもの」

「…いや、その前にわたしは神でも何でもないですよ」

「ただの『禍』だから、かしらん?」

 

続けようと思った言葉を言い当てられ、思わず目を見張る。読心?…いや、名乗っていないわたしの名前を既に知っていたようだし、元いた世界から抜け出した瞬間も認識されている。最初から知っていただけかもしれない。

そんなことを考えながら、両腕から力を抜く。いつでも跳び出し、攻撃出来るように。…まぁ、無用で済むならそれでいい。

対するヘカーティア・ラピスラズリは、微笑みからキュッと口端を吊り上げた。

 

「そんなのこれっぽっちも関係ないわよ。創造神、創世神、造化の神、創造主、造物主、始まりの者、始祖…。様々な呼び方はあれど、結局のところ、俗に言うところの神であることに変わりはないもの」

「…あ、そう」

 

…どうやらわたし、神になってしまったみたいです。おかしいなぁ…。わたしはただ、わたしの存在が許される居場所を創っただけなのに。…ま、あれだ。そう呼びたいなら勝手に呼んでろ。

 

「自己満足、愉悦、趣味、惰性…。どんな理由だろうと、貴女が新たな世界を創るも壊すも自由。…あぁ、外にある世界の素は好きなだけ使っていいのよ。あれは元から世界を創るために無尽蔵に存在するのだから」

「…とりあえず、分かりました。要件が終わったのならさっさと帰ってください」

 

曲がりなりにも神になってしまったのなら、わたしはやるべきことがある。

わたしはクルリと反転し、背中に隠れていた香織の肩に左手を乗せて一つ頼み事をする。

 

「香織。少し出掛けますから、留守をお願いしますね」

「了解です、主様っ!」

「これから何するのかしらー?」

「アハッ。神様、ってのを全力でぶん殴ってくるに決まってるじゃあないですか」

 

どうしてわたしを創ったのかは知らないが、いつかそうしてやりたいと思っていた。元の世界であったことを思い返し、世界に失望させてくれた元凶。遂に真横、手の届く距離。もしも実体がないなら、わたしが創ってあげる。痛覚をキッチリ付けた簡単には壊れない丈夫な身体に入れ込んでね。

 

「無理よ。いないもの」

 

そう思っていたところで、ヘカーティア・ラピスラズリが水を差してきた。ギリギリと首から嫌な音を立てそうな動きで振り向き、哀愁を感じさせる何とも説明し難い表情を浮かべている顔を見遣る。そして、わたしは乾いた口を動かした。

 

「…どういうことですか?」

「いないのよ、もう。既に殺されてるの」

 

サッと目を逸らされながらそう言われ、わたしは固く握り締めていた右拳をゆっくりと解いた。…もういないのなら、殴れないか。…はぁ。

 

「…死んでるなら、もういいです」

 

流石に知りもしない存在を創るのは無理があるし、仮に殺された神様をわたしが創ってぶん殴ったとしても、それに一体なんの意味があるのだろうか。やったとしても、あまりにも虚し過ぎる。

一つため息を吐き、気持ちを切り替える。それなら、これからわたしはこの居場所を好き勝手創らせてもらうとしましょうか。そう思い、わたしはヘカーティア・ラピスラズリを睨み付けた。

 

「それじゃあ、用がないなら帰ってくださいよ」

「えー、気になるじゃない。最期の遺物である貴女が創る世界がどうなるのか」

「…興味深そうなこと言って喰い付かせようとしてるのかもしれませんが、心底邪魔なんで帰ってくれません?」

「ケチねー。…はいはい、帰りますよーだ。また来るからねん」

 

そんな不穏なことを言い残し、ヘカーティア・ラピスラズリはこの世界を去った。…また来るのかい。来なくていいよ、まったく…。

両手を組み、両腕をグッと上に引き伸ばす。わたしが微睡みの中で考えたことを思い返し、ひとまずやることが決まった。

 

「さて、と。眠気は吹っ飛んじゃいましたし、これから世界を拡げましょうか。…香織、貴女はどのくらいあればいいと思いますか?」

「パーッと拡げられるだけ拡げちゃえばいいと思いますよ」

「…そういうものですかねぇ」

 

ま、この広さじゃあ流石に狭過ぎるよね。使っていいと言うのなら、勝手に使わせてもらいましょうか。

妖力を糸のように伸ばし、世界の外側からヘカーティア・ラピスラズリが世界の素と呼んでいたエネルギーを吸い寄せる。そして、わたしは世界の敷地と次元数を一気に拡げた。…本当に無尽蔵だなぁ。これだけ創ったっていうのに、枯渇する気配を全く感じさせない。

地平線が見えるほど拡がった世界を眺め、さて次は何を創ろうかなぁ、とわたしは胸を躍らせた。

 


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