わたしは彼女達に背を向けて博麗神社を後にし、階段を下りていく。もしも付いて来るようなら、その時はその時だ。
わたしはやることをほぼ済ませた。世界を創造した。紫の能力である『境界を操る程度の能力』を使った。死を体験した。博麗霊夢の夢想天生の成長を促し、そして学習した。生命を創造した。博麗霊夢の甘さを取り除いた。そして、最後に残されたことを、これからする。
「ん?」
階段を半分ほど下りたところで、後ろからわたしの元へ駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。さてどうしようかと意気込みながら一度足を止めて振り返ると、わたしが創った一つの生命である香織だった。
隣に来るまで待っていると、彼女はわたしを通り過ぎ、そして二段下に下りたところで立ち止まった。わたしを見上げる顔は優しく微笑んでいる。
「これから何処に行くんですか、主様っ」
「場所は決まってないよ」
そう言いながら階段を下りる。さっきまでよりもゆっくりと。香織には話しておかないといけないことがあるから。
「貴女には選択肢がある」
「それは主様が決めることですよ」
「貴女に決めてほしい。それが命令だと思ってくれて構わない」
「…分かりました」
そう言うと、香織は神妙な顔つきで頷いた。出来ることなら、その主様って呼び方からどうにかしてほしいんだけど…。確かに貴女を創ったのはわたしだけど、むず痒いったらありゃしない。
ま、いいや。そんなこと、別にどうでもいい。これから話すことと関係なんざないのだから。
「一つ、ここに残る。幻想郷は全てを受け入れるそうですから、きっと貴女だって受け入れてくれるでしょう。きっと貴女はこれからも自由に選択して生きていける。二つ、ここで消える。わたしが責任持って魂まで完全に分解還元して消滅させます。冥界にも天国にも地獄にも行くことはないでしょう。三つ、わたしに付いて来る。一緒に生きるかもしれませんし、一緒に死ぬかもしれません。もしかしたら、わたしだけ死ぬかもしれないし、貴女だけ死ぬかもしれません。…ま、好きなものを選んでくださいな」
「主様に付いて行きます」
即答かい。せめて、もうちょっと考えてほしいんだけど。考えている振りくらいしてもよかったんじゃあないかなぁ?
そう思いながら呆れていると、後ろ足で階段を下りながらわたしを見上げる香織は右手を胸に当てて言葉を続けた。
「当たり前じゃないですか。主様に創られたこの魂は、主様のためにありますから」
「…そういう考え抜きに決めてほしかったんだけどなぁ」
「そうだとしても、私は主様に付いて行きますよ」
「はぁ…。そっか。貴女が決めたのなら、それでいいや」
まぁ、いてもいなくても大して変わらないでしょう。もし謀反を起こすようなら、それこそ消滅させればいい。わたしにはそれが出来る。…出来てしまうのだから。
そう思ったところで、ちょうどよく階段を下り切った。一息吐いてから振り返り、階段の遥か上を見上げる。
思うことはたくさんある。振り返ってみれば、そこには切り捨てた輝くものがたくさん散らばっていて、これから進む道に深い影を差していく。分かってるよ。分かってるさ。そうなることくらい。きっと後悔するだろうね。けれど、こうでもしないと手に入らない。
この世界には何処にもない、わたしの居場所。わたしを認めてくれる、わたしの居場所。
三本軸が頭に浮かび、そこに一気に二十五本の実数軸を突き刺す。計二十八次元。最も高次元の軸へ視線を向け、そして世界の外側を見詰めた。この世界は実数軸二十七次元、虚数軸二十七次元、なんとたったの五十四次元で構成されている。そして、それを超えてしまうと何もない。白だか黒だかよく分からない、無が広がっている。きっと、無限に。
霊夢さんの夢想天生から学習し、発展させた別次元軸移動。それを、世界を構成する二十七次元より高次元軸に適応させる。ちょっと軸が変わるだけだ。大して難しくない。
最後に、わたしは空を見上げた。声に出さないが言葉を発する。さよなら幻想郷、と。そして、心の中でまたいつか、と。
「さ、行こうか」
「はい、分かりました」
香織の手を取り、そして世界の外側へと歩き出した。無の中へ飛び込む。何にもない。この中にずっといたら気が狂いそうだ。だけど、長居するつもりはない。とりあえず、把握している次元軸を一気に増やし、そして目に映った光景に思わず目を瞬いた。
「うわぁ…」
以前、夜空と表現したことがある。無が空で、世界が星。その比喩は大体合っていたかもしれない。星が、無数に光っていた。万とか億とか、その程度の数じゃない。数える気が失せるほど、たくさん。世界って、本当はもっとたくさんあったんだなぁ…。少し、…いや、かなり驚いた。あの全てが世界だと思うと、一体どんな世界なのか少し気になってくる。
ぼんやりと眺めていると、視界の中心にポンと星が一つ増えた。少し驚いて目を逸らすと、今度は星が一つ消えた。うわぁお、世界って意外と簡単に増えたり減ったりするんだなぁ…。わたしがさっきまでいた世界も、いつかポンと消えたりするのかもしれないなぁ。
いや、そんなこと今はどうでもいいか。幸い、この無にはエネルギーが満ち満ちている。不思議とわたしが持つ妖力と大差ない、というかほぼ同質なもの。妖力枯渇なんて無様な終わり方はせずに済みそうだ。
少し周りを見回し、近くに他の世界はないことを確認する。…よし、ここにしようか。
「ここが、わたしの居場所」
わたしは足元に世界を創った。そして、八雲紫から覚えた『境界を操る程度の能力』を行使し、世界の境界を安定させる。…出来た。出来てしまった。わたしの世界。わたしの居場所。誰にも阻害されることのない、わたしの存在が許される居場所。
創ったばかりの地面に横たわり、創ったばかりの空を見上げる。青一色で簡素な代物だが、これから創っていけばいい。まだ敷地が狭いが、必要になったら拡げればいい。たった三次元空間だが、必要になったら増やせばいい。
…あぁ、ついにやり遂げた。これで今日は気持ちよく眠れそうだ。そう思い、このまま少し眠ろうかと思ったが、わたしと同じようにこの世界に足を下ろしていた香織に頬を軽く叩かれた。
「…何?」
「これからどうしますか、主様っ?」
…どう、だって?閉じようとしていた瞼を少し持ち上げ、寝転がったまま香織を見上げる。
「…決まってるでしょ。創るんだよ、世界を」
「分かりました!…では、私は何をすればいいでしょう?」
「…私が起きるまで、待ってて。あと、何かあったら起こして」
「了解です、主様っ」
それだけ告げ、わたしは改めて目を閉じる。
これからやることは既に決まっている。切り捨てたものを、再び拾い直すのだ。わたしの友達を、ここに呼べるように。手段は考えている。後は、試行錯誤を繰り返すだけ。
もし友達がここに来るのなら、こんなつまらない世界だと流石に悪いよね。せっかく来てくれるなら、楽しい世界のほうがいい。美味しい食べ物を創ったほうがいいかな。いい景色とか創ろうかなぁ。何か面白いものも創ってみたい。訓練場とか創ったほうがいいかな。生物を創ろうかな。生態系も創るべきかな。植物も創らないと。太陽を創ろう。雲も創ろう。昼と夜を創ったほうがいいかな。
そんなことをぼんやりと浮かべながら、微睡みの中に沈んでいく。夢は夢のまま終わらせない。一つずつ、現実のものとする。そう思いながら、わたしは眠りに就いた。
起きたら、とりあえず世界を拡げるところから始めよっか。