東方幻影人   作:藍薔薇

437 / 474
第437話

「『火を操る程度の能力』『水を操る程度の能力』『雷を起こす程度の能力』『風を操る程度の能力』『大地を操る程度の能力』『毒を操る程度の能力』『光を屈折させる程度の能力』…駄目か」

 

炎を発し、水を撃ち、雷を放ち、風を吹かせ、大地を隆起させ、毒を拡げ、光を伸ばしても届かない。特に光は八雲紫の一歩手前まで届いたのだが、そこから先がどうにも動かない。

…そういえば、こんな感じの現象が何処かの記録にあったような…?

 

「『幻と実体の境界』か。それに似てる」

「あら、よく知ってるわね。えぇ、その通りよ。貴女が幻想の者である限り、この結界は抜けることは出来ない」

「あ、そう。わざわざ教えてくれて、どうもありがとうございます」

「どういたしまして。さぁて、これから少しずつ狭めてあげるわ。一歩も動けなくしてあげる。身動ぎも出来なくしてあげる。降伏して屈服して忠誠を誓うまで、いつまでも…」

 

…ふむ、理論は分かった。『心を読む程度の能力』で八雲紫の心を読んでみたところ、中心点から外に出ようとすると、空間が引き伸ばされて距離が伸びるようだ。具体的には、半分の距離に到達するころには残りの距離が二倍に引き伸ばされ、そこからさらに半分進めばまた二倍になる。その繰り返し。実質無限に引き伸ばされることで脱出を不可能としている。対象は幻想の存在。

なるほど。無限に引き伸ばされては『距離を操る程度の能力』でどれだけ縮めようと無限のままだ。最速であろう光でも、それが妖精の能力で屈折させた代物ならば外に出ることも敵わない。

もしも外の世界に空間把握を拡げることが出来たならば、わたしの身体を幻想から実体に比率を傾けて抜けることも出来そうだけど、残念ながらわたしの中にある精神はどれもこれも幻想郷にいる者ばかり。しかし、そもそも外の世界に空間把握を拡げられないのでそれは無理だ。

だが、その程度で詰ませたと思われているようじゃあ、誠に遺憾だ。舐めるなよ、八雲紫。

 

「『怨霊や死体を操る程度の能力』」

「…へぇ」

 

上空をふらついている怨霊を操り、八雲紫の元へ向かわせる。既に外側にあるのなら、どうとでもなるんだよ。だが、たかが怨霊だ。目視出来て、しかもかなり遅い。容易に躱されるし、しかも大半がスキマの中に吸い込まれてしまった。何処へ行ったかは知らないが、まあいい。

本命は別だから。

 

「…っつ」

 

八雲紫の頬を、右手が叩いた。そう、スキマに切り離されたわたしの右手だ。わたし自身はまだ生きているが、あの右手は既に死んでいる。つまり死体だ。ならば、操れる。わたしが変質してから切り離されていたのなら、好き放題に形を変えて飲み込むことも出来たと思うけれど、そればっかりはないもの強請りだろう。

ほんの少し赤くなった頬を擦りながら、まだわたしに抵抗する意思があることに対し、まるで悪戯する子供を見つけたような笑みを浮かべてくる。わたしに大したことが出来ず、ゆえに容易く対処出来るからこそ、逆に今のわたしに何が出来るか楽しんでいるような、そんな感じ。

さて、次は、と。彼女が普段使っていた二つ折りの機械を創り、カシャリと機械音を鳴らす。画面に映るのは、目の前にいる八雲紫。それから、記録に則った呪文を詠唱する。…上手くいくかな?ま、やってみれば分かるか。そう思いながら、詠唱を終えてすぐにガシャリと機械を握り潰した。

 

「あ、ぐ…ッ?」

「『念写をする程度の能力』。そして、黒魔術。…思ったより強力だなぁ。怨念ってのは怖いね」

 

体を折り曲げながら苦痛に歪む姿を見るに、ある程度の効果はあったらしい。まさか、通じるとは思わなかった。けれど、この程度では駄目だ。全然足りない。

 

「ふ、ふふ…。その状況でもまだ抵抗出来るのね…」

「止めだ、止め」

「あら、もう諦めるの?」

「…あー、まぁ、うん、そうだね」

 

気付けば結界の範囲も相当狭まってきている。かき集めた精神に宿る能力をこれ以上引っ張り出しても無理がありそうだ。

こんなに早くこの手札を切らないといけなくなるとはなぁ…。霊夢さん相手に見せつけてやるつもりだったのに、残念だよ。

一つ長いため息を吐き、わたしが妖力を使った。

 

「え?」

 

そして、目の前で起きたことが信じられないとでも言いたげな顔を浮かべる八雲紫の元へ悠々と歩く。そして、わたしは結界から脱出した。

腕を伸ばせば触れられるほど近付き、動揺を隠せていない八雲紫に嗤いかける。

 

「悪いね、こんな檻じゃあ貧弱過ぎる」

「…まさか。…貴女、まさかッ!?」

「うん。世界を創った」

 

心の叫びに肯定しながら後ろに手を伸ばし、この世界を押し退けるように拡がるわたしの世界に触れ、回収した。瞬間、結界に無理矢理抉じ開けられた穴が閉じて元に戻る。

そして、わたしは八雲紫の左腕に触れた。その場に即座に左腕を複製する。

 

「『何でもひっくり返す程度の能力』」

 

消滅、閃光、轟音。気づいたら、わたしは地面に転がっていた。全身隅々まで痛む体を起こし、周囲を見回す。

 

「…酷い有様だなぁ」

 

何もない。旧都が丸ごと吹っ飛んだ。地霊殿もほぼ瓦礫と化した。端っこの方に地底の妖怪達が転がっている。もしかしたら、何人か死んでいるかもしれない。八雲紫は…、なんだ、生きてるのか。ま、あの程度で死んだら逆に困るんだけどさ。

八雲紫の左腕の複製を引っ繰り返し、反物質にした。瞬間、正物質である八雲紫の左腕と対消滅を起こし、全てがエネルギーと化して周囲に炸裂した。流石、核融合なんかよりも効率がいいだけあって凄まじい威力だったね。

自然に体を委ねると、パッと身体を転移する。そして、左肩の断面からとめどなく血を流し続け、皮膚が灼けて爛れている八雲紫を見下ろした。息は荒く、とてもではないが起き上がれるようには見えない。

だが、もしもがあったら駄目だ。だから、わたしはハッキリと告げる。

 

「この世界に歪みをもたらすことは許しませんよ、八雲紫。そう、貴女は少し傲慢過ぎる。…さ、白黒ハッキリつけましょうか。…ま、わたしはどう足掻いても灰色だがね」

 

『白黒はっきりつける程度の能力』。世界に干渉する行為を封じた。これにより、この地底空間で時と空間を歪めることは不可能となる。すなわち、八雲紫の能力の代名詞たるスキマは使えない。…まぁ、すぐに戻るさ。多分、数時間くらいで。

何も言わない八雲紫の横にしゃがみ込み、目の前に一つの杭を創って見せる。

 

「…さぁ、これで詰みだ」

 

呪術の儀式を始めよう。形は杭。効果は妖力無効化による封印。贄はわたしの中に溢れるほどある。

『嫌だ!』にた『止めろ!』くない!』『死んで『ヒ『消えてしまう!』るさんぞォ!』くれ!』な運命は視れな『呪って『『禍』…ッ』ォオオォオ!』生贄…?』てや『殺『助けてくれ!』めてく『死『嫌だァ!』げられ『死にたく『頼『アアアァアアァア!』めてくれぇ!』えちゃ『嫌だ嫌だ嫌だ』けて!』対に許『嫌『お姉さん!?』『嫌だ!』アアァアア!』てく『死にたくない!』め!』けて『ギャアァ『助けて『死にたくな『私達が生贄…?』て!』ァァアアア!』さん『嫌だ嫌だ嫌『頼む!許してくれ!』ォォオオ!』たくなぁ『誰か助『嫌だ嫌だ嫌だ』けて…』『殺す殺『殺される!』『消える!』やる…ッ!』達が生贄な『嫌だ嫌だ嫌『殺してやる…ッ!』い…』か助け『死んじゃうの!?』たく『消えて『嫌『ヒィ!?』なァい!』しま『ギャア『助け『死にたく『『禍』めがっ!』けて!』ァァアアア!』さんぞ『嫌だよ『助けてくれ!』ォォオオ!』ィ『誰か助『嫌だ嫌だ嫌だ』けて…』っと死ねるの『ギャアア『お願い許し『アァアァァァアアァ!』どかさん!?』だ嫌だ嫌『助けて『殺してや『呪い殺『…死は初めての体験ね』む!』して』けてお願い!』ォォオオ!』い!』めてく『助けてく『『禍』が!』アアア『消え『止めてくれ!』『ガァ!?』だ!』『呪っ『『禍』…ッ』ォオオ!』るし『殺『助けて!』めて『死ん『嫌だァ!』してや『死にたくなァ『ギャアアアァアアァア!』くれぇ!』願い『嫌だ嫌だ嫌だ!』ってやる…ッ!』け『死に『止めろ!』る!』くない!』アァア『許して『消えて『これが、消滅…』だ嫌だ!』んじゃう『死んでし『私達が『消えてしまう!』捧げられるの!?』るさんぞォ!』くれ!』ろしてや『ギャアァ『助けて『死にたくな『私達が生贄…?』て!』ァァアアア!』さん『嫌だ嫌だ嫌『頼む!許してくれ!』ォォオオ!』たくなぁ『誰か助『嫌だ嫌だ嫌だ』けて…』『助けて…』『消えてしまう!』『許して…』『お願い…』『殺す…ッ!』『絶対に許さんぞ…!』『『禍』め…』……………。

…そして、誰もいなくなった。幾千幾万の精神を捧げて作られた呪具。見ているだけで呪い殺されそうなほど、歪んだ怨念が宿っているように感じる。

それを、心臓に突き刺した。

 

「う…ッ!?…が、あ、ぁ…」

 

不思議と血は流れなかった。だが、八雲紫の意識が徐々に薄れていく。やがて、その目は何も映さなくなった。

八雲紫の瞼を下ろしてあげ、ついでに脈拍や呼吸を確かめる。…うん、やっぱり生きてるね。今の彼女は、休眠しているようなものなのだろう。これを引き抜かない限り、彼女は眠ったままだ。

 

「さぁて、と。どうしましょうかねぇ」

 

朝日にはまだ早いし、ここには居辛いし、どうしたものやら。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。