幻禍が示した選択肢から幻想郷に残ることを選択したIF小話です。
「当たり前じゃないですか。主様に創られたこの魂は、主様のためにありますから」
「…そういう考え抜きに決めてほしかったんだけどなぁ」
そう主様に言われ、私は少し考え直すことにしました。主様のためではない私がしたいこと。私自身が心からやりたいこと。そう言われても、いまいちよく分かりません。私は主様のために生きたいのですから。
主様のため…。…そうです!それです!私、決まりました!
「私はここに残ることにしますっ」
「そうですか。貴女が決めたのなら、それがいいよ」
「ここに残って、主様のご友人の方々に主様がこの世界から逸脱されたことを伝えに回ります。その後は、主様がいつこの世界に戻られてもいいように活動し続けますから、ご安心してくださいっ!」
「あ、そう…?そこまで頑張らなくてもいいと思うけど…」
私の決意を聞いた主様は頬を引きつらせてしまいました。何故なんでしょう?
しかし、すぐにまあいいやと言って納得してくれたようです。そして、階段を下り切った主様は空を見上げてから私に顔を向けました。
「それじゃ、後はよろしく」
「はい、任されました。主様っ!」
主様はそう言い残し、この世界から去っていきました。…さて、まずは主様のご友人の方々に会いに行きましょうか。ですが、何処にいるのでしょう?主様から極僅かに引き継がれた記憶では、残念ながら何処に住んでいるのか分かりません。
私にはこの世界でまともに生きていける程度の知識とこの身体の動かし方、そして主様の記憶がほんの少しだけ混じっています。出来るだけ私個人の魂であるように創るよう努力されていたようで、主様の記憶の量は全体から見ればほとんどないと言ってもいいほど。私にあるのはその知識と、主様のご友人、残り少々。それくらいです。その努力は非常に嬉しい限りなのですが、今回ばかりは悲しいです…。
知っている人に訊けばいいのでしょうけれど、その人が何処にいるのかも分かりません。…仕方ありませんね。探すしかないでしょう。
「人がいる場所は、…あちらですか」
耳を澄ませると、周囲の音が明確に拾えます。主様が私のために創ってくださったこの身体は、非常に素晴らしいのですよ。五感のどれかに意識を集中されれば、その感覚がとても強く感じられます。遥か遠くの喧騒だって問題なく聞こえるのですから。
グッと両脚に力を入れて走り出せば、一分足らずでその場所まで到着しました。門の前に立っていた人間が私を見て目を見張っていますが、どうでもいいことです。
「…な、なぁ、お嬢ちゃん?」
ですが、ちょうどいいですね。この人間に訊いてみましょうか。
「私は人を探しているんです。藤原妹紅、フランチェスカ・ガーネット、古明地さとり、古明地こいし、上白沢慧音、伊吹萃香、パチュリー・ノーレッジ、チルノ、大妖精、ミスティア・ローレライ、ルーミア、リグル・ナイトバグ、サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイア、橙、姫海棠はたて。この中で知っている方はいませんか?」
「い、いるにはいるが…。流石に何処の誰とも知らない子に教えるわけにはなぁ…」
「香織、と言います。一応人間ですよ?」
主様は私の生物種を人間として創られました。一般的な人間の能力から明らかに逸脱していますが、それでも人間として創られたのですから人間です。
そう思いながら人間に微笑みかけましたが、あまり反応がよくありません。…何がいけなかったのでしょう?
微笑みながら人間の様子を観察していると、視線が私と遠くを行ったり来たりしています。その方角は、主様と別れた方角です。…あぁ、もしかしたらあそこでの騒動の主犯と考えているのかもしれません。ですが、私は主犯ではありません。共犯です。
「…あの、さ、お嬢ちゃん」
「はい、なんでしょう?」
「向こうから来たけれど、明け方あそこで何があったか知らないかい?」
「いいえ、知りませんよ」
明け方には私はまだ誕生していませんでしたから。明け方に何があったかなんて、私は知りません。主様が何かしたのでしょう、と推測することは出来ますが、わざわざ言う必要もありません。
微笑みを絶やさず受け答えをすると、この人間は頭をガシガシと掻きながら唸り始めました。何やら考えているようです。こういう時に自分の要求を通すには、悩んでいる隙に畳みかけて迷わせる、です。
「実は、出来るだけ早く見つけないといけないのです。どうしても言えないのであれば、私一人でも探します。…なので、どうかここに入れさせてもらえませんか?」
「…あぁー、…分かった。分かったから。教えてやるからそんな目で見ないでくれ…」
やりました。これでひとまず、何人か主様のご友人の居場所が分かります。そこからはご友人に別のご友人のことを訊いていけばどうにかなるでしょう。
◆
人里にて慧音さん。迷いの竹林にて妹紅さんと萃香さん。霧の湖にてチルノさん、大妖精さん、ルーミアさん、リグルさん。大図書館にてパチュリーさん。森の中でサニーさん、ルナさん、スターさん。屋台を引いていたミスティアさん。迷い家にてフランさん、橙さん。私のことを何故か知っていたはたてさん。ふらっと現れたこいしさん。最後に旧都復興中のさとりさん。最後の方々にはかなり時間が掛かってしまいましたが、全員に私の口から伝えることが出来ました。
それからしばらく経ち、今の私は人里に居を構えています。私は人間なのですから、当然ですよね。
「いただきます」
それにしても、空腹とはなかなか辛いものです。主様に創られた際に受け取ったエネルギーは数週間活動し続けられるだけの量がありましたが、途中から心許なくなってしまったのです。その際に覚えた飢餓感は、食事の大切さを嫌でも覚えさせられました。…いや、必要であることは知っていたのですけれどね。知識としてあるのと実感するのとでは違うのです。
毎日朝昼夜と三食欠かさず食べるようにしています。酒は呑みません。黙々とよく噛んで食べて食器を空にし、手を合わせてごちそうさま、と口にしてからお茶を一服。そして、窓から差す陽の光を浴びながら一つ決意を呟きます。
「…さぁ、今日も幻想郷の平和維持ですね」
これだけ長く広く活動していると、嫌でも主様のことが耳に入りました。主に嫌な方向の。最初は別の誰かのことだと思っていましたが、それらの大半が主様のことだと知ったときは愕然としたものです。
きっと、主様は悪で構わないとお考えなのでしょう。ですが、私は嫌です。ここに残ると決めた時には具体的に決まっていなかった、主様のために残った私がしたいこと。愕然としたと共に、心に決めました。主様に創られた私が、幻想郷のために活動しましょう。主様の代わりに、私が知らしめてやることにします。
食べ終えた食器を洗って干していると、突然ドンドン、と力強く扉を叩く音がし、私が開ける前に外から扉が開かれました。玄関に靴を脱ぎ捨てながら慌ただしく駆け寄る人間を見遣り、私は一つため息を吐いてしまいます。勝手に中に入ってくるなと再三言っているんですがねぇ…。まぁ、いいです。
「香織さん!広場で悪酔いした鬼が暴れているのです!助けてください!」
「はぁーい。それじゃあ、案内してくださいっ」
「は、はい…っ!」
私は既に有力な異変解決者の一人に並べられているのですから。これから貴方達はこの私に助けを求め続けるでしょう。そして、私の存在が次第に大きくなるでしょうね。そうしたら、言ってやりましょう。私という存在は、貴方達が嫌いに嫌い続けている主様によって残された存在であることを。
その時、貴方達はどうするでしょうね?私を認めれば主様を認めることとなり、私を認めなければ人里に必要な存在が欠ける。せいぜい悩み、大いに後悔するがいいですよ。主様を悪に仕立て上げたことを。
貴方達のことを、主様の代わりに私が鼻で嗤ってあげますからね。