東方幻影人   作:藍薔薇

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第442話

目の前の幻香が人差し指を空に向けてピンと伸ばした。その指先から細く伸びる黒紫色の妖力。そして、一瞬で天高くまで伸び上がった妖力を振り下ろした。背後から博麗神社が崩れる音が響き、私の真横ギリギリを深々と真っ直ぐ切断した跡を見下ろす。

当たれば豆腐を切るより容易く千切れ飛んでいた。それを自覚した瞬間、一筋の冷や汗が頬を伝った。

 

「…やる気あります?」

「…えぇ、今ハッキリと」

「それはよかった」

 

そう言って嗤う幻香に数十本の針を放ち、右に躱したところを接近し、お祓い棒を振り下ろす。が、人差し指を中指に先端を挟まれて止められてしまった。咄嗟に引き抜こうとするか、びくともしない。

ならば押し通す、とさらに力を込めようとしたところで、ガッシリと握られた。ミシ…、ミシ…、と軋む音が伝わってくる。コイツ、こんな力が…?

 

「く…ッ!」

「折るよ」

 

そう宣言したと同時に、お祓い棒がパキリと儚い音を立てて圧し折れた。真ん中で圧し折られたお祓い棒を呆然と見遣る。…嘘。私の霊力を纏わせた、しかも退魔の力を持つお祓い棒を、こんなにも簡単に圧し折れられるなんて。

カン、と額に固いものが当たった。そして、くしゃくしゃになった白いものが視界を覆う。幻香に折られたお祓い棒。

 

「ふっ」

「ガッ!?」

 

瞬間、鳩尾に幻香の肘が深々と突き刺さった。ミシミシと骨が軋む音が響かせながら、博麗神社へ吹き飛ばされた。障子を突き破り、卓袱台を吹き飛ばし、いくつかの部屋を突き抜け、そして博麗神社を抜けたところで地面を転がる。

 

「げほっ!…ごほっ」

 

粘ついた唾液を吐き出し、必死に新たな空気を求める。一撃が重い。使い物にならなくなったお祓い棒を放り棄ててから痛む胸を押さえ、私によってブチ抜かれた穴の向こう側にいる幻香を見遣る。

そして、目の前の博麗神社が丸ごと吹き飛んだ。一瞬の出来事で、体中を叩きつける木屑や塵のことなんか気にしていられない。

 

「うん、すっきりした。さ、続けよう」

「ッ!宝具『陰陽鬼神玉』ッ!」

 

咄嗟の宣言と共に、霊力を纏わせた陰陽玉を投げつける。水色に発光し巨大化しながら急速回転する陰陽玉が幻香へ迫る。

 

「複製『陰陽鬼神玉』」

 

そして、私達の間で拮抗する。やがてお互いの陰陽玉の動きが止まり、霊力の尽きた陰陽玉が地面に落ちた。…飛び道具の類は悪手か。そう判断したところで、私の陰陽玉を踏み砕きながらこちらに歩いてくる幻香を睨む。

私と目が合った幻香は、両手を固く握り締めながらポツリと言った。

 

「一応もう一度訊いておきますが、…やる気あります?」

「正直、舐めてたわ。…そうよ、貴女は殺さなくてはならないのよ。私のこの手でッ!」

「いい台詞だ。感動的だなぁ」

 

…甘かった。いざ目の前にして、まだお互い手を取り合えると思ってる私がいる。初めて会った頃の幻香が、私の脳裏にこびり付いている。つくづく私は甘い。たった一人だけでいいから非情になり切れるように、過去に負の遺産を遺さないために、この手で確実に殺せるようになると決めたはずだ。

…えぇ、そうよ。まだまだ私は甘っちょろい。言われた通り、蜂蜜漬け。芯まで甘い考えが付き纏っている。だが、今までだ。

皮肉だが、その決意だけはコイツに倣おう。

 

「つまり、敵でいいのね…。アンタはッ!」

「最初からそう言ってるでしょうに」

 

何処からともなく創り出された刀が迫る。避けようにも間に合わない速度。しかし、刀身は私の身体をそのまますり抜けていった。

 

「遂に出たか。夢想天生」

 

夢想天生。声が少し遠く聞こえる。ゆっくりと息を吸い、息を吐く。身体は痛むが、維持に支障はない。もう、私にアンタの攻撃は通じない。

 

「かかってきなさい、私の敵。最後まで殺し尽くすわ」

「よく言った。じゃあ、わたしもやれることをしましょうか」

 

そう言って、幻香は棍棒を創り出した。細長い棒の先端に武骨な四角形がくっ付いている。だが、妙だ。持ち手から先端にかけて、薄っすらとだが徐々に透けていっているように見える。

だが、関係ない。当たるはずがない。相手の攻撃に合わせ、私が攻撃する。それだけで相手の無防備な体に私の攻撃が直撃する。いつも通りだ。

 

「ハァッ!」

「シッ!」

 

お互いに駆け出し、間合いに入ったところで右掌底を突き出す。迫る棍棒を無視し、そのまま幻香の鳩尾に叩きつけた。もちろん、棍棒は派手に空振った。

 

「ぐ…っ」

「無駄よ。アンタの攻撃は決して通らない」

「さぁー…、どうだろうねぇ…」

 

アハッ、と嗤う幻香が先程作った棍棒を回収し、再び同じものを創り出す。無意味だと分かっていないのか、それとも意地でも張っているのか…。だが、もう関係ない。このまま、一方的に、作業的に、敵を、屠る。

棍棒が振るわれた。すり抜けた。回し蹴りを叩き込む。新たな棍棒が創られる。振るわれた。すり抜けた。左掌底を叩き込む。新たな棍棒が創られる。振るわれた。すり抜けた。顎を蹴り上げる。新たな棍棒が創られる。振るわれた。すり抜けた。鼻っ柱に肘を突き刺す。新たな棍棒が創られる。振るわれた。すり抜けた。首に手刀を振るう。新たな棍棒が創られる。振るわれた。掠った。…掠った?

 

「…ふふ、思ったより調整が難しかったけど、どうにかなりそうでよかったよ」

 

そう言い放ち、幻香は新たな棍棒を創造した。その棍棒は、何故かいつもより近く感じた。…まずい。何がとは分からないが、何かがまずい。この棍棒は、避けねばならない。

 

「くっ!」

「そらァ!」

 

攻撃の手を止め、すぐさま後ろへ跳ぶ。私の前髪を風が撫でた。この風は、あの棍棒から放たれたもの。…確信した。あの棍棒は、私の夢想天生に侵入している!

 

「あら、避けるんですか。ま、避けるよね。当たったら痛いもんねぇ…」

「…アンタって奴は」

「二十七次元の内、十二次元目を約三尺と割と早い段階でよかったですよ。虚数軸でもなくて助かりました。…ま、次元数はわたしが勝手に名付けたものですがね」

 

幻香が言っていることはサッパリなので聞き流し、視線を棍棒へと向ける。どういう原理かは知らないが、あれは今の私に触れ、そして攻撃出来る代物だ。つまり、あれは警戒に値する。…いえ、幻香は何でもかんでも創造してしまう。警戒すべきは、突然創られるであろう武器全てだ。

 

「そして、把握出来れば後は容易い」

 

そう言って、人差し指を私に向けた幻香は妖力弾を撃った。ピッ、と頬の皮膚が一瞬遅れて痛みを覚えた。頬を拭うと、手の甲が真っ赤に染まる。血だ。頬が裂けた。

前言撤回しましょう。武器だけじゃない。警戒すべきは、幻香そのものだ。

 

「いい目だ。これで殺意がもっとあればさらにいいんだけど。…ま、防御しな」

 

幻香の右腕が漆黒に輝く。膨大な妖力。その右腕が地面すれすれから突き上がるように私に迫る。右腕自体は問題ない。だが、あの妖力をまともに受ければ消し飛ばされてしまう。

 

「夢境『二重大結界』ッ!」

 

そして、解き放たれた。結界を挟んだ向こう側が漆黒に染まる。圧倒的妖力量による暴力。

破壊され続ける結界を継ぎ足すことでどうにか防御し切り、溜まった息を吐き出しながら空を見上げる。あの妖力が通ったであろう穴が雲をかき消していた。

 

「ちぇっ。これで済めば楽だったのになぁ…。ま、いっか」

 

いつの間にか距離を取っていた幻香が呟いた声を拾い、思わず頬が引きつる。想像以上に凶悪と化した幻香相手に夢想天生も対応されたこの状況。私は勝てるのか?…否、勝つのよ。

博麗の巫女に、二度と敗北は許されないのだから。

 


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